小説 > ソル・ルナ > 夜天月下狂想曲 > 4

"♪I'll give you lots of laugh"
"♪You'll give me lots of laugh"

小気味よいメロディーと共に軽やかな電子音声がカーラジオから響く。

「あの…これはなんて曲で?」

リュドミラが誰を指定するでもなく問い掛ける。
美しさを至上とし、追い求める事で知られるリュミエールだが、その一環として過去の文化のサルベージなどに積極的であることは割と知られていない。

単に趣味の合致でL.S.Sと提携していると思われがちだが、その実彼らの優れたサルベージ能力とそれによって復元された旧時代の娯楽文化を高く評価しているというれっきとした理由もあるのだ。

「ああ、これは"LOL -lots of laugh-"。西暦時代に旧日本で書かれた曲よ。歌ってるのは歌唱ソフト…つまり、プログラムで作られたものね」

アリシアはそれをサラリと返しつつ、屋敷に向かっていた時とは打って変わって通常の高速道路を車で流していく。

"♪パソコンを投げ出して 素足で飛び出したの"
"♪気が付けばもう真夜中 「ここは何処?」 午前二時半"

流れる光がテクノポップの曲調と良く噛み合って、なんとも気分を良くしてくれる。
彼女達は屋敷を発ち、スケジュールに入っていたラジオ放送のために放送局へと向かっている真っ最中だ。

"♪ピンク色したウサギ 「マイゴニナリマシタカ?」"

「へー…」
「これが今から300年近く前にあったと思うと凄いでしょ?」

"♪手を繋ぎ誘うの みるみるうちに小さく!?"

今でこそレメゲトンなどといった高度なAIが存在しており、機械が声を発し、歌を奏でるのも特段違和感のない事だが、遥か昔、企業歴どころか西暦が使われていた時代にここまでの物が造り上げられていたというのは確かに感慨深いものがある。

"♪モノグラムの世界 ByeByeを告げる時がきた"
"♪プラトニックな力なの それが全てでしょう ねぇ?lots of laugh"

「そうですね…かつて人類が過ごしていた世界がどんなものだったのか、私は多少なりとも資料で知っておりますが…これを聞いてると、なんだか今より進んでいたのではないかとさえ思ってしまいそうです」

"♪チョコレイトバスタブ 生クリィムのシャボンの中で眠ってた"
"♪あたしは lol(エル オー エル)"

そう答えてリュドミラは歌の世界へと想いを馳せる。可愛らしい歌声と歌詞の内容に、思わず年相応の女の子らしい光景を浮かべて笑みを浮かべる。

"♪I'll give you lots of laugh"
"♪You'll give me lots of laugh"

窓の外には、美しい街並みと流れるヘッドライトが煌びやかに世界を彩っていた。


─第4話 前菜は焦らすもの─


「今思えば、どうして捕虜だと言うのにあそこまで浮かれていたのかな、と思いはしますね」

しばしフェードアウトした後、画面にはリュドミラが一人椅子に座ってインタビューに答えている様子が映っていた。

「だって、罠とは言え領域侵犯に防衛部隊の攻撃までしちゃったんですよ?普通ならこの時点で大問題じゃないですか」

確かに、VTRでは技仙の警備部隊に加え、リュミエールのミラージュ・ナハトまで狙撃したとしている。
普通これだけの事をしでかせば、事が判明した時点で多額の損害賠償などを請求するなりされかねない。

「でも、アリシアお姉様はそれをしなかった。いやしたんですけど、ただそれだけでは終わらせなかった。単純に、それ以上の脅威が迫っていたんですから。むしろ、"ただの"大問題にする方が不味かったんでしょうね」

その言葉と共に、画面は再びVTRに移るべくフェードアウトしていった。

──

そこはエリュシオーネにある放送局、「アルヴォミュール・フィエルクレーネ」。
特権階級が大多数を占めるリュミエールにおいて最大手を誇る局であり、「新旧問わず文化を語る者」として人々に笑顔を届けんとする光の一面でもある。
同社の広報としての一員も兼ねており、彼らの番組はアレクトリス領民は勿論、手数料等は掛かるがCD、EAA領民が視聴する事も可能である。

「…緊急生放送と仰りますから何事かと思えば…これは何のご冗談で?」

カップに紅茶を注ぎつつ、現社長にして創業者一族の現当主たるシルフィ=スフィアード・フィエルクレーネがアリシアに問い掛ける。

「向こうがハメられたのよ」

ありがとう、そう礼を告げつつ彼女は椅子に座り、その向かいの椅子にシルフィが腰を据える。

「恐らくは外に逃げ出したレナード派によるものでしょう。彼女に対して偽物のメールが宛てられていたわ」

ふわりと広がるフレーバーを楽しみ、優雅にカップを置く。

「目的は…貴方の退陣、といった所でしょうか」

昏く澄んだ紅色の瞳がアリシアを見据える。クールビューティな印象故か、そこには冷たい殺意が宿っているようにさえ見える。

「でしょうね。リュドミラに対して迂闊な制裁を課せば、それは対外関係の悪化を招く。勿論それで済めばいい方で、様々な形で愛され支持を得ている事を思えば、彼ら共産主義の狂信者共はたちまち怒り狂い、私達にその矛先を向けるでしょう。その結果リュミエールになんかしらの危機があれば、少なからず私も責任を問われる」

