駆け落ち 2話【異邦人】

冷え切ったカーターの酒場の地下室。
ここならば「商品」が流出する心配は無い。
「商会関係のルートを通じてネタが入った」
部屋の奥に立っている男、モーゼス・レーナー。
扉を閉めると情報屋は口を開いた。
「カーターの親父には借りがあるからな、今回に限り金は取らん」
息を呑む。
「頼む、教えてくれ」
「結論から言うと、商人であるロベルト・グレイはこの土地を牛耳る大商人ペーター・ミラーに対し多額の現金と土地の利権を条件に娘のミア・グレイを売り渡した」
「お前の話と照らし合わせると売られたミア・グレイはロベルトの息子アストン・ミラーと半ば強制的に婚約を結ばされたことになる」
「どうしたらいい?一日も早く助けたい」
「落ち着け小僧、下手に動けば原因不明の『事故』で死ぬ羽目になる。」
「今回の一件、どうも単純な人身売買とは思えん。まったく、貴族や領主が不在の国も考えものだな」
「どういうことだ?」
「領主の監視の目が無いと悪事に手を染める商人が現れるからな」
モーゼスは続けた。
「そのミラー家だが二つ情報がある。
一つは西のブリガニー王国と関係を持ちフラソヌール国内で内乱を計画している疑いがある。
二つ目は有力な魔法使いが頻繁にミラー家に出入りしていることが確認されている。
あれほどの大商人が辺境の街の娘1人を欲しがっていることがこれらの情報と無関係とは思えん」
「つまりだ、婚約なんてのは建前の可能性がある」






満月の夜、仕事を終えた後、場を抜け出しまた川辺までやってきた。
3日前、ここでミアは商人の息子と婚約を結ばされたことを俺に告げそのまま走り去ってしまった。
俺はその背中を追うことが出来なかった。
カーターの知り合いの商人もとい情報屋の調べによるとペーター・ミラーというフラソヌールでも有数の大商人の家の元へ金と引き換えに商人の父親に売られたらしい。
ミアの親が商人であった事は知っていた。だが実の娘を売ったりするだろうか。
この国はかつてブリガニー王国の属国だった。
領主や貴族の圧政に耐えかねた民衆が蜂起し勝利を納め、支配者達は皆首を落とされた。
しかし現在では経済力に物を言わせ各地に幅を利かせる商人が現れ始めた。ミラー家もそのような商人の家だろう。
彼らの活動の邪魔をすれば手先の人間に殺されてもおかしくない。それがこの国での常識となりつつあった。
民衆にしてみれば重税に苦しむ生活より遥かに良いだろうが、商人の横暴で悲しむことになる少女を俺は知ってる。
だが国も商人も俺はどうでも良かった。ただミアには笑っていて欲しかった、隣にいてほしかった、会って抱きしめたい、想いを伝えたい。あれから探し回ったが居場所は未だに分からない。会えたとしても今更俺一人ではミアを商人共から取り返すことはできない。
「畜生!畜生!」
誰もいない川辺で叫ぶ。
憎い、ミアを奪った奴らが憎い、何もできない自分が憎い、
叫んでいると後ろから肩を叩かれた。
「大丈夫か、少年」
後ろに黒髪で長身の男が立っていた。黒いマントを身に纏い弓を持っている。
おそらくこの国の者ではない。驚いて俺が身構えると男が言った。
「怪しい者ではないよ、ただの流れ者さ」
「え…」
男は両手を広げてみせる。
「そうだ、ここで会ったのも何かの縁だ。夕食でも一緒にどうだい?」
本来ならこんな変人に付き合ったりしないのだが、
ロクに飯も食わず3日も気を張り詰めていたのでとうに精神が限界だった。
気がどうにかなっていたんだろう。
「あぁ、頼むよ」




焚き火を囲んで遅い夕食が始まった。
男はさっき山で捕まえた鳥を火にかけている。
俺は男に事のあらましを全て話してしまった。
迂闊に人に話していい状況ではないが仕方がなかった。
誰かと共有したかったんだろう、俺やカーターだけで抱え込んでいるのはもう限界だった。
見知らぬ異邦人に話して気を紛らわせたいだけだった。
「なるほど、つまり君は大商人に売られそうになっている幼馴染を助けたいというわけだね」
「ああ、でもこの国では商人が幅を利かせている。ミアを取り返したところでこの狭い国では逃げ場がない。」
「確かに、この国は狭いな」
男は少し考え込んだ後言った。
「世界は広いぞ」




最終更新:2019年04月23日 01:12