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第3話:宿命は廻る(ルーレット・サーキット) ――ページ5


 砲声と共に吐き出されたライフルの弾が、傾いたビルの窓から窓を通り抜けて、轟音と共に敵の胸部で火花を散らす。

「ほんと、的でしかないわね」

 振り向きざまに再び斉射――僅かな瞬間でも、こちらへ照準を定めるべく動きを緩めた敵の手首……それも、最も脆いマニピュレータと前腕の関節部を破断し、握りしめていた銃器が砂へ突っ込む。

『このまま、全て屠るか? ディサローノ』

 硬質な芯のある鈍い刃のような囁きが、ピリピリと痺れるような官能を伴ってディサローノの鼓膜を撫でる。
 つい先程までならばバランタインのいた場所――テウルギアの挙動を統括するOS――レメゲトンが、もう一つの人格へ入れ替わっている。

「何? 今日はやる気満々て感じ? ストリチナヤ」
『君が望むなら、私は是非もない』

 隠れ潜むような、霞んで消えてしまいそうな小さな声。その奥で、餌を前にした肉食獣のような笑みを浮かべる彼女(・・)の表情が、ディサローノの脳裏にまざまざと浮かび上がった。

「残念。今日は私、そっちの気はないの」

 外で包囲しているマゲイア郡は、そんな雑談に耽っているなど夢にも思っていないだろう。

 スラスターの噴出で、僅かな浮上と急加速を始めた〈ゴッドマザー〉が、その勢いのまま敵の胸部を蹴り飛ばした。
 装甲を大きく凹ませながら地面へ突っ伏したとはいえ、まだ動ける状態であろうにも関わらず、黄土色のマゲイアは立ち上がるどころか足一本動かす素振りを見せず、沈黙している。

 無理もないだろう。
 ディサローノが狙っているのは、マゲイアの破壊による制圧ではなく、その中にいる人間を気絶させることでの鎮圧だ。だからこそ、乗り込む人間の意識を奪えるほどの強烈な衝撃を与える必要がある。

 ライフルをもう一発撃てば、同じく無力化は可能だろう。膝や股関節、それこそコクピットを撃ち抜くよう照準を狙うこともできた。それだけで戦闘を組み立てれば、それこそ瞬時に壊滅させられるという自信さえある。

『ほう? いつもより、血の気が多いように見受けられるが?』
「気の所為じゃない?」

 次にビルへ腕を突き入れたかと思えば、奥で潜んでいた敵を引っ張り出した。飛び散る破片と共に、敵の腕部さえもげて瓦礫に埋もれていく。

 無様にもがき始めた敵を投げ捨て、地面へ接地しようかというタイミングを見計らう。振り上げた足が、コクピットを――胸部の最も分厚く、最も原型を留めやすいからこそ最も内部を揺らせる部位を――蹴飛ばす。

 破片を撒きながら、呆気ないほど軽々しく飛び上がった機体が、奥に構えていたもう一機と激突して砂塵を巻き上げながら昏倒した。

「……ちょっとやりすぎたかも。でもほら、死んでいないはず」
『だったらいいな』

 それはディサローノが、人を殺さないようにという配慮をしているわけではない。倒した機体を後に売り払うことまで考えて、戦闘を組み上げていた。

 人が乗り込むコクピット部分は、マゲイアの全身を動かすための精密機械が組み込まれている。操縦のために生じる信号を適切に処理し、的確な部位へ命令(コマンド)を飛ばすためだ。機体の中で最も電算装置が密集している場所がコクピットであり、当然、それはマゲイアやテウルギアを構成する部品では、高価な部類に属する。

 一つの建築物に等しいテウルギアやマゲイアの巨躯を振り回すような戦闘で、パイロットだけを殺して、それ以外の精密機械を全く壊さないようにできるほど器用な真似はそれこそ至難の業だ。

 だからこそパイロットを再起不能に落としつつ、内部機械への損傷が少ない程度を狙って戦闘を組み立てる必要がある。

 ……いや、そのような芸当ができると判断された段階で、それは戦闘と呼ぶには至らないだろう。
 単純で単調な、狩猟。規模が人と獣から鋼鉄の塊へ大きくなり、場所が森ではなく寂れた街中へ変わっただけの、一方的な猛攻だ。

