むかしむかしそのまたむかし、人間が石器を使い始めた頃。

長い長い眠りから覚めた竜を待っていたのは、大量の塩水、つまり海水だった。

寝ている間に起きた地殻変動によって住処が海中に沈んでいたのである。

幸いにも竜は睡眠中ほとんど呼吸をしないため、眠ったまま溺死することは免れた。

こうなってしまったからには、早いうちに新しい寝床を見つけなければいけない。竜は近くの島に移動することに決め、ややぎこちなく泳ぎ始めた。

しかし、ある一点竜は困っていった。

周囲の森林が海底に沈んでしまったために、食料となる生物がまったく見当たらないのだ。

周囲にあるのは少しの海藻とトゲトゲの石(この時の竜はそれがウニという生物だと知らなかった)だけ。このままではおなかが空いたままたくさん泳ぐことになってしまう。

竜は空腹だと機嫌が悪くなる。ひどい時は山をみっつ更地にしてようやく収まったほどだ。

しかし無いものをねだっても出てくるはずもない。

仕方がないので、竜はとりあえず陸地に向かって泳ぎながら獲物を探すことにした。

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竜は海中をすいすいと泳いでいる。

全身をくねらせながら水の中を猛スピードで進んでいく。無駄な動きのない、惚れ惚れするような泳ぎ方だ。体の動かし方を思い出したのかぎこちなかった動きは見る影もない。

そのまま陸地に上陸するかと思われたが、しかし竜は、流れるような体捌きで反転し自分が泳いできた方向を見据えた。

なぜか?......竜のあとを追跡してくる影を察知したのである。

後ろから追って来たのは巨大な猿のような生き物だった。それは後の世で海坊主と呼ばれるモノの先祖にあたる生物、原始人ならぬ原始海坊主である。

原始海坊主の体長はおよそ50メートル(現代海坊主の三倍以上!)あり、さらに現代では退化してなくなってしまった三つの顔と六本の腕を持っているため、その危険度は十倍にも跳ね上がる!
もしもこの恐るべき生物が現代まで生き残っていたら、一年間の海難事故件数は今の300倍にもなっていたことだろう!

竜はこの大きい魚(この時の竜は海の生物はすべて魚だと認識していた)を捕食しようと考えた。先ほどからおなかが減っていたし、なにより大きくて食べがいがありそうだからだ。

原始海坊主は泳ぐスピードを緩めずそのまま竜に体当たりをかますと、右の三本腕を振りかぶり、竜の肩に振り下ろす!原始海坊主パンチだ!その威力は現代海坊主のパンチ10発分以上、一撃で戦艦大和を真っ二つにすることができると予想される!

しかしそれを無抵抗で喰らうほど竜も馬鹿ではない!体を大きくくねらせ回避!そして原始海坊主の左脇に向けて樹齢千年の巨木と見まがうばかりの太い尻尾を叩きつける!

原始海坊主は左の三本腕でガード!腕の骨が粉砕!もはや使い物にならない!しかしこれは幸運だった。水の抵抗がなければ腕ごと胴体をへし折られていただろう!

竜は一撃で息の根を止められなかったことに苛立ち原始海坊主に接近する!しかしこれは下策!空腹からくる苛立ちがために計算力が落ちているのだ!

原始海坊主は接近してきた竜の鼻っ柱に再びパンチを放つ!竜はとっさに避けるが間に合わない!クリーンヒット!竜の鼻から血が流れ出る!

のけぞる竜の胸にさらにパンチ!パンチ!パンチ!呻く竜!

しかし原始海坊主の攻勢はここまでだった。海坊主の動きが鈍る。パンチを放つことに夢中になりすぎて自分の体に巻き付く竜の尻尾に気が付かなかったのだ!長い尻尾により締め付け攻撃!全身の筋肉が断裂し骨が砕けていく!

苦しみ身をよじる原始海坊主!しかしこれで終わらない!奥の手・原始海坊主ビームを目から照射!三つの顔から合計六本のビームが放たれる!しかし竜は体を海坊主の脚方向にずらすことでなんなく回避!海坊主の首は胴体と一体化しているため下をむけないのだ!

原始海坊主はビーム照射によって体力を使い果たし、全身の筋肉から力が抜けていく!それを見た竜は海坊主の首にとどめとばかりに食らいつくと開いた穴に火炎を吐き出した!海坊主のバーベキューだ!

体内から焼かれ断末魔の叫びをあげる原始海坊主!三つの口から悲鳴とともに紅蓮の炎が迸る!血液が沸騰・蒸発し全身の血管が破裂!海坊主はあえなく絶命した!

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竜は獲物の肉をすべてたいらげた。空っぽだったおなかは程よく満ち、全身に力が湧いてくる。先ほどの狩りで負った怪我はすでに完治している。

そうして竜はふたたび陸地にむかって泳ぎ出した。

目指すは心地よい寝床、そして豊富な動植物のある新たな住処だ。

......竜が流した血と食べ残しの原始海坊主の骨が合わさったことによって、現在我々が知る海坊主が生まれるのはまた別のはなしである。
最終更新:2016年04月05日 22:31