小説 > ソル・ルナ > 夜天月下狂想曲 > 5

『そこの機体、止まりたまえ!リュミエールの、それも"終焉の黄昏(ラグナロック)"の面々が一体何用だ!我々は何も聞いていないぞ!』

通信がヘルメットに内蔵されたインカム越しに響く。
視界の端に映る技仙のマゲイア─境界付近の警備部隊からの詰問を受け、男はコンソールに触れて通信を返す。

「境界警備のお勤めご苦労。所属が分かるのであれば話が早い。こちらリュミエール所属急襲突撃陽動部隊"終焉の黄昏"隊長、エルシュヴァリア・ド・シルバーソード。お嬢様ことアリシア=セレナーデ・クロノワール直々の特命により、"247号外縁地域"の一時的制圧に向かう次第である。急を要する事態のため、どうかここはご容赦願いたい!」

そう伝えながらマゲイア達を躱して素通りする。
警備部隊も慌てて止めようとするが既に手遅れであり、4機のナルキッソスは夜の荒野を駆け抜けていく。

─247号外縁放棄地域。
技仙公司内でそう呼ばれる、廃墟と化したその区画は、同社とCDの企業軍に挟まれた緩衝地帯の一つであり、その中でも身を隠しやすく、即席拠点を容易に作り出せる所から特に重要視されている場所であり、互いにイニシアチブを取らんとして激突する事が多い地域。
定住する人間が居ないこともあって派手な戦闘が起きやすい他、その関係で新兵器の実験場として利用する者も多く、注目を集めやすい地域でもあった。

「あっ、待て!…クソっ、これだからリュミエール製はタチが悪い…」

制止のために伸ばそうとして、結局虚しく空中へと伸びるだけに終わった腕を降ろしながら、警備部隊の隊長が悪態を付く。
ただでさえマゲイアとテウルギアでは処理性能などが大きく違うというのに、反応速度や機動性に優れるリュミエール製の機体、その中でも特に優れた運動性能を持つ急襲型のナルキッソスが相手ともなれば、多少数の差があった所で足止めにもならないのは仕方のない事だ。

『隊長、如何しますか』
「…本社に連絡する。奴ら、ご丁寧に代表直筆特命証書の画像ファイルをこちらに送ってきやがった」
『うっわ、本当なんですかアレ』
「ああ…」

技仙本社と自身の駐留基地に向けて今の件を報告する。送られた画像ファイルも添付しておいた。少なくともこれで自分達の責任はなくなるだろう。

「貴族どもめ、一体何を考えている…?」

コクピットの中で愚痴を零しつつ、遠くへ駆けていく機体を見送るしか出来なかった。


───


《おいィ、お前あれで良いのか?》

不意にコンソールにウィンドウがポップする。
そこには白い鎧を纏った男─彼のレメゲトン「ブロント」が腕を組んで立っており、テウルゴスであるエルシュヴァリアに対して疑問を投げ掛ける様子が映っていた。

「ああ、安心しろ。きちんと画像ファイルも送ったし、彼らがアレの意味を理解出来ない程愚かであるとも思っていない。今頃技仙公司に今のことを報告しているだろう」
《ならいいnだが…》
「別にアレについては問題視する事じゃない。本命…というか、問題は向こうさん方だろうな」

荒野を駆ける四機のナルキッソス。
レーダーには機影もなく、ただ廃墟まではひたすらに無人の地を駆けるその足音が周囲にこだまするばかりの静寂。

《不味い、避けろエうシュヴァリア!》
「ッ!来たぞ皆、飛べ!」
『『『回避了解!!』』』
《バックステッポゥ!》

市街地に差し掛かる辺りで、その静寂を突如として破ったのは、長距離射撃攻撃があったことを示すアラート音。
それを受けて跳躍した4機がいた地点を、直後に二つの太い光条が焼き払う。

「これは…」
『敵部隊、テウルギアの存在を確認!編成を見るに、ラインフレームの境界防衛部隊と思われます!』
「ラインフレームでレーザー…黒曜石(オブシディアン)か!」
《不意打ちとか汚いな流石LFきたない》

すぐさま状況が報告される。レーダーに敵影が表示された方角を見遣れば、そこには黒をベースとした塗装の施された複数の機体が彼らに向かって移動している様子が見えた。

『技仙の方に動きがあったと聞いて来てみれば、まさかリュミエールの部隊が出張ってきていたとはな…先程のレーザーも避けられる訳だ。良い勘をしているな』
《それほどでもない》

