シュヴァルツェスマーケン・えくすとら♪
第1話「ドタバタ学園生活の始まり」(後半)
4.部活動は何にする?
「そこの貴方、吹奏楽部に入らない!?うちは未経験でも全然大丈夫だよ!!」
「女子サッカー部に入りたい人~、初心者でもオッケーで~す!!」
「俺たちと一緒に美術部で最高の思い出を作ろう!!」
テオドールとリィズが通う私立マブラヴ学園は去年発足したばかりの学校であり、3年生が存在せず上級生が2年生しかいない。
入学式の翌日の朝から、その2年生たちがごぞって1年生たちに部活の勧誘を始めていた。
テオドールとリィズの元にも2年生たちが殺到し、勧誘のチラシを何枚も渡していったのだが・・・。
「リィズ。お前、部活どうする?」
今日の授業が終わった後、テオドールは渡されたチラシを何となく眺めながら、すぐ隣で穏やかな笑顔でテオドールを見つめるリィズにそう問いかけたのだが。
「私、お兄ちゃんと一緒の部活に入る。」
即答だった。
リィズにとって部活の活動内容など本当にどうでもよく、ただ単に少しでも長い時間をテオドールと一緒に過ごせればそれでいいのだ。
テオドールが野球部に入りたいと言えば野球部に入るし、吹奏楽部に入りたいと言えば吹奏楽部に入る。
「お前なぁ・・・俺が入る部活に女子も入れるとは限らないんだぞ?」
「いいもん。その時はマネージャーとして入るから。」
「だったら私もテオドールさんと同じ部活に入ります!!」
そこへ乱入したカティアを、リィズが全身から漆黒のオーラを放ちながら、物凄い表情で睨みつけたのだった・・・。
互いにテオドールの腕にしがみつきながら、睨み合う2人・・・昨日と同じ光景が繰り広げられていた。
「アネット。お前はどうするんだ?」
「ごめんね、私はファミレスでバイトがあるから部活やる暇なんか無いんだ。高校に入ったら自分のお小遣いは自分で稼げって両親に言われててさ。」
「そうか・・・俺もどうしようかなぁ・・・部活に入らずにバイトでもやるかな・・・。」
リィズの両親は遠慮なんかしなくていい、気を遣わなくてもいいとテオドールに言ってくれているのだが、それでもテオドールはホーエンシュタイン家に居候させて貰っている身なのだ。
アネットと同じように自分の小遣い位は自分で働いて稼いで、少しはリィズの両親に恩返し出来たら・・・と思っていたのだが。
「だったらテオドールもさ、私と同じ店で働いてみない?店長が人手が足りないから何人か紹介してくれって私に頼んできててさ。」
「ファミレスでバイトか・・・俺、料理なんてやった事ないけど本当にいいのか?」
「お兄ちゃん、お父さんとお母さんに変な遠慮なんかしなくていいってば!!」
テオドールの心情を察した・・・というかアネットにテオドールを取られたくないリィズが、強引にテオドールをアネットから引き離したのだった。
昨日と同じようにテオドールの右手を引っ張り、教室から連れ出していく。
「そーゆーわけだからアネット、私たちはこれから部活の見学に行くから。」
「おいおいリィズ、ちょっと待てって・・・」
「あ、待って下さいテオドールさん、私も一緒に行きます!!」
今の世の中、アルバイトを禁止して部活動の参加を生徒に強制する学校も多いのだが、マブラヴ学園では部活動の参加の是非は完全に生徒の意思に委ねられている。
なのでアネットと同じように、部活動に参加せずにアルバイトに精を出したり、あるいはアルバイトにも行かずに真っ直ぐ帰宅したり遊びに行く生徒たちも多いようだ。既に数多くの生徒たちが学園を後にし始めていた。
そして今日の朝と同じように、沢山の2年生たちが1年生たちへの勧誘に熱を入れ始める。
運動系、文学系共に豊富な種類の部活動があるのだが、テオドールはどこに入ろうか正直未だに決めかねていた。
テオドール自身、中学時代はサッカー部に所属しており、弱小校ながらもそれなりに楽しくやれていたのだが、サッカーだけでなく色んな選択肢も視野に入れておきたいと思っているのだ。
「ねえ貴方たち、良かったら文芸部の見学に来ない?」
そんなテオドールの元に、とても穏やかな笑顔の黒髪の少女が話しかけてきた。
見た所ドイツ人ではなく、海外のアジア諸国からの留学生のようだ。
