シュヴァルツェスマーケン・えくすとら♪

第3話「テオドール争奪・料理対決!!」(前半)


1.デートの権利を賭けて


 それはよく晴れた清々しい土曜日の昼・・・休日で人が少ない私立マブラヴ学園の、調理実習室での出来事だった。

 「・・・よし、これで全員揃ったな。先日テオドールに内緒で告知した通り、これからお前らには料理対決をして貰うからな。」
 「いやいやいやいやいや、朝飯と昼飯を抜いて昼に学校に来いって先生に言われたから何かと思えば、何でいきなりこいつらが料理対決する事になるんですか!?」

 ヨアヒムの言葉に、露骨に不服そうな態度を示すテオドール。
 そして他に調理実習室に集まったのは、リィズ、アイリスディーナ、カティア、アネット、ファム、キルケ、ベアトリクス、アスクマンの8人。
 彼らはテオドールに極秘で行われたヨアヒムの呼びかけに応じ、こうして休日の学校にわざわざ集まってきたのだ。
 全員が制服にエプロンを身に付け、それぞれに用意されたテーブルの前で待機している。
 テーブルの上には各員が独自に用意した、色とりどりの食材の数々が置かれていたのだが。

 「テオドール、リィズ、カティア、アネット。お前ら明日は確かバイト休みだったよな?」
 「え、ええ、明日は俺たち全員シフトから外れてますけど・・・。」
 「よし、ならば問題無いな。」
 「何が問題無いんですか!?て言うか何でそんな事まで先生が知ってるんですか!?」
 「ベアトリクスにお前らのシフト表を見せて貰ったからな。」
 「どうやって手に入れたんだよ!?シュター部怖えよ(泣)!!」

 テオドールの泣きそうな表情を、ベアトリクスはドヤ顔で見つめていたのだった。
 従業員のシフト表は事務所内にあり、決して客席からは見れないようになっている上に、ファミレスの従業員にはシュター部の部員も、その親族も存在しない。
 にも関わらずベアトリクスは、一体どうやってテオドールとリィズのシフト表を入手したというのか。
 と言うか、もう個人情報もプライパシーも何もあった物では無かった・・・。

 「テオドール。お前がこの学校に入学してから1週間・・・お前の事をずっと見させて貰っていたが、お前のモテっぷりは正直言って半端ではない。たった1週間でお前に好意を寄せる女子たちが、これだけ大勢現れやがる始末だ。本当に羨ましい奴だなおい。」

 何故かアスクマンまでいる事に、誰も突っ込みを入れないのは何故なのか。

 「しかも別の高校に通う俺の姪(キルケ)にまで手を出しやがって。馬鹿野郎この野郎。」
 「だからそれが何で料理対決に繋がるんですか!?」
 「そりゃあお前、こいつらが毎日毎日毎日毎日、四六時中お前を奪い合って見てられねえから、決着を付けさせる場を用意したに決まってるだろうが。」

 そう、ヨアヒムの言う通り、あれから壮絶なテオドールの奪い合いが、彼女たちの手によって毎日のように派手に繰り広げられているのだ。しかもそれは校内に限った話ではない。

 毎日のようにテオドールを起こしに来るついでに、何故か一緒に添い寝するアイリスディーナ。
 テオドールと一緒に過ごす時間を少しでも増やす為に、わざわざ自分と同じバイトに誘うアネット、そしてテオドールと同じファミレスでバイトするリィズとカティア。
 別の高校に通うキルケに至っては、わざわざテオドールに会う為に、テオドールがバイトするファミレスに毎日通い出す始末だ。

 さすがにこのままではまずいと思ったヨアヒムが、ひとまずの一区切りの決着の場を与える為に、こうして料理対決を開いたという訳だ。

 「料理対決の内容は至ってシンプルだ。お前らが自分で用意した食材を使った料理を、実際にテオドールに食べて貰う。そしてテオドールを一番満足させた奴が優勝だ。」
 「朝飯と昼飯を抜いて来いって、そういう事かよぉっ!?」

