造花の蜜

  • 分類:長編小説
  • 初出:地方紙(南日本新聞、河北新報、苫小牧民報、佐賀新聞、神奈川新聞、新潟日報、宇部日報、信州日報、福井新聞、名古屋タイムズ、北日本新聞、下野新聞、日高新報、十勝毎日新聞、奈良新聞に順次掲載) 2007年1月~2008年10月
  • 連載時挿絵:板垣しゅん
  • 初刊:2008年/角川春樹事務所
  • 刊行回数:2回
  • 入手:入手可

あらすじ

 スーパーマーケットの自動ドアから中に入ろうとして、圭太は不意に母親の手をふりほどいた。小さな口から声がこぼれた。
「花が落ちてる」
 そう聞こえた。

歯科医の夫と離婚し実家に戻った香奈子は、スーパーで息子の圭太の姿を見失う。無事発見された圭太は、なんと誘拐されそうになったと言い出した。しかも犯人は「お父さん」を名乗ったという……。香奈子はある事情からそれを警察に知らせないままでいたが、一ヶ月後、今度は本当に圭太が何者かに誘拐された。それが前代未聞の誘拐事件の始まりだった――。

登場人物

  • 小川香奈子
    • 元看護婦。
  • 小川圭太
    • 香奈子の息子。誘拐事件の被害者。
  • 山路将彦
    • 香奈子の元夫。歯科医。
  • 小川史郎
    • 香奈子の兄。
  • 小川汀子
    • 史郎の妻。
  • 小川篤志
    • 史郎の息子。
  • 小川社長
    • 香奈子の父。「オガワ印刷」の経営者。
  • 小川久乃
    • 香奈子の母。
  • 川田
    • 「オガワ印刷」の従業員。
  • 小塚君江
    • 山路家の隣人。
  • 高橋
    • 幼稚園の先生。
  • 山路水絵
    • 将彦の再婚相手。旧姓浅井。
  • 山路礼子
    • 将彦の母。
  • 橋場有一
    • 警視庁捜査一課課長。警部。
  • 剣崎
    • 警部補。
  • 沢野泰久
    • 刑事。
  • 夏木
    • 京浜新聞の記者。
  • 沼田実
    • 誘拐事件の共犯者。
  • 沼田鉄治
    • 沼田の父親。長野の県会議員。
    • 誘拐犯。
  • 小杉康美
    • 仙台に暮らす少女。
  • 小杉光輝
    • 康美の血の繋がらない弟。
  • 小杉真樹
    • 康美の継母。
  • 小杉
    • 康美の父。小杉食品社長。
  • サトミ
    • 小杉家のお手伝い。
  • 塩田
    • 真樹の元夫。光輝の父親。
  • 船山
    • 宮城県警の警部。

解題

2007年から2008年にかけて地方紙に連載された誘拐ミステリー長編。
刊行時から非常に評判になったものの、発売日が10月31日と、「このミス」「文春」はアンケートの〆切と重なったために年末のランキングから漏れることに。しかし集計期間の異なる「ミステリが読みたい!2010年版」では無事に1位を獲得した。
また第9回本格ミステリ大賞候補となったが、受賞は逃した(得票数は受賞した牧薩次『完全恋愛』23票に次ぐ2位の13票)。
ミステリ作家・連城三紀彦の衰えぬ実力の健在を示した、晩年の快作であり誘拐ミステリ史に残る傑作である。

 この小説を地方紙に連載していた一年間は、わが生涯最悪の年でした。寝たきりの母の認知症がひどくなり、四六時中つきっきりの介護が必要になったからです。母のベッドの足もとが仕事場になり、妄想からおかしな言葉を口走りつづける母を左手でなだめながら右手だけでワープロを打ったこともあり……ストレスは溜まりに溜まって、連載が終わり何とか本が出る頃には、持病の胃潰瘍がもう一つタチの悪い病気の芽になっていました。
 という話をすると、本の取材に来た記者さんが、
「生命と引き換えにできた小説ですね」
 同情の目でカバーの造花のような胡蝶蘭を見つめながらしみじみとそんなことを言い……思わず僕は笑ってしまいました。
 違います。
 確かに老老介護はこちらの死も覚悟しなければならないほど過酷なもので、介護の現場は絶えず戦場のような緊張をはらんでいましたが、それにくらべると小説を書くほうが楽だということに気づいたのか、ワープロの小さな画面を逃げ場所にするようになっていたのです。
 逃げ場所どころか、遊園地かゲームセンターでした。これまでのような暗い事件は避け、作者も読者も頭を悩ませなければならないような凝った文章も避け……明るい派手な事件をでっちあげ、これまた初体験ですが、作者自身が解けない謎を用意し、実際ゲームでも楽しむように毎回その謎に挑戦しながら、話を進めていきました。
 うまく解けないときはインチキの手を使い、そのインチキがあまり不自然にはならないような犯人像を設定したり……後にも先にも、あんなに小説を書くのを楽しんだことはありません。
(『ミステリが読みたい!2010年版』掲載 「この賞も造花から蜜?」より)

これは「ミステリが読みたい!」1位を受けてのコメントだが、その後のことも考えると、非常にしんみりとした気分にならざるを得ない。

総合的には非常に評価の高い作品だが、最終章「最後で最大の事件」をめぐっては、かなりの賛否両論がある。第9回本格ミステリ大賞の選評でも、最終章をどう評価するかで意見が割れている。以下は全て『本格ミステリ大賞全選評2001-2010』より引用。

