第4話:失・幸運 ――ページ1
焼かれたように目がチカチカするのは、照明が眩しいせいだろうか。
同じ画面をずっと見続けているのもあるだろうが、まだ疲れが抜けきっていないことも理由の一つだろう。
巨大なトレーラーに揺られて数日。ほとんど続けざまに、二往復だ。
トレーラーの操縦は慣れても、睡眠時間はひどく削ってしまっている。
目が眩むほど、ずっと画面を見続けていたのかと思えば、もう四回も繰り返していたのだと知る。
……しかし足りないと、ドランブイは歯噛みした。
デスクの一角――囲い立てられた複数のディスプレイには、それぞれ異なる表示枠が浮かんでいる。先日ディサローノが戦った廃墟都市群での戦闘と、その際のレーダーやFCSの状況・環境一覧が、ずらりと。
音声はほとんどが爆音しかないということ、そして一応はオフィス内で見ていること、さらには戦闘を行っていたディサローノ本人の希望で、音はない。
『……勉強熱心だねぇ。坊っちゃんも』
「うっせ」
画面の向こう――カジノ内のネットワークを経由した〈オールドファッション〉本機から来た、カルヴァドスの気怠げな問いかけを、刺々しく一蹴する。
無声動画とはいえ、当時の一瞬一瞬を感じ取るには、表示枠も、映像そのものも、信じられないほどの密度に溢れていた。
爆発に巻き込まれている瞬間で、建物に阻まれた向こうにいる敵影を、どうやって狙えば良いのか? その判断へ到れる情報はどこにあったのか?
建物の階層を通り抜けるような弾道を撃つには、どういったタイミングを狙えばいいのか? そもそも一体、そこに居る敵をいつ頃見つけたのか?
あの時ディサローノが見ていた映像を、そのままに見ている自分が……だ。
見つけることさえ叶わないような刹那を、ディサローノは見逃さず拾い上げ、攻撃へ繋げる。
――それを敵影だと思った時には、すでに手元で砲火が煌めいていた。
画面の端にチラついた影を、吹き飛ばされた瓦礫ではなく降り掛かってくるドローンのものであると、いつ把握した?
にわかには信じられないような、洞察力と決断力の塊だ。
どのような工夫で成功させているのか、という技術力の段階ですらない。
どうしてこれを成功できると思ったのか……そこから疑わなければいけない映像だということを、二回目の視聴でようやくわかった。
『これは、ストリチナヤの時か。こんなことをやっているなんて、ディサローノも頑張り屋だ』
「……そうか。お前らは、別なんだよな」
ディサローノとドランブイ……〈オールドファッション〉という一機の乗り物に対して、二人の乗り手がいる。
それと同様に、その戦闘統括OSであるレメゲトンは、単体でありながら三種類の人格を持ち合わせている。
中年男性じみた貫禄を持つバランタイン。ディサローノとだけしか話さない女性であることだけはわかっているストリチナヤ。そして今、画面の端であぐらをかいているカルヴァドス。
多重人格者……人間で例えるなら、それが最も適切な表現だろう。
一つの体にいくつかの人格が生まれ、何らかの拍子で人格が切り替わってしまう、精神疾患の一つと認識されている。それぞれの人格が記憶を固有していることも特徴だ。
傍から見れば、人柄が急に変わったかと思えば、その記憶さえ引き継がれていないのだから、自覚する機会は限りなく少ない。切り替わったもう片方の人格を、本人は認識さえできないのだから。
だらしない着こなしのスーツ姿で、顎の無精髭を撫でながら、肩をすくめるカルヴァドス。
『困ることなんてないさ。人間の多重人格とは違って、俺たちにはバックアップログがある』
「じゃあ、俺とバランタインが話したこともか?」
『んー……そうだな。わかるとも』
以前に同じデスクで聞いた、バランタインの言葉だ。その部分だけ真似しているのか、おどけるように嘲笑を口元に浮かべている。
思わず、嘆息してしまった。ずっと画面を見つめて乾いた眼を閉じて、目元をぎゅっと押し込む。