オープン回線で通信が入ってくる。恐らくLF側の指揮官機からのものだろう。

「こちらはリュミエール急襲突撃陽動部隊"終焉の黄昏"隊長、エルシュヴァリア・ド・シルバーソード。我々は貴公らと戦闘に移るつもりはない。弊社代表、アリシア=セレナーデ・クロノワールの特命により、この地の一時的制圧…平たくいえば、しばしこの地を借り受けたく馳せ参じた次第だ。これ以上の行軍、並びにそちらへの領域侵犯を行う意思はない。どうか矛を収めてくれないだろうか!」

同じくオープン回線で通信を返す。内部カメラを起動して、自らの姿を相手に晒しながら、今言える限りの事実を述べる。

『…ふむ』

コンソールに小さくウィンドウが現れ、そこに相手の姿が映る。見事な髭を蓄えた、如何にもベテランと言った風情の男だった。

『信用出来んな。敵に止めろと言って止める程馬鹿になった覚えはない。それに、俺達にも任務ってもんがある。まさか敵が現れたというのに"何の対応もしませんでした"、などとは言えまい。…"銀剣"の名を頂く騎士であるならば、この意味が分かるだろう?』

至極当然な回答。しかし、文面だけ見ればそうとしか取れないその言葉は、ウィンドウに映る男の動き─自身の銃を取り出して、それをそのまま分解したことを合わせれば途端に意味が変わる。

「…なるほど、決闘の申し出と見ていいんだな?」
《ナイトに決闘とはお前謙虚だな。これは受けるしかにぃ》

導き出されたその結論に、全員が固唾を飲む。

『流石は騎士様、話が分かる。まぁ、そういう事だ。俺が勝ったら貴様らが帰る。そちらが勝てば一時的制圧とやらを認めて退いてやる。どうだ、単純だろう?』
「…分かった、その提案に乗るとしよう。だが、一つ質問がある」
『…なんだ?』
「何故その様な提案をした?信用出来ない、と言ったのは貴公の筈だが」

騎士の問いを聞いて、男はなるほどと理解したように頷く。

『そいつは簡単だ、色男。貴様らがずっとそこで突っ立ってるからだよ。さっき何されたか忘れたのか?』

その答えを聞いて、エルシュヴァリアは手を打った。
仮に本当に侵攻する気であれば、そもそもこんな所で律儀に立ち止まってやる必要などない。
ましてや、行軍中にレーザーで不意打ちされたばかりの事である。
だと言うのに、通信が入ったからと言って呑気に突っ立って交渉を試みるというのは侵略者としては不用心甚だしいばかり。

つまるところ、本当に彼らは戦意を持ってはいないという事をそこから見抜いたのだろう。
攻め上げるならば、そもそもこんな通信は無視して事を仕掛ければよい。

何より、リュミエール自身戦争を望んではいない事もある。
彼らは作り上げた珠玉の機体が優雅にして大胆な戦闘を行う事を良しとする。
その為のシステムとして、戦争を"限定戦争"という商業的パフォーマンスに変貌させる案の提唱までする彼らが、ことここに至ってCD領に攻め入るなどというのは想像しにくい、という事なのだろう。

『そちらに戦意…より正確に言えば、こちらに喧嘩を売りたい訳ではないのが分かった。だからこそ、俺達も"何もしないという訳にはいかねぇ"訳だ…違うか?』

要するに、「逃げ帰る口実を寄越せ」という事だろう。先程の銃の分解についても、自らの武器を撃てなくしろ(≒壊せ)という意味なわけだ。

「貴公も苦労している様だ」
『何、お互い様だろう。"社員"ってのは、そういうもんだ。ところで…借りる期間はどれくらいだ?』
「凡そ1週間と少し、と言った所か。それくらいで元の有様に戻るだろう」
『ほーう…一体何をする気なんだ?と言っても、まぁ教えてはくれねぇか』
「…そちらの言う通り、残念だが、それを教える事は出来ない。とはいえ、その真意自体は今日の内に分かることだろう」

二機のテウルギアが廃墟となった市街地で向き合う。互いのバイザーが光を灯し、秘めた闘志を滾らせる。

『そうかいそうかい。じゃあ…始めるとしようか。先に戦えなくなった方の負けだ。おっと、一応殺しに行くのは無しだぜ?勿論、事故はあるだろうが』
「それについては承知している。でなければ決闘の意味がない」