 テオドールの腹が、さっきから盛大に鳴り響いていたのだった・・・。

 「そして優勝者には明日の日曜日、テオドールと1日デートする権利を与える物とする。」
 「はああああああああああああああああああああああああ!?」
 「なお、お前に拒否権は無い・・・もし万が一お前が優勝者とのデートをすっぽかすような真似をした場合、罰として毎朝トイレ掃除を1週間やって貰うからな。」
 「横暴だ!!職権の乱用だ(泣)!!」

 というかトイレ掃除一週間分って、物凄くどうでもいい罰則のような気がするのだが・・・。
 泣き叫ぶテオドールを無視して、ヨアヒムは右手を高々と掲げ、大々的に宣言したのだった。

 「これより第1回、テオドール争奪・料理対決を開始する!!」
 「第1回って、第2回以降もあるのかよおっ(泣)!!」
 「選手宣誓!!リィズ・ホーエンシュタイン、前へ!!」
 「何この日本の高校野球みたいなノリ(泣)!?」

 ヨアヒムに促されたリィズが教壇の上に立ち、ヨアヒムと同じように右手を高々と掲げ・・・。

 「・・・宣誓!!我々選手一同は、お兄ちゃんへの愛に賭けて・・・どんな手段を用いてでも全員徹底的に叩きのめしてあげるから、アンタたちせいぜい無駄な足掻きをしておくがいいわ!!あはははははは!!」

 全身から漆黒のオーラを放ちながら、物凄い表情で宣言したのだった。

 「いや、そこはスポーツマンシップに則って、正々堂々と戦う事を誓えよ(泣)!!」
 「待っててね、お兄ちゃん・・・お兄ちゃんを満足させられるのは私しかいないって事を、お兄ちゃんに思い知らせてあげるんだから!!」
 「俺の話聞いてる(泣)!?」

 そしてリィズが自分の持ち場に戻ったのを確認したヨアヒムが、現在時刻を確認してストップウォッチを懐から取り出す。

 「現在時刻は12時20分、調理の制限時間は30分とする!!30分以内にテオドールを満足させられる料理を作ってみせろ!!それじゃあお前ら調理開始だ!!」

 ヨアヒムがストップウォッチを押したのを確認したリィズたちが、一斉に調理を開始する。
 今ここに、テオドールとのデートの権利を賭けた壮絶でしょーもない料理対決が、当の本人であるテオドールの承諾も無しに、勝手に開始されたのだった・・・。 

2.アイリスディーナの料理


 「・・・ところでベアトリクス。何故お前までもがこの料理対決に参加しているのだ?」

 リィズたちが物凄い勢いで調理を行う最中、アイリスディーナとベアトリクスだけは包丁にも食材にも全く手を付ける事なく、まるで調理を行っていなかった。
 アイリスディーナが厳しい視線を隣にいるベアトリクスに向けているのだが、当のベアトリクスは妖艶な笑みを浮かべながらアイリスディーナの視線を無視し、今にも腹が減って死にそうなテオドールを見つめている。

 「お前はテオドールには興味が無い、私の兄上が好きなのだと、以前私に言っていただろう。」
 「ええ、貴方の言う通り、私が好きなのはユルゲンよ。あの坊やには正直言って興味無いわ。」
 「ならば何故私の邪魔をするような真似をする?互いに互いの恋の手助けをすると、先日互いに誓い合ったばかりではないか。」
 「それは彼が恋愛原子核の持ち主だからよ。」
 「・・・な・・・!?」 

 突然聞きなれない言葉を耳にした事で、戸惑いの表情を隠せないアイリスディーナ。

 「恋愛原子核だと!?何だそれは!?」
 「貴方は彼を見て一度でもおかしいとは思わなかったの?先生も言っていたけれど、彼はこの短期間であれだけの数の女子を虜にしてしまった・・・これはもう異常だとしか言いようがないわ。」
 「・・・それは・・・テオドールがそれだけの魅力の持ち主だというだけの話だ。」

 アイリスディーナとて、リィズたち恋敵に対して嫉妬の感情があるのは否定はしない。
 だが、だからこそテオドールへの愛が一層深まるという物だし、リィズたちの本気の「想い」もよく理解しているつもりだ。
 恋愛原子核だか何だか知らないが、自分やリィズたちと違ってテオドールと特に親しくもない癖に、そんな訳の分からない事を言われる筋合いは無い。

