小説 > 琴乃 > 誰がために紅星は瞬く2



Die Zauberflöte/crazy in love

[ついに祭りだ]デウスエクスマキナ上級者専用スレ7503戦目[羨ましいぜ]

221.SSCN砲撃部副長@TG-10火力主義カスタムmdl.C
やけに静かだなこのスレ。やっぱ皆実況板に移ったか?

222.目指せアサシン@ナルキッソス・オブスキュリテ
だろうな。もしくは画面に食い入ってて実況も出来ないかだ。(確信)

223.歴戦のマゲイア乗り@バーバ・ヤーガⅥ
もう開始から三分経ってるってのもヤバいけど、三分経ってもこの動きって何?(ドン引き)

224.SSCN砲撃部副長@TG-10火力主義カスタム
DEM勢の連中も大概だけど、やっぱエンヘドゥアンナネキが流石だな。
前に出てアリシア様と打ち合いながら指揮もしてるんだろ?何なの(困惑)

225.コラの☆きくうしさまっ!@ジェドマロースⅡMod.17
あっまたレールガン相殺してる。すっごーい()
※22 いやこれは画面に食い入るでしょ。

226.シーター魔改造部射撃班員@シーター蹂躙制圧型8式mk.Ⅱ
これがテウルギアの動きだと!じゃあ俺は一体何なんだ(発狂)