「まあ文芸部と言っても、部員は今は私1人しかいないんだけどね・・・。」
「文芸部ですか・・・俺、本なんて漫画しか読まないんですけど、本当にいいんですか?」
「全然大丈夫よ。そんなに気難しい部活動じゃないから。さあ、こんな所で立ち話も何だから、3人共中に入って。」
「じゃあ見学だけでもしてみるかな・・・失礼しま~す。」
少女に案内されてテオドールたちが教室の中に通されると、そこには片付けられた室内の中に、大きな折りたたみ式の机とパイプ椅子が部屋の中央にポツンと1つだけ置かれていて、さらに本棚には大量の本が並べられていた。
その1つしか置かれていない机の隣に、少女はさらに机とパイプ椅子を3人分追加する。
促されるままにテオドールたちが席に座ると、少女は慣れた手つきで紅茶を差し出してきた。
「はい、どうぞ。」
「ああ、ありがとうございます、先輩・・・。」
「私はベトナムからの留学生のファム・テイ・ラン(范氏蘭)よ。よろしくね、テオドール君、リィズちゃん、カティアちゃん。」
「俺らの事を知ってるんですか?一体どうして・・・」
「どうしても何も、テオドール君の入学式の日の活躍を知らない生徒なんて、もうこの学校にはいないわよ?」
「・・・はぁ・・・。」
「うふふ、テオドール君ったら、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。」
あれだけの騒ぎになってしまった上に、ネットでテオドールがカティアをお姫様抱っこする画像まで流出してしまっているのだ。無理も無いだろう。
「それはそれとして、本題に入ろうかしら・・・文芸部と言ってもテオドール君たちが想像してるような堅苦しい活動じゃないのよ?漫画でも何でもいいから、互いに気に入った本を読んで感想を言い合うだけの気楽な部活動なの。」
「はぁ・・・まあ漫画でもいいなら、文芸部もアリかな・・・。」
「気に入ってくれたかしら!?じゃあ早速この入部届にサインを・・・!!」
「いや、俺まだこの部活に入るって決めた訳じゃありませんから。他にも色々と見てみますよ。」
この学園には様々な種類の部活動があるのだが、それでも可能な限りは一通り目を通しておきたいと、テオドールはそう考えているのだ。
自分の目で見て、自分の身体で感じて、自分の頭で考えて・・・どの部活に入るのかを決めるのはそれからだ。
一度きりの学園生活・・・後悔だけはしたくない。
「あらそう、残念。でも気が向いたらいつでも声をかけて頂戴ね。」
「でも選択肢の1つには入れておきますよ、ファム先輩。それじゃあ俺たちはこれで・・・」
だがテオドールが立ち上がろうとした、その瞬間。
「・・・私の事はお姉ちゃんって呼んでいいのよ・・・?」
突然ファムが立ち上がり、その豊満な胸にいきなりテオドールの顔を埋めたのだった・・・。
いきなりの出来事に、テオドールもリィズもカティアも驚きを隠せない。
予想外の事態、そしてファムの身体の温もり、甘い匂い、胸の柔らかさが、テオドールの思考を完全に混乱させてしまっていた。
「もが、もがが・・・!?」
「ちょっとファム先輩!!お兄ちゃんに何やってるんですかあっ!?」
「何って、テオドール君とのスキンシップだけど?」
「離しなさいよぉっ!!これはもうスキンシップっていうレベルじゃないでしょ!?」
「い~や。テオドール君が私の事をお姉ちゃんって呼んでくれるまで、離してあ~げないっ♪」
一体全体何がどうしてこうなった・・・ファムの胸に顔を押し付けられて視界が遮られる中、リィズが全身から漆黒のオーラを放ちながら、物凄い表情でファムをテオドールから引き離そうとしているのを感じながら、テオドールは今自分が置かれている状況を必死に把握しようとする。
そんな中カティアは、机の上に置かれていた本のタイトルを見たのだが・・・。
『姉と弟』
『禁断の恋』
『私は弟を好きになる』
『近親相姦・・・お姉ちゃん僕もう我慢出来ないよぉ。』
「・・・うわあああああああああ、うわああああああああああああああああああああ(汗)!!」
カティアから本のタイトルを聞かされて、テオドールは慌ててファムを振りほどいたのだった。
「アンタは一体何なんだああああああああああああああああああ!?」
