アラジビの拳 その2

20: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:35:14 ID:Y0wRvsCc00
「のぁっ!のぁあ~~うんゆぐぐぐぐ」

とある町の一角、もぞもぞと動く影がある。

ふらふらとよろめき電柱に手をついて蠢くその姿は酷く汚れていて鼻に響く臭いを発している。

灰と黒のストライプ、まるで毒虫のような尻尾を垂れ下げ、その根元が左右にゆらゆらと揺れる。

「なのだ…なのだぁ…!!」

それは害獣アライグマのフレンズ。フレンズ化してもなお害獣としての性質を失わなかった救いようのない害獣。

害獣アライグマのフレンズ、害獣アライさんの幼獣、アライちゃんがお馴染みの鳴き声を漏らす。

最早日本国民の誰もが一度は聞いたことがあるその鳴き声が町の一角の空気をかすかに揺らす。

幸い、それは誰にとっても幸いだったが、その鳴き声を聞き取る人はいなかった。

昼過ぎの住宅地、住人たちは外へ仕事や買い物に出て今はいない。それは誰にとっても幸いだった。

それはアライちゃんにとっても幸いであった。今、この害獣は生涯に一度の大イベントを目前に控えているのだ。

今ここで誰かに見つかり、嫌悪感と共に蹴飛ばされることも、悲鳴を上げられ駆除されることもない。

邪魔者は一人もいない。今偉大な一歩を踏み出そうとしている自分を祝福しているかのようにアライちゃんは感じた。


21: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:37:06 ID:Y0wRvsCc00
「のだぁ!」

腹の奥からその不快な鳴き声を上げると共にアライちゃんは二本の足だけで立ち上がった。

ぶるぶると足が震えている、身体がゆらゆらと動く、それでも二本の足だけで立っている。

「ふぉ、ふぉぉ…ふぉおおお…」

ゆらゆらと動き、よちよちと歩く。奇声を発しながら害獣が二本の足で歩いていく。

おぼつかない足取りも徐々にしっかりとした足取りへと変わっていく。

この害獣は腐ってもフレンズだ。サンドスター、けものプラズムの恩恵である運動神経の良さを最大限に活用している。

それがこの害獣にとって良い事であるかどうかは別として、だが…


22: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:39:38 ID:Y0wRvsCc00
「ふぉおおおお!ふぉおおおおおお!!!」

鳴き声が一段と甲高くなる。その声は歓喜に震えている。垂れさがった尻尾が左右に揺れる。

二本の足で立っている。その事実が害獣を歓喜に震えさせた。この害獣は待ち望んでいた瞬間を迎えた。

「高いのだぁ」

下を見ると遠くなった地面が視界に映る。その世界は今まで四つん這いで地面を蠢いていた害獣にとってあまりにも衝撃的だった。

初めて立った、人間の赤ん坊にはそのような感性は働かないかもしれない。

だが事故で寝たきりだった成人のリハビリとして、立った時の視界に慣れるというものがある。

地に近い世界で何か月、何年もの時間を過ごすうちに視界の高さがそれに慣れてしまう。それを修正するためのリハビリだ。

そのリハビリ途中に恐怖で失神する人もいるほど、低い視界での慣れとは恐ろしいものだ。

生まれた時から知を有し、数か月で物心が付くこの害獣にとってもその視界の高さは衝撃的だ。

「ふぉおお…おぉおおおおお…」

だがこの害獣は恐怖を感じなかった。視界が広がる事への感動、そして万能感に満ち溢れていた。

これがこの害獣の心理、特性でもある。

目に付いたものは全て自分のものだという価値観。この害獣が人並の知性を持ちながら害獣たらしめている特性とも言える。


23: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:40:16 ID:Y0wRvsCc00
「おぉおおおお、おぉおおおおおおおおお」

視界が広がった分多くのものが見渡せる。それら全てが自分のものだ。

その、あまりにも自分勝手で独善的だが本人はそれが正しいと信じて疑わない事実が害獣の背中をぞくぞくと震え上がらせる。

無意識のうちに両手のひらを合わせこすり合わせていた。こすりこすりという音が絶え間なく響く。

「ふはは」

二本足で立った自分はこれからありとあらゆる物を手に入れる。

「ふははははははは」

身体も大きくなり、力を手に入れた。両手を自由に扱えるという力を、爪を全力で振るえる力を。

「ふははははははははーーー!!!」

もう、何に頼らなくても生きていける。もう、何にも負けない。もう、何も怖くない。


24: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:41:33 ID:Y0wRvsCc00
…これが、アライちゃんがアライしゃんへと成長する過程である。