 「・・・ベアトリクス。お前はテオドールとまともに接した事が無いから・・・」
 「それだけの魅力の持ち主・・・本当にそれだけだと思う?ただ魅力的な男子だからというだけで、あれだけの数の女の子が一斉に彼に集まるとでも?そんなの絶対に有り得る訳が無いわ。」

 ベアトリクスは先日シュター部の部活動中に部員たちに話した、恋愛原子核に関する持論をアイリスディーナにも説明したのだった。

 日本の横浜に存在する高校に、今のテオドールと似たような境遇の男子生徒がいる事。
 その男子生徒は幼馴染やクラスメイトの数人の女子、さらには担任の女性教師まで虜にしてしまっているという事。
 おまけに世界的な資産家である御剣財閥の双子の姉妹までもが、その男子生徒と添い遂げる為だけに、わざわざ他校から転校してきた事。
 しかも、その男子生徒は特に女子を口説こうとしてる訳でもなく、本人の自覚も無しに勝手に女子たちが集まっているという事。

 そのあまりに常識を逸しているモテっぷりに興味を抱いた、その高校の学年主任を務める女性教師が興味本位で男子生徒を調べた所、その男子生徒のモテっぷりは細胞レベルにまで達している事が判明した事。
 そんな男子生徒がその身に宿す特性を、彼女が「恋愛原子核」と名付けた事。

 「・・・で、仮にテオドールがその白銀武と同じ、恋愛原子核とやらの持ち主だとして・・・仮にお前がこの料理対決で優勝したとして、お前はテオドールを一体どうするつもりなのだ?」

 ベアトリクスはテオドールには一切興味が無い、愛しているのはユルゲンだけだとアイリスディーナに公言しているのだ。
 なのに今回のテオドールとのデートを賭けた料理対決に参加し、しかも本気で優勝を狙っている・・・一体何を企んでいるのか。
 この矛盾を孕んだベアトリクスの行動に、アイリスディーナは言いようの無い不安を感じていたのだが・・・。

 「まさかお前までもがテオドールに恋焦がれたという訳でも無いだろう。なのに一体どういうつもりなんだ?」
 「私が優勝を目指す目的は、彼の研究の為よ。」
 「な・・・研究だと!?」

 放たれたベアトリクスの返答は、アイリスディーナが全く予想もしていなかった、とんでもない代物だった。

 「私が優勝した暁には彼を私の自宅に招待し・・・彼がその身に宿す恋愛原子核を徹底的に分析させて貰うわ。」
 「・・・ベアトリクス・・・貴様・・・!!」
 「そう、私は彼に興味は無い・・・私が興味があるのは、彼がその身に宿す恋愛原子核だけよ。」

 リィズたちはテオドールに対して本気で恋愛感情を抱いており、明日のデートの為に真剣に調理に取り組んでいる。
 そんなリィズたちに混じってベアトリクスはテオドールに興味が無いと言い放ち、テオドールを研究する為に大会に参加したというのだ。
 テオドールがベアトリクスに何をされるか分かった物ではないというのもあるが、これはリィズたちのテオドールへの「想い」に対する侮辱に他ならない。それがアイリスディーナにはどうしても許せなかった。

 「彼がどんな経緯で恋愛原子核を宿す事になったのか、恋愛原子核が周囲にどれだけの影響を及ぼす物なのか、どれ程の効力を持つ物なのか・・・私は凄く興味があるのよ。」
 「・・・ベアトリクス。やはり私は、お前とアスクマンにだけは優勝させる訳にはいかないようだ。」

 ベアトリクスに対して、敵意をむき出しにするアイリスディーナ。
 そんなアイリスディーナの厳しい視線を、ベアトリクスは余裕の表情で受け流す。
 調理開始から既に5分が経過したというのに、相変わらずアイリスディーナもベアトリクスも、全く包丁や食材に手を付けていなかったのだが・・・。

