(※エガオノダイカは無関係です)多重機甲戦線テウルギア
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(※エガオノダイカは無関係です)多重機甲戦線テウルギア
ja
2023-04-19T13:51:41+09:00
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三大企業/アレクトリス・グループ/人物_アレクトリス/ヴェノム・アケローン
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/103.html
&bold(){&color(#6c2998){&ruby(Venom){ヴェノム}・&ruby(Acheron){アケローン}}}
|通称|真紅の渡し守、&ruby(マッドネス・ヴァイパー){狂気の毒蛇}|
|性別|男性|
|所属|[[リュミエール・クロノワール>三大企業/アレクトリス・グループ/リュミエール・クロノワール]]|
|オラクルボード|アレクトリスランク ランク2|
|認証レメゲトン|ベガ|
|搭乗テウルギア|スカーレット・カローン|
#contents
*キャラクター概要
&bold(){"フン、この場に有象無象の出る幕などあると思ったのか?哀れなことだ"}
&bold(){"さぁ、醜い者共よ。その命を花と散らしつつ、我が美に酔いしれるがいい!"}
本名、ヴィンセント・ゼノムマイヤー。
235年現在25歳。
ツヤのある長い茶髪を三つ編みにして背中に纏めた、美しくも冷たい蒼色の瞳が特徴の男。
現リュミエール社の最高戦力にして、同社の中でも数少ない野心家のナルシスト。と言っても、リュミエールを乗っ取ったり、裏切ったりするつもりは毛頭なく、単に「自分こそが最も美しいと証明したい」だけである。
リュミエールの最高戦力というだけあって強烈な偏執者であり、強さと美を結び付けた独特の価値観を持つ。美しさを追い求めるだけでなく、醜い者を極端に嫌っており、平時は理性という名の仮面を纏っているものの、いざ戦闘時になると一変、醜き者、弱き者に対して一切の容赦がなくなり、酷い時は最早人として見てるかさえ怪しい節がある。
しかし、戦力としての評価は極めて高い上、上記の苛烈さも敵対するもの以外に向かない事もあり、リュミエールとしてもそこまで問題視していない。
その戦闘力に関しても折り紙付きであり、リュミエール最高戦力の名に恥じないだけの力を持っている。リュミエール所属のランカーは他に二名居るが、その中でも彼は別格、或いは圧倒的とも言えるだけのものであり、性質上ランクの上がりにくいリュミエールに所属しながら、他企業のエース達を押し退け、2位の座を奪い取っている事からもそれが伺える。
233年には上司であったパトキュールの育休に伴い主戦闘部隊「&ruby(マーチ・オブ・ミラージュナイツ){幻影騎士の凱旋}」を任されており、235年以降は正式に隊長として同部隊を率いている。
年下であるにも関わらず彼女が隊長になっていたのは向き不向きの問題で、社内でも指折りの実力を活かすためだった模様。
アリシアをライバル視しており、彼女の美貌を認めつつそれを超えるための努力を怠らない、リュミエール所属なだけあってため息をつくほどに整った容姿などの面もあり、「限定戦争」の役者としての評価も極めて高い。
*レメゲトン:ベガ
&bold(){"残念ながら、塵が幾ら積もっても塵にしかなりませんわ。彼らが幾万と集おうと届きはしないのですから。そうでしょう、ヴィンセント様"}
ゴシック調のドレスに身を包み、鴉の如き漆黒の髪を見事な縦ロールで整えた10代後半の少女の姿をしたレメゲトン。どことなく狂気を孕んだ真紅の瞳の印象に違わず、あまりにも無慈悲かつ享楽的な性格からテウルゴスの認証もままならず買い手が付かなかったという曰く付きの存在。
リュミエールに流れ着いたのも、アリシアが提唱する「テウルギアによる戦闘興行」を聞き付けたからであり、自身の快楽追求のために、他者を踏み躙る事に一切の躊躇がない。
敵機の技量が低いと見れば、じっくりと痛め付けて嬲り殺しにし、十分な腕があると見ても、じわりじわりと追い詰めた挙句、首を刎ねてから胴体を串刺しにするなど、その嗜虐心たるや相当なもの。
その性格と前述の過去からか、彼女の趣味嗜好に理解を示すヴィンセントとの相性は最高で、一度戦場に現れれば、息の合った連携と冷酷かつ無慈悲な戦いぶりで敵味方問わずに畏怖される程の存在となる。
ヴェノムリュミエール所属としては異例の高ランクを誇るのは、彼自身の実力もさることながら、彼女による容赦のない蹂躙が産み出す圧倒的な戦果も大きい。
賭け事が趣味で、普段はディーヴァ(リリス)の様に義体に入ってカジノに入り浸っている。その強さたるや凄まじく、ありとあらゆる戦術で相手を搾り取る様は美しくも恐ろしいと専らの評判。
*テウルギア:LME-MK-04-Crn/Ven スカーレット・カローン
|開発|リュミエール・クロノワール|
|機体サイズ|13.7m|
|武装|・可変式高出力光弾発射装置「ブラッディー・タルタロス」&br()・多目的鋼線射出装備「イーヴィル・チェイサー」|
**機体概要&br()
&bold(){"其は美しくも冷酷な渡し守。川を渡る対価は金貨にあらず、鮮血のみが美しさを彩るものとして認められるのだ"}
リュミエール社のテウルギアの中でも最も貴重とされる「スカーレット・ミラージュ」をカスタムしたヴィンセント専用のテウルギア。近距離での高速機動戦をメインとする彼に合わせ、武装から機体の調整まで独自のチューンが施されている。
中近距離から射撃で牽制し、一瞬の隙を逃さず相手を刈り取る戦闘スタイルを取る。機動力の強化が特に著しいが、アリシアのワールド・イズ・マインやナルキッソスとはまた違ったアプローチであり、変則的な機動による撹乱戦法を得意とする。
エンブレムは薔薇とそれに纏わり付く蒼色の毒蛇。
また機体の外装もカスタマイズされており、彼の機体の場合はフェイスパーツが道化師などを思わせる妖しい物に変更されている他、脚部のデザインなどが異なっている。
***所持兵装
・可変式高出力光弾発射装置「ブラッディー・タルタロス」
ヴィンセントのために開発された専用武装。通常時は右手に持った大型のビームランチャーの形態を取っており、高い弾速と威力から近距離での射撃戦に強い。
しかしその真価は近接戦にあり、先端部を変形させることでビームサイズ形態に変形、持ち前の高機動と組み合わせる事で、敵機の命を確実に刈り取る鎌となる。他の機体と違ってビームの刃なのは、敵機を刺した際に抜けなくなるのを防ぐためであり、性能と見た目を両立させるリュミエールらしい理由となっている。
・多目的鋼線射出装備「イーヴィル・チェイサー」
本機体の特徴でもある特殊武装で、左手首に内蔵されたユニットからワイヤーを射出する。ワイヤー先端部には重りとも言える特殊合金製の「スラスター&センサー内蔵型の箱」が取付けられており、これによって安定したワイヤーアクションが行えるようになっている他、敵機にぶつけてバランスを崩すなどといった使い方も出来る。二人の空間認識能力もあって多種多様な軌道を生み出す本機の要とも言える装備で、これによって戦場を縦横無尽に飛び回り、相手の懐に容易に潜り込めるようになっている。
