勇者問答

 剣と魔法の世界――
 そして時に勇者魔王、それぞれの候補者が誇りと正義と野望を賭けて、闘争を重ねる世界――
 文明の復興期、多くの未知と幻想に彩られた時代、人々はこの世界を『ロクシア』と呼んだ。

 《ロクシア暦》一八〇〇年代初頭、ユグレス大陸の東端には冒険者の聖地と呼ばれる、スタートゥ王国が存在していた。
 肥沃の地であり、魔物も弱く、王侯貴族と庶民との隔たりは大きなものではない。
 つまりは、決して華美とは言えない辺境の地だが、のんびりと生きていく分には楽園と言えたのかもしれない。

 そんな国で生まれ育った少年、アファルが漠然とだが、色々な意味で凄い国なのかも知れない、と思い始めたのは成人を控えた最近になってからの事だった。
 王や貴族は偉ぶるのが勇者物語の悪役みたいだから、と軽いノリで振る舞っているが、実際に偉いのだ。食料が豊富な国とはいえ、海上交易が発達した現在、
のんびりとした国風を維持するのは簡単な事ではない。経済競争や大国間の利益や、そんな脅威もロクシアには多く存在するのだった。

 一方で、軽いというか、軽すぎるというか。
 スタートゥ王国の主要都市には、元は伝統ある名称が存在していたのだが、かつて勇者が魔王を討伐した際に、勇者の出身地だという事で、
国王が"ハジマリの街"とノリで改名してしまったのだ。そういう気風が歴史を越えて受け継がれており、たまに権威とかそういうものは無いのか、
と頭を抱えたくもなる。
 おかげで観光産業が発達したのだから、抜け目がない施策でもあったのだろうが。

「今年で十六……成人の風習か」

 夜半、寝付けずに寝台の中でアファルは呟いていた。
 スタートゥ王国には、国民が成人する年度に達した際、王から少額の祝い金と銅の剣を贈るという風習があり、
これには勇者の旅立ちをなぞったという謂れがある。
 もちろん、いかに権威に囚われない王だとしても、手渡しというのは人数的に限度があった。
 よって、その大半は郵送や役場での受け取り制度の形を取っている。

 しかし、ごく少数、王から直接の言葉と贈り物を賜る栄誉に浴す若者たちも居た。
 若年にして高名な人物であったり、ギルドのような組織からの推薦であったり……
 そういった、将来は"勇者"とも呼ばれるかも知れない人物たちに、何の因果かアファルも混ざる事となっていた。

 事情は簡単だ。まぐれで剣術大会に優勝してしまったのだ。
 突出した二人の実力者が居たのだが、両名ともに体調不良による参加の見送り。残りは似たり寄ったりの実力で、アファルが勝ち上がったのも、
たまたま運が良かったからに過ぎない。

 そう。少々、趣味で剣術を齧っているだけの少年が、有数の有望株に混ざる事になる。
 これがアファルが緊張で眠れない理由だった。

 そして……逃れようもなく、翌日がやってくる。もちろん、国王からの好意を無下にする訳にもいかない。
 『うちの子に、こんな機会が!』と両親は舞い上がっていたが、アファルはそれどころではない。成人を象徴する日を、徹底的に恥をかいて過ごすのだ、
と軽い絶望すら感じていた。

「……いってきます」

 両親とは正反対の気分、幽鬼のような暗い顔でアファルは玄関を出て、歩き始めていた。

 ニングオープ城、スタートゥが誇る王城は庶民にとっても親しみ深い場所だった。
 大半の区画が開放されており、勇者サイコーという国民性の元、駆け出し冒険者向けの謎解きや知識テストが各所に配置されており、
実をいえばアファルも子供の頃、勇者ごっこか何かで何度も立ち入ったことがある。

(でも、今の僕にとっては魔王城みたいなもんだ……)

 笑顔の文官から歓待を受けながらも、アファルは処刑台に向かうような足取りで階段を一歩ずつ登っていった。
 王城としては単純な構造を進み、やがて王の間へと通される。

 すでに、整列している他の若者たちに混ざる形で、アファルも王座に向かい合っていた。
 王は居ない。こういう場面で、王は後から臣下に連れられやってくるものだ。
 勇者好きの国風では、こういったお約束も綺麗に再現される事が多々あるのだった。

