小説 > アルファるふぁ >

 「止まれ!」男の怒号が響く「どうしても行くというのか」呼ばれた別の男が答える「あぁ」「それ以上進めば貴様は企業の意にそぐわない人間とみなされる」「構わない」「なめているのか?」一呼吸置いて、こう返す。「俺の答えは変わらない。この選択を貫くだけだ」その声には、確固たる意思があった。
 夕暮れ空は橙に染まり大きな瓦礫もない平原が広がる場所で、30のマゲイアと4機のテウルギアがあった。しかしそのうちの一機は、他の機からやや離れた場所に佇み、他の機はその一機にじりじりと近付く。たった一機を、33機が押し潰そうとしている。そのたった一機は、名の知れたテウルギアだった。
 多数側はテウルゴスを擁する傭兵団。隙のない摺り足移動でたった一機のテウルギアに近付いていく。彼らの機体は全てアレクトリスグループの基幹企業技仙公司のものである。恐らく、技仙公司お抱えの戦闘担当なのだろう。そしてこの緊迫した状況が表すのは、そんな彼らが慎重になるほどの敵であること。
 ムラクモ・シン。最初の男という渾名を持つ、歴戦の戦士。33機の兵器で囲まれても尚その雰囲気は少しも隠れない。「撃て」多数側のリーダーは言った。ぼそりと呟くような指示だったが、傭兵団は慣れた様子で指示に従う。向けていた銃のトリガーを容赦なく引き絞る。巨大な銃弾が次々と飛んでいった。
 火線の飛んだ先にいるのはムラクモ・シンのテウルギア、サイクロン。33機ものテウルギア・マゲイア混成部隊による攻撃。余程の重装甲でもない限り、この戦闘は多数側の攻撃が直撃して終わりである。普通ならば。サイクロンは飛び上がり、脚部を敵に向ける。上半身が下半身で隠れる格好となっている。
 当然射線も飛び上がった先へ向く。弾は次々と飛んでいき、狙い違わずサイクロンに当たる。基幹企業のリリースする機体はカタログスペック通りの良性能を記録していた。「クソ!おい止まるな逃げろ!総員その場から離れろ!」だがリーダーは全く喜ばない。周囲の味方に向かって必死に退避を命じ始める。
 サイクロンは全くの無傷。その特別製の下半身は集中砲火を全て無効化していた。そして飛び上がったサイクロンが敵に下半身を向けたときの行動を、傭兵団のリーダーは知っていた。「逃げろぉおおお!」叫びも虚しく、雷のようにテウルギアが落下する。爆音、爆光、爆熱。飛び散る破片。吹き上がる土埃。
 巻き上げられた砂のカーテンが晴れる頃、そこにはテウルギア一機とバラバラになったマゲイア数機があった。敵は健在。傷一つない、しかし歴戦の風格を漂わせている。傭兵団リーダーは舌打ちした。マゲイア数機は問題ではない。奴に部隊のど真ん中に来られたことがとてつもなく面倒な案件であるからだ。
 密集した陣形の真中で敵を360度取り囲んだ場合、飛び道具を使用すると反対側の味方を誤射してしまう。そのリスクを飲み込んで無理矢理味方ごと敵を撃った場合、混乱によってたちまち敵味方巻き込んだ大乱戦に突入する。恐らくムラクモ・シンはそれを見越して、あえて部隊のど真ん中に躍り込んだ。
 一機が突き出した槍を脚で叩き折り、サイクロンはレーザーライフルを乱射する。それはほぼ勘に任せた撃ち方だったが、不思議なことにすぐ動いた機体から撃ち抜かれる。積み重なった経験が、先に処理すべき対象を無意識的に選別しているのだ。味方を誤射しないポイントに行こうとしたマゲイアから散る。
 撃ち方をやめたあとにはオロオロする動きの悪い兵士だけが残る。生き残ったベテランも、死んでいないマゲイアを庇うためじりじりと動いた。ムラクモ・シンは彼らを、撃たなかった。味方のカバーリングに入る連中を飛び越えて、ひたすらにブースターで駆け抜けた。「クソッ、テウルギアは着いてこい!」
 地上を滑走する四機のテウルギア。サイクロンに追い縋る傭兵団の三機は、それぞれの武装を撃つ。ミサイル、レーザー、マシンガン。背後から次々と飛んでくるそれらを、ムラクモ・シンは右へ左へ揺れるように動き、かわす。リーダーの顔に焦りの表情が滲み出る。あの避け方も歴戦の勘というやつなのか。
