シュヴァルツェスマーケン・えくすとら♪

第1話「ドタバタ学園生活の始まり」(前半)


1.新しい朝


 『勝てるなんて・・・まだ信じてるの・・・?』

 テオドールの全身全霊の捨て身の攻撃によって、リィズの全身に戦術機の破片が次々と刺さり・・・それでも激しい出血の中、息絶え絶えになりながらも、リィズは愛しの表情で眼前のテオドールを見つめていた。

 『反乱軍なんて馬鹿ばっかり・・・嘘つきばっかりなんだよ・・・。』
 『・・・・・。』
 『どうせすぐに逃げ出す・・・だから・・・助けてあげようと・・・したのにさ・・・お兄ちゃん馬鹿で頑固だから・・・。』

 (・・・お兄ちゃん!!)

 『どうしてなの・・・?ねえ、分かんないよ!!どうしてそんなに反乱軍が好きなの!?』
 『・・・リィズ・・・。』
 『あいつらお兄ちゃんを利用してるだけだよ!!東ドイツを変えてみせる!?嘘だよ!!出来るはずがない!!そんなの出来るはずが・・・っ!!あがっ、がはあっ!!』

 激しい吐血によって、リィズの言葉が遮られる。
 これだけの傷では、リィズはもう助からないだろう・・・テオドールは悲しみの表情で、自分が傷つけた・・・傷つけざるを得なかった、たった1人の大切な妹を見つめていた。

 (・・・ねえ、お兄ちゃんってば!!)
 (ううん・・・むにゃむにゃ・・・あと5分・・・)

 それに仮に助かったとしても、革命軍は決してリィズを許さないだろう。
 兄を助ける為だったとはいえ、リィズはシュタージの一員として多くの人々をその手に掛け、そしてかつての仲間にさえも拷問をしでかし・・・ファムを殺したのだ。
 いずれにしてもこのままリィズを助けたとしても、待っているのは革命軍による公開処刑だ。
 いや・・・かつてリィズが666小隊の者たちに行ったように、過酷な拷問によって生き地獄を味あわされ続けられる事になるかもしれない。

 『・・・ねえ・・・私と来て、お兄ちゃん・・・私はただ、お兄ちゃんと一緒にいたいだけ・・・!!』

 そうなる位なら、いっそ俺がこの手でリィズを楽にしてやらなければ・・・テオドールは覚悟を決めて、ハンドガンの銃口をリィズに向けた。

 『・・・お前と一緒に逝く事は出来ない。俺には叶えなければならない願いがある。』
 『・・・お兄・・・ちゃん・・・。』
 『ごめんなリィズ・・・父さんに言われてたのに、お前の事を守ってやれなくて・・・!!』

 (早く起きないと、学校に遅刻しちゃうよ!!)
 (うるさいなあリィズ・・・あと5分って言ってるだろ・・・。)

 『お前が俺をシュタージから救ってくれた・・・だから今度は、俺がお前をシュタージから救ってやらなきゃな・・・!!』

 目に大粒の涙を流しながら、ハンドガンの引き金に指を掛けるテオドール。
 そんなテオドールの心情を察したのか、リィズも安らかな笑顔で、特に抵抗もせずに、自分に銃口を向けるテオドールを見つめていた。

 (んもう、お兄ちゃんの頑固者!!こうなったら・・・!!)

 『だって・・・俺は・・・俺はお前の・・・お兄ちゃんなんだから・・・!!』
 『お兄・・・ちゃん・・・』

 パァン!!
 テオドールが放った銃弾が・・・リィズの脳天を貫いたのだった・・・。
 身を震わせ嗚咽するテオドールを、駆けつけたアネットが優しく抱き締め・・・

 「いい加減・・・起きろーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 「うおああああああああああああああああああああああああっ!?」

