グ・リガン・グリラ



 砂漠のオアシス、クリスガーラス王国。そこには一つの昔話があった。

『砂の海を遥か東、進めば金銀財宝眠る都』と。

 単なる昔話である。
 だがそれは昔話になってまで語り継がれる程の真実。
 気になった者は王都の図書館で歴史を調べてみればいいだろう。
 そこにはしっかりと、この昔話の元となった街の名前が記されている。

 その街の名は“廃都グ・リガン・グリラ”

 遥か昔に滅んだ国の都であった。



 目指すは王都から東に数千里。

 一攫千金を求め、彼らは冒険の旅へと出発する。
 ありとあらゆる情報を集め、莫大な資金を用意し、物資や根回しの準備に一年以上を費やした。

 そしてこの旅に同行する者の総数は五十人。
 冒険者、遺跡荒らし、学術の徒。目的は様々だ。

『そこに行けば何かがある』

 名誉、財宝、好奇心を満足させる物。
 これから向かう先は彼等の情熱を満たし、欲を掻き立てるには十分すぎる場所。

 隊長であり、この冒険の発案者である男の号令が王都の広場に轟いた。

「出発!」



 地獄のような光景。
 砂海と呼ばれる、この砂漠で最も危険な場所。

 水と命が溢れる大海であっても中心部に行くにしたがって生きているものは少なくなる。
 ここはそんな大海と同等。いや、それ以上に過酷な地であった。
 水も緑も存在しない、砂漠に適応した生き物ですらここではその命を全うする事の叶わない領域。

 そんな砂の海を彼等はひたすらに進む。

 時には砂漠に住む魔獣や妖蟲と戦い、時には些細な事で仲間と争いもした。
 各地のオアシスで細々とした補給を繰り返しながら数週間。遂に彼等は辿り着く。

 この広大な砂の海に浮かぶ、半ば砂に埋もれた廃墟群。
 それこそがグ・リガン・グリラ。

 彼等の追い求めていた伝説の都が目の前に広がっていたのだ。



 最初の異変に気付いたのは一人の遺跡荒らしだった。

 基本彼等は大胆ではあるが、自らに及ぶ危険察知能力は冒険者達よりも鋭敏である。

 砂漠と砂海の境界に辿り着いた時から遠巻きに見られている感じはしていた。
 それは砂に潜む魔物が我々を襲撃しようと観察しているような気配。

 しかしそれを防ぐ為のキャラバン隊だ。
 もはや兵力と言っても過言ではない我々にはいかな魔物であっても簡単には手は出せないだろう。
 手を出した瞬間、我々によって逆に“喰われる”のが明白だからである。

 しかし…。

 その気配は常につかず離れずに付いてまわり、生き物の気配が無くなったこの地まで追跡してきたのだ。
 しかもそれは徐々にではあるが確実にこちらに近づいてきている。

 そして遂に無視出来ない、遺跡荒らしが危惧する間合いに侵入し。

「戦闘準備!」

 冒険者達と共にそれぞれの武器を抜く。
 足元から砂柱が上がり荷物を運ばせていたラクダが一頭飲み込まれた。その間にも次々に上がる砂柱。

 冒険者の一人が手にした長剣で至近の砂柱に斬り付けた。

 鈍い音、手ごたえあり。
 だがそれは同時にその冒険者の命が潰えた瞬間であった。

 砂柱の中から襲撃者達が姿を現す。

 それぞれ微妙に姿形は違ってはいるものの、基本的な形状はほぼ同一。
 大きな人型、全身を覆う黒い皮膚、鼻も口も無い顔にはぼんやり光る二つの眼光。
 頭部には角が生え、腕の先にはかぎ爪の伸びる五指を備えた…。

「レッサーデーモンだと!?」

 それは悪魔の一種であった。

 悪魔の中でも弱い部類である。
 だがたった一体でも熟練の冒険者パーティーに匹敵するであろう魔物。

 それが視認出来るだけで数十体。
 そしてその背後では今も砂柱が上がり続けている。

 誰かが叫んだ。「逃げろ」と。
 気が付けば既に数名の犠牲者が出ていた。

「ぐわわああああ!」

 新たな悲鳴が聞こえ振り返る。
 この冒険の発案者である隊長がデーモンの爪に切り裂かれて砂の上に倒れ伏していた。

《逃げる?何処へ?》

 来た道は既に悪魔達によって埋め尽くされている。

 逃げ込める場所は即ち…。



 どれだけ逃げ続けたのであろうか?
 周囲には既にその遺跡荒らしだった男以外は誰も居らず、ただ一人で廃墟の奥へと進んでいく。

 通路の所々には金銀財宝が積まれた宝物庫らしき場所はあったものの、今の彼には全くと興味のそそられる対象ではなくなっていた。

 喉が渇く。今はどんな財宝よりも水が欲しい。
 神に祈る。水をくれと。

 そんな男の願いは叶えられた。

 通路の先にある曲がり角。外の淡い光と共に入り込む爽やかな微風と、その風が運んできた水の気配。
 男は疲れきった身体を無理やり動かし、その通路の先にある光の中へと飛び込んだ。

 そこは天井の開いた広間だった。いや中庭なのかもしれない。

 様々な植物と咲き誇る美しい花々。
 等間隔に植えられた大きな木々が敷かれた石畳に涼し気な木陰を落とす庭園。

 そしてその石畳の続く先。
 庭園の中央部には澄んだ水を噴出し続ける噴水が一つ。

 男は周囲の確認すら忘れて噴水の池に飛び込んだ。
 水を飲み、顔を洗い、命ある事に感謝する。生きているって素晴らしい。
 この場所こそがどんな財宝よりも遥かに価値のある真の…。

「そうか、それは良かったな」

 背後から女の声が聞こえた。
 それと同時に男を襲う死の予感。
 震えが止まらない。

 死ぬ
 何故?

 殺される
 誰に? 

 声の主に
 背後の女?

 男は気力を総動員して振り返る。

 本当は振り返りたくはない。
 だが振り返らないといけない。

 たった五歩程度の僅かな距離。
 そこに魔法の杖を持った美女が一人立っていた。
 黒髪、赤眼。そして額と首の両側面に異形の瞳を持つ女。

 死の恐怖を此方に向けず、尚且つその異形の瞳さえ無く。
 出会った場所が自分達の出発した王都であったなら、全ての案件を放棄してでも愛を囁きに走ったであろう。

「待っ…!」

 何かが砕ける音と共に、男の意識はそこで終えた。



「下らぬ生き物め…」

 女は興味なく庭園を後にし、近くに控えていたレッサーデーモンに命ずる。

「掃除と補修をやっておけ」

 魔将レーデ・ベル。
 彼女の存在が世に広まるのはもう少し後の事であった。

















 王都の図書館に収蔵された数多くの書。
 そんな図書館の見落としがちな棚の奥に眠る一冊の古書にはこのような昔話が載っていた。

『悪魔の女王が住まう緑の庭園』



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最終更新:2021年10月13日 04:45