「きゃっ!?ちょっとテオドール君!?」
「リィズ!!カティア!!今すぐにここから逃げるぞ!!」
「あんっ、ちょっと待って、テオドール君~~~~~~!!」
慌てて逃げ出す3人を、興奮しながら物凄い表情で追いかけるファム。
なんかもう、異様な光景が繰り広げられていた・・・。
「待ってテオドール君!!私、テオドール君みたいな弟が欲しいって、前からずっと思っていたの!!」
「アンタの部活動に部員が集まらないのは、そもそもアンタのそのイカれた性癖が原因なんじゃないのかあ!?」
「テオドール君の事は入学式のあの事件以来、ずっと気になっていたのよ!?さあ遠慮せずに!!私の胸に飛び込んで存分に甘えて頂戴!!」
「いや遠慮するわ!!アンタみたいな変態と一緒に部活動なんか出来るかあああああああああああああああ!!」
どうにかファムから逃げ出そうとするテオドールたちだが、それでもファムとの距離は一向に縮まらない。
逃げ切れないか・・・テオドールが軽く絶望した瞬間。
「貴方たち、こっちよ!!早く入りなさい!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
突然教室から伸びた手がテオドールを掴み、テオドールを教室の中に引きずり込む。
リィズとカティアも後を追って教室の中に入り、慌ててドアを閉めて鍵を掛けたのだった。
ドアの奥からドンドンドン!!というドアを叩く派手な音と、テオドールの名前を叫ぶファムの興奮した叫び声が響き渡る。
「・・・た、助かった・・・のか・・・!?」
「3人共、危なかったわね。彼女はこの学園の中でも危険人物の1人なのよ。」
肩で息をするテオドールに、1人の少女が優しく語り掛けてきたのだが・・・。
「あ、あの・・・アンタは・・・」
「私はこのシュター部の部長を務めるベアトリクス・ブレーメよ。」
なんかまた変なのが来た。
「シュター部!?シュター部って一体何なんだよ!?」
シュター部・・・一体どんな部活なのか、テオドールは全然皆目検討つかなかった。
先程のファムにしてもそうだが、どう考えても怪しい部活だとしか考えられない。
見た所教室の中に怪しい所は特に無く、机の上にポツンとノートパソコンが置かれているだけなのだが。
ベアトリクスはとても妖艶な笑みを浮かべながら、そのノートパソコンの液晶画面をテオドールたちに見せたのだった。
そこに映っていたのは・・・
「「「・・・な・・・なんじゃこりゃああああああああああああああああああ!?」」」
「これが我がシュター部が誇る『シュター部ファイル』よ。」
「いやいやいやいやいや、これシュター部ファイルっていうか個人情報じゃねえかよ!!」
このマブラヴ学園の生徒とその保護者、教師、取引先、関係者全ての個人情報やら極秘情報やらが記載された、文書と画像の膨大なファイルの一覧だった。
よく見ると先日テオドールが自宅で風呂に入っている時の画像までもが、しっかりと保存されていたりする。
全裸のテオドールの画像を見て、思わずリィズとカティアは顔を赤らめて興奮したのだった・・・。
「待て待て待て待て待て、一体どうやって撮ったんだよこれ!?つーか普通に犯罪だろうが!!」
「私たちシュター部の活動内容はね・・・こうやって集めた極秘情報をシュター部ファイルに記録して、部の皆でニヤニヤしながら内容を吟味して楽しむ事よ。さあ貴方たちも私たちと一緒に・・・」
「うわあああああああ、うわああああああああああああああああああああああ(汗)!!」
またしてもリィズとカティアを連れて、逃げ出す羽目になってしまったテオドール。
ドアの前で待機していたファムが、それはとっても嬉しそうな表情で、再びテオドールを追いかけ始めたのだった・・・。
「あ、待って、テオドール君!!」
「畜生、一体全体何がどーなってんだよおっ!?」
「テオドール君、私の弟になってぇっ!!」
なんかもう涙目になりながら、必死にファムから逃げ続けるテオドール。
そんなテオドールに対して、またしても別の教室から救いの手が。
「君たち、こっちだ!!早く入りたまえ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
