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警告:このSSは「テウルギア」の設定が完全に構築される前に作成された、プロトタイプSSです。最終的な世界観・設定とは齟齬がある可能性をご了承ください。
Dancing_on_hands; -01-
written by せれあん


 大型の輸送ヘリが、岩と砂、そして僅かばかりの植物ばかりが延々と続く山岳地帯の中を、広域レーダーに感知されないよう、渓谷を沿うように飛行している。
 褐色に塗装され、機体下部には機銃も装備されている姿は、それが敵と直接交戦するかは兎も角としても、兵器であることを雄弁に語っている。
 そして、目をこらせば、コクピット近くにテーフィッシュ社のエンブレムが配置されていることに気がつくだろう。少し世界情勢に詳しい者であれば、現在世界を三分する大企業の1つ、アレクトリス・グループの一角に所属する機体であることまで、即座に把握できる。
 ヘリの頭上には黄土色の空が広がっている。乾期特有の砂嵐であり、そのせいで昼間にもかかわらず渓谷の中はかなり暗い。
 輸送ヘリが運んでいる積み荷の大半は、人間……有り体に言えば兵士達だった。中央の大型コンピューター端末のついた椅子に1人。そして壁沿いのベンチに片側に18人ずつ、合計36人が並んで腰掛けている。
 人種や風貌は様々だが、皆、整った装備と鍛え上げられた身体を持つ、歴戦の兵士という体だ。否、今の時勢においては、厳密には「兵士」ではなく「社員」と称すべきなのだが。
 銃器や電子機器など、自身の装備を点検するもの。手元の端末で地図を見るもの。皆が、これから行われる、軍事作戦に向けて準備をしているのは、一目瞭然と言えるだろう。
 そして、その行動は1人の声によって中断される。
「1100時だ。最終ブリーフィングを開始する」
 機体の中央に座る、やや小柄だが、いかにも戦士といった風貌をもつ、アジア系の男――テーフィッシュ社のとある支社に所属する、特務課の課長、チェンドラと言う――が口を開いた。
 ヘリの飛行音に負けないよう、やや大声ではあるが、怒鳴る感じではなく、口調はあくまで冷静だ。同時に、壁に沿って座る兵士達の視線がそちらに向かう。
「本機は標準時刻1145、つまり1時間足らずで作戦地域に到達する。これが最終確認となる、各自、心して聞くように」
 彼にとって、時刻以外はいつもと同じ、決まり文句を口にした。実際のところ、彼が指揮する「課」は精鋭揃いであり、ブリーフィングに手を抜くような粗忽者は居ない。
 すなわち、これは注意というよりは、チェンドラ自身が課長として、実戦での作戦指揮をとる「スイッチ」をいれるための軽い準備のようなものだ。

「まず前提条件を話す。出発前のブリーフィング内容は一旦忘れろ。あれは機密情報レイヤー2であり、欺瞞情報が含まれる。これから話す作戦内容は機密情報レイヤー4となる。いいな?」
 ある隊員は「またか」という顔をし、別の隊員は「やれやれ」という顔を一瞬浮かべる。だが、この程度のことは日常茶飯であり、チェンドラもそれを咎める素振りはない。
「さて、本題に入る。本作戦は、複合シェルター内にある旧研究施設の調査部隊の護衛……を偽装した、テウルギアの撃退任務となる」
 ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえる。作戦自体が偽装であることはよくあるにせよ、テウルギア――現在の戦場における、もっとも危険な兵器――の撃破となれば、それはただ事とは言いがたい。
「詳細を説明する。各自、PID(プライベート・インフォメーション・デバイス)に注視せよ」
 隊員達は手元の、タブレット状の端末に目を向ける。といっても、実際にはPID本体は各自の戦闘服に内蔵されており、今、彼らの手元にあるのは表示装置でしかない。戦闘中はゴーグルに直接情報が表示される等、状況に応じて使い分けが効くため、特殊部隊では多く採用されている戦闘情報管制端末だ。
 そして兵士であり、社員である彼らに語られた作戦の概要は、大凡次のような内容だった。