原案/ソル・ルナ様
2023-04-19T13:51:41+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444444444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/612.html
*永久凍土:4
……とっくのとうに、イサークが取れる選択肢など残されていなかった。
目標があるはずだったサン・マルコ広場へ辿り着ける余力など、もう〈ヴォジャノーイ〉にはない。
機体の状態を確認するために、わざわざ計器へ目を走らせる必要もない。
元より力の入らない足が、ぷらぷらと宙に垂れ下がっている。外壁と一緒に、固定具も剥がれ落ちているのだ。
海面がその先まで迫りきている。朝日を浴びて煌めく波の向こうで、大きな穴の空いた〈ヴォジャノーイ〉の下半身が気泡を吹きながら、揺らめいている。
本来ならば海面どころかその上に浮遊しなければならない機構が、機能停止しても最低限の浮力を確保できるように設計されているはずの構造が……その機能の全てを失って、ずるずると海中へ引き込まれていく。
頼りだった〈ヴォジャノーイ〉はもう動かない。いや、動ける箇所のほとんどを失った。
たった今だ。敵の〈ドレカヴァク〉が、残されていた腕部を、肩の根本から引き千切って、投げ捨てた。
イサークには、もう、何をどうすることもできない。
ふと視線を上げた先にある鋼鉄の塊に――その奥へいるだろう、名前も知らないテウルゴスへ、問いかける
「そんなに、俺が、憎いか?」
『何を、今更ァ!!』
氷をまとっている機体とは裏腹に、火でも吹いているのかと思えるほどの激情。
『その機体は、貴様なんかに渡すべきじゃあなかった!』
振り下ろされた〈ドレカヴァク〉の腕――氷を纏った鉄槌が、〈ヴォジャノーイ〉の頭蓋を叩き潰した。勢いをそのままに、イサークの体が海水へ飲み込まれていく。
『貴様の裏切りで、どれほどの同胞が死んだ! どれほどの仲間が苦しんだ! ……わかるかァ!?』
頬に海水が叩きつけられたその瞬間にも、もう一度、イサークは見上げた。
暁を背負う機体を。かつての故郷が送り込んできた刺客を。自分が機体を連れたせいで、故郷はこの機体を作ることになったのかと。想いを巡らせる。
『この日を……この時を、待っていた!』
そして、もう一度、鉄槌が振り下ろされる。その動きをまじまじと見ていた。
激昂しながら自分を殺そうとする男を。その奥に渦巻いているだろう、自分を殺すためだけに滾らせている執念を。
「俺にも、ようやく……死神が来てくれたんだな」
ふと、顔がほころんでいた。
今度こそ海中へ叩き込まれる瞬間。二度と呼吸がかなわなくなる刻限が来た。
海中に、イサークは投げ出された。海中に差し込む朝日が見えた数秒の後に、それは遮られる。
〈ヴォジャノーイ〉が、落ちてくる。
腕も武装も無くし、巨大なガラクタとなった鉄塊が……。
不思議と、笑っていた。
任務も果たせなかった。亡命によって逃げきれたわけでもなかった。何一つ果たせなかった自分には、むしろ良い結末ではないかと。
最期の最期。死ぬ理由が、よりにもよってこの機体に潰されるのなら、本望でさえあると。
……冷たさを、肌が感じ取った。海中の水温だと最初は思った。日の届かない場所であればあるほど低くなる。
そうではないとわかったのは――〈ヴォジャノーイ〉の機体から吹き出しているものが、ただの気泡ではないとわかったからだ。
機体を包みこんでいく白い氷。瞬く間に、機体は見えなくなっていく。
『……――嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは――……』
最初はその声を、幻聴かと思った。はっきりと頭蓋に届いているこの声が。
しかし、まだ酸欠を脳が訴えるほどの時間は経っていないはずだと、未だに霞むことのない意識が証明している。
忘れてなどいない声音――紛れようもない、クレイオーンの声だと。
氷の白が、ゆっくりと広がっていく。イサークの目と鼻の先、すぐそこにまで。
『……――違うよね?』
まさか……。そう、声を出せたなら漏らしていただろう。今となってはこぼれ出た泡が、氷の白に取り込まれていく。イサークの腕をも。
クレイオーンが、目を覚ました。
『死ぬのは嫌? 違うよね。嫌なんかじゃない』
氷が、イサークの体を浸食する。凍てつきを訴えなければならないはずの腕の感覚が、ない。視界の全てが白く塗り潰されていく。
何かを考えることも思うことも、イサークには許されない。
それをするための思考さえ、意識さえ……全てが氷に白く飲み込まれていく。
それでも、薄く霞んでいく意識の奥底で……イサークは歓喜を覚えていた。
どれほど待ち望んでいた時が、ようやく来たことに。
『ご主人。やっと、一つになれたね……』
そしてその感情さえも、白に塗り潰される。意識も、自我も……魂でさえ動くことを許さない、氷の中に。
「これが、&ruby(・・・・・・・){ドミネーション}なんだね」
2023-03-11T20:52:38+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44444444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/611.html
*ボレロ:4
ついに最後のパートへ入った。
ボレロは元々、長大な曲だ。何度となく同じフレーズを繰り返し、その中でオーケストラの全てに等しいほどの楽器と人数が合わさっていき、最後には壮大な音楽になる……。
それがショートプログラムの短さに切り取られても、フレーズそのものは変わらない。でもその盛り上がりはわかりやすいものになる。一気に、会場を揺らす。
――呼吸さえ忘れてしまいそうな静寂。いくつものスポットライトに照らされた白氷の上。練習の時とは違う重い緊張が、広いはずの場内で、狭苦しそうに横たわっていた。
刻んできた軌跡の数々も、ステップの度にかきあげられる氷片も、きびきびうねり広げられる足と腕も、その一つ一つが、空気と一緒に煌めいていた。
なだらかな孤を描いた助走。ぶらりと後ろへ振り下ろした足と一緒に、自分の体を持ち上げた。
アクセルジャンプ――このプログラムの中で、最高難度を誇るジャンプだ。他のジャンプとは違い、唯一の前を向いた状態でのジャンプ。当然、着地は他と同じように後ろ向きになるため、半回転分の力が要る。それだけでなく、前向きで飛ぶという恐怖に打ち勝つメンタルが求められる。
でもそれは、今の僕にとって、何ら困難ではない。
高速で動き回る視界の中で――それでも僕には、視えていた。
これまでの数々の軌跡が、赤い線となって……。
今のスケートリンクは、僕を暖かく迎えて、盛り上げてくれるようだった。