腕を引っ張られたテオドールは教室の中に転がり込み、リィズとカティアも慌ててそれに続いてドアの鍵を閉めた。
またしてもドンドンドン!!と扉を叩く音が響くが、もう今のテオドールにはそれを気にする余裕すら無い。
テオドールを助けたのは、とても爽やかそうな印象を受ける男子生徒だった。
「危ない所だったね。彼女はこの学園の中でも危険人物の1人なんだ。」
「そ、それ、ベアトリクス先輩からもさっき聞いたんだけど・・・。」
「何だって!?もしかしてあの女、君たちをシュター部に誘ったのか!?」
「いや誘ったっていうか、俺が昨日風呂に入ってる所を覗かれたっていうか・・・」
「あの女には今後一切関わらない方がいい。それは君たちも身に染みて分かった事だろう。」
「俺だってもう二度と関わりたくねえよ(泣)!!」
男子生徒に助け起こされたテオドールが改めて教室の中を見渡してみると、そこは先程のシュター部と同じように、一台のノートパソコンがポツンと置かれていたのだが。
なんかテオドールは嫌な予感がした。
「・・・ま、まさか・・・」
「自己紹介が遅れたね。私は反乱部の部長のハインツ・アスクマンだ。」
「反乱部!?反乱部って何なんだよおい!?」
「当然、あの憎きベアトリクス率いるシュター部に反乱する為の部活動だ。私も以前はシュター部に所属していたのだがね、あの女に嫌気が差してこうして反乱を起こしたという訳だ。このノートパソコンには奴らの個人情報や極秘情報が・・・」
「それで部の皆でニヤニヤしながら楽しむってかあ!?」
「さすがテオドール君、よく分かってるじゃないか!!」
感動したアスクマンはとても嬉しそうに、ハァハァと興奮しながらテオドールをぎゅっと抱き締めたのだった。
いきなりの出来事にテオドールは戸惑いを隠せない。
「ちょ・・・!?」
「君の事はあの入学式の時からずっと気にしていたんだ。どうだね?私と一緒に反乱部で活動するつもりはないかな?そしてあの憎きベアトリクスのクソ女を叩きのめそうではないか。」
「せ、先輩、どこ触って・・・あんっ!!」
「いや、いっそ君には私と兄弟の契りを交わして貰いたい・・・ハァ・・・ハァ・・・そしていつまでも2人で共に暮らしていこおぶえぇっ!?」
リィズとカティアの飛び蹴りを食らったアスクマンが、派手に壁に叩き付けられたのだった。
「テオドールさん、大丈夫ですか!?」
「貴様ぁ、私のお兄ちゃんに何さらしとんじゃボケぇ!!」
「ぬう、たかが妹キャラの分際で、私とテオドール君の仲を引き裂こうというのか!!」
「畜生、この学校にはまともな部活動が存在しないのかよぉっ!?」
またまたリィズとカティアを連れて、教室から逃げ出す羽目になってしまったテオドール。
今度はファムだけでなく、アスクマンまでもが興奮しながら追いかけて来た。
「テオドール君、待ってぇ!!」
「待つんだテオドール君!!」
「待てるかああああああああああああああああああああああああっ(泣)!!」
なんかもう涙目になりながら、テオドールたちは必死にファムとアスクマンから逃げ続けたのだった・・・。
5.誇り高き少女
「な、何とか無事に逃げ切ったようだな・・・。」
辛うじてファムとアスクマンから逃げ切ったテオドールたちだったが、結局この2人のせいで他の部活動の見学をまともに行えないまま、学園の敷地内から遠く逃げ出す羽目になってしまった。
どうにか乱れた息を整えたテオドールが周囲を見渡すと、既に日が沈みかけて夜になろうとしていた。
薄暗い夕焼けの景色の中、大勢の帰宅途中のサラリーマンやら学生やらがテオドールたちの隣を足早に通り過ぎていく。
「・・・もうこんな時間か・・・そろそろ帰らないと父さんも母さんも心配するだろうな・・・。」
「結局部活の見学どころじゃなかったね、お兄ちゃん・・・。」
「仕方無いさ。また明日にしようぜ。」
「うん。」
屈託の無い純真な笑顔をテオドールに見せるリィズ。
そう・・・「テオドールに対して」は。
「それではテオドールさん、誠に遺憾ながら、私の家はこちらなので・・・。」
「おう、また明日な。カティア。」
「さっさと行きなさいよカティアちゃん。しっしっ。」