 「あ~ら、今までまともに包丁を持った事も無い貴方が、一体どうやって私に勝つというのかしら?これはあくまでも料理対決なのよ?」
 「そうだな、私は今まで料理など一度もした事が無い。」
 「見た限りでは相当高価な食材ばかりを用意したみたいだけど、それも料理人が活かせなければ何の意味も無いのよ?」
 「確かにお前の言う通りだ・・・だがなベアトリクス・・・誰が『私が調理する』と言った?」
 「な・・・何ですって!?」

 アイリスディーナが勝ち誇った笑顔で、指をパチン!!と鳴らすと・・・ガラガラガラと勢い良く扉が開け放たれ、先程から待機していた3人のコック姿の料理人の男性たちが、一斉にアイリスディーナの元に駆け寄り、跪いたのだった・・・。
 彼らは3人共ベルンハルト家の使用人たちであり、一家の毎日の料理全般を任されているプロの料理人たちだ。
 全員がドイツの有名な料理大会で優秀な成績を収めた程の凄腕であり、その手腕を高く評価されベルンハルト家にスカウトされ、今も専属の料理人として働いているのだ。

 「・・・お前たち。」
 「「「はっ!!」」」
 「・・・やれ。」
 「「「承知致しました!!お嬢様!!」」」

 アイリスディーナの号令の元、3人の料理人たちが物凄い勢いで目の前の食材を捌いていく。
 そのまさかの光景に、さすがのベアトリクスも動揺を隠せないでいた。
 アイリスディーナは全く包丁や食材に手を付ける事なく、余裕の態度で腕組みをしながら、勝ち誇った笑顔で彼らの調理を見守っているのだが・・・。 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!自分で調理せずにプロの料理人に全部やらせるって、これってどう考えても反則じゃないの!?ねえってば!!」
 「いやいやいやいやベアトリクス。ヨアヒム先生は確かにこう仰られていたぞ。」

 『料理対決の内容は至ってシンプルだ。お前らが自分で用意した食材を使った料理を、実際にテオドールに食べて貰う。そしてテオドールを一番満足させた奴が優勝だ。』

 「そうよ!!だからプロの料理人に任せるなんて卑怯だと私は・・・!!」
 「卑怯?ヨアヒム先生は『自分で食材を用意しろ』と言っただけであって、『自分の手で調理しなければならない』などとは、ただの一言も言っていないのだがなあ?」
 「・・・はああああああああああああああああああああああ!?」

 アイリスディーナは物凄い笑顔で、ベアトリクスに物凄い反論をしたのだった・・・。
 そう、確かにアイリスディーナの言う通りだ。
 ↑のヨアヒムの言葉をもう一度読み返してみれば分かるが、ヨアヒムがアイリスディーナたちに要求したのは『自分で用意した食材を使え』という事だけだ。『自分で調理しろ』などとは確かに一言も言っていない。

 「そ、そんなのは屁理屈よ!!料理対決なんだから自分で調理しないと駄目に決まっているでしょう!?」
 「負け惜しみなど見苦しいぞベアトリクス。他人に調理を任せるのが禁止だと、ヨアヒム先生がいつそんな事を言った?」
 「ぬぐぐぐぐぐぐ・・・!!」

 悔しがるベアトリクスだったが、そうこうしている内に3人の料理人たちの手によって、あっという間に料理が出来上がってしまった。
 料理人たちの手によって、今にも腹ペコで死にそうなテオドールに差し出されたのは、とても美味しそうな香りが漂う高級肉料理。

 「お待たせ致しましたテオドール様。ウインナーシュニッツェルとレーバーケーゼ、ミュンヘナーヴァイスブルストをメインに、シュパーゲルとクネーデルにオランデールソールを添えさせて頂きました。」

 なんか凄く長ったらしい名前の、よく分からんメニューが出た。

 「リィズ。お前が先程言った言葉をそっくりそのまま返してやろう。どんな手段を使ってでもお前たちを徹底的に叩きのめすとな。」
 「・・・・・。」
 「お前も確かに兄上が絶賛する程の料理人のようだが、それでも所詮は家庭料理の域を出ないアマチュアだ。正当な修行を積んだ彼らプロには到底敵うまい。」
 「・・・・ふふふ・・・。」
 「ヨアヒム先生が料理対決を持ちかけた時点で、既に私の勝ちは決まっていたのだよ!!はーーーーーーっはははははははは!!」

