進化論とキリスト教

旧約聖書によれば「全ての人間の祖先であるアダムは神によって作られ、その妻イヴはアダムの肋骨から生まれた」とされ、ユダヤ教徒やキリスト教徒の間では長い間これが信じられてきた。

創世記2:7
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

創世記2:18-19
主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。

創世記2:20-22
人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つけることができなかった。主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。

しかし、ダーウィンの進化論が認知され、「原始的な動物が次第に進化して人間になった」と考えられるようになると、聖書の記述をどのように解釈するかについて議論が起こった。

ダーウィンの進化論

チャールズ・ダーウィンは、1831年から1836年にかけてビーグル号で地球一周する航海をおこなった。航海中に各地の動物相や植物相の違いから種の不変性に疑問を感じ、ライエルの『地質学原理』を読んだ。そして地層と同様、動植物にも変化があり、大陸の変化によって新しい生息地が出来、動物がその変化に適応したのではないかと思った。1838年にマルサスの『人口論』を読み自然選択説を思いついたと自伝には書かれている。ハトの品種改良についての研究でさらに考えがまとまっていった。

1858年にアルフレッド・ウォレスがダーウィンに送った手紙に自然選択説と同様の理論が書かれていたことに驚き、自然選択による進化理論を共同で発表したダーウィンはさらに執筆中であった『自然選択』と題された大著の要約をまとめ、1859年11月24日に『種の起源』として出版した。

『種の起源』のなかでは、現在の「進化」を指す用語として、あらかじめ内在的に用意された構造の展開出現を意味する"evolution"ではなく、「変更を伴う由来」(Descent with modification)という語を使っている(evolutionの原義については下の項目を参照のこと)。また自然選択(natural selection)、存在し続けるための努力(struggle for existence、現在では通常生存競争と訳される)、そして後の版ではウォレスの提言を受け入れ自然選択をわかりやすく説明する語としてハーバート・スペンサーの適者生存を使用した(生存競争や適者生存は誤解を招きやすいために近年では用いられない)。これらの要因によって環境に適応した形質を獲得した種が分岐し、多様な種が生じると説明した。

ダーウィンは、進化の概念を多くの観察例や実験による傍証などの実証的成果によって、進化論を仮説の段階から理論にまで高めたのである。

キリスト教による進化論の受容

創造論は創造主による創造を主張する。「生物は進化する」というテーゼは現在では学会で科学的仮説として受け入れられているが、信仰的、社会的に受け入れられているとは限らず、アメリカには進化論裁判の例がある。アメリカ合衆国の南部などいくつかの州では、プロテスタントの一部に根強い聖書主義の立場から進化論が否定されている。ケンタッキー州には、進化論を否定する創造博物館が建てられている。

カトリック教会では1996年10月にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、「進化論は仮説以上のもので、肉体の進化論は認めるが、人間の魂は神に創造されたもの」だと述べた。つまり、人間の精神活動の源泉たる魂の出現は、進化論的過程とは関係ないとする限定つきで、進化論をキリスト教と矛盾しないものと認めた。

1950年の回勅「フマニ・ゲネリス」(Humani generis)でも、生物としての肉体の起源の研究である限りは許容されているが、この回勅の時点では、進化論は未証明の学説とされ否定的に扱われており、進化論を既に実証されたものとして扱う立場が批判されている。1958年に刊行されたフランシスコ会訳『創世記』の解説では、進化論が誤りであることが明らかになった、という記述がなされている。その後ヨハネ・パウロ2世の次の教皇ベネディクト16世は「進化論は全ての問いに答えていない」と否定的な認識を示した。しかしさらに次の教皇フランシスコは「神は、自然の法則に従って進化するように生物を創造した」と進化論は創造論と矛盾しない見解を示した。

有神的進化論

進化論に神の存在を矛盾しないものとして取り入れたものが有神的進化論である。
有神的進化論は以下の特徴を有する。
  • 神は存在する
  • 神は、知的生命が存在できるような物理定数を定めて、140億年前に宇宙を創造した。
  • 地球は45億年前に、神がつくったプロセスに従って、生まれた。
  • 小進化は事実
  • 大進化は、すべての生物は進化過程(ネオダーウィニズムを含む)により出現できるように神が定数や自然法則を定めたことによる。進化は神が人間を創るために使った。

重要な点としては、有神論的進化論は以下で概説するID論とは別物ということである。
有神的進化論は、神は進化が起こるように宇宙を創造したと考え、神が直接進化に介入しているわけではないと考える。一方で、インテリジェントデザインは、進化は神の「直接介入」によるもので、自然淘汰されるような個体を作ることはないと主張する。この考え方の差から、有神的進化論は神の存在を経験的には検知できないと考えるが、インテリジェント・デザインでは「知的存在」を検知できると考える。

ID論

進化論が学説として広く受け入れられてきた後、創造論運動はインテリジェント・デザイン(英: Intelligent design)論につながっていった。ID論とは、「知性ある何か」によって生命や宇宙の精妙なシステムが設計されたとする説である。


インテリジェント・デザインでは、極めて精妙な生物の細胞や器官のしくみを例に挙げて、「複雑な細胞からなる生体組織が進化によってひとりでにできあがったとは考えられない。従って創造に際しては『高度な知性』によるデザインが必要であった」といった主張がなされている。

インテリジェント・デザインでは、地球が創造されてからわずか数千年しか経たないという「若い地球説」は採用せず、「原始的な動物が人間に進化した」という進化論を一部認めつつも、「その過程は偉大なる知性の操作によるものである」として、宗教色を薄めつつも「偉大なる知性」を神と解釈できる余地を残している。

2005年11月、アメリカ合衆国のカンザス州教育委員会は多数決の結果ID説の立場を採り、進化論を「問題の多い理論」として教える科学教育基準を採決した。この決定にあたり、ID説を支持する創造科学者たちを批判するために作られたパロディ「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教団」が登場し、ネット世論を大いに沸かせた。インテリジェント・デザインはペンシルベニア州ドーバー学区における裁判で、宗教であり科学ではないと指摘された。

ちなみに、日本においても類似の問題が起こっている。フジサンケイグループの教科書出版会社である育鵬社は、歴史の教科書の中で「サムシンググレート」について記述したが、非科学的であるという理由で抗議を受けた。しかしながら、この目的はキリスト教的な神の存在を指し示すものではなく、日本神話を肯定させることにあったのは周知すべきである(コラム『断』(2009年1月17日付))。

最終更新:2017年07月15日 14:28
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