小説 > 琴乃 > 誰がために紅星は瞬く > FFFF

やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
この馬乳酒はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「(紅星本編は)まだ」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、この題名を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
そう思って、この項目を立てたんだ。

じゃあ、注文を聞こうか。





『企業』のネットが大陸を覆い

電子や光が駆け巡っても

官舎から近場のデリバリーをポチる程

情報化されていない遠未来



午前六時、いつものように起床のラッパが鳴った。勿論人が吹いている訳ではなく、録音データを放送しているだけである。
そして、既に兵士として鍛え上げられているエンヘドゥアンナーーウズマ・ユスフザイの耳は、休日であっても最初の一音が鳴る前の雑音を聞き逃さなかった。
一音目が鳴ると同時にカッと目を開き、バネ仕掛けの様な勢いで上体を起こして大きく伸びをする。
「んっ……」
遅れて覚醒してきた意識が、横に視線を滑らせる。ベッドは完璧に片づけられ、同部屋のオペレーターは既にいなかった。
そうか、彼女は夜の管制勤務シフトか。昨日の彼女の陰鬱な表情を思い出しつつ、ウズマは手慣れた手つきでベッドを片付け始める。
もう何回繰り返したか分からない動作。片付けは瞬く間に完了し、その折り目は僅かなズレも皺も存在しない。
本来はもたもたしていられない時間帯。久し振りの休日でも、彼女の体に染みついた動きは変わらない。
『おはようさん。調子はどうだ?』
「まあまあね。まあ一日楽しむわよ……見たら殺すわよ」
彼女の相棒――レメゲトンのドゥムジの呼び掛けに答えながら、手早く着替えを済ませる。
寝間着代わりのタンクトップの上に、ロケットと認識票を着ける。人生が変わる前の名残。遠い北部戦線の記憶、戦友の形見と、まだ自分が生きている証。
髪をさっと纏めてゴムで縛る。PXで適当に買った地味な安物だが、安いうえに中々切れないので彼女は重宝している。

部屋のカーテンを開けると、朝の陽射しが一気に差し込む。エリア22からの見慣れた光景が目の前に広がる。
ここはクロノワール家のお膝元を鎮護する、技仙公司海兵隊上海基地。複数のエリアに分けられた巨大なキャンプが、今の彼女の寝床だ。

視界の殆どに広がる広大な訓練場は朝露に濡れ、一層緑の息吹を感じさせる。その奥に鎮座する巨大なハンガーの前には見慣れた機体のシルエットが並び、屈強な姿の人機が陽光を反射させ、ペイントを僅かに煌めかせながら並んでいる。
さらに奥に広がるのは野外演習場を兼ねた鬱蒼とした防音林と、その向こうに立ち並ぶ、およそ軍事基地の周囲に相応しくない華美な摩天楼。
天を衝いて建ち並ぶ優美なビル群や、天にかかるハイウェイ。それらは一棟ごとに設計士の期待通りに陽光の煌めきを身に纏い、眼下に広がる無骨な基地と、その後背に位置するビーチに煌めきの施しを与える。
眼前に広がる基地と、その向こうで暮らす戦いとは縁遠い煌びやかで洗練された貴族たち。いつもと同じ光景を眺めながら、彼女は強く思った。

ポロが食べたい。


ポロ(抓飯(ジュアファン)とも)とはウイグルで一般的に食されるピラフに似た料理であり、焼き飯と紹介されることもある。元々は祝いの席で供されてた料理だが、現在では(一部、特に先住民族系が多い地域で)一般的に食されている。
羊肉をはじめ牛、鶏、馬などの肉とたっぷりの人参や玉ねぎなどの野菜を炒め、米を加えて炊き込み、塩や各種香辛料で作られる庶民的な料理だ。味つけや具は家庭や店ごとにそれぞれ異なり、誰もが『ウチのが一番美味い』と主張してやまない。他ならぬウズマもその一人だ。

