シュヴァルツェスマーケン・えくすとら♪

第2話「恋愛原子核」(後半)


3.ファミレスでバイト


 「いらっしゃいませ、3名様でよろしかったですか?只今の時間は全席禁煙となっておりますが、よろしかったでしょうか?」

 その日の夕方・・・アネットに紹介されたファミレスにおいて、爽やかな笑顔で接客に精を出すテオドールの姿があった。
 結局テオドールが興味を持てそうな・・・というかまともな部活動が存在しなかった事と、やはりアネットを見習って自分の小遣い位は自分で稼いで、少しでもリィズの両親の負担を減らしてやりたいというテオドールの想いから、こうして放課後にバイトをする事になったのだ。

 ただこの件をテオドールがリィズの両親に話した際、以前テオドールが

 「高校を卒業してから自立する為の資金を貯めたい」

 という話をリィズにしていたので、テオドールが家を出る事を断固阻止するつもりのリィズが、当然の事ながら猛反発する事態になってしまった。
 そしてリィズも同じ店で一緒にバイトする事、高校を卒業してからもずっとこの家で暮らす事をテオドールに無理矢理納得させ、誓約書まで書かせた上で、こうしてテオドールのバイトを容認したという経緯になったのだ。

 「お兄ちゃん、3番テーブルのチーズハンバーグのAセット、準備出来たよ。」
 「了解、あとこれ、4番テーブルのお客様のオーダーな。」
 「2番テーブルの海老とクリームのリゾット、あと5分で上がるからね。」
 「おう。」

 料理が得意なリィズが調理を担当し、テオドールが接客を担当する・・・今の所は順調に客を捌けているのだが、それでもテオドールもリィズも正直言って汗だくになってしまっていた。
 今は夕食時のピークの時間帯という事で、休む暇もなく次から次へと客が入ってくる。
 当然、どこのテーブルでどんな注文があったのかという事を、接客担当のテオドールは常に完璧に把握しておかなければならないし、それも追加注文が入ったりでリアルタイムでどんどん状況が変わっていく。
 また調理担当のリィズも次から次へと注文が入ってくるので、1つの注文だけに集中して調理する訳にもいかない。調理の状況を見ながら注文に応じて臨機応変に動かないといけないのだ。

 息つく暇も無い程忙しい・・・店長が人手が足りないと嘆いていたのも頷けるという物だ。
 正直言ってテオドールもリィズも、ファミレスのバイトを軽く見ていた。
 リィズの父親が昨日の夜、

 「2人が今の内に社会勉強するのも悪くないかもしれないな」

 などとテオドールとリィズに言っていたのだが、こういう事だったのだ。
 これが仕事なのだ。これが働くという事なのだ。
 仕事として給料を貰う以上は、遊び感覚で作業をする訳にはいかない。
 当初はリィズもアネットにテオドールを取られたくないからと、半ば監視目的でこのバイトを始めたのだが、作業を始めてから5分もしない内に、もう完全にそれ所では無くなってしまっていた。

 「おい嬢ちゃん、服に糸くずが付いてるぜ。ほらよっと。」
 「きゃあっ!?」

 ガラの悪そうな男たちのグループの1人が、注文を聞きに来たカティアの胸に触ってきた。
 慌てて男たちから離れたカティアが、涙目になりながら男たちを睨みつける。

 「な、何をするんですか!?やめて下さい!!」
 「おっとっと悪い悪い。つい手元が狂っちまった。ぎゃはははは。」

 以前テオドールにお姫様抱っこをして貰った時とは違う・・・カティアの全身に走る強い悪寒。
 男たちの邪な笑顔を見て、カティアは言いようの無い気持ち悪さを感じていた。
 同じ男の人なのに、どうしてこんなにもテオドールさんと違うのかと。
 今も男に触られたカティアの胸に残る、男たちの悪意。それがどうしようもなく気持ち悪い。