▼作戦地域は放棄された農業都市であり、現在は無人である。ここに旧国家の軍事研究施設を兼ねた複合型シェルター(核や細菌兵器等に対応したシェルター)が最近発見され、そこにある技術情報の入手を目的とした部隊が展開している……ことになっている。
▼シェルターの扉は閉ざされており、破壊するだけなら容易ではあるが、内部の施設を無傷で手に入れるために「こじ開ける」のには時間がかかる。そのため、アレクトリス・グループの末端企業、サレディーの技術者が、扉を解析しつつ徐々に解体している。技術者には僅かな護衛の歩兵が随伴しているのみである。
▼アレクトリス・グループの中核は、作戦地にあるシェルターは実際のところ「ただのシェルター」であり、研究施設がないことを把握している。つまり解体部隊そのものが、ある種の囮である。当然だが囮部隊はそのことを知らない。
▼この状況において、我々と敵対するクリストファー・ダイナミクス傘下、ディグヴェルド・ゼネラルの戦闘部隊(以後「敵」と呼称)は、我々アレクトリス・グループによる技術情報の入手を阻止するための、作戦行動を開始した。これは我々が意図的に流出させた情報に釣られたことになる。
▼我々は更に、護衛部隊について、農業都市の建造物内に「起動状態でないテウルギア1機とマゲイア3機を隠匿し、敵による襲撃があった場合はカウンターによる殲滅を狙う」という情報を流した。これも確度の高い情報として、敵は信用している模様。
▼それにあわせて、上記の戦力に見せかけられる、装甲パーツおよび、未起動の機体が発する僅かなノイズに偽装した電子情報を散布する装置を、特殊工兵部隊により既に、作戦エリアの都市内に設置済みである。
▼敵は先ほど、有線誘導ミサイルおよび半設置型の滑腔砲を山のように装備したテウルギアを1機、専用輸送ヘリでこちらにむけて出撃させた。おそらく遠距離からの砲撃により起動前の機体を破壊した上で、こちらのシェルター解体部隊をテウルギア単体で殲滅する作戦とみられる。到着時刻は我々が到着する3時間ほど後と想定される。
▼敵のテウルギアは、機体名が「レッド・サーフェス」、標準的な汎用機体をベースに、作戦に応じて幅広く武器を選ぶスタイルらしく、それ故に今回の作戦に抜擢されたようだ。テウルゴスの評価も、クリストファー・ダイナミクスの中では「中の上」程度とのこと。良くも悪くも、癖がないと評される男らしい。
▼我々特務部隊の任務は、敵の砲撃によりダミーが破壊された後、市街地でのゲリラ戦術により、囮部隊を攻撃してきた敵テウルギアを撃破することにある。戦力では圧倒的に負けているが、敵は大規模な対人戦を想定している可能性が低く、ゲリラ戦で奇襲を仕掛ければ十分に勝機はあると考えられる。

 と、虫の良い内容であはるが、説明しているチェンドラ自身、微妙な心境ではある。
 立案したのが自身でないとはいえ、同盟企業の部隊を囮にして作戦を行うこと自体、戦闘を生業とする者にとって心穏やかではいられる筈がない。「明日は我が身」とはよくいったもので、現場がどう考えるか、作戦を立案した者は考えているのだろうか、と思ってしまう。
 が、課長……有り体に言ってしまえば部隊指揮官という立場上、それを口に出すわけにはいかない。もっとも部下達もその辺は察しているようで、呆れ半分ながらも、作戦については前向きに考えているようだ。
「以上だ。何か疑問点などがあれば具申せよ」
「現在の気象データから鑑みるに、敵の集音センサーに補足されるリスクを考えると、待機ポイント2は、北西方向に40mほど離れたビルのほうが良いのではないでしょうか」
 部隊の中でも割りと古参の狙撃兵が言う。
「なるほど、異論あるものは?」
 大概、このような発言に異論が出ることは少ない。得手不得手はあれど、全員が特殊戦闘を主とする歩兵として熟練している以上、戦略的な点は兎も角、戦術的な観点で意見が割れることは滅多にないのだ。
 その点において、部下がスペシャリスト揃いであることだけが、チェンドラにとっては今回の作戦で、全幅の信頼をおける唯一の要素とも言えたかもしれない。

