第3話:宿命は廻る ――ページ7
黄土色の砂煙がぼうぼうと膨らんで、くすんだ灰色の街を塗り潰していく。取り囲うように立ち上る真新しい黒煙が、蜃気楼の奥に佇む高層ビルを思わせた。
……かと思えば、ひゅうと風が吹いた瞬間に脆く溶けて、崩れ落ちた。残されたのは何一つとして目新しくない、錆びついた廃墟群のみだ。
廃都市アラル……かつて海があったとは思えないほどに乾ききって、雑草以外にそれらしい生き物の姿など望めない場所。
離れた位置に、似たような廃墟があった。
だがもっと古い時代にできたものだったらしく、建物でさえ砂に身を埋もれさせ、雑草に浸った上層階を覗かせるのみだ。
地面と屋上の高さは、一跨ぎ程度しかない。ひどく傾げたせいで、直方体のビルというよりはピラミッドと呼称するのが相応しいかに思える……その縁に腰を預ける者がいた。
一見、砂漠という土地には相応しくない暗色のスーツを、同じく暗いコートで隠している。長い銀髪は乾燥しきった空気を浴びる前からひどい乱れようだったが、砂を浴びたせいで、より一層小汚く見える。
強い日差しに焼かれてか、目元から頬にかけての火傷痕を覆うように手をあてる。
フェオドラ・ジノーヴィエヴナ・シャムシュロヴァ。
「呆気ないものだ」
レンズの奥に眩いた赤い光を見届けて、双眼鏡を外すなり唾を吐き捨てる。
戦闘だと呼ぶことなど烏滸がましいほどに、一方的な猛攻だ。たった一機のテウルギアによる蹂躙とさえ見えた。
「いや、むしろ当然であるべきか」
……EAAが誇るオラクルボードのランク15位。ディサローノ。
普段はカジノに立ち、ルーレットを回しているとは思えないほどの力量を、フェオドラは終始見つめていた。
ライフルの照準一つとってもそうだ。爆炎の中で、建物に銃身を突き立てながらの射撃――連続で四回。全てを瞬く間に成功させた。
いくら避けているとはいえ、曲がりなりにもテウルゴスである自分からすれば、人間業にさえ思えない。
なぜ武装を必要以上の武装を使わなかったのかが不可解だが……概ね抱いた印象は変わらない。
彼女の普段の姿――ルーレットの進行役をしている姿と対峙した時も、同じことを思っていた。
……万能にして完全無欠の体現者。
末端とはいえ一企業の社長を務めるフェオドラを前にして、全く物怖じしない勝ち気さは自信だけではない。
オラクルボード15位という位置づけと、その重みを熟知した人間が行った振る舞いだ。
確かにそれを目当てに訪れた。
ディサローノは、振る舞いを身の丈に合わせたのではない。身の丈そのものを客人に合わせてから、それに相応しい振る舞いを整えた。
でなければフェオドラが銃を取り出した時、警備員を御するまでに意識を回せていないはずだ。別企業の代表者だからこそ、ディサローノは台の下に引っ込むということをせず、じっと対峙することを選んだ。
……数多の人間を見て、知り尽くしていなければできる芸当ではない。
そんな細かな知識と技術を、ディサローノという女はどこに至るまでも、緻密に、精緻に、精密に、作り込んでいるのだろう。
「流石は、俗物の天辺」
双眼鏡を仕舞い、フェオドラは踵を返す。
そんな彼女の懐から、野太い男の声が漏れ出て、思わず足を止めた。
『ソロヴィヨフは感激である。よもや、あのような挙動を為せるテウルギアを観覧できようとは』
「遊びに来たような物言いを……」
嗄れたような低い声に、露骨な苛立ちが滲み出てしまった。しかしすぐに嘆息して、再び歩き始める。
「いや、所詮は私用か」見下ろした先には、砂に突き立てられた枯れ木があった。長いものと短いものを、紐で十字に縛っている「――私用になってしまった」
――最初、ディサローノと面した時にも同じことを口にした。
私用であると。その私用に付き合わせるには、並大抵の常套句では足蹴にされることだろう予測もついていた。
相手はオラクルボードのランカー……というだけではない。一企業の代表以上に、その顔役として知られている存在だ。振る舞いについては、フェオドラ以上に精通しているだろうと判断し――それは実際に、予想を遥かに上回って正しかったと歯噛みする。
だからこそフェオドラは、徹底して虚仮威した。その勝ち気さは、勝負に必ず勝つための勝ち気さだ。彼女を勝負させるという判断に持ち込ませた段階で、フェオドラの賭けは成功していた。
……だが、フェオドラの予想していなかった事態は、全く別のところにあった。
砂に埋れて傾げた十字架を、渾身の力と湧き上がる感情の限りを尽くして、思いきり蹴飛ばす。
「実に、実に……くだらん結末だ」
最終更新:2019年02月10日 12:47