シュヴァルツェスマーケン・えくすとら♪

第3話「テオドール争奪・料理対決!!」(後半)


4.カティアとキルケ、ベアトリクスの料理


 「ったく、どいつもこいつも情けねえ奴らなぁ。テオドールの事を少しも満足させられてねえじゃねえかよ。」

 先程から腹を空かせたままのテオドールの泣きそうな表情を見て、ヨアヒムは呆れた表情で溜め息をついたのだった。
 試合開始から既に15分が経過したのだが、先攻したアイリスディーナ、アネット、ファムのいずれの料理もテオドールを満足させるには至っていない。

 プロの料理人に作らせた高級料理を、勿体無いという理由で拒絶されたアイリスディーナ。
 高たんぱく質、高脂質のマンガ肉を炭水化物不足で拒絶されたアネット。
 名状しがたい何かを入れたせいで米麺を拒絶されたファム。

 彼女たち3人が無様に敗北する姿を、先程からリィズが物凄い笑顔で見下していたのだが。

 「・・・次は私の番のようですね。」

 そんな3人の姿を目の当たりにしてもなお、自信に満ち溢れた表情を崩さないカティアが、テオドールに料理を差し出してきた。
 皿の上に綺麗に並べられたカティアの料理・・・それは・・・。

 「アネットさんもファム先輩も、料理のインパクトに拘り過ぎなんですよ。やっぱり料理というのは質素で素朴な物が一番です。」
 「・・・こ・・・これは・・・!?」
 「スタッフド・ピーマンです。さあテオドールさん、どうぞ召し上がれ♪」

 一般家庭でも普通に食されている、極々普通の家庭料理・・・ピーマンの肉詰めだった。
 真っ二つに両断された鮮やかな緑色のピーマンに、丸め込まれた鶏の挽肉がしっかりと詰め込まれ、蒸し焼きにされた事で肉汁がピーマンの中から逃げずにしっかりと閉じこもっている。
 タレも市販の物ではなく、ケチャップと醤油をベースにしたカティアの手作りの代物のようだ。さらに味のアクセントとして、ゴマ油とブラックペッパーも使われている。
 まさしく完璧なピーマンの肉詰め・・・適度に焼かれた挽肉から漂う香りが、テオドールの食欲を刺激したのだが・・・。

 「・・・た・・・食べられない・・・っ・・・!!」
 「え!?」

 目から涙を流しながら、テオドールはピーマンの肉詰めを一口も食べる事無く、ナイフとフォークをテーブルの上に置いたのだった。
 その予想外の事態に、戸惑いを隠せないカティア。

 「そんな、一体どうしてなんですか!?テオドールさん!?」  

 自分の調理にミスは無かったはず。自分でも自画自賛してしまう程の、テオドールへの愛情をたっぷりと込めた、最高のピーマンの肉詰めが出来たはずなのに。

 「・・・ふふふ・・・ふふふふふ・・・あはははははははははははは!!」
 「な・・・リィズさん!?」

 だがその様子をフライパンでハンバーグを焼きながら物凄い笑顔で見つめていたリィズが、初めからこうなると分かっていたと言わんばかりに、誰もが予想もしなかったとんでもない理由を語ったのだった。

 「残念だったわねカティアちゃん・・・お兄ちゃんはね、ピーマンが大の苦手なのよ!!」
 「はああああああああああああああああああああああああああ!?」

 あまりにしょーもない理由に、カティアは口をポカーンと開けて唖然としてしまう。
 そして涙を流しながら、テオドールはピーマンの肉詰めを激しく拒絶したのだった・・・。

 「この料理対決で勝負を決めるのは、お兄ちゃんを満足させる事・・・どれだけ最高のスタッフド・ピーマンを作ろうが、それでお兄ちゃんを満足させられなければ何の意味も無いわ。」
 「くっ・・・!!」
 「スタッフド・ピーマンというメニューを選択した時点で、既にカティアちゃんの敗北は決まっていたのよ!!あはははははははははは!!」