 「お客様!!そのような迷惑行為を店内でなさるのは困ります!!」

 そんなカティアの危機を察したテオドールが、思わず女子高生への接客を放り出してしまい、カティアを庇うように男たちの前に立ちはだかった。
 そしてテオドールからのアイコンタクトを受けたリィズが頷き、迅速に警察への通報を行う。

 「あんだてめぇ・・・俺らになんか文句でもあんのかよ。あぁ!?」
 「ここは風俗店ではありません!!女性スタッフへの接触行為は固くお断り致します!!」

 男たちは露骨に不満そうな表情でテオドールを睨み付けるが、テオドールもまた一歩も引かずに男たちを睨み返す。
 正直言って怖い。足がガクガク震える。自分は何か格闘技を習ってるわけでもないし、特に喧嘩が強いわけでもない。それに1対1ならともかく相手は3人もいるのだ。
 だがここで引いてしまえば、カティアの心に一生消えない深い傷を残す事にもなりかねないのだ。どれだけ恐怖を感じようとも絶対に引く訳には行かなかった。
 どんな手段を使ってでも、絶対にカティアを守らなければ。

 「テ、テオドールさん・・・。」
 「おいおい俺はこの嬢ちゃんの服に糸くずが付いてたから、親切に取ってやろうとしただけだっつーの!!わざとじゃねえのに、何でてめえなんぞに文句を言われねえといけねえんだよ!?」
 「それならば彼女に糸くずが付いていると、ただ忠告をするだけでも良かったのでは!?何故わざわざ彼女の身体に触るような真似をしたのです!?」
 「だからわざとじゃねえっつってんだろうが!!この店を訴えるぞコラァ!?」
 「ええどうぞご自由に!!それで不利になるのは、むしろ女性スタッフの身体への不必要な接触行為を行った、お客様の方だと私は判断しますが!?」

 真剣な表情で一歩も引かないテオドールを前に、遂に男の1人がブチ切れた。
 突然立ち上がってテオドールの胸倉を掴み、1発殴りつける。
 それを目撃した他の客たちが騒ぎ出し、店内に悲鳴が響き渡った。

 「がはあっ!!」
 「お前マジでムカツクから死刑な。」
 「お、おいお前、さすがにそれはやべえって!!単にあの女をからかってやるだけの話だっただろうがよ!?」
 「だってこいつマジでムカツクだろうがよぉっ!!」

 仲間たちが必死に男を止めるが、頭に血が上った男はもう完全に止まらなかった。
 カティアの壁になり必死に立ちはだかるテオドールの腹に、今度は強烈な膝蹴りを食らわせる。
 凄まじい衝撃。胃液が逆流する。テオドールは嗚咽しながらその場に崩れ落ちた。

 「うっ・・・がはっ・・・!!」
 「テオドールさん!!テオドールさぁんっ!!」

 泣きながらカティアがテオドールの傍に駆け寄るが、それでもテオドールは強い信念を秘めた瞳で立ち上がり、男たちを睨みつける。
 その凄まじい気迫の前に、男たちは思わず一瞬たじろいてしまった。

 「・・・お客様・・・女性スタッフの身体への接触行為だけではなく・・・今度は私への不当な暴力行為・・・一連の出来事は全て、店内の監視カメラに収められております・・・!!」
 「・・・な・・・監視カメラだと!?」
 「それに私の妹が・・・既に警察への通報を済ませた所です・・・お客様がどうあがこうが、最早弁明の余地など微塵もありませんが・・・っ!!」

 テオドールの言葉が終わると同時にキッチンから駆けつけてきたリィズが、テオドールに暴力を振るった男の胸倉を掴み、全身から凄まじい漆黒のオーラを放ちながら、そのまま男を物凄い形相で睨み付けた。
 その凄まじい威圧感を前に、男は思わずお漏らししてしまったのだった・・・。

 「ひ、ひいっ!?」
 「・・・アンタ・・・私のお兄ちゃんに暴力を振るったのもそうだけど、カティアちゃんにまであんな酷い目に遭わせるなんて・・・万死に値するわ!!」
 「な、何なんだよお前!?何そんなにマジになってんだよ!?たかがそいつの胸をちょっと触っただけひぎいっ!?」