=====

 辛うじて残っていた窓ガラスを吹き飛ばしながら、ひび割れた壁のビルの間を熱波が通り抜ける。一拍置いて紫電が弾けると、同じ射線を駆け抜けた弾丸は路地の真ん中で盛大に爆発して傍の壁面を焦げさせた。
 荒廃したビル群の谷間で炎の舞踏を踏むのは二機の巨人ーー 人機(テウルギア)
 スラスターバーニアから炎を吐き出しながらビルの上に飛び上がり、マシンガンとレールガンを撃ち下ろす真鍮に似た鈍い金の機体は、アンガルタ・キガルシェ。世界のテウルギアを格付けするオラクルボードのアレクトリスグループ№.3に位置するエンヘドゥアンナが操る 『真鍮の戦女神』(ブラス・ヴィーナス)である。対してビルの陰から飛び出してマシンガンを応射するメタリックブルーの機体はワールド・イズ・マイン。アレクトリスグループの一角、リュミエール・クロノワールの社長にしてクロノワール家当主たるアリシア=セレナーデ・クロノワールが操る『世界で一番のお姫様』だ。
 ワールド・イズ・マインはアンガルタ・キガルシェに向いていた上半身を戻し、スラスターを吹かして素早く大通りに出る道に飛び込む。蒼の塗装を煌めかせながら行ったそれは一片の無駄もない美しい機動だった。アンガルタ・キガルシェも路地に降り立つとスラスターを吹かして追撃する。
『♪Zu Hülfe! zu Hülfe! sonst bin ich verloren,Der listigen Schlange zum Opfer erkoren. ……(♪助けて!助けて!死んじゃうよう。わるい大蛇(おろち)のいけにえになっちゃう……)』
 戦域一帯には澄み渡るソプラノの歌声が響き渡っている。ルチア・ポップもかくやと思わせるその歌声は、アリシアのレメゲトン、ディーヴァによるものであった。
「逃がすか!」
 アンガルタ・キガルシェのコクピットの中で、操縦桿を握ってエンヘドゥアンナは叫んだ。吐息で玉虫色の加工がされたヘルメットバイザーが僅かに曇るが、インターフェイス(IF)から眼球に投影される視界には全く影響しない。戦闘が始まって数分が経過しているが、現実世界と違ってGはほとんど掛かっておらず、彼女は殆ど疲労を感じていなかった。右隅のウインドウに視線をやる。そこに表示されている僚機のステータスも然したる損傷はない。このままなら押せるーーそう判断する間にも、彼女は操縦桿とフットペダルを操って敵機の後を追っている。
 別の路地に入り込んだワールド・イズ・マインを視界に捉えたのはそのすぐ後だった。視線でロックし、マシンガンを射撃して追撃を続けながら、一瞬別のウインドウに視線をやる。データリンクの情報はリアルタイムでアップデートされており、僚機は作戦通りの陣形を保っている。
「やっぱり直線じゃあっちが速いか……」
 アンガルタ・キガルシェとワールド・イズ・マインは、そのどちらもが機動性や速度を第一に考えて設計された機体である。しかし両者の間の距離は着実に離れていき、エンヘドゥアンナの放つ機関砲弾は巧みな機動で回避される。これが既存の量産機をベースとした機体と、ワンオフでオーダーメイドされた機体の差か。彼女は軽く唇を噛んだ。
 土埃を盛大に巻き上げて、二機のテウルギアが大通りを疾走する。ワールド・イズ・マインは道路に転がっている自動車などを蹴り飛ばし、マシンガンで牽制射を放ちながら傍らの十字路を右折する。エンヘドゥアンナはビルに隠れたワールド・イズ・マインをロストした。しかし、僚機の観測データも反映されるデータリンクは、敵機がビルの陰で停止した事を彼女に教えている。彼女はアリシアの意図を瞬時に察知した。
「アリシアは仕掛ける気ね。ドゥムジ、行くわよ!」
『任せなァ!』
 エンヘドゥアンナのヘルメット内蔵スピーカーから、威勢のいい返事が返る。彼女の相棒にしてアンガルタ・キガルシェをテウルギアたらしめる存在、レメゲトンのドゥムジだ。
 アンガルタ・キガルシェは手に持っていたマシンガンとレールガンを背部にラックに収納し、腰から金の双剣を抜き放つ。すると、背部のブースターユニット『マアンナ』が連動するようにその出力を高めた。ブースターから噴き出る薄い炎が鈍い金の塗装に反射し、強い輝きを放つ。瞬く間に敵機が隠れるビルに肉薄すると、エンヘドゥアンナはフットペダルを強く踏み込む。すると肩部の大型ブースターが炎を吐き、瞬間的な推力に物を言わせて目にも止まらぬ速さで機体を横滑りさせ、斬撃を繰り出しながらワールド・イズ・マインの右に回り込もうとした。
『分かっていてよ!』
 鳥捕りの歌が傍らで歌われる中、すかさずアリシアも向き直って正対する。向き直った蒼い機体の右腕から、蒼く細い刃が奔る。テウルギアの装甲を容易に斬り裂く高出力のレーザー発振に、踏み込みと同時に放たれる視認すら難しい振り抜き。並みのテウルギアならここでコックピットごと斬り裂かれて終わりだったろうが、エンヘドゥアンナも並大抵の腕ではない。関節部を切り飛ばそうとした振り上げを瞬時にキャンセルして右手首を返し、その剣先を上げ、突き込みにも近い動きを巻き取るようにして合わせて右腕を上げさせると、左手の剣で胸部装甲の板継ぎ目を目掛けて突きを繰り出す。
『♪Der Vogelfänger bin ich ja,Stets lustig, heissa! hopsasa! (♪ぼくは鳥捕り。いつでも元気。ハイササホイサ! )』
『まだ!』
「チッ、継ぎ目に届かない!」
 パリィされた右腕をなお勢い良く振り抜き、ワールド・イズ・マインは腰を捻ってその左脚を高く振り上げる。勢い良く振り上げた左脚は陽光を受けて明るく蒼く煌めくと、内部機構を露出させながら瞬時に大きな刃へと変形した。ワールド・イズ・マインの発光するバイザー越しに、アンガルタ・キガルシェの透明なバイザー越しに、二人は互いを見据える。蒼い機体はさらに腰と上半身を捻って金の双剣の突きを躱すと、右脚のバネとスラスターの出力で跳躍し、敵機の頭上を取る。そして上半身を起こしつつ、首元目掛けて刃と化した左脚を勢い良く振り下ろした。
「何よアレ!Gで死ぬわよ普通!」
 常人離れした機動を目の前で見せつけられ、エンヘドゥアンナは目を見開いた。だが操縦桿を動かし、キーを操作し、各種ウインドウに目をやり、フットペダルを踏み込むその動きが淀むことはない。右、右左で高速超信地旋回、後退とフラッシュブーストを連発して距離を取ると、マシンガンを取り出してロックもそこそこに引金を引き絞り前進する。必殺の戦技を回避されたアリシアは左脚を瞬時に戻すと、レールガンを応射して交差点へと後退する。
 交差点に出たワールド・イズ・マインと撃ち出された弾体を斬り飛ばしたアンガルタ・キガルシェに降り注ぐ日差しを、黒く重い影が遮ったのはその時であった。
『こちらイナンナ2、援護するぞ!』