身体が大きくなるに連れ比例して大きくなる自尊心と自信が爆発する瞬間。

そのビッグバンが万能感を生み出す。宇宙のように際限なく膨れ上がる万能感を。

膨れ上がる万能感という宇宙から恒星が生まれていく。

欲望という恒星。英雄願望という恒星。支配欲という恒星。承認欲求という恒星。エトセトラ。

ギラギラと輝く恒星が瞬く間に生まれ膨れ上がっていく。

天下を取る為の武者修行という名目で、口減らしに追い出された害獣アライさんの開花の時。

害獣が害獣としての本能を本格的に呼び覚ます時。

愛嬌すら失った、醜い獣が、今生まれ落ちた。


25: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:43:51 ID:Y0wRvsCc00
「おい、ニンゲン!」

両手を腰に当てて胸を張った害獣が男を呼びつけた。

他人をニンゲンなんて呼ぶ人間はいない。フレンズでもこんな無礼な言い方をする者はいない。恐らくはアレだ。

うんざりしながら声の方を向くと、予想通りの姿がそこにあり男は改めてうんざりした。

二足歩行し始めたばかりのアライさん、アライしゃんだ。

「そのたべものはあらいさんのものなのだ!よこすのだぁ!」

要求を聞いて三度うんざりする。この生き物はありとあらゆる場所で生息しているがどいつもこいつも言う事は同じだ。

特に二本足で立てるようになったのは厄介だ。全てが自分のものになると信じて疑わない。

「おい!きーてるのかニンゲン!それはあらいさんのものなのだ!ぜーんぶぜんぶ!あらいさんのものなのだぁ!!」

「あのな、これは俺がさっきそこのコンビニで買ったものだ。お前のものじゃあないよ」

男は手に持った食べ物の出所とそれを得た経緯を説明しながら男は害獣を諭す。

害獣をよく知る人々ならこの行為を愚かなものと嗤うかもしれない。アライさんに話が通じるものか、と。


26: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:44:39 ID:Y0wRvsCc00
「むずかしいこといってごまかすなぁー!!」

結果はまさにその通りだった。目の前のアライしゃんにも話は通じない。

本来高い知性を持つはずのアライグマがこの程度の、子供でも理解できる事を難しいと斬り捨てるのはおかしいのだが、多くのアライさんが他人の言い分をそう斬り捨てる。

男は今までそうでなかったケースを見たことがない。

「おまえらきょあくはいつもそうなのだ!つごうのわるいことをごまかしていきをはくようにうそをつく!!」

「おまえらは、このにほんにすくうきょあくなのだぁ!!」

そのくせやたら難解な言葉を使おうとする習性がある。

呂律は回っているがまだ幼い口調からは想像できない単語が飛び出す。

これも他のフレンズにはあまり見られない特性だ。「すっごーい!」や「たーのしー!」と言った彼女たち特有の言葉遣いはアライさんには見られない。

彼女たちはアライさんと違い、ルールを理解し他者の気持ちを考える知性がある。アライさんはそれらを無視するが、言葉遣いだけは難解だ。

何故そうなるのか。それらもフレンズが日本にやってきてから研究が進み、ある程度理由が判明してきてはいるのだが…

「おまえみたいなきょあくはあらいさんがたおしてやるのだぁ!!」

今はそれを説明する時ではない。欲求不満を高まらせたアライしゃんが男に襲い掛かる。

二本の足で立った今、自慢の爪はもはや何不自由なく使いこなせる最強の武器と化した。


27: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:46:25 ID:Y0wRvsCc00
「じび!!」

だが悲鳴。アライしゃんの最強の武器が届く前に反射的に繰り出した靴底が横っ腹に叩き込まれ吹っ飛んだ。

容赦ない一撃だが彼を責めないで欲しい。

例えばゴキブリが顔面目掛けて飛んで来たら誰だって避けながら手で払おうとするだろう。今起こったのはそれと同じだ。


28: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:50:19 ID:Y0wRvsCc00
それは置いといたとしても弱い。あまりにも弱い。相手は格闘経験もない一般人のド素人なのにこの弱さだ。