「スタートゥ国王陛下の御成り!」

 王の間の門番が、国王の来場を高々と告げていた。本来は長い正式名称と称号を並べ立てるうえ、
門番の宣言は王座の主に対して告げるもの、当人の出入りは宣言しない。
 つまりは色々な作法に反しているのだが、この辺りは軽い国だった。

 それでも、若者たちは一斉に膝を付き、頭を垂れていた。
 礼儀ではあるのだが、実は王にお約束の台詞を言わせる機会を与える為でもあるのだ。

「いや構わぬ。勇者たちよ、頭を上げて楽にして欲しい。ハッハッハ、やはりこのセリフは格好良いのう」

 許可を受けて、若者たちは頭を上げる。その前方には気さくに笑う国王が、王座に腰を掛けていた。
 やや呆れながらもアファルは親しみを込めて口元を綻ばせる。

(変わらないな。国王陛下も)

 スタートゥの王家にとって、『勇者と対面した寛大で善良な王』を演じるのが伝統的な趣味なのだ。そのおかげなのかは微妙な所だが、
スタートゥには極めて暴君が少ない。意図せぬ形で、暴君は勇者に倒されるもの、という教育が徹底されているのだった。

「さて、若者たちよ。今年はそなたらにとって、まことにめでたい年となった。英気と将来性に溢れた国民の成人に立ち会える事は、
 国王としてこの上ない喜び――と、長々と挨拶しては申し訳ないか。本題に入らせてもらおう」

 スタートゥ王の意を汲み取り、臣下が十名の若者に贈られる祝い金の袋と銅の刀剣類を台に乗せて運びだしてきた。
 風習では、男性が剣を、女性がナイフを受け取る形だ。

「この場に集ったのは、一人一人が将来有望な若者であると聞いておる。もしや、将来に勇者と呼ばれる者も出てくるかも知れぬが……
 そこで尋ねたい事がある」
(大して有望じゃなくて、ごめんなさい)

 微妙に申し訳なく思いながらも、アファルは他の若者たちと一緒に王の言葉の続きを待った。

「すなわち――そなたらにとって、『勇者』とはどのような存在か」

 一瞬で、アファルの思考が凍結していた。

――曰く、勇者とは時代に選ばれた英雄である。
――曰く、勇者とは魔王の如き脅威を打ち倒す存在である。
――曰く、勇者とは冒険者の頂点であり、人類に大きな繁栄をもたらす者である。

 たとえば英雄叙事詩の主役のような……子供じみた回答がいくも脳裏を過っていった。単純な答えで良いなら、いくらでも応じる事ができた。
しかし、成人とはいわば人生の門出であり、つまるところは将来の希望を定める儀式でもあるのだ。
 『勇者とは永遠に届かない存在であり、凡人らしく慎ましく生きたいと思います』と、このような情けない答えというのは、かなり憚れた。

「時間はある。何か思いついた者から、贈り物を授けさせてもらう事にしよう」
「では――まず私が」

 即座に十人の若者のうち一人が起立して、自身が最初の回答者になる事を宣言していた。
 アファルも知っている人物、というよりも街では若くして傑出した人物であると有名だった。

("赤獅子"リクト・ガリマール!)

 輝くような赤髪を背にかかる程度に伸ばした、均整の取れた体格の青年。年齢的にはまだ少年だったが、年齢には不相応の風格が存在していた。
 炎系魔法に秀でた才を有し、未成年でありながらも、すでに冒険者として実績を重ねている希代の魔法剣士
 その勇猛さと気風から、"赤獅子"という異名を有した人物だった。

 やはりというべきか、興味深げに国王は目を細めた。

「ほう、余としても高名なそなたの答えには興味がある」
「もったいなきお言葉……勇者とは人類の希望の象徴であり、同時に凡人には負えぬ重責であると、私は理解しております」

 堂々たる、というべきか、捻る事もなく"赤獅子"リクトは端的に人々が想像する勇者像を言い当てていた。
 スタートゥ王はそれに深々と頷いた。

「真っすぐな良き答えだ。しかし少々、具体性に欠くとも思える。踏み込んだ所を聞かせてもらってもよいかな?」
「ぜひとも」

 人によっては言い淀むような追求に、リクトは涼やかに応じていた。

「人間は決して弱い生き物ではありません。しかし、同時に無敵でもない。魔物や魔族の脅威がその典型でしょう。そういった恐怖を切り開き、
 人類に希望の光を示す、それこそが勇者の重責と思われます」
「ふむ……」
「同時に、常人離れした偉業を成し遂げる事によって、勇者は半ば人間からも遠ざかっていく……成功者であっても、決して幸福な道ではない。
 そういった事柄も、勇者の一面ではあるのでしょう」

