クルアーン

クルアーン(قرآن qur’ān)あるいはコーランは、イスラーム教(イスラーム)の聖典である。イスラームの信仰では、唯一不二の神(アッラーフ)から最後の預言者に任命されたムハンマド(c.570-632)に対して下された啓示と位置付けられている。啓示はムハンマドの生前、40歳の頃から始まり、多くの書記によって記録され、死後にまとめられた現在の形は全てで114の章(スーラ)からなり、約8万語のアラビア語の散文および韻文からなる。

クルアーンは、読誦して音韻を踏むように書かれている。「クルアーン」という名称はアラビア語で「詠唱すべきもの」を意味し、アラビア語では正確には定冠詞を伴って「アル=クルアーン」と呼ばれる。キリスト教の主の祈りに比される冒頭の「開扉の章」(ファーティハ)を除き、長い章から順に配列されている。教徒にとってはアッラーの神のことばそのもの、永遠なるつくられざる神の意志であり、天使ジブリール(ガブリエル)を通してメジナとメッカで預言者であるムハンマドに啓示されたとされる教義と掟の集大成である。イスラム法の第一の法源ともなっている。アッラーに対する絶対的帰依を説くが、新約聖書、旧約聖書と共通する部分は多い。

初めは口承、または断片的に集録され、ムハンマドの死後にまとめられた。異本が生じたので第3代カリフのウスマーン(在位644~656)によって公認の正典が定められ、ほかの写本は一切破棄されたという。これをウスマーン版と呼ぶ。

クルアーンの概念

クルアーンは、神がムハンマドを通じてアラブ人にアラビア語で伝えた神の言葉そのものであるとされ、聖典としての内容、意味も、言葉そのものも全てが神に由来する。

クルアーンが神の言葉そのものであることを信じることはイスラーム教の信仰の根幹である。イスラーム神学では、クルアーンは神の言葉そのものである以上、神に由来するもので、神の被造物には含まれない。クルアーンを記した文字や本、クルアーンを人間が読誦したときにあらわれる音は、被造物である人間があらわしているので被造物の一部であるが、その本質である言葉そのものは、本来被造物の世界に存在しない神の言葉である。従って、神の言葉であるクルアーンが地上に伝えられていることそれ自体がムハンマドに対して神がもたらした奇跡であると主張される。

イスラム教徒がキリスト教徒と対立する背景にはクルアーンの記述の問題がある。これについて、聖書とクルアーンの関係にて扱う。

ムハンマドへの啓示の始まり


サヒーフ・ムスリムより(日本ムスリム協会訳『日訳サヒーフ・ムスリム』1巻P.118-122)
預言者の妻の一人アーイシャはこう伝えている
「アッラーのみ使い〔ムハンマド〕に下された最初の啓示は、睡眠中に正しく現われたものであった。彼はその時、夜明けの薄光のように現われたその啓示を見たのです。その時以来、彼は独居を好まれ、ヒラー山の洞窟にこもってタハンヌス(一神教信心)の行に没頭されました。
この行は何日も続くため、家族の下に戻るまでの必要な食糧を準備せねばなりません。それが尽きると妻ハディージャの処に帰り、同じように、また数日分の食糧を準備なさったのでした。
こうした状況で彼がヒラー山の洞窟にこもっていた或る日、彼に啓示が下されたのです。
その時、彼の処に天使が現われ、こう命じたのです。
「読みなさい!」
これに対し彼は「私は文字が読めません」と答えたのです。
(み使い〔ムハンマド〕はこれに続けて以下のようにお話しになった)
「すると天使は私をとらえ、やっと耐え得るほどきつく押えつけこういわれた
『読みなさい!』
『私は文字が読めません』と答えると天使は、また再び私をとらえ、更に耐え難いほどきつく私を押えつけになり、そうして後『読みなさい!』と繰り返しいわれたのです。
これに対し、私は『文字が読めません』と同じ答えを述べたのです。
すると天使は私をつかみ、三度目もきつく押えつけになった後、私を放し次の聖句をお唱えになったのです。
「読め。
創造なされる御方、あなたの主の御名において。
一凝血から、人間を創られた。
読め。
あなたの主は、最高の尊貴であられ、筆によって書くことを教えられた御方、人間に未知なることを教えられた御方である」(クルアーン第96章1-4節)
アッラーのみ使いは、そのままお帰りになったが、心臓は恐怖のあまり震えつづけた。
ともあれ、彼はハディージャの処に戻りこういった
「私をなにかで覆い隠しておくれ!」
「包み隠しておくれ!」
それで人々は彼をその恐怖が去り気が静まるまで布で包み隠したのでした。
その後彼はハディージャにこういった
「ハディージャよ。一体何が私に起ったのだろうか」
そういって、彼は経験したことを彼女に語り「私は自分が怖くなった」と話した。
これに対し彼女はいった。
「恐れる必要はありません。むしろお喜びなさい。アッラーは決してあなたを悲しませることはなさいません。
アッラーに誓って申しますが、あなたは親族を大事になさるし、正直にお話しになる。それに人の面倒事をひき受け、貧乏人を助け、また客人に親切を尽し、現世の浮沈に苦しむ人々を助けてこられたではありませんか」
ハディージャはこういった後、彼をワラカ・ビン・ナウファル・ビン・アサド・ビン・アブドル・ウッザーの処に連れて行った。彼はハディージャの伯父の息子であり、その伯父は彼女の父の兄弟であった。彼(ワラカ)はイスラーム宣教以前(ジャーヒリーヤ時代)にキリスト教に改宗した人物でアラビア語による何冊かの著作があり、その中には神の命ずるままに書いたインジール(福音書)についての著書もあった。彼は盲目の老人であった。
(ともあれ)ハディージャはワラカにこういった。
「伯父上(長上への尊称)、あなたの兄弟の息子の言葉を聞いて下さい」
これに対しワラカ・ビン・ナウファルは「我が兄弟の息子よ、何を見たのですか」とたずねた。
アッラーのみ使いは、それで経験したこと全てを話した。
するとワラカは、彼に「それこそナームース(天使)です。神が預言者モーゼに下された天使です。ああ、もしも私があなたの活動時期に若者であり、またもしも人々があなたを追放する時私が生きておれば、お役に立つであろうに!」と語ったのでした。
み使い〔ムハンマド〕が「人々が私を追放するのですか」とたずねると、ワラカは「そうです」と答え「あなたと同様に、これをもたらされた人で敵意に苦しめられなかった方はいませんでした。もし私があなたの活動する時代に生きておれば、必ずや全力を尽くしてあなたを助けるでありましょうに」といい添えた。