『アリシアーッ!上、上!』
『分かってますわ、お約束は後にして頂戴!』
 両機の視界を暗く塞いだかと思ったその時、それはワールド・イズ・マイン目掛けて落ちてきた。アリシアは咄嗟に回避機動を入力して交差点を離れると、落ちてきたそれに銃口を向け、振り下ろされた特大の戦斧を避ける。かつてワールド・イズ・マインがいた場所は轟音と共にアスファルト舗装を叩き割って円状に大きく凹み、砕け散った破片は蒼い機体に細かな傷をつけた。
 はち切れんばかりに膨れ上がった四肢の廃熱板から噴き出す蒸気。重厚でありながら均整の取れた堂々たる体躯。一般的なテウルギアを大きく超える20m超えの巨体。そしてそれに見合った大きさの二振りの戦斧。仮想の日差しを一身に受けて立つヘーラクレースにも似たその黒い威容は、名をギルティラーヴェンという。 
「ナイスタイミング、イナンナ2!そのまま追撃してポイントHに追い立てるわよ!」
『応!!』
 ギルティラーヴェンのアイカメラの輝きが増し、再び四肢に莫大な熱量が行き渡る。ワールド・イズ・マインのレールガンを半身を引いていなすと、ギルティラーヴェンは体勢を整えたアンガルタ・キガルシェと共に猛然と追撃を開始した。


