小説 > 霧月 > フルメイル・ダンス > 04

chapter.3 縦横無盡


「わざわざ追ってきてくれた上に的にまでなってくれるとは!」

後退した振り向きざまで、曲がり角から姿を現したマゲイアを屠る。
崩れ落ちた機体に再び近寄っては、生存を確認するかのようにコクピットを蹴り飛ばした。

「ふん…死んだか。なんとあっけない。」

反応がないのを見るや、一瞬の躊躇もなくコクピットをハチの巣にする。

『やはり塵は塵…ヴィンセント様の手を汚すまでもなかったでしょうに。』
「何、惨たらしく殺しておいた方が敵も必死になるというものだ。」

つまらん、とナイトシールドを肩にマウントし腰脇のナイトソードを抜刀する。
その切っ先で穴あきチーズのごときマゲイアの胴体を貫かんとしたその腕は、背後から響いた足元によって矛先を変えた。

「っ!見つけたぞ紅白野郎…!」
「ほう…もう追いついたか。…ん…?」

そこにあった機影は見慣れたものであった。
黒く塗りつぶされてはいるが騎士然とした装甲、外見。見紛うはずがない。あれは間違いなくー

「ミラージュナイトか!ふっ…はははは!まったく、楽しませてくれる。賊の分際で!」

咄嗟に機体の姿勢を低くする。直後、もと居た位置を弾丸が貫いた。
OSの拡張が施されているのだろう。

「その機体で接近戦は厳しかろうよ!」

ならばと右手のカシナートで威嚇をしつつ、肉薄しては左のナイトソードを敵右肩接合部へと振り下ろす。
しかし、その剣戟は盾によって見事に防がれた。

「やはり貴様か、ヴェノム・アケローン…いや、ヴィンセント・ゼノムマイヤー!」
「裏切者に私の名を呼ぶ資格があるとでも思ったか?」

右手のカシナートをブレードへと変形させ、鋭い殺意と共に間髪入れずに頭部を狙う。
しかし、それすらも敵の機関砲に突き刺さり動きを止められた。

「倒錯者め、かかったな!」
「砕けろ…浮かれ貴族共が…!」

拘束されたスカーレットの横を、傾斜から高速で滑り降りてくるマゲイアが一機。
空を漂うチューブがさながらゴルゴーンを連想させる機体、バーバヤーガ。その右腕には機体の丈ほどもあろう異形に相応しき長大な剣が彼に向けて加速をつけて叩きつけられた。

「…ふん。」

しかし、その刃は届かずにただ蹴り一つで押しとどめられた。

「な…!?」

あろうことか、騎士は大剣の柄部を握る敵機のマニピュレーターを膝蹴りで破壊し、剣筋を逸らしたのだ。
支えを失った勢いのままに大剣の刃が地面へと沈むこむ。
そのままスカーレットは流れるような動きで蹴り上げ曲げた脚を伸ばし踵でバーバヤーガを蹴り飛ばした。
無論、そんな無茶な動きに機体が耐えうるはずもなく…姿勢が崩れ始めた。
挟撃に失敗した黒いミラージュナイトはそれを好機とナイトソードを抜刀し追撃を仕掛けようとする。
しかし、その隙を許さずスカーレットはカシナートを引き抜き崩れかかった姿勢を蹴りあげた脚で倒れ行くバーバヤーガを足場にスラスターを吹かし、跳んだ。

「馬鹿な…!?」

「この私にここまでさせた褒美だ、受け取っておけ!」

飛び立つ瞬間にありったけの弾を胴体へと打ち込む。
何かが割れた音が響いた次の瞬間、足場にされたマゲイアはただの棺桶と化し、地に伏した。
そのまま騎士は闇夜に消えるように弾幕を張り距離を取っていく。

「クソ、何なのだ奴は…!」

「ふ、ふふ…くく、くはははははははは!」

彼は高らかに、狂気を孕んだ笑い声を響かせる。
これほど楽しいことがあるだろうか。弱者を踏みにじり、ただ美しさという強さだけがものをいう。
昂ぶる本能のままに頬が自然と緩んでゆく。
高揚は熱となり、血を沸かせ。心は踊るほどに脳を活性化させ、研ぎ澄まされた殺意が背筋を刺すように撫で、その悪寒が滾る血を静かに冷やす。
この感覚だ。やはり、戦いは良い。

「しかし…物足りん。もっと骨のある者はいないのか。」

後退しつつもモニタを確認する。
ポップアップされた表示の中にいくつか赤く警告付きのものが混ざっている。

『残弾数、残り30%を切りました。推進剤も残り僅かですわ、ヴィンセント様』

潮時か、と滾る戦意と裏腹に撤退を決め込む。
撤退せんと機体を上方へと跳躍させ、崖上を駆けてゆく。

道化師が駈けた後には、魂の抜けた人形が糸が切れ、棄てられたようにただ無造作に転がっていた。



機体解説「バーバ・ヤーガ」

コラ・ヴォイエンニー・アルセナル社製マゲイア。
左腕と前面に施された強化装甲と大盾の防御力に全てをかけ、前進用高出力スラスターで高速接近。機体全長ほどもあるブースターのついた異形の大剣で目標を粉砕する対テウルギア強襲用機。
頭部から20本近いフレキシブルアーム状の近接防空チューブを伸ばしており、その姿はゴルゴーンか髪を振り下ろした老婆のようだということで一部のものから「蛇付き」などと呼ばれている。
最終更新:2019年02月01日 20:39