駆け落ち 3話【海の向こう】

ついに俺も頭がおかしくなったのか。
男が何も無い空間から一枚の紙を取り出した様に見える。
「まぁそう驚くな、異次元召喚といって大きな鞄のようなものだ」
男はその紙を広げて俺に見せた。
見覚えがある。そうか世界地図だ。
三つの大陸に五つの海。左下のユグレス大陸の西の端にぽつんとフラソヌールがあった。
この国がひどく小さく見えた、その国の小さな町で1人悩んでいる俺はもっと小さく見えた。
「私は海の向こうからこの大陸にやって来た、この小さな島国からな。」
男は地図の右下の「薫桜ノ皇国」を指した。
「少し昔話を聞いてほしい」





私は薫桜ノ皇国に生まれた。
名の通り一年中「サクラ」という桃色の木が咲いていて自然豊かな美しい国だった。
国民は皆、和、つまり他の者との協調を美徳とし、他国と一度も戦争をしたことがなく平和で、子供の頃より厳格に教育され、命より礼儀を大切にし、死ぬまで国の為に黙って働く。
争いに明け暮れている国からしてみれば恵まれていたかもしれない。

だが私が六つになった頃、私が海で遊んでいると地平線の向こうから巨大な帆船が現れた。
岸に着くと船から異邦人が降りて来た。私が駆け寄って何者かと問うと
彼らは海の向こうから来たと言った。国の大人たちは大騒ぎしていた。
海の向こうには大陸があり沢山の国があり大勢の人が生きていると知った日、
私は初めて自分の故郷が窮屈だと感じた。いつか必ず世界を巡る旅に出ると決心した。
そして十五になった時、私は毎年数回来航する貿易船に潜り込み誰にも告げず故郷を去った。
故郷の村には父と母と下に兄弟が三人いた。
後悔はしていない、狭い国の中で何も知らず生涯を終えるのは余りにも寂しいだろう。

そうして私の旅は始まった。
初めはそれはそれは楽しかった。知らない人と出会い別れ、知らない土地を歩き、眼に映るもの全てが新鮮だった。
だが、楽しいことばかりではなかった。飢餓に苦しみ死んで行く人を見た、戦争で殺しあう人々を見た、肌の色や信じる宗教の違いで迫害される者を見た。
私はそんな苦しむ人々を憐れむだけで助けにはなれなかった、見過ごすことも出来なかった。
そこで私の旅に新たな目的ができた。苦しむ人々の助けになる事だ。
まず人の助けになるための技術を身に付けようとした。
ある国では学問に取り組み、ある国では弓の扱いを覚え、ある国では魔法の手ほどきを受け、またある国では剣術を身につけた。
それで何人救えたのかと問われれば答えられない。命でなくとも良い。一時でも誰かを笑顔に出来ればそれで満足だった。ただの自己満足かもしれないが私はそれで幸せだった。

まあ、何が言いたいかと言えば、
あの日、外の世界を知ることが無かったら、私は故郷の窮屈さに気付かなかった。
あの日、船で故郷を出なければ、私の今の人生は無かった、今日君に会うことも無かった。




最終更新:2023年07月01日 10:17