セイバーこと『結城凱』は、一応かつて一人の戦士であったが、英霊たちの平均的な意識からは逸れる側面があった。
 英霊たる自覚がないのも勿論の事だが、何より他人に「英霊」などと呼ばれるのが、彼には癪であったのだ。

 ある聖杯戦争では、英霊を嫌う魔術師が参加していたと云う話があるが、程度の違いはあれど、凱はその魔術師と同じように「英霊」という物を嫌っていた。
 おそらく、「英霊」というのは、その定義付けから考えるに、真面目でつまらない奴らや、多くの者を使い多くの者を殺した奴らばかりなのだろう。
 そして、時に人々の空想が生んだ怪物でさえも英霊などと呼ばれるらしい――きっと凱が戦ってきた敵のような奴らだ――のだ。

 そんな連中など、凱の価値観からすれば、元々どこかおかしい奴ばかりに決まっている。
 ましてその中でも自ら進んで戦いを選んだ者たちなどとは、到底、分かり合える気がしない。
 とてもではないが、その称号を受けた者の大部分とは、同じ釜の飯を食えそうにないわけだ。

 ……と、こうは云うが、凱も別に平和主義者や博愛主義者ではないし、ヒューマニズムに訴えたいわけでもない。
 人殺したちへの嫌悪も潔癖という程ではない。
 ただ、とにかく反りが合わない連中が多いだろう、というのが率直な印象であった。



 ――しかし、それでも彼がこの聖杯戦争で召喚に応じた。



 それは、彼自身も「英霊」として聖杯戦争に参入するつもりが全くない訳ではなかったからだった。
 自分が英霊たるのも、出来ればこれが最後にしたいとさえ思っている。


(英霊の座ねぇ……)


 願いを託しうる願望器として、凱は――この聖杯を狙っている。
 それこそ、敵が凱と同じく英霊の座からやって来た戦士というのなら、大きな抵抗も要るまい。
 言うならば、これは死人と死人の戦いとも言える。危険なのはマスターたちであるが、その人間の同意を得られるか否かが、聖杯を狙えるかの境目だ。
 もしマスターが乗れるような人間ならば、凱もまた聖杯戦争の一人のサーヴァントとして、死力を尽くせるだろう。

 勿論、敵たちの中に魂の籠ったパンチを放てるような奴がいるならば……凱と同じく酒や煙草を愛する野郎がいるならば……その時は相手に感情が入るだろうし、女のサーヴァントが相手ならばどうも殴り合うよりも抱きしめ合う方が向いているように思える。
 しかし、凱はその敵と、英霊同士、正々堂々とやり合ってやろうと思っている。
 それが聖杯戦争のルールなのだ。

 そうまでして――彼は、自らが嫌う「英霊」そのものの生き様を目指そうとしていた。

 では、彼の願いとは何か?

 それは――生きていた頃に戦った者たちの行く末として、「英霊の座」などというデータベースが在る事そのものへの反発であった。


(――俺がこうなっちまったって事は、俺以外のジェットマンも同じ座に行き着くってワケだ)


 そう。彼は、「戦士」というよりも、「戦隊の一人」なのである。
 おそらく凱と同じくその行く末を辿るであろう仲間たちが、他に四人もいるのだ。
 そして、凱には、彼らをその余計な肩書から解放させたいという想いがある。
 彼が再び闘争の道を進もうとするのは、それ故だ。

 かつて戦った人間の行く末が、「英霊の座」という猿山で、そこにいる限りまたも聖杯戦争に駆り出されるというのが、凱には何よりも耐えがたいのだ。

 元々ただの一般人であった凱が、この英霊という在り方に行き着いたのは、『鳥人戦隊ジェットマン』の一員として次元戦団バイラムと戦った逸話が故に違いなかった。
 あの日――たまたまバードニックウェーブの光を浴びて、超常的な戦闘能力を得てから、結城凱の人生は戦士のそれに一変し、この世の英霊たらしめる伝説を築き上げてしまったのである。
 あれより前には、自分がそんな運命をたどる事などありえないと思っていたし、野犬のような血筋の落ちぶれた人間でしかなかった。
 しかし、その日ただ不規則に降り注いだ光がたまたま凱に当たったと云う事実が、当人の意志さえ無視して凱に英霊の道を歩ませてしまった。
 地球を壊すバイラムと戦い、それを滅ぼし、地球を守る使命を帯びてしまったのである。