紫の瞳を細めて言葉を紡ぐ。

「…彼らの唯一の誤算は、リュドミラ嬢がそのメールをきっちりと保存して無実の証明を成せるようにしていたこと、であると。まさか私用の端末と混同する事は致すまい、社に置いてあるデスクトップなりに届くだろうと思ったのでしょうが、事もあろうに彼女はそれを"私用しても問題ない程セキュリティを強固にする"という形で乗り越えていた…そういう事ですね?」

アリシアから聞いた情報を元に、シルフィがここに至る経緯を導き出す。

「ユカリもユカリだけど、貴方のその推理力も大概よね」
「そうですね、それについては私も恵まれたものと自負しております。その代わり、人の感情のようなものは理解出来ません。それに」

シルフィが続ける。

「私はユカリ様みたいに先読みが出来る訳ではありませんので。あくまでも私のそれは今ある情報から事実を導いているだけであり、彼女の様に未来を見据えてはいないですから」

紅茶を飲み干してカップを差し出す。
アイスか、ホットか、との問いを投げ掛けられ、アリシアは迷わずアイスを頼む。

「そんな事があったから、私はそれに乗ってあげるわけ」

自信満々に告げる。
迷いもなく、ただ単純に"その程度で落とせるとでも思ったか"と勝ち誇るように。

「…ああ、なるほど。貴方は本当にお転婆ですね。なるほど、ユカリ様が苦労する訳です」

凡そ全てを察したシルフィが半ば呆れたように、しかしそれを良しとする様に微笑む。
ユカリとは打って変わって呑気とも言える反応だが、実際の所単に立場と性格の違いというだけで、どちらの優劣の話ではない。

「まぁ、勝算自体は大いにあるから安心して」

シルフィはアリシアが享楽主義である事はひどく理解している。
しかし、それ故に計算高い女である事もきちんと理解している。

ことこの若き女社長は、10年前にシルフィが社長となった時の式典にて、まだ社長令嬢であった頃の時点でシルフィの能力を評価していた。
かつて様々な特権階級の御曹司にその美貌ばかりを見られており、能力を問う者が少なかった彼女は、それを一目見て何故アリシアが選ばれたのかを理解した。

故に、今回の一件も彼女が笑う事になるのだろう。多少のリスクを背負おうとも、それを笑えるリターンを見出したのだと、彼女は確信している。

「…まぁ、良いでしょう。ただし、この後のラジオでは宣伝だけにして下さいな」
「ハナからそのつもりよ。でなきゃ、観客が湧かないじゃない」

魔性の乙女が悪戯に笑う。
グラスに注がれたアイスティーを飲み干して、迷いなく席を立つ。

「さて、そろそろオンエアの時間だし、私は行くわ。急にかつ無茶なお願いだと言うのに、応えてくれてありがとうね」
「…良いのよ、普段の無茶苦茶に比べれば、この程度は催事ですから。ねぇ、アリシア?」
「あはは、貴方にそう言われちゃお手上げね」

友人としての返答に、少女の笑顔を返して部屋を出る。

「お待ちしておりました」
「リュドミラは?」
「スタジオにて見学です」
「よろしい」

外に待っていたツバキと合流し、二人でスタジオへと向かう。放送10分前、ヘッドセットを操作して直接移動する旨を伝えておく。

出発前の時点で全ての準備は出来ている。そもそも、今から放送するのは彼女がMCを務める冠番組の一つであり、先述の通りここでは宣伝しか行わない以上、特に身構える理由もない。

収録室へと入った彼女をディーヴァが迎え、ユカリ達は見学のためにvip席で手を振って微笑んでいた。

「準備は良い?」

ディーヴァが笑顔で問い掛ける。

「いつでもオッケー」

アリシアも親しげに返す。
ガラスの向こう、スタッフが秒読みを始め指を折る。全ての指が折れると共に煌びやかな時報が響き、2人が一斉に口を開く。

「「Ladies and gentleman!」」
「アリシアと」
「ディーヴァの」
「「ムーンライト☆スタジオー!!」」

明るい声でタイトルコールを行い、二人で和やかに拍手を行う。
始めた頃から行っていることで、視聴者が輪に入りやすいようにという配慮によるものだ。

番組内容としてはL.S.Sによってサルベージされた大戦前の娯楽文化を二人で語ったり実際に遊ぶなりする生放送というもの。

その内容故に濃いリクエストが多く、開始当初は視聴者の知識に圧倒されがちな二人だったが、それを受けたアリシアが勉強を重ねたため、今では二人とも「そっち側」なトークも繰り広げられる様になっていた。
ただし、今回は後に緊急生放送が控えているため、それらのコーナーはほぼお休みである。

「皆様こんばんは、そしてごきげんよう。本日もやって来ましたムーンライト☆スタジオ、MCは私アリシア=セレナーデ・クロノワールと」
「そのレメゲトン、ディーヴァでございます」
「そろそろ春の訪れを思わせる暖かな日差しが見受けられますが、皆様如何お過ごしでしょうか。私は先日春の新作モデルの撮影を行いましたが、桜舞い散る夜の公園だったのでほんのりと肌寒さを感じましたね。ディーヴァはどう?」