誰も、客席に座っている者はいない。僕がする演技を、誰も見届けてくれる人はいない。
ボレロなんて曲は、スピーカーからは流れていない。でも僕には聞こえる。僕だけには聞こえている。何度も何度も何度も何度も繰り返される演奏。何度も何度も何度も何度も何度も何度も頭に擦りこまれた音楽。スピーカーを介する必要なんてない。僕の頭の中で、全ては揃い、完成されている。
会場に響き渡るこの演奏を、誰も聞いてくれていないことが少し哀れに思えてしまうぐらい
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も練習をしてきた。着地だって完璧だ。
吹奏が僕を祝福する。
打楽が僕を鼓舞する。
弦楽が僕を誘惑する。
コンビネーションジャンプへの繋ぎだって、足の皮が向けるほど練習してきた。マメを何個も潰した。血が滲んだこともたくさんあった。キツく締め付けられたボロボロのスケートシューズには、僕の肉体と同じぐらいに血が染み入っている。もはや血肉の一つで、身体の一部だ。紐の結び目も、ブレードの先端までもが、僕の意のままに動いている。
呼吸をするように、ジャンプをして、そうしながらスケートリンクの中央へ向かう。
赤い軌跡の中心点があった。
氷に滲み、じわじわと溶かし始めている液体の赤が。
僕には、視えている。
足が使い物にならなくなって、じっと横たわっている。
至るところから、温かいだけの赤い血を垂れ流して、その中で溺れるように沈んでいる。
目が覚めているのか、眠っているのか、それとも意識さえないのか、はたまた命さえなくしているのか。
今の僕には、彼がどんな状態で、どんな気持ちでそこにいるのかなんて、どうでもいい。
彼がそこにいて、僕の演技を、僕の伴奏を、リンクの中央という最上級の特等席で見られる場所にあることが、いちばん重要なんだ。
フィナーレへ導入する――その直前。僕の最後のジャンプが終わる時。
僕は嬉しかった。人生で一番。こんなに甘い歓喜があったんだと感動に打ち震えるぐらいに、頭の奥から聞こえてくる伴奏に、僕自身の演技に、酔いしれてしまっていた。
今この瞬間は、僕の人生で発揮できる以上の、僕じゃない誰かに操られているんじゃないかと疑ってしまうほどのクオリティを、実現できている。
もう一度、彼の演技を見ても、僕は何も感動に思うことはない。あの時の躍動も、表現なんていう抽象的なことも、全部ぜんぶ全部ぜんぶ全部ぜんぶ全部ぜんぶ、無意味だ。
もう彼が障害になることはない。
もう彼を見上げるなどない。
もう彼への憧れはない。
もう彼はいらない。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も思い描いてきた、この瞬間に。
僕の身体で。僕の技術で。僕のジャンプで。僕のスケートブレードで。
着地の瞬間――決して僕を見ることのないままの彼の頭を、綺羅びやかなこの先端で。
――切り潰してやる。
2023-03-11T20:48:54+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/596.html
個人的な括りによる、シーズン2。2作目
この意義を自分でも忘れてしまいそうなほど時間を経たせてしまいました。
忘れては、とりあえず、いません。
さて今作は大問題を抱えています。
IFとして処理しないといけなくなるように進めるつもり、ということです。
年内には終わらせます。
お付き合いいただければ、幸いです。
(22年5月13日:終わりませんでした…)
(23年3月08日:まだ終わっていません…)
時系列としては[[『絶対不可侵大陸アメリカ』>小説/在田/絶対不可侵大陸アメリカ]]の後ですが、前作を必読である必要はないです。
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*設定
-[[ヴォジャノーイ>三大企業/EAAグループ/人物_EAA/イサーク・プルシェンコ]]
-ドレカヴァク
&s(){…EAA統合艦隊の話どこいった?}
*目次
-1話――[[永久凍土>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/01]]/[[ボレロ>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/02]]/[[回想>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/03]]
-2話――[[ボレロ>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/04]]/[[回想>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/05]]/[[永久凍土>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/06]]
-3話――[[ボレロ>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/07]]/[[永久凍土>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/08]]
-4話――[[ボレロ>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44]]/[[永久凍土>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444]]
-4話――[[ボレロ>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/4444]]/[[永久凍土>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44444]]
-4話――[[ボレロ>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444444]]/[[永久凍土>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/4444444]]
-4話――[[ボレロ>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44444444]]/[[永久凍土>小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444444444]]
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*関係各位へ
-琴乃さんへ――かなーり前に打ち合わせにてお話させていただいた、あの話です。当時はこじれまくってやると意気込んでいました。今は、ねじれまくっています。
-LINSTANTさんへ――LINSTANT! 見ているか! 貴様の望み通りだ! だがそれでも…書いたのは俺だ!