 壁ドン!!
 リィズは物凄い勢いで男を壁に叩き付け、情けない表情の男を汚物を見るかのような瞳で睨み付ける。

 「・・・アンタにとっては大した事無いかもしれないけどね・・・アンタのせいでカティアちゃんは凄く気持ち悪い思いをしたんだよ・・・?女の子にとって好意を持たない男の人に身体を触られるっていう事が、どれだけ苦痛を伴う物なのか知ってる・・・?」

 完全に腰を抜かしてしまった男の顔に、リィズはぺっ、と唾を吐きつける。

 「・・・この下衆野郎共が。もう二度とこの店に顔を出すな・・・殺すぞ。」

 そしてようやく近くの交番から駆けつけてきた警察が迅速に男たちを拘束、そのまま手錠を掛けてパトカーへと連行していったのだった。
 何とか無事に切り抜けた・・・安堵してその場に座り込んでしまったテオドールを、リィズが有無を言わさずに物凄い勢いで抱き締める。

 「ちょ、リィズ、おま・・・」
 「お兄ちゃんの馬鹿馬鹿馬鹿ぁっ!!」

 先程までとは一転して物凄く泣きそうな表情で、リィズはテオドールの顔を自らの豊満な胸に埋めたのだった。
 その温かい温もり、とてもいい匂い、そして胸の柔らかさに、テオドールは思わず赤面してしまう。
 余程テオドールの事が心配だったのだろう。自分の顔を抱き締めるリィズの両腕が震えているのを、テオドールは敏感に感じ取っていた。

 「カティアちゃんも大丈夫だった!?怪我は無い!?」
 「は、はい、私は何とか・・・」
 「本当にあいつら最低よね!!カティアちゃんの胸にいきなり触るなんて、もうマジであいつら死ねばいいのに!!」

 本気で自分を心配してくれるリィズを目の当たりにして、とても申し訳無さそうな表情を見せるカティア。
 その3人のやり取りを、他の客たちがとても興味深そうに眺めている。
 中には携帯電話やスマホを取り出し、ツィッターや2ちゃんねるで実況する者たちも。

 「・・・ふうん・・・彼が叔父さんが言っていたテオドール君かぁ・・・気に入ったわ。」

 そしてカティアを助けに行ったテオドールに接客をほったらかしにされた女子高生が、意味深な笑顔でテオドールの事を見つめていたのだった・・・。

4.反省会


 その後、昨日に引き続いてまたしても警察からの事情聴取を受ける羽目になってしまったテオドールとリィズは、担当した警察官から「また君たちなのか」と苦笑いされながらも、無事に事情聴取を終えて何とか無事に業務に復帰した。
 だが今日の業務が終わってタイムカードを押した後に、テオドールたちは今回の一件で店長から呼び出される羽目になってしまった。
 店長が言うには、このファミレスの運営会社の幹部の人が、たまたま偶然あの場に居合わせていて、あの時のテオドールとリィズの対応について話をしたいとの事らしい。

 「4人共早く帰りたいでしょうに、本当に御免なさいね。役員の人がどうしてもテオドール君たちと直接会って話がしたいって聞かないのよ。」
 「いえ、俺らは別に構いませんが・・・あの、俺とリィズの対応が何か上で問題になったとか・・・?」
 「う~ん、私はむしろテオドール君もリィズちゃんも頑張ってくれたと思うんだけどね。」

 テオドールたちを採用したこの店の店長は、とても物腰の柔らかくて落ち着いた雰囲気の、心優しい女性だった。
 とても穏やかな笑顔で、テオドールたちにコーヒーを差し出してくる。
 そして緊張した面持ちのテオドールを、横から不安そうな表情で見つめるカティア。

 何も出来なかった。ただテオドールとリィズに守られて怯える事しか出来なかった。
 テオドールのように身体を張って相手を守る事も、リィズのように迅速な警察への通報や、迷惑行為を行う客を追い出す事も出来なかった。その事実がカティアの心を深く締め付ける。
 テオドールさんがこの店で働くと聞いたから、私も・・・そんな軽い気持ちで始めたバイトだったが、今回の件で自分の情けなさを思い知らされる結果となってしまったのだ。