セルリアン相手に飛び回り、力強い一撃を与えていたフレンズとは到底思えない弱さ。

多くの人々がイメージする、本来のフレンズとは程遠いほどの弱さ。だがそれも仕方のない事だ。

何故かというと、フレンズの力の源、サンドスターが足りないからだ。

日本を含め、今全世界の大気に含まれるサンドスター量がジャパリパークのそれとは桁違いに少ない。

元々ジャパリパーク内のみで見られたサンドスターが全世界に広がった事だけでも奇跡だった程だ。

仮に今この男がジャパリパークにいて、同じ状況に出くわしたならこうはならなかったかもしれない。

アライしゃんは文字通り浴びるようにあるサンドスター、そしてけものプラズムを使って食べ物を奪い、男を殺していたかもしれない。

だがここはジャパリパークではない。日本だ。日本にはジャパリパークほどのサンドスターは無い。

サンドスターが無ければあの驚異的な力は振るえない。腐ってもフレンズであるアライさんにもそれは当てはまっている。

ジャパリパーク無き今、フレンズの力は大きく衰えてしまったのだ。見た目通りの力に。

身長1mほどのアライしゃんの力もまた見た目通りの力しか出せない、人間で例えるなら幼稚園児と同程度の力しかないのだ。

無理に力を振るおうとすれば当時の力を振るう事も出来ないことはないが、待っているのはサンドスター切れでの死あるのみ。


29: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:52:34 ID:Y0wRvsCc00
フレンズ達が日本にやってきた時、一部の人々がまことしやかに騒いでいた。


「フレンズと人間は相容れない。何故なら力の差が大きすぎるからだ」


「故に人間はフレンズを迫害する。自分より優れた種を人間は受け入れないからだ」


「害獣アライグマのフレンズは知性にも力にも理性にも優れ、人間はアライグマの劣化品に過ぎない」


「例え幼児のフレンズだろうが、成人男性はアライグマに勝つことすらできない」


だが蓋を開けてみればそんなものは全て杞憂だった。

いや、杞憂ですらない…『そうであってほしい』という願望だったのかもしれない。

それらの願望は小説という夢物語として具現化し世に出される事もあったが、そのような事例は起こりえなかった。


30: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:53:30 ID:Y0wRvsCc00
…そもそもジャパリパークが崩壊した原因がアライさんが四神から石敢當を奪いセルリアンの群れを強化したからだ。

アライさんやアライさんを信奉するアラ信がいくら弱さに憤り否定したとしてもそれは過去の行いの結果に過ぎない。

アライさんに罪は無いと叫んだとしても起こってしまった事実は覆せない。

だが石敢當の封印を解いた事でサンドスターが吹き出し全世界に散らばったのも事実。

それだけが、アライさんがパンドラの箱を開けてまき散らした厄災の数々の中で、唯一残った希望だった。


31: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:54:44 ID:Y0wRvsCc00
「うぅぐ、いぢゃ、いぢゃいぃのだぁ」

さて、今アライちゃんは蹴りを受けて悶絶しながらぐずっている。

この状況あなたならどうするだろうか。一思いに踏みつぶせ、と思うだろうか。

今この状況でアライしゃんの死を望むだろうか。いや、望まないものがいるだろうか。

我々は皆、アライさんの絶滅を願う。我々は皆、アライさんの消滅を望む。故に何よりも優先して駆除を行う。

そして、それは人間として普遍的な価値観でありアライさんの生存を望むのは不届きものの考えだ。



…本当にそうだろうか?



そう決めつけるのは極論であり、傲慢であり、愚かであり、何よりあまりにも楽観的ではないだろうか。


32: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:55:45 ID:Y0wRvsCc00
確かにアライさんは駆除するべき害獣だ。その事実は変わらない。だからこそ我々はアライさんの死を望む。

だが、自分の手を汚してでもするべき事であると全員が覚悟しているわけではない。

「誰かがやるだろう」だとか

「靴を汚したくない」だとか

「面倒くさい」だとか

「飛び散る臓器が汚い」だとか

ネガティブな考えを持つ者も当然いる。

男が最初にアライしゃんに絡まれた時、諭そうとしたのもこの為だ。

彼はできる事なら穏便に済ませたかった。無駄だとわかっていても万が一上手くいけばその後の苦労は何もいらないからだ。

だからこそ今また彼はアライしゃんをこの場で殺す事に否定的だった。


33: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:57:00 ID:Y0wRvsCc00
だからこそ彼は、アライしゃんの身体を踏みつけ尻尾を握った。

こうなった以上ここまではやっておかなければなるまい、と考えたからだ。面倒でもやらなければならないと。

「の、のだぁ!あらいさんのしっぽをどうするのだ!?」

男はぬん、という掛け声を共に、まるで大根を引き抜くかように尻尾を引きちぎった。


ブチッ!!