黒曜が手に抱えた砲を向ける。対する浅葱色も、左右の銃を空中に投げてから手に取り構えてポーズを取る。共に準備は万端だ。

『良いぜ、話が早い。最近技仙の奴らも腑抜け気味なのか、どうにも身体が鈍っていけねぇ。噂に名高きリュミエールの騎士様、その腕、期待してるぜ…!』
「"銀剣"の騎士、エルシュヴァリア、推して参る…!」

男の咆哮と共に、二機のテウルギアが疾駆する─



───



「おかーさん、ねんねしないの?」

まだ6つ程の幼い娘からの疑問。

「ごめんなさいね。お母さん、これからお仕事なの」

何よりも愛おしいものの一つである彼女を抱き締め、あやす様に優しく告げる。

「だいじょーぶ?こわいおばけとかこない??」
「ちゃんとかえってくる?」

双子の弟もやって来て心配の声を漏らす。子供心に正直な思いやりが、今は何よりも暖かく、そして奮い立つ力となる。

「大丈夫よ、安心して」
「でも…」
「こらこら、お母さんをあまり困らせてはいけないよ」

父親に宥められるも、なお不安を拭えない子供達。
しかし、彼女は知っている。
そんな彼らだからこそ、通用する"おまじない"を。

「本当に大丈夫よ。だって─」

パネルに手を翳し、どことなく自信に満ちた笑顔を見せながら告げる。

「私は、とっても強い"魔法使い"ですもの─」

電子音と共に開かれた隔壁の向こうには、主を今か今かと待ち受ける"吸血姫"の姿があった。


第5話 Shall we dance?



[今宵もよろしく]デウスエクスマキナ上級者専用スレ7650戦目[ムーンライト☆スタジオ]

398.お嬢様を称え隊隊長@スカーレットナイト・エリュシオーネ
なぁお前ら今夜の聞いたか?

399.コラの☆きくうしさまっ!@ジェドマロースⅡMod.17
»398 聞いた聞いた。なんか緊急生放送だってな?

400.運営の中の人@───
ウチは何も聞いてないよ。

401.E&H学園騎士団総長@王賜剣Ⅱ型アサルトストライカー
俺は聞きそびれた。でもなんかチムチャはその話題でもちきりだな。何やるんだ?

402.シーター魔改造部射撃班員@シーター蹂躙制圧型8式
今までこんな事あったっけ?

403.目指せアサシン@ナルキッソス・オブスキュリテ
いや、少なくともこんな突発的に、しかも緊急とまで銘打った事はないんじゃないか?
アリシア様、ああ見えても予定は割と組む人だし。

404.SSCN砲撃部部長@TG-10火力主義カスタム
まぁ(俺らの財布的な意味で)どうせロクでもないことだろうよ。大人しく放送待ってようぜ?

「ふふふ、良い感じに話題になってるわね」

控え室でネットの反応を見ていたアリシアが笑みを零す。その前ではユカリ達がそれぞれ打ち合わせなりセッティングなりの準備をしているのが見える。

「リュミエール代表の冠番組が1つですし、自他社を問わず多くの民が視聴してますからね。そんな所で大々的に告知を行えば、当然話題にもなって行くでしょう」

そんな折、ドアの開く音と共に不意に背後から声を掛けられる。

「あら、業務はもういいの?」

見知った声に振り向きながら、声の主─シルフィに声をかけ返す。

「本日分の業務はとうに終了していましてよ。貴方が先程緊急で要請した放送への対応を追加したくらいで」
「あはは、耳が痛いわ」

わざとらしく述べる親友の言葉には流石のアリシアも笑うしかできずに頬をかく。

「告知は上手くいったのかしら?」
「ええ、バッチリよ」

世間話さえ挟まずに成果を問うてくる彼女に対し、アリシアは自慢げに端末の画面を見せ付ける。
そこには今現在のトレンドが表示されており、ページ一杯まで先の告知の話で埋め尽くされていた。
ニュースサイトには速報まで上がっている始末であり、あらゆる仲介業者が"限定無料視聴可能"と記す程であった。
掲示板も多くがその話題で沸き立っており、その宣伝効果は十分と言えるだろう。