 物凄い笑顔で高笑いするリィズを見て、カティアはとても悔しそうな表情を見せる。

 「テオドールさん、もう高校生にもなって何子供みたいな事言ってるんですか!?」
 「嫌だああああああああ!!ピーマンだけは絶対に嫌だあああああああああああ(泣)!!」
 「好き嫌いは駄目ですよテオドールさん!!ほら口を開けて下さい!!」

 そう言ってカティアはフォークをピーマンの肉詰めにぶっ刺し、無理矢理テオドールに食べさせようとする。

 「はい、テオドールさん、あーん(激怒)!!」
 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあああああああああああああああああ(泣)!!」

 こんなはい、あーんは嫌だ・・・。
 カティアの両手首を掴んで必死に抵抗するテオドールだったのだが、そこへキルケが自信に満ちた笑顔で、颯爽とテオドールの前に立ちはだかったのだった。

 「全くカティアちゃんったら、テオドール君が嫌いな物を無理矢理食べさせようとするなんて、幾ら何でも酷過ぎるにも程があるわ。」
 「な・・・キルケさん!?」
 「さすがにこのメニューなら、食べられない人なんてそうそういないと私は思うのだけれど?」

 キルケがテオドールに提供したのは・・・これまたカティアのピーマンの肉詰めと同様の、極々普通の家庭料理・・・オムライスだった。
 焦げ目1つ無い完璧な焼き加減の、色鮮やかな黄金色のふわふわの玉子も見事だが、何よりも特徴的なのは一般的なチキンライスではなく、ドライカレーを使用しているという点だ。
 ふわふわの玉子の甘みとドライカレーのピリ辛が、口の中で絶妙にマッチするのは間違いない。
 そのドライカレーから放たれる香ばしい香りが、今にも腹ペコで死にそうなテオドールの食欲を刺激する。
 そしてオムライスにはケチャップで、可愛らしい猫のイラストが無駄に器用に描かれていたのだが。・・・

 「さあテオドール君、どうぞ召し上が・・・」
 「・・・た・・・食べられない・・・っ!!」
 「・・・え!?」

 涙を流しながらテオドールは、スプーンをテーブルの上に置いたのだった・・・。
 予想外の出来事に、キルケは戸惑いを隠せない。

 「幾ら何でも酷過ぎるぞキルケ・・・!!これを食べるなんて残酷な事、俺に出来るわけねえじゃねえかよおおおおおおおおおおおおおっ(泣)!!」
 「残酷って、一体何を訳の分からない事を言ってるのよ!?」

 テオドールの言っている事が全くもって理解出来ない。このオムライスを食べる事の一体どこに『残酷』な要素が含まれているというのか。
 テオドールが嫌いなピーマンは全く使っていないし、全く調理ミスが無い完璧なオムライスを作ったはずだ。
 だがその様子を皿にご飯を盛りつけながら見ていたリィズが、まるで初めからこうなると分かっていたと言わんばかりに、物凄い笑顔でキルケに真相を語ったのだった・・・。

 「残念だったわねキルケ。お兄ちゃんはね・・・大の猫好きなのよ!!」
 「はああああああああああああああああああああああああああ!?」

 ケチャップでオムライスに無駄に器用に描かれていたのは、とても可愛らしい猫のイラストだ。
 それ故に猫好きのテオドールには、どうしてもこれを食べる事に抵抗を感じてしまうという訳だ。
 このオムライスにスプーンをぶっ刺すという事は、この可愛らしい猫のイラストをぐちゃぐちゃに崩してしまう事を意味するのだから。

 「ちょ、猫好きって・・・えええええええええええええええええええええ!?」
 「確かに貴方のオムライスは見事な代物だったわ。だけどオムライスに猫のイラストを描いた時点で、既に貴方の敗北は決まっていたのよ!!あはははははははは!!」
 「そんな馬鹿なああああああああああああああああああああああああっ!!」