交差点に差し掛かった所で笑顔で手を振りながら帰路に着くカティアを、リィズが物凄い表情で追い払う。
これで邪魔者は消えた・・・リィズはとっても嬉しそうな表情でテオドールの左腕にしがみついたのだった。
学校ではテオドールの入学式の時の活躍があったからなのか、テオドールに好意を寄せる女子たちが立て続けに現れているのだが、それでも家の中では誰にも邪魔なんかさせない・・・リィズはテオドールの左腕をぎゅっと握り締めながら、そんな強い信念みたいな物を胸の内に抱いていた。
(・・・お兄ちゃんは中学の頃は全然モテなかったのに・・・それなのに急にお兄ちゃんに言い寄ってくる女共が、こんなにも立て続けに現れるなんて・・・。)
「それにしても、今日は本当に散々な1日だったなぁ・・・。」
「本当にそうだよ。特にあのアスクマンとかいう変態、一度マジで本格的にシメてあげようかな?」
「やめろよそんな物騒な事・・・」
まぁお前の気持ちは分からなくもないけどな・・・うっかりそんな事を口にしようものなら、リィズなら本気でやりかねないもんだから、テオドールは敢えて口にしなかったのだが。
「・・・だけどお兄ちゃん、あの時も言ったけど、お父さんとお母さんに変な気を遣わなくてもいいからね?」
不意にリィズが、とても真剣な表情でテオドールにそう切り出した。
いきなりのリィズの変貌振りに、テオドールは戸惑いの表情を見せる。
「きゅ、急にどうしたんだよリィズ・・・。」
「アネットがお兄ちゃんをファミレスのバイトに誘った時の話。」
「・・・ああ、その話か。だけど俺も父さんと母さんに養って貰ってる身だからなぁ、アネットみたいに自分の小遣い位は自分で稼いでもいいんじゃないかと思うんだけどな。」
別に今の小遣いの額に不満がある訳ではない。むしろ他のクラスメイトにも聞いてみたのだが、テオドールの小遣いの金額は彼らと比べても多い程だ。
それ程までにテオドールは、リィズの両親からとても大切に扱われているのだ。
だからこそテオドールは、身寄りの無い自分を救ってくれたリィズの両親にとても感謝しているし、
いつか何らかの形で恩返ししたいと本気で思っている。
「それになリィズ・・・俺もいつまでも父さんと母さんに、迷惑を掛け続けてはいけないと思ってるんだ・・・。」
「迷惑だなんて、そんな・・・!!」
「・・・高校を卒業してから自立する為の資金を貯める意味でも、アネットの店でバイトを・・・」
「お兄ちゃんの馬鹿ぁっ!!」
「うお!?」
何故リィズがいきなり自分を怒鳴り散らしたのか、全然意味が分からなかったテオドールだったのだが、その時だ。
いつの間にか近くの路地裏で、何か騒ぎになっているようだった。
慌ててテオドールが駆けつけて覗いてみると、1人の少女が路地裏の中で4人のガラの悪い男たちに絡まれていた。
少女はテオドールたちと同じマブラヴ学園の生徒のようで、制服のエンブレムから察するに2年生のようだった。
男たちはとてもニヤニヤしながら、少女を壁際に追い詰め逃げられないように取り囲んでいる。
「なあなあ姉ちゃん。どうせ暇なんだろ?俺らと一緒に遊ぼうぜ。」
「美味いもん食わせてやっからよ。」
「俺らが最高にいい気分にさせてやるよ。」
丁度サラリーマンや学生の帰宅時間と重なる事もあって、路地裏の近くを多くの通行人たちが通りかかっているのだが、その誰もが男たちに怯え、見て見ぬ振りをして通り過ぎていってしまう。
中には勇敢にも、少女を助けようと男たちに声を掛ける者もいるにはいるのだが・・・。
「き、君たち・・・」
「あぁ!?てめぇなんか文句あんのかコラァ!!」
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
突然男の1人にナイフを突きつけられ、怯えて逃げ出してしまったのだった。
その様子を見たテオドールは舌打ちし、男たちに見つからないよう隠れながら、どうすれば少女を無事に助け出せるか、必死に思考を巡らせていたのだが・・・。
「お、お兄ちゃん・・・。」
「リィズ、ここにいると危険だ。お前は早く近くの交番まで警官を呼びに行ってくれ。」
「まさか、あの人を助けるつもりなの!?」
「あんな事されてんのに放っておけるわけねえだろ!?」