アーイシャによる前記と同内容のハディースは、別の伝承者経路でも伝えられる。
ただし「アッラーのみ使いに下された最初の啓示は」に始まる前文と同内容であるが、これにはハディージャの言葉「アッラーに誓って申しますが、アッラーは決してあなたを悲しませることはなさいません」及び「伯父上、あなたの兄弟の息子の言葉を聞いて下さい」という表現はみられない。

アーイシャによる前記と同内容のハディースは、更に別の伝承者経路でも伝えられる。
なお、これには「アッラーのみ使いはハディージャの処に戻ったが、心は震えおののいていた」と記されているが、ハディースの最初の部分、すなわち「アッラーのみ使いに下された最初の啓示は睡眠中に正しく現われたものであった」という表現はみられない。
ただ前記ハディースと同様に「アッラーに誓って申しますが、アッラーは決してあなたを悲しませることはなさいません」「伯父上よ、あなたの兄弟の息子の言葉を聞いて下さい」などというハディージャの言葉は記されている。


アッラーのみ使い〔ムハンマド〕の教友の一人ジャービル・ビン・アブドッラー・アンサーリーは常々こう語っていた
アッラーのみ使いは〔ムハンマド〕最初の啓示以後、しばらくそれが中断されたことについて語った後、次のようにいわれた
「私が歩いていた時、天より或る声が聞こえた。私が頭をあげると、天地間に浮んだ台座に座しながらヒラー山にいる私の処に下って来る天使が見えた。私はそのため恐怖におびえ、家族の下に帰ってこういった
『私を包み隠してくれ! 私を包み隠してくれ!』
それで彼らは私を布で隠してくれた。
すると恩寵深く至尊なるアッラーは、次の啓示を下された
「大衣に包る者よ。
立ち上って警告しなさい。
あなたの主を讃えなさい。
またあなたの衣を清潔に保ちなさい。
不浄を避けなさい」(クルアーン第74章1-5節)。
ここでいう不浄とはもろもろの偶像のことである。それから後、啓示は続けて下されるようになったのである」

ジャービル・ビン・アブドッラーによると、彼はアッラーのみ使い〔ムハンマド〕がこういわれるのを聞いた
「私に対する啓示(ワヒー)は、しばらくの間中断された。そして私が歩いていた時」
以下は前記と同内容のハディースである。
なおユーヌスの伝えるハディースには「私は恐怖のあまり地上に倒れた」という表現がみられ、また、アブー・サラマのそれには「不浄とは、もろもろの偶像を意味する。このあと、次々と多くの啓示が下されたのである」と記されている。

ユーヌスによる前記と同内容のハディースは、ズフリーから聞いたマアマルによっても伝えられ、それには
「恩寵深く至尊なるアッラーは次の句を啓示された」
「大衣に包る者よ、立ち上って警告しなさい。
あなたの主を讃えなさい。
またあなたの衣を清潔に保ちなさい。
不浄を避けなさい」(クルアーン第74章1-5節)
「礼拝が義務づけられる前であった」。
また
「私は恐怖におののいた」
という記述がみられる。