 「・・・私のせいで、テオドールさんとリィズさんが解雇なんて事になったら・・・。」
 「おいおいカティア、そんな事あるわけねえだろ。むしろ俺らは被害者・・・。」

 コンコンコン。
 テオドールが言いかけた瞬間、ドアから軽快なノックの音が聞こえた。
 そして店長に促されて入ってきたのは、とても爽やかそうな印象のスーツ姿の若い男性だった。
 男性は店長に案内されてテオドールたちと反対側の席に座る。そして店長が男性の隣に座るような形になった。

 「4人共待たせてしまって悪かったね。本当はすぐに君たちと話をしたかったんだが、別の店でもちょっとしたトラブルがあってね。その対応があったせいでこんな時間になってしまった。」
 「いえ、俺らは全然大丈夫ですけど・・・あの、貴方は・・・。」
 「これは失礼、自己紹介がまだだったね。僕はこういう者だ。」

 男性は穏やかな笑顔で、テオドールたちに名刺を差し出してきた。
 そこに書かれていたのは・・・。

 「・・・ベルンハルト・コーポレーション株式会社・総務部部長・・・ユルゲン・・・・ベルンハルト!?」
 「君たち兄妹の事は妹からよく聞いているよ。テオドール君、リィズ君。」
 「ベルンハルトって、まさかアイリスのお兄さん!?」

 名刺を覗き込むテオドールを、ユルゲンはとてもニヤニヤしながら見つめていた。
 歳が離れた兄がいるとは彼女から聞かされてはいたのだが、どんな仕事をしているのかまでは聞かされていなかったし、テオドールも特に深入りしようとは思わなかった。
 それがまさかこんな所で、こんな形で会う事になろうとは。
 アイリスディーナの兄だと聞いたリィズが、全身から漆黒のオーラを放ちながら、ユルゲンの事を物凄い形相で睨み付けている。

 「さて、君たちも不安そうな顔をしているから、最初にその不安を吹き飛ばしてやろうかな・・・今回の件で君たちに処分を下す事は一切無いから、その辺は安心して欲しい。」
 「ほ、本当ですか!?」
 「勿論だ。これからも是非この店で働いて貰えると嬉しいな。」
 「それは俺としても願っても無い話です。両親に自分の小遣いは自分で稼ぐって豪語したばかりですし、それがいきなり解雇なんて事になったら、とても両親に顔向け出来ないと思ってましたし・・・。」
 「最近は少子化の影響からなのか、バイトの確保も中々ままならない状況でね。僕としても君たちのような優秀なスタッフには是非残って貰いたいんだよ。」

 取り敢えず、いきなりバイトをクビにならずに済んだ・・・テオドールはホッと胸を撫で下ろしたのだった。
 あの時の自分の対応に間違いがあったとは思っていないが、それでも上層部の気に障るような何かをしでかしたのではないか・・・そんな不安をずっとテオドールは感じていたのだが。

 「まあそれでも今回の件に関しての君たちの対応に対して、全く問題が無かったという訳でもないんだ。それに関しての反省会はきちんと行わないといけない・・・それは分かるよね?」
 「・・・は、はい・・・。」
 「店長から聞いていると思うけど、僕もたまたまあの場に居合わせていてね。君たちの対応を遠くから見させて貰っていたんだ。」

 ユルゲンの言葉で、またしても緊張の表情になってしまったテオドールたち。
 いくら今回の件でクビにならずに済んだと言っても、それでも反省会という言葉が出てしまっては、やはり緊張せざるを得ないというのが実情だろう。
 ユルゲンもそれは察しているようで、テオドールたちを必要以上に不安にさせないようにと、とても穏やかな表情でテオドールたちを見つめている。