2023-03-11T20:46:38+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/4444444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/610.html
*永久凍土:4
敵の機体〈ドレカヴァク〉の片腕は落とした。人間のシルエットにしては異様に――歪なほど細い胴部に匹敵するほど太く巨大な前腕だった。巨大な鉤爪を先端に有し、その前腕に氷結装甲をまとわせることで、脅威的な打撃と防御を可能にする――兵器としての要であろう腕を、だ。
だが、それだけだった。
むしろ状況は悪化の一途を辿っている。
後ろへ振り向き様に、テウルギア用の&ruby(ハンドガン){小銃}を放った。まともに照準を定める余裕さえないままに引き金を引き絞ったのだ。たちまちに前へ向き直したイサークにとって、その弾がどこへ飛んでいったかなど、すでに意識の外へ振り落とされていた。
「大丈夫……大丈夫だ」
粘っこい冷や汗が、こめかみを伝う。
数え切れないほどに繰り返された急加速を、再び行う。その度にイサークの身体がシートへ押し付けられ、意識に黒がチラつく。ブラックアウト寸前になるほどの加速度を繰り返しても、意識だけは決して手放さない。
その度に、老朽化を極めた機体が悲鳴を上げている。金属たちのひしめきが、ガラスの擦れるような耳をツンざう音となって頭の裏をかき撫でる。
いつ壊れるとも知れない綱渡りを、何度も繰り返してきた。これ以上の激しい動きを要求するわけにはいかない。
傍目に〈ヴォジャノーイ〉がただ逃げ惑っているだけのようにも見えるだろう。だが、望んでいた状況へ持ち込めたと、イサークは自覚していた。
初めから予備で装備していた程度の小銃に、敵機を損傷できるほどの攻撃力など期待していない。
敵機が――〈ドレカヴァク〉がこちらへ近づけないようにできればいい。そのための牽制としてさえ機能していれば。
それも、当然だ。
作戦の目標は、敵と戦闘をすることではない。
とあるものを持ち帰るだけだ。
海へ沈んでいないとすれば、どこにあるかの目星はついている。
――島でさえなくなり、海面から突き出た建築物の集合体となったヴェネツィアの、内陸にあった唯一の敷地。
サン・マルコ広場。
そこへの到達こそが最優先だ。
だからこそイサークは、下手に細い道へ進むことは途中経路を無駄に伸ばすだけの自滅行為だと判断した――真正面からの戦闘では、勝ち目がないことも悟っていた。
だからこそ、牽制を放ちながら一目散に目的地へたどり着くことを、目的にした。
――ヴェネツィアの中でも、そんな大雑把な動きを許容できる場所は、&ruby(カナル・グランデ){大運河}以外にあり得ない。
その広い川幅の、なるべく中央を切り裂くように、〈ヴォジャノーイ〉は邁進する。
再び、スラスターの噴出で機体の前後を入れ替え、照準枠を覗き込むこともしないままに小銃から火を吹かせて、また加速を繰り返す。
動いている方向は全く変えないままに、機体の向きだけを変える――慣性に任せたままその動きを可能にできるのは、接地も接水もしない、浮遊型の脚部だからこその特異さだ。
ちらりと目を配らせたレーダーでは、敵を意味する赤い光点が、距離を開けて右へ左へとジグザグに動いている。
まるで獰猛な獣に追われるようだと皮肉げに笑って、まだそんなことを思える余裕が自分にあることを自覚する。
〈ドレカヴァク〉の驚異的な瞬発力には驚かされたが、しかしイサークの長年の経験が、その特性を感じ取っていた。
敵には、その瞬発力を発揮するための角度が要る。彼我の位置や、自らの動き、踏み台にするための建造物……つまりは、長く伸びた直線軌道を、行えないのだと。
鳥類の足のような後ろ向きの関節部も、カヌーのように変形できる下半身も、急激な方向転換や軌道変更では存分に性能を発揮できるだろう。
しかし一直線に進み続けることに対しては、〈ヴォジャノーイ〉の水上浮遊のみにこそ、軍配が上がる。
敵と自分の距離を常に開け続けて、攻撃のチャンスを奪う。あとは目標物を拾い上げて一目散に逃げ出す。
残された活路は、これだけだ。
すでにサン・マルコへの道程は見えている。残された懸念は、目標物がどれぐらいの大きさかだけだ。
再び慣性を残したまま旋回をしようとした――
その時に、音が聞こえた。
ガラス管が割れるような音だと思った、次の瞬間には損傷を知らせる警笛が鳴り響いた。
その部位を見て、息が止まるかと思った。
〈ヴォジャノーイ〉の片腕だ。機銃を持っていた方ではない。手首から先が残されていたはずの腕。肩から先の全てが、信号途絶による全損を意味していた。
当然、牽制に使っていた小銃すらも、今は海中に没しただろう。
『鬼ごっこは終わりだ。イサーク……!!』
「まっ……!」
レーダーと正面のカメラ映像を同時に見るのと、次なる衝撃が飛来するのは、どちらが先だっただろうか。
次は脚部だった。全体の信号がなくなったわけではなかった――が、結果としてはどちらも変わらない。
海面に、機体が叩きつけられる。機体ごとイサークを、海水が出迎え、飲み込み、不規則に揺らしていく。
次々に立ち並ぶ警告の数々を見なくても、わかる。
ものの数分もしないうちに、〈ヴォジャノーイ〉は海中へ没することだろう。
イサークの脳裏を、いくつもの記憶と思考が駆け廻る。
何一つ成果を果たせていない自分を信頼してくれた男の言葉。軽妙な愚痴を挟みながらも、自分を慕ってくれた整備員の顔。亡命した身の上でしかない自分の待遇を鑑みてくれたテウルゴスの顔。こんな自分に、未だ仕事を与えてくれる会社。
それら全てに、結局、報いることができなかった虚しさがイサークの胸に流れ込む……全身から血の気と共に生気まで流れ出しそうになる前に……その奥で大きく重く鎮座している感情が、それを押し留めていると思い出した。
――まだ、きっと自分を待ち続けている、レメゲトンがいる。
「……クレイ、オーン……!」
次なる衝撃が、イサークの身体を吹き飛ばさんばかりの勢いで襲いかかった。眼前の画面に亀裂が走り、コクピットのあちこちから海水が溢れて、イサークの身体を冷たく飲み込んでいく。
いくら〈ヴォジャノーイ〉が水上での運用を想定された機体であっても、コクピット内部の浸水までは想定されてはいない。雨水の流入程度ならともかく、テウルギアの構造において、最も堅牢に作られるべきであるはずの、登場者を守るためのコクピットが破壊されることは、つまり&ruby(テウルゴス){搭乗者}が死ぬことを意味しているのだから。