「本当に凄い。これじゃあ私達が真面目に広告作るの馬鹿らしくなっちゃうね?」
「まぁまぁ、そう拗ねないで頂戴よ。こんなの頻繁に使える手段じゃないし…というか、使えちゃ困るし」

わざとらしく拗ねた態度を取るシルフィに対して、肩を竦めてそれを諌める。
放送15分前、告知からの時間がそれと同じくらいでありながらネットの話題を席巻するともなれば、広告屋として思う所が出てくるのも致し方ない話である。
とはいえ、そうなるに至った経緯が経緯故にそう何度も使える手でもなければ、そもそも使いたくもない手なのは確かなのだ。

「まぁ何度も鹵獲しても困るのは確かね…」

シルフィが苦笑いを零す。
仮にも一企業のトップたる彼女が同じ企業に何度も鹵獲されるなど、お笑いのネタにしても笑えたものではない。
不用心が過ぎるという話にしかならないし、何よりコラ社の信用問題にもなる。
敵対グループの信用そのものはリュミエールには関係のない話だが、その主な原因がリュミエールとなっては外交問題として表出してしまう可能性が高く、それは確かな不利益として彼女らを蝕んでいく。

「そういうこと。そもそも、普通はこんなことにならない様にするんだけどね」

そう、本来ならこんな形で代表が鹵獲されるなどあってはならない事だ。罠の偽メールに釣られた、というセキュリティ的な問題もそうだが、それ以上に代表がグループはおろか自社にすら内緒で勝手にテウルギアで行軍した挙句、ろくな抵抗もままならずに全員捕虜となりました、などとあっては、幾つ首が飛ぶか分かったものではない。
ましてやあのコラ社である。物理的に首が飛んでもおかしくないのだ。

「そこが不可解なのですわ。向こう側での内通者の存在は確実でしょうけど、それにしてもスムーズに運び過ぎていますわ」

自らのセッティングを終えたユカリが扇子を閉じて指摘する。
二人も感じていた違和感にして、最大の疑問こそがそれだ。

「ユカリ様も同じ意見でございましたか」

シルフィがユカリに会釈を行えば、ユカリもそれに応えるように会釈を返す。

「"あの"コラ社ですよ?代表の為であれば何であろうとやりかねない人々の集まりである"あの"彼らが、ここまで簡単に内通者に事を運ばせますでしょうか。しかも、その代表の身の危険に関わる内容を。答えとしては否、断じて否でございましょう。故にこそ現状の静観が不気味にして不可解なのでございます、シルフィ様。有り得る選択肢は存在はしていますが、あまりにも非現実的ですし」

務めて冷静に、しかし考えたくはないと言った様子でユカリが意見を述べる。

「その様子ですと、何らかの答えを見出した様でございますね。流石の慧眼、と言うべきでしょうか」
「あくまでも私の推測に過ぎません。おおよその想定が叶いこそすれ、しかして確信に至る決定打はなく、解の証明には足りえない、といった所でしょうか」
「相変わらず貴女は固いのね…そこまで分かってるならば勿体ぶらずに教えてくれてもいいと思うけど?」

シルフィからの賞賛を即座に流すユカリに、その様子を見ていたアリシアが口を挟む。

「推測を推測のままお話するのは簡単でございますが、それではそうでなかった際に少なからず悪影響が生じます。それらの要素を鑑みれば、あまり迂闊に話をする訳にも行きませんわ、お嬢様」
「そういうとこだと思うんだけど…まぁいいか」

オッカムの剃刀、という言葉がある。
一つの物事を説明する際に、必要以上に物事を仮定するべきではない、という指針を表したものだ。
これに倣って考えるならば、今ユカリが導き出している答えは正にその仮定によって成り立っているものであり、それ故に彼女はその解答を出しかねているのであろう。
とはいえ、それは同時に「先を見通しながらも語らない」という彼女の悪癖に繋がる要素の一つであり、事実それが理由で胡散臭く見られてしまっている節があるのだが。

「おっと、失礼」

そんな会話を交わしていた所でアリシアに通信が入り、ヘッドセットに手を翳す。

「こちらアリシア」
「こちらヴェノム、カローンの最終調整が完了した。何時でも出れるぞ」
「では暫くの間待機しておきなさい。私がタイミングを指示します」
「了解だ。ククク、醜い者共が慌てふためく様が楽しみだな?」
「それについては私も同意よ。期待しといて頂戴な。以上、切るわね」