 「まずはテオドール君に関してだけども、身を挺してカティア君を守ったのは結構なのだが、それで接客中の女性に対して何の詫びも入れずに、無言で接客を放棄したのはまずかったかな。」
 「・・・そ、それは・・・急な事だったので、つい・・・。」
 「うん、気持ちは分かるよ。だけどああいう状況だったとはいえ、無言で放置された彼女は決していい気分をしなかったと思うよ。せめてすみませんの一言があれば違っていたんだろうけどね。」
 「・・・はい。」
 「それと自己犠牲の精神は結構だが、自分の身はもっと大切に扱いたまえ。君が傷ついた事でリィズ君もカティア君も泣いていただろう。」

 確かにユルゲンの言う通りだ。身体を張ってカティアを守ったのはいいが、それでリィズとカティアを泣かせてしまったのも事実だ。
 あの時、殴られる前に監視カメラの存在を男たちにほのめかしていれば、また違った結果になっていたかもしれない。
 誰かを守るのは確かに大切だが、自分が傷つかないように尽力するのもまた大切な事なのだ。
 自分が傷付いた事で、自分を慕う誰かを悲しませる事になってしまうのだから。

 「次にリィズ君なんだけど、事件が起きてから警察への通報を的確に済ませた、君の冷静さや判断力、そして迷惑行為を働いた彼らを退けた胆力は評価出来るんだけど・・・。」
 「・・・・・。」
 「・・・その・・・幾らお兄さんが殴られて腹が立ったからといって、お客様が見ている前で唾を吐いたり、殺すとか暴言を吐くのは、さすがにちょっとまずかったかな。」

 ユルゲンに指摘されたリィズの全身から、漆黒のオーラが消え失せたのだった。
 確かにあれを見た周囲の客が、リィズやこの店に対して悪い印象を持ってしまってもおかしくは無い。あれで迷惑行為を働く男たちを追い出せたとはいえ、接客業を営んでいる以上は決して褒められた行為ではないだろう。
 とても落ち込んだ表情で、思わずうつむいてしまうリィズ。

 「アネット君はテオドール君の事が気になって調理を止めてしまったようだけど、気持ちは分かるが料理を待たされるお客様の事を考えると、決して褒められた行為ではなかったかな。」
 「・・・はい・・・。」
 「テオドール君とリィズ君が警察への通報や、迷惑行為を働いた彼らへの対応をしっかり行ってくれている以上、君は2人を信じて調理に集中すべきだったと思うよ。君の料理を待ってくれているお客様がいるんだからね。」

 あの時アネットはテオドールの事が気になって仕方が無かったのだが、それで結果的に客に料理を提供するのが遅れてしまったのだ。
 飲食店が必要以上に客を待たせるなど、あってはならない事だろう。最悪の場合、客が怒って帰ってしまう事にもなりかねない。

 「最後にカティア君なんだけど・・・まぁ君は被害者の立場にある人間なんだけどね。だけど胸を触られた後、もう少し毅然とした態度を取って貰いたかったというのが本音かな。テオドール君も言っていたが、うちはファミレスであって風俗店では無いのだからね。」
 「・・・・・。」
 「まぁいきなりあんな事されたんじゃ、気が動転してしまっても仕方が無いんだろうけどね。事件が起きた後の君の働きぶりは優秀だったし、気持ちの切り替えもきちんと出来ている。次から気をつけてくれれば何も問題は無いよ。」

 運営会社の幹部を勤めているだけあって、ユルゲンの指摘は至極真っ当で的確な代物だった。
 決して4人を責めている訳ではないが、さすがに幹部としての言葉の重みが違う。

 「・・・さて、反省会はここまでだ。次からはいよいよ本題に入らせて貰うが・・・。」
 「え?本題?俺たちをここに残したのは反省会の為じゃないんですか?」
 「それもあるけど、それはあくまでもついでだよ。僕がここに来たのは君とリィズ君に別の大事な話があるからなんだ。」

