詐欺師旅行

 彼の名はサギーダ・ヨルニゲル。
 ドヴェルク生まれの小人族。
 いやらしい目つきをした鷲鼻チョビ髭の中年親父である。

 彼は所謂『詐欺師』として生計を立てていた。

 小人族ではあるが、ドヴェルク生まれとして培った細工の技術をフルに活用し、何の変哲もない安い材料を加工して希少なアイテムの模造品を作成。
 そしてそれを好事家等に高値で売りつける商売である。

 ある時には大量に仕入れた単なる大トカゲの皮を『ドラゴンの皮』と偽り、お人よしな盗賊二人組を“共同事業者”として利用し販路を確立しようとした事もあった。
(ただしこの企みは露見し、逃走する際に二人を “ 多 分 恐 ら く 警 備 兵 が 居 な い 安 全 な 筈 ” の方向へと逃げるよう仕向けて別れる事に。その後は知らない)

 彼はその時の失敗をふと思い出し、そして自身の在り方を考える。
 基本、自分は品物を売りつけた後は直ぐに次の街へと“行商の旅”に出かける方が性に合っているのだ。

 そして同時に彼は誓う。
『一か所に留まるのは俺らしくない。これからも基本を忘れず初志貫徹を貫こう』と。

「待てやコラ―!」
「スッドオラー!」

ただし、後ろから剣やら槍やらを振り回しながら追って来る賞金稼ぎの集団から逃げ切る事が出来たのなら。ではあるが。

 彼の名はサギーダ・ヨルニゲル。
 今現在、彼は賞金稼ぎ達から追われる一人の賞金首であった。



 このような事になった発端の日は今から約三ヶ月前。
 エレメニウムから遥々と海を越え、シードリアのとある街で商売をした時の頃だと思う。

 その時の商品はガラス玉を加工して作った『水晶竜の瞳』と呼ばれる魔法道具の模倣品だった。

 作った自分が言うのも何であるが、惚れ惚れするような会心の出来であったと思う。
 それを酒場で『偶然』にも相席となり意気投合した、如何にも羽振りのよさそうなとある商会の関係者に(たっぷりと酒を飲ませながら)見せたのだ。

 だが酔ってはいても流石は商会関係者。
 商品を見た途端、酔いを感じさせない目つきで鑑定を始めるがこれはそう簡単に見破れる物ではない。

 三日か四日程度で消失はするものの、ガラス玉にはこの俺、サギーダ様渾身の技術である“偽装魔力”が付与されているのだ。
 この偽装が正常に機能している間、本物の方の道具の使い方として使用しない限りは誰がどう見ても魔法の品物なのである。

 そしてこのような希少な道具を手に入れた者達の用途と言えば単に部屋に飾るか、宝箱の中にでも仕舞い込むかのどちらかだ。

 つまり当分の間は絶対にバレはしない。

 そんな感じで互いに熱い交渉の結果、『僅かな傷があった』と言う事による値引きを余儀なくさせられたものの元材料は普通のガラス玉。つまり結果は上々だ。

 商品の引き渡しと共に重量を増やした財布を懐に抱え、俺はその日の内にシードリアから離れる準備を始めた。
 掴まされた商品が偽物と判明した頃には俺は既に他国の土を踏んでいる事だろう。

「追ってこれるモノなら追って来てみろってな」

 細く笑み、そう呟きながら次の行き先と商売のネタを思案する。

「…ん?」

 その時、少しだけだが目に違和感を覚えた。

(気のせいか?)