 リィズに無理矢理布団をひっぺ返され、テオドールは強引に叩き起こされたのだった・・・。
 春の清々しい陽気に包まれ、未だに虚ろな意識の中、テオドールの視界に映ったのは・・・頬を膨らませながら自分を見つめている、制服姿のリィズの姿だった。
 訳が分からないまま、テオドールは無理矢理リィズに手を引っ張られて、強引にベッドからも強制的に立ち上がらされる。

 「・・・は?・・・あ?・・・え!?」
 「もう、お兄ちゃんったら、やっと起きてくれた・・・。」
 「リ、リィズ・・・!?何でお前がここにいる!?」
 「何でって、お兄ちゃんが全然起きないから、お母さんに頼まれて起こしに来たに決まってるでしょ!?」

 そう言いながらもリィズは慣れた手つきで、テオドールのパジャマのボタンを次から次へと外しにかかるのだった。
 あまりの恥ずかしさに、テオドールは思わず赤面してしまう。

 「分かった、分かったから、あとは俺が自分でやるから、お前は部屋を出て行ってくれ!!」
 「やだ。」
 「何でだよ!?」
 「お兄ちゃんが二度寝しないように監視してろって、お母さんに言われてるもん。」
 「いや、だったらせめて後ろを向いててくれ!!このままだと恥ずかしくて、とてもじゃないが着替えられねえんだよ!!」

 そう言ったテオドール自身が後ろを向いて、慌ててパジャマを脱いで制服に着替え始めた。
 不貞腐れるリィズだったが、まぁリィズの気持ちも分からなくもない。
 今日から新しい高校生活が始まるというのに、初日から寝坊して遅刻なんて事になったら、それこそホーエンシュタイン家は近所の笑い者だ。
 自分が笑われる分には全然構わないのだが、これでもホーエンシュタイン家に居候させて貰っている身なのだ。リィズや彼女の両親にまで迷惑を掛けるわけにはいかない。
 気を引き締めながら、テオドールはネクタイをせっせと結ぶ。

 それにしても、先程まで寝ていた時に観たあのリアルな夢は、一体何だったのか。
 何故か互いに巨大なロボットに乗って自分とリィズが殺し合って・・・そして戦いに勝利した自分が強引にリィズの機体のコクピットをこじ開け、何故か自分がリィズを銃で殺してしまった夢。
 夢と呼ぶにはあまりにもリアルで・・・そしてあまりにも悲しくて残酷な・・・。

 いやいやいやいやいや、そんな事は今更どうだっていい。
 1階では今頃リィズの両親が朝食を用意して、テオドールとリィズが降りてくるのを今か今かと待っているはずだ。
 というか、早くしないと本当に学校に遅刻してしまう。

 「ふう・・・よし、着替えたぞリィズうえあああああああああああああああああ!?」
 「もう、お兄ちゃんったら遅い~。」
 「いやいやいやいやいや、何で後ろを向いてないんだよお前は!?」
 「・・・ところでお兄ちゃんってトランクス派だったんだぁ。」
 「はあああああああああああああああああああああん(泣)!!」

 下着姿を見られてしまった・・・。

 「リィズの馬鹿・・・俺・・・俺・・・もうお婿に行けない!!」
 「もう、何馬鹿な事言ってるのよ・・・ほら、ネクタイ曲がってるよ?」

 溜め息をつきながら、リィズはテオドールの曲がったネクタイを、慣れた手つきでさっさと修正したのだった。
 頬を赤らめながら、リィズは小さな声で、そっ・・・と呟く。

 「・・・お婿に行けないなら、私がお兄ちゃんを貰ってあげるんだから・・・。」
 「は?今何か言ったか?リィズ。」
 「う、ううん、何でもない!!ほら、ネクタイ直したから、早く朝ご飯食べに行こ!?」
 「あ、ああ・・・。」

 リィズに手を引っ張られ、テオドールは慌てて1階の居間へと向かう。
 漂ってくる焼きたてのパンのとてもいい香りが、目覚めたばかりのテオドールの食欲を刺激したのだった。
 居間ではリィズの父親が新聞を読みながら優雅にコーヒーを飲んでおり、リィズの母親が父親の分の食器をせっせと片付けていた。
 空いた2人分の席に、出来立てのオムライスと食パン、サラダ、コーヒーが並べられている。