 勝ち誇るアイリスディーナを尻目に、テオドールは黙々と高級肉料理を口にしたのだが。
 一口食べ終えた所で、突然テオドールがナイフとフォークをテーブルの上に置いたのだった。

 「・・・うーん、なんか違うんだよなあ・・・。」

 そしてテオドールは戸惑いの表情で、不満そうな態度を示す。
 その予想外のテオドールの態度に、アイリスディーナの表情から先程までの余裕が消え失せていった。

 「な・・・一体どういう事なんだテオドール!?何か嫌いな物でも混ざっていたか!?」
 「いや、凄く美味いよ。美味いんだけどさあ・・・なんか食った気がしないというか・・・。」
 「食べた気がしないだと!?一体どういう事なんだ!?」

 彼らは全員が有名な料理大会で優秀な成績を収めた、プロの料理人なのだ。
 そんな彼らが、致命的な調理ミスなど犯す訳が無い・・・アイリスディーナは一体何がそんなに不満なのか理解出来なかったのだが・・・。

 「いや、そういう事じゃなくてさ・・・確かに料理自体は凄く美味いよ。だけどあまりにも高級過ぎて、なんか食べた気がしないっていうか・・・勿体無いっていうか・・・」
 「・・・なん・・・だと・・・!?」

 テオドールの言葉に、驚愕の表情を隠せないアイリスディーナ。
 そう、確かに彼らが作った料理は、まさしくプロの手によって生み出された高級料理その物だ。
 素材自体も一般市民には簡単に手が出せない高級品が使われているし、その素材の旨みもプロの手によって最大限に引き出されている。

 だが彼らの高級料理を日常的に食べているアイリスディーナとは違い、テオドールが居候させて貰っているホーエンシュタイン家は、ごく普通の収入の一般的な中流家庭・・・悪い言い方をすれば「庶民」なのだ。
 そんなホーエンシュタイン家で暮らしているテオドールが、突然こんな長ったらしい名前の高級料理を出されよう物なら、あまりに高級過ぎて逆に引いてしまうのも無理も無いという物だろう。 

 「テオドールお前、貧乏性にも程があるだろう!?」
 「・・・ふふふ・・・ふふふふふ・・・あはははははははははははは!!」

 その様子を先程から米を炊きながらドヤ顔で見つめていたリィズが、戸惑いを隠せないアイリスディーナの姿を見て高笑いした。 

 「アイリス。アンタはやっぱりお兄ちゃんの事を何も理解していなかったみたいね。」
 「な・・・何だと・・・!?」
 「確かにこの人たちの実力は認めるわ。だけどどれだけ高級料理を出そうが、お兄ちゃんを満足させられなければ意味が無いの・・・高級料理という選択をした時点で、アンタの負けは最初から決まっていたのよ!!」
 「・・・ば・・・馬鹿な・・・っ・・・!!」

 驚愕の表情で崩れ落ちるアイリスディーナを、リィズは物凄い笑顔で見下していたのだった・・・。

3.アネットとファムの料理


 「申し訳ありませんお嬢様!!私たちの力が足りなかったばかりに、お嬢様に恥をかかせてしまいました!!」

 とても申し訳無さそうな表情で、アイリスディーナに頭を下げる料理人たち。
 だがそんな3人をアイリスディーナは全く責める事無く、穏やかな表情で優しく包み込んだ。

 「お前たちのせいではない。お前たちは本当に最高の料理を作ってくれた。」
 「ですが・・・!!」
 「リィズの言う通りだ。これはテオドールの好みを把握していなかった、私のメニューの選択ミスが招いた結果だ。」
 「お・・・お嬢様・・・!!」

 テオドールが残した長ったらしい名前の、訳の分からない高級肉料理を食べながら、無様に敗北したアイリスディーナはリィズたちの調理する光景を見つめていたのだが。
 その光景を見ていたリィズが全身から漆黒のオーラを放ちながら、物凄い表情でアイリスディーナに突っかかってきたのだった。