 凱に限らず――あの出来事が、五人の若者の運命を変え、五人をジェットマンにしたのである。

 だが、凱は、己がジェットマンとなったその運命を、自ら茶化したとしても、これ以上呪う事はない。
 ジェットマンとなった事で、大事な仲間と出会い、そして、彼らを祝せるようになったのだから。
 それゆえに、呪うべくは、英雄になった事ではなく、英雄のその先の運命の方である。
 英霊の座、などという闘争の繰り返しに対してだ。




(竜、香、雷太、アコ。……そう、お前らも)


 ジェットマンであった時、彼らは剣を取っては怪物を斬り、銃を取っては命を削った。
 敵がたとえ怪物であれ、その握り手に辿る感触は心地の良いものではない。血肉を刈り取る感触が伝い、それに慣れ続ける一年を経た。
 たとえ女である鹿鳴館香や早坂アコであっても、バードニックウェーブを浴びた以上はそんな運命にあった。
 ジェットマンである故に、命を脅かされた事も、悲しい現実を見せられた事もあった。

 凱にとっての問題は――彼らの方だ。
 戦いを終えた彼らは、もう平和になった青空の下で赤子を抱いているのである。
 その手で、再び――たとえどんな敵であれ――剣や銃を取らせ、一つの戦争を行わせたくはない。

 そんな未来は、たとえ死んでからでも……英霊という、紛い物の姿であっても、凱は認めたくはないのだった。
 ジェットマン、という英霊は、その座に存在しなくて良いのだ。


(これ以上、ジェットマンを英霊なんざに祭り上げさせるわけにはいかねえ……)


 天堂竜という男は、人々を守る為に争いに身を投じた軍人だったが、彼は誰よりもナイーヴで、軍人には向いていない男だった。
 鹿鳴館香、大石雷太、早坂アコ……残りの三人もまた、もともと普通の人間だ。
 彼らには、やはり普通の暮らしが似合っている。

 そして、凱はそんな彼らを友と認め、愛している。
 彼らがこれ以上戦うのを、凱は見たくはない。事実、本当に闘争に向いているのは凱くらいな物なのだ。


(――そうだろう? お前たちはあれだけ苦しんで、悩んで、そしてようやく、あの綺麗な空を守ったんだ……)


 ジェットマンの戦いから二十年ほど経った時、伝説を掘り起こして彼らを再び戦わせようとする新たな戦隊もいた。
 だが、その時、凱は神さえも口説き落として、彼らがジェットマンと接触するのを踏みとどめた。
 そして、凱は彼らに、ジェットマンの中で凱が死を経て在り続けた戦士の魂を教えた。
 今度はジェットマンに代わり、お前たちが空を守る番なのだ、と――。

 だが、仮にもし、青春を分かち合った友たちが世界の危機を知り、自分たちに戦う術があるとすれば――四人はかつて戦士であった故に、自ら再び、その未来を掴みかねない。
 聖杯戦争を知れば再びそこに踏み入ろうとしてしまうかもしれない。そして、またジェットマンとして誰かを救う為に戦おうとするかもしれない。
 その可能性を予め潰す為に、凱は願いを託したいのである。
 たとえ彼らが誰かの為に戦いを望もうとしたとしても、凱はそれを阻止し、影ながら彼らの幸せを祈り続ける。


(お前らがまた英霊なんて呼ばれてよ……誰かの為に戦わされるなんざ、俺は見てられねえぜ)


 かけがえのない、青春の思い出たち。
 まだ小さな世界を飛び回っていたコンドルを、拾い上げ――この大空の平和を守らせてくれた仲間たち。
 凱が最後に見た美しい空と、幸せの最中にある友の笑顔たち。
 あの笑顔を続けてほしい。

 これからはせめて、共に戦った親友たちや、かつて愛した女くらいには、戦いと離れて暮らしてほしい。
 彼らには二度と、剣や銃を取る事もなく――平凡で呑気な幸せを楽しみながら、普通の人間のように生きてほしい。
 英霊の座、などという戦いの連鎖を強いられる場所にはもう彼らの姿はなくて良い。
 戦いの悲しみなんて背負わなくて良い。