 「お早う。テオドール君があまりにも遅いから先に食べさせて貰ったよ。はっはっは。」
 「ああ、ごめんな父さん、ちょっと寝坊しちゃって・・・。」

 慌てて席に着いたテオドールは、母親の手作りの朝食をとても美味しそうに食べ始めた。
 テオドールの隣の席で、リィズもまたテレビを観ながら美味しそうに朝食を食べている。
 家族4人での一家団欒の、当たり前の光景・・・だがテオドールは自分がその「当たり前の光景」の中に溶け込めている事に、心の底から充実感を覚えていた。
 何故ならテオドール自身が、かつてはこの「当たり前の光景」を享受する事が出来ない環境に置かれていた経験があるのだから。

 テオドールは幼い頃に両親を事故で亡くし、児童養護施設で育てられていた。
 そんな彼をリィズの両親・・・テオドールの母親の遠縁の親戚であるホーエンシュタイン家が善意で引き取り、こうして家族として迎えられたのだ。
 だがこうして家族としての幸せを掴み取ったテオドールとは対照的に、今でも虐待され、施設や親族にたらい回しにされ、天涯孤独になってしまう子供たちもまた大勢いる。
 そしてこうしている今もまたテレビのニュースにおいて、母親が娘を虐待して逮捕されたなどという報道がなされていた。
 自分が両親を失ったからこそ、幸せを掴み取ったからこそ、こういったニュースを聞くたびにテオドールは悲しい気持ちになってしまうのだが・・・。

 「・・・ご馳走様、母さん。凄く美味しかったよ。」

 冷めかけたコーヒーをさっさと口の中に流し込んだテオドールは立ち上がり、自分の分の食器を流し台へと片付けたのだった。
 今こうして自分が幸せを掴み取った以上、自分と違い天涯孤独になってしまった子供たちの分まで、精一杯幸せに生きないといけない・・・それが幸せを掴み取った自分がやらなければならない事なのだと、テオドールはそう考えているのだ。

 「ほらお兄ちゃん、朝ご飯食べたなら早く学校に行こう!?早くしないと入学式に間に合わないよ!?」
 「分かった、分かったからリィズ、そんなに引っ張るなって。」
 「2人共、今日はお昼までには帰って来れるのよね?」
 「ああ、今日は入学式だけだから、昼までには帰ってくるよ。」

 リィズに手を引っ張られながら、テオドールは慌てて靴を履いて玄関を出る。
 入学式に相応しい、とても清々しい青空、そして温かい太陽の日差しが、テオドールとリィズを優しく包み込んでいた。
 一体友達が何人出来るのだろうか・・・リィズと同じクラスになれるのだろうか・・・どんな充実した学園生活が待っているのか・・・テオドールはそんな期待を胸に抱き・・・。

 「行ってらっしゃい2人共。車に気をつけてね。」
 「ああ、それじゃあ行ってきます!!」

 リィズの母親に見守られながらリィズと手を繋ぎ、テオドールは清々しい笑顔で新たな学園生活への第一歩を踏み出したのだった。

2.学園生活の始まり


 リィズはテオドールの事を「お兄ちゃん」などと呼んでいるが、リィズの方が誕生日が2ヶ月程遅いだけであり、2人は同い年で同学年である。
 それでもテオドールが養子に来るまでは一人っ子で、寂しい思いをしてきた影響もあるからなのか、リィズはテオドールの事を最高のお兄ちゃんだと思っているのだ。
 そんなリィズの事を怪訝な目で見る近所の人たちも少なからずいるのだが、当のリィズ本人は全く気にしておらず、公衆の面前でテオドールと手を繋いだり腕にしがみついたりと、事ある毎にテオドールに甘えまくっている。
 こんな日々が、永久に続けばいいのに・・・リィズは心の底からそう思う。
 互いに手を繋ぎながら、テオドールとリィズは幸せそうな笑顔で学校へと向かっているのだが。