「い"ぢぁぁあ"あ"あ"ぁあ"あ"あ"あ"おおおおおお!?!?!?」



「ちょっと反省しろよ」

尻を押さえてごろごろと転がるアライしゃんを尻目に、男はぷらぷらと尻尾を揺らしながら去っていく。

「まぢぇえ!にげるなぁ!あらいさんのしっぽがえぜぇ…!!」


34: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/01(金) 23:57:30 ID:Y0wRvsCc00
自らに恐れおののき逃げていく巨悪を逃がすまいとアライしゃんは全力を振り絞って立ち上がり追いかける。

「ぶへ!!」

が、足を踏み込みそのまままた地面に倒れこみ顎を強打した。

「の、のだぁ!?のだ!だぁああ!?!?」

立てない。走れない。歩けない。何度試しても無駄だった。

「なんでたてないのだぁあ!!!あぁああああ!!!!」

ヒステリックにごろごろと転がり、立ち上がろうとしてまた転ぶ。延々とそれを繰り返す。

既に男は曲がり角を曲がり、アライしゃんの視界から居なくなっていた。

だがもはやアライしゃんは男の事などどうでもよく、ただ立てればそれでよかった。

何か大切なものを無くした焦燥感に駆られ、それがあると思い込みながら何度も何度も試した。

「たてないぃいいい!!!たてないのだぁあああああ!!!!」

だが立てない。

「なんでなのだぁあ!!なんであらいさんがこんなめにいいいい!!!!」


35: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:02:41 ID:Y0wRvsCc00
どうしてアライしゃんが立てないのか、これを読む方々なら既に知っているかもしれない。

アライさんの、フレンズの尻尾はバランサーだ。しっぽのだんすをするためのアクセサリーではない。

移動の要である尻尾を失ったアライさんは跳ぶ走るはおろかまともに歩くことはできない。

アライさんより小さいアライちゃんが尻尾を失えば、自身の頭の重さを支えきれずヨチることすらできなくなる。

アライしゃんも例外ではない。尻尾を失えばまともに歩くことはできない。

二本の足で立ち、世界の全てを手にする力を得たアライちゃんは、その日のうちに力を失い地を這う蟲になった。


36: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:03:37 ID:Y0wRvsCc00
駆除を望まなかった男はなぜこのような事をしたのだろうか。死よりも苦しい苦痛を味わわせる為だろうか。

それは誤解だ。彼はできる事なら穏便に済ませたく、あの状況で一番穏便に済む方法があれだと考えたからだ。

何故なら彼は『失った尻尾はしばらくすれば生えてくる』事を知っているからだ。

彼女たちの耳や尻尾はサンドスターから変換されるけものプラズムによってできている。

即ちサンドスターさえあればいずれ再生できるものなのだ。

先ほどサンドスター量が少ない、とは言うもののサンドスターは全くなくなったわけではない。

大気中にも僅か、ほんの僅かだがサンドスターは含まれているし、そもそもフレンズが病院に行けば錠剤化した高濃度のサンドスターを処方される体制がちゃんとできている。

事故で耳や尻尾を失ったフレンズや、やむを得ない事情でサンドスターを使ったフレンズは、そうして多くのヒトやフレンズに支えられながら回復していく。

『困難は群れで分け合え』その言葉の通り彼ら彼女らはお互いがお互いを支えながら生きている。

彼女達は持ち前の朗らかさで彼らを支え、彼らは自分達そして彼女達の為に日々の仕事に赴く。


37: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:04:54 ID:Y0wRvsCc00


少し前、

「人間はフレンズを差別する」だとか

「迫害されたフレンズが害獣アライグマと共に人間社会に復讐する」

といった旨のフィクション小説が出版されたが


精神的支柱であり、同じ場所で生きる同士に対してそのような危害を加える事は現実では一切褒められることはなかった。


38: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:05:29 ID:Y0wRvsCc00
彼らと彼女らは一つの群れとして成立していた。生きる為に互いが支えあう一つの群れとしてだ。