軽い挨拶を済ませ、世間話の感覚で近況を語っていく。

「アリシアは私と違って風邪をひいたりするものね。私?私はレメゲトン一同でお花見をしたかなー。コノハナサクヤがお出かけしたいと言い出してね、私と二人でレメゲトン達を誘ったのよ」
「ああ、三日前のね。ベガ達も乗ったんでしょ?」
「ええ、最初は来るか不安だったけど、誘ってみたら一番ノリノリだったわ。どうもカジノがマンネリだったみたいで」
「あー。普段から荒稼ぎしてるものね」
「そうそう。あんまりにも強くてスロットとかも試したんだけど、やっぱり賭ける相手が居ないとつまんないらしくて。そこで私達と遊んでスッキリしたかったみたい。ちょっと賭け勝負したわ」
「真性の賭け狂いね…彼女らしいわ」
「でしょー?」

二つの大輪の華がガールズトークに花を咲かせ、スタジオに楽しげな雰囲気を齎していく。
和やかに、そして華やかに声を弾ませ、少しずつ場を盛り上げて雰囲気を作っていく。

「それではお話も盛り上がってきた所で、本日の音楽リクエストコーナーに参りましょう」
「ではまず1曲目を。アリシア、お願いね」
「何が出るかな、何が出るかな…」

お約束とされる呪文を唱えつつ、差し出された箱の中に手を入れ、中身を掻き混ぜながらハガキを手に取る。

「…じゃん!えーと…"kiseki"…かな?」
「合ってる合ってる。音源あるかしら?」

ハガキの文字を読み上げれば、ディーヴァがハンドサインで音響スタッフに有無を問う。
窓ガラスの向こうでスタッフが余裕のOKサインを出した。

「はい、OKサイン出ましたー♪それではお聞き下さい、"kiseki"」

アリシアのサインと共に一時的にマイクが止まり、スタッフによって音楽が掛けられる。
それを確認したディーヴァが差し出したアイスティーを受け取り、ストローで吸い上げる。

"♪Sey Good Bye⇔Hello 繰り返す"
「緊張してる?」
「ちょっとだけね」
"♪君と僕 めぐりめぐる永遠に"

何時もより多めにアイスティーを飲む姿に、ディーヴァが優しく問い掛ける。

「でも大丈夫。お母様に比べればこのくらい」
"♪僕らの行方は…"
「あらあら」

にっと笑ってアリシアが返す言葉に思わず笑みを零す。勿論この言葉はオフレコである。
そして、アリシアがそう告げるのも理解出来る。

"♪そばにいると 見えなくなるものは何?"
"♪色とりどりの 愛と優しさ"

何せ今回の件はレイチェルに何の連絡もなしに行った事であり、詰まる所この後の生放送で彼女は初めて事態を知る事になるのだ。

事が終わった後を思えばその発言も致し方あるまい、とディーヴァも納得してしまう。

"♪些細なことで 傷付けあった日々から"
「そればっかりはもう頑張るしかないわね」
「まぁ私が悪いしね…」
"♪忘れてたもの 思い出したよ"

あはは、と苦笑いしつつ更にアイスティーを啜る。

"♪僕らの足音は 未来へ続く「軌跡」"
"♪移りゆく景色の中で…"

チラと見やれば、楽しげに微笑むユカリ達が視界に映り、営業スマイルで手を振り返す。

"♪いつでも"

それを見てリュドミラが嬉しそうに手を振る。
自分にはない純粋さに少しだけアリシアは感傷を覚えつつ、しかし彼女と自分は違うと即座に振り払う。

"♪Sey Good Bye⇔Hello 繰り返す"
「どうかした?」
「いや、私にもあんな頃があったのかしらと」
"♪君と僕 めぐりめぐる永遠に"

昔を振り返るように遠くを見詰める。
とはいえ、彼女の過去は決して明るいとは言い難い。

"♪未来を描き出す"
「ああ、なるほど。確かに今の貴方を見てると何とも想像出来ないわ」
「でしょ?だからなんとなくね」
"♪このメロディ 世界変わるまで"

互いを信頼するが故に紡げる言葉。
そして何よりも、今の姿を好きでいるからこそ出てくる言葉でもある。

"♪Sey Good Bye⇔Hello 何時だって"
「またオンナノコにでもなっとく?」
"♪日はまた昇り 繰り返す永遠に"

一抹の寂しさを感じさせるような言葉に、ディーヴァがそっとアリシアへ囁く。

"♪僕らの行方を"
「…そうね、今度の休みに頼むわ、"リリス"。っと、始まるわ」
"♪照らし出すよ"

窓の外でスタッフが指を折っているのを見遣りつつ、艶やかな表情でディーヴァの提案を受け入れる。
同時に指が全て畳まれ、再びマイクのスイッチが入る。

「うんうん、明るくも綺麗な曲ね」
「イントロのはティンバニ?それとは別にチューブラーベルもサビにあるかな?雪とか冬の夜っぽいイメージがあるわ」
「クリスマスの時期とか合いそう」

2番へと続く曲をバックに、開口一番二人で感想を述べていく。
良い曲を聞けば自然と心が動くもので、ああだこうだと言葉が紡がれていく。

「あ、これアニメのOPだったのね。本当に雪降る夜の街から始まってる」
「待って、流石に笑っちゃうんだけど。メロディーがそれっぽいなって軽い気持ちだったのに」

不意に小型テレビが机の上に差し出されたのを見れば、そこにはその曲が使われたOP映像が映っており、今まさにディーヴァが語るイメージがほぼそのまま描かれていた。

「このOP映像…って、視聴者の皆様に見えなきゃ意味ないわね」
「ラジオだしね。サウンドオンリーなのは仕方ないわ」

ついついテレビを画面の向こうへと向けようとするアリシアだが、そこに至ってその画面がないと気付いてガクリと項垂れる。

「まぁまぁ、目の前にあったらついつい見せたくなっちゃうのも仕方ないわ。あ、このアニメですが、L.S.Sのノーライフ・キングズで閲覧出来るので、お時間のある時にでもご覧になって下さいね」