 ジェットマンとして戦うのは、ほんの一瞬、僅かな青春の時代だけだ。
 あれから幾歳月経った後は、それを時折、俺の墓の前で思い返して笑ってくれれば、それが真に正しい彼らの未来なのだ。
 命をかけた戦いが酒の肴になった時、彼らは本当の幸せを得られるに違いない。
 そうして、彼らは大人になり、老人になり、普通に死んでいく。

 その時間を、そして、その先の未来を守りたい。
 あの綺麗の空の下――もう二度と剣も銃も握る事のない、彼らの時を。
 永遠に。


(――――さあ、行くか)


 凱は大空から降り注ぐ光を見上げた。
 美酒の匂いがする……。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 ――――Black wing sleeping here forever





 ……馬鹿だな、竜。お前は俺が、こんな早くに眠ると思ってるのか?





 本当の夜はこれからだぜ。





 ……なあ、そうだろ。俺と出会う事になる、マスターさんよ――――





◆ ◇ ◇ ◇ ◇





 SE.RA.PH――電脳虚子世界。



 実物を模して作られているが、どこか電子の波が渦巻くような波長を感じずにはいられない場所。
 彼が立ち構えているのは夜の街の裏通りだ。ネオン街は、静けさの裏に遊びを隠している。
 小さなラスベガスと呼べるような世界を、「彼」は現世で探している。
 しかし、酒が美味い店も、心地良く遊べる店もなく、仕方なしに自動販売機を拠り所にしていた。


「フゥ……」


 セイバー――結城凱は、煙草を吸っていた。
 ラークマイルドの甘い煙が肺にまで送り込まれ、それをゆっくりと吐き出す。
 吐き出された煙は、冷たい夜霧の中に溶けていった。
 煙草の匂いが鼻孔を擽り続け、些か心地良くも感じられたが、やはり、これも美味くはない。
 吸いかけの煙草を捨て去ると、凱はブーツでそれを踏み潰した。
 一本しか吸っていないのに、それをゴミ箱の中に殆ど躊躇らしいものを見せず握りつぶし、捨て去るとはまた豪快である。


「ったく……」


 凱は、そのまま、思わしげに夜空を見上げた。
 なんだか随分と作り物臭い空で、それが即ち「電脳空間」という味気ない世界が再現した「自然」だった。
 作り出された空は、自由にどこまでも続いている風ではない。それを悟った凱には、まずそれが美しく映る事はなかった。
 心なしか、そんな世界では煙草の味も上手く感じられず、凱は息をほんの小さく吐く。
 まだ煙草の匂いが微かに残る吐息は、退屈をかみしめる欠伸に変わった。


「――つまんねえ空だぜ……ちっとも胸に響かねえ」


 凱は、思う。
 それは世界と呼ぶにはあまりにも人工的で、あまりにもデータ的だ。
 傍目から見れば判らないかもしれないが、彼自身も一個の自然としてそれを意識的に判別できたのだろう。
 彼は、煙草の味や酒の味を嗜み比べるように、空の色も比較できた。
 早々に抜け出しておきたいとさえ思う。

 ……凱は、傍らで札束を数える女を見た。


「――なあ? お前もそう思うだろ、ロベリア」


 が、凱の方を睨むように見つめ返した。
 片側が割れた眼鏡の奥で、人形に埋め込まれたような白い瞳が光る。
 パーマがかった羽毛のような白髪は、あちこちに乱れ飛んでいるが、整ってないわりにそれは美しい形になっている。
 彼女が凱のマスターであった。


 ――その名は、『ロベリア・カルリーニ』と云った。

 トランシルバニアに育った、懲役千年ほど頂いている犯罪者であった。
 外国人という事もあってか、身長は女性としては際立って高く、街を歩いてもよく目立つ。
 凱も身長が低い方ではないが、彼女はそれと同じか、それより少し高いくらいに見えた。
 彼女は口を開く。