 その場に崩れ落ちるキルケを尻目に、今度はベアトリクスが威風堂々とテオドールの前に立ちはだかったのだった。
 だが何故かベアトリクスは、その手に何も料理を手にしていない。
 とても妖艶な笑みを浮かべながら、今にも腹ペコで死にそうなテオドールを見つめている。

 「全く、どいつもこいつも情けないにも程があるわね。料理という物の本質をまるで分かっていない連中ばかりで笑ってしまうわ。」
 「ちょっとベアトリクス先輩、料理の本質って、先輩は何も作ってないじゃないですか!!」

 そう・・・リィズの言う通り、ベアトリクスは先程から全く料理を作っていないのだ。
 ただ威風堂々とドヤ顔で、テオドールたちが騒ぐ光景を見つめていただけだ。
 アイリスディーナのようにプロの料理人に作らせるという訳でもない。それ所か彼女のテーブルには食材自体が用意されていなかったのだ。
 それなのに一体何をテオドールに提供しようというのか。

 「貴方達は何も分かっていないみたいね。そもそも男の子が本当に喜ぶ物が一体何なのかを。何を提供すれば喜んで貰えるのかを。」
 「何ですって・・・!?」
 「うふふふふ・・・。」

 だがベアトリクスがテオドールに『提供』しようとした物・・・それは誰もが予想もしなかったとんでもない代物だった・・・。

 「・・・ねえ、テオドール・・・。」
 「な・・・何すか?ベアトリクス先輩・・・。」
 「・・・私を、食・べ・て♪」

 突然ベアトリクスはエプロンを脱ぎ捨てて制服のボタンを外し、テオドールの右手を自らの豊満な胸に当てたのだった。
 柔らかくて温かいベアトリクスの胸の感触が、ダイレクトにテオドールの右手に伝わってくる。

 「あ、えあ、あ、おうお、あ、はいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 いきなりの出来事にテオドールは頭の中が真っ白になり、興奮のあまり目をグルグルさせてしまったのだった。

 「ちょっとベアトリクス先輩!!お兄ちゃんに何やってるんですかあああああああああああ!?」
 「この間買った少女漫画に載っていたのよ。こうすれば男の子は最高に喜んで貰えるってね。」
 「はああああああああああああああああああああああああ!?」
 「貴方も言っていたように、この料理対決の本質はテオドールをどれだけ満足させられるかが鍵になるわ。これで満足しない男の子なんて、アスクマンのような余程の変態でも無い限り、そうそういないと思うのだけれど?」
 「いや満足も何も、最早料理対決ですら無いわあああああああああああああああああっ!!」

 鍋の中身を味見しながら文句を言うリィズを完全に無視し、テオドールの右手をしっかりと掴んで自らの豊満な胸から決して逃がさないベアトリクスだったのだが。
 何故なのだろう。こうしてテオドールに胸を触られると、何だかとても胸が高まってくる。とても愛おしい気持ちになってくる。
 今までシュター部の男性部員たちに面白半分で胸を触らせて、からかってみた事があったのだが、それでもこんな気持ちになった事は今まで一度も無かったというのに。

 (・・・そ、そんな、駄目よ、私にはユルゲンという心に決めた人が・・・そ、それなのに・・・っ!!)
 「ベアトリクス先輩、もう勘弁して下さいよおおおおおおおおおおお(泣)!!」
 (な、何なのよこれ・・・!?何だか彼の事がとても愛おしく思えてくる・・・!!こんな・・・こんなのって・・・!!)

 先程までテオドールを見下した態度を取っていたベアトリクスだったのだが、いつの間にか完全にテオドールに対して慈愛の表情を見せるようになってしまっていた。
 うるうるした瞳で右手を離してくれと懇願するテオドールの表情、そして自分の胸を触るテオドールの右手の感触が、どんどん愛おしく感じられてしまう。
 もっと私に触れて欲しい、もっと私を感じて欲しい、もっと、もっと、もっと・・・もっと!!