すかさずディーヴァがフォローを入れ、そのまま即座に宣伝に繋いでいく。

「うぐぐ…気を取り直して次のリクエストに行きましょうか…何が出るかな、何が出るかな」

顔を上げ、次の曲を決めようと箱の中に手をねじ込む。
ガサガサと掻き混ぜた後に引かれた手には新たなハガキがあった。

「よっと。えーと…"Grip&Break Down!!"。あー、これは次回に取っておきましょう。5日後にフランシスタがカバーシングル出すから、どうせなら発売後に彼女を呼んで流すわ」

そう言って予約ボックスと書かれた箱にハガキをしまい、次のハガキを取らんと再び箱に手を入れる。

「では改めて。何が出るかな、何が出るかな…ほいっと。…あ、歌って欲しいと書いてある。"寂しがり屋のクイックシルバー"ね」

ハガキには曲名とは別にアリシア達が歌う事を希望する旨が書き記されていた。

「カラオケ音源あるのかしら。音響さん、どう?」

ディーヴァが再び窓の向こうへと手を振れば、スタッフが少し待つようにとジェスチャーを返す。

「少し待って欲しいみたい」
「じゃあ、今の内に軽い発声練習しておくわ」
「私もチューニングしないと」

その言葉と共に席を立ち、ヘッドセットを操作する。
耳元に手を当てて、そのまま指で軽くタップすれば、アナウンスが耳へと響いて機能の変更をアリシアに告げる。
ゆっくりと深呼吸をした後、自らの腹部へ手を当てる。

「…あ、あ。Ah…Ah」

瞳を閉じて口を開けば、美しいソプラノの声が響く。
ヘッドセットから響くCを始点に、徐々に音程を上げていく。
歌声は滑らかにその音色を変え、CからDへ、DからEへと上っていく。
1オクターブを上げて更に上のFを響かせた後、今度はゆっくりと音程を下げ、オクターブすら下ってそのままメゾソプラノへと続かせる。
その隣ではディーヴァが喉に手を当てながら「調声」を行っている。

発声練習としてはあまりにも単純ではあるが、普段からボイストレーニングを欠かさぬアリシア達にとってはこの程度でも十分なものだ。
一通りの音程を合わせた頃、丁度スタッフから準備完了の合図が送られる。

「あ、準備が出来た様ですねー。それではお聞きください、"寂しがり屋のクイックシルバー"」

題名を告げつつ準備okの合図を返せば、それを見たスタッフが指を折って開始を告げる。
直後、ヘッドセットを通してイントロが響き渡る。その終わり際、大きく息を吸って口を開く。

「♪風が吹いて宵に刻む 月明かり灯したキャンドル」

彼女は身振り手振りを交え─最早踊りそのものの動きと共にその歌声を響かせる。
恐れることはない、寧ろ高らかに、誇らしげに胸を張る。
視聴者からの要望だからというのもあるが、何より自身に憧れの眼差しを向ける少女が窓の向こうに居る。
ならば一体何を躊躇おうか、今ここで象徴たる姫君が出し惜しみなど出来る筈があるものか。
今こそ声を張れ。蒼空に向けて響かせよう。
民の願いを受け、それを乗せたこの声が世界へと響く。
これほど楽しい事があっただろうか。

「♪欠けた声が 迷い込んで 鐘の音を鳴らす」

声を、手を伸ばして歌を響かせる。
ゆっくりと後ろに下がれば、入れ替わるようにディーヴァが前へと躍り出る。

『♪招かれざる 無垢な瞳 大事な誰かに似ていた』

ディーヴァの歌声が響く。嘗ての世界であれば所詮機械と侮る者もいたろうが、ことテウルギアが世間一般に認知された今となってはその声も聞かなくなって久しいものである。
それどころかL.S.Sによって一般人にさえ人工知能をパートナーとするものさえ出てきた今、歌に真摯な彼女を嗤うものは一人としていない。
仮に居るならば、それを理解する余裕さえない様な、憐れでみすぼらしいゴミクズであろう。

『♪いつの間にか手の中で回した 空のグラスを飲み干す』

ディーヴァの声が伸びると共に、横に並び立つ様に前を出る。

「♪粉雪 途切れてしまう前に 一体何を思い出せばいい」
『♪朝の映らないT.Vには』
「『♪白黒に焼き付いたままの群像劇』」

声を重ね、手を重ねる。
準備はいいかと問い掛けるその目を真っ直ぐ見詰め、力強く頷いて息を吸う。

「『♪一人にしないで できれば忘れないでいて』」
「♪根拠もなく信じていた」
『♪叶うはずの願いの「証を」』
「『♪踊りつかれるのもいい 今夜は一緒に四重奏(カルテット)』」
「『♪私の名前を呼んで 届いて』」
「♪もう少しすれば 『朝が来る』」