 とても真っ直ぐな瞳で、ユルゲンはテオドールとリィズをじっ・・・と見据えた。
 いきなりの事に、思わずたじろいてしまうテオドールとリィズ。そして・・・。

 「・・・最初に言っておくが、これは君たちがアイリスの知り合いだから言うのではない。君たちの能力と働きぶりを見させて貰った上で言う事なんだ。それを肝に銘じて欲しい。」
 「はぁ・・・。」
 「テオドール君、リィズ君・・・2人共高校を卒業したら、うちの会社で正式に正社員として働くつもりはないか?」
 「・・・はああああああああああああああああああああ!?」

 全く予想もしなかった話に、テオドールは思わず動転してしまった。
 今日あんな事があったにも関わらず、それをいきなり正社員とか。
 ユルゲンは穏やかな笑顔で、じっ・・・とテオドールとリィズを見つめている。

 「テオドール君。君はとても真面目で正義感が強くて勇敢な男だ。それにただ勇敢なだけの無謀な男ではなく、己の能力を弁えた上での冷静で適切な判断力も持ち合わせている。あの状況で混乱して下手な事をする者も多いというのに、君のような優秀な人材はそうそういる物ではないよ。」

 あの時、客の男に殴られた時・・・テオドールは下手にカッとなって殴り返そうとせず、ファミレスの店員としての毅然とした態度を決して崩さなかった。
 もしテオドールが男に手を出していたら、それこそ大問題になっていただろう。店としての信頼を失墜させ、最悪売り上げを落とす事にも繋がりかねなかったのだ。

 「リィズ君、君も同じだ。君は非常時に的確に動けるだけの冷静さと判断力、そして大の男が相手でも決して引かない胆力も持ち合わせている。それに君の料理の腕も実に見事だった。店長にレシピの改善まで提案してしまう程までにね。ただのバイトにしておくのは惜しい人材だよ。」
 「あの、ちょっと待って下さい、まだバイトを始めてから1日目なのに、いきなり俺とリィズを正社員にって・・・そんな事を急に言われても・・・」
 「勿論返事は急がないよ。君たちの将来に関わる事だからね。今はこの店でバイトしながら高校生活を満喫してくれればそれでいい。だけど前向きに考えてくれたら僕としては嬉しいな。」

 いつまでも非正規のまま、正社員になれずに苦しむ者も多いというのに、それをいきなり正社員に誘われたのだ。テオドールとリィズにとって、これ程ありがたい話はないだろう。
 だがそれでもテオドールには、即答出来ない理由があるのだ。

 「・・・その・・・誘ってくれたのは嬉しいんですが・・・実は俺も父さんから誘われてるんです。高校を卒業したら私の仕事を手伝わないかって。」
 「そうか。君たちの父上は一体どんな仕事をしているんだい?」
 「確か福祉関係の仕事だとか言ってました。勿論強制はしない、自分の信じた道を進めと言ってくれてるんですが・・・俺も正直どうしたらいいのか・・・。」
 「先程も言ったが返事は急がないから、ゆっくり考えてくれればそれでいいさ・・・それじゃあ今日はこれで解散にしようか。4人共引き留めてしまって本当に悪かったね。良かったら僕の車で家まで送ってあげるよ。」

 テオドールたちが店を出ると、もうすっかり日が沈んで夜になってしまっていた。
 バイト初日から本当に色々な事があって大変だったが、それでも自分の小遣いは自分で稼ぐとリィズの両親に豪語してしまっている以上、明日からも頑張らないといけない。
 だがテオドールがユルゲンの車の助手席に乗ろうとした、その時だ。

 「・・・あ、やっと出てきた。もう、タイムカードを押してから出てくるのが遅いわよ。一体何をやってたのよ。」

 先程テオドールに接客をほったらかしにされた女子高生が、む~っ、としながらテオドールに近付いてきたのだった。
 テオドールも彼女の顔は覚えていたようで、とても申し訳無さそうな表情になる。

 「その、すいません、接客を途中でほったらかしにしてしまって・・・でも、わざわざ俺の事を待ってたんですか?苦情なら別に店を通してでも・・・。」
 「苦情なんか無いし敬語もいらないわよ。私たちは同学年なんだから。テオドール君。」
 「・・・いや、何で俺の名前を知ってるんだよ?大体何で俺と同学年だなんて・・・。」
 「彼女が貴方の事をテオドールさんって呼んでたでしょ?それに叔父さんから貴方の事を色々と聞かされてたのよ。入学式初日に大活躍した学校の英雄だって。」
 「叔父さんって・・・まさか・・・。」
 「貴方の担任のヨアヒム・バルクは私の叔父なの。」