「だけど・・・!!」
「いいから早く行け!!」
「・・・・・。」
どうやらテオドールの意思は堅いようだった。こうなったらもう、無事に少女を助け出せるまでテコでも動かないだろう。
本当にお兄ちゃんは頑固者でお人良しなんだから・・・!!そう心の中で呟きながら、リィズは仕方なくテオドールに背を向けた。
「・・・お兄ちゃん、絶対に無茶は駄目だよ!?」
「ああ、分かってるさ。」
「絶対に絶対に無茶は駄目だからねっ!?」
大急ぎで近くの交番まで、全速力で向かうリィズ。
それを見届けたテオドールは改めて男たちに視線を戻し、少女を無事に助ける手段を必死に頭の中で模索していた。
相手は4人。しかも全員が武器を持っているようだった。
1人だけなら不意を突けば何とかなるかもしれなかったが、さすがに4人となると分が悪過ぎる。
リィズが交番まで警察を呼びに行って戻ってくるまで、恐らく5分程度といった所だろうか。
安全を第一に考えるなら、それまでに自分は一切動かずに警官が来るのを待つのがベストなのだろうが、それまでに少女が無事で済むという保障は無い。
それにしても・・・テオドールは4人の男たちよりも、むしろ壁際に追い詰められている少女の気高き姿に目が離せずにいた。
この状況にも関わらず平然と腕組みをし、全く怯えた様子も見せずに男たちを厳しい視線で睨み続けているのだ。
大の男でもこんな状況では、怯えてしまってもおかしくないというのに・・・。テオドールは少女のこの威風堂々とした姿に感銘すら覚えてしまっていた。
「悪いが私は、お前たちのような下賎な者どもと付き合うつもりは微塵もない。」
「おっ、いいねえいいねえ。俺は姉ちゃんみてぇな強気な女が好みなんだわ。」
「女1人を口説こうというのに、大の男が4人がかりで、しかも凶器まで持参とはな・・・お前たちの勇気の無さには本当に失望させられる。」
「・・・てめぇ・・・あんまりいい気になってんじゃねえぞコラ。折角こっちは穏便に済ませてやろうと思ってんのによ。」
「その薄汚い手で私に触るな・・・!!」
パァンッ!!
少女が自分の肩を掴んだ男に平手打ちすると、ブチ切れた男が少女に掴みかかったのだった。
「てめぇ、マジでぶっ殺すぞコラぁっ!!」
「畜生、5分どころか1分も持たなかったじゃねえかよおっ!!」
「な・・・!?ぐはあっ!!」
止むを得ず少女に掴みかかった男を殴り倒したテオドールは、そのままの勢いで少女の手を掴み走り出す。
「走れるな!?ここから逃げるぞ!!来い!!」
「てめぇ、いきなり何しやがる!!待てやコラぁっ!!」
「悪いがお前らの相手なんか、まともにするつもりはねえんだよぉっ!!」
たまたま近くに置いてあった看板を男たちに投げつけ、男たちが怯んだ隙を突いてテオドールは路地裏を飛び出し、リィズが向かった交番がある方角へと走り出した。
この方角に交番がある事は、地元の人間なら誰もが知っている。それに路地裏を飛び出してしまえば多くの通行人の目を引いてしまう。この状況ならさすがに男たちも追っては来ないだろうと・・・そうテオドールは判断したのだが・・・。
「待ちやがれこのクソ野郎がぁっ!!」
「くそったれ!!あいつら完全に頭に血が昇ってやがる!!」
激怒した男たちは全く意に介する事無く、テオドールと少女を追いかけてきたのだった。
テオドール1人だけなら逃げ切れる自信はあったが、少女の手を引いているというハンデを背負っている以上、追い付かれるのは時間の問題のようだ。
少女も運動神経はいいようだが、それでもテオドール程ではないようだ。完全にテオドールの足を引っ張ってしまっていた。
交番までの距離が物凄く遠く感じる。少女が足枷となって全力で走れないのがもどかしい。
「くそっ、このままじゃ追い付かれる・・・!!」
「おい、私に構うな!!とっとと私を見捨ててお前だけでも逃げろ!!」
「馬鹿野郎!!そんな簡単に諦めてんじゃねえよ!!」
「何故だ、見ず知らずの私なんかの為に、何故お前はそこまで必死になってくれる・・・!?」
「目の前で困ってる人がいるってのに、何もせずにじっとしていられるわけねえだろ!?」
「・・・お前・・・!!」