 「そう言えば今日さ・・・変な夢を観たんだよなあ・・・。」

 信号待ちをしている時、ふとテオドールがそんな事を言い出した。

 「変な夢?どんな?」
 「・・・何故か俺がリィズを銃で撃ち殺す夢。」
 「何で私がお兄ちゃんに銃殺されないといけないのよおっ!?」
 「そんなの俺が知りてえよ・・・。だけど妙にリアルな夢だったんだよなあ・・・。」

 あの時のハンドガンを手にする感覚、そしてロボットの操縦桿を握る感覚が、何故か今もテオドールの手に深く染み付いてしまっているのだ。
 そう・・・まるで今すぐにあのロボットを動かしてみろと言われたら、何故か自分の手足を操るかのように自由に動かせそうな程までに。
 だが一体何でまたテオドールがそんな物騒な夢を観たのかは知らないが、よりにもよってこんな日に縁起でもない・・・目を潤ませながら、リィズはテオドールの左腕にしがみついたのだった。

 「お、おいリィズ・・・。」
 「もうその話はおしまいっ!!お兄ちゃんが私を殺すなんて縁起でもないよ!!」
 「・・・ま、まあ・・・確かにそうだけどさ・・・。」
 「だから、もう夢の事は忘れて!?ね!?」

 あまりにも現実離れした、現実には絶対に有り得ない夢なのだが・・・それでもリィズは不安で不安で仕方が無いのだ。
 もしかしたらお兄ちゃんが、どこか遠くへ行ってしまうのではないかと。
 テオドールもリィズの不安を察したのか、もう夢の事を深く考えるのは一切止める事にした。
 確かにリアル過ぎて気になってしまうのだが、だからと言って気にした所で仕方が無い。

 「・・・ああ、悪かったなリィズ。突然変な話をしちまってさ。」
 「ううん、分かってくれればいいんだよ、お兄ちゃん。」
 「さて、信号が青だし、そろそろ行くか。」

 再び互いに仲良く手を繋ぎながら、テオドールとリィズは今日から通う事になる高校・・・「私立マブラヴ学園」の校門を潜り抜けた。
 随分と妙な名前の学校だが、去年発足したばかりの学校なのだそうで、上級生も2年生までしかいないらしい。
 校門で待ち構えていた教師の指示を受けて、テオドールとリィズはクラス分けの一覧が掲載されている看板が設置してある、グラウンドの奥へと向かったのだが。

 「・・・やったねお兄ちゃん、私達同じクラスだよ!!」
 「ああ本当だ。中学の時はお前と別々だったから、ちょっと不安だったんだけどな。」

 歓喜の表情で、リィズはテオドールの腕にしがみついたのだった。
 というか中学時代はリィズがテオドールにあまりにもべったりだったもんだから、教師たちが教育上良くないとか不謹慎だとかで、無理矢理2人を別々のクラスにしてしまったのだ。
 まあ確かにクラスは別々になったのだが、リィズが休み時間の度にテオドールのクラスに突撃する上に、結局は家に帰れば一緒になるのだから、中学時代の教師たちの思惑はあんまり意味が無かったりする。
 周囲の同級生たちもテオドールとリィズ同様、クラス分けの一覧を見て一喜一憂していたのだが。

 「さて、俺たちのクラスは1年3組だったな・・・。」

 もうそろそろ教室に行かなければならない時刻だ。こんな所でいつまでものんびりしている訳にはいかない。
 だが、テオドールとリィズが教室に向かおうとした、その時だ。

 「きゃあああああああああああああっ!!」

 悲鳴が聞こえたと思った瞬間、クラス分けの結果に一喜一憂している新入生たちの集団から、1人の少女が弾き飛ばされた。
 少女はとても痛そうに足を押さえている。どうやら新入生の1人が派手に暴れた際に突き飛ばされてしまい、右足を捻ってしまったようだ。
 慌ててテオドールが少女の下に駆けつけ、心配そうな表情でしゃがみ込む。