真っ暗な瞼の裏で、まだチカチカと明滅する残光が、鬱陶しかった。
……バランタインにそう言われる直前に見た、ディサローノの目尻――そこに浮かぶ涙滴さえも。
次に目を開けた時には、ディサローノの戦闘は最終段階を迎えていた。
敵である黄土色のテウルギア。胸元の、コクピットだとあたりを着けた部分へ刃を差し込んで、梃子の容量でこじ開ける。
中に見えた人影。その顔の特徴は、依頼の立体写真にあった人物と全く同じだ。
ボラッド・マイケーエフ。
その名前を思い出した次の瞬間には、ブレードはそいつの肉体を貫き、轢き潰していた。
――映像が停止し、四回目の視聴が終わる。
『なあ。坊っちゃんよ。今度は何に意固地になってるんだ?』
「今度は、って……」
画面から目をそらして、デスクに突っ伏し額を擦りつける。
いじけた呪詛がこぼれた。
「何回もそうしてるみたいじゃんか」
『毎回さ』飄々と、力まずに笑っている『坊っちゃんは問題児だ。色んな奴が手を焼いている』
「うっせ」
『そんだけ、坊っちゃんに手を出す奴が多いってことさ。そして坊っちゃんは毎回毎回、焼いちまう』
「うっせ」
ディスプレイの電源を落とした。真っ黒な画面に映る、疲れ切った自分の顔を睨みつける。
「何が、お手本だよ」
自分に技術がないことぐらい知っているつもりだった。嫌というほど思い知らされているのだから。
「これで、何をわかれってんだよ」――何が、わかりたいだよ――。
後悔が、突き上げるような衝撃となって脳裏に霞んだ。
ディサローノはこれ以上ないほどの秀才であり、それに自覚を持って優秀だ。
その才能にシャトーが恐怖して、見たくないと口にしてしまうしまうほど。
……シャトーは見たくないと、知りたくないと言った。わかる・わからないの話ではないとも告げていたことを、思い出す。
そんな言葉だけで、納得できるはずがない。
ドランブイからすれば、何一つとして解決してないのだ。
腹奥から噴出する炎が、全身を焼け焦がさんと広がろうとするのを、ひたすらにこらえている。
煮えくり返る感情に蓋をしたところで、なくなりはしない。蜷局を巻く感情が、重々しく肺のあたりを蠢いていた。
それがどうすれば消せるかなど知らない。わからないから、どうにかしようとしていた。
だがディサローノは片付けてしまった。発端が鍍金の女王だということは明確だ。だからディサローノは依頼をすぐに片付けて、一件を終わらせてしまった。
それに合わせてか、周りの誰もが終わったかのように振る舞っている。それまでのカジノの業務へ没頭し始めている。
ドランブイの中では、まだ蟠っているというのに。
……いつも蚊帳の外だ。
鍍金の女王が出したという依頼……その打ち合わせにさえ同席していない。そして気がつけば、依頼そのものが終わってしまっている。
それだけではない。シャトーもヘンドリクスも、ディサローノとどこかで通じ合っているように見えてしまう。ドランブイの知らないところで、それこそ細密にやり取りをしているのではないかと。
周りで作られている輪に、自分は加わることができていない。雰囲気とやり取りに自分だけが取り残され、放られている……そんな気さえしていた。
――また、あの涙を思い返してしまう。
「結局、何なんだよ……ッ」
自分の、何が悪かったのか。なぜそうさせてしまったのか……どれだけ反芻しても、しかし答えは出ないまま、それさえなかったかのように日常を取り戻し始めている。
レメゲトンにはバックアップログがあるだろうが、自分には……人間にはない。
あの一瞬だけが、夢か幻だったのではないかと思ってしまう前に、急きたつ鬱憤を晴らしたかった。
だが今の自分には、どうこうすることもできない。
「畜生っ」
だからといって、ディサローノが周囲を憎いと断じることもできない――そんな、あやふやでばかりいる自分にさえ、苛立ちを我慢できなかった。
最終更新:2019年03月03日 12:41