だが、実家の味を求める彼女には大きな問題が立ちはだかっていた。
そう。上海には、ポロを出す店がないのである。

リュミエール・クロノワール領・上海ーー絢爛に彩られた華美な摩天楼が文字通り天を衝いて立ち並び、その隙間をハイウェイやトラムが走る整然とした未来都市。そこに暮らす貴族のお歴々の舌は当然新疆などという地の果てで食べられるポロなどという田舎料理では満足させられない上に、ウズマの様に遥々やって来る人間も多くないのでそういった人々に向けた店もないのだ。既に彼女は僅かな仲間と共に数度にわたって基地周辺の”偵察”を敢行しているが、ゲートの向こうに存在したのは彼女達の俸給では月に何度も行けないようなグランメゾンばかりであり、彼女達はほうほうの体で基地に逃げ帰ったのだった。
最後の望みは基地内の食堂だけだが、これも当てになる味方とは言い難い。現に今日の日替わり献立は竹筒蒸排骨(スペアリブの竹筒蒸し)や椒鹽突变体瀬尿蝦(ミュータントシャコの塩唐辛子炒め)。似ても似つかない湖南や広東の料理では、家族の面影どころかウイグル語の文字すら思い出せないだろう。

だがポロを食べると決意した彼女の瞳に悲壮感はない。何故なら彼女には秘策があるからだ。
『自力更正』。無ければ作ればよいのである。


時はやや下り、日課のトレーニングを一通り終えた後。午前のうららかな日差しが彼女の髪を仄かに暖め、潮の香りを孕んだ風が汗を流した後の火照った身体を気持ちよく吹き抜ける。
タンクトップにジャケット、カーゴパンツに編み上げ靴という、基地内でしか許されないラフな出で立ち。実家のある旧市街でこんな格好で出歩こうものなら、襲われても文句は言えない。
両肩から掛けたクーラーボックスを揺らし、鬼教官の罵声と射撃訓練の銃声を遠くに聞きながら向かう先は格納庫。遠くからでも目立つ対爆仕様のそこでは、彼女の愛機が隅々の部品を交換され、戦場を縦横無尽に駆ける時を待っている。

換気の為だろう、格納庫の鉄扉は開け放たれ、整備用のガントリーに固定された愛機は日差しに照らされて鈍く輝いていた。
『んなバカでかいの担いでどうしようってんだ。パーティーでもする気か?』
「良く分かってるじゃない。その通りよ」
"人間用"の出入口の日陰にボックスを置き、彼女はドアを開く。工具を手に掛け声を上げながら滝の様に汗を流す整備員はそれぞれの持ち場にかかりきりで、彼女に注意を払うものはいなかった。
自分の半身とも言える人機。その修復と整備に全身全霊を注ぐ彼らの存在なくしてテウルゴスは務まらない。
自分を文字通り支える彼らの仕事ぶりを見て敬意と安心を新たにしつつ格納庫を眺めていると、彼女は目当ての人物を見つけた。

「ねえ」
作業の邪魔にならないように忍び足で近付き、頭部整備用の高い足場から大声で矢継ぎ早に指示を飛ばす機付長に後ろから声を掛ける。
「あン?!……なんだ、アンタか」
オレンジ色の耐火ツナギの上に、大きなポケットのついたベストを着込んだ大きな背中。工具一式が納められたポーチ付きベルトをガチャリと鳴らして機付長は後ろを振り向く。ヘルメットから覗く短髪は白髪混じりで、切り出された黒曜石のような顔に刻まれた皺は深い。だがその背筋はピンと伸び、全身から発する覇気は衰えを感じさせなかった。
「非番の日だってのに何か用か?まさか設定を変えろって――」
「違うわよ」
朝鮮訛りの早口を遮ると、彼の薄い唇が不機嫌そうなへの字に歪む。整備中にテウルゴスが乱入する――普通なら歓迎すべき事態とは言い難いからだ。
「じゃあ何だ。こっちは見ての通り作業中だ」
「それなんだけど、今日ってどれくらい忙しい?」
「ああ?作業工程に遅延はねえな、むしろ今日分のは殆ど終わっちまって前倒しでやってる位だ。いつもこうなら言う事無しなんだが」
「時間には余裕があるって事ね。上々」
「何がだよ。お前さん、何を企んでる?」
顔を綻ばせるウズマと対照的に、機付長の厳めしい顔が猜疑に歪む。だがその目は直ぐに驚きで開かれる事になった。
「いやね、皆でバーベキューでもしたいなーと思って。皆も最近ご無沙汰でしょ?忙しくて」
「バーベキュー?どこでやるんだよ」
「そこで良いでしょ」
ウズマは格納扉の向こうを指差す。彼は呆れた表情を隠さずに、コンクリートの誘導路に視線をやった。
「今からか?どうやって」
「隠したって無駄よ。あんた達が資材をちょろまかして作ったソーラークッカー、あれでよろしくやってたのを知らないと思ったの?」
こいつにだけは知られたくなかったのに、とばかりに機付長の顔が歪み、彼女の尻ポケットが振動する。相棒は一体どこで聞き耳を立ててるのか。ウズマは整備中の愛機を一瞥して機付長に迫る。
「偉いさんが黙っちゃいないぜ」
「"レクリエーション"名目で許可は取ったわ。あたしも混ぜなさいよ」
「そういうのは早くいえっての……面倒臭えな」
ヘルメットを外し、彼は難儀そうにごま塩頭をボリボリと掻く。暫く悩ましげに思案を巡らせた後、彼は無線機に向かって怒鳴った。
『おい、見んな聞け!キリの良いところで作業を切り上げろ!俺達の女神様がお楽しみだとよ!』