 (し、信じられない・・・これが・・・これが恋愛原子核の力だというの!?)
 「・・・おい、ベアトリクス。ちょっといいか?」

 だがそこへ物凄い表情のアイリスディーナがベアトリクスの右手を掴み、そのままズルズルとベアトリクスを教室の外へと連行してしまったのだった。

 「ちょっとアイリス、何するのよぉっ!?」
 「いや、今後の事について、ちょっとお前と話し合う必要が出たと思ってな。」
 「ああん、そんな、ちょっと待って、テオドールううううううううううう!!」
 「・・・この浮気者が。」
 「嫌ああああああああああああああああああああ!!」 

 アイリスディーナに無様に引きずられながら、必死にテオドールに手を伸ばす情けないベアトリクスの醜態を、リィズたちが唖然とした表情で見つめていたのだった・・・。

5.リィズとアスクマンの料理


 「・・・ま、まあ、羨まし・・・あ、いや、とんでもない出来事があった訳だが・・・これでまだテオドールに料理を出してないのはリィズとアスクマンだけだな。制限時間は残り10分を切った訳だが・・・。」

 馬鹿が・・・!!無様に敗北したアイリスディーナたちを嘲笑うかのような物凄い笑顔で、ヨアヒムの言葉と同時にリィズが颯爽とテオドールの前に立ちはだかったのだった。
 未だベアトリクスの胸の感触の余韻に浸ってしまっているテオドールだったのだが・・・リィズが提供した料理の香りを嗅いだ瞬間、その余韻が一気に吹き飛ばされてしまう。

 「やれやれ、お兄ちゃんを満足させられるのは、やっぱりこの私しかいないみたいね。」
 「こ・・・これは・・・この料理は!!」
 「さあお兄ちゃん、どうぞ召し上がれ♪」

 リィズがテオドールに提供したのは・・・何の変哲も無い、ただのハンバーグカレーだった。
 米も、ルーも、野菜も、ハンバーグに使われている牛の挽肉も、その全てがその辺のスーパーで安売りされている、極々普通の素材ばかりだ。
 アイリスディーナが作らせた高級肉料理や、カティアやキルケの料理のように、調理方法に工夫を凝らしてる訳でもない。かと言ってアネットやファムの料理のように奇抜な料理という訳でもない・・・本当に極々普通のハンバーグカレーだ。

 「何よこれ、ただのハンバーグカレーじゃない。私のオムライスでさえもテオドール君を満足させられなかったってのに・・・。」
 「・・・ふふふ。」
 「リィズちゃん貴方、一体どういうつもりなのかしら?」

 キルケは一目見ただけで判断した。これならば自分の作ったオムライスの方が余程マシな料理だと。
 鍋の中に残ったルーを、右手人差し指で掬い取って一口舐めてみたのだが、本当にただの平凡な辛口のルーだ。自分のオムライスと違い、調理方法や隠し味に何か工夫を凝らしてる訳でもない。
 それでもドヤ顔を崩さないリィズを見て、怪訝な表情を見せるキルケだったのだが。

 「・・・うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお(感涙)!!」

 だが次の瞬間・・・テオドールが先程まてと違い、物凄く歓喜に満ちた表情で、ハンバーグカレーを物凄い勢いで口の中に放り込んだのだった。

 「「「「「何いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」」」」」
 「美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い!!」

 涙目になりながら、とても満足そうにハンバーグカレーを食べるテオドールの姿に、驚きを隠せないアイリスディーナたち。
 一体これはどういう事なのか・・・今テオドールが口にしているのは、本当に何の変哲も無い、ただのハンバーグカレーのはずだ。
 だがその様子を自信満々の確信に満ちた笑顔で見つめていたリィズが、アイリスディーナたちを嘲笑うかのように、威風堂々とその真相をはっきりと告げたのだった。