だからこそ自分の未来など見ていなかった。動かない下半身で、壊れたコクピットから運良く抜け出せたとしても、その後がないことなど目に見えていた。
「頼む」
それよりも先に――コクピットが浸水で操作不能になる前に――。
ずっと閉じ込めてきたレメゲトンを、解き放つこともしないままに、終わることなどできなかった。
「これだけ。これだけなんだ……!」
決して手慣れてきた操作ではない。それでもこの瞬間が来ることを、ずっと心待ちにしていた。
それを迎えるには、あまりに突然で、あまりに可哀想な仕打ちになるかもしれない。
だが今のイサークができることは、残された成せることは、この一つを除いて、他になかった。
「――&ruby(・・・・・・・){帰ってきてくれ}。クレイオーン」
それを口にしながら、悟る。思わず微笑んでしまっていた自分を自覚して。
これはただのエゴだったのかもしれない、と。
どんな状態でもいいから、その声を聞きたかったのだと。
三度の衝撃が、ついにコクピットを破壊する。雪崩れ込む海水と泡沫が視界を奪い、イサークの呼吸を閉ざす。
激しい水流の音に耳を奪われながらも……しかし声が、聞こえてきたような気が、した。
『……死ぬのは、嫌』
「……! ……」
言葉ではない。声にすらならない、ただの気泡が口から溢れ出る。
あと数分後には自分の命がないと知っていながらも、優しげに笑みをほころばせていた。
それでもイサークは気泡を吐いた。
おかえり、と口の動きだけが、それを意味しているなど……誰にも気づかれないと、届かないと知っていながらも。
肺腑の全てを絞り出して、それだけを繰り返していた。
2023-03-10T04:43:55+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/609.html
*ボレロ:4
ついに最後のパートへ入った。
ボレロは元々、長大な曲だ。何度となく同じフレーズを繰り返し、その中でオーケストラの全てに等しいほどの楽器と人数が合わさっていき、最後には壮大な音楽になる……。
それがショートプログラムの短さに切り取られても、フレーズそのものは変わらない。でもその盛り上がりはわかりやすいものになる。一気に、会場を揺らす。
――呼吸さえ忘れるような静かさ。いくつものスポットライトに照らされた白氷の上。練習の時とも違う不思議な緊張感が、場内に横たわっていた。
刻んできた軌跡の数々も、ステップの度にかきあげられる氷片も、きびきびうねり広げられる足と腕も、その一つ一つが、空気と一緒に煌めいて見えた。
なだらかな孤を描いた助走。ぶらりと振り上げた足を、後ろへ振り上げた。
サルコウジャンプ――このプログラムの中も、特段大きな点数ではない。孤を描いて、振り子にした足の勢いでジャンプする。
もちろんこの一つだけではない。次のループジャンプへ直ちに繋げる。コンビネーションジャンプは回転数を稼げなくても、助走の難しさから点数を獲得しやすい。
僕にできる最大限の挑戦だったが、どうにか成功へこぎ着けた。
か細い拍手が、響き渡る演奏の中でも、僕の耳に届いた。
フィナーレへと導入していく。
後ろ向きに緩やかな孤を描いていた軌道が、中央へたどり着いた瞬間に豹変させる。腕と足を振った回転運動へ転換させる。バックワードのキャメルスピン。つま先一点の重心から、ブレードの中心部へ、そこから垂直に伸びる身体の軸そのものへ。
そのまま、広げられたままだった腕と足をすぼめる。空気抵抗も遠心運動も、全てをリンクの中央に――視界に映り込むプレッシャー全てを払い除けるような、竜巻のような力を伴った高速のアップライトスピン。そして回転の勢いを失わないうちに屈んで足を伸ばしたシットスピン。立ち上がる挙動に合わせて再び足を振って助速をつけた――足首を手で掴みながら、体を大きく広げた、ビールマンスピン。
その回転を止め、両手を振り上げると同時に、曲も終わった。
途端に空間が晴れる。鳴り響いていた音楽と、精一杯を振り絞った演技……どちらとも終わったことで生じる余韻が、呼吸を思い出させてくれた。
そして、拍手が鳴り渡った。力ないが一定のリズムで、静かな拍手がずっと響き続けていた。
歓声なんて聞こえるはずがなかった。がらんと空いた観客席――たった一人しか座っていないそこから、まさか黄色い声が沸き立つことなんて、ありえるわけがない。
そのたった一人は――彼は、ただの無機的な、笑顔であるという情報以外の何も読み取れない顔で、機械のように拍手を続けていた。
リンクの中央――大きく肩を揺らして、僕はただただ、彼の拍手を全身で受けながら、天井の眩しいばかりの証明を、ずっと、見上げていた。
2023-03-10T04:32:49+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/608.html
*永久凍土:4
敵の機体〈ドレカヴァク〉の片腕は落とした。人間のシルエットにしては異様に――歪なほど細い胴部に匹敵するほど太く巨大な前腕だった。巨大な鉤爪を先端に有し、その前腕に氷結装甲をまとわせることで、脅威的な打撃と防御を可能にする――兵器としての要であろう腕を、だ。
だが、それだけだった。
むしろ状況は悪化の一途を辿っている。
間断なく叩き込まれる猛攻が、イサークに移動という選択肢さえ奪っていく。
「クソっ――!」
急旋回。遠心力に振り回された機体が一際大きく軋んで、イサークの身体を容易く振り回す。
さっきまでいたはずの水面が爆ぜ、水柱が聳え立つ。
それを巻き起こしていたはずの〈ドレカヴァク〉の機体はすでに、眼前から消え失せている。
また建物を蹴り上げて宙へ躍り出た〈ドレカヴァク〉を、テウルギア用の&ruby(ハンドガン){小銃}の火線が虚しく追随した。
手持ちの機銃がなくなった今、予備で装備していた小銃程度しか、まともな火器などない。
〈ヴォジャノーイ〉が海上浮遊を実現するべく極限まで軽量化したために、犠牲となったのは装甲だけではない。片手に持たされた機銃。予備の拳銃。そして、両腕に初めから括りつけられたウォーターカッター。
あまつさえその小銃ですら、小型故に弾薬量に乏しいものだ。先程の機銃のように弾をばら撒いていれば、あっという間に底をつく程度しか、残されていない。
それも、当然だ。
作戦の目標は、敵と戦闘をすることではない。
とあるものを持ち帰るだけだ。
海へ沈んでいないとすれば、どこにあるかの目星はついている。
――島でさえなくなり、海面から突き出た建築物の集合体となったヴェネツィアの、内陸にあった唯一の敷地。
サン・マルコ広場。
そこへの到達こそが最優先だ。
