(※エガオノダイカは無関係です)多重機甲戦線テウルギア
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(※エガオノダイカは無関係です)多重機甲戦線テウルギア
ja
2023-03-11T20:52:38+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444444444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/612.html
*永久凍土:4
……とっくのとうに、イサークが取れる選択肢など残されていなかった。
目標があるはずだったサン・マルコ広場へ辿り着ける余力など、もう〈ヴォジャノーイ〉にはない。
機体の状態を確認するために、わざわざ計器へ目を走らせる必要もない。
元より力の入らない足が、ぷらぷらと宙に垂れ下がっている。外壁と一緒に、固定具も剥がれ落ちているのだ。
海面がその先まで迫りきている。朝日を浴びて煌めく波の向こうで、大きな穴の空いた〈ヴォジャノーイ〉の下半身が気泡を吹きながら、揺らめいている。
本来ならば海面どころかその上に浮遊しなければならない機構が、機能停止しても最低限の浮力を確保できるように設計されているはずの構造が……その機能の全てを失って、ずるずると海中へ引き込まれていく。
頼りだった〈ヴォジャノーイ〉はもう動かない。いや、動ける箇所のほとんどを失った。
たった今だ。敵の〈ドレカヴァク〉が、残されていた腕部を、肩の根本から引き千切って、投げ捨てた。
イサークには、もう、何をどうすることもできない。
ふと視線を上げた先にある鋼鉄の塊に――その奥へいるだろう、名前も知らないテウルゴスへ、問いかける
「そんなに、俺が、憎いか?」
『何を、今更ァ!!』
氷をまとっている機体とは裏腹に、火でも吹いているのかと思えるほどの激情。
『その機体は、貴様なんかに渡すべきじゃあなかった!』
振り下ろされた〈ドレカヴァク〉の腕――氷を纏った鉄槌が、〈ヴォジャノーイ〉の頭蓋を叩き潰した。勢いをそのままに、イサークの体が海水へ飲み込まれていく。
『貴様の裏切りで、どれほどの同胞が死んだ! どれほどの仲間が苦しんだ! ……わかるかァ!?』
頬に海水が叩きつけられたその瞬間にも、もう一度、イサークは見上げた。
暁を背負う機体を。かつての故郷が送り込んできた刺客を。自分が機体を連れたせいで、故郷はこの機体を作ることになったのかと。想いを巡らせる。
『この日を……この時を、待っていた!』
そして、もう一度、鉄槌が振り下ろされる。その動きをまじまじと見ていた。
激昂しながら自分を殺そうとする男を。その奥に渦巻いているだろう、自分を殺すためだけに滾らせている執念を。
2023-03-11T20:52:38+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44444444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/611.html
*ボレロ:4
ついに最後のパートへ入った。
ボレロは元々、長大な曲だ。何度となく同じフレーズを繰り返し、その中でオーケストラの全てに等しいほどの楽器と人数が合わさっていき、最後には壮大な音楽になる……。
それがショートプログラムの短さに切り取られても、フレーズそのものは変わらない。でもその盛り上がりはわかりやすいものになる。一気に、会場を揺らす。
――呼吸さえ忘れてしまいそうな静寂。いくつものスポットライトに照らされた白氷の上。練習の時とは違う重い緊張が、広いはずの場内で、狭苦しそうに横たわっていた。
刻んできた軌跡の数々も、ステップの度にかきあげられる氷片も、きびきびうねり広げられる足と腕も、その一つ一つが、空気と一緒に煌めいていた。
なだらかな孤を描いた助走。ぶらりと後ろへ振り下ろした足と一緒に、自分の体を持ち上げた。
アクセルジャンプ――このプログラムの中で、最高難度を誇るジャンプだ。他のジャンプとは違い、唯一の前を向いた状態でのジャンプ。当然、着地は他と同じように後ろ向きになるため、半回転分の力が要る。それだけでなく、前向きで飛ぶという恐怖に打ち勝つメンタルが求められる。