それでもテオドールは、何としてでもこの少女だけでも無事に助け出す決意を秘めていた。
このままでは逃げ切れない・・・こうなったら俺が壁になってでも、彼女だけでも・・・テオドールが覚悟を決めたその時だった。
突然背後から鳴り響いた、パトカーのけたたましいサイレンの音。
「お兄ちゃん、おまわりさんを呼んできたよ!!」
「貴様らそこを動くな!!銃刀法違反の現行犯、及び暴行未遂の容疑で逮捕する!!」
リィズの声が聞こえた瞬間、パトカーから数人の警察官が飛び出し、あっという間に男たちを拘束してしまった。
そのまま手錠をかけられ、問答無用でパトカーの中に連行されてしまう男たち。
何とか無事に逃げ切る事が出来た・・・すっかり緊張の糸が切れたテオドールは、大きな溜め息をしながら思わずその場に座り込んでしまった。
「お兄ちゃんの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁっ!!」
「うおわあっ!?」
そんなテオドールの顔を、リィズがとても泣きそうな表情で自らの胸に埋める。
リィズの身体の温もり、とてもいい匂い、そして胸の柔らかさに、思わずテオドールは赤面してしまう。
「ちょ、リィズ、おま・・・」
「絶対に無茶はしないでって言ったのに、それなのに何でこんな事になってるのよぉっ!?」
余程テオドールの事が心配だったのだろう。リィズはテオドールの顔を両腕でしっかりと抱き締め、自らの豊満な胸から決して逃そうとしなかった。
テオドールもリィズに心配をかけてしまった事を自覚しているようだ。リィズの両腕が震えているのを感じながら、申し訳ない気持ちで一杯だったのだが・・・。
「・・・ありがとう。お前たちのお陰で私は無事に助かった。礼を言わせてくれ。」
警察官からの事情聴取を終えたテオドールに、少女が穏やかな笑顔で頭を下げてきた。
テオドールはとても照れた表情を見せたのだが、テオドールを危険な目に遭わせた張本人である事から、リィズが全身から漆黒のオーラを放ちながら、物凄い表情で少女を睨み付けている。
「自己紹介がまだだったな。私はアイリスディーナ・ベルンハルト。アイリスと呼んでくれ。」
「俺はテオドール、こっちは妹のリィズ・・・しかし何でまたあんな所で不良共に絡まれてたんですか?アイリス先輩。」
「敬称も敬語も不要だ。普段は母が私を車で送迎してくれるのだが、たまには気分転換に1人で歩いて帰りたいと思い、母に無理を言って1人で帰路についていたのだがな・・・」
「それで奴らに目を付けられたという訳か・・・。」
「我ながら情けない話だ。これでは母に申し訳が立たない。だがお前たちのお陰で本当に助かったよ。」
「何だよ、物凄く平気そうな態度してたくせに。」
「いや内心では凄く怖かったんだ・・・本当に怖かったんだよ・・・。」
アイリスディーナは涙目になりながらも穏やかな笑顔で、じっ・・・とテオドールの顔を見つめ・・・両手で優しくテオドールの顔を包み込み・・・
「ちょ・・・!?」
「お前は本当に勇敢で心優しい男なのだな・・・他の者たちは私を見捨ててさっさと逃げ出してしまったというのに、お前だけは身体を張って私の事を助けてくれた。」
「ちょっとアイリス、顔が近い・・・」
「私はこれまでにも両親から、将来の許婚となるべく男たちを何人も紹介されたのだがな・・・どいつもこいつも両親の地位や財産が目当てのクズ共ばかりだった。だがお前は違う。お前は私の家柄や立場などお構い無しに、本気で私の事を心配してくれたんだ。」
「いや、許婚とか家柄とか立場とか、アンタ一体何者・・・」
「お前のような男に出会ったのは生まれて初めてだ・・・そしてこんな気持ちになったのもな・・・。」
ちゅっ。
アイリスディーナはテオドールと唇を重ねた。
いきなりの出来事に訳が分からないテオドールだったが、唇を離したアイリスディーナは、とても可愛らしい笑顔をテオドールに見せ・・・
「よし決めたぞ。お前を私の未来の夫にする。」
「「・・・はああああああああああああああああああああああ!?」」
多くの人々が見ている公衆の面前で、テオドールとリィズにはっきりと宣言したのだった・・・。
最終更新:2016年04月09日 18:58