小説 > アルファるふぁ > ヴォルトⅤに全てを賭けて

開発スタッフ・ロミオの眼前には、2機の鉄の巨人が立っていた。
ここはヴォルト・アビオニクス領東部に建設されたコンクリート敷きのヘリコ基地。ヴォルト空軍のためのものだ。
だが、その一角には、最強の陸戦機動兵器・テウルギアがあった。正確に言えば、その試作機がいた。
ヴォルト・アビオニクスは、領内で大人気のロボアニメ(以下『例のアニメ』)の主人公機を完全再現するため、今まで培った技術の全てを注ぎ込み、試作機を作り上げた。
片方は、変形合体機構の再現を試みたヴォルトⅤ・A。もう片方は、武装の再現を試みたヴォルトⅤ・Bだ。
この二機が両方成功したとしても、『例のアニメ』の主人公機の完全再現プロジェクトにとってはごくごく小さな一歩なのである。
やるべきことも、課題も、未だに多く残っている。ましてやここで躓くことは許されない。
「よお、ロミオ!浮かない顔してどうした?」
「ラムセス…」
脂汗をかくロミオを見かねて、同僚のラムセスが声をかけてきた。黒髪で丸い顔のロミオと比べると、ラムセスは金髪でなおかつ均整のとれた顔つきだ。
「いや、このプレゼンテーションが成功すればいいなって」
「まあ、かなり厳しい設計だったものな」
「ああ。でも、これはまだはじめの一歩ですらないんだ…!」
「気負い過ぎるなよ、ロミオ。肩の力を抜かないと、とんでもない失敗が待ってるぜ」
ラムセスがロミオの肩を軽く小突いた。緊張を和らげるためだ。
その直後に、アナウンスがかかる。
「ラムセス・セルヴィオ開発主任!会場へ登壇しなさい」
「おっとぉ、早速だな」
「頑張れよ」
「成功したほうが飯を奢る約束!忘れんなよ!!」
そう言って、ラムセスは走り去った。



ヘリコ基地の真ん中に、5つのビークル型に分離したヴォルトⅤ・Aが鎮座している。パイロットが乗るのは頭を形成する小型ジェット機で、他はレメゲトンによる遠隔操作だ。
周囲には、かなり離れた位置を囲んで人員が集まっていた。
『例のアニメ』では、主人公機は5機のビークルが合体して巨大ロボとなる。
ヴォルトⅤ・Aの合体が成功すれば、ヴォルトだけでなく、テウルギアの歴史にも大きな一歩となるであろう。
ヴォルトの官僚も見守る中、ラムセスは宣言した。
「それでは、ヴォルトⅤ・A!レッツ・ヴォルト・イン!」
『了解。レッツヴォルトイン』
パイロットの応答とともに、5機のビークルがスラスターで宙に飛んだ。
本物よりは遥かに簡素だが、大型車両や戦闘機にしか見えなかったメカは、変形によって頭や腕を形成していく。
「よし、よし、いいぞ…!」
順調に見える合体シーケンスに、ライバルの作った機体といえど心からの応援を送るロミオ。
会場が湧き上がる。行くか、どうだ。見物人のテンションは最高潮に達した。
が、人生はそう簡単にはいかない!!
『こちらヴォルトⅤ・A。推進剤が尽きた。コントロール不能。コントロール不能』
「なにっ?!」
パイロットの報告に、ラムセスは驚愕した。空中変形に時間がかかりすぎ、肝心の合体前に推進剤が底を尽きたのだ。
「ば、ばかな!計算上では完璧だったのに!」
ラムセスは金髪をクッシャクシャにしながら天に叫んだ。それは天上の神々に届いたのだろうか。
届いているのなら、このような事故は起きなかったハズであるが。
『脱出する』
変形途中の小型戦闘機から、レメゲトンの入ったユニットを背負ったイジェクションシートが射出された。元からコントロールを失っていたビークルは、変形途中の無様な格好のまま地上に墜落した。
5機のビークルは意外と強度があったようで、地上に叩きつけられてもバラバラになることはなかった。だが、内部機器に凄まじい衝撃がかかったのだから、改修して再利用、などという真似はできようはずもない。
「ああ…」
ラムセスはその場に膝をついた。
「うぁああああああ……!!!!!」
ラムセスの慟哭に合わせるように、パラシュートがゆらゆらと落ちていった。