 「残念だったわね皆。お兄ちゃんはね・・・カレーが大の好物なのよ!!」
 「「「「「・・・はあああああああああああああああああああああ!?」」」」」

 誰もが予想しなかった、まさかの単純明快なリィズの回答に、アイリスディーナたちは戸惑いを隠せない。
 そんなアイリスディーナたちを尻目に、テオドールはとても満足そうにハンバーグカレーを食べ続けている。

 先程リィズも言っていたが、この料理対決で勝敗を決するのは、料理の味でも工夫でもない・・・『どれだけテオドールを満足させられるか』だ。
 つまりテオドールを一番満足させられれば、極端な話、味などどうでもいい・・・要はテオドールの一番の好物を出せば済むだけの話なのだ。

 リィズは幼少時からテオドールと一緒に暮らし、常にテオドールの事を見続けていたので、テオドールがカレーの辛口が大好物だという事を完璧に把握していた。
 それ故に今回の料理対決は、テオドールの好みを知り尽くしているリィズが、最初から圧倒的に有利だったのだ。だからこそ他の者がどんな料理を出そうが、リィズは余裕の笑みを崩さなかったという訳だ。

 「・・・ふう、美味かったぜ・・・ごちそうさん、リィズ。」
 「えへへ、お粗末さま。お兄ちゃん。」

 そうこうしてる間にテオドールは、あっという間にハンバーグカレーを完食してしまった。
 アイリスディーナたちの時とは違い、テオドールはとても満ち足りた表情をしている。
 それは今回の料理対決で、リィズが圧倒的に優位に立った証だ。

 「・・・お兄ちゃんの大嫌いなピーマンもハンバーグの中にこっそり入れたんだけど、全然気付かなかったでしょ?」
 「え!?マジかよ!?」

 とても自信満々な笑顔でそう告げるリィズに、テオドールは驚きを隠せずにいた。
 自分が食べたハンバーグからは、ピーマンの独特の苦味など全く感じなかったからだ。
 リィズに真相を明かされても尚、テオドールは信じられないといった表情をしている。

 「カティアちゃんったらお兄ちゃんが食べられないって言ってるのに、無理矢理ピーマンを食べさせようとするんだもの。全く何考えてるんだか。」
 「ぐぬぬぬぬ・・・!!」
 「これで今回の料理対決の勝者は私に決まったも同然よね。ほら見なさいよ、私のカレーを食べたお兄ちゃんの、この満足そうな笑顔・・・アンタたちには悪いけど、明日お兄ちゃんとデートするのはこの私よ。」

 明日のデートの光景を頭の中で想像し、気持ちを高ぶらせていくリィズ。
 明日は2人で一緒に映画を観て、洒落たカフェで昼食を食べて、その後遊園地にでも遊びに行って、観覧車の中で2人きりになって・・・そして・・・

 『・・・リィズ・・・俺はお前の事が好きだ・・・ずっと前からお前の事が好きだったんだ。』
 『お兄ちゃん・・・嬉しい・・・!!』
 『俺は今からテオドール・ホーエンシュタインに改名する!!だから俺と結婚してくれ!!』
 『お兄ちゃああああああああああん!!』
 『うおおおおおおおおおおおおお!!』

 テオドールに押し倒されたリィズは、そのままテオドールと唇を重ね・・・そして・・・

 「・・・ぐへ、ぐへへ・・・ぐへへへへへ・・・。」

 口からヨダレを垂らしながら、物凄い表情で興奮するリィズを見て、とても悔しそうな表情を見せるアイリスディーナたち負け犬共だったのだが。
 突如部屋中を満たした香ばしい香りが、一瞬でリィズを現実世界へと引き戻したのだった。