でもそれは、今の僕にとって、何ら困難ではない。
高速で動き回る視界の中で――それでも僕には、視えていた。
これまでの数々の軌跡が、赤い線となって……。
今のスケートリンクは、僕を暖かく迎えて、盛り上げてくれるようだった。
誰も、客席に座っている者はいない。僕がする演技を、誰も見届けてくれる人はいない。
ボレロなんて曲は、スピーカーからは流れていない。でも僕には聞こえる。僕だけには聞こえている。何度も何度も何度も何度も繰り返される演奏。何度も何度も何度も何度も何度も何度も頭に擦りこまれた音楽。スピーカーを介する必要なんてない。僕の頭の中で、全ては揃い、完成されている。
会場に響き渡るこの演奏を、誰も聞いてくれていないことが少し哀れに思えてしまうぐらい
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も練習をしてきた。着地だって完璧だ。
吹奏が僕を祝福する。
打楽が僕を鼓舞する。
弦楽が僕を誘惑する。
コンビネーションジャンプへの繋ぎだって、足の皮が向けるほど練習してきた。マメを何個も潰した。血
2023-03-11T20:48:54+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/4444444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/610.html
*永久凍土:4
敵の機体〈ドレカヴァク〉の片腕は落とした。人間のシルエットにしては異様に――歪なほど細い胴部に匹敵するほど太く巨大な前腕だった。巨大な鉤爪を先端に有し、その前腕に氷結装甲をまとわせることで、脅威的な打撃と防御を可能にする――兵器としての要であろう腕を、だ。
だが、それだけだった。
むしろ状況は悪化の一途を辿っている。
後ろへ振り向き様に、テウルギア用の&ruby(ハンドガン){小銃}を放った。まともに照準を定める余裕さえないままに引き金を引き絞ったのだ。たちまちに前へ向き直したイサークにとって、その弾がどこへ飛んでいったかなど、すでに意識の外へ振り落とされていた。
「大丈夫……大丈夫だ」
粘っこい冷や汗が、こめかみを伝う。
数え切れないほどに繰り返された急加速を、再び行う。その度にイサークの身体がシートへ押し付けられ、意識に黒がチラつく。ブラックアウト寸前になるほどの加速度を繰り返しても、意識だけは決して手放さない。
その度に、老朽化を極めた機体が悲鳴を上げている。金属たちのひしめきが、ガラスの擦れるような耳をツンざう音となって頭の裏をかき撫でる。
いつ壊れるとも知れない綱渡りを、何度も繰り返してきた。これ以上の激しい動きを要求するわけにはいかない。
傍目に〈ヴォジャノーイ〉がただ逃げ惑っているだけのようにも見えるだろう。だが、望んでいた状況へ持ち込めたと、イサークは自覚していた。
初めから予備で装備していた程度の小銃に、敵機を損傷できるほどの攻撃力など期待していない。
敵機が――〈ドレカヴァク〉がこちらへ近づけないようにできればいい。そのための牽制としてさえ機能していれば。
それも、当然だ。
作戦の目標は、敵と戦闘をすることではない。
とあるものを持ち帰るだけだ。
海へ沈んでいないとすれば、どこにあるかの目星はついている。
――島でさえなくなり、海面から突き出た建築物の集合体となったヴェネツィアの、内陸にあった唯一の敷地。
サン・マルコ広場。
そこへの到達こそが最優先だ。
だからこそイサークは、下手に細い道へ進むことは途中経路を無駄に伸ばすだけの自滅行為だと判断した――真正面からの戦闘では、勝ち目がないことも悟っていた。
だから
2023-03-10T04:43:55+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/609.html
*ボレロ:4
ついに最後のパートへ入った。
ボレロは元々、長大な曲だ。何度となく同じフレーズを繰り返し、その中でオーケストラの全てに等しいほどの楽器と人数が合わさっていき、最後には壮大な音楽になる……。
それがショートプログラムの短さに切り取られても、フレーズそのものは変わらない。でもその盛り上がりはわかりやすいものになる。一気に、会場を揺らす。