 まるで物語のような――しかし、現実離れでもない。彼、リクトは間違いなく物語にも近い人生を送る、そういう才を自然に有しているのだ。

「まことに、険しい物の考え方だ。そなたの自身に厳しく、高い理想を持つ心が現れた答えなのかも知れぬな。
 では最後に一つ――もし、そなたがそのような勇者になる事を求められたら、どうする?」
「現状は天による巡り合わせ、と申し上げるほかありませんが、もし私に機会と資格がありましたら、必ず」

 これも即答。直前、無礼にならない程度に間を置いただけだ。
 国王は満足げに、リクトの言葉を聞き届けると、手振りで近寄るようにと示した。

「その歳で、その覚悟とは見上げたものよ。では、わずかであっても、そなたの理想の足しとして欲しい」
「ありがたく戴きます」

 国王自ら手渡された、祝い金と剣をうやうやしく受け取る。
 リクトは礼服だが、銅の剣を腰に帯びた姿は絵画のように似合っていた。まるで物語の始まりのように。

(こ、これで同じ年か。天才は違う、というか)

 半ば圧倒されていたアファルを置き去りにするように、第二の回答者が起立していた。
 イガオス・カスターナ、この歳で上級剣士(ブレート)候補に名を連ね、練兵場からの推薦を受けた人物。
 優れた体格を持ち、身長も筋力も見た限りでは、十名の中では突出していた。

「陛下、私は勇者とは強き者、そして民を護る存在であると認識してします」
「それは心強く、そして優しき答えだ、イガオス。だが、各国の衛兵や一般の冒険者も民を護る存在ではないか?」
「はい。勇者は偉大な存在なのでしょう。しかし、一人で全ての民を護る事は叶いません。魔王の軍勢を破る事も、一人ではなく仲間や友軍に恵まれての事。
 人々を護るという偉業は、皆で成し遂げる事なのです」

 勇者を使命と象徴性で語ったリクトに対して、イガオスはその強さと守るべき存在に重点を置いていた。
 ある意味では、地に足のついた考え方であり、アファルにとっては比較的、共感しやすい意見でもあった。

 その言葉は力強く、そして単純だが芯がある。
 特に疑問を挟む余地もなく、イガオスの言葉は結びを迎えつつあった。

「勇者、あるいはその友軍、どのような形でもいい。その偉業に力添えをしたい、それが私の夢でもあります」
「なるほど、それも偉大なる答えかも知れぬな。だが、一人一人の力が要求される事にも違いない。そなたはどのように、その力を養うか?」
「年内にはグリルグゥルデンに赴き用兵を、その後薫桜ノ皇国に渡り剣術を学び、さらに己を高めたいと思います」

 グリルグゥルデンは世界屈指の軍事先進国。
 剣術については、実はスタートゥも上位に位置するが、海の向こうの薫桜ノ皇国は同格かつ異文化であり学ぶ所は多い。

 彼、イガオスは世界に視野を広げて、いかに民を護るか、その手段を模索しようとしているのだ。
 これにはスタートゥ王も感心したらしく、嬉しげに頬を緩めていた。

「見事だ。もしや次代の四騎士の一人は、そなたかも知れぬな。では、王からの贈り物を偉業の一助として欲しい」
「ありがとうございます」

 イガオスが贈り物を受け取る。リクトほどには洗練された物腰ではないが、実直さは感じられた。
 二名の回答が終わり、全員が雰囲気を掴みつつあるのだろう。若干、場から緊張が薄れていた。
 アファルは、と言えば、必死に国王の問いかけを考えているのだが、なかなか答えが定まらない。何もない訳ではないが、他の回答を聞くたびに、
自分の考えが視野の狭い、ちっぽけなものに思えてしまうのだ。

「陛下――私は勇者とは、神に選ばれ新たなる時代を創る者である、という説を唱えます」
ロルク教の才女らしき、独自の見解だ。詳しく聞かせてもらおうか」

 三人目の回答者は、十名のうち数少ない少女の一人だった。黒髪のストレート、身を包む学徒服が容姿よりも知的な印象を引き立てている。
その胸元では、円状の護符が輝いていた。
 オリヴィア・ファーライト、ロルク教の推薦で訪れた、術師にして学士。未成年者としては相当に珍しい。