 違和感があったのはほんの一瞬。今はもう感じない。

 しかし流石にそろそろ旅の疲れが溜まって来ているのかも知れない。
 ここしばらくはずっと旅のしっぱなしだった。そして自分はもう若くはないと自覚はしている。

 今回の儲けで湯の花国の温泉に浸かるのも悪くはないと考え、俺はエレメニウム行きの乗船券を買い求める為に港へと向かったのだった。



 薄暗い部屋の中で少女は微笑んだ。

「行き先はどうやらエレメニウムね。鉱山ばかりと聞いたけど面白い所はあるのかしら?」



「待てやコラー!」
「その首置いていけー!」

 エレメニウムの船着き場に降り立った途端、俺はガラの悪い冒険者風の男達に襲われた。

「アイエエエエ!?」

 訳が分からない。だが俺はとりあえず全力で男達から逃走する。
 こんな商売をやって居る以上、恨みを買う事も確かにある。だが着いた早々にこの展開は異常だ。

 覚えている限り俺はこの地域ではまだ何もやってはいない。
 手配はされていない筈だ。しかしだからと言って衛兵に助けを求める訳にもいかない。
 俺は入り組んだ路地裏を走り抜け、ようやくガラの悪い男達から逃げ切る事が出来た。

「何なんだ一体」

 とりあえずこの街はヤバいかも知れない。
 旅の準備はそこそこに直ぐに出て行く事にする。疲れたのか思わず眩暈が…。

 その日を境に、俺の旅は一気にスリリングな物となった。
 何せ行く先々で追手や待ち伏せがやたらと頻発したのである。



 エレメニウムを脱出する約一ヶ月の間に襲撃が十数回。
 湯の花国で女湯を覗こうとした所を見つかって裸で逃げる事二回。

 バクハーンで追手から逃れる際、身を隠した麦藁の山が肥料の灰にする為に燃やされ始めた時には流石に死を覚悟した。
 アッシュラやロゼルスは流石に危険なのでノウィストに入ってから船でオートデザイス、そしてボゴディ・サンへと。

 勿論その間も各地で商品を売る事は忘れてはいない。
 賞金稼ぎ共から追われてはいても、路銀だけはしっかりと稼がないといけないのだ。

 しかし、どうしても腑に落ちない事が一つだけある。
 それはどれだけ途中で目的地を変えようとも、次の次辺りの町や村で必ず賞金稼ぎに追い付かれているのだ。

 まるで常に誰かに監視されているような気分である。

「いやまさか…そんな訳…無い、よな?」

 嫌な想像が頭をよぎり思わず眩暈。

 だが直ぐにそれはバカな考えだと思い直し、遠く見えてきた次の街であるアールコル市国の入り口を疲れた目で眺めるのであった。



「この街で作られている水酒ってまだ飲んだ事が無いのよね。今度買ってみようかしら?」

 少女は微笑み、傍らに居たメイドに話しかける。
 しかしメイドは短く溜息を漏らし、少し困った顔でこう返した。

「お嬢様、あまり頻繁に力を使いすぎると旦那様に叱られてしまいますわ」

 だがその苦言にお嬢様と呼ばれたその少女。
 ハーフエルフのフィルプティマは笑顔を一切崩さない。

「大丈夫よ、単なる暇つぶし程度だから負担は無いわ」

 そう言ってフィルプティマは傍らに置いてある『水晶竜の瞳』をそっと撫でた。

「その為に手に入れたこの"ガラス玉"ですもの」

 彼女はこの世界において希少ともいえる能力を持っていた。
 その力とは世界中の様々な者達の目に映った光景を“盗み見る”能力。

 本来ならば非常に魔力消費の激しい能力なのではあるが、盗み見る対象との『繋がり』がある物を媒介にする事で魔力の消耗が抑えられるのである。

「それにしても、よくもまぁこうも様々な国を渡り歩ける物ですね。このサギーダと言う方は」

 その様子が楽しいのか、少女はコロコロと鈴のように笑った。

(しかし賞金を掛けてまでこの男を追い立てる必要があるのでしょうか?)

 メイドは呆れ顔をしつつそう思う。
 このような労力や賞金を掛けずとも、この男は勝手にあちこち歩き回ってくれているのだから。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、フィルプティマは可愛らしい笑顔で短くこう答えた。

「だって旅にはスリルが付きものでしょ?」



 サギーダ・ヨルニゲル。
 つまり彼はこのお嬢様、フィルプティマの単なる暇つぶしの為に旅の景色を盗み見られながら賞金首にされていたのである。

 だがこれは決して彼の知る所ではないのであった。


最終更新:2021年11月22日 22:58