「保ってくれよ……〈ヴォジャノーイ〉!」
また、小銃が赤く吼える。
一直線に降り掛かってきた〈ドレカヴァク〉の機体で、火花が散った。
再び、スラスターを噴射し、また機体は急旋回と後退を繰り返す。
イサークは闇雲に逃げ惑ってるわけではない。
必要最低限の回避行動を繰り返しながら、目的の到達に、少しずつだが進んでいる。
あとどれほど、その動きを繰り返せばよいかなど考えるだけ無駄だ。
上から横から、縦横無尽から迫り来る突進を掻い潜り続ける。機体の損耗を最小限に押さえ、弾薬を節約する。それがイサークが果たすべき消耗戦だ。
〈ドレカヴァク〉のパイロットも、それほどの軌道を無限に続けられるはずがない。体力も集中力も――それ以上に、急軌道ばかり繰り返す機体に振り回される意識さえ、そう長く保つはずがない。
すでに、水平線の向こうから日が顔を覗かせている。
真夜中から、それほどの時間を繰り返してきたのだ。必ずどこかに隙は生まれる。
瞬発力では勝ち目がないことは、動きの連続でわかりきっている。
だがイサークの長年の経験が、〈ドレカヴァク〉の動きの特徴と、機体の特性を読み取っていた。
下半身をカヌーのように変形させ海上を滑走できる。しかしそう長い間、海上に留まっていることもできないと。
動きながらの変形機構だ。初めからそれのために作られた船のように頑丈ではない。ましてやテウルギアという巨体を支えられるほどの積載量を、細い船体で適えられるはずもない。
例え敵機体の打倒ができずとも――勝機は、残されている。
「――っ!」
イサークの確信はしかし、次の瞬間には泡沫と揺らぐ。
回避行動が、間に合わなかった。
すぐ目の前にまで肉薄した鉤爪が、装甲へめり込んだ。コクピットの内側、最も堅牢に作られた内殻を、肉にナイフを突き立てるような容易さで貫いた。ほんの眼前数センチの距離を通過していくのが見えた。
あと少しでも顔を前に出していれば、今頃は首だけが海中へ転げ落ちていたことだろう。
数時間ぶりに外気に晒されたコクピットの中へ、容赦なく陽光と海水が飛び込む。
息を呑む間さえ、そこにはなかった。瞬く間に怖気で冷え切った背中と、強張った全身に意識の鞭を打つ。
思わず自らの首元へ添えた手を操縦桿へ戻し、〈ドレカヴァク〉との位置を探る。横目にレーダーを見ようとして、それさえ失われたことを悟る。
――むき出しのコクピットから、目と耳を頼りにするしかない。
幸いにも、目標の座標は覚えている。それまで、あとどれだけの距離が残されているかも。
だが、圧倒的に――自らの見込みが甘かったことを痛感させられる。
自分で思うよりも、イサークの肉体は疲弊し、消耗しきっていた。
「保たないのは、俺の方か……」
回避が間に合うと踏んでいた動きを、それまでと同じように実行したつもりだった。しかし間に合わず、危うく命を刈り取られるところだったと。
勝機があると思いこんでいた消耗戦に、負け始めているのだと。
どっ、と疲れが押し寄せる。それまで数年間、信念だけで耐えしのいできた時間が、一気にイサークの肩へ伸し掛かってきたように。まるで一瞬のうちに、老いが進んでしまったかのように。
「……さて、」
暁が、目の奥に痛々しく刺さる。再び加速した〈ドレカヴァク〉の、シルエットだけがぼんやりと見える。
息を深く吸い込み、潮の臭いと酸素を全身に供給する。自分の意識と判断は間違っていないのだと再認識する。
これまでと同じつもりの動きを繰り返したところで、結果は変わらないだろう。
打開する手段が残されているとすれば、イサークの頭には、一つしか思い浮かばなかった。
「最後ぐらい、頼ってもいいか」
海水に濡れたシートを叩いて、さする。
イサークの顔に浮かんでいたのは、年齢以上に積み重ねた経験が浮かぶ、老い嗄れた、慈しみさえ覚える、どこか諦めたような、笑顔だった。
「――&ruby(・・・・・・・){帰ってきてくれ}。クレイオーン」
『終わりだ、イサァァァアアアアク!!』
振り上げられた鉤爪が、再びイサークの眼前へ迫る。
当然、イサークは反応をした。すり減った精神で、眩い暁に全身を貫かんばかりに照らされながら……。
それは今までの動きながら、攻撃を凌ぐことさえ困難であった動作だった。
だがその瞬間だけは、違った。
『――は嫌。いや』
白煙が、〈ヴォジャノーイ〉から噴出した。
機体の各部から組み上げられた海水が撒き散らされ、装甲の表面に纏われ、刹那の間に白い氷となる。空気中のほとんどの熱を奪い、真っ白な氷が層を成し、〈ヴォジャノーイ〉の全体を覆う。
吐いた息が白く、飛び込んできた冷気で肺さえ凍りつきそうになって、噎せてしまう。
『死ぬのは嫌。イヤ。死ぬのは――』
だがイサークが顔を上げた時には、事は済んでいた。
氷結装甲――〈ヴォジャノーイ〉が掲げた片腕に顕現したそれが……〈ドレカヴァク〉の腕ごと、一つの巨大な氷塊となって、静止していた。
真っ白に染まったヘルメット越しにも、スラスターがかつてない出力で吹き出しているのがわかる。
『な、っ……にィッ!?』
『――死ぬのは、のは。嫌。イヤ死ぬ。嫌。死ぬの、嫌。死ぬイヤ。死ぬのは嫌――』
初めて〈ドレカヴァク〉のテウルゴス――メレンチーの困惑が漏れる。
〈ヴォジャノーイ〉がそれまでしなかった機能を示したことに対する驚愕か。あるいは、この辿々しく繰り返される、言葉もどきの濁流による瞠目か。
『――死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは、イヤ。イヤ。死ぬのは、死ぬ。死ぬ。嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬイヤ。死ぬのは嫌――』
病的に、悲嘆の限りを耳朶に塗りたくられるような声。聞く者全ての生気という温度を奪うような、暗く冷たいところへ引き込もうとするように。
バイザーにこべりついた、凍った結露を拭い去ったイサークは、再び操縦桿を握る。スーツどころか、コクピット内の至るところが白く凍っている。身体を動かす度にぱらぱらとこぼれ落ちていく。
『――死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌――』
挙動を制限された〈ドレカヴァク〉――その胸部に、もう片方の腕を近づける。
「……そうだな、クレイオーン」
身体から体温を抜き取られるのを感じながら……イサークは久方ぶりに聞く、クレイオーンの声に応える。
『――死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌――』