「……フン。そんな事は知らないけどね。その煙草もタダじゃないんだ。
 捨てる為に使うなら、もうワンゲームでも楽しんだ方が賢い選択だったね」

「仕方がないだろ。ラークは俺のお気に入りなんだ。
 まさか捨てちまう事になるなんざ思ってもみなかったぜ」

「あんまりワガママも言えないよ、この戦争じゃ。
 たとえ飯や酒が不味くても、アタシはそれを摂らないと飢えちまう。アンタは知らないけどね」


 再び札束に目をやって数え始めたロベリアは、一瞬でその手を止めた。
 そして、呆れたように凱を見ながら云う。




「……アンタが話しかけるから、何枚数えたかわかんなくなっちまったよ」

「おお、悪い悪い。……ま、そんだけありゃ、数える必要もないさ。
 生活にはとっくに困らねえと思うがな」

「生活の問題じゃないよ。どれだけ稼いだかってのは、女には重要なのさ」

「……そうだったな、女ってのはそういう生き物だった。
 この俺が女について教授されるとは、こいつは迂闊だったぜ。
 だがな、あんたはそん中でも特殊だ。金を数えるのが好き過ぎる。ブランド品でも買うならわかるがな」

「アタシは宝石と酒の方が好きだからね、悪趣味に着飾るつもりなんてさらさらないよ」

「なるほど。アンタは服やバッグじゃ靡かないわけか」

「……ほう。アタシを口説こうったって無駄だよ」

「そいつはどうかな?」


 ロベリアは、そう自信ありげに言う凱を鼻で笑った。
 それから、金を懐に仕舞う。


「あーあ、もう金を数えるのはヤメだ。どうせ明日の夜にはまた増えてるんだ」

「――ああ。俺とロベリアが組めば、どんな店も一晩で大赤字さ。さっきの店も、明日には全員泣いて夜逃げしてる所だぜ」


 凱は、そういう風に言って笑った。ロベリアも薄っすらと頬を歪ませた。
 凱とロベリアの二人に共通して言えるのは、あまりにも夜遊びが好きであるという事であった。
 特に、ポーカーやカジノはお手の物と云ったところだ。

 現在の日本における賭博業態は主にパチンコやパチスロ、あるいは競馬といった所だが、その実、裏にはいくつかの違法ギャンブル店が存在する。
 凱はこの日本の夜の街でそれを嗅ぎ分け、ロベリアはその店で凱と共に吸い取り尽くすのである。
 先ほども、この凱の優れた嗅覚でカードやカジノの店を見つけ出し、二人で金を稼いできたばかりだ。
 賭けるスリルと、獲る悦びとは、たとえ電脳世界でも味の変わらない物である。


「――お客さん」


 ふと、丁度そんな話をしていた所で、野太い男の声が響いた。
 あまり興味もなく、呆れたような目で、凱とロベリアはそちらを見る事にした。


「困りますね……」


 そこにあったのは、バーテン風の恰好をした大男と、残りは黒服の男や悪趣味なシャツのチンピラたちの姿だった。
 バーテン風の男は、先ほど立ち寄って大勝した店にいた男だった。他は、ざっと見て七人いるが、どれも見覚えがない。
 とにかく、要件はわかり切っていた。


「こんな事をされては――」


 大男はそう言いながら、後は何が困るのか告げる事なく、トランプのカードを見せた。
 裏側の模様も、描かれた数字とマークも同じカードが二枚――彼の手には握られている。
 同じデッキの中に存在してはならないカードである。

 そして、それは凱が先ほどのポーカーで使った『フルハウス』の役の中に含まれたカードだった。
 凱はまったく怖じる事なく、「今更気づいたのか」と嘲笑うかのように彼らを見ていた。




「……当店では、このような行為は厳粛に禁じられています」

「フンッ、悪かったな。親がイカサマをしているゲームじゃ、こっちもそうするしかなかったってワケさ」


 凱の、申し訳程度の反論だった。ここから先は議論にはならない。
 大男は、それから何も云う事なく、目で合図して、残りのヤクザたちに凱とロベリアを囲ませた。
 こうしてこんな連中に囲まれるのは、何度目なのかは知れない。
 しかし、そのたびに、凱も、ロベリアも、自らは傷一つ負う事なく――金をせしめて逃げのびてきたのである。