色褪せてひび割れた鉄筋コンクリートが脆く砕け散り、紫電や碧光が舞い飛ぶ。地面に敷き詰められたアスファルトは踏み込みの度に浮き上がり、踏み割られ、引き裂かれる。
人機達が踏み舞う炎の舞踏は、一層その激しさを増していた。
『そらそらぁ!推して参るぜえ!』
殺到する弾丸や光線を避ける技量とその間の障害物を粉砕する剛力で、ギルティラーヴェン(黒い人機)がワールド・イズ・マインに迫る。四肢から余剰エネルギーの陽炎を放出し、巨大な戦斧を振り回して驀進するその様は暴風そのものだが、単純ながら致命的な打撃はWIMには辛くも届かない。
『あら、好くってよ!野趣に富むのも面白いわ!』
『♪Dies Bildnis ist bezaubernd schön,Wie noch kein Auge je geseh'n! (♪この絵姿の美しさ、誰も見たことないほどに! )』
対するWIM(碧い人機)は廃ビルの間を潜り抜け、道路を舞い飛びながら巧みに距離を取り、射撃を続けざまに叩き込む。一片の無駄もない、流れる様な機動制御と、並のテウルギアなら瞬殺されるであろう光弾の乱れ撃ちは、『蝶のように舞い、蜂のように刺す』という言葉が相応しい。
手痛いレーザーと無視出来ないマシンガンを交えた教本通りの完璧なあしらい方。姫君の作法を前に巨人は間合いを詰め切れないまま、三叉路へもつれ込む。
『援護するわ!この調子で追い込むわよ!』
『応!』
そこにAK(鈍金の人機)が介入する。ビルの上から降りてWIMへ一直線に飛び込み、豹の様に低く構えた姿勢で迫って退路を断ちつつ金に煌めく双剣を振るい、碧い人機のコクピットを狙う。関節部の捻り、アクチュエータの出力特性、重心移動……性能の全てを引き出した鋭い剣筋は、数々のテウルギアを葬り去った一閃だ。
だが装甲の継ぎ目を突こうとした一撃は、その奥を抉る事なく表面で受け流され、傷をつけるに留まる。碧い人機は両手の武装を油断なく向けたまま咄嗟に身をかわし、急な方向転換でつんのめるままに脚力だけで地面を蹴る!
『二機を同時に相手取るのはスリリングね!転調が必要かしら?』
WIMは僅かな動きで体勢を立て直しながら加速。背中のブースターから大きく吐き出される炎は、碧の塗装を斑に煌めかせ、追い縋るAKのIFに光量調整機能を作動させる。
「右に出た!多分飛ぶ!」
『了解。データリンクに上げるぞ』
エンヘドゥアンナは息継ぎすると共に右隅に視線をやりながら操縦棹のボタンとフットペダルを迷わず押し込み、WIMに追随しながらIFの機能画面で<target designator>を呼び出す。敵機と共に急加速する彼女の視界にロック画面とマップ画面がオーバーレイされる。センサー複合体とカメラ群が碧い機影を捉え、単調な効果音と共に<spotting>の表示を彼女の視界に投影する。するとその情報は即座にデータリンクで僚機にも共有され、共有マップの画面と僚機の火器管制システムに緒元が送信される。
『いつまでも追いかけっこでは飽きてしまいますわね?楽譜のページを捲りましょう!』
『Rüste dich mit Muth und Standhaftigkeit, schöner Jüngling! - Die Fürstinn -(かわいい人、たじろがないで勇気を出して!
女王様は……)』
何処までも優雅な歌声は音圧を増し、姫は仕切り直しを宣言する。すると碧い人機は俄に飛び上がり、瞬く間に"変身"した。
それは例えるなら、機能美がもたらす伸びやかなグラン・フェッテ。擦過傷をつけられたにも関わらず、未だきらびやかに陽光を反射する手足や関節は所定の位置で固定され、細身の駆体に仕込まれた専用の機構が唸る。寸分違わず組み上げられた官能的なまでの内部機構を惜しげもなく晒し、一瞬の内に人型は翼を備えた航空機へと変形を遂げ、朽ち果てた摩天楼のさらなる高みへと飛翔する!
「しかし、相手は3機チーム……残りの1機はどこに?」
間断なく鳴り響くロックオン警報の音量を視線操作で下げ、油断なくコンソールに目を配りながらアリシアは独りごちる。無駄も迷いもない金色の一閃に咄嗟ながら芸術的なタイミングで捻りを合わせたその両手は、僅かに汗ばんでいた。
自社の特許技術、ジャイロコックピットによって現実でもGから護られる己の肢体。複雑に回転し、変形が無事に完了した通知が送られる視界を睨むアリシアに、相棒のコメントが挿入される。
『何も動きが見られませんわ。スタート位置近辺とするなら少し距離がありますわね』

「イナンナ3、見えてる?やっちゃって!」
『オッケー!ちゃんと共有されてるよ!』
快活な、明るい声が無線に流れる。
碧の人機ーーもとい翼が上空に飛び上がろうとするその路地から、距離にして15㎞の地点。
崩れた廃墟や草木が疎らに広がる荒野の中にぽつんと残る色褪せ朽ちた高層ビル。その屋上に、一機の人機がいた。
太く無骨な脚を開き、鉄筋コンクリートを踏み締めて低く構えた四脚の機体。都市部での欺瞞効果を考えられたロービジ迷彩に身を包んだその機体に擦過傷はなく、如何にも長射程・高威力を誇りそうな長筒を両手に、平板なレドームが特徴的な複合センサーユニットを左肩に抱いている。オリジナルの装備を撤去した背中にはこれまた重厚長大な直方体のコンテナが背負われており、その発射口と大口径の非純正頭部カメラは人知れず天を睨んでいた。
挑戦者ーーイナンナチームのデータリンク、簡素化された立体マップ画面の端で青いまま動かずにいた"INANNA03"のアイコンが黄色く点滅し、通知が矢継ぎ早に流れる。
"INANNA03-Fox3"
"INANNA03-Fox3"
"INANNA03-Fox3"
"INANNA03-Fox1"
データリンク画面が無数の輝点と何本かの直線で埋まるのを視界の端に捉えたエンヘドゥアンナは唇の端を歪め、アリシアの後を追う。
「そう簡単に仕切り直しなんてさせるかっての」