そう言ってヘッドセットをタップし、通信を切る。

「ヴェノムから報告よ。スカーレット・カローンの最終調整が完了、何時でも出撃可能だってさ」
「こちらにもレサスから同じ報告が入りましたわ。ネズミの処理については全て確保で良かったのよね?」
「ええ、大丈夫よ。後で要るからね」
「お嬢様、こちらもデューク様より準備完了とのご報告が入りました。パトキュール様、並びにフランシスタ様も準備に入るようです。私のゲートキーパー、ユカリ様のプリーステスも調整完了と報告が来ております」

立て続けにユカリとツバキからも報告が入る。
それを聞いてアリシアはいよいよ事が最終段階へと入った事を確信した。

「そろそろ頃合いね。皆、スタジオに移動するわよ」

手を叩いて皆を纏め、席を立って楽屋を出る。
その目は煌々と輝き、これから巻き起こす混乱を楽しみにしている様だった。

───

廃虚となった市街地に銃声と駆動音がこだまする。
浅葱色の騎士が駆け抜けた後を追うように炸薬弾が飛翔し、しかしそれは機体に届くことなく虚しく地面に爆散する。
騎士も逃げるばかりかと思いきや、ビルを蹴っては空中を縦横無尽に駆け抜け、そのまま一転攻勢、ハンドガンを打ち込みつつ懐に飛び込み、腰に預けた短刀を抜き払って黒曜に挑みかかるも、しかして黒曜も只者ではなく、的確な対処でいなして距離を開かれ、手に抱えた砲が再び騎士へと火を放つ。

『ハハハハハ!良い腕じゃねぇか、まるで捕まりやしねぇ。それでこそ"銀剣"の騎士、相手にとって不足なしってもんよ』

男の声がヘルメットに響く。如何にも楽しげな笑い声でエルシュヴァリアに対する賞賛を口にする。

「それはお互い様だろう。貴公こそ、さぞや名のある(つわもの)ではないのか?」

対するエルシュヴァリアも相手への賞賛を忘れない。
事実、ここ最近戦った敵勢力の中では段違いに実力がある。
懇親の一撃を放つその直前にカウンターで突き出されたバズーカに、彼は咄嗟に身を躱して体勢を崩さないようにするのが精一杯だった。

『お褒めに預かり結構、と言いたいが、俺はしがねぇテウルゴスでしかねぇよ。こんな所にランカーが出張ってくるなんて滅多にありゃしねぇ』
「冗談であって欲しい所だ」
『お前が言うなよ、これでランカーじゃねぇって、アレクトリスは化け物揃いか?』
「私より上の人間など、リュミエールだけでも5人はいるぞ」
『嘘だろ…』

絶望を隠さない相手の声色。
その感情はランカーがどうこうというよりも、リュミエールの中でも五人は上がいる、という解答に関してだろう。
ヴェノム、パトキュール、ジルクリンデ、デューク、レイチェルの五名がエルシュヴァリアの脳裏に浮かぶ。それぞれリュミエールにおいても特に秀でた実力の持ち主だ。
そうでなくても、アリシアは単純な実力なら上回る自信があるものの、冗談の域に達した機体性能で彼我の実力差を容赦なく捩じ伏せてくるし、その他の面々も一筋縄ではいかない者ばかりだ。

「私としても貴公が単なる一兵士だとは思いたくないものだがな」

油断のない声色で構えを取り直し、じっと黒曜をバイザー越しに見据える。

「ただ…あまり時間をかける訳にも行くまい。次で決めるとしよう」
『良いぜ、こっちも埒があかねぇと思っていたところだ』

ただそれだけを相手に告げて、相手に意識を集中させる。
対する黒曜も、じっくりと腰を据えてこちらを捉える。
次の一瞬…その一合で蹴りを付ける。

「…参る!」

先に動き出したのはエルシュヴァリアの方だった。
浅葱色の騎士が地を蹴り、彼我の距離を一気に縮めんと駆け出していく。
迎え撃つ黒曜の戦士は牽制にバズーカを放ち、更にハンドナパームを起爆させて道筋を閉ざす。
それを見ればすかさずブースターを起動し、機体を跳躍させてビルの壁を蹴り出す。
強靭な脚力と高められた推力による俊敏さで、放たれた弾幕の隙間を縫う様に駆け巡る。