――呼吸さえ忘れるような静かさ。いくつものスポットライトに照らされた白氷の上。練習の時とも違う不思議な緊張感が、場内に横たわっていた。
刻んできた軌跡の数々も、ステップの度にかきあげられる氷片も、きびきびうねり広げられる足と腕も、その一つ一つが、空気と一緒に煌めいて見えた。
なだらかな孤を描いた助走。ぶらりと振り上げた足を、後ろへ振り上げた。
サルコウジャンプ――このプログラムの中も、特段大きな点数ではない。孤を描いて、振り子にした足の勢いでジャンプする。
もちろんこの一つだけではない。次のループジャンプへ直ちに繋げる。コンビネーションジャンプは回転数を稼げなくても、助走の難しさから点数を獲得しやすい。
僕にできる最大限の挑戦だったが、どうにか成功へこぎ着けた。
か細い拍手が、響き渡る演奏の中でも、僕の耳に届いた。
フィナーレへと導入していく。
後ろ向きに緩やかな孤を描いていた軌道が、中央へたどり着いた瞬間に豹変させる。腕と足を振った回転運動へ転換させる。バックワードのキャメルスピン。つま先一点の重心から、ブレードの中心部へ、そこから垂直に伸びる身体の軸そのものへ。
そのまま、広げられたままだった腕と足をすぼめる。空気抵抗も遠心運動も、全てをリンクの中央に――視界に映り込むプレッシャー全てを払い除けるような、竜巻のような力を伴った高速のアップライトスピン。そして回転の勢いを失わないうちに屈んで足を伸ばしたシットスピン。立ち上がる挙動に合わせて再び足を振って助速をつけた――足首を手で掴みながら、体を大きく広げた、ビールマンスピン。
その回転を止め、両手を振り上げると同時に、曲も終わった。
途端に空間が晴れる。鳴り響いていた音楽と、精一杯を振り絞った演技……どちらとも終わったことで生じる余韻が、呼吸を思い出させてくれた。
そして、拍手が
2023-03-10T04:32:49+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/608.html
*永久凍土:4
敵の機体〈ドレカヴァク〉の片腕は落とした。人間のシルエットにしては異様に――歪なほど細い胴部に匹敵するほど太く巨大な前腕だった。巨大な鉤爪を先端に有し、その前腕に氷結装甲をまとわせることで、脅威的な打撃と防御を可能にする――兵器としての要であろう腕を、だ。
だが、それだけだった。
むしろ状況は悪化の一途を辿っている。
間断なく叩き込まれる猛攻が、イサークに移動という選択肢さえ奪っていく。
「クソっ――!」
急旋回。遠心力に振り回された機体が一際大きく軋んで、イサークの身体を容易く振り回す。
さっきまでいたはずの水面が爆ぜ、水柱が聳え立つ。
それを巻き起こしていたはずの〈ドレカヴァク〉の機体はすでに、眼前から消え失せている。
また建物を蹴り上げて宙へ躍り出た〈ドレカヴァク〉を、テウルギア用の&ruby(ハンドガン){小銃}の火線が虚しく追随した。
手持ちの機銃がなくなった今、予備で装備していた小銃程度しか、まともな火器などない。
〈ヴォジャノーイ〉が海上浮遊を実現するべく極限まで軽量化したために、犠牲となったのは装甲だけではない。片手に持たされた機銃。予備の拳銃。そして、両腕に初めから括りつけられたウォーターカッター。
あまつさえその小銃ですら、小型故に弾薬量に乏しいものだ。先程の機銃のように弾をばら撒いていれば、あっという間に底をつく程度しか、残されていない。
それも、当然だ。
作戦の目標は、敵と戦闘をすることではない。
とあるものを持ち帰るだけだ。
海へ沈んでいないとすれば、どこにあるかの目星はついている。
――島でさえなくなり、海面から突き出た建築物の集合体となったヴェネツィアの、内陸にあった唯一の敷地。
サン・マルコ広場。
そこへの到達こそが最優先だ。
「保ってくれよ……〈ヴォジャノーイ〉!」
また、小銃が赤く吼える。
一直線に降り掛かってきた〈ドレカヴァク〉の機体で、火花が散った。
再び、スラスターを噴射し、また機体は急旋回と後退を繰り返す。
イサークは闇雲に逃げ惑ってるわけではない。
必要最低限の回避行動を繰り返しながら、目的の到達に、少しずつだが進んでいる。
あとどれほど、その動きを繰