『来ましたわ!飛翔体反応とレーダー波の照射を確認!FCレーダーで捉えるより早く発射している?!』
「恐らくAK(彼女)でしょうね!ミサイルと機体の種別は!」
AKからのロックオン警報を一身に浴びながらビル群の塀を抜けて蒼弓へ飛び出したWIMを真っ先に出迎えたのは、イナンナ3の発射した対空ミサイルの弾幕だった。そしてその直後に、WIMの過去位置を一際眩い紫電が射抜く。
瞬時に状況を把握したアリシアの操縦は素早かった。失速覚悟でぐるりと機首を巡らせる。ラダーとフラップが大きくばたつき、スラスターが喪われかけた揚力を補う。態勢を立て直して一気に加速。
『ヤバいヤバい、こっち来たよ!』
『火力自慢が狼狽えない!追い込むから弾幕張って!』
ミサイルの密度が低い領域を見付けるが、敢えてそれを無視。フットペダルと操縦棹を押し込んでミサイル群とその発射元にヘッドオンし、そのまま加速。ブースターから伸びるショックダイヤモンドと速度計の数字がその長さを増し、アリシアをシートに強く押し付ける。
『機体はコラのシールカと35%一致。ミサイルはーー戦術ライブラリに該当あり。3M24、コラ製艦対空ミサイル!』
「また面妖な機体を!」
アリシアの視界いっぱいに映る大柄なミサイルは真っ直ぐ自機目掛けて飛翔し、レールガンは紫電の軌跡を描いて弾幕の隙間へ追いたてる様にWIMを掠めていく。だが素直に罠にかかるアリシア達ではない。機首を僅かにずらす間にもアリシアの視線を追ってロックマーカーが表示され、表示が赤に変わる端からWIMのレーザーがミサイルを焼き切っていく。
『Es verkündigt die Ankunft unserer Königinn.(女王のお成りの合図だわ。)』
「その手には乗りませんわよ!」
その間にも雷鳴の様な射撃音と被ロック警報がアリシアの耳につんざくが、彼女は気にしない。彼女は愛機に絶対の自信があったからだ。徐々に引き離されつつあるAKのダメもと弾など、翼を広げたWIMを揺さぶるにはまるで足りない。
このままAKを引き離し、目の前の後衛を切り捨てる。黒い巨人と真鍮の女神はその後じっくり相手すればいい……全機のメッセージタブに予定外のメッセージが流れたのは、そう考えた矢先の事だった。

<<unknown unit access>>
<<pop TG 1 unknown>>


自機の後方数百m、メッセージと同時にレーダー画面に不明な反応が出現すると、瞬時にボギーの色がつく。同時にテウルゴス以上の反応速度でレドームと昆虫の複眼のような前面が特徴的な多機能センサーユニットが、勢いよく後ろを向いた。
「えっ?」
BRFに全く無かった敵機の出現。自動的にIFが後方画像のウインドウを視界に差し込み、ロックマーカーがちらつく。想定外の状況に対応が追い付かずに手が止まった一瞬で、ウインドウいっぱいにキハダ色と鉛色の機体が迫る。
困惑を振り切れないまま慌てて長筒を振り向けてノーロックで射撃した瞬間、衝撃と共に彼女の視界がふわりと浮き上がり、遅れて来た轟音と共に縦に回転した。
背中のブースターから赤いショックダイヤモンドが伸びアイカメラの光が鋭く軌跡を描くと、それを追うように眩い紫電が駆け抜ける。縮地に似た動きで瞬く間にシールカとの距離を詰めた不明なテウルギアは長砲身が仇となったシールカのレールガンをパリングし、その勢いを殺さないまますれ違い様にコックピットに金に光る刃を突き立て、もう一つの刃で胴と腰の関節を斬り飛ばした。