短い間奏に入る。フェードアウトもないので、このまま続けろということなのだろう。というか、スタッフが見入っている。

『♪風が止んで雲間分かち 月明かりの外れでワルツ』
『♪ひた隠したヒロイズムを爪弾く竪琴』

ここで互いに入れ替えてディーヴァが歌い出す。
1番と2番で歌う場所を逆転させるのは割とよく見かけた手段と言える。

「♪色違いの帽子に 溜息重ねた午前四時」

1番でディーヴァがそうした様に、今度はアリシアが入れ替わるように前へ出る。

「♪いつのものか忘れた 写真の中笑う」

横に並び立つディーヴァにバトンを渡し、そのまま円を描く様に二人で歩く。

『♪はじけて 消えてしまわないように この泡にも名前をつけよう』
「♪君が 傍にいてくれるなら」
『「♪遠い昔見飽きた夢でも 泣けるだろう」』

天を仰いで手を宇宙へ翳す。
それこそ星を見やる様に。

『「♪星の瞬きに 今日が明日に変わる頃」』
『♪(きさらぎ)も酔う心の模様』
「♪深く激しく『奏に変えて』」

『「♪通り過ぎた場所から 幻来たりて五重奏(クインテット)」』
『「♪もう一度胸に刻んで 残して」』

ほんの僅かな間奏が入るや否や、そのまま息を吸う。まだだ、まだ終わってない。
此処からが本番だ。

「♪口ずさむ度」
『♪醒めてく』
「『♪私達のメロディーは』」
「♪時間を閉じ込めてた」
「『♪窓のないこの部屋にずっと 流れ続ける』」

強めのクレッシェンドを掛けつつ声を張る。
そのまま最後の間奏へと入る前、再び二人で手を重ねて握り込む。
さぁ、行こう。
今ここで行かず誰が行く。
二人きりの世界、一体誰に遠慮してやろうか。
そんな無粋なものはこのリュミエールには必要ない。
私達に必要なのは呆れる程の美しさ、傲岸さなのだから。
ならば邪魔などさせるものか。
この快楽、この感情は、全部全部私の、私と彼女だけのものだ。誰にだって渡しやしない。

「♪紅茶は苦過ぎるくらいがいい 眠りまで忘れてしまうから」
『♪ろくに台詞も覚えてない』
「『♪手探りで不器用なCadette 演じましょう』」

「♪君が望むなら 幸せの形を歌おう」
「♪また始まる」『♪響き止まず』
「♪追憶と」『♪幻想の』「『♪アンサンブル』」
「『♪魂の音重ねて 今夜は皆で幽霊楽団(オーケストラ)』」
「『♪どこにも いかないでいて ここにいて』」

最後の仕上げとばかりにディーヴァの手を軸に一回転した後に止まれば、ディーヴァと二人手を広げる。

「『♪もう少しこのまま 朝を待とう』」

曲の余韻が引いたのを確認し、その手を離して楽しげに微笑む。

「…はい、私とディーヴァによるデュエットで"寂しがり屋のクイックシルバー"でしたー」
「いやー、やっぱりこういう曲は楽しい。強弱ハッキリしてると気分が乗るね」
「そうねー。これぐらいメリハリあると踊ってて楽しい」

アイスティーを手にしつつ椅子へと座り、再び歓談に華を咲かせる。
こうして話をしている分には暗い部分を感じさせない。

「豆知識だけど、このクイックシルバーって女性のポルターガイストって説があるらしいわ」

ディーヴァが端末をアリシアに向けて差し出す。そこには伝承としてのクイックシルバーが記されており、その中にポルターガイストの女性形とする説もあった。

「え、そうなの?…あ、本当だー。それは初耳だった」
「この辺り上手いこと元を落とし込んでるなって私は思う」
「確かに、あの子達もポルターガイストっぽいもんね」
「最後のオーケストラだって"幽霊楽団"って書いてるしね」
「うーん、上手い具合に書いてて唸らされるなぁ」

歌って踊ったりする社長としても有名なアリシアだが、数少ない悩みの一つとして作詞・作曲は出来なかったりする。
もっとも、これについては天性のセンスの有無もあるので仕方ない所でもある。

「っとと、もうお便りコーナーの時間なのね。どれどれ…」

唐突に差し出されたお便り箱を見て思わず時計を見る。思った以上に時間が経っていたらしい。
因みにこれらもやはり箱に詰められている。

「何が出るかな 、っと…えー、技仙公司在住のヤオさんからですね」

差出人の名前を読み上げ、そのままハガキの内容へと移る。

「"アリシア様、ディーヴァ様、こんばんは。自分は企業前歴の書物等をよく読むのですが、ある時錬丹術なる単語を見付けました。技仙公司中央書庫を漁ってみましたが、その様な術を纏めた書物は見付からずじまいでした。聞けば御社の大図書館には魔導書や占星術などの書物も数多く収められているとの事ですが、何かご存知でしょうか"」

内容はなんかしらの術についての文献の有無を問うものだった。

「んー、流石に私は覚えがないかな…ディーヴァは?」

首を傾げつつ話を振る。

「いや…錬金術については聞いたことあるけど…パトキュール様に聞いてみる?」
「いける?」
「コア経由で捕まえられるわ」
「じゃあお願い。少々お待ち下さい、ただいまパトキュールに連絡を取ってます」