彼女達に対して下心や絶滅危惧種を救う優越感のようなものを持ち合わせる人間が一切いないとは断言できないが

それでもフレンズを救うという目的で行われた数々の研究は彼女達を助けた。上記の高濃度のサンドスターの錠剤化はその一例に過ぎない。

彼女達が存在を維持するうえで欠かせないサンドスター。

ジャパリパークの喪失という悲劇があったものの、ヒトとフレンズの群れは努力の果てに困難を脱したのだ。


…とは言うものの、それは『普通のフレンズなら』の話である。


39: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:06:20 ID:Y0wRvsCc00
尻尾を失ったアライしゃんは文字通り地を這いながら懐かしき住宅地へとたどり着いた。

アライちゃんが尻尾を失えばヨチヨチと這う事すらできなくなるが、アライしゃんほど成長すれば足と腕の筋肉で何とか動けるようにはなるようだ。

ここに来るだけでもかなりの体力を消費し、何度も顎をアスファルトで擦り、皮膚が破れ血がにじみ出ている。

尻尾が無い分普段通りのヨチヨチムーブすらできなくなっていた。

「しっぽ…しっぽ…あらいさんのしっぽが…」

ぶつぶつと呟き、時折バランスを崩し顎が地面で削れるうめき声を上げながらあてもなく地面を這いつくばる。


40: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:08:42 ID:Y0wRvsCc00
尻尾を失ったアライさんが尻尾を取り戻す方法、新しい尻尾を形成する為のサンドスターを得る方法はたったの三つ。

一つ目は病院に忍び込み、サンドスター錠剤を盗み出す事。

だが当然過去にフレンズを良く思わない者や、アライさんが死ぬことが我慢できない狂人達(通称アラ信)、アライさんの侵入がありそのセキュリティは厳重になっている。

そんなところにたった一匹の、しかも満足に動けない害獣が来た所で三十分も持たない。群れで来ようが良くて足手纏い、悪くて烏合の衆だ。

だが選択肢としては悪くない。害獣と言えどサンドスターを供給してくれるのは医療界隈全体が歓迎している事だ。

一人のフレンズを救う為に必要になるサンドスターは、アライさん一匹では足りないし一匹でも多く欲しい。

数十数百時には数千匹のアライさんからサンドスターを抽出してようやくというところだ。

駆除屋やハンターに依頼し駆除した死体から抽出するサンドスターも、生きたまま抽出できるならばその方が効率的で喜ばしいのだ。


41: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:09:21 ID:Y0wRvsCc00
二つ目は同族を殺し、喰らい続ける。つまり共食いをする事。

格下のアライちゃんやアライしゃんでも、ただサンドスターを待ち続けるよりはマシである。

殺して喰らう事で体内のサンドスターを自分のものにするのだ。

騙す、襲う、子を利用する。やり方は何でもいい。

あまりにも意地汚くフレンズらしからぬ行動だが、アライさんがサンドスターを得る確率はこれが一番高い。


42: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:10:00 ID:Y0wRvsCc00
三つ目は空気中のサンドスターを摂取し続ける事。

何とか食いつなぎ、空気中のサンドスターを摂取し続ける。

理論上はそれでも尻尾を再生する事ができる。だが、それは不可能に近い。

「なんなのりゃあいつ!へんなうごきなのりゃぁー!」ケラケラ

「あいつしっぽがないのりゃ!ガイジなのだ!ガイジガイジぃー!!」

這いつくばるアライしゃんを見て他所のアライちゃん達が嘲り笑う。

アライさんにとって尻尾とは誇りだ。尻尾の質が己の価値を決める。

尻尾が欠けていたり、汚れていたり、サンドスターの突然変異で出来物ができていたりでもすればすぐさま迫害の対象だ。

まして、その尻尾を失ったともなれば扱いは非人、いや非獣とでも言うべきか。消耗品と同じくらいの価値に貶められる。


43: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:11:38 ID:Y0wRvsCc00
「やーいやーい!!いきててはずかしくないのかガイジー!!」