 ――他にもいくつかの微修正が加わり、具体的な戦闘プランが纏まったのと、作戦地域に彼らが到着したのは、ほぼ同時だった。



「こちら、ラムダ・リーダだ。作戦開始30分前だ。敵機の作戦エリア到着まで推定37分に変更はない。各自、準備はいいか」
 廃墟と化した市街地に分散して、作戦の準備をしつつ身を隠す部下達に、通信機ごしに問いかける。
「アルファ1、レディ」
「ベータ1、準備できています」
「ガンマ1、問題なく待機中」
「デルタ1、予定ポイントの瓦礫を撤去中、あと5分以内で終わらせます」
「シグマ1、問題ありません」
「クシー1、準備できています」
「スカウト1、配置についています」
「スカウト2、異常ありません」
 部下達の声に満足する。それぞれの組は機能しているようだ。
 自分と直衛の部下4名がラムダ、アルファからクシーまで、諸事情で欠番なども出しつつ割り振られたコールサインの班が各5名。そして単独で、高所にて観測を行うスカウト1とスカウト2。各ポジションとも、機能するのに最低限の人数でしかない。
 しかし、その最低限の人員で、作戦ポイントを繋ぐ有線通信を完成させることができたのは、チェンドラにとって僥倖だった。
 既に機能は停止している送電インフラに接続したり、下水路に敷設……とは名ばかりの、ケーブルをひたすら引き回しただけだが、それでも手慣れたものでなければ、この短時間に通信として機能させることはできない。
 なにしろ、無線に比べてかなり手間がかかる上、戦闘による断線で使えなくなるという欠点もあるが、それを差し引いても今回のような作戦では有線通信のメリットは大きいのだ。
 現代において「現実的な時間では解析しきれない暗号強度の無線通信」は存在するが、所詮は電波による通信である。発信元をトレースされるリスクがあるし、そもそも奇襲作戦においては「通信している機器が存在するという事実」そのものが、敵に存在を看破される要因になるのだ。
 それに比べれば、放射ノイズを拾われないよう、出力を絞って運用することにさえ注意するだけで良い有線通信は、奇襲前に存在が知られるリスクを大幅に下げられる。
「宜しい。――各自、死ぬな。そして作戦を完遂せよ」
 一呼吸を置いてから、吐き出すように言う。
「「了解」」
 異口同音の部下達の声は、少しだけチェンドラの緊張をほぐした。

 ――作戦前というのは、概ね誰しもが緊張する。実戦経験を重ねてきた戦士であれば、死への恐怖から身体が動かなくなる、あるいは普段ならしないようなミスをする、といった事態を避ける方法は心得ている。
 だが、理性で押さえ込める恐怖にも限界はあるし、適度な緊張は有益なものである。
 まったく恐怖を感じない、言ってしまえば古の伝説などに出てくる「狂戦士」のようなタイプの人間も、希に居る。そういった者は短期的に見れば戦士として優秀なこともあるが、死への恐れが薄いため、死ぬときはあっさり死ぬ。
 故に、チェンドラはなるべく、そういった者は部下にしないようにしてきた。本人が死ぬのは勝手と割り切れるが、それにより戦力が減れば、仲間を巻き込んで被害が拡大する可能性もあるからだ。
 必要なのは「適度な死への怖れ、そしてそれを逃れるために全力を尽くす」こと。それが戦士の正しい資質である――大げさに言えば、そういうことではないか。それが20年以上、戦場に身を置いてきたチェンドラの信念だった。
『今回も生き残れるだろうか』
 などとは、今更、口にはしない。皆がおそらく、そう思っている。そして、過去にも同じ事を何度も考え、それを成し遂げてきたからこそ、ここにいる。それだけだった。



 そして、死神の到達を知らせる、部下の声が入る。
「こちらスカウト2、想定通り南南西に所属不明輸送ヘリらしき機影を光学カメラで視認……いえ、砂嵐が酷くロストしました。距離9100……熱紋は解析不能です」
「追い続けろ、可能なら全部隊にカメラ画像を送れ」
「数秒ごとの静止画になります、PIDで共有します」
 同時にチェンドラの手元の端末に画像が送られてくる。なるほど、大型ヘリコプターに何かを吊り下げたようなシルエットが、かなり荒い画像で表示される。相当な高倍率で拡大したためだろう。
 共有時計を見る。想定時刻より2分ほど早いが、距離から逆算すると、敵影の発見が予定より早かっただけとわかる。
「各自、手筈通りにいくぞ。通信オーバー」
「「了解」」
 通信を切ってから、ごくりと生唾を飲み込む。
 経験がないわけではないが、テウルギアを敵に回した、特務部隊とはいえ生身の兵士だけでの戦闘。あまり多くない事例であり、また、容易でないことは今更言うまでもない。
 あとはただ、作戦通りに行くことを祈りつつ、最善を尽くすのみ――。


最終更新:2017年07月17日 00:57