ディーヴァの提案を飲み込んでその場を任せる。

『お待たせしました、ディーヴァさん。一体どうしました?』

数秒の沈黙のあとにパトキュールのレメゲトン、クリスタル=コアに音声通信が繋がり、それをディーヴァがラジオに直接流す。

「ごめんごめん、パトキュール様は今平気?ラジオのお便りでちょっと聞きたいことがあるんだけども」
『平気ですよー、今代わります』

朗らかな声で快諾する声の直後、何とも言えない感情を纏った声が届く。

『…何か用?』
「あ、良かった良かった。錬丹術って知ってる?」
『…錬丹術…ああ、マガレンの?』

アリシアからの唐突な問いを受け、暫しの沈黙の後、彼女は思い出したように一つの名前を呟く。

「マガレン?」
『ええ、"禍津の錬金術師"。旧日本で発売された漫画で、和洋折衷ファンタジーの傑作として知る人ぞ知る作品よ。錬丹術はその作品にて登場する術の一つで、地面や人体等に流れるエネルギーを利用してものを錬成するものね』

途端に流暢に喋り出すパトキュール。本の虫として多種多様な作品を読み漁っているのは伊達ではないのだろう。

「で、なんでそんなものが技仙に?」
『その世界で錬丹術を主に用いるのがカンという旧中国をモチーフにした国だからじゃない?少ないとはいえ海外に向けても発売された様だし、恐らく仙術を元にしているでしょうから、それ目当ての人が購入したのでしょう』

図書館の主は続ける。

『大方保存状態が良くなかったか、大戦などで破損したかでマトモに読めなくなっていたのでしょうね。あの作品は錬金術などの考証もきっちりしてたらしいし、陣だけの絵を見たりしたら文献と勘違いするのもおかしくないわ。とはいえ…元になったと思わしき仙術については、現状殆ど資料が残ってないと言っていいわね。遺跡と化した旧時代の建物の探索も簡単じゃないし、何より仙術関連の文献はそもそもの数が少なかったみたいで─』
「つまり」

アリシアが半ば割って入る形で結論を求める。このままでは残り時間を食い潰しかねない。

『…L.S.Sからサルベージされた作品を閲覧するのが現実的でしょうね。資料としては不十分な可能性は否定出来ないけども、私が知る限りでは現状一番詳細に描かれているのがマガレンと言っても過言ではないわ。技仙中央書庫に仙術などの文献がないなら尚更ね。そうでなくても旧日本にはそう言ったファンタジー関連の資料が多く纏められていたと聞くもの。そしてそこにも殆どないとなれば…後は分かるでしょう?』

なんとも言えない結論。
身も蓋もないと言えばそれまでだが、今の話が事実ならそれが一番現実的な回答であるのはその場にいる全員が理解出来ていた。

「んー…まぁ、資料がないんなら他に取れる手段もない、か」
『そういうこと。これ以上を求めるなら必然的に遺跡探索になるわね』
「それは確かに勧められないわ」
『でしょう?じゃあ、切るわね』
「ええ、ありがとうね」

プツンという音と共に通信が切れる。
この辺りの原理はあまり昔から変わっていないらしい。

「えー、パトキュール様にひとまず感謝を。研究中と思わしき中ありがとうございました」

ディーヴァが恭しく礼を告げる。

「お便りへの回答としては、"大戦前にて描かれた漫画作品にて使用されている術であり、そのベースとなった仙術の資料は殆ど残っていない。そのため、L.S.Sにて当該作品を閲覧するのが一番現実的である"と言った所でしょうか。ちょっと身も蓋もない回答になっちゃったわね」

少し投げやりな回答になってしまい、アリシアが肩を竦める。とはいえ、ないものはないとしか言えないのだから仕方ない。嘘をつく方が不味い。

「無い袖は振れないのだから仕方ないわ。とはいえこのままというのもなんだし、何かしらのお詫びをさせていただきますね」
「ひとまず、ヤオさんに感謝を。お便りありがとうございました。では、続いてのお便り行きたいと思います」

便りの主に礼を告げ、次への移行によって仕切り直す。今度はディーヴァが引く番だ。

「何が出るかな、何が出るかな…はいっと。えー…テーフィッシュ在住のパタールさんからですね」
「あら、また珍しい所から来たわね」

リュミエール同様アレクトリスの基幹企業として名を連ねるテーフィッシュは特に階級制度が強い事で知られている。
元々宗教的な色が濃いかの地にはそれらを見張る監視機関まで存在していると言われ、人々はそれらに強く縛られているという。
階級制度が強いと言ってもリュミエールのそれとは異なり、こちらが民の全てを背負う象徴、保証としての意味合いも含めた超中央集権体制を取っているのに対して、あちらのそれは旧インドにて特に根強く残っていたカースト制度に基づくものであろう。
その特性上、そもそもここまでハガキを送れる人間そのものが少ない。両社の関係自体は悪くない割に珍しいとされるのは、これが理由である。

「"アリシア様、ディーヴァ様、こんばんは"。はい、こんばんはー」

ディーヴァがハガキを読み上げ挨拶を返す。

「"何時も御社の機体デザインを堪能させて頂いてます。特にL.S.S謹製のフィギュアやキットなどをコレクションしており、新作が出るのを常々楽しみにしております。最近になってファンタズマゴリアから新たに二機のキットが出ましたが、現在新しい機体は開発しているのでしょうか?可能な範囲でお聞かせ下さい!"」

そこに記されていたのは、リュミエールが新機体を開発しているのかどうかという質問であった。
可能な範囲で、というのは機密等に関わることに興味がある訳ではなく、単純にどんなデザインが来るのかを楽しみにしているからだろう。

