小説 > もやし > 戦場の霧を晴らすのは > 01

1話:退屈


「防衛は頼んだぞ!」

 レオニート・ヴァシリーエフは、沈みつつある太陽を背にして割座しているテウルギア、「ヴィルトゥス」に向かって声を張り上げた。

「到着は、0200以降になると思う!よっぽどでなければ、0300は超えない!」

 ヴィルトゥスのカメラがレオニートを指向して頷いた。腹部のスピーカーから溌剌とした女性の返事の声が響く。

「了解や、味方の駐留部隊の到着までこの街を防衛する。なるべく早く頼むで、待機中に見る映画を保存し忘れたんや」

 茶目っ気のある声だ。オディリアは頻繁にレオニートを含む幾人かを映画に誘っており、その中で聞かされた話でもある。故にそのことはレオニートにとって既知であったが、しかし彼は大げさに驚いてみせた。

「おいおいオディリア!服務規定違反だぞ!お前いつもやってたのか?部長に報告しておくからな!」

 冗談交じりに笑ってそう言った。現在の部長はテウルゴスであろうと厳しく処罰を下すことで有名な人物でもあり、もしオディリアの行為がバレれば三日程度の謹慎だってあり得る。それを承知で、オディリアは笑い飛ばすように応えた。

「言えるもんなら言ってみぃや。謹慎っちゅうんなら大歓迎や、撮り貯めた映画が何本貯まっとると思っとんねん。だいたい、残業代も出ないような仕事を真面目にやれるかいな」

 オディリアの趣味である映画鑑賞は、言うまでもなく時間のかかる趣味だ。一本見るために2時間から3時間は拘束される。
 つまり、毎日9時から21時までの出勤に加え、今日のような残業、その上突然の出撃要請もありうる、まさしく馬車馬のように働かざるを得ないテウルゴスという職、SSPVという職場では、満足に視聴することも叶わないのであった。

「だからと言って不真面目なのも考え物だぞ、せめて書類仕事でもやっとけ!お前が何でもかんでもレメゲトンにやらせてるのも知ってるんだぞ!その時間に映画を見てることもな!」

「合間に映画なんか見れるかいな、その時間は情報収集にあてとるんや!だいたいテウルゴスに与えられた特権の1つやんけ、好きに行使させぇや!」

 情報収集という建前でカルデアン・オラクルズでも眺めていることも、レオニートは聞き及んでいた。わざとらしく呆れたように肩を竦め、レオニートは続ける。

「レメゲトンはテウルギアの為にあるんだ! 私物化していいものじゃないんだぞ!」

「SSPVのレメゲトン運用条項『テウルゴスは業務に支障を来さず、かつレメゲトン本人に拒否されない限りにおいて、一部業務を委託することを許可する』! ていうかもういいやろこの話題は。早よ帰って、駐留部隊を派遣してぇや。遅れたら怒られるのは私じゃないんやで」

 条文まで引用して正当化を始めたオディリアにやれやれと首を振り、レオニートはいつの間にやら隣に止まっていた装甲車にもたれ掛かった。
 懐からベープを取り出して咥え、ゆっくりと吸い込み、空を見上げる。上弦の月が微笑みかけているように見えた。疲れているのだろうかなと自嘲し、同様に疲れているであろうオディリアに全てを任せきることに対し、引け目を覚える。
 しかし。
 レオニートが残ったところで、むしろ邪魔になるのが関の山だろう。であればそれこそ彼女の求めるように、早めに増援を呼んだ方が助けになるのだろう。
 こんなことを考えるのも、もう何度目だろうか。

「まあ、善処するよ!防衛は任せたぞ!」

 濁った心中を林檎とミントの匂いと共に吐き出してヴィルトゥスに背を向け、装甲車の天井に登る。
 無線で点呼を取った車長に揃ったことを確認した操縦手がゆっくりと加速を始めた。

「ホンマに頼むで!さっさとベッドで寝させてや!」

 心なしか音圧が増した声を背に、レオニートはひらひらと手を振って、ハッチから車内に入った。
 車内の兵士はレオニートを迎えようとして、振り向いたその顔を見て苦笑し、口々に励ましの声をかける。
 レオニートは強く、唇を噛みしめていた。



 そして、6時間。
 味方部隊を見送ったオディリアは監視をレメゲトンであるロットバルトに任せ、しばらく仮眠をとって1時間ほどで起床。どうせ暇ならと珍しく書類仕事を自分でやり、そしてさっさと終わらせてしまっていた。
 そもそも書類仕事と言っても、オディリアがすべき仕事はそう多くはない。与えた損害と受けた被害を報告し、それらからどういった対策を取るかを添えればまず文句は来ないのだ。機体のログを流し見てそこから掘り返し、書き起こすだけの作業にどうして5時間も6時間もかかろうか。

「いつもやったら、映画でも見てたらすぐに終わるのになぁ」

 オディリアは空を見上げた。彼女の頭に取り付けられたヘッドギアに連動してヴィルトゥスの頭部が稼働し、頭に取り付けられた機関砲が月を睨む。
 ヴィルトゥスの頭部カメラに映された満天の星空が、オディリアのヘッドギアに表示された。5年前、テウルゴスになる前には見られなかった北部の星座、アルマトゥイでは見られなかった6等星。肉眼以上の分解能で映し出されるそれらの全てを見飽きてしまったことに溜息をつく。

 5年前、高校を出てシャムシュロフ設計局に就職し、テウルゴスとして見出されて直ぐの頃。オディリアにはありとあらゆる物事が加速しているように感じられた。
 シャムシュロフ設計局のヘンテコテウルギアを受領して、性能試験でテウルギアと戦う羽目になって死にかけて、猛省した後装甲をひたすら強化させて。
 設計局の試験係にいたあの頃は、命こそ危なかったけれど、毎日が興奮の連続だった。

 それが今はどうだ。3年前にSSPVへ派遣されてからというもの、毎日の攻撃任務は肩透かしのチンピラばかり。
 偶に骨のある奴と戦えど、そいつ等も数で圧殺できてしまう。寝ていても対処できそうなルーチンワークだ。

 ああ、全く退屈極まりない。退屈だからこんなことまで考え始めるんだ。早く帰って酒を飲みたい。いや、いっそ酒は無くてもいいから固形物を食べたい。そしてシャワーを浴びたい。そんなことを思いながら伸びをして、頭を振り、時計を見た。現在の時刻は0100。味方の駐留部隊の到着まであと1時間といったところだ。

「……移動するかぁ」

 遠方から見渡すために高所に陣取って、もう6時間も経つ。1か所からの視点に飽きを覚え始めたオディリアは、別の地点へと移動を始めた。
 どうせあと1時間しかないのだ、敵なんて来ないだろう。それならば、いっそ景色を楽しむべく場所を移そう。ロットバルトに頼んで在りし日のこの街の様子をオーバーレイしてもらってもいい。

 暇を潰すべく想像を膨らませ、ヴィルトゥスを立ち上がらせる。より景色がよさそうで、より合流予定地点に近い場所へと移動を始めた。
 そして、その試みはちょうどその時、機内に鳴り響いたレーザー照射警報によって妨げられることとなる。
 咄嗟に屈んでヴィルトゥスの両腕を閉じさせた、その瞬間だった。
 ヴィルトゥスの右腕に装備された大型装甲が、爆発した。
最終更新:2019年04月15日 16:53