吾輩は化け猫である

吾輩は化け猫である。名前は無い。
然松寺などという、辺鄙すぎて誰も近寄らない地に建つ寺で世話になっておる。
化け猫だからと言って夜な夜な行燈の油は舐めはせぬ。灯りが消えると不便故に。
それと人を襲うような真似はせぬので安心するがよい。そのような事をするのはただの化け物であるからして。

さて、吾輩が世話になっている寺には住職が一人おる。
この住職がまたとんでもない程のお人よしでの。道に迷った旅人を見ると誰でも彼でも寺に招き入れてしまうのだ。

あまり無分別に人を招かぬ方がよいとは忠告しておるのだが、吾輩の訴えが聞き入れられた事はない。
今日も住職が道に迷った旅人を一人招き入れた。
こうなっては仕方がない、吾輩がしっかりせぬと。

招き入れた旅人を住職が居間に案内する。
そして向かいに座ると旅人の疲れを労い、説法を交えながら楽しげに語り出す。
だが住職よ、そなたの説法は高尚が過ぎて旅人に理解出来た試しがないぞ。
取りあえず相手は疲れておるのだ。食事と寝床を用意してやるのが一番の持て成しであろう。

疲れた旅人に必要なのは精の付くような食い物ではあるが、生憎ここは寺故に野菜しかない。
出さぬよりはマシであろうが、その辺りは我慢してもらうしかないの。
食事の世話が終わったのなら寝床の準備に取り掛かるがよい。あれは直ぐに寝るようだぞ。


旅人も寝入ったようじゃの。
さて住職よ、旅人は気分よく寝ておる。故にその眠りを邪魔するのは許されぬ事だぞ?
眠りを邪魔されると気分を害するのは誰しも同じじゃ。
このまま大人しく、明日の朝が来て出立するその時まで休息を取らせてやるがいい。



充分に休息を取った旅人は寺を去って行ったようじゃ。
住職よ、そんな寂しそうな顔をするでない。何も言わず素直に見送ってやるのが一番なのじゃ。

たとえ現世の理から外れた我らであっても、旅の安全ぐらいは祈願してやっても罰は当たらぬよ。


関連



最終更新:2018年02月02日 16:41