<<INANNA3-killed>>

『Here comes a new-challenger!』
「愉しくなってきたわね!」
相対距離、3㎞。直ぐに詰められる距離だ。各部がキハダ色に彩られた鉛色の敵機を前に歌姫は翼を畳み、再び官能的なまでの内部機構を一瞬さらけ出す。
目の前の敵機は金色の双剣を握ったまま、シールカが上げる断末魔の爆発を背に受けながら廃ビルの屋上を蹴り、WIM目掛けて加速する。
『Die Königinn begnadigt dich!(女王様のお慈悲よ!)』
不意討ちとは言え、重武装の改造型シールカを一瞬で葬るだけの機体性能と技量。余計な挙動は命取りになると判断したアリシアは敢えて射撃兵装を起動せずにそのまま距離を詰める。
狙いは交差時の一瞬。相手がコックピットを狙って接近した瞬間に切り捨てる!
『汝、如何なる戦技を求めなりや?』
「答えよう!我がグランバットマン(シンフォニック・スラッシャー)、そして無尽の光刃(サイバネティックムーンライト)にて斬り伏せると!」
『Oui, Madame!』
相棒の問いかけに答え、WIMと敵機は速度を殺さぬまま同時に地を蹴る。朽ちて脆くなったコンクリートが同時に円状にひび割れ、破片が四方に飛び散る。
WIMは空中で全身を捻ると、左脚を勢い良く振り上げ、右手からレーザーを迸らせる。陽光を受けた鉄色の内部機構と蒼い装甲を煌めかせると、瞬時に大きな刃へと変形したその左脚で、敵機を焼ききらんと迸る右腕で、回転の勢いを活かして斬りつけようとする。
「なっ!」
『やりますねぇ!』
だが斬り伏せられる敵機ではない。待ち構えていた斬撃を瞬時にキャンセルして双剣を手甲にマウントすると、タイミング良くスラスターを噴射して展開されたWIMの左脚を蹴って跳躍しつつ、一片のブレのない前転宙返りで光刃を回避してWIMが跳躍した廃ビルの屋上に着々すると、アリシアを無視して一目散にAKへと駆け出す。WIMと対照的な鉛色の機体は、陽光を一切反射しない。
「この!」
『一筋縄ではいきませんわね』
左脚をしまったWIMはなす術なく別の瓦礫へ着地する。直後、悔しげなアリシアの視線をなぞるように紅い光線が瓦礫を突き抜けた。


ギルティラーヴェンのテウルゴスはAKが放った極太のレーザーが、突如乱入した敵機を消し飛ばすのを幻視した。直撃すればTFSのドゥルガーであっても消滅は免れない、必殺の一撃。向けられればギルティラーヴェンもただでは済まないその決定打が、不埒な乱入者を倒さない筈がない……だがその希望的観測は即座に打ち破られた。
如何なる魔法を使ったのか、寝そべり地を這うような低姿勢でレーザーを回避した鉛色の敵機はAKへ斬りかかる。即座に交わされる剣戟。出力に差があるのか、煌めくAKの双剣は悉く弾かれ、彼女の機動には回避の動きが多くなっていく。
不吉な予感が彼の脳裏でがなり立てる。マットな鉛色の基本色に、センサーユニットやアンテナ、空力パーツがある場所だけがキハダ色に塗られる、このパターンは。興奮したニューロンの狭間で記憶がスパークする。この配色は見覚えがあるーーそうだ、試作機だ。過去に見た技仙空軍の試作戦闘機も同じ色をしていた。
知らずに息が上がり、スティックを握る両手が冷や汗に濡れる。謎の新型機体?このままではAKは撃破されるのでは?あの剣が自分に向けられたら……?ついさっき両断された僚機のイメージがフラッシュバックすると、現役の戦闘機パイロットでもある彼の脳裏に『各個撃破』の文字が瞬く。
「うおおおおおっ!」
『あっ、今来るな!私は大丈夫ーー』
彼は呼吸を整えると、エンヘドゥアンナの制止を振り切り戦斧を振り上げて鉛色の敵機目掛けて突撃を敢行する。アドレナリンが放出され、視界にスローモーションがかかる。
サイドキックでAKの姿勢が崩れると同時にフットペダルを全力で踏み込み、最大出力で飛び出す。泥のようにまとわりつく加速した時間の中、フルスロットルで体当たりし、戦斧を振り下ろす。だが一切の手応えを感じない。己の未熟を呪いながら視界に迫る鉛色とキハダ色を睨みつけた直後、初めて聞く声が彼のヘッドセットに響いた。嬉しげで、どこか高飛車な印象を受ける高い少女の声。そこには嗜虐の喜びがあった。
『狼狽えたデカブツなんて、チョロいチョロい。Tボーンステーキは好きだけど、二品目には少し重いわね?』
轟音と共に彼の視界がぐるりと回転し、『被撃破』の文字がいっぱいに広がると、少しして彼の視界はちっぽけな人間のそれに切り替わった。


