考察・思念体における「想像力」
! このページは考察記事です。個人の意見の反映が強く、信頼性が保証されるものではありません。
思念体や想念世界と関連するものとしてよく挙げられるのが、「想像力」である。
思念体と自発的に交流するほとんどの手法では、まず想像力を駆使してきっかけを作る場合が多い。
また、自然発生的であるIFや軽度の解離の場合も、必ずではないものの、創造的なクライアントが多いことがしばしば報告される。
また、自然発生的であるIFや軽度の解離の場合も、必ずではないものの、創造的なクライアントが多いことがしばしば報告される。
想像力という言葉は、きわめて自由であり、どのようなことでも実現できるように感じられるが、一方で「漠然と広く、手がかりがない」状態にも行き着きやすい。
では思念体における「想像力」を分解すると、どのような傾向が見えてくるだろうか。
受動性と能動性、言語と非言語
日本でモンロー研公式プログラムを提供しているアクアヴィジョン・アカデミーの芝根氏によると、ヘミシンクでは「想像を呼び水にして能動的(アクティブ)に働きかけることと、あるがままを素直に受け止めるという受動的(パッシブ)な態度の、二つのバランスが重要 」だという。
また、言語的イメージと非言語的イメージを区別しており、ガイドとの交信のためには非言語的イメージ力の強化を重要視している。そのため、言語的イメージを非言語的イメージに切り替える訓練を行っている。
例えば「リンゴ」という言葉を聞いたとき、言葉そのもので受け取らず、リンゴの赤色、艶、香りなどの、五感で感じられるような印象、あるいはリンゴそのものでなくリンゴを食べる猿や、「アダムとイブ」、「万有引力」などに変換することで、「リンゴ」という言葉の外にある意味を受けとるのである。
また、言語的イメージと非言語的イメージを区別しており、ガイドとの交信のためには非言語的イメージ力の強化を重要視している。そのため、言語的イメージを非言語的イメージに切り替える訓練を行っている。
例えば「リンゴ」という言葉を聞いたとき、言葉そのもので受け取らず、リンゴの赤色、艶、香りなどの、五感で感じられるような印象、あるいはリンゴそのものでなくリンゴを食べる猿や、「アダムとイブ」、「万有引力」などに変換することで、「リンゴ」という言葉の外にある意味を受けとるのである。
スクライングにも同様にパッシブな態度とアクティブな態度が存在し、ただスクライングミラー等を凝視して自然に湧き出でるイメージをつかむこともあれば、特定のものを想像して能動的に投影し、その答えを受動的に受けとるものがある。
自然に湧き出るイメージを見つめるといえば、近年流行するマインドフルネス瞑想にも通じるものがある。心に浮かぶことや、自分の体に起こっていることを静かに、ありのままに見つめることで、心の整理に有効とされている。
自然に湧き出るイメージを見つめるといえば、近年流行するマインドフルネス瞑想にも通じるものがある。心に浮かぶことや、自分の体に起こっていることを静かに、ありのままに見つめることで、心の整理に有効とされている。
黄金の夜明け団により用いられた「タットワ・ヴィジョン」は、まず特定の図形のカードを、イメージを以て別の場所に転写したり、そのイメージを拡大、縮小する訓練を経て、それをアストラル界の門として利用した。
これらにおいては、基礎となるイメージの作成、イメージの受動的または能動的な変化の認識と受容、および受け取ったイメージの解釈が要点となると考えられる。
実在性と現前性
ヘミシンクによる体外離脱には、「自分の体から自分が抜け出すようなリアルな感覚」という狭義の体外離脱、「自分は体にいるが、同時に体からも抜け出している感覚」という広義の体外離脱があるという。
また、解離でよく見られる夢の特徴として、「その場にいると感じられるほどのリアルな夢」「自分がスクリーンに映る自分(または他人)の映像を見るような夢」が報告されている。
タルパやイマジナリーフレンドにおいても、筆者が見る限り、「自分の内側に存在する」と感じられる場合と、「自分の外側に存在する」と感じられる場合があるようだ。
これらにおいては、「視点の差異」および「現実感の差異」があるようである。