 「ちょっとアイリス!!それってお兄ちゃんとの間接キスなんじゃないの!?」
 「何だリィズ、鍋に火をかけたまま放置していてもいいのか?折角の料理が焦げてしまっても知らないぞ?」
 「お生憎様!!お米を炊く時間ならちゃんと計算してます!!それよりも私を差し置いてお兄ちゃんと間接キスなんて許さないわよ!!」
 「これは私の使用人たちが作った料理だ。だから私が処分するのは至極当然の事だ。」
 「抜け駆けは許さないわよ!!私にも食べさせなさいよぉっ!!」
 「駄目だ絶対に渡さん!!」

 アイリスディーナとリィズがしょーもない争いをしている最中、料理を完成させたアネットが颯爽とテオドールに料理を差し出してきた。
 どうやらアネットの料理も、アイリスディーナと同様の肉料理のようなのだが・・・。

 「さあテオドール、どうぞ召し上がれ。」
 「・・・こ・・・これは・・・!!」
 「私はアイリス先輩のようなミスはしないわ。やっぱり料理と言うのは単純明快じゃないとね。」

 アネットが作った料理は、とても豪快かつシンプルな代物だった。
 両側から鶏肉の大きな骨が豪快に突き刺さった巨大な肉の塊が、焼きたての鉄板の上でジュージューと派手な音を立てて、もう今にも肉汁が零れ落ちそうな勢いだ。

 「・・・マ・・マンガ肉・・・だと・・・!?」

 驚愕の表情で、テオドールは目の前の肉の塊を見つめていたのだった。

 「マンガ肉とは何だ!?テオドール!?」
 「マンガ肉と言ったらマンガ肉だ!!それ以上でもそれ以下でも無いんだあっ!!」

 聞いた事の無い名前の料理に戸惑いの表情を隠せないアイリスディーナを尻目に、テオドールは豪快にマンガ肉にかぶりついたのだった。
 絶妙な焼き加減で焼かれた肉の塊から解き放たれた肉汁が、テオドールの口の中に一斉掃射されていく。

 「ま、まさかマンガ肉の実物を、実際にお目にかかる日が来ようとは!!」
 「この間、店長にも提案したんだよね。マンガ肉をメニューに入れられないかって。」
 「うおおおおおおおおおおおおおお!!美味い!!美味いぞおおおおおおおおおおおおっ!!」
 「シンプル故に調理も楽だしコストも抑えられるから、低価格で出せるんじゃないかって店長に言ったら、これは面白い、上層部に伝えておくって褒められたのよ。」
 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 素材もアイリスディーナの料理とは違い、その辺のスーパーで安売りされている代物だ。
 だからこそテオドールも、変な遠慮をせずに豪快に食べられるのだろう。
 とても美味しそうにマンガ肉にかぶりつくテオドールを見て、自分の料理をまともに食べて貰えなかったアイリスディーナは、とても悔しそうな表情を見せたのだった。

 「リィズ。アンタの言う通りだわ。テオドールの事をちゃんと理解している人こそが、この戦いの勝者となる・・・私はテオドールの性格なら下手に高級な食材を使った料理よりも、こういった手軽に食べられる料理を選んでくれると、最初から確信していたのよ。」
 「・・・・・。」
 「アンタには悪いけど、テオドールと明日デートするのはこの私よ。アンタが今から何を作ろうとしてるのかは知らないけれど、見なさいよこのテオドールの満足そうな顔・・・。」
 「・・・ふふふ・・・。」
 「アンタの言葉をそっくりそのまま返してあげる。せいぜい無駄な足掻きをするがいいわ!!はーーーーーーっはははははは!!」

 勝ち誇るアネットを尻目に、テオドールが豪快にマンガ肉を完食したのだが・・・その時だ。

 「・・・た・・・炭水化物・・・」
 「・・・え?」

 突然テオドールが、とても苦しそうな表情を見せたのだった。

 「炭水化物!!炭水化物が食いてええええええええええええええええええええええ!!」
 「ちょっとテオドール、いきなりどうしたのよ!?」
 「炭水化物!!誰か炭水化物をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 悶え苦しむテオドールに、訳が分からないといった表情のアネット。
 あれだけテオドールに満足して貰えたのに、一体自分の料理の何がいけなかったのか・・・。