 「おい、大丈夫か!?」
 「は、はい・・・い、痛っ・・・」
 「馬鹿野郎!!てめぇら少しは周りの迷惑も考えやがれぇっ!!」

 真剣な表情でテオドールに怒鳴り散らされ、少女を突き飛ばしてしまったらしい小太りの男が、申し訳無さそうに少女に謝罪したのだが。
 右足を手で押さえる今の少女には、男の謝罪を受け入れる余裕さえも無いようだった。

 「・・・どうやら足を捻ったみたいだな・・・待ってろ、すぐに保健室に連れて行ってやるからな。」
 「いえ、私の事はどうかお構いなく・・・っ・・・!!」
 「何馬鹿な事言ってんだ。目の前の怪我人を放っておく事なんて出来るわけねえだろ。」
 「だけど私のせいで貴方が、入学初日から遅刻なんて事になってしまったら・・・」
 「そんなの別に気にすんな。先生に事情を話せば分かってくれるだろ。」
 「ですが・・・きゃあっ!?」

 問答無用で、テオドールは少女をお姫様抱っこしたのだった・・・。
 いきなりの出来事に周囲の者たちが一斉に驚きの声を上げ、中には携帯やスマホを取り出して、ツィッターや2ちゃんねるで実況する者たちまで現れる始末だ。

 「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
 「悪いリィズ、そういう訳だからお前は先に教室に行って、先生に事情を話しておいてくれ!!」
 「ま、待ってお兄ちゃん、お兄ちゃんってばあっ!!」
 「頼んだぞリィズ!!それじゃあな!!」

 少女をお姫様抱っこし、物凄い速度で保健室へと走り去るテオドール。
 そんなテオドールの後ろ姿を、周囲の誰もが唖然とした表情で見つめていたのだが・・・。

 「・・・お・・・お兄ちゃん・・・!!」
 「・・・えーと、君・・・彼の事をお兄ちゃんとか言ってたけど、もしかして彼の双子の妹さんか何かかな?」

 騒ぎの張本人になってしまった、先程少女を突き飛ばしてしまった男が、とても申し訳無さそうな表情でリィズに謝罪に来たのだった。
 少女に怪我をさせてしまった事は当然そうだが、少女も言っていたように自分のせいでテオドールが遅刻なんて事になってしまったら・・・彼はそれを危惧していたのだが・・・。

 「・・・・・。」
 「僕の不注意のせいで本当にごめんよ・・・中学の頃からの友達と一緒のクラスになれて嬉しくてさ・・・つい我を忘れちまったんだ・・・。」
 「・・・・・。」
 「だけど、僕の方からも先生に言っておくからさ・・・彼女の事は彼に任せて、君も遅刻しない内に早く教室に行った方が・・・。」

 テオドールの後ろ姿を見守るリィズの肩に、軽く手を触れる男。
 だがリィズが振り向いた、その瞬間・・・リィズの形相を見た男は恐怖のあまり、思わず腰を抜かしてしまったのだった・・・・。

 「ひ、ひいっ!?」
 「・・・お兄ちゃんとお姫様抱っこお兄ちゃんとお姫様抱っこお兄ちゃんとお姫様抱っこお兄ちゃんとお姫様抱っこお兄ちゃんとお姫様抱っこ・・・!!」
 「ちょ、ちょっと・・・君・・・!?」
 「お兄ちゃんにお姫様抱っこして貰うなんて、私でさえまだ経験無いのに・・・!!それなのにあの女、いきなり現れたと思ったら何なのよ・・・!?あんなに嬉しそうにしてさあ・・・!!」

 物凄い形相で、歯をギリギリと食いしばり、目の前で腰を抜かしている男を睨みつけるリィズ。
 なんかもう、リィズの全身から凄まじい漆黒のオーラが溢れていたのだった・・・。