最終章否定派は我孫子武丸、千街晶之、辻真先など。

『造花の蜜』は、次々と繰り出されるツイストに翻弄され、さんざん手垢がついたはずの誘拐ものにまだこんな手があるかと感嘆させられた。ただ、最後の一章が蛇足に思えて仕方がない。
(我孫子武丸)

『造花の蜜』は連城マジック大炸裂の傑作だが、終章があるために作品全体のバランスが崩れた印象を受ける(著者としては、この終章の仕掛けをこそやりたかったのかも知れないけれど)。
(千街晶之)

『造花の蜜』の誘拐劇はワクワクさせられて、流石の感深かったのですが、着地点にノイズを感じたこと。
(辻真先)

最終章肯定派は岸田るり子、張麗嫺、渡邉大輔など。門前典之や東川篤哉もおそらく肯定派。

『造花の蜜』は誘拐事件を発端に繰り広げられる登場人物たちの噛み合わない言動と二転、三転する真相がスリリング。そして、これでもかといった具合に大きく反転する最終章に脱帽した。
(岸田るり子)

 その一方、誘拐小説のはずである『造花の蜜』は最後の章で世界観ががらっと変わって、まったく違う世界を見せたのはすばらしかったのです。その鮮烈な変貌ぶりに脱帽しかできないとつくづく思います。ということで『造花の蜜』に投票させていただきました。
(張麗嫺)

一方で連城三紀彦氏の長編は題材の斬新さやラストのどんでん返しを含め、候補作中、最もエンターテインメントとしての完成度が高かった。したがって、今回は同作を受賞作として推したい。
(渡邉大輔)

『造花の蜜』 二つの誘拐事件の、トリックの斬新さ及びそのスケールの大きさに脱帽して(左記2作とは非常に僅差でしたが)1位にしました。
(門前典之)

問題はこれを本格として評価すべきかどうか、という点。(中略)が、しかし『造花の蜜』がまさしくひとつの奇抜なトリックを実現するために書かれた作品であることは事実でしょう。そしてトリックこそは本格の命! それだけで充分、この作品を本格の傑作と呼んで差し支えないと思います。
(東川篤哉)

2011年にWOWOWの「連続ドラマW」枠でドラマ化(全4話)。脚本はハルキ文庫版の解説を書いている岡田惠和、主演は檀れい。ハルキ文庫版はドラマの全面オビのついたバージョンが存在する。現在はHulu、ビデオパス、楽天TVなどで配信中。

2018年にはハルキ文庫版に、イラストレーターの木原未沙紀が手掛けた新たな全面オビが作成された。オビには書店員の三島政幸と市川淳一が推薦文を寄せている。

上巻227ページで
読者を襲う大どんでん返し!
……でもそれ、まだ
ほんの序の口ですから!!
 ――啓文社ゆめタウン呉店 三島政幸さん
(上巻2018年版全面オビより)

誘拐ミステリにハズレ無し。
なかでもこれは超大当たり!
ミステリ界のレジェンドが描く、
鳥肌必至の大傑作!!
 ――丸善ラゾーナ川崎店 市川淳一さん
(下巻2018年版全面オビより)

各種ランキング順位


刊行履歴

初刊:角川春樹事務所/2008年10月31日発行


どんでん返しの、信じられないほどの連続技。
――最後の最後で読者は腰を抜かすことになる。
乾くるみさんも絶賛!
新聞連載時より話題沸騰のミステリーがついに刊行!
(単行本初版オビより)

単行本/485ページ/定価1800円+税/品切れ
装丁/今西真紀 写真/ⒸBrigitte Wegner/Stockfood

文庫化:ハルキ文庫/2010年11月18日発行/上下巻


歯科医の夫と離婚をし、実家に戻った香奈子は、その日息子の圭太を連れ、スーパーに出かけた。偶然再会した知人との話に気をとられ、圭太の姿を見失った香奈子は、咄嗟に“誘拐”の二文字を連想する。息子は無事に発見され安堵したのも束の間、後に息子から本当に誘拐されそうになった事実を聞かされる。――なんと犯人は「お父さん」を名乗ったというのだ。そして、平穏な日々が続いたひと月後、前代未聞の誘拐事件の幕が開く。各紙誌で絶賛を浴びたミステリの最高傑作がついに文庫化。
(文庫上巻裏表紙より)



その事件は、小川香奈子の息子の圭太が、スーパーで連れ去られそうになった出来事から始まった。幼稚園での信じられない誘拐劇。人質の父親を名乗る犯人。そして、警察を嘲笑うかのような、白昼の渋谷スクランブル交差点での、身代金受け渡し。前代未聞の誘拐事件は、人質の保護により、解決に向かうかのように思われた……。だが、それはこの事件のほんの序章に過ぎなかった。二転、三転する事件の様相は、読者を想像を絶する結末へ導く。読書界で話題沸騰の長篇ミステリ、待望の文庫化。
(文庫下巻裏表紙より)

文庫/上巻284ページ・下巻316ページ/定価各648円+税/絶版
解説/岡田惠和(脚本家)
装画/赤津ミワコ 装幀/守先正

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最終更新:2018年12月20日 04:36