巨大な中華鍋をこれまた巨大な手作りソーラークッカーにセットし、眩しさを堪えながらサラダ油をどぼどぼと投入する。ゴーグルを持ってこなかった事を後悔しながら羊肉を入れ、表面に焼き目をついたら蓋をする。肉の焼ける香ばしい香りが立ち上るのを感じつつ、野菜の入ったザルと塩を用意しつつ米を洗う。
彼女の前だけではない。申し分ない晴天の下、そこかしこで香ばしい煙が立ち上り始め、笑い声がこだましている。
「旨く作って下さいよ!」
「当たり前じゃない、見てなさいよ!」
シシカバブを一口齧り、冷えたビールを呷る。肉の旨味とスパイシーな味わいを楽しみ、ビールの爽やかな苦みと冷たい感触が口を駆け抜ける。羊肉に火が通ったら玉葱を炒め、人参を加えて軽く混ぜ合わせる。油がはぜる音。立ち上る熱気が鼻に触れると、実家の厨房の臭いを思い出された。
『羨ましいぜ。どんな味がすんだろうな』
「義体が欲しいの?経費じゃ落ちないわよ」
『リュミエールに転籍しようぜ。お前さんのギャラも上がるぞ』
「バカおっしゃい」
相棒の戯言を軽くあしらうと、お玉で鍋をかき混ぜる。
炒めること数分。水を加えて蓋をしたら、ひよこ豆を加えてじっくり煮る。ここからはお楽しみだ。追加の材料を手に続々と終結する整備員たちの視線を感じながらシシカバブを食べきると、ビール片手に魚介を焼いている所へ向かう。
「私も混ぜてよ!」
「勿論!」
よく分からない大きな貝や赤く焼けたエビを貰い、ビールを手渡して乾杯する。潮の香りを孕んだ風が、視界を塞ぐ煙を吹き流す。
タレのかかった熱々のエビを頬張り、ビールを一口。香ばしさとエビの旨味、ホップの味わいが口の中で混ざりあう。
「ッカアーッ!昼からこれが出来るって最高ね!」
「全くですわ!見て下さいよ、あいつらようやく訓練終わりですぜ!」
渡された双眼鏡を覗くと、少し離れた演習場では実弾射撃を終えた海兵達が撤収を始めていた。こみ上げる背徳感と優越感が、エビの味を一層旨くする。

お次は網と半分になったドラム缶で肉を焼いている一団へ。タレをたっぷりとかけられたスペアリブやラムラックが、固形燃料と端材の上でジュワジュワと旨そうな音を立てて油を落としながら焼かれている。端ではキノコや野菜が炒められていた。
「大尉殿!見てましたよ、この前のアレ!」
「惜しかったですなあ!あとちょっとでアリシア様に勝てたのに!」
脳裏に蘇った苦い記憶をビールで流し込むと、次の缶を手に取る。
「マジ悔しいわ!次こそ絶対勝ってやるんだから!」
実戦では次などない。だが今はそんな真面目な話をする時ではなかった。
立ち上る湯気からして香ばしいスペアリブにかぶりつき、口の中で暴れ回る肉汁に涙を流し、ぬるくなったハルビンを呷る。ぬるくなっても尚爽やかな後味でギトギトした口の中を洗うと、ラムラックを頬張る。味わい慣れた羊の肉汁と、クミンと唐辛子の味と香りが爆発した。