2023-03-09T01:14:00+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/4444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/607.html
*ボレロ:4
ついに最後のパートへ入った。
ボレロは元々、長大な曲だ。何度となく同じフレーズを繰り返し、その中でオーケストラの全てに等しいほどの楽器と人数が合わさっていき、最後には壮大な音楽になる……。
それがショートプログラムの短さに切り取られても、フレーズそのものは変わらない。でもその盛り上がりはわかりやすいものになる。一気に、会場を揺らす。
――呼吸さえ忘れるような、緊張が作る不思議な静かさ。何より僕もその一人だった。誰もの視線を巻きこんだ大きな渦の中心。いくつものスポットライトに照らされた白氷の上。
刻んできた軌跡の数々も、ステップの度にかきあげられる氷片も、きびきびうねり広げられる足と腕も、その一つ一つが、空気と一緒に煌めいて見えた。
なだらかな孤を描いた助走。その内側の足先が、氷に突き立った。
フリップジャンプ――このプログラムではありふれた点数だ。孤を描いて、つま先で踏み切る。ジャンプはその内側へ向けて飛べばいい。
僕にできる限界はここだと思っていた。初めての公演。たくさんの人に囲まれたプレッシャーの中で、演技に疲れが出る後半で、安定した成功ができる、外さないプログラムの選択。
練習通りの着地ができたと、自覚している。
ささやかな拍手が、演奏の中でも耳に届いた。大きくなくても、心地よかった。
フィナーレへと導入していく。
後ろ向きに緩やかな孤を描いていた軌道が、中央へたどり着いた瞬間に豹変させる。腕と足を振った回転運動へ転換させる。バックワードのキャメルスピン。つま先一点の重心から、ブレードの中心部へ、そこから垂直に伸びる身体の軸そのものへ。
そのまま、広げられたままだった腕と足をすぼめる。空気抵抗も遠心運動も、全てをリンクの中央に――観客たちの視線を感じ取る余裕もないほど振り切った、竜巻のような力を伴った高速のアップライトスピン。そして回転の勢いを失わないうちに屈んで足を伸ばしたシットスピン。立ち上がる挙動に合わせて再び足を振って助速をつけた――足首を手で掴みながら、体を大きく広げた、ビールマンスピン。
その回転を止め、両手を振り上げると同時に、曲も終わった。
途端に空間が晴れる。鳴り響いていた音楽と、精一杯を振り絞った演技……どちらとも終わったことで生じる余韻が
2023-03-09T01:06:39+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/444
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/606.html
*永久凍土:4
敵の機体〈ドレカヴァク〉の片腕は落とした。人間のシルエットにしては異様に――歪なほど細い胴部に匹敵するほど太く巨大な前腕だった。巨大な鉤爪を先端に有し、その前腕に氷結装甲をまとわせることで、脅威的な打撃と防御を可能にする――兵器としての要であろう腕を、だ。
だが、それだけだった。
むしろ状況は悪化の一途を辿っている。
何度目になるかもわからない急制動の連続――慣性に身体が振り回され、胃の中身が口と喉を往復している。
ヴェネツィアという街は、網の目よりも細かな水路が張り巡らされている。いくら海面上昇で地図が変わろうとも、その歴史と構造は変わりようがない。
建物と建物の間に張り巡らされた水路――それこそ縫いつけるように〈ヴォジャノーイ〉は駆け抜けていた。
敵の動きを冷静に観察したゆえの、選択だ。水路を滑走する際には下半身をボートのように変形させる。氷結装甲は前腕にのみ形成されることがほとんどで、元々の図太い形状も相まってかなりの幅を取る。
それは、細かな軌道を辿らざるを得ない建物の間で、まともな身動きを取れないことを意味している。
どれほど破壊的な力を持っていようと、〈ヴォジャノーイ〉の軌道を阻むことは至難だと。
それでも〈ヴォジャノーイ〉に――イサークに要求される操縦技術は相当以上だ。敵に追いつかれない速度を維持しながら、ぐねぐねと建物同士の隙間を突き進む。直角に曲がることも多い。万一衝突でもすれば動きが止まり、真上に隙を晒すこととなる。