『だがいつまでも遊んでいるわけにはいかない。そうだろう?』
「そうね。残念だけど組織ごとぶっ潰すって話じゃなかったし」

 視界の端に、ドローンとは違う小さな放物線がチラついた。投射された爆弾。小型とは言え、爆煙に囲まれては挙動に支障が出るのは当然だった。

 大きく踏み出した足裏の無限軌道が、着地を前にして回転を始める。表面こそ砂に埋もれているが、そう深いものではない。加速に任せて近場の建物へ突撃し、勢いのままに粉砕する。飛び散る瓦礫を踏み砕きながら、放物線の根本へと距離を詰めていく。

 ……他の土地ならば、これほど簡単に建物を破壊することなどできないだろう。ただの経年劣化でそこまで脆くなっているはずもない。始めから砂に囲まれたこの都市では、正規の規格で住処さえ建てることができなかったのだろうと憶測を巡らせる。ともすれば、この街の存在自体がありえてはいけなかったかのように。

『ボラッド・マイケーエフ、だったか。CDの東西戦争で一度死んだはずの男……胡散臭い話だな』

 忌々しいとばかりに、ストリチナヤが吐き捨てる。おそらく思い描いているものは、ディサローノと同じものだっただろう。

 立体写真。禿頭と鷲鼻。不敵で不気味な形相で浮かべる凶悪な笑み。性格が悪いに留まらず、性根が腐っているという段階にまでディサローノの印象は進んでいた。

「今回の狙いはそいつ。胡散臭い爆弾魔。街のどこかにいるのはわかっている」

 敵影を見るやいなや、ライフルを放った。装甲を火花が叩いて、衝撃でよろめいた敵を確認する。
 コクピット近くの装甲を蹴り上げるには、まだ高い位置にあると割り切った。乾いた口の端を舐めてから、歯をキツく閉じる。

 速度を上げながらも両足を広げて体勢を低くし、重心を下へ落とす。分厚い装甲で塗り固められた全身の重量と、無限軌道による速度のまま、乱暴極まりない体当たり。
 敵の機体があっさり弾き飛ぶのと併せて、コクピット内が激しく揺さぶられる。歯を閉じていなければ舌を噛み切っていたかもしれない。

「あれも気になるし」

 弾け飛んだ敵がビルに激突して巻き上がった砂塵を尻目に、体勢を立て直す。
 すぐさま近くの敵がいる方角へ転身するべく無限軌道を走らせれば、機体目掛けて降下しているドローンが見えた。幾許かの逡巡もなく引き金を絞れば、膨れ上がった小さな爆炎が機体に降りかかることさえないままに終止する。

『これで八機だな』

 その腹に爆弾を抱えていることは、ドランブイによる戦闘の映像(ログ)を見た段階で把握していた。

 等間隔に並ぶ点にしか見えない、小さなそれを見上げながら疾走する。依然ドローンの群れは、街を覆う天井にでもなったつもりなのか、じっと同じ場所に固まって動かず、来たとしても散発的なものでしかない。

「この間、ドランブイが遭遇した時は、全部に追い駆けられていたんだけど」

 ……ログでは、三機いた敵機の全てからドローンが飛び立っていた。

 その段階では、敵を認識して追走する――言わばミサイルに近しいものだとばかり思っていた。
 だが三機目が自らへとドローンを誘導したことで、違うのだと思い至る。ならば操作している人間がいるはず。

 しかしログから、三機に乗っていた誰でもないとさえ思えてしまう。
 三機のパイロットそれぞれが操縦しているのならば、二機分のパイロットが死んだ段階で、残された一機分だけしか操縦が効かないはずだ。

 そうではなく操縦主を瞬時に切り替えられるのだとしても、不合理が点が最後に浮上する。

 ――残された三機目のパイロットは、なぜ自爆という手段を取ったのか?