「舐めやがってッ! おりゃあッ!」


 野太いヤクザの怒号と共に、彼らがほぼ一斉に、役割を決めたかのように向かってきた。
 しかし、彼らの最大の目的は、イカサマで奪われた何百万円かの方だ。
 つまり、それを持っていたロベリアの方が黒服の男に狙われる事になる――こちらに五人が向かった。
 そのうちの一人が、女を躊躇なく殴れる拳で、ロベリアにとびかかった。


「――ふんッ」


 しかし、その刹那――ロベリアの目は、光り輝いた。
 明らかに何かが反射した後ではなく、ロベリア自身の意思によって彼女の眼が光ったのである。
 それはさながら、何かの合図だったようである。

 それとほとんど同時に、ロベリアの眼前で、ゴウと音がし――そして、火が放たれた。
 ロベリアとヤクザとの境界線として、一線の火が、まるでそこにガソリンが垂らされていたかのように燃え上がったのである。


「何ッ!?」


 そして、そんなどこからともなく現れた火炎が、ロベリアの眼鏡に反射していた。
 彼女の瞳にも、確かに、そんな炎に行く手を阻まれた男たちの姿が映っている。
 ヤクザたちもその一瞬の光景に、果たして何が起こったのか理解できていないといった様子だったが、何かが爆発したのだと思い込んだらしい。
 咄嗟に尻もちをついた者もいた。


「このくらいの事でビビってて、よくそんな商売やってられるねぇ……。
 まっ、そのお陰でアタシは、潤えるわけだけどね」


 ――発火能力。

 先天的にロベリアが持つ、霊的な加護の一つであった。
 パイロキネシスと呼ばれる、発火能力が彼女には備わっていたのである。
 女性ながらにして多くの修羅場を潜っていくのに、大きく役立った能力であった。
 そして、この時もまた、無数のヤクザを相手に、命とカネとを守らせたのだ。


「ハッ……でけえナリをしてるわりには、リキの入ってないパンチだなァッ!
 俺様が本当のパンチってやつを教えてやるぜッ!」


 一方の凱は、喧嘩慣れした男だった。
 それは英霊というにはあまりに泥臭いが、ボクサー顔負けのファイトスタイルで敵の拳を避け、相手の頬に一撃与えているのである。
 凱よりも一回り大きいヤクザたちを、彼はパンチ一撃で昏倒させていく。
 ロベリアから金を奪うのを諦め、仲間らしき彼の方だけでも捕らえようと、何人かは凱の方に流れていった。
 しかし、誰もが余計な傷を負うだけであった。



 そう――明らかに、凱は強すぎた。



 それというのも、凱自身がかつて持っていた『バードニックウェーブ』による身体強化が、英霊としての再臨時に再び効いているからである。
 ただでさえ喧嘩慣れしていた彼に、怪物たちと互角以上の戦いを手伝わせた力だ。
 相手が人間である以上、もはや凱の敵ではない。





「クッ……七人では足りなかったかッ!」


 せっかくの用心棒たちが凱とロベリアを前に次々と倒れるのを見て、バーテン風の男は切り札を用意した。


「だが……逃がしてたまるかッ!!」


 ナイフであった。
 あまりにも手軽に手に入る凶器であるが、これまでに同時に多くの人間の命を奪ってもいる。
 それを使う事で背負う大きな罪さえ恐れなければ、人の命を自在に傷つける鋭さを帯びている――それだった。


「うわりゃああああああああああッ!!!!」


 男は、それを構え叫んだまま、低い姿勢で走り出した。


「なにっ!?」


 一瞬だけ、凱の目が見開かれる。
 実はかつて――凱は同じようにして、ナイフで刺されて命を絶ったのだ。


「チッ」


 ――だが、それがトラウマと呼ぶほど大袈裟かと言えば違う。
 単に嫌な事を思い出したという程度の感情であった。
 もはや、英霊になった凱は死など恐れるに足る物ではない。
 次の瞬間、凱は、向かってくるバーテン男をよくその両目で捉えていた。
 バーテン男は、ほとんど凱の眼前まで迫っていた。