「新機体は絶賛開発中よ。もうデザイン自体は出来上がってて現在制作中なの。出来上がり次第実践テストを行って、それに合格すれば新作として発表されるわ」

アリシアがどことなく嬉しそうに答える。やはりデザインを評価されているのは嬉しいのであろう。

「今回はアプローチを変えて、見た目だけではなくて"能力の再現"に重きを置いた意欲作よ。特に問題なければ今年の冬には発表出来るでしょうから、どうか楽しみにしていて欲しいわ」

誰に見られてる訳でもないのにニコニコ営業スマイルを欠かさないアリシア。しかし、これが思わぬ死亡フラグであったと気付くのが秋も半ばに入った頃であるのは、また別の話である。

「では次のお便りー。今日は時間的に最後になっちゃうかな?」
「この後があるからね」
「まぁ、それについてはこの後で。まずはお便り行っちゃおう」
「何が出るかな、何が出るかな」

ディーヴァが小さく手を打ちながら音頭を取り、それに合わせてアリシアが箱の中身を掻き混ぜる。

「じゃん!どれどれ…えーと…おおー。えー、クリアメイト在住のアルビレオさんからのおハガキです!"拝啓、アリシア様ならびにディーヴァ様。初めての投稿になります。近い内に母が誕生日を迎えるため、ブルガリア由来の衣装を送ってあげたいと思っています。さしあたっては、そちらの文献を元にした衣装の制作依頼などは可能でしょうか。女手一つで自分を育ててくれた母に、旧時代から伝わる美しい文化を、実際に触れて欲しいのです"」

記されていたのは嘗ての文化の復元の可否について。この様な内容については別に珍しい事ではなく、またこのラジオで実際に依頼を引き受けた事もある。

アリシアはその内容を読み上げていたく感心した。
達筆に書かれた文字からは、確かに母への感謝と愛情が宿っており、また女手一つで子供を育てた逞しい母という苦労を偲ばれる事実が記されていた。

「親孝行な方ね、文章からも凄く伝わってくる」

ディーヴァも感じるものがあったのか、しんみりとした様子で語っている。

「そうねぇ、わざわざこうやってお便りまで送ってくれてるし。お母様もさぞや苦労なされたのでしょうね」
「このご時世だと女手一つで子育てって大変だものね。仕方なく傭兵になる人もいると聞くし」
「うんうん」

実際、地域によっては珍しい話ではない。

貧困なり治安の悪さなりを理由に母親が戦場へと身を投げる事も多く、そうした母親の半数近くは帰らぬ人と化してしまうそうだ。
一部の地域ではこれらによる身寄りのない子供の難民が社会問題にもなっているという。

…尤も、リュミエールには全く関係ない事であり、そこに何かしてやる義理も義務もないし、何よりも「美しくあること」を至上の命題として掲げる彼らにとって、それらの難民は「"選別"の手間に対して実入りが少ない」という理由もあって考慮するに値しない存在でしかない。
むしろ動きに制約が掛かるという意味では邪魔な存在だ。
磨けば光る「かもしれない」程度の存在の救済という、自慰にもならぬ自己満足にリソースを割くのは、あまりにも非合理的である。

世の中にはそんな難民を保護する狂人もいると言うが、遠く離れた地で静かにやるならいざ知らず、戦地の真ん中で堂々と権利を主張する者がいると言うのだから笑えてくる。
醜悪な者、弱者・敗者の権利など、彼らリュミエールの人間からすれば愚者の戯れ言に過ぎない。
まして心の美しさなど、この地においては肥やしにさえならぬもの。
心が醜いと罵倒するものもいるが、その大前提として外見の美しさがある事を忘れている。
そもそもの話、それを言い出したら人間そのものが醜い者として全て失格なのだから、内面的な美しさを問うというのは無為なことでしかない。

産まれや環境の差だと宣う者も居るが、そもそも基本的にはその時点で強者か弱者か決まるものであってそれ以上の意味など最初から存在していない。

実力も才能も所詮それらを無駄なく利益に繋いで食らいつくための一要素でしかなく、そもそも産まれと環境が良くない者はその機会に恵まれない事にも気付けない醜態を自ら晒してくれるから有難い。選別するまでもないと教えてくれるのだから。

血と謀略に彩られたリュミエールにおいて、強弱とは産まれ持った要素が決定付けるものであり、後から努力で変えていくものではないのだ。彼らが難民に対して冷酷であるのは、正に生まれと環境が悪くて機会を得られなかった弱者であるからに他ならない。

…幸いにもこのハガキの主はクリアメイト在住ということもあってか、内容を見る限り母親はまだ存命中の様だ。こうして衣装の制作依頼を送ってくるあたり、子供は上手く出世なりしているのだろう。母親も浮かばれそうだ。

「まぁ、それらはさておき。ブルガリアの民族衣装をはじめとした旧時代の文化については資料が纏められているわ。ちょっとお値段は張るけど、それらのパーティー用セットも用意出来るでしょう」

アリシアが指を曲げつつざっと述べる。
周りにしてみればよくもまぁ端末などの資料も無しに即答するものだと思わないでもない。単にアリシアがそれだけ出来る出来ないを頭に叩き込んでいるというだけだが。

「折角の親孝行ですし、どうせならお母様にも喜んで頂きたいですからね。勿論、衣装だけでも十分であるならばそれでも構いません。我々リュミエールは、お客様の望む範囲で美しい物を提供致しましょう」