だが、その寸前をイサークは見極め、緻密極まりない操縦を幾度となく繰り返している……十年近い経験がなければ、適わなかっただろう老練された動きだった。
だが応えるべき機体は、いつ壊れてもおかしくない。十年――どれほど部品を交換しようと逆らえない時間の流れが、全体から鋼鉄の軋みという悲鳴になって現れている。各部位が吐く不調の数々を挙げていけば、それこそ数え切れない。
それら全てを感覚で覚え、イサーク一人の無意識にまで刷り込まれた操縦が、弛まぬ前進を可能にしているのだ。
「安心しろ」――そう、自分に語りかける。
「逃げ切れれば、俺&ruby(・・){たち}の勝ちだ」肩を揺らし、ヘルメットのバイザーを粗い呼吸で白く曇らせた。
「そうだ
2023-03-08T00:15:31+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/44
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/605.html
*ボレロ:4
ついに最後のパートへ入った。
ボレロは元々、長大な曲だ。何度となく同じフレーズを繰り返し、その中でオーケストラの全てに等しいほどの楽器と人数が合わさっていき、最後には壮大な音楽となる……。
それがショートプログラムの短さに切り取られても、フレーズそのものは変わらない。でもその盛り上がりはわかりやすいものになる。一気に、会場を揺らす。
――呼吸さえ忘れるような、緊張が作る不思議な静かさ。何より僕もその一人だった。誰もの視線を巻きこんだ大きな渦の中心。いくつものスポットライトに照らされた白氷の上。
刻んできた軌跡の数々も、ステップの度にかきあげられる氷片も、滑らかにうねり広げられる足と腕も、その一つ一つが、空気と一緒に煌めいて見えた。
なだらかな孤を描いた助走。その外側の足先が、氷に突き立った。
ルッツジャンプ――このプログラムで最高難度の点数だ。孤を描いているのに、ジャンプはその外側へ向けて飛ばなければならない。
でも彼はやった。やり遂げた。僕でも安定した成功を出せるわけでもないジャンプを、この大観衆が見守るプレッシャーに囲まれ、その後半で、鮮やかな着地をした。
僕も皆と同じように、拍手をしていた。
フィナーレへと導入していく。
後ろ向きに緩やかな孤を描いていた軌道が、中央へたどり着いた瞬間に豹変する。腕と足を振った回転運動へ転換させる。バックワードのキャメルスピン。つま先一点の重心から、ブレードの中心部へ、そこから垂直に伸びる身体の軸そのものへ。
そのまま、広げられたままだった腕と足をすぼめる。空気抵抗も遠心運動も、全てをリンクの中央に――観客たちの視線ごと、竜巻のような力を伴った高速のアップライトスピン。そして回転の勢いを失わないうちに屈んで足を伸ばしたシットスピン。立ち上がる挙動に合わせて再び足を振って助速をつけた――踵と手を、背中側で合わせる、ビールマンスピン。
その回転を止め、両手を振り上げると同時に、曲も終わった。
途端に空間が晴れる。鳴り響いていた音楽と、視線を釘付けにされた演技……どちらとも終わったことで生じる余韻が、呼吸を思い出させてくれた。
そして、拍手が鳴り渡った。歓声までも、どこからともなく聴こえた。誰もが、どこまでも魅了された三分間だ――紛れ
2023-03-08T00:12:41+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/08
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/604.html
*永久凍土:3
『お前さえ、いなければぁぁあああっ!!』
禍々しいまでに怨嗟の籠められた声が轟いた。口から火を吹くような――という程度ではない、一種の爆発かと思えるほどの衝撃波となって、廃れてしまい腐れていく街を駆け巡り、張り巡らされた海面の隅々を叩きつける。
当然、相対するテウルギア〈ヴォジャノーイ〉に乗り込むイサークの体も例外ではない。
〈ヴォジャノーイ〉の両手に括りつけられた機銃はとっくに喧しく銃声を響かせていた。それさえかき消せるほどの勢いが、海面もろとも、どす黒く焦がされた寒さを伴って、イサークの体を打ちつけるかのようだった。