ヤヒヤーは伝えている
私がアブー・サラマに「クルアーンで最初に啓示されたのは何ですか」とたずねたところ、彼は「大衣に包る者よ(クルアーン第74章全15節)である」と答えた。
私はこれに対し「読め、創造される御方、あなたの主の御名において(凝血の章)ではありませんか」といった。
私は、また、ジャービル・ビン・アブドッラーにもクルアーンで最初に啓示されたのは何かとたずねたが、彼も「包る者章である」と答えた。
私が「凝血の章ではありませんか」といったところ、ジャービルはこう語った
「私はアッラーのみ使いが私たちにいわれたことを、あなた方に話しているのです。み使い様はこういわれました
『私はヒラー山に一ヶ月こもった。私のここでの滞在が終った時、私は山から下り、谷底の方に行った。その時、私は誰かに呼ばれた。私は前後左右を見たが誰もいなかった。私は再び名を呼ばれたので探しまわったが誰もいなかった。私は更にまた名を呼ばれたので頭を上げた。すると空中に浮かぶ玉座の上に彼、すなわちジブリールが座しておられたのだった。私が、恐怖のあまり震え出しハディージャの処に帰って『私を包み隠してくれ』といったので、家族の者らは私を包み隠し、私に水をかけてくれた。
アッラーはこの時「大衣に包む者よ、立ち上って警告しなさい。あなたの主を讃えなさい。
またあなたの衣を清潔に保ちなさい」(クルアーン第74章1-5節)と啓示なされた」

ヤヒヤー・ビン・アブー・カシールは前記と同内容のハディースを伝えているが、それには「ジブリールは天地間に浮んだ玉座の上に座っておられた」と記されている。

なお、クルアーン最初の啓示は「凝血の章(第96章)」といわれており、ここで「包る者章(第74章)」を最初の啓示であると述べているのは、中断後の最初の啓示と理解すべきであろうと考えられる。

ウスマーン版以前の写本

サナア写本(Sana'a manuscript)

1972年に発見されたサナア写本には、ウスマーン版以前のものと考えられるクルアーンの断片が含まれており、従来、ウスマーン版以外のクルアーンの内容を伝えるものとして唯一のものとされてきた。

バーミンガムコーラン写本(Birmingham Quran manuscript)

しかし、2015年になってイギリス・バーミンガム大学に保管されてきたバーミンガムコーラン写本に使われている羊皮紙を放射性炭素年代測定法で測定したところ、ムハンマドが生きていた時代に重なる568年~645年のものであることが判明し、ウスマーン版以前のものとしては現存する最古の写本であると考えられている。
なお、この写本は2ページ現存しているが、現存しているのはスーラの第18章から20章の一部であり、最古の写本ではあるものの異本というわけではない。

クルアーンの翻訳(注釈)

預言者のことばであるアラビア語でのみ読み、注釈すべきとされ、翻訳は奨励されない。したがって、クルアーンの翻訳とされるものは、クルアーンの注釈書と解されている。

最古の翻訳は、12世紀頃のペトルス・ウェネラビリスによるラテン語訳である。1698年にイタリア人ルドヴィコ・マラッチ(1612-1700)が新しい翻訳を出版した後は、日本語を含む近代語にも訳されている。

最も広く読まれている英訳クルアーンは、アブドッラー・ユースフ・アリー(Abdullah Yusuf Ali)訳である。そしてそれに次ぐのが、英国人ムスリム初のクルアーン訳である、マルマデュケ・ピクタール(Marmaduke Pickthall)訳である。ユースフ・アリー訳は一般的に言って容認されるレベルのものだが、脚注内の記述には一般的なムスリムには受け入れがたいものも含まれているという。

クルアーンの章と節の区分

統一された区分はないが、主にフリューゲル(Flügel)版(1834年)と カイロ(Caior年)版(1925)に基づいている。フリューゲル版は、19世紀ドイツの東洋学者グスタフ・フリューゲル(Gustav Leberecht Flügel)が校訂したものである。一方、カイロ版は、エジプト政府が1924年7月10日(イスラム暦1342年12月7日)に発表したものである。
当サイトで引用する『日本ムスリム協会発行 日亜対訳・注解 聖クルアーン(第6刷)』はカイロ版に基づいており、したがって当サイトでの章節の区分もカイロ版に準拠する。

クルアーンの表紙

クルアーンの表紙に書かれることの多いこの文字装飾は、"القران الكريم (al-quran al-karim)"であり、「聖なるクルアーン(The Holy Quran)」の意味である。

また、クルアーンの表紙やイスラム圏の国旗は緑色であることが多い。これはクルアーン18:31に、次のように天国の住人の服が「美しい緑色の絹の長い衣」であるとの記述があるためである。

クルアーン18(洞窟):30-31
信仰して善行に動しむ者には、本当にわれは、(唯)一つの善事にも、必ず報奨を空しくしない。
これらの者にはアドン(エデン)の園があろう。川が下を流れ、そこで黄金の腕輪で身を飾り、美しい緑色の絹の長い衣や、厚い錦を装い、高座にゆったりと身を託す。何と幸福な恵み。何とよい臥所よ。