 ロルク教とは隣人愛と知性主義を掲げる教派だ。そこからの推薦を受けたという事は、さぞ優秀かつ教えに忠実なのだろう。
 オリヴィアはスタートゥ王の問いに、うやうやしく一礼すると語り始めた。

「陛下は勇者アンリの例をご存知だと思われます」
「比較的、近年の勇者ゆえ、直接顔を合わせる機会を得ておる。まことに聡い瞳を持つ少女であった」

 意外でもなんでも無いかも知れないが、史上には女性の勇者も珍しくはない。近年のアンリや第三次魔族侵攻ヴィオラなど。
 そういう意味では、このオリヴィアも立派な勇者候補と言えるのかもしれない。

 もっとも近年といっても、勇者アンリの活躍はおよそ四十年前、今では少女とは言えない年齢ではあるはずだが。

「彼女は魔王ダガラスが争いを望まぬ事を見抜き、融和によって争いを鎮めました。陛下はこれをどう思われますか?」
「賛否ある事は承知しておるよ。"帝国"を始め、諸国の中には人族を裏切り魔族に組したのだと主張する向きもある」

 王が語る様に、アンリは魔族との争いを治めたにも関わらず、各地で賛否が分かれる勇者だった。
 否定する理由には事欠かない。魔王を討伐した訳ではない事、それどころか魔王と結ばれ后として迎えられた事……

「しかし、アンリが多くの死や流血を回避した事は事実――なにより余は直接、対面して彼女の見識を勇者の証と認めた。
 故に信じてやらねばならんよ。勇者が過酷な道を征くとしても、スタートゥが勇者を孤独にする事はない」
「国王陛下は賢明であらせられます」

 国王の静かな宣言に、オリヴィアは微笑むと深々と頭を垂れて敬意を表した。

「言い換えれば、勇者は人よりもただ一歩進んだ人間です。時代の潮流が作る壁を超える一歩には、常人離れした力が要るというだけの事。
 私は知恵を以って、人が進むべき良き道を見極め、多くの人と共に一歩を踏み出したいと考えます。勇者のそれが、決して孤高の道にはならないように」

 物静かで、冷静な態度に努める彼女だが、この時ばかりは口調に熱が籠っており、そして同時に"賢者"と呼べるだけの英知の片鱗がたしかに存在していた。
 若者たちのそれは印象に過ぎないが、スタートゥ王は実感を以って、その英知を見てとっていた。

「アンリに負けぬぐらい聡い回答だ。この贈り物は、勇者の一歩の助けには足りないが、それでも旅立ちという些細な一歩には有用になるだろう。
 いつか、より重大な一歩を目指して、踏み出して欲しい」
「はい。お気遣い感謝いたします」

 オリヴィアは女性、ゆえに銅の剣ではなくナイフを受け取り、腰に帯びて若者たちの列に戻った。

(なんというか、色々と考えてるんだな。僕なんかよりずっと)

 アファルも関心を持って、オリヴィアの話に耳を傾けていたのだが、やはり圧倒的な距離を感じただけだった。
 はるか先を行く人物たち。その距離は一歩どころでは無いように思えた。

「ふん……!」

 一方で、若者たちの列からは侮蔑交じりの声も、小さく漏れていた。声にこそ出さないが、二人目の回答者イガオスの視線も相当に険しいものだ。

「理解は出来る。………だが同調は出来んな」

 最初に回答したリクトが傍にいる者にだけようやく聞こえる程度に呟いた。
 人族と魔族の融和思想は先進的かも知れないが、同時に受け入れがたい思想でもあった。たしかに、争いを望まない魔族も居るのだろう。
 しかし、いまだに多くの魔族は秀でた暴力性と、それ以上に積極的な悪意を以って人類を脅かしている。
 融和思想を盾に、魔物や魔族の討伐を妨害する団体もあり、またそれ以上に理想を唱えている間に多くの人が亡くなっているという現実がある。
 悪と闘い、倒す事で人々を護る勇者を目指す者にとっては、彼女の目指す道はそれを阻み、否定する道にもなりかねない。

(だからといって、種族だけで決め付ける事が良いとは思えないけど……片方だけが正しいとも言えないな)