「 おさなごころを科学する: 進化する幼児観」では、麻生武氏の「実在性」と「現前性」という言葉を用いて、空想の友達(IC)の認知について説明している。
実在性とは、空想の友達が確かに実在するという確信のことであり、現前性とは、視覚や聴覚といった感覚イメージを持つかということである。
「 おさなごころを科学する: 進化する幼児観」では、麻生武氏の「実在性」と「現前性」という言葉を用いて、空想の友達(IC)の認知について説明している。
実在性とは、空想の友達が確かに実在するという確信のことであり、現前性とは、視覚や聴覚といった感覚イメージを持つかということである。
IFを持つ子供は、実在性をあまり感じていなかったものの、現前性は感じている可能性が示唆されたという。
そしてIFがいる大人を対象した検査の場合、現前性を感じていると、実際にそれを見たときと類似した脳領域の活動が見られた。(一方子供を対象とした検査では一貫性が見られない)。
そしてIFがいる大人を対象した検査の場合、現前性を感じていると、実際にそれを見たときと類似した脳領域の活動が見られた。(一方子供を対象とした検査では一貫性が見られない)。
ただし、現前性とイメージを生成する力に相関はなかった。
イメージは確かに空想に影響を与えるが、著者の森口氏はそのほかの重要な要素として「他者認識能力」の差異があるのではないかと仮説を立て、空想の他者に対して社会脳領域がどれだけ活動するかが、現前性に関連している可能性があるとしている。
イメージは確かに空想に影響を与えるが、著者の森口氏はそのほかの重要な要素として「他者認識能力」の差異があるのではないかと仮説を立て、空想の他者に対して社会脳領域がどれだけ活動するかが、現前性に関連している可能性があるとしている。
軽度の解離についてはしばしば愛着障害や、過敏性症候群(HSP)との関連が指摘されるが、これらの特徴を持つ方は社会の反応に対する過度のシミュレーションや共感をするケースが多く見られる。
これらにはミラーニューロンが関連しているのではないか、という説がある。
ミラーニューロンとは、他の個体が行動しているとき、あたかも自らが行動したような反応を示す脳の神経細胞である。これらの働きはよくわかっていないが、行動をシミュレートすることが、心の発達や社会性、言語能力の獲得に寄与しているのではないかと考えられている。
これらにはミラーニューロンが関連しているのではないか、という説がある。
ミラーニューロンとは、他の個体が行動しているとき、あたかも自らが行動したような反応を示す脳の神経細胞である。これらの働きはよくわかっていないが、行動をシミュレートすることが、心の発達や社会性、言語能力の獲得に寄与しているのではないかと考えられている。
これらのことから、「他者としての視点で」「他の個体の行動をシミュレートすること」が、思念体に関連していることが考えられる。
一方で、強烈な実在性を伴う、自らの主体的な体験として感じられる狭義の体外離脱や解離については、上記の内容ではうまく説明できない。
神経細胞の発火の強度がことなるとも考えられるが、例えば瞑想でも習熟度や手法の変化により、体感できるイメージや、脳波の状態が異なるといい、同じ現象と結論するのは早計である。
これらについては今後の研究の進捗により、記事に追記していく。
神経細胞の発火の強度がことなるとも考えられるが、例えば瞑想でも習熟度や手法の変化により、体感できるイメージや、脳波の状態が異なるといい、同じ現象と結論するのは早計である。
これらについては今後の研究の進捗により、記事に追記していく。
結論
思念体に関する想像力は、以下の内容のいずれか、または複数によって構成されるようである。
- その思念体について想像する呼び水となる、最低限の知識
- 具体的なイメージを生成する技術
- 湧き出るイメージ(言語的、非言語的なものを含む)を認識する技術、またはイメージを連想する技術
- イメージを抽象化し、変換、拡散する技術
- 抽象化したイメージを受けとり、組み直す技術
- 思念体に対して、実在の人間に対するものと同様に社会脳を活動させる技術
参考
執筆者:藤代