 「勝ち誇るのは、テオドール君が私の料理を食べてからにしたらどうかね?リィズ君。」
 「・・・な・・・!?アスクマン、アンタ一体何考えてるのよ!?」

 アスクマンがテオドールに提供した料理・・・それを見たリィズは戸惑いの表情を隠せなかった。

 「青椒肉絲(チンジャオ・ロースー)だ。さあテオドール君、遠慮せずに食べたまえ。」

 ピーマンがふんだんに詰め込まれた、中国発祥の豚肉料理・・・それをアスクマンは自信に満ち溢れた笑顔でテオドールに提供したのだ。
 先程のカティアの件で、テオドールがピーマンを食べられないのは実証済みのはず・・・にも関わらずピーマンが大量に使われた青椒肉絲を提供するとは、一体どういうつもりなのか。
 この青椒肉絲がどれだけ美味な代物であろうとも、それでテオドールを満足させられなければ何の意味も無いというのに。

 だがリィズの予想に反して、テオドールは目の前の青椒肉絲から放たれる芳醇な香りに引き寄せられ・・・震えた手でピーマンを箸で掴み取ったのだった。 

 「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
 「・・・お、おかしいよな・・・俺、ピーマンは食べられないはずなのに・・・それなのに、こんな・・・」

 先程リィズのハンバーグカレーを完食したばかりのはずなのに、青椒肉絲から放たれる芳醇な香りが、再びテオドールの食欲を目覚めさせたのだった。
 そしてテオドールが恐る恐るピーマンを口の中に放り込んだ・・・次の瞬間。

 「・・・・・・!!!!!!!????????」

 ビクンビクンビクン。
 全身を凄まじい勢いで電撃が駆け巡り・・・そしてテオドールはいつの間にか無我夢中で、青椒肉絲を口の中に流し込んでいたのだった。
 予想外の出来事に、リィズたちは驚きを隠せない。
 テオドールはピーマンが大の苦手のはずだ。それなのにこれは一体どういう事なのか。

 「う、美味い!!何て美味さなんだ!!これが、このピーマンの苦さが、何故か俺の心を限りなく満たしていく!!」
 「そんな馬鹿な!?お兄ちゃん正気に戻ってよ!!ねえ一体どうしたっていうの!?」
 「俺にもよく分からねえよ!!だけど美味いんだ!!美味いんだよこのピーマンが!!」

 テオドール自身も戸惑いを隠せないようで、嫌いなはずのピーマンが大量に詰め込まれた青椒肉絲を、涙目になりながらもあっという間に平らげてしまったのだった。

 「一体何がどうなってるのよ!?この青椒肉絲に一体何があるっていうの!?」
 「そう言うだろうと思い、君の分も作っておいた。さあ食べてみたまえ。」

 アスクマンが差し出した皿を渋々受け取ったリィズが、箸でピーマンを口にした次の瞬間。

 「・・・くっ・・・んんんんんんんっ・・・!!」

 ビクンビクンビクン。
 リィズの全身を凄まじい勢いで電撃が駆け巡り・・・涙目になりながらリィズは悔しそうにその場に崩れ落ちたのだった。 

 「どうして・・・!?一体何をどうしたら、こんな・・・!!」
 「それはこの青椒肉絲のタレに、隠し味として○○○を仕込んだからなのだよ。」
 「な・・・○○○!?たったそれだけでここまで劇的な風味が生まれる物なの!?」

 悲しい事に作者に料理の知識が全然無いもんだから、隠し味が伏字になってしまっていた・・・。
 驚愕の表情で崩れ落ちるリィズを、ドヤ顔で見下すアスクマン。
 その様子をアイリスディーナたちも、戸惑いの表情で見つめている。

 「リィズ君。君のハンバーグカレーはピーマンの風味を殺した、所詮はまやかしの料理に過ぎん・・・素材を活かすというのは、こういう事だ。」
 「貴様ぁっ!!」
 「全くどいつもこいつも、料理という物の本質を全く理解していない連中ばかりで呆れてしまうよ。はーーーーーーっはっはっはっはっは!!」