「ハッ!」


 そして。

 ――ナイフを構えて猛進したバーテン男の手は、それから動かなかった。

 凱の懐の直前にまでナイフを近づけながら、しかし、真横から手首を握っている凱の手がこの先に進ませる邪魔をしたのだ。
 人を刺さずに済んだ安心感と、このまま殺されるかもしれない恐怖とに苛まれ、男はかなり複雑な気持ちになっていた。
 しかし、何よりその力が目の前の人間の腕力だと思えず、バーテン男は、再確認するかのように凱の顔を見上げていた。


「なっ……?」


 この男は、人間なのか? ――と。
 男は、咄嗟にナイフを落とした。これを奪われたら、今度はその切っ先が自分に向くであろう事を予感したのだ。
 そのまま、彼の腕は凱の腕力で捻じ曲げられた。関節が悲鳴をあげた。


「う、うわああああああああああッッ!!!」

「フンッ。そんなモンに頼るなんざ、弱い男のする事だぜッ!」


 そう吐き捨てて、凱は男の手を放した。
 もとより、命を奪うつもりなどない。
 多くのヤクザや用心棒たちが、戦意を失い、呆然と二人の背中を見送っていた。





◆ ◇ ◇ ◇ ◇








 ――数十分後。


 既にロベリアの隠れ家にまで逃げ切った二人は、それを祝すようにマッカランを飲んでいた。
 やはり凱にはあまり美味く感じられなかったが、それは儀礼のような物である。
 せっかく凱とロベリアの二人が組んだという証として、こうしてグラスを傾けているのだ。
 マッカランの熱が喉を走った。


「言っておくけど、寝ている間にアタシに手を出すんじゃないよ。
 消し炭になりたくなきゃね」


 夜も間もなく明ける。
 そう、彼らが生きる時間は、すべからく夜だった。
 眠るのは明け方、目が覚めるのは昼になってからようやくの話で、戦いは夜に潜むようにこっそりと行う。
 その戦いが、聖杯戦争であるのか、それともゲームであるのかは彼らにはわからない。

 そんな生活を繰り返す方が彼らには合っていた。
 正義の味方らしい早寝早起きの習慣は、彼らにとっても苦手とする事なのだ。


「フンッ。力ずくで愛を奪うのは主義じゃねえ。そんなのはモテねえ野郎のする事だぜ」

「フッ……面白いねアンタ。悪そうに見えて、肝心な所は随分真面目じゃないか」

「遊びにもルールがあるんだ。俺はそいつを守る事で、楽しんでるだけさ」

「なるほどね。それじゃあ、アンタの事は、ひとまず信頼しておくよ」


 彼らの部屋の電気が、それからしばらくして消えていた。
 ロベリアは眠ったらしい。

 凱は、約束通り、ロベリアに触れる事もなく、外の光景を見ていた――。
 夜が明け、次の朝が来ようとしている。
 鳥たちがどうやら囀り始めているようだ。


(……いい空かは知らねえがな、いい夜だったぜ。
 だが、これからはもっといい夜になりそうだ)


 聖杯戦争。
 確かに、ロベリア・カルリーニというマスターは、聖杯狙いのマスターであり、なおかつ魔術素養もあった。
 これは実に幸運な事で、思ったよりも彼女とは意気投合している所である。これからは、共に聖杯を狙って協力し合える所であろう。
 ちなみに、ロベリアはなんでも、一度逮捕された事もあると聞く程のとんでもない女であるらしいが、たとえ前科者だろうが犯罪者であろうが女の扱いに大きな違いはない。
 凱に口説けぬ女はいない、という訳だ。

 この聖杯戦争というのも、良いマスターにさえ恵まれればなかなか悪くはなさそうだ。
 尤も、他のサーヴァントやマスターに今まで合流できていないだけに、実際の戦いがどうかは知れない。
 ただ、凱にもそれは少し楽しみになった。


(……美味くはねえが、禁煙は主義じゃないんでな)


