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第一話 追憶の曇天


「っ…」

不意に"左腕"の付け根が痛む。

「…曇りは嫌ね…」

空を見て、ボソリと呟く。
かつて地獄を見たあの日も、今日のようなどんよりとした曇り空だった。

「…大丈夫?」

不意に後ろから声を掛けられる。
振り返れば、両手に缶ジュースを持った詩姫がそこにいた。

「ちょっと痛むだけ」
「…また思い出してたの?」
「…ええ。どうしても忘れられなくて。未だに自分に問うわ。私は間違っているのだろうか、と」
「…」

そっと握っていた左手を開いて見詰める。
一見何の変哲もない手に見えるそれは、実際には生身のそれではない。

今から5年前、231年に自身のコンサートで起きた爆破テロ。
その時ステージに立っていた彼女もまたその爆発に巻き込まれ、その際に左腕と左脚を共に喪った。
今あるその左腕と脚は、傍らに居る詩姫─彼女が所属する中立企業「ライフ・スマイル・カンパニーズ」、通称L.S.Sが製造した超高級義肢である。
そして、その詩姫もまた同じ左腕と、そしてそれとは別に左眼を義体で補っている。

「…私は…私は、歌で人々を救えると…照らせると思ってたわ。でも、あの日私が見たのは地獄という他ない光景だった」

再び左手を握りつつ語り続ける。
今なお鮮明に思い浮かぶ、炎と煙に満ちた灼熱地獄の光景。人の肉が、そして命が灼け、血の匂いと共に辺りに立ち込めるだけでなく、数多の悲鳴が響く阿鼻叫喚の地獄絵図が、そこにはあった。

「…結局、私はただ見てるだけしか出来なかった。誰かを守り、救うどころか…私はただ、その光景を見ながら同じ様に巻き込まれ、こうして無様に生き延びるしか出来なかった」
「…後悔してる?それとも、テロリストが憎い?」

隣に座りながら詩姫が問い掛ける。
それに対して、首を振って言葉を返す。

「いいえ。私は自身の選択を後悔はしていないし、テロリストをどうこうしたいだとかは…ないとは言わないけど、それよりも大事な事がいっぱいあると思ってるわ。ただ…私の罪として、一体どうやって償っていけばいいのかしら、とね」
「悪いのはそのテロリストでしょう。貴方が何かしたわけじゃない」
「いいえ。"何も出来なかった"、それが私の罪よ。歌で人の安寧を守る、なんて御大層な信念を掲げておきながら、結局私は何も出来なかった…いや、"しなかった"。だから、私には清算すべき罪がある。私にはそれを償う権利と義務がある」
「…」

何を言うでもなく、詩姫は缶ジュースを開けて飲み始める。
肯定するでも、否定するでもなく、ただただその言葉を聞き入れていく。

「だからこそ、私はどうするべきかを考えてたの。その罪への償いもだけど、何よりもあの日、私と多くの人を傷付けた悪意に、負ける訳にはいかないもの」

自身もまた缶ジュースを受け取れば、プシッ、と音を立てながらプルタブを引き、そのまま口へと運んでいった。



───



「ねぇ、聞いた聞いた!?今度あのEwigkeit(エーヴィヒカイト)が技仙でコンサートするんだって!!」
「聞いた聞いた。楽しみだな〜」
「技仙でそういうことってあんまりやらないしなー。リュミエールは色々と高いし、L.S.Sは渡航費馬鹿にならないしで、庶民には有難いね」

雑踏の中で聞こえて来る声。
それは今話題のシンガーソングライターのコンサートについての話であり、それだけであれば彼女─青華の気を引くようなものでもなく、ただ雑音として聞き流されていただろう。

「これ相当気合い入ってるってか、偉い人も来るとか人気凄いんだなー」

その言葉が耳に入り、思わず彼女は動きを止め、そのチラシが貼り付けられている掲示板を見やる。
そこには確かにそれなり以上の身分の人間が彼女に賞を授与するとして訪問する旨が書かれていた。

「…へぇ…」

興味有りげに呟く。

『─おや?貴方がそのようなものに興味を示すなんて、珍しい事もあるものですね』

耳にぶら下げたピアス型の通信機器を介し、目立たない様に取り付けられたイヤホンから彼女のレメゲトン、ヤ=マの声が響く。

「いえ、どうも"上客"がいらっしゃる様で…ふふふ、面白そうな話ではありませんか」

耳に手を当てて如何にも電話をしている様な仕草で言葉を返す。

『…ああ、そういう事でしたか。テロ行為を働くのは別に構いませんが、立場は分かっているのですよね?』
「大丈夫、私がこうして歩いていても周りは気にしていないし、それに─」

チラと辺りを見回しながら嘯く。
彼女の容姿は注目を集めこそするが、それこそ彼女に関わろうとする者はまず居なかった。
それもその筈、彼女は今現在なおCDの武装ゲリラの一員として、技仙公司内で指名手配されている。
"ソウルの悪魔"だなどと仰々しい異名を頂く様なテロリスト相手に声を掛けよう、だなんて命知らずはそう居ないだろう。そして。

「仮に私がそうだと思った所で、大多数の人は信じようともしなければ、関わりたがりもしませんし、問題ありませんわ」

彼女がこうして呑気に話していられる最大の理由はその容姿にある。
というのも、指名手配書に貼られた15年ほど前の写真と何一つ変わらないという驚愕の若々しさなのだから。
ここまで来ると、最早他人の空似として考えるのを止めてしまう者が大半となる。

『…私も貴方とは10年ほど付き合ってきた仲となりますが、貴方は本当に"変わっていない"ですね。私もそのメカニズムは未だに理解出来ません』
「ふふふ、鍛えているからかしらね?」

通信で繰り広げられる不穏な会話にはまるで似合わない穏やかな笑顔。

『…それで、どうするつもりなのですか?警備は決して生易しいものではないでしょう』
「それについてはご心配なく。物事には何にだって"仕込み"が必要ですから」
『そうですか。ならば任せておきましょう。くれぐれも捕まるだなんて下手な手を打たないで下さいね。尤も、貴方ならば心配は要らないでしょうが。それでは』

それだけ呟いた後、相手も特に気掛かりな様子もなさそうに告げて通信を切る。
視線の先にはコンサート開催のチラシに、設営スタッフ募集中の旨が記されていた。
最終更新:2019年02月02日 10:31