続いてはヴォルトⅤ・Bだ。『例のアニメ』では、主人公機は胸のM字シンボルから刃と柄を出し、片手半剣にしていた。
「ヴォルトⅤ・B、ヘブンズソード」
不安と緊張と焦りで何回も言い間違えつつ、命令を出す。パイロットはすぐにラジャーと答えた。
ヴォルトⅤ・Bの胸部、胸のM字シンボルの下に、シンボルに格納されていた筒が飛び出した。その筒からさらに筒が出る。
これがヘブンズソードの柄だ。ヴォルトⅤ・Bはその柄を握りしめた。
もうこの時点で、刃が出るスペースはない。物理法則上では、柄を内蔵した時点で刃が入る余裕はなかったのだ。
そもそも、このM字シンボルに刃を内蔵したとしても、柄のようにはいかない。どうあがいても、短剣サイズにしかならないだろう。
このままでは剣の柄と鍔のみの剣ですらない何かである。だが、ロミオには秘策があった。
ヴォルトⅤ・Bの胸部スリットから刃が飛び出し、鍔に接続された。ボルトⅤ・Bの胸部から腹部にかけての装甲は、この刃を内蔵するためのいわば鞘の役目も果たしているのだ。
『ヘブンズソード、完成しました』
「よくやった!」
『目標を確認、攻撃します』
ヴォルトⅤ・Bの睨む先、仮想ターゲットのフェンリル製マゲイアSIPPOH(中古の廃棄品)があった。
剣を高く掲げ、手首から放電。この放電は再現のためのもので、意味はない。
放電終了と同意に背中からプラズマグレネードが射出され、剣の先端付近にある接合部にくっつき、発光する。
ちなみにこの発光も再現のためのものである。そもそもとしてヴォルトⅤ・Bのプラズマグレネードにあたる装備は、元ネタでは光のエネルギーの塊である。
『プラズマボール、発射』
剣を振り、その遠心力でプラズマグレネードを飛ばす。レメゲトンの緻密な計算で最適な振り方を選択したテウルギアは、プラズマグレネードを見事マゲイアにぶち当てた。
プラズマ爆発。周囲を光が照らす。
「よし、いいぞ。いいぞぉ!!」
先ほどまでのマイナス感情は何処へやら、ロミオは叫んでいた。
あとはもうただの作業だ。プラズマ爆発で装甲の劣化したマゲイアをぶった斬るだけでこのテストは終わる。
『ヴォルトⅤ・B、剣撃に移行する』
スラスターで天高く飛び上がったヴォルトⅤ・Bは、落下しながらマゲイアに袈裟懸けに斬り付けた。
会場が湧き上がる。行くか、どうだ。見物人のテンションは最高潮に達した。
が、人生はそう簡単にはいかない!!
「あ…あ?」
切り付けたはずの剣の刃は、すっぽ抜けていた。鍔と刃の接続が甘かったのだ。後付けでくっつけた弊害がここで出た。
プラズマグレネードを投げる段階までは耐えたが、斬り付ける段になって限界を迎えたらしい。
『…こちらヴォルトⅤ・B。ヘブンズソードが破損した。試験を中止する。』
パイロットの報告に、ロミオはただ死んだように惚けるしかできないでいた。



「乾杯…」
「…乾杯」
地ビールのジョッキを弱々しくぶつけ、ロミオとラムセスは肩を落とした。
双方の機体のテストが失敗したのだから、成功したほうが飯を奢るという約束は無効になってしまった。
ビーフンをすすりながら、二人は涙を啜った。
再現機体完成は、未だ遠い。帰ったら『例のアニメ』を観ようと、二人は心で誓った。
最終更新:2018年05月20日 16:32