 女子高生はとても意味深な笑顔を見せながら、テオドールをマジマジと見つめてくる。
 その様子を見たリィズが全身から漆黒のオーラを放ちながら、物凄い形相で女子高生を睨み付けていたのだが・・・。

 「私はキルケ・シュタインホフ。この近くの聖ルミナス女学院に通う高校1年生よ。よろしくね、テオドール君。」
 「お、おう・・・。」
 「貴方はその辺のゲスな男たちは全然違う。とても勇敢で誠実で素敵な人なのね。とても気に入ったわ・・・貴方がここで働いてるなら、私も毎日ここに通おうかしら・・・ふふふ。」

 ちゅっ。
 キルケはテオドールと唇を重ねた。
 いきなりの出来事に唖然とするテオドール。そして。

 「・・・私は貴方に一目惚れしたの。だから私が貴方のハートを必ず射止めてみせる。覚悟しておきなさいね、テオドール君。うふふ。」
 「・・・はああああああああああああああああああああああ!?」
 「何ぃ!?テオドール君、君は将来アイリスと結婚するんじゃなかったのか!?」
 「いきなり何言ってるんですかユルゲンさん!!あれはアイリスが勝手に言ってるだけで、俺はまだ彼女と付き合うと決めた訳じゃ・・・!!」
 「死ねえええええええええええええええええええええ(激怒)!!」
 「リィズーーーーーーーーーーーーーーーーーー(泣)!!」

 仰天するテオドールたちを、キルケはとても可愛らしい笑顔で見つめていたのだった・・・。

5.その名は恋愛原子核


 「・・・以上が今回議題に上がった、1年3組テオドール・エーベルバッハに関するレポートです。」

 同じ頃・・・私立マブラヴ学園のシュター部の部室において、女子部員がプロジェクターに接続されたノートパソコンを使って、テオドールの極秘情報などをスクリーンに映し出していた。
 テオドールが入学式の日にカティアをお姫様抱っこする画像、昨日の夜にアイリスディーナにキスされる画像、昨日の昼休みにファムとアスクマンに追い掛け回される画像、今日の昼休みにリィズたちに拉致られる画像・・・。
 これらの様々なリア充画像を見せ付けられたシュター部の部員たちが騒ぎ出し、驚嘆と嫉妬の声が挙がる。
 そしてこの瞬間、ベアトリクスのスマホから鳴り響く着信音。

 「・・・私よ。どうしたの?カトリーヌ。」
 『すいません部長、たった今テオドール君に関しての新しい情報が届きました!!』
 「新しい情報ですって?」
 『画像送ります!!』

 ノートパソコンに送られた画像が、スクリーンに映し出される。
 それはたった今起こったばかりの、テオドールがキルケにキスをされる画像だった・・・。

 「・・・へぇ、中々やるじゃない彼。まさか他校の生徒まで虜にしちゃうなんて。ふふふ・・・。」
 『なおテオドール君、リィズちゃんの両名がアイリス先輩の兄君から、高校卒業後にアルバイトをしているファミレスの運営会社の、正社員として働かないかと誘われた模様!!』
 「分かったわ。今日はもう遅いから貴方はもう帰っていいわ。明日も引き続き彼らのネタを探って頂戴。」
 『了解しました!!あ、先輩、今日の昼食の日本料理、とても美味しかったです!!誘って頂いてありがとうございました!!それでは!!』

 ベアトリクスが通話を終えると、シュター部の部員たちの騒ぎが一層大きくなってしまった。
 特に今まで一度も女子にモテた事が無い男子部員たちからは、女子にモテまくっているテオドールに対しての凄まじい嫉妬と憎悪が激しくなってしまっている。

 まさか他校の生徒にまで手を出しやがるとは・・・!!
 絶対に許さない。絶対にだ。
 しかも卒業後の就職先まで確約とか、どんだけリア充なんだよ!?
 ギャルゲーの主人公かよ!?
 ば・・・馬鹿にしやがって・・・!!

