小説 > 霧月 > フルメイル・ダンス > 02

chapter.1 報復準備



硝煙燻る空を鴉が行く。翼広げ沈む先には己が羽根と同じ黒桐々たる幕。今や空に星はなく、目指すものもまたいない。

そんな中、ただ月明かりが白亜の鎧を照らし出していた。
照らされた機体をよそに、その足元では簡易デスクの上に書類などを広げる者たちの影が闇に滲む。

「さて…現在の状況ですけれど」

紅い影が書類片手に陶磁器のように美しき額に青筋を浮かばせていた。

「恐らくレナード派の仕業で間違いないでしょう。ここ数か月の記録を纏めてみたところ、とある貴族名義で鹵獲品としてCD製の装備がいくつかと、捕虜ということで数名が流れ着いていました。おそらく、これが先ほどの襲撃犯だとして…所属はCDということ以外は不明ね。」

机上に書類が無造作に広がる。いくつかは不明瞭な点だろうか、赤く印をつけられていた。

「技仙の防衛部隊の到着はあとどれほどなのですか?既に襲撃から一時間…いくらこの先が残骸の広がる汚染区域といえど、奴らを野放しにすれば市民を脅かす上に、リュミエールの名に傷がつくでしょう…」

少数の敵も自ら排除できぬ名ばかり貴族、と近衛騎士が口にした刹那。その場にいた年長者三人が静かに殺気立つ。

「はいはい、殺気立てるのはいいけれどこの雑兵共は好きにしていいのかしら?」

その流れを壊すようにアリシアが口を開き、捕縛された兵士たちを指し示す。
整備基地内に潜り込んでいたであろう工作員は激しく怯えた目で灯りに揺れる影に震えていた。
それを感じ取ったか、レイチェルが口角を釣り上げて微笑んだ。

「ふふ、そうねぇ…ええ、好きにしても構わなくってよアリシア。アレクトリス以外の男は貴重だものね…?」

柔らかくも冷たく刺さるような声は捕虜の背筋を貫いた。まるで姉妹とも取れるほど似通った親子が揃って笑う様子はさながら悪魔のようで、その場にいた将軍と近衛隊長以外は顔引きつらせ身震いを隠せていなかった。

「お二人とも、些事はそれまでにしてくださいませ。そこの君、そこの捕虜らを尋問室にぶち込んでおけ。何、後でどうなるかは知らんが死ぬ事は無いだろうよ」

階級の低い兵士に捕虜の拘束ということで席を外させる。
仕方ないことだろう。何しろ、潜入されていたのだ。今からでも用心するに越した事は無い。
残った顔ぶれは何れも熟練の精鋭と当主のみ。兵士が扉の向こうに消えたのを確認した後、将軍が口を開いた。

「技仙の防衛部隊が到着するのは二時間後。そして先ほどの戦闘直後と考えると…この先で補給されるか、あるいは境界線を抜けられた場合別企業にも被害が出ますので…」

「我々近衛小隊とレイチェル様のナルキッソスで奇襲をかけます。技仙部隊にも敵を挟撃するように要請したのであとはこちらが仕掛けるのみとなります。」

「彼らには相応の対価を払っていただきましょう。」

地図を指し示しながら将軍と近衛騎士長が告げる。
示す地形は残骸と戦火によって切り立った峡谷地帯。これならば、敵に挟撃されぬ限りは地の利を持つ我々に有利だ。

「アリシア、例の物は用意できてるでしょうね?」
「勿論。四機分キッチリと用意しているわ。今整備兵たちに換装準備をさせて…」

その声をかき消すように通信機から大音量が届く。

「大変です!ヴェノムが独断で出撃し、敵不明部隊と交戦を開始したとのことです!!」

一同の空気が一瞬凍り付いた後、わっと騒がしくなった。

「っ…あの馬鹿、何を考えているのかしら。アリシア!換装急がせなさい!」

「まずいですね…いくら我が社が誇る最高戦力とはいえ、単騎では何が起こるか。」

「換装が済み次第私達も急いで出撃します。テウルゴスはいつでも出られるよう準備しておきなさいな!」

「「「Yes.your highness!」」」



機体解説「ジェド・マロース」
CDグループ根幹、コラ・ヴォイエンニー・アルセナル社が開発した軽量テウルギア。
高精度バランサーを搭載した事で踏破性能に優れ、雪原であろうと容易く移動が可能。
希少金属性の強固な軽量盾と機関砲による高速機動戦を得意としている。
いわゆる標準機の一つであり、CD勢力の中では傑作機としても名高い。
最終更新:2019年02月01日 20:38