何時になく真面目な声色で答える。そこには確かに社を代表するものとしての顔があった。

「つきましては、公式ページのご依頼フォームに依頼の詳細を、今回投稿されたハガキの画像と共に送信して下さい。直ちに私達がデザインを行い、サンプル画像を貴方にあてて返信致します。その後、ご希望の商品を選んでサイズなどの詳細をご送信下さい。我々が責任をもって貴方のお母様へ衣装をお届けいたしましょう。もし資料が欲しいということであればこちらよりレポートの複製品をお送り致します。お気軽にご検討下さいませ」
「お母様の事、どうか大切になさって下さいね。以上、本日のお便りコーナーでした」

ディーヴァの言葉と共に小さく一礼する。

「…はい、というわけで、ちょっと早いけど本日の放送はここまでになります」

一瞬の静寂の後、明るい声で番組の終了を告げる。

「本当ならもう少し色々やるんだけど、この後に緊急の生放送をやらなきゃいけないの。そちらにはとても凄いスペシャルゲストを呼んであるから、興味があれば見て頂けると嬉しいかな?とびきりのショータイムになると思うわ」

淀みなく続けるアリシア。ここまでいけしゃあしゃあと言ってのけるあたり、彼女に流れるクロノワールの血筋がいかなる物かを感じさせないでもない。

「私に加えユカリ達も"出演"するわ。有意義な時間になると良いわね」

それを知ってか知らずか、ディーヴァが更なる宣伝を重ねていく。
生放送までは30分弱ある。視聴者がクチコミで広げるのには十分な時間と言えるだろう。

「えー、お知らせは以上かな?…うん、それでは皆様、またのご機会に。次回のムーンライト☆スタジオにはフランシスタを招待するので、皆聞いて頂戴ねー!」

二人の拍手を終えると共にマイクがOFFになり、エンディングのBGMがフェードアウトしていく。
いそいそと席を立ち、スタッフに現場を明け渡す。
次の放送に向けた準備と、それによって起きる事態への対応のために、彼らの動きも忙しない。

「お疲れ様、二人とも。相変わらずいい歌いっぷりだったわ」

ユカリが労いの言葉と共にアイスティーの入った水筒を差し出す。

「どうもありがとう。レサス達はどう?」

受け取った紅茶を飲みつつアリシアが質問を投げかける。

「今動いてくれてるわ。直に連絡出来そうよ」
「それは何より」

カップに注いだそれを飲み干し、口元を拭う。

「…そうね、時間もあるし、今のうちに。ユカリ、録音お願い」
「…結局そこはやるのね」
「彼らになら立派な材料になるでしょうし。…ほら皆、ちょっと移動するわよ。ここじゃ片付けの邪魔だし」
「それで割り切れるのは凄いと思うわ…」

ディーヴァ、ツバキと楽しげに会話をするリュドミラを見つつ小声で話をした後、ユカリの呆れるような声を聴きながら三人を呼び付けて移動を促す。

「お疲れ様でしたー」

スタッフ達に労りの言葉を掛けつつ部屋を出た彼女達が向かった先は薄暗い倉庫の様な部屋だった。

「…あの、ここは…?」

明らかにおかしいとは思いつつ、自身の置かれた状況を理解しているリュドミラは恐る恐る問う。とはいえ、アリシア達から殺気などは感じない。

「…まぁ、あまり人に見せるものでもないからね。他言無用でお願いするわ」
「え、あ、はぁ…っ!?」

一体何を見せられるというのか、そう思った直後。

「っ…ん、む…〜っ!!?」

突然の事態に思わず混乱する。
徐ろに歩み寄ったアリシアが不意に彼女の唇を奪ったのだ、と理解する頃には、アリシアの舌が口内へと割り込んで彼女を責め立て快楽に漬け込んでいく。

「ふ、んぐっ…ちゅ、じゅるっ…ぅ…」

舌まで捩じ込んでリュドミラの唇を貪るアリシア。
唾液が、舌が、互いに絡む音を淫靡に響かせて理性を蕩かさんとばかりにリュドミラを貪っていく。
暫くしてから唇を離した頃には、まるで暗示にでも掛かったかのように、すっかり惚けて意識が上の空となったリュドミラがいた。

「…撮れたかしら」
「問題ないわ。…貴方、本当に凄いと思うわ」
「別に、と言いたいけど、魔性の乙女(マジカル・メイデン)と言われちゃってるし…普通は出来ないのかもね」

口元をハンカチで拭いながらアリシアは語る。
あれだけの濃厚なキスをしながら平静で居られるというのもまた怖いものだ、などとユカリが考えていると、彼女の端末にレサスから通信が入る。

「もしもし」
『こちらレサスだ。サーバーの確認に向かった所、既に廃棄されていたはずのサーバーが設置されているのを確認した他、クロノスから向こうへ連絡した。直にL.S.Sが確認に来てくれるだろう』
「承知致しました。では、後は手筈通りに」
『ああ、分かった。それと、"全く関係はないが"、鼠は見付けたら捕獲しておいて構わないな?』
「ええ、大丈夫です。期待しています」
『了解、以上』
「…アリシア、レサスが連絡ついたそうよ」

通信を切って端末をしまい、アリシアにフェイズが進んだ事を知らせる。

「ん、そう。こちらもこれだけやれば十分でしょう。後は…奴らが乗ってくれるのに期待するしかないか。それじゃあ…始めましょう」

ツバキにリュドミラを連れさせ、部屋を出てスタジオへと向かっていくアリシア。
宴は遂に、メインイベントへと突入する。
これから巻き起こる混乱を、アリシアは楽しみにせずには居られなかった。
最終更新:2019年04月05日 20:45