人物の名称

聖書とコーランは登場人物は基本的に同じだが、名称が異なる。
アラビア語名 聖書での名前
預言者アーダム(Adam) アダム(Adam)
預言者イドリース(ʼIdrīs, إِدْرِيس) ※エノク(Enoch)
預言者ヌーフ(Nūh) ノア(Noah)
預言者サーリフ(Saleh) ※シェラ(Shelah,創10:13)
預言者フード(Hūd) ※エベル(Eber,創10:24)
預言者イブラーヒーム(Ibrāhīm) アブラハム(Abraham)
預言者イスマーイール(ʾIsmāʿīl) イシュマエル(Ishmael)
預言者イスハーク(Isḥāq) イサク(Issac)
預言者ルート(Lūt) ロト(Lot)
預言者ヤアコーブ(Ya‘qūb) ヤコブ(Jacob)
預言者ユスーフ(Yusuf, يوسف) ヨセフ(Joseph)
預言者アイユーブ(Ayyūb, أيّوب) ヨブ(Job)
預言者ムーサー(Mūsā) モーセ(Moses)
預言者ハールーン(Hārūn) アロン(Aaron)
フィルアウン(Fir'awn) ファラオ(Pharaoh)
預言者シュアイブ(Shu-ayb) ※エトロ(Jethro, 出3-4章,18章)
預言者ダーウード(Dāwūd, داود) ダビデ(David)
預言者スライマーン(Sulaymān, سليمان) ソロモン(Solomon)
預言者イルヤース(Ilyās) エリヤ(Elijah)
預言者アル・ヤサア(Al-Yasaʿ) エリシャ(Elisha)
預言者ユーヌス(Yūnus) ヨナ(Yonah)
預言者ズ・ル・キフル(Dhū 'l-Kifl) ※エゼキエル(Ezekiel)
預言者ザカリーヤー(Zakariyyā, يحيى بن) ザカリア(Zechariah)
預言者ヤヒヤー(Yaḥyā, نَـبِي‎‎) 洗礼者ヨハネ(John)
マリヤム(Mariam, مريم) 聖母マリア(Mary)
預言者イーサー(`Īsā, عيسى‎) 神の子イエス(Jesus)
シャイターン(Shayṭān)/イブリース(Iblīs) サタン(Satan)/ルシファー(Lucifer)
ヤァジュージュとマァジュージュ ゴグとマゴグ

クルアーンに独自の単語/逸話

ジン

ジン(アラビア語: جن‎, ラテン文字転写: jinn)とは、アラブ世界で人にあらざる存在であり、なおかつ人のように思考力をもつとみなされる存在、すなわち精霊や妖怪、魔人など一群の超自然的な生き物の総称である。
イスラーム以前からいわば俗信としてアラブ人に信じられてきたが、イスラム以降、クルアーンがその存在を否定せずに認めているため、神学などで盛んに論じられるようになった。

イスラム教が成立するより前、ジャーヒリーヤ(無明時代)と呼ばれた頃には、ジンは神々またはそれに準じる存在としてアラブ人によって崇拝されていた。やがて成立した、唯一神教であるイスラーム教でも、ジンの存在を完全には無視できなかった。クルアーンもその存在を認めており、アル・ジンという表題のスーラ(章)があるほどである。ジンにはグール、グーラ、イフリート、マーリドなどがいる。

クルアーンに拠る公認教義では、ジンは人間と天使の間に位置する被造物とされる。古典イスラム法でもジンの位置づけを定めているが、ジンが人間と結婚する事についても論考されている。アッラーフが土からアーダム (آدم‎) を作る2000年も前に、煙の出ない火、またはサハラ砂漠を越えて吹く熱風「シムーン」から作られたとされる。ジンにもムスリムと非ムスリムがあり、非ムスリムのジンはサタンの一軍を成しているという考え方もある。

エジプトでは、アラー(アッラーフ)の名を唱えることで、悪をなすジンを退散できると信じられていた。また、砂漠の夜空に流星が光るのはアラーがジンを攻撃しているためだとされていた。

預言者サーリフとヒジュル(岩場)のサムード族

サムード(Thamud)は、古代のアラブ民族である。偶像崇拝をしていた。
預言者サーリフが同胞であるサムード族を訪れた時、偶像崇拝をやめて真の神を信じるように言ったが、サムード族はサーリフに対し奇跡を見せるよう要求した。サーリフがは「わたしの人びとよ、これはアッラーの雌ラクダで、あなたがたに対する一つの印である」と言うと、山の岩が割れ、そこから雌ラクダが現れた。サーリフはこの雌ラクダに危害を加えてはならないと忠告したが、これを見てもまだ神を信じなかったサムード族の一部の人たちが雌ラクダを殺してしまったため、サーリフがサムード族の元を離れてから3日後、神はサムード族を滅ぼした。サムード族の人々は、ヒジュル(岩場)に家を彫り込んでそこに暮らすことが安全だと考えていたが、一日で滅んでしまった。

アラビアの伝統によれば、マダイン・サーレハ(Mada'in Saleh)の遺跡はサムード族によって彫られたものだという。しかし考古学的には、ナバタイ人の墓の跡とされている。