 そんな男子部員たちの厳しい言葉が、スクリーンに映し出されるテオドールの画像に浴びせられたのだが。

 「・・・恋愛原子核ね。」

 ベアトリクスの言葉と同時に、部員たちの騒ぎが一瞬にして静まり返ってしまった。
 聞き慣れない言葉を前に、部員たちは意味が分からずに動揺してしまう。

 「中学時代は全然女子にモテなかった癖に、何故か高校に入ってから急にモテ出した・・・それも常識では有り得ない程の物凄い勢いでね。今のテオドールと全く同じ境遇の男子高校生が、日本にも1人存在していると聞いた事があるわ。」
 「そ、それは一体どういう人物なのでしょうか!?」
 「横浜にある高校の生徒らしいわよ。確か白銀武と言ったかしらね。彼は幼馴染や数人のクラスメイトだけではなく、担任の女教師にまで好意を持たれているという話よ。」
 「・・・なん・・・だと・・・!?」
 「さらには御剣(みつるぎ)財閥の跡取りである双子の姉妹までもが、彼と添い遂げる為にわざわざ他校から転校までしてきたんだとか・・・。」

 そのベアトリクスの言葉に、モテない男子部員たちの騒ぎが一層大きくなってしまった。
 羨ましい・・・憎い・・・妬ましい・・・そんな凄まじい憎悪と嫉妬が、遠く離れた日本にいるその男子生徒にまで向けられてしまう。
 そんな男子部員たちの情けない姿を、ベアトリクスは意味深な含み笑いをしながらマジマジと見つめていたのだったが・・・。

 「あの・・・て言うか、何で先輩がそんな事まで知ってるんですか?」
 「・・・貴方が気にする事・・・?」
 「し、失礼致しましたぁっ!!」

 ドヤ顔でベアトリクスに睨まれた男子部員が、その鋭い眼光の前に萎縮してしまい、思わず両手でちんちんを押さえてしまったのだった。

 「彼があまりにも非常識なまでに女子にモテまくるもんだから、その横浜の高校に赴任している女性教師が、興味本位で彼を研究したらしいんだけど・・・彼の女性を引き付ける魅力は細胞レベルにまで達している・・・その女性教師は彼の内に眠る力を『恋愛原子核』と名付けたそうよ。」
 「恋愛・・・原子核・・・」
 「テオドールも彼と同じね。別に意識して女子を口説こうとしている訳でもないのに、何故か女子の方から彼に大勢近付いてくる・・・これはもう才能とかいうチンケなレベルの話ではないわ。彼の存在その物が女子の心を虜にしてしまうのよ。まさしく彼もまた恋愛原子核の持ち主よ。」

 うおおおおおおおおおおおおおおお!!
 テオドール許すまじ!!
 俺も恋愛原子核が欲しい!!
 う・・・羨ましい・・・!!
 あいつマジで何様のつもりだよ!?

 テオドールに対して嫉妬と憎悪の感情を顕わにする男子部員たちを、ベアトリクスは「うっわー、こいつらマジでだらしねー(笑)」とか思いながら見つめていたのだったが。

 「で、本題はここからなんだけど・・・まだ公表はされてないのだけれど、今週の土曜日にヨアヒム先生が料理対決を開くという情報を掴んだの。」
 「料理対決?しかも今週の土曜日って、そんな急に何でまた・・・」
 「優勝者には翌日の日曜日に、テオドールとデートする権利を与えられるらしいのだけれど・・・。」

 一瞬の静寂の後、部員たちが思いもしなかった事に、戸惑いの表情でどよめいたのだが。

 「・・・その料理対決・・・私も出場するわ。」

 ドヤ顔で宣言するベアトリクスの言葉に、部員たちの騒ぎが盛大に大きくなってしまったのだった・・・。

最終更新:2016年04月30日 07:34