その衝撃波の源――テウルギア〈ドレカヴァク〉に乗るメレンチー・ヤグディンの正体も、彼を駆る執念の炎も、知らないというのに。
火花のように飛散する銃弾が〈ドレカヴァク〉へ叩きつけられる。金属の衝突による甲高い音は、鳴らなかった。機体の胴ほどにもなる長大な両腕――それを包む氷の塊が、弾道が装甲板へ至るのを阻む。
もはや腕よりも、巨大な氷の柱と表現する方が相応しいそれの機構は、イサークにも見覚えがある。
「あいつが……」
氷結装甲。海水を氷に変えて自身に纏わせる。海がある限り無限に消えることのない、夢物語のような装甲。敵の機体がそれを使っていると、確かに聞かされていた。
ヴェネツィアを大きく分断する&ruby(カナル・グランデ){大運河}を、二機のテウルギアは駆け抜けていた。〈ヴォジャノーイ〉は大きな円盤にも似た下半身の浮揚機構で海面を滑るように。そして〈ドレカヴァク〉は、&ruby(・・・・){多種多様}に。
『イサああああぁぁぁぁーーーク!!』
今〈ドレカヴァク〉は、運河に面する建造物の壁を横から蹴り上げた。それまでの速力を受けきれず瓦礫へ姿を変える建物を照らすスラスターの噴射炎も、そこにあった。単なる三角跳びという軌道だが、他のテウルギアでは類を見ないほどの速度へ至っている。人間のそれではなく、四足動物の後ろ足や鳥のそれのように、後ろへ膝が曲がるのだ。
二足での歩行より跳躍にのみ適した関節の形状が為せる技だ。
「な……っ!」
跳躍の勢いとスタスターによる推進力を乗せて、真っ直ぐに&ruby(・・){落下}してくる〈ドレカヴァク〉に、イサー
2022-05-13T03:12:36+09:00
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小説/在田/久遠な(か)れコキュートス/07
https://w.atwiki.jp/theurgy/pages/603.html
*ボレロ:3
こうしかない。これしかない――そう、彼は言った。
とても信じられないと思って、ひっそりと震えていた。そして今も。
また鏡張りの壁を震わせるような声で、コーチが一人の名前を告げたところだった。
それを聞いた僕の顔もきっと、今の皆と同じように、荒くなった呼吸で肩を揺らしていて、ほっぺたも赤くなっているんだろう。それが緊張なのか疲れなのかわからなくなるぐらいに、体の芯はまだ熱いままだった。
たった一人の選考を合格できたのは、彼だった。
考えるまでもなく当然の結果だと言われれば、その通りだったと思う。
たぶん他の皆も、同じことを思ったんだろう。部屋の空気がどこか、ふっと緩んで、暖かくなった。
いつかの帰り際に見た彼の練習だけでも、他の人たちとは群を抜いていた。
そして試験の演技も――すごかった。
何がどうすごかったのかといえば……それは、僕にはわからなかった。ジャンプもスピンもステップも、僕のできるもの。課題項目も同じように押さえている。
でも何かが違った。やはり僕には掴もうとしても掴みきれない大きな何かが、彼の奥から溢れんばかりに輝いている。そう見えたんだ。
しんと静まり返っている氷上も同じで、上から垂れ流される音楽も同じものだったというのに、他の誰でもない、彼だけが、リンクの隅々まで存在感を行き渡らせていた。だから演技の一つ一つが、見る人たちの目を集めて夢中にさせる。
だからその結果は納得できた。試験の間、他の人から始まって他の人で終わるまで、スケートリンクは彼のための舞台だった。
何が彼を、そこまでにさせるのか。どうやったらあんな演技ができるのか。息を呑んで誰もが凝視するような、そんなステージにできるのか。
こうしかないから、ああなった。これしかないから、あれができた。
才能って言葉で片付けるには、何かが違った。でもその違いを、僕は見つけられない。
解散の号令で、皆が踵を返して部屋を出ていく。僕を不思議そうに一瞥して通り過ぎていく顔もあった。
でも、僕は立ち止まっていた。前を向いても横を向いても、僕の顔と後頭部とを一緒に見る。
まだ大人じゃないといっても、あまりにも情けないほど弱々しい顔をしているなと、思った。
「どうした。結果に不満が?」
2022-05-13T03:08:00+09:00
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