預言者フードとアード族

アード(Ad、A'ad、アラビア語:عاد)は、南アラビアに居住していた、古代のアラブ民族である。
アード族のシャッダード王が天国の都市を地表に再現するため、砂漠の中に何百年もの長い年月をかけて、数多くの宝石を使い豪華絢爛な住居や宮殿などが作られた。たくさんの円柱を持つ豪華な宮殿があったことに由来して、「円柱のイラム」と呼ばれていた都市である。この場所は土地が豊かで、樹木や果実がたくさん茂り、イラムの人たちは豊かで満ち足りた生活をしていたが、アードの民は、偶像を崇拝し、死後は身体は塵となり風によって吹き飛ばされると信じていた。しかし、預言者フードが遣わされそのことを咎めると、アードの民はフードを狂人だと非難し始めた。そしてある日、暴風が吹き溢れ、暴風は豊穣な土地だった地域全体が砂漠の中の埋もれた廃墟となるまで続いた。預言者フードの警告を無視したアード族は滅び、フードと彼の追従者の小さな集まりだけが助かったという。

所在地は不明であるが、4つの説がある。
アレクサンドリア説:円柱の立ち並ぶ様子がアレクサンドリアの大灯台とポンペイの柱を彷彿とさせ、さらに、これら建造物は道標にもなっていたと思われる。そしてAl-Qurtubi(1214-1273)は、石碑にはシャッダード王がこの円柱を制作したと言うことが書かれていたとしていている。マスウーディー(896-956)は、エジプトを侵略した後に新しい都を建設するための候補地を探していたアレクサンドロス3世が候補地探しの過程で、大理石で作製された柱を多く持ち、前述した内容が彫られた大きな柱が中心にある遺跡を発見したと、『アレクサンドリア情報』の冒頭部に記している。これらが都市の所在地をアレクサンドリアに求める説と根拠でありコーランの註釈家ザマフシャリー(1074-1144)などが唱えている。
ダマスカス説:ダマスカスが今の状態になる前に、アード族がその地に列柱を持つ都市を創設して、その後都市は破壊や再建を重ねて行き現在のダマスカスに成長していったというもの。さらに、ヤークートの地理学事典のiramのページには、ダマスカスの別名か古名にaramかiramが使われていた、との記述ある。
アデン近郊説:イエメンの都市アデン近郊にある「シバの女王の水瓶」という大きな貯水地施設とイラムとの間に関連性を求めるものである。
ハドラマウト説:イエメンのハドラマウト砂漠に所在地を求める説だが、神に逆らって町が滅ぼされたあとに、その砂漠にはイラムがあったために、HaDramawt(ハドラマウト)、つまり「一度そこに行ったら出られなくなって死ぬ」の意がつけられたという。

預言者シュアイブと森の人々(マドヤン族)

預言者シュアイブはサウジ・アラビア北西部のマドヤン(ミディアン)の町に現れ、その住民である「森の人々」に対して、主が伝えたように道徳的な生活をするよう説教をしたが、森の人々はシュアイブを嘘つきであると言ったため、神によって一日にして滅ぼされたという。

トッバウの民

トッバウ(Tubba')は、サバア王国(BC1200~BC800-BC275)とヒムヤル王国(BC110-AD525)の支配者に言及する際に使われており、両王国の住民のことを意味すると思われる。預言者の警告を無視したため滅ぼされたという。

ラッスの民

ラッスの住民は預言者の呼びかけを無視して反乱し、不服従であったために破滅した。詳細は不明である。

預言者ムハンマドとクライシュ族

クライシュ族(Quraysh)は4世紀頃からメッカ近郊を勢力圏として遊牧および交易を行っていたアラブ人の部族であり、イスラム教の創始者である預言者ムハンマドの出身部族として知られている。その一方でクライシュ族はムハンマドの布教活動を迫害し続けたイスラームの敵対者でもあり、クルアーンの中にもクライシュ族はしばしば登場する。