 凱は再び、ラークマイルドに火をつけた。
 外に流れた煙の上で、鳥たちが羽ばたきだした。





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【クラス】

セイバー

【真名】

結城凱@鳥人戦隊ジェットマン/海賊戦隊ゴーカイジャー

【パラメーター】

通常
 筋力D+ 耐久D 敏捷D 魔力C 幸運D 宝具EX

変身後
 筋力B 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運D 宝具EX

【属性】

中立・善

【クラススキル】

対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

騎乗:D+
 騎乗の才能。
 一通りの乗り物を乗りこなし、戦闘用の巨大ロボットの操縦も可能とする。

【保有スキル】

バードニックウェーブ:A
 鉱石を基に授かった、身体能力を上昇させる特殊能力。
 経年劣化する性質を持つが、死後に再び獲得した肉体では全盛期レベルに上昇している。
 また、ジェットマンに変身する為の資質でもある。

戦闘続行:B
 名称通り戦闘を続行する為の能力。
 決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。「往生際の悪さ」あるいは「生還能力」と表現される。

勇猛:B
 威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する。
 また、格闘ダメージを向上させる。



【宝具】

『翼は永遠に(ブラックコンドル)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~200 最大補足:1~200

 結城凱がかつて変身した姿『ブラックコンドル』へと変身する宝具。
 変身の為のブレスレット・『クロスチェンジャー』を呼び出し、重ね合わせる事で再度変身を叶える。
 死後の彼が女神を口説き落として契約し現世で戦った逸話から、「顕現した際にかつて用いた遺物や能力を開放する能力」を持つ。
 その為、ブラックコンドルに関連する武器は彼の意志で現出する事が出来てしまう。
 事実として、後輩戦士たちの前に現れ宇宙海賊と戦った際にも、その能力を鍵に封じられた筈のブラックコンドルの力と武器を開放して使いこなしている。
 このように、ブラックコンドルへと変身して戦闘するのが彼の主力兵器であるが、この宝具から派生した宝具がもう一つ存在している。

『はばたけ、鳥人よ(ジェットマン)』
ランク:EX 種別:対人・対獣・対機宝具 レンジ:空の続く限り 最大補足:1~1000

 鳥人戦隊ジェットマン――それは、セイバーがかつての戦いで共に戦った、四人の仲間の伝説が具象化したものである。
 レッドホーク、ホワイトスワン、ブルースワロー、イエローオウルの四人の戦士を呼び出し、鳥人戦隊ジェットマンという一つの戦隊が形成され、彼らが魅せたあらゆる技を再現する。
 ただし、これはあくまで、英霊の座から呼び出した実物の戦士ではなく、心象風景の中から作り出した『海賊版』のジェットマンであり、戦闘パターンこそ本人に似通っていても感情はなく単純な返答しかしないNPC同然である。
 それゆえ、英霊というよりは魔力によって作られたゴーレムのようなジェットマンとなっている(四人の鳥人を具象化するにはセイバー自身の魔力を要する)。
 勿論、次元戦団バイラムと戦った戦士・ジェットマンの伝説が刻まれている以上、当の本人らを呼び出す事も不可能ではない筈だが、セイバー自身の意思でかつての仲間に再び戦いをさせる事を拒んでおり、それ故にこうして「形だけ」のジェットマンが呼び出される事になっている。
 余談であるが、この聖杯戦争に先立ってあった『レジェンド大戦』という戦いにおいても、セイバーは現界しており、この宝具を用いて友の魂を引き継いだ戦士四名を呼び出し、共に戦った事もある。
 再び剣を取る事のなかった筈のジェットマンたちが並び立っていたのは、この凱の宝具による物である。
 ジェットマンが扱ったとされる幾つもの武具もまた具象化する事ができるが、その顕現は規模や威力の大きい物ほど魔力負担が膨大であり、その全てをセイバーで補わなければならない為非常に燃費が悪い。

【weapon】

『マッカラン』
 彼が好きなお酒。

『ラークマイルド』
 彼が好きな煙草。

『クロスチェンジャー』
 宝具『翼は永遠に』で
 ブラックコンドルへの変身アイテム。
 とりあえず変身すれば剣なり銃なり様々なアイテムが発動可能。

【人物背景】

 1991年から1992年、鳥人戦隊ジェットマンのブラックコンドルとして次元戦団バイラムと戦った男。
 元は一般人であったものの、軍が研究していた戦闘用の能力『バードニックウェーブ』を浴びた事で戦いに巻き込まれた。
 以来、メンバーとのいざこざ等もあったものの、確かな絆を持ってバイラムとの戦いを乗り切り、仲間たちと共に世界の平和を守った。
 しかし、1995年ごろに若くして死去。
 後に、ジェットマンたちを捜索している海賊戦隊ゴーカイジャーと会う為に地上に顕現した事もあるが、その際には異星人であるゴーカイジャー5名にしか姿が見えなかった。
 死して尚、仲間の為に戦った男。