 「おいそこのクソデブ!!アンタのせいでお兄ちゃんは遅刻しそうなのよ!!私も保健室に行くから、早く先生に事情を説明しに行けこのクズ野郎がぁっ!!」
 「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 恐怖に怯えた表情で、慌てて職員室まで走り出す男。
 そんな男の後ろ姿を、まるで汚物でも見るかのような物凄い表情で見つめていたリィズだったの
だが。

 「・・・待っててねお兄ちゃん、私もすぐに行くから!!」

 今度は一転して物凄く心配そうな表情で、慌てて保健室へと走り出す。
 その様子を周囲の者たちが、唖然とした表情で見つめていたのだった・・・。

3.出会い、そして再会


 結局テオドールの迅速な行動のお陰で、少女の捻挫は軽症で済んだようで、テオドールとリィズは少女を保健室に残したまま、そのまま教室に行かずに入学式に直行したのだった。
 だが入学式を終えて教室に向かったテオドールを待っていたのは、先程少女をお姫様抱っこして保健室に連れて行った事に対する、クラスメイトからの絶賛の嵐。
 男女問わずに沢山のクラスメイトたちに囲まれて質問攻めに遭い、戸惑いを隠せないテオドールだったが、あれだけの騒ぎを起こしてしまったのだから仕方が無い事だと言えるだろう。
 これはもう友達が出来るのかどうかとか、最早そういうレベルの話ではない。
 完全にテオドールは、クラスメイトたちから英雄扱いされてしまっているのだ。

 「おいお前ら。そこの2人が困ってるだろうが。いい加減席に着け。」

 そんな騒ぎの中、1年3組の担任となった先生が教室にやってきた。
 テオドールを取り囲んでいたクラスメイトたちが、慌てて席に戻る。

 「テオドールとリィズは初めましてだな。改めて自己紹介させてもらうぜ。今日からこのクラスの担任を務める事になったヨアヒム・バルクだ。」

 テオドールたちの担任の先生となったヨアヒムは、いかにも筋肉質で豪傑な、とても大雑把な性格の中年男性といった感じだったのだが・・・。

 「どいつもこいつもいいケツしてやがるなあ。お前ら今日からよろしく頼むぜ。」

 ウホッ。

 「さて、今日からお前らは晴れてこのマブラヴ学園の生徒となった訳だが、晴れやかな高校生活を満喫するにあたって重要な・・・」

 ガラガラガラッ!!
 ヨアヒムが言いかけた所へ、突然教室のドアが開け放たれたのだった。
 そこに現れたのは・・・先程テオドールがお姫様抱っこして保健室に連れて行った少女。
 どうやら彼女は偶然にも、テオドールやリィズと同じクラスだったようなのだが・・・。

 「す、すみません、遅くなりました~!!」
 「おうカティア。足の方はもう大丈夫なのか?」
 「は、はい、テオドールさんが助けてくれたお陰・・・」

 カティアと呼ばれた少女がテオドールの姿を確認し、とても満面の笑顔を浮かべたのだった。
 テオドールもまた、カティアの姿を見て驚きを隠せない。
 そしてリィズもまた、カティアの姿を見て漆黒のオーラを隠せない。

 「・・・ああああああああああああああああああ!!テオドールさん!!」
 「カティア、お前・・・!!俺と同じクラスだったのかよ!?」
 「私もびっくりです!!まさかテオドールさんと同じクラスだったなんて・・・!!」

 むぎゅっ。
 とっても嬉しそうに、カティアは慌てて立ち上がったテオドールに抱き着いたのだった。
 いきなりの出来事にクラスメイトの誰もが驚きの声を上げる。

 「ちょ、ちょっと、おま・・・」
 「えへへ、テオドールさんと同じクラスだなんて・・・嬉しいなあ・・・」
 「ちょっとカティアちゃん!!お兄ちゃんが困ってるじゃないの!!離れなさいよぉっ!!」

 大好きなお兄ちゃんを取られてたまる物かと、慌ててカティアを引き剥がしにかかるリィズだったが、カティアもまたリィズに必死に対抗して、テオドールを決して放そうとしない。
 なんかもう、睨み合うリィズとカティアの視線の間で、物凄い火花がバチバチと鳴っていた・・・。