構成

開端を除き、他の114章は文章の長さの順に並べられている。

  1. 開端(アル・ファーティハ)[主への祈り]
  2. 雌牛(アル・バカラ)
  3. イムラーン家(アーリ・イムラーン)
  4. 婦人(アン・ニサーア)
  5. 食卓(アル・マーイダ)
  6. 家畜(アル・アンアーム)
  7. 高壁(アル・アアラーフ)
  8. 戦利品(アル・アンファール)
  9. 悔悟(アッ・タウバ)
  10. ユーヌス
  11. フード
  12. ユースフ
  13. 雷電(アッ・ラアド)
  14. イブラーヒーム
  15. アル・ヒジュル [星座の制定、人類とジンの創造、天使イブリースの反乱、地獄と楽園、預言者イブラーヒームと預言者ルートを訪問した天使たち、森の仲間(シュアイブ?)、ヒジュルの仲間(サーリフ?)]
  16. 蜜蜂(アン・ナフル)
  17. 夜の旅(アル・イスラー)[夜の旅、イスラエルへの2回の罰、復活の日、町の破壊、楽園と地獄、祈り方、主の英知、最後の審判、サムードの民、預言者ムーサーとフィルアウン]
  18. 洞窟(アル・カハフ)[神に子はいない、洞窟に隠れた青年たち、2人のブドウ園のたとえ、最後の審判、預言者ムーサー]
  19. マルヤム [預言者ザカリーヤーと預言者ヤヒヤー、マリヤムと預言者イーサー、預言者イブラーヒームと子イスハークとヤアコーブ、預言者ムーサーと兄ハールーン、預言者イスマーイール、預言者イドリース、預言者ヌーフ、アドン(エデン)の楽園、最後の審判、アラビア語で啓示した理由]
  20. ター・ハー [預言者ムーサーの物語〔兄ハールーンとフィルアウン、サーミリー(サマリア人)、金の仔牛〕、最後の審判、預言者アーダムの失楽園、最後の審判]
  21. 預言者(アル・アンビヤーゥ)[預言者を信じないものへの懲罰(最後の審判)、神に子はいない、天地創造、預言者ムーサーと兄ハールーン、預言者イブラーヒーム、預言者ルート、預言者イスハーク、預言者ヌーフ、預言者ダーウードとスライマーン、預言者アイユーブ、預言者イスマイールとイドリースとズ・ル・キフル、預言者ズン・ヌーン(ユーヌス)、預言者ザカリーヤーとヤヒヤー、マルヤムとその子(イーサー)、宗派批判、ヤァジュージュとマァジュージュ、最後の審判]
  22. 巡礼(アル・ハッジ)
  23. 信者たち(アル・ムウミヌーン)[女奴隷の扱い、天国、人間の創造と死と復活、預言者ヌーフ、他の世代と使徒、預言者ムーサ―と兄ハールーンとフィルアウン、アルヤムと子(イーサー)、宗派批判、贅沢で高慢な者への懲罰、最後の審判]
  24. 御光(アン・ヌール)
  25. 識別(アル・フルカーン)[神に子はいない、預言者を信じないものへの懲罰、最後の審判、預言者ムーサ―と兄ハールーン、預言者ヌーフ、アードとサムードとラッスの住民たち、天地創造]
  26. 詩人たち(アッ・シュアラーゥ)[預言者ムーサーとフィルアウン、預言者イブラーヒーム、預言者ヌーフ、預言者フードとアードの民、預言者サーリフとサムードの民、預言者ルート、預言者シュアイブと森の人々、アラビア語で啓示した理由]
  27. 蟻(アン・ナムル)[預言者ムーサーとフィルアウン、預言者ダーウード、預言者スマイラーンと蟻と鳥と女王、預言者サーリフとサムードの民、預言者ルート、天地創造、最後の審判]
  28. 物語(アル・カサス)
  29. 蜘蛛(アル・アンカブート)
  30. ビザンチン(アッ・ルーム)
  31. ルクマーン
  32. アッ・サジダ [天地創造、人間の創造、楽園と地獄、最後の審判]
  33. 部族連合(アル・アハザーブ)
  34. サバア
  35. 創造者(ファーティル)
  36. ヤー・スィーン [町の仲間の物語、最後の審判]
  37. 整列者(アッ・サーッファート)[最後の審判、楽園、地獄、預言者ヌーフ、預言者イブラーヒーム、預言者イスハーク、預言者ムーサーとハールーン、預言者イルヤース、預言者ルート、預言者ユーヌス、ジン]
  38. サード [預言者ムハンマド、預言者ダーウード、預言者スライマーン、預言者アイユーブ、預言者イブラーヒーウとイスハークとヤアコーブ、預言者イスマーイールとアル・ヤサアとズ・ル・キフル、楽園と地獄、イブリース]
  39. 集団(アッ・ズマル)
  40. ガーフィル
  41. フッスィラ [天地創造、アードとサムードの民、最後の審判、アラビア語で啓示した理由]
  42. 相談(アッ・シューラー)
  43. 金の装飾(アッ・ズフルフ) [アラビア語で啓示した理由、多神教徒への懲罰、預言者イブラーヒーム、シャイターン、預言者ムーサ―とフィルアウン、預言者イーサー、最後の審判、楽園、神に子はいない]