 唐突に敵テウルギアが振り向いた。遠距離用ミサイルを四発、最後方のシーターへ。狙われた一機は狙撃ライフルで二発撃ち落とし、一発をジャンプして避け、最後の一発を腕に食らって転倒。転げながら、もうサイクロンに追い付けない位置まで遠ざかっていく。「クソッタレぇ!」別のシーター乗りが叫ぶ。
 振り向くサイクロン。狙いを付けるシーター。「よせ、マトモに撃ち合うな!」リーダーの指示を無視して、テウルギア同士の撃ち合いが開始される。後ろ向きで後退しながらレーザーを撃つ相手。傭兵団の若きテウルゴスはマシンガンで応戦する。バラ撒かれる弾丸。それはことごとく敵に避けられていった。
 単調な引き撃ちだ、そのはずなのに。そのはずなのに敵に弾が当たらない。ムラクモ・シンは小刻みに揺れている。それがシーター側のロックオンを惑わせ、命中弾を外れる弾に仕立てていた。レメゲトンが弾道修正にかかるが、レーザーがシーターの頭部を吹き飛ばす。最早戦闘の流れは確定していたのだ。
 更なる直撃弾でシーターは倒れた。敵に手も足も出ずに。リーダーは舌打ちした。無駄玉を嫌って乱射を控えた結果、またも部下がダウンしたのだ。援護を怠るという判断ミス。もう奴を止められる機体は自分しかいない。だが、止められるのか?ここまでやってまだ健在の相手に?リーダーの顔に汗が浮かぶ。
 「ムラクモ!」傭兵団リーダーが叫んだ。「お前はなんで戦う!何故企業グループから逃げる!お前の正義はなんだ、企業がそんなに嫌いなのか!」喉が潰れかねない程の叫び。それが届いた。サイクロンが足を止める。リーダーのテウルギアもその場に立ち止まった。二機のテウルギアが、互いを睨みつける。
  男は低い声で答える。「俺は企業が憎い訳じゃあない」「ならば、何だ!」リーダーが再び問う。「企業グループ同士が争い、そのせいで生まれる難民や孤児!俺は彼らを見捨てることはできない」ムラクモ・シンは重々しく、しかし確かな意思を感じさせる声で答える。「企業グループを抜けて、どうする?」
 「人の集まりを作る」「何?」「戦争で身寄りをなくした子供たちを保護し、彼らが暮らす場所を作る」リーダーは嗤った。そんなことができるはずがない。この男一人で、一体何ができるというのか。「それが、お前の正義か!」だが、その一言にムラクモ・シンはこう返した。「そうだ、それが俺の正義だ」
 「くだらんぞォ!」リーダーの乗るイナンナがミサイルを乱射した。問答の間にロックオンを済ませてある。全弾を放ち、逃げ道を塞いだ。サイクロンはレーザーでミサイルを撃ち落とし始める。しかし量が量である。地上にいる限り全て避けきることなどできない。「ハァッ!」しかしサイクロンは、跳んだ。
 撃ち落とした分は、上昇しても追い掛ける位置にあった。撃ち落とされず生き残ったミサイルは、サイクロンへの誘導が切れていた。テウルギアを追うミサイルはもうなく、飛び上がった一機のテウルギア。それはイナンナに足を向け、一直線に高速で落下する。飛び蹴り。避けることもできず、傭兵団リーダーの機体に、鉄器の足跡が刻み込まれた。
 膝から崩れ落ちるイナンナ。傭兵団リーダーは、己が無様に負けたことを認識した。レメゲトンは無事だった、が、強い衝撃は自分のテウルギアが地に倒れたことを教えてくれた。ムラクモ・シンは彼を殺さず、そのまま見逃したようだ。彼がどうしてトドメを刺さずに行ったのか、その理由はわからなかった。









あれから十年が過ぎた。傭兵団リーダーは引退し、隠居の身となった。だが元リーダーの脳裏には、今でもあの老兵がいる。最初の男の異名を持つあのテウルゴス。彼が今どうしているか、それはわからない。最後に交わしたたったの一言が、耳の内にリフレインするのみである。
「そうだ、それが俺の正義だ」
最終更新:2017年10月02日 15:29