残されたウォーターカッターを、敵の胸部めがけて起動した。甲高い音と共に、装甲を切り裂いた海水が、勢いをそのままに敵の機体へなだれ込む。
そして、叩き込まれた氷結ガスが、そこにあった水分という水分を全て、氷に変換する――メキメキと金属を引き裂いて、隙間から赤い氷が顔を覗かせるのを、どうにかイサークは見届けることができた。
『――死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌――』
だんだん、クレイオーンの声が遠くに聞こえていくのを感じた。
まるで水底へ沈んでいくように……鋭かったはずの陽光が、仄かで柔らかく揺らめいていく。音という音が、低く重く微睡んで、溶けていく。
「クレイ、オー……ン」
疲れ切った意識が、自分の手から離れていく。冷たく暗い水底の奥から伸ばされた手に身を委ねて、何も聞こえない場所、何も見えない場所へ沈んでいく。
何一つ心配することのない、氷濤の中へ――……。
2023-03-09T01:14:00+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/4444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/607.html
*ボレロ:4
ついに最後のパートへ入った。
ボレロは元々、長大な曲だ。何度となく同じフレーズを繰り返し、その中でオーケストラの全てに等しいほどの楽器と人数が合わさっていき、最後には壮大な音楽になる……。
それがショートプログラムの短さに切り取られても、フレーズそのものは変わらない。でもその盛り上がりはわかりやすいものになる。一気に、会場を揺らす。
――呼吸さえ忘れるような、緊張が作る不思議な静かさ。何より僕もその一人だった。誰もの視線を巻きこんだ大きな渦の中心。いくつものスポットライトに照らされた白氷の上。
刻んできた軌跡の数々も、ステップの度にかきあげられる氷片も、きびきびうねり広げられる足と腕も、その一つ一つが、空気と一緒に煌めいて見えた。
なだらかな孤を描いた助走。その内側の足先が、氷に突き立った。
フリップジャンプ――このプログラムではありふれた点数だ。孤を描いて、つま先で踏み切る。ジャンプはその内側へ向けて飛べばいい。
僕にできる限界はここだと思っていた。初めての公演。たくさんの人に囲まれたプレッシャーの中で、演技に疲れが出る後半で、安定した成功ができる、外さないプログラムの選択。
練習通りの着地ができたと、自覚している。
ささやかな拍手が、演奏の中でも耳に届いた。大きくなくても、心地よかった。
フィナーレへと導入していく。
後ろ向きに緩やかな孤を描いていた軌道が、中央へたどり着いた瞬間に豹変させる。腕と足を振った回転運動へ転換させる。バックワードのキャメルスピン。つま先一点の重心から、ブレードの中心部へ、そこから垂直に伸びる身体の軸そのものへ。
そのまま、広げられたままだった腕と足をすぼめる。空気抵抗も遠心運動も、全てをリンクの中央に――観客たちの視線を感じ取る余裕もないほど振り切った、竜巻のような力を伴った高速のアップライトスピン。そして回転の勢いを失わないうちに屈んで足を伸ばしたシットスピン。立ち上がる挙動に合わせて再び足を振って助速をつけた――足首を手で掴みながら、体を大きく広げた、ビールマンスピン。
その回転を止め、両手を振り上げると同時に、曲も終わった。
途端に空間が晴れる。鳴り響いていた音楽と、精一杯を振り絞った演技……どちらとも終わったことで生じる余韻が、呼吸を思い出させてくれた。
そして、拍手が鳴り渡った。歓声までも、どこからともなく聴こえた。誰もが、魅入ってくれたと願うばかりの三分間――そこに、彼も含まれていた。
不意に目の端に留まった彼は、車椅子の上で、穏やかな笑顔で拍手をしていた。
リンクの中央――大きく肩を揺らして、降り注ぐ拍手と歓声を受けた僕はきっと、頬がほころんでいるかもしれない。誤魔化すように天井の眩しいばかりの証明を、ずっと、見上げていた。
2023-03-09T01:06:39+09:00
1678291599
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/606.html
*永久凍土:4
敵の機体〈ドレカヴァク〉の片腕は落とした。人間のシルエットにしては異様に――歪なほど細い胴部に匹敵するほど太く巨大な前腕だった。巨大な鉤爪を先端に有し、その前腕に氷結装甲をまとわせることで、脅威的な打撃と防御を可能にする――兵器としての要であろう腕を、だ。
だが、それだけだった。
むしろ状況は悪化の一途を辿っている。
何度目になるかもわからない急制動の連続――慣性に身体が振り回され、胃の中身が口と喉を往復している。
ヴェネツィアという街は、網の目よりも細かな水路が張り巡らされている。いくら海面上昇で地図が変わろうとも、その歴史と構造は変わりようがない。
建物と建物の間に張り巡らされた水路――それこそ縫いつけるように〈ヴォジャノーイ〉は駆け抜けていた。
敵の動きを冷静に観察したゆえの、選択だ。水路を滑走する際には下半身をボートのように変形させる。氷結装甲は前腕にのみ形成されることがほとんどで、元々の図太い形状も相まってかなりの幅を取る。
それは、細かな軌道を辿らざるを得ない建物の間で、まともな身動きを取れないことを意味している。
どれほど破壊的な力を持っていようと、〈ヴォジャノーイ〉の軌道を阻むことは至難だと。
それでも〈ヴォジャノーイ〉に――イサークに要求される操縦技術は相当以上だ。敵に追いつかれない速度を維持しながら、ぐねぐねと建物同士の隙間を突き進む。直角に曲がることも多い。万一衝突でもすれば動きが止まり、真上に隙を晒すこととなる。
だが、その寸前をイサークは見極め、緻密極まりない操縦を幾度となく繰り返している……十年近い経験がなければ、適わなかっただろう老練された動きだった。
だが応えるべき機体は、いつ壊れてもおかしくない。十年――どれほど部品を交換しようと逆らえない時間の流れが、全体から鋼鉄の軋みという悲鳴になって現れている。各部位が吐く不調の数々を挙げていけば、それこそ数え切れない。
それら全てを感覚で覚え、イサーク一人の無意識にまで刷り込まれた操縦が、弛まぬ前進を可能にしているのだ。
「安心しろ」――そう、自分に語りかける。
「逃げ切れれば、俺&ruby(・・){たち}の勝ちだ」肩を揺らし、ヘルメットのバイザーを粗い呼吸で白く曇らせた。
「そうだろ?」――目覚めることのない相棒へ語りかける。