  44. 煙霧(アッ・ドハーン) [最後の審判、フィルアウンと預言者ムーサ―、メッカの偶像信者、楽園]
  45. 跪く時(アル・ジャーシヤ)[神を信じない者への懲罰、イスラエルの子孫への明証、クルアーンによる明証、最後の審判、]]
  46. 砂丘(アル・アハカーフ)
  47. ムハンマド
  48. 勝利(アル・ファトフ)
  49. 部屋(アル・フジュラート)
  50. カーフ [ヌーフ、ラッス、サムード、アード、フィルアウン、預言者ルート、森の仲間(シュアイブ?)、トッバウ、最後の審判、楽園、天地創造]
  51. 撒き散らすもの(アッ・ザーリヤート)[最後の審判、預言者イブラーヒーム、預言者ムーサーとフィルアウン、アード族、サムード族、預言者ヌーフ]
  52. 山(アッ・トール)[最後の審判]
  53. 星(アン・ナジュム)
  54. 月(アル・カマル)[最後の審判、預言者ヌーフ、アード族、サムード族、預言者ルート、フィルアウン、クライシュ族]
  55. 慈悲あまねく御方(アッ・ラハマーン)[天地創造、人間とジンの創造、最後の審判、4つの楽園]
  56. 出来事(アル・ワーキア)[最後の審判、楽園]
  57. 鉄(アル・ハディード)
  58. 抗弁する女(アル・ムジャーダラ)
  59. 集合(アル・ハシュル)
  60. 試問される女(アル・ムンタヒナ)
  61. 戦列(アッ・サッフ)
  62. 合同礼拝(アル・ジュムア)
  63. 偽信者たち(アル・ムナーフィクーン)
  64. 騙し合い(アル・タガーブン)
  65. 離婚(アッ・タラーク)
  66. 禁止(アッ・タハリーム)
  67. 大権(アル・ムルク)[七天(七つの天国)と地獄、最後の審判]
  68. 筆(アル・カラム)[奪われた果樹園のたとえ]
  69. 真実(アル・ハーッカ)[最後の審判]
  70. 階段(アル・マアーリジュ)[最後の審判]
  71. ヌーフ [預言者ヌーフ]
  72. 幽精(アル・ジン)[ジンたちの言葉、メッカの多神教徒への裁きの宣告]
  73. 衣を纏う者(アル・ムッザンミル)[出エジプト、最後の審判]
  74. 包る者(アル・ムッダッスィル)[最後の審判]
  75. 復活(アル・キヤーマ)[最後の審判]
  76. 人間(アル・インサーン)[受精、楽園]
  77. 送られるもの(アル・ムルサラート)[最後の審判]
  78. 消息(アン・ナバア)[最後の審判]
  79. 引き離すもの(アン・ナーズィアート)[預言者ムーサーの出エジプト、最後の審判]
  80. 眉をひそめて(アバサ)[人の創造、最後の審判]
  81. 包み隠す(アッ・タクウィール)[最後の審判]
  82. 裂ける(アル・インフィタール)[最後の審判]
  83. 量を減らす者(アル・ムタッフィフィーン)[最後の審判]
  84. 割れる(アル・インシカーク)[最後の審判]
  85. 星座(アル・ブルージュ)[最後の審判]
  86. 夜訪れるもの(アッ・ターリク)[最後の審判]
  87. 至高者(アル・アアラー)
  88. 圧倒的事態(アル・ガーシヤ)[最後の審判]
  89. 暁(アル・ファジュル)[喜捨、最後の審判]
  90. 町(アル・バラド)[喜捨]
  91. 太陽(アッ・シャムス)[預言者サーリフ]
  92. 夜(アッ・ライル)
  93. 朝(アッ・ドハー)[貧者への来世での恩恵]
  94. 胸を広げる(アッ・シャルフ)
  95. 無花果(アッ・ティーン)[人の創造]
  96. 凝血(アル・アラク)[人の創造]
  97. みいつ(アル・カドル)[クルアーンの光はすべてに優る]
  98. 明証(アル・バイイナ)
  99. 地震(アッ・ザルザラ)[最後の審判]
  100. 進撃する馬(アル・アーディヤート)
  101. 恐れ戦く(アル・カーリア)[最後の審判]
  102. 蓄積(アル・タカースル)[享楽者への業火]
  103. 時間(アル・アスル)[信仰のない者への喪失]
  104. 中傷者(アル・フマザ)[中傷する者への業火]
  105. 象(アル・フィール)[西暦570年頃の出来事]
  106. クライシュ族(クライシュ)[クライシュ族]
  107. 慈善(アル・マーウーン)[最期の審判を信じない者への災い]
  108. 潤沢(アル・カウサル)
  109. 不信者たち(アル・カーフィルーン)
  110. 援助(アン・ナスル)
  111. 棕櫚(アル・マサド)[アブー・ラハブ]
  112. 純正(アル・イフラース)
  113. 黎明(アル・ファラク)
  114. 人々(アン・ナース)