「やーいやーい!やーいやーい!!」

「うぬぬぬぬ!!ばかにするなチビどもぉ!!あらいさんはなぁ!!あらいさんはなぁ!!」

「あらいしゃんがなんだっていうのりゃしっぽなしのガイジのぶんじゃいで!!」

「たぁ~~~~~!!!」ゲシッ

「じび!!」

アライちゃんが体格差にも物おじせずにアライしゃんに体当たりをする。

元々バランス感覚が無いに等しいアライしゃんはそれだけで崩れ落ちた。

「こいちゅやっぱりよわいのりゃ!かんたんにぶっこよせるのりゃぁ!!」シッポフリフリ

「おかーしゃんがいってたのりゃ!かくじつにきずをおわずにころせるうーーーーーーんとよわいやつをねらうと!!」ピカピカカオガイジ

「おぉーーーーー!!!たしかにこいちゅあらいしゃんがころせりゅくらいよわいのりゃぁ!!!」

親譲りの不愉快な顔を見せながら母の教えを思い出す。こいつらもまた武者修行という名目で口減らしに出された個体だ。

「あらいさんは…よわくないぃ…!よわくないのだぁ…!!」

「しまいのきずな、みせてやりゅのりゃあああああ~~~~!!!」

「「たぁ~~~~~~~~~~~!!!!!!」」


44: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:12:22 ID:Y0wRvsCc00
「おっにくおっにく!おいちーおっにく!!」ザクザク

「ぎびぃいいーーーーっ!!あらいさんのおめめがぁああーーーー!!!!!」

自然治癒が不可能と説明した理由。それは天敵があまりにも多すぎるからだ。

「おにーくいっぱい!たーべるーのりゃー!!!」ガジガジ

猫やカラス、山に行けばもっと様々な野生生物その全てが天敵だ。

下手すれば虫すらも天敵になりかねない。

「おなかはやめるのだ!おなかは!あらいさんがしんじゃうのだぁああ!!」

「はぐっがぶぅ!!」ブヂィイイイイイイ!!!

「あぎゃぁああああああああああああ!!!!!!!!」

更に尻尾を失った瞬間、同族すらも天敵となる。

満足に動かせない身体で周囲の全てが敵と言えばその絶望感が想像できるだろうか。


45: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:15:46 ID:Y0wRvsCc00
「あーむっぶちぃ!!」

「ぶじゅるぢゅるぢゅる!!ぐぼぼおぼおお!!」

「ぐっちゃ!ぐっちゃ!っちゃっちゃごくん!!」

アライしゃんは自分より一回り二回り以上小さい同族にかじられ抉られていく。

何故か。がむしゃらに噛みつき、がむしゃらに爪を振り回せばラッキーパンチで生き延びられたかもしれない。

腕力も脚力も明らかにアライしゃんの方が上だ。

だがアライしゃんはそうしなかった。いや本当は多少は反撃しているものの、本気でしようと思っていないかのようだ。

恐らくどのアライさんもこの状況下で本気で生きようと思わないだろう。

それがアライさんだけが持つ特性の一つだ。

英雄願望。

ツライさんと呼ばれる個体群が生まれるのもこの為だ。これもまた他のフレンズには見られないアライさんだけの特徴だ。

ツラーバルやヤーネック、ウツカルなど聞いた事もないだろう。だがアライさんだけがツライさんという個体がある。

ツライさんが出来上がる理由、自分が悲劇の主人公であると思い込み、悲劇の主人公のように振る舞うからだ。

悲劇に相応しい振る舞いをする事で自分が悲劇の主人公であると思い込む。

それがツライさんが誕生する経緯だ。

アライさんが他者を気にかけるというケースが見かけれられるが、これもこの為だ。

他者を気にかけられる優しい主人公。優しい英雄。アライさんはその像を演じているに過ぎない。

難しい言葉を使いたがるのもこの願望からだ。頭がいい、特別な自分を演出するアクセサリーとして芝居がかった難解な言葉を使う。

アライさんは生まれてから死ぬまで、ずっと自分が主人公であると信じて疑わない。

今こうして同族に殺されかけている時ですらそれを信じている。

全てを奪われ、迫害される悲劇の主人公。その地位に酔っている。

そしてその悲劇の主人公を噛みちぎる幼獣達もまた。


46: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:17:31 ID:Y0wRvsCc00
「」グチャァ