それじゃ相手の思う壺よーーエンヘドゥアンナが叫んだ時には、時既に遅し。両者の目の前に迫り、果敢に割って入った黒い巨人は、鉛色の人機のうっちゃりに乗せられて投げ飛ばされ、沈黙した。だが彼女は脇の下の非装甲部から正確に差し込まれた金色の剣が、コックピットを刺し貫いたのを見逃さなかった。
<<INANNA2-killed>>の表示が流れるが、2、3共にテウルゴスの死亡判定は出ていない。巻き込まれない事を祈りつつ双剣を構えると、敵機は追撃することなく背後のビルへ飛び上がる。
同時に敵機から通信が入った。
『いいのか?』相棒の疑問を無視して通信を開く。彼女は敵機の機動に心当たりがあった。一分の隙もない上半身のバランスと重心移動、剣を振るには力強い、ハンマーを振るときに近い踏み込み、姿勢崩しのサイドキックが出る時の見覚えのあるクセ……確信に近い疑問は、通信の声色を聞いて確信に変わった。
『実戦で引き出しは増えたみたいだけど、相変わらず動きが直線的ね。まだ考えるのは苦手なのかしら、ウズマ?』
「瑞麗……!」
生きとったんかワレェ、と叫ぶ代わりにエンヘドゥアンナは奥歯を噛み締める。機甲学生時代の苦い記憶が蘇った。
『しょうがないから私がもう一回コテンパンにしてあげる。授業料は初回割引よ』
「望むところよ!」
その時、両者を隔てるロケーションに突如として色彩の波が駆け抜けた。