 「・・・い~や~で~す~、放しません~っ!!そもそもテオドールさん、全然困ってるように見えないんですけど~っ!!」
 「大体アンタが席に着かないせいで、先生の話が滞ってるじゃないのよ!!少しは先生の事も考えてあげなさいよぉっ!!」
 「じゃあ私、このままの体勢で先生の話を聞きます!!それなら文句無いですよね!?」
 「何でお兄ちゃんがそんな羞恥プレイを強要されないといけないのよぉっ!?」

 強引にカティアをテオドールから引き離し、慌ててテオドールを庇うように立ちはだかるリィズ。
 その様子をクラスメイトたちが、とても面白そうな表情で眺めていたのだった。
 中には携帯やスマホを取り出し、ツィッターや2ちゃんねるで実況する者たちも・・・。 

 「ほら、さっさと空いてる席に座りなさいよ!!丁度お兄ちゃんの隣の席が空いて・・・っ!?」
 「やったあ!!テオドールさんの隣の席です!!」
 「ちょっと先生!!何でカティアちゃんがお兄ちゃんの隣の席なんですかぁっ!?」
 「別にいいじゃないですか、リィズさんだってテオドールさんの隣の席なんだし!!」
 「むぐぐ・・・!!」
 「ぬぐぐ・・・!!」

 睨み合うカティアとリィズに挟まれ、戸惑いの表情を隠せないテオドール。
 このままでは話が進まないもんだから、ヨアヒムも涙目になりながら2人に着席を促したのだが。

 「・・・あ~お前ら・・・取り敢えず落ち着け。落ち着いてとにかく席に着け。いやマジで席に着いて下さいお願いします(泣)。」
 「「・・・・・。」」

 さすがに自分たちの争いのせいで先生が困っている事を自覚したのだろうか。
 リィズもカティアも納得行かないといった表情ながらも、渋々自分の席に着席したのだった。 

 それからヨアヒムから3年間の高校生活を送るにあたっての注意事項とか、明日からの予定とか、アルバイトは禁止ではないが事前に申請して許可が必要とか、購買の焼きそばパンとコロッケロールは1日50食限定だから気をつけろとか、とにかく色々な話を長々と、しかし生徒たちが退屈しないようにユーモア溢れる語り口で告げられたのだが。
 ヨアヒムがそんな話をしている間にも、カティアとリィズが互いに牽制し合うように睨み合っていたのだった・・・。

 「・・・な、なあ・・・お前ら俺の話ちゃんと聞いてる・・・?」
 「アルバイトは事前に申請が必要なんですよね!?」
 「購買の焼きそばパンとコロッケロールは1日50食限定なんですよね!?ご心配なく!!お兄ちゃんのお弁当は毎日私が作ってあげるんだから!!」 
 「そ、そうか・・・ちゃんと聞いてくれてるならいいんだけどさ・・・いいんだけどさっ・・・ぐすん(泣)」

 キーンコーンカーンコーン・・・。
 そうこうしている内に、あっという間に下校時刻になってしまったようだ。

 「・・・ま、まぁ話が長くなっちまったが、とにかく要約するとだな・・・お前ら高校生活を存分に楽しめよって事だ。それじゃあ今日はこれで解散な。」

 起立~。礼~。
 ヨアヒムが教室を去った瞬間、再びテオドールの奪い合いを再開するリィズとカティア。
 互いにテオドールの腕にしがみつき、テオドールを絶対に渡すまいと、互いに決して譲ろうとしない。

 「私、テオドールさんみたいなお兄ちゃんが欲しいって、前からずっと思ってたんです!!身を挺して私の事を助けてくれて、凄く優しくてかっこよくて・・・テオドールさんは私にとって理想のお兄ちゃんなんです!!」
 「何がお兄ちゃんよ!!私と完全にキャラが被ってるじゃないのよ!!」
 「ご心配なく!!私はリィズさんと違って本当の妹じゃありませんから!!」
 「あら残念だったわね!!私だってお兄ちゃんとは血が繋がってないのよ!!義理の妹なのよ!!だから結婚するにあたって何の障害も無いの!!分かる!?」
 「け、結婚って、義理とは言え妹なんだから、そんなの絶対おかしいと思います!!」
 「別におかしくは無いわよ!!法律上は全然問題ないんだから!!」