作戦の目標は、敵と戦闘をすることではない。
とあるものを持ち帰るだけだ。
海へ沈んでいないとすれば、どこにあるかの目星はついている。
――島でさえなくなり、海面から突き出た建築物の集合体となったヴェネツィアの、内陸にあった唯一の敷地。
サン・マルコ広場。
そこへの到達こそが最優先だ。
「保ってくれよ……〈ヴォジャノーイ〉!」
文字通りの金切音に耳朶を打たれながら、ひたすら壁に挟まれた水路を走り抜ける。再びこみ上げてきた酸っぱい液体を飲みこんだ。操縦桿を握りしめる手に、力が籠もる。
……どれほどの間そうしていたのか、それを気にするぐらいになった時だった。
「見えた!」
今度こそ、曲がった先が壁ではない開けた空間が映った。
一気に加速へ踏み切る。スラスターの噴出が海面を叩いて飛沫を散らし、夜闇に煌めいた。
発生した推進力に押し出された、イサークの肉体が座席にぐっと抑え込まれる。両脇の壁があっという間に通り過ぎ、視界はついに、月の光が満ちる空間で満たされる。
その瞬間だった。
衝撃が機体を揺らし、ベルトで固定されているイサークの身体がシェイクされる。衝突音が耳に入り、開かれたままの眼にはひび割れる画面もコクピット内を揺らす火花が映ったにも関わらず、それらを知覚することさえできなかった。一瞬の脳震盪を起こしていたにも等しい。
自分が痛みに悶ているのかさえわからなくなっている間……何が起こったのかを頭で理解するよりも早く。
イサークに意識を取り戻させたのは、口と鼻から肺へと飛びこんだ水だった。
盛大に水泡を吐き出し、腕を振るう。水面を叩いて、その下にある地面を見つけて、上体を持ち上げる。足を動かせないイサークには幸いだったのは、その深さが頭一つ分もないことだ。
大きく蒸せて水を吐き、ぜえぜえと肩で呼吸する。
明滅する視界と、途切れ途切れの意識の中で、自分がどうなっているのかを……コクピットから投げ出されたことを、自覚していく。
画面が放つ光ではない明かりが、瞳をしんと突き刺す。
バイザーの割れたヘルメットを引き剥がして投げ捨て……イサークが次に見つけたのは、かろうじて原型を保っていた〈相棒〉の姿だった。
「っ――レ、イ……オーン!」
咳混じりの絶叫は、しかし届かない。声が音となるよりも前に、再びの衝撃音が轟いたのだ。
呆気なく、溶けるように〈ヴォジャノーイ〉が形を失う。
踏み潰されたのだと、焦げた金属の臭いがする風を浴びながら、理解する。
片方だけではない――両腕を失った〈ドレカヴァク〉が、そこにはいた。
脇を向いてみれば、先程の水路に、イサークが通り過ぎたはずの場所に、巨大な片腕がひしゃげた形で落ちているのを見つける。
〈ヴォジャノーイ〉があれと激突したのだと、一目でわかるようなことを、今のイサークは理解できなかった。
「……クレイオーン」
息を取り戻して熱が籠もっていたはずのイサークの表情から、温度が抜け落ちていく。
戦いの最中だったはずの、全身へ張り巡らせていたはずの力も、すっかり虚脱してしまった。
――〈ドレカヴァク〉が再び動き出した。機体を失い、相棒を失い、動く術のないイサークのいる所へ。
『イサーク』
それまでの絶叫とは程遠いほど静かな……それでも怨嗟の思いだけは明瞭に失っていないとわかる声が、イサークの頭を通り抜ける。
今のイサークは、ただ動いているものを見上げるしかできなかった。近づく足に焦点を合わせて、生気のない顔で、おもちゃのようにその動きを首で追う。
ちょうど首が、真上を向いた。月光に照らされていたイサークは完全に影へ覆われ……ただ真上に来た巨大な足裏を……振り下ろされ、だんだんと近づくそれを、呆然と見上げるのみだった――……。
『この時を、待っていた』
2023-03-08T00:15:31+09:00
1678202131
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/605.html
*ボレロ:4
ついに最後のパートへ入った。
ボレロは元々、長大な曲だ。何度となく同じフレーズを繰り返し、その中でオーケストラの全てに等しいほどの楽器と人数が合わさっていき、最後には壮大な音楽となる……。
それがショートプログラムの短さに切り取られても、フレーズそのものは変わらない。でもその盛り上がりはわかりやすいものになる。一気に、会場を揺らす。
――呼吸さえ忘れるような、緊張が作る不思議な静かさ。何より僕もその一人だった。誰もの視線を巻きこんだ大きな渦の中心。いくつものスポットライトに照らされた白氷の上。
刻んできた軌跡の数々も、ステップの度にかきあげられる氷片も、滑らかにうねり広げられる足と腕も、その一つ一つが、空気と一緒に煌めいて見えた。
なだらかな孤を描いた助走。その外側の足先が、氷に突き立った。
ルッツジャンプ――このプログラムで最高難度の点数だ。孤を描いているのに、ジャンプはその外側へ向けて飛ばなければならない。
でも彼はやった。やり遂げた。僕でも安定した成功を出せるわけでもないジャンプを、この大観衆が見守るプレッシャーに囲まれ、その後半で、鮮やかな着地をした。
僕も皆と同じように、拍手をしていた。
フィナーレへと導入していく。
後ろ向きに緩やかな孤を描いていた軌道が、中央へたどり着いた瞬間に豹変する。腕と足を振った回転運動へ転換させる。バックワードのキャメルスピン。つま先一点の重心から、ブレードの中心部へ、そこから垂直に伸びる身体の軸そのものへ。
そのまま、広げられたままだった腕と足をすぼめる。空気抵抗も遠心運動も、全てをリンクの中央に――観客たちの視線ごと、竜巻のような力を伴った高速のアップライトスピン。そして回転の勢いを失わないうちに屈んで足を伸ばしたシットスピン。立ち上がる挙動に合わせて再び足を振って助速をつけた――踵と手を、背中側で合わせる、ビールマンスピン。
その回転を止め、両手を振り上げると同時に、曲も終わった。
途端に空間が晴れる。鳴り響いていた音楽と、視線を釘付けにされた演技……どちらとも終わったことで生じる余韻が、呼吸を思い出させてくれた。
そして、拍手が鳴り渡った。歓声までも、どこからともなく聴こえた。誰もが、どこまでも魅了された三分間だ――紛れもなく、そこに僕も含まれていた。
自分がそう気づく前には、僕も拍手をしていたのだから。
リンクの中央――大きく肩を揺らして、降り注ぐ拍手と歓声を受けて満面の笑みを浮かべる彼を、僕はずっと、見上げていた。
2023-03-08T00:12:41+09:00
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