魚介や肉を一通り味わうと、彼女は鍋の前に戻る。頬は既に赤らんでいるが、足取りはまだしっかりしていた。
『酔っ払ってるじゃねえか。料理できんのかよ?』
「お茶の子さいさいよ。あんたにもビールかけてあげよっか?」
『機付長と偉いさんに殺されるのがオチだぞ』
「どうしましょう、クビになったら仕送りできないわ」
羊肉を一旦皿にあげて塩と米、そしてニンニクを投入して表面を均してから数か所に箸を指して穴をあけ、また羊肉を戻す。既に鍋からは食欲をかき立てる香りが立ち上っていた。鍋の様子を見ながら白身魚やスペアリブをつまむこと暫し。白身魚を食べ終わる頃に鍋の蓋を開け、中身をかき混ぜて仕上げに乾燥レーズンとクミンシード、唐辛子を入れれば完成間近。

「さあ、これで出来上がり!!」
ソーラークッカーに遮光幕を差し込み、加熱位置から戻したら出来上がりを高らかに宣言する。
蓋を取ると、スパイスの刺激と米の熱、ニンニクや野菜と羊肉の独特の香りが融合した、涎が止まらなくなる熱気が鍋から解き放たれた。
「ついにできたか!」
「どけ、俺が先だ!」
「ふざけるな!押すんじゃねえ!」
ウズマが声を張り上げると、今か今かと完成を待ちわびていた野郎共が我先に彼女の元へと押し寄せる。
「ちょっと!ちゃんと並んで!抜かす奴にはあげないわよ!」
ウズマはお玉を鍋に突っ込むとポロを掬い、ウズマは押し寄せる男達の紙皿に次から次へと勢い良く乗せていく。実家で何度となく繰り返したその動きは、遠く離れた上海でも健在だった。
「大尉殿!俺にも下さいよ!」
「整備の奴らだけなんてズルいぞ!」
いつの間にかデジタル迷彩の戦闘服を着た一団が列に混ざっていた。襟章からしてさっき実弾射撃をしていた連中だろう。ウズマはそう判断すると、
「だからちゃんと並びなさいっての!まだ無くならないわよ!」
と怒鳴って一番前の隊員の紙皿にお玉を勢い良く叩き付けた。

既に格納庫周辺はバーベキューに飛び入り参加する他部隊の人々や騒ぎを聞きつけた野次馬が集まってきており、昼時というのも相まって混沌とした様相を呈していた。
それぞれの器具の下で思い思いの具材が焼かれ、中には食堂の飯を持ってきた勇者までいる。
「貴様ら、格納庫の前で何をやっておるか!」
「うるせえ!テウルゴス様と飯食ってるだけだ!」
「言うに事欠いて『飯食ってるだけ』だと……しかもエンヘドゥアンナさんと!貴様ら、羨ま……怪しからん!」
『おいおいやべえんじゃねえかこれ……』
遂に騒ぎを見とがめて憲兵までやって来る始末だ。あーあこれは謹慎食らうかもなあ……他人事の様にこの後の展開を予想しながら、ウズマは念願のポロを口に運ぶ。
「あ、お前!それ酒だろう!午後の課業はどうした!」
「引っ込め!悔しけりゃ何か持って来いよ!」
ふっくらと炊き上がって味が染みた米の食感に、人参のアクセントが加わる。しゃくっとした食感の玉ねぎと歯を使わずに崩れる羊肉、ほのかな甘みを添えるレーズンがそこに加わり、それらの旨味と香辛料の刺激が口の中で絨毯模様の様に複雑に絡み合う。念願の味。ひと時彼女の舌と心は実家へ、過去のちっぽけで甘やかな思い出が詰まった故郷へ飛び、そしてビールのキレのある爽快な苦みで格納庫へ引き戻される。
「そうよ、”レクリエーション”で許可は取ってんのよ!何か文句あんの!」
彼女は憲兵を煽ってやろうと決め、またポロを口に運んだ。

眼前に広がるお祭り騒ぎと、その向こうで展開する警棒とライオットシールドを備えた増援の憲兵たち。何だか妙に既視感のある光景を眺めながら、彼女はふと思った。
減給されたら仕送りできないな。お母さん怒るだろうな。


……こんなところか。
エンヘドゥアンナはねー、やっぱりお気に入りなんですよ。当初の予定とは似ても似つかない奴になっちゃったけどね。
まあね、彼女のシリアスな一面もね、他の奴らもね、やっていきたいと思いますよね。時間はかかるけどね……
最終更新:2020年02月10日 21:53