 「・・・ふふふ・・・ふふふふふ・・・あはははははははははははは!!」
 「な・・・リィズ!?」

 だがその様子を見ていたリィズが、初めからこうなる事が分かっていたと言わんばかりの勝ち誇った笑顔で、鍋の中に切り刻んだ野菜を入れながら、アネットに威風堂々と告げたのだった。

 「・・・アネット。私は同じファミレスのキッチンで働く貴方なら、もう少し歯応えがあると思っていたんだけどね。なのに結局はその程度・・・貴方には失望させられたわ。」
 「何ですって!?リィズ・・・!!」
 「貴方のマンガ肉は、栄養のバランスが全然整っていないのよ。」
 「そんな馬鹿なはずがないわ!!ちゃんとこうして野菜だって添えて・・・!!」
 「あれだけの肉の塊だもの。ちょっと野菜を添えただけじゃ、マンガ肉の強烈なインパクトを鎮められないわ。結局の所、所詮は脂肪とたんぱく質と鉄分の塊に過ぎない・・・これではお兄ちゃんが炭水化物を欲しがって当たり前よ。」
 「・・・っ!?」

 リィズの言葉で、アネットは驚愕の表情でその場に崩れ落ちたのだった。
 テオドールを満足させる・・・それだけに拘り過ぎて、アネットはそういった細かい所にまで気を回せなかったのだ。

 「ば・・・馬鹿な・・・っ・・・!!」
 「この時を待っていたわ。アネットちゃん。」
 「な・・・ファム先輩!?」
 「さあテオドール君。どうぞ召し上がれ。」

 とても勝ち誇った笑顔で、ファムは炭水化物不足で苦しむテオドールに料理を提供したのだった。
 お椀の中に入っているのは、どうやら様々な肉と野菜を具材とした、透明な麺類のようなのだが・・・。

 「こ、これは・・・!?」
 「ブンボーフエよ。私の故郷のベトナムでの郷土料理なんだけど、お米で作った麺と言えば分かりやすいかしら?」
 「米!?米!?炭水化物!?」
 「そうよテオドール君が欲しがってる炭水化物よ。さあテオドール君、存分に味わって♪」
 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 喜びを顕わにするテオドールを見て、ファムは勝ち誇ったかのようなドヤ顔をアネットに見せたのだった。
 アネットが用意した食材を見た時点で、ファムはアネットが豪快な肉料理を出す事も、アネットの料理を食べたテオドールが炭水化物を欲するであろう事までも確信していたのだ。
 だからこそファムは、テオドールがアネットの料理を食べ終わるタイミングで米麺を出せるように、わざと意図的に調理を遅らせていたのだ。

 この料理対決は「テオドールを一番満足させた者」が優勝・・・それさえ満たせば過程などどうでもいい。
 そう・・・自分の料理でテオドールを一番満足させる為に、ファムはアネットを踏み台にしたのだ。
 ファムの意図を察して悔しがるアネットだったが・・・テオドールが麺を口にした瞬間。

 「・・・ぶううううううううううううううううううううううううううううううううう(泣)!!」

 突然テオドールが泣きそうな表情で、麺を盛大に吐いたのだった。
 予想外の出来事に、ファムは戸惑いを隠せない。

 「ちょ、テオドール君、一体どうしたの!?」
 「ファム先輩、アンタ、この麺の中に何を入れたんだよ!?」
 「何って・・・もう、私の口から言わせる気・・・?」

 顔を赤らめながら、ファムはとても恥ずかしそうに告げたのだった。

 「・・・私の、愛e」
 「うわああああああああ、うわああああああああああああああああ(泣)!!」

 泣きそうな表情で慌ててうがいをするテオドールを見て、戸惑いを隠せないファム。

 「テオドール君ったら酷いわ!!私が心を込めて作った料理なのに!!」
 「いや心を込め過ぎて重過ぎるわ!!アンタこれ実際に食ってみろよ!!」
 「食べてみろって・・・だってベトナム料理なら私の得意とする所・・・」

 ファムがテオドールにまともに食べて貰えなかった麺を、怪訝そうに口にした瞬間。

 「・・・ぶううううううううううううううううううううううううううううううううう(泣)!!」

 泣きそうな表情で、盛大に麺を吐いたのだった・・・。

最終更新:2016年05月29日 07:56