 なんかもう2人の間に挟まれてるテオドールが、物凄い涙目になっているのだが。
 そんな修羅場をクラスメイトたちが、とても面白そうな表情で眺めていた。
 しまいにはタブレットを取り出し、ニコニコ生放送で実況し出す者まで現れる始末だったのだが。

 「ちょっとアンタ、生放送したいなら本人に許可を取りなさいよ!!自分の姿を無断でネットで晒される人の気持ちを考えた事があるの!?」
 「ひ、ひいっ!?」
 「そこの妹もどき2人!!アンタたちもテオドールが困ってるって何で気付かないのかな!?」

 タブレットの電源を強引に切ったクラスメイトの少女がテオドールの元に歩み寄り、リィズとカティアを強引にテオドールから引き離したのだった。
 とても爽やかな笑顔で、少女はテオドールに話しかける。

 「自己紹介が遅れたね。私はアネット。今日から3年間よろくねテオドール。」
 「お、おう・・・。」
 「今日の朝のテオドールのお姫様抱っこ、私も見てたよ。凄くかっこ良かった。それにカティアを突き飛ばした人にあそこまで真剣に怒鳴り散らすなんて、中々出来る事じゃないよ。」
 「・・・な、なんか改めて言われると恥ずかしいけどな・・・。」
 「別に恥ずかしがる必要なんか無いって。テオドールが迅速にカティアを保健室に連れて行ったお陰で、こうしてカティアも軽症で済んだんだから。」

 こうしてテオドールと親しそうに話すアネットは、とてもさばさばした性格で飾り気の無い親しみやすい少女のようだった。
 テオドールもどこかアネットに、リィズとは違った話しやすさを感じていたのだが・・・。

 「・・・また1人、変なのが増えた・・・!!」

 漆黒のオーラを全身から燃えたぎらせながら、リィズが物凄い表情でアネットを睨み付けていたのだった・・・。
 カティアもリィズの腕にしがみつき、2人の親しそうな会話を焼きもちを焼きながら見つめている。

 「ところでテオドールってさ。XboxOne持ってる?」
 「え?まさかアネットもXboxOne持ってるのか!?PS4持ってる奴は多いけど、XboxOne持ってる奴は中々見かけなくて、全然話が合わなくてさあ!!」
 「うんうん、面白いソフト多いのにね!!私今『雷電Ⅴ』をやり込んでる所なの!!」
 「おお最近発売されたばかりの弾幕シューティングだよな!!俺も進学祝いに父さんに買ってもらったばかりなんだ!!あれ面白いよな!!」
 「・・・なんか私とテオドールってさ、凄く話が合うって思わない?」
 「おお俺もそう思ってた所・・・」

 言いかけたテオドールの右手を強引に掴んだリィズが、そのままテオドールを教室の外へと連行したのだった。
 いきなりの出来事にテオドールは戸惑いを隠せない。

 「ちょ、リィズ、おま・・・」
 「お兄ちゃん、早く帰らないとお母さんが心配しちゃうよ!?はいこれ、お兄ちゃんの鞄!!」
 「お、おう・・・だけどカティアとアネットが・・・」
 「あの2人の事はもういいから、お母さんにはお昼までに帰るって言ってあるんだから、早く帰ろ!?」

 まあ確かにリィズの母親には「昼までに帰る」と伝えてあるのは事実だ。
 その母親が心配すると言われれば、さすがのテオドールも黙ってリィズに従うしかないのだが。
 大人しくリィズに手を引っ張られるテオドールを、カティアとアネットがとても名残惜しそうに見つめていたのだった・・・。

最終更新:2016年04月09日 18:57