 自分より賢い人々もまた惑い、互いに衝突している。アファルにとっては途方に暮れるような話だった。
 一人、また一人、起立して王の問い掛けに各々の答えを返していく。その全てが優れたものとは限らなかったが、
それぞれの人柄や価値観がよく表れた回答だった。

『勇者とはどのような存在か』
――勇者とはその時代で最も優れた討伐者である。
――勇者とは人族の価値を確固として証明する存在である。
――勇者とは魔族討伐の最大功績者が、後からそう呼ばれるだけだ……

 九人目が答えを述べた後、ただ一人だけアファルは剣を帯びずに、列の中で跪いていた。
 他の若者たちからは、やや呆れたような視線も目立つ。

 表情から察したのか、労わるようにスタートゥ王はアファルに声を掛けていた。

「ふむ……アファル少年よ、思いつかぬか」
「はい、陛下……私は勇者といえば、アル・ワーコレーのような。ごく平凡な冒険者として旅立ち、世界を巡り様々なものを得て、
 最後には偉業を成し遂げる、そういう人物こそが勇者と思っておりました」

 それがアファルが自然と出せた答えであり、そして狭い見識の中で出せただけの答えでもあった。
 しかし、国王は否定する事もなく首肯していた。

「純朴な答えではないか。決して、間違いではないぞ」
「ですが、分からなくなってきました。この場に集った一人一人が確かな答えを持ち、そしておそらく、その全てが正しい」

 そして、同時に完全には正しくない。おそらくは多くの対立と矛盾を孕んだ思想だろう。
 自分より数段優れた人物ですらそうなのだ。自分程度のちっぽけな存在が答えを出すことに、どれほどの意味があるだろうか。

「彼らと比べて、私は何も知りません。勇者の事も、ロクシアの事も、この世界で何が為されるべきか、という事も」
「それは未だ、誰もが追い求めている途中にある」

 アファルの曖昧な悩みに、国王は重々しく述べた。

「分からない、というのもまた正しき答えだ。恥じ入る事はない……が、分らないままで良いものか。そなたはどう思う?」

 続けて、おだやかにスタートゥ王は尋ねていた。

 リクトは言った。凡人には負えぬ重責である、と。
 イガオスは言った。偉業は皆で成し遂げる事なのだ、と。
 そして、オリヴィアは示していた。理想は時に対立への道なのだ、と。

「…………」

 真剣に考えるのなら、即答はできなかった。出来るはずがない。
 分かれば幸福になれる、正しい道を行ける、という保証など何処にもない。むしろ、逆になる可能性も大いにあるのだ。

「良し悪しはやはり、分かりません。しかし、良し悪しに関わらず、知らないままにはしたくない、と私は思います」
「たしか、そなたは冒険者だったか」

 返す形での、国王からの確認にアファルは軽く驚いていた。
 十人の若者たちの中でも、最も地味な自分の経歴を国王が把握しているとは思わなかったのだ。

「はい……今は新人ランクでしかありませんが、スタートゥで経験を積み、トリナーに赴き、二国のギルドの推薦を得て、
 世界を舞台として冒険をする、それが私の目標でもあります」

 世界を見て、知る――壮大ではあるが、何かを為す以前の、矮小な自分だからこその夢。
 もちろん、現実を考えれば、隣国のトリナーに行く事すら楽ではない。当分はスタートゥを這いまわる事になるだろう。
 その間にも他の九人は明確な目的を達するために、努力を続け、差は開いていくばかりだ。

 だが、国王は暖かに良い夢だと小さく呟くと、姿勢を正して厳守に宣言していた。

「なるほど。では、その旅路を以って答えとするがいい。そして、その旅で見た事、聞いた事、それに思った事をぜひ余にも教えてくれ。
 ――そなたにも一人の答えを追い求める者として、贈り物を授けさせてもらおう」

 こうして、アファルは送られた銅の剣と少額の祝い金を受け取っていた。
 腰に帯びた銅の剣は武器としては、それほど大きくもないが、自然としっくりとくる重みが存在していた。

――――

 この日の出会いは後に、幾つもの冒険譚や対立、時には悲劇に繋がり得るが、未だロクシアの運命は確定していない。
 ただ時代の波に消え、思い返される事もなくなる小さな出来事であるのかもしれない。
 それでも、一人の少年の旅立ちである事に違いはなかった。


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最終更新:2022年12月01日 16:53