 自分の勝利を信じて疑わないと言わんばかりに、アスクマンは崩れ落ちるリィズを見下しながら高笑いしたのだった・・・。

6.決着


 「さて、これでテオドールは全員の料理を食べたようだな。それじゃあ早速だが明日リィズとアスクマンのどちらとデートするのか、テオドール自身に決めて貰おうじゃないか。」

 仕方が無いとはいえ、最早完全にリィズとアスクマンとの二者択一になってしまっていた・・・。
 ヨアヒムに促されてテオドールは起立し、リィズたちの前に歩み寄る。

 「果たしてテオドールはどちらの料理が満足したのか・・・満足した料理を作った奴の右手を取れ。テオドールに右手を握られた奴が、明日テオドールとデートする事になる。分かったな?」
 「お兄ちゃん、私のハンバーグカレーが一番美味しかったよね!?」
 「まさに失笑する他無し・・・私の青椒肉絲を食べたテオドール君がどれだけ満足したのか、結果は誰が見ても明らかじゃあないか。はははははははは!!」

 とても不安そうな表情を見せるリィズ。
 自分の勝利を確信したと言わんばかりのアスクマン。
 完全に蚊帳の外に置かれてしまったアイリスディーナたち。
 そんな彼女たちの光景を、ヨアヒムはニヤニヤしながら見つめていたのだが。

 「幾らお兄ちゃんでも、こんな変態野郎とデートしようなんて到底思わないよね!?だから絶対私を選んでくれるよね!?」
 「ふん、性別などという下らないしがらみ如きで、私とテオドール君の愛を阻む事など出来る物か!!」
 「お兄ちゃん!!」
 「テオドール君!!」

 2人に迫られ、戸惑いの表情を隠せないテオドールだったのだが。
 それでもテオドールは、決断しなければならない。
 決断しなければテオドールには、1週間ものトイレ掃除という過酷な罰則が待っているのだ。
 リィズのハンバーグカレーも、アスクマンの青椒肉絲も、互いの持ち味を存分に引き出した最高の料理だった。
 その中で、どちらの料理が満足出来たかを選ぶとなると・・・。

 「・・・ア・・・アスクマン先輩・・・っ・・・(泣)!!」

 断腸の想いで、テオドールはアスクマンの右手を取ったのだった・・・。
 信じられないといった表情で、全身から漆黒のオーラを放ちながら、リィズは涙目になったテオドールを見つめている。

 「お兄ちゃんどうして!?ねえ、どうして私じゃ駄目なの!?私よりもそんな変態野郎とデートなんかしたいの!?」
 「仕方がねえだろうがよ!!お前のカレーよりもアスクマン先輩の青椒肉絲の方が美味かったんだからよおっ(泣)!!」

 テオドールとて、アスクマンなんかとデートなどしたくはない。
 だがどちらの料理が満足したのかを問われれば、間違いなくアスクマンの青椒肉絲の方だったのだ。こればかりはどうしても譲る事は出来なかった。
 そう・・・テオドールはこういう奴なのだ。嘘を付く事が出来ない真面目で正直な男なのだ。
 こういう誠実な男だからこそ、アイリスディーナたちは一斉にテオドールに惹かれ、恋焦がれていったのだろうが・・・。

 「・・・だ、だからって・・・そんな・・・!!男同士でデートだなんて・・・!!」
 「ごめんなリィズ・・・父さんに言われてたのに、お前の事を大切にしてやれなくて・・・!!」
 「信じられない・・・お兄ちゃんったら不潔よおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 大粒の涙を流しながら、リィズは調理実習室を飛び出していったのだった。
 そんなリィズの無様な姿を、アスクマンはドヤ顔で見下している。

 「明日のデート楽しみだね、テオドール君!!」
 「くっ・・・!!」
 「デートのプランは私に任せておいてくれたまえ!!明日は君の事を存分に楽しませると誓わせて貰うよ!!はーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっは!!」

 とても満足そうな表情で、アスクマンはテオドールの肩を抱き寄せながら高笑いしたのだった・・・。

最終更新:2016年05月29日 07:56