「ああー、今日はコレかぁ」
テウルギアの狭いコクピットの中で、何も書かれていない包装を開いた中年のテウルゴスは、露骨に落胆していた。
彼らが支給されるレーションは基本的に、消費期限以外の情報が記載されていない。
建前では毒物混入による、上級職員や将校、テウルゴスの暗殺を防ぐためと表向きには言われているが、実態は横流ししやすいようにだろう。
だから、包みを開けてみるまで、中に何が入っているかわからないことがある。特に前線で受け取ったものはそうだ。
透明なレトルト袋に入った、何の肉だかもわからない挽肉をむりやり固めた、といわんばかりの加工食品と。
袋こそ銀色だが、持った手触りでわかる、すり潰したジャガイモに安っぽい、それでいて塩分やらスパイスやらが妙に鼻につく感じの味がするマッシュポテトのようなもの。
そしてひたすら無骨な、缶の飲料水。
彼の手に握られている、その3点セットが、ロマニア連合工業の子会社が作った、同社標準の「安い方の」レーションのうちの1つである。
一応、彼はテウルゴスという、ある種の希少かつ重要な戦力だ。本来は、高級レーションを受領する権利はある。
しかし、兵站とは万能ではない。何らかの理由で配給が滞ることはあり、かといって高級レーションがないからと飯を喰わない、というわけにもいかない。
コクピットのモニターから周囲を確認する。敵の気配はない。ここ数週間、ずっとそうだった。
ただ荒野の草が、だんだん色あせて行く。秋がだんだん、冬に向かって行く。そんな単調な哨戒任務を、1日7時間、毎日繰り返していた。
「そろそろ前線から引き上げて、家でマトモな飯を喰いたいなァ」
1人で呟きながら、ジャガイモの袋を開ける。
「ああー、そういえば……」
一昨日の支給品だった、A&Fのレーションの、未開封の袋をコクピットに放置していたことを思い出す。
その日は朝、前線基地で若い主計課の兵士が試作した、揚げパンケーキなるモノを喰わされたせいで、何か胃にもたれていたため、レーションを半分しか食べなかったのだ。
それは、ジャガイモとキャベツ、そして青豆を雑に炒めるだけ炒めて、レトルトに押し込むことで、炒め物の脂っこさをしっかり濃縮したような不味い食い物だった。
バブルアンド何とか……何だったか、正式名称は。皆、「A&Fのハズレ飯」としか呼んでいなかった。
しかし。しかし。頭の中で、何かが閃いた。
脂っこい上に、味気ない炒め物と。味付けだけは濃いが、茹でたジャガイモでしかないもの。
――この2つを混ぜれば、いけるのではないか。
居てもたってもいられなくなり、身体を固定するシートベルトを外す。
シートの裏側にある小物入れには、確かにそのレーション袋が残っていた。
袋を慎重に開ける。ギリギリの大きさしかないため、袋の開け方を間違うと、混ぜる作業が困難になることは、容易に予測できた。
プラスチックのスプーンを取り出し、こぼさないよう注意しながら、野菜をマッシュポテトにぶちこみ、軽く混ぜる。
「ははっ、あれは何だったかなァ……ああ、そうだ、ライスカレーだ」
遙か東方、今はどこの企業の支配地だかもおぼろげな地方の、過去の食事の再現、というのを。あれは確か、セント・ロザリンダにあった博物館か何かのレストランだった気がする。
ライスをスプーンですくって、スパイスのきいたスープに浸して食べる。ガンボに近い料理だったが、妙に粘りのあるライスと、スパイスの独特な味が印象に残っていた。
材料は全然、違う。ジャガイモと、ジャガイモと、キャベツと、豆だ。
だが、なんというか。食べ方と、味のバランスが、似ているのだ。
少し水分が足りない気はするが、うまい。これはいける。
気がつけばマッシュポテトは半分を切っていた。しかし、バブルなんとかはまだ、7割ぐらい残っている。
「おっと、ペースに気をつけないといけないな」
気分が高揚しているのか、独り言が普段より多くなっているが、誰も気にしない。レメゲトンの会話機能は、食事の時はオフにしているのだ。
もぐ、もぐ。じゃく、じゃく。
コクピットで、ただ1人、スプーンで炒めた野菜くずをすくい、ジャガイモの袋に一旦混ぜてから、口に運ぶ。
なんだかここ数日の中で、一番の幸せな気がした。
「ああー……そういや、これ。どうすっか」
手元には、肉の加工品が残っていた。
「まあ、いいか。また何か、別のモノと組み合せるチャンスもあるかもしれん」
乱暴に、肉の袋を小物入れに投げ込み、蓋をする。
「……げ、雨が降って来やがった」
気がつけば、周囲にぽつぽつと雨が降っている。
視界が悪くなる上に、機体性能も落ちる。こういうタイミングは、ゲリラ戦を仕掛けてくる歩兵が、危険なのはわかっている。
「くっそ……喰ったら眠くなってきたってのになァ」
愚痴っても仕方ない。それに、危険とはいっても、ここ数週間、何もなかった地域なのだ。
「今夜の晩飯は暖かいものがいいなァ」
レメゲトンの機能を解除しながら呟く。コクピットは気密が保たれているため、外の寒さは殆ど影響しない。
それでも、色が薄くなってきている草に、灰色の雨が降る光景は、精神的に心を冷え込ませるものがあった。
「さて、仕事にもどるか……」
機体を静止モードから巡航モードに変更した。
小気味いい駆動音と振動が、今はとにかく辛かった。
【孤独のテウルギアグルメ・第1話 中東の草原での混ぜレーション 完】
なお続きません。
最終更新:2017年10月02日 23:57