アライしゃんは動かなくなった。眼球を抉り出され、もう片方の眼球も潰された。

くっついた指が二本しかない。でろんと飛び出た内蔵が食い散らかされて飛び出ている。

「「おいちいのりゃ~!(≧'u(≦ )」」グチャグチャ グチャグチャ

「けがわもっていくのりゃぁ!ありゃいしゃんのまんとにするのりゃぁー!!」ゴソゴソ

「うぬぬぅ!?それはありゃいしゃんのものなのだぁ!!『たいぼ』になるのはありゃいしゃんなのりゃぁーっ!!」

「ぐぬぬぬー!このまんとどろぼーめぇー!!」

ヒステリックな叫び声をあげるや否や横っ面に爪を立て引き裂いた。

「ぴぎゃぁー!!ありゃいしゃんのおかおがぁー!!」

「ふははははー!これがてんばつなのりゃぁ!!」

優位に立ったアライちゃんが妹の上に馬乗りになりざくざくと身体中に爪を立て、引き裂く。

「つよいのりゃぁ!」

「つよいのりゃぁ!」

「ありゃいしゃんはてんかむそうのもうしょうなのりゃぁああああ!!!!」

血走った目と恍惚の表情を浮かべながら家族だったそれを刻んでいく。


47: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:20:30 ID:Y0wRvsCc00
今この害獣の心理はこいつ自身が叫んだ事だ。自分が誰にも負けない最強の存在になったと思い込んでいる。

自分よりも大きな個体を倒したという事実が、そして自分と同じくらいの大きさの個体を倒したという事実がその妄想を裏付けしていた。

例えそれがお膳立てされた勝利だとしても知る由もない。だからこそ全て自分の力と思い込む。

無敵の主人公であると思い込む。

「」ビクンビクン

ズタズタに引き裂かれ痙攣するこれもまたつい先ほどまでそう思っていた。

だからこそ家族に歯向かった。そして刻まれた。

「ふん。できのわるいできそこないのいもーちょよ、せめてありゃいしゃんのちにくとなってえいえいにいきるのりゃ」

「はぐがぶぅ!!!」

瀕死の幼獣にアライちゃんは自らの牙でとどめを刺し、そのままかみ千切りながら胃に収めていく。

「くっちゃくっちゃ!んまいのりゃぁ…これがきょーじゃのとっけんなのりゃぁ~」

自分よりも大きな個体、そして自分と同じくらいの大きさの個体を共食いし、アライちゃんは自分の力が高まっていくのを確かに感じていた。

その感覚は間違いではない。同族や家族を喰らう事で本来手に入らないはずのサンドスターを摂取できているのだから。


48: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:21:57 ID:Y0wRvsCc00
「うんちすゆのりゃ」ブリュブリュブリュリュリュリュリュリュリュリュリュブッチッパッポン

不要物となったアライしゃんと妹を尻穴からひり出し、アライちゃんが去っていく。

この度摂取できた予定外のサンドスターはアライちゃんの成長を促進するだろう。

事実このアライちゃんは本来よりも早く成長し、二本足で立つ事ができた。

それはつまり、他の個体より知識と経験が少ない状態で世に出てしまう事でもある。


49: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:22:28 ID:Y0wRvsCc00



更に傲慢に、更に幼稚になった害獣が世に放たれたのだ。


50: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:23:33 ID:Y0wRvsCc00
「おい、ニンゲン!そのたべものはありゃいしゃんのものなのりゃ!よこすのりゃあ!!」

また聞き飽きた声が聞こえる。男が声の方向を向くと予想通りの姿がそこにあってうんざりした。

いや少し違う。毛皮の上に同族の毛皮を巻き付けている。まるで一昔前のテレビプロデューサーのようだ。

しかも言葉に呂律が回っていない。二足歩行できるアライしゃんであるにも関わらず…まるでアライちゃんのようだ。

とりあえず殺すのは面倒だし汚い。とりあえず話はしてみるが…

それでも通じないならまた『お仕置き』すればいいだろう。

男はそう考えながら害獣と向き合った。


51: 名無しさん (ワッチョイ 437f-90c9) :2019/02/02(土) 00:24:17 ID:Y0wRvsCc00






「じびぃ!!!!」







今日もまた街のどこかで害獣の悲鳴が僅かに響き、消える。


53: 名無しさん (スプー 82d4-fef3) :2019/02/02(土) 00:52:40 ID:A9XqvZYsSd

すげぇ良かった…



56: 名無しさん (スプー 4f46-714d) :2019/02/03(日) 13:10:21 ID:AMN.yvQISd
乙!
虐待なのに文学レベルが高くてすげぇ
小説読んだ気になれたわ



最終更新:2019年04月09日 00:34