【サーヴァントとしての願い】

 鳥人戦隊ジェットマンに関連する英霊のデータを英霊の座から抹消し、聖杯戦争に参戦しないように調整する。

【方針】

 ロベリアと協力して聖杯を入手する。
 夜の街では、ロベリアと共にギャンブルや酒に興じるべし。






【マスター】

ロベリア・カルリーニ@サクラ大戦3~巴里は燃えているか~

【マスターとしての願い】

 聖杯を入手する。
 その為の手段は問わないが、あくまで美術品(?)のような物として狙っているだけ。
 願いらしい願いはない。

【weapon】

『札束』
 どこかから奪ってきたに違いない、大金。

【能力・技能】

『霊力/パイロキネシス』
 呪術師である母の血が故か、先天的に非常に高い霊力を持っており、炎を自在に操る発火能力を持つ。
 また、霊力によって霊子甲冑の操縦も可能とする。
 聖杯戦争のマスターとしてはこれが魔術回路となる。

『犯罪スキル』
 スリやギャンブルのイカサマなどを多々行う、犯罪に長けた器用さを持つ。

『ダンス/演技力』
 一応、普段は、踊り子『サフィール』として、シャノワールのステージに立っている。
 彼女が演じているのは「La Bohemienne(ジプシーの娘)」で、ものすごく露出の多い恰好で踊っている。
 また、男を騙すのも得意としており、度々

『料理/酒』
 巴里華撃団の仲間の為にケーキを作る描写がある。
 酒の知識についてもかなり深く、ワインやウイスキーについて教授する場面もある。

【人物背景】

 巴里華撃団・花組の四番目のメンバー。『サクラ大戦』シリーズ最大の異端メンバー。
 1905年11月13日生れの20歳(中の人は17歳)。トランシルバニア(ルーマニア)出身。
 イタリア人の父とルーマニア人の母の間に生まれ、トランシルバニアで暮らしていたが、ある時から「吸血鬼の一族」として恐れられ、祖国を追われた経緯を持つ。
 それ以来、ジプシーとして放浪生活を続けるうちに両親を失ったロベリアは、欧州各地を転々としながら生きる為に犯罪行為を繰り返す。
 先天的に炎を自在に操る能力を持っていた彼女は、それを利用して多くの罪を重ねていき、欧州にその名を轟かせる大悪党へと変わっていく。
 開始時点で巴里の名家、美術館、宝石店などはあらかた彼女が荒らしつくしており、建造物侵入や爆破、金品強奪や恐喝など、目的の為ならば手段は択ばぬ性格である。
 しかし、1924年5月5日に巴里市警によって逮捕。1000年以上の懲役を科せられてサンテ刑務所に収監される事となった。
 だが、その高い霊力は巴里華撃団の責任者たるグラン・マに見初められ、刑の免除を条件に巴里華撃団に半ば強制的に入隊させられる事となる。
 また、凶悪犯だが殺人だけは行っていないらしく、入隊後はギャンブルや夜遊び程度で我慢している模様。
 巴里華撃団で、大神一郎やエリカ・フォンティーヌといった仲間と過ごしている内に、仲間意識や巨悪を打ち倒す意識は芽生えたらしく、徐々に仲間たちとは打ち解けていく。
 そして、大神がロベリアルートを選ぶと意外なエンディングが待ち受ける。

【方針】

 セイバーと共に聖杯戦争を勝ち残り、聖杯の入手。
 理由は、他のマスターに聖杯を獲られるのが癪である事と、一度聖杯を拝んでおきたいという感情による。
 狙った獲物は逃さないのが主義であり、殺人以外のあらゆる手段を用いて聖杯を狙うだろう。
最終更新:2016年06月11日 08:06