『その弾幕を抜けるとは…流石という他ねぇぜ、"銀剣"のエルシュヴァリア!!間違いなくアンタは腕利きだ…だが、この勝負、俺の勝ちだ!』

男が叫び、そしてトリガーを引く。
バズーカと爆風の嵐を抜け、飛び出す相手にレーザーを放たんと、黒曜がその肩を展開させる。
しかし、そこに浅葱色の騎士の姿はなく、放たれたレーザーは虚しく空を切るだけであった。

『な…!?』

完璧な配置だった。高度、侵入角、残されたスペース、その何れもレメゲトンと、己の経験による計算通りの筈だった。
迫り来る炎の壁を前方上空へと躱し、放たれた二つの光条へと飛び込み脚を灼かれていた筈のその騎士は、しかしてその予想を裏切り、炎の壁を下へと飛び込んで躱していた。
機体1つと半分程、下へと飛び込むにはあまりにも頼りないその高度を、エルシュヴァリアはその姿勢制御能力にものを言わせて捩じ伏せ、強引に道を開ける形で切り抜けてきたのだ。

«ほう、経験が生きたな。だが時既に時間切れ、一瞬の油断が命取りって名セリフを知らないのかよ»

互いのコクピットにブロントの声が響く。男が慌ててレーザーを止めて騎士を捉え直そうにも、発射の反動でロクに機体が動かない。
緻密な計算と予測から放ったはずの必殺の一撃は、事ここに至ってその騎士(ナイト)の前で余りにも致命的な隙となって現れてしまう。

『お、おおおおおおおお!!!?』
«ハイスラァァァ!!!»

低めの姿勢から放たれるダガーの一閃。
それは光の軌跡を描いて機体の右肩を一撃で斬り飛ばし、その衝撃で態勢を崩した黒曜はそのまま仰向けで地に倒れ込んだ。

「…勝負あったな。約束通り、一度退いてもらうぞ」

倒れ込んだ機体に背を向けつつ、エルシュヴァリアがダガーをマウントする。よく見れば、僅かに肩の装甲が焼けているだけでなく、他にも一部の装甲が変形しているのが見て取れる。
どうやら向こうとしても無茶な機動をしていたらしい。
それだけ機体の向きが激しく変わっているというのに、彼がこの様な会話をする余裕を持っているのは、ひとえにリュミエール機特有のジャイロコクピット構造によるものだろう。

『…ハッ…完敗だ。ここまでやられたのは久しぶりだぜ』
「貴公こそ、良い腕であった。CDもまだまだ捨てたものではないな」
『そりゃどうも…ひとまず助けちゃくれねぇか?流石に片腕では起き上がれねぇ』

バツが悪そうに響く男の笑い声。
それを聞いて、思わず気を緩める。
倒れ込んだ機体の左手を掴み、そのまま支え起こす様にして起き上がるのを補助してやる。
一時的な物とはいえ、一つの信頼を築いた彼らは、互いの部隊で合流して休戦の証となる小さな宴を開いていた。



───



人間、誰しも本番となれば緊張するもの。
それも生放送、ましてや企業のトップが出演する緊急のものともなれば当然のこと。
震える手を握り締め、クラックス=ソラーノ・グリフィスは放送が始まるのをじっと待っていた。

その日たまたまその時間が空いていたばかりに急遽呼び出しを喰らい、いざ来てみれば緊急生放送のアナウンサーとして抜擢されたと言うのだから、焦りを隠せないのも無理はない。本業は声優兼ナレーター業である。

「放送始めまーす!!」
「は、はーい!」

落ち着け、落ち着くのよ私。そう胸の中で唱えながら深呼吸を挟む。5つの指がゆっくりと折れ、遂に最後の一本が折れるという正にその時、彼女はそれなりに冷静さを取り戻す事に成功していた。

「はい、皆様こんばんは。今回臨時アナウンサーを務めさせていただきます、クラックス=ソラーノ・グリフィスでございます。えー、本日はアリシア様による緊急生放送という事でですね、この後ご本人様に登場して頂くのですが、私実際に顔を合わせるのは初めてなんですよね。テレビのコマーシャルなどでも見掛けるので、凄く美しい人であるのは知ってるのですが、これが実物だとどれほどのものになってしまうか、期待と緊張でいっぱいです。今回はスペシャルゲストもいるんだとか。それではお呼びしましょう、本日のメインゲスト、アリシア=セレナーデ・クロノワール様御一行ですー!!」