 ドランブイへ――〈ラスティネイル〉へ痛み分けを突きつけることができる自信があった……とは考えがたい。それにしては動きが早すぎた。しかしそれ以外で、自爆という行動へ踏み切れる理由は――略奪されたくない物品も、人物も――見当たらない。

 シャトーもヘンドリクスも、ディサローノと同じく疑念が拭いきれなかった箇所。

 出された結論は、敵の偽装だった。
 味方を自爆したと見せかけることで、戦闘が終わったと錯覚させる偽装。
 それ以上の被害を出さないための偽装。

 まだ残っていたドローンの操作主――四人目の存在(・・・・・・)を隠すための偽装。

 現状の天蓋の如く並んでいる様を見れば、それが間違いではなかったと確信できる。

「ストリチナヤ。さっきの含めて、ドローンが飛んできた八回で、私たちがどこを向いていたのか覚えてる?」
『ログを漁ろう』

 すぐさま〈ゴッドマザー〉を中心に表示されていたレーダーの縮尺が広がり、街全体さえ俯瞰できるほどの範囲を表示した。

 自分たちの走ってきた軌跡が、ぐねぐねと捻じ曲がった薄い線となって、南西から北東へと伸びていく。このままならば、街を斜めに横断してしまいそうだ。

 そして描かれた線上に、ドローンが襲いかかったタイミングだろう八つの点が置かれる。最後に点のそれぞれから、〈ゴッドマザー〉の向いていただろう方角へ矢印が伸びていく。

 ――奇しくも、全てが北西を向いている。順当にマゲイアの破壊を続けるだけなら、決してたどり着かなかっただろう方角へ。

『これは……?』
「やっぱりね。おかしいと思ってたのよ」

 ストリチナヤの困惑を他所に、〈ゴッドマザー〉が転身する。北西……矢印の伸びていた方向へ。

『どういうことだディサローノ。いったい何を確信した(・・・・・・)?』
「不思議だったのよね。ドローンがなんで上空をずっと陣取っているのか」

 ディサローノが、朗々と声を張り上げる。全身に熱と力を滾らせて、口の端に笑みさえ浮かべた。
 無限軌道の回転数をそれまで以上に引き上げ、砂が巻き上がる。

「それだけじゃない。爆弾魔の街で、わざわざ走り回ってあげてんのに、爆弾に全然引っかからないってことも」

 機体に籠もった熱を吐き出すために装甲がスライドし、赤い光の尾を引いて、〈ゴッドマザー〉が街を突き進む。
 その目に獰猛な光が甦った。先程までの狩猟だけでは足りないとばかりに、飢えた猛禽の鋭い眼光を纏う。

「自分の街だもの。どうしても守りたいところだけ仕掛けるよね。例えば自分自身(・・・・・・・)とか」

 上空のドローンの群れが、慌てるように天蓋のふりをやめた。無数の空飛ぶ爆弾となって雨霰と殺到してくる。
 街の北西側へ踏み入ったのをレーダーに見た。肩に位置するミサイル庫のカバーを開き、照準が定まる。

「目眩ましのつもりだったのね」

 一斉に白煙の尾を引きながら飛び去った小型ミサイルたちが、ドローンの群れとすれ違って炸裂する。無数の火球が、一面の空を埋め尽くした。

 ほぼ同時に、突き進んだ無限軌道が、地表スレスレの位置に張られたワイヤーを踏み潰し、キンと小さな金属音を響かせる。
 巨大な爆炎の勃発。機体を包む業火。

 先程まででは考えられないほどの威力――桁違いの衝撃が襲い、表面に施した装甲のいくつかが剥げ落ちた。
 爆轟と烈火に機体の各部が悲鳴を上げて、コクピット内にいくつもの警告音となってこだまする。

『……損傷が!』

 今更になってストリチナヤが、ディサローノの推測通りだったと目を丸くする――街の北西部だけ(・・・・・)には、爆弾が仕掛けられていた。
 周囲の全てを焼き払われた中心部。立ちこめる黒煙に囲まれていても、まだ〈ゴッドマザー〉は健在だ。
 いくつかの装甲が溶け落ちていて尚、まだ余力が残されていると、ディサローノが笑顔を作り、目に煌めきを宿す。

「――この私を前に、隠れきれると思って?」
最終更新:2019年02月10日 12:35