「仕切り直しが必要になったわね」
『予想外の形になった第2幕ね』
「サプライズは多い方がいいわ」
黒い巨人が投げ飛ばされ、三者が硬直状態に入るのをるのを見届けながら予想外の事態に狼狽える運営チームを叱咤してエキシビションを続行させると、アリシアは画面に視線をやって機外マイクにスイッチを入れる。同時に視線入力でステージの再設定を要求すると、ロケーション全域を色彩の波が浚うのを見届けた。
人機達が駆け抜けた廃墟の山が、細かいポリゴンに分割される。少しして地形がポリゴンから元の形に戻ると、ロケーションの全てのオブジェクトがピンクの輪郭を除いて透明になり、グリッドごとにマス目が引かれただけのバーチャルな光景に変化した。
「観客席の皆様、素敵なサプライズが起きたようなので、今宵の演目に少し追加演出を加えたいと思います。事前に売りにした”背景まで手を抜かない、最高にリアルなバトル”の趣旨からは少しそれますが、きっと皆様も納得頂けるかと思いますわ」
バンドのデモ演奏が観客の昂ぶりを煽り、カメラとマイクを切った間を持たせる。黒一色とピンクの輪郭で構成された世界に、じわじわと色とりどりの光が小さくにじみ始める。そして同時に、WIMのアイカメラは離れたビルの上に立つ鉛色の乱入者からの視線を敏感に感じ取っていた。スカーレットの色が見える、だが緋色の騎士とは明らかに違う凶悪なフォルムからの、ひそやかな挑発。
両者は高強度樹脂ガラス製のバイザーの奥で互いに瞬きを交わすと、彼女の視界の<<unknown>>の表示にノイズが走る。IFFへの干渉を示すアラートが短く鳴ると、乱入者の表示は<<035>>に変わっていた。まさか技仙が、という若干の驚き。そして機体と動きから技仙らしさを感じた、己の審美眼の冴えへの安心に瞳が開かれた。
035(ペンテシレイア)、こういう”お披露目”をするか……味な真似を」
『お堅い上がよく許しましたわね。世代交代も近いのかしら?』
プレオープン・バーチャル・テウルギア・アリーナ。”実機と全く同じスペック、現実と全く同じロケーション、現実よりもエキサイティングなバトルフィールド”を謳う今回のエキシビションは、新型機のデモンストレーションに持って来いだ。そして技仙公司はペンテシレイアの投入という形でこの試みに”乗った”。図らずも賭けの勝ちを確信したアリシアは自身の心が昂り、体温が上がるのを感じた。
滲んだ色とりどりの光は、次第にカメラの焦点が合うようにはっきりとした輪郭を結びはじめる。その正体はサイリウムとステージの照明。一切の色彩が取り払われた戦場は、離れた場所の映像を重ね合わせる形で巨大なコンサートホールと同化した。映像の同期が完了した今では、観客の一人一人の顔さえはっきりと見える。離れたホールで固唾を飲んでエキシビションを見守る彼ら彼女らの熱が、興奮が伝わる。もっと魅せろと、美を捧げろと百万人が訴えるのを感じる。アリシアの背筋を快感とも怖気とも言えない震えが突き抜けた。
「準備は良くて、リリス?古式ゆかしいアリアはおしまい。フロアを沸かせるわよ」
『勿論。バクアゲでブチかましますわ』
息を吸い込むと、彼女は自身に向けられたカメラに向き直る。
「皆様、大変長らくお待たせいたしましたーー」
ロケーションにスポットライトが設置され、フロアと”荒野の三機”を照らし出す。ライトが向けられる度に機体に、肢体に力が漲るのが分かる。デモ演奏が下火になるのと裏腹に、観客席には歓声とどよめきの波が広がる。

『Ladies and gentlemen……Are you ready to exciting "THEURGEAR Bataille Royale”』
ディーヴァが彼女の後を引継ぐと、ステージ上でバンドが最終調整を整える。どよめきの波が反響しあい、興奮が高まるの様子が手に取るように分かる。

「Heaven or Hell」
両手のサイバネティックムーンライトを振り抜き、右足を軸にターン。腰を低く落とし、コラプション・ジャッジメントとリバーシブル・ラヴァーズを構える。気付いた他の二機もその手に双剣を、機関砲を、レールガンを構える。緊張と殺意が張り詰め漲る中、スポットライトがウエーブで三機の花道をフロアの夜空に描き出す。

『Duel 2』
バイザー越しにステージディレクターに視線をやると、目ざとく気付いた彼は勢い良く親指を立てた。音圧調整よし、ミキサー、スピーカー、アンプ、全て異常なし。右足を少しにじらせると観客席の緊張は頂点を迎え、爆発寸前にまで加圧される。

『「LETS ROCK!!」』

『アリシア様ァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!』

同時に三機がその手の獲物を相手に向け、ブースターには瞬時に火が入る。ロック警報が滅茶苦茶に飛び交い、電子戦用ジャマーが通信をかき乱す。叩き鳴らされるドラムとレーザー、スポットライトが開戦を演出する。
ショウの演出とバンドの熱気を一心に受けながら廃墟のがれきに踏み込みの足跡とブースト炎の焦げ跡を刻んで、真鍮に鈍く輝く女神が、鉛色に身を包んだ女王が、蒼穹の煌めきを纏う姫君が、それぞれに向かって飛び出し、三機の激突を目の当たりにした観客席の熱気は臨界に達し、遂に爆発した。
最終更新:2019年04月18日 23:30