言い終えると共にスモークが噴射され、煙の中から魔性の姫君とその従者達が階段を降りてくる。
アリシア達はにこやかに微笑んだ後に用意された席へと座る。

「ひとまず初めまして、かしら?アリシア=セレナーデ・クロノワールよ。今後ともよろしくね」
「そ、そんなご丁寧に…!こちらこそよろしくお願い致します。申し遅れました、私、この放送にて臨時アナウンサーを務めさせていただきます、クラックス=ソラーノ・グリフィスと申します。本日は宜しくお願い致します。今回は先のムーンライト☆スタジオでお伝えしていた様に何らかの告知を行う様ですが、一体どの様な用件なのでしょうか」

丁寧に頭を下げつつ、返す言葉で率直に核心となる部分を聞き返す。
元々予定されていた放送でない以上、場を繋ぐためのコーナーさえ用意されてないから仕方ない。

「どうもありがとう。そうね、早速だけど、私達が一体何をしに来たのかを話してしまいましょうか。言うなれば、ちょっとした取引よ」

アリシアもそれを理解しているのか、特に咎めたり気を悪くする様子もなさげにあっさりと回答する。

「取引、ですか。失礼を承知でお聞きしますが、アリシア様、それは果たして放送して宜しいのでしょうか?」

当然、一市民に過ぎないクラックスはそれに疑問符を浮かべる。
何らかの取引を、しかも突然公開で行うともなれば、少なからぬ摩擦が予想されるからだ。

「尤もな疑問ね。当然、普通であればこの様な形にしない方が宜しいのでしょうけど、今回はちょっと事情が事情でね。こうやって"見せないと"意味がないのよ」
「意味がない?」
「まぁ…それについては"スペシャルゲスト"を呼んだ方が早いかしらね?始まって早々なんだけど、勿体ぶらずに出してしまいましょう」
「左様でしたか。失礼致しました。そういう事でしたら、早速ですがご登場願いましょう、本日のスペシャルゲスト様、どうぞ!」

クラックスの声と共に、アリシア達が入ってきた場所とは別のカーテンが開けば、どこか緊張した面持ちのリュドミラの姿が現れる。

「ぶっ…!?げほっ、げほっごほっ…」
「だ、だだ大丈夫ですか!?」

それを見たクラックスは思わず吹き出してから噎せたように咳き込み、それを見たリュドミラが慌てて案じるような声を掛けながら近寄っていく。

「だ、大丈夫です…いや、いやいやいやいや…ちょっと…ちょっと待って下さい…」

あまりの事実を受け入れられず、顔に手を当てながら制止するように反対の手を伸ばすクラックス。
ゆっくり、大きく深呼吸をしてどうにか落ち着きを取り戻す。

「えー…皆様、失礼致しました。…貴方は、コラ社の社長ことリュドミラ様でございますよね?」
「は、はい、リュドミラ・アナートリエヴナ・シャーニナです」
「ですよね…あ、あのアリシア様?これは一体どういう…?」

改めて告げられる事実に困惑を隠せない声で説明を求める。

「単刀直入に言いましょうか。私、アリシア=セレナーデ・クロノワール並びに我がリュミエール・クロノワールは、彼女─コラ・ヴォイエンニー・アルセナル社現社長ことリュドミラ・アナートリエヴナ・シャーニナ並びにその部下を含めた計五名の身柄を、現在捕虜として拘束しています」

返ってきた答えはクラックスの想像を大きく超えた物であり、この時点で既に目眩がしそうになる彼女であったが、その次の言動でそれさえ吹き飛んで目を丸くする。
徐ろに立ち上がって手錠を取り出したと思えば、椅子に座ったリュドミラの手を後ろ手に拘束し、カメラに向かって高らかに宣言したのだ。

「私はこれより、この放送を以て同社に対し、彼女を含めた五名の身柄に関する取引を行う事を求めると宣言します!!」

それこそが、全世界を一瞬で混乱に叩き込んだ号令であった。
ツバキとユカリは目を閉じて事の始まりを確かに認識し、そして目の前でそれを見ていたクラックスは、自身がとんでもない現場に居合わせてしまったのだという事を、あらゆる感覚で思い知らされていた。
最終更新:2019年01月31日 12:45