聖書とクルアーンの関係も参照されたい。

啓示された順番の復元

コーランは預言者ムハンマドが前半メッカにおいて後半メディナにおいて受けた神の啓示を預言者の死後一つの書にまとめたものであり、114の章のうち、第1章を除いて、第2章以下は文章の長い章が先に短い章が後に置かれている。コーラン114章それぞれの初めには啓示された場所メッカかメディナかが記されているので啓示時期は大雑把に分かる。(文章の長い章にはメッカ啓示とメディナ啓示が混ざっている場合もある)

メッカ啓示の中で初期中期後期と分け更にメディナ啓示の中で初期中期後期と分け114章全ての啓示順を明らかにしようとする研究が為されてきた。ここでは、ムーア(※調べたが、詳細不明。)とネルデケ(Theodor Nöldeke)によってコーラン114章を年代順啓示順に並び変えた表を示す。なお、研究者によってかなり違いがあるが、ネルデケの啓示順を支持する研究者が多い。

クルアーンに対するキリスト教側の立場

ダマスコスのヨアンネス (Johannes Damascenus c.675-c.750)

ヨアンネスは、イスラームを偽預言者マメド(ムハンマド)が捏造したキリスト教内部の異端の一つと見なす。そして、イスラームが神の言葉と信じるクルアーンを、旧約・新約聖書およびアレイオス派(アリウス派)の異端の知識に、彼自身の「馬鹿げた創作」を加えた書物であると断じる。

「ハガル派・イシュマエル派の異端」より
またイシュマエル派の異端もあるが、これは今日まではびこり、人々を誤謬のうちに捕らえており、アンチ・キリストの先駆者である。彼らは、ハガルがアブラハムに生んだイシュマエルの子孫であり、そのため、ハガル派ともイシュマエル派とも呼ばれる。また彼らはサラセン人とも呼ばれる。これは「サラによる窮乏」(Sarras kenoi)に由来する。というのも、ハガルが天使に「サラが私を窮乏へと追いやったからです」(創世記16章8節)と言ったからである。この者たちは、偶像崇拝者で、明けの明星つまりアフロディテを崇拝していたが、これは彼ら自身の言葉ではカバル(Khabar)―─偉大なという意味─―と呼ばれていた。下って皇帝ヘラクレイオス(在位610-41年)の時代になると、彼らは並外れた偶像崇拝者になった。
この時代から今日に至るまでに、彼らの間にマメド(Mamed)という名の偽預言者が登場した。この男は、偶然に旧約・
新約聖書などを知った後、アレイオス派の修道士と親しくなり、彼自身の異端を捏造した。そして彼は、敬虔を装って民衆にとりいり、ある書物が彼のもとに天から下ったと言いふらした。彼は、この書物の中に馬鹿げた創作を書き記し、崇拝の対象として民衆に与えたのである。

ペトルス・ウェネラビリス (Petrus Venerabilis 1092/94-1156)

ペトルス・ウェネラビリスは初めてクルアーンを翻訳し、ラテン語訳クルアーンを書いた人物である。彼も、コーランがネストリオス派の異端的な聖書解釈とユダヤ教の作り話を満載した、ムハンマドによって捏造された書物であると考える。

『サラセン人の異端大要』より
(異端の修道士)セルギウスは、われわれの救い主が神であることを否定した彼の師ネストリオスの解釈に従い,あるいは自己流の理解によって、マフメット(Mahumet)に旧約聖書と新約聖書を説明し、同時に外典の作り話を
たっぷりと教え込み、彼をネストリオス派のキリスト教徒に仕立て上げた。

この『サラセン人の異端大要』の中でペトルスは、イスラームがキリスト教の異端ではなく、「不信仰者」「異教徒」、つまり異なる宗教ではないのか、という疑念を表明している。
彼ら(サラセン人)は、私たちと同じことを信じているところもあるが、多くの点で私たちとは一致しないことから、私はこの者たちを異端者(haeretici)と呼んでいるけれども、むしろもっと強く、不信仰者(pagani)、異教徒(ethnici)と呼ぶほうが適切かもしれない。というのも、彼らは、真の神について幾らかは語るけれども、多くの誤ったことも述べ、また洗礼、聖餐、告解、つまりキリスト教の秘跡を共有することもなく、こうしたことは、この異端以外にはなかったことだからである。

ニコラウス・クザーヌス (Nicolaus Cusanus 1401-64)

15世紀ドイツの哲学者・神学者、教会改革者である枢機卿ニコラウス・クザーヌスは晩年に『コーランの精査』を著している。

1453年、トルコの攻撃によってコンスタンティノープルが陥落する。ビザンツ帝国が滅亡するのである。この直後、クザーヌスは諸宗教の対話を目指す『信仰の平和』を執筆し、また友人のセコビアのフアンに宛てた書簡で「私たちは、彼ら(ムスリム)の間で権威をもっているあの書物(コーラン)を、私たちにとって意味のあるものとすることに絶えず努めなければならない。なぜならば、私たちは、その中に私たちにとって役立つ箇所を見いだすのであり、また私たちの立場と矛盾する他の箇所は、前者(役立つ箇所)を用いて説明できるからだ」と述べ,コーランの研究の必要性を提案する。この計画は、彼の晩年(1460/61年)に実現する。それが『コーランの精査』である。本書の意図は、コーランをいわば、ふるいにかける(cribrare)ことにより、そこから聖書の真理(福音)と一致する要素を取り出すことであり、その意味でイスラームとの対話の糸口を見いだそうとする試みではある。
しかしながら、クザーヌスも、コーランを、旧約・新約聖書の内容も含みながら、異端的な思想を盛り込んだ書物であるとし、しかも、その真の作者は、ムハンマドでも、それを編纂した彼の後継者でもなく、「この世の神」つまり悪魔であると断じている。

それゆえ、真の神とは異なる者がその(コーランの)著者ということになる。それは「この世の神」(コリントの信徒への手紙二・4章4節)以外ではありえない。…この神は,ウェヌスを拝む偶像崇拝者であり、この世のすべてのものを欲するマフメットゥス(Mahumetus)が自分の目的のために最適であることを知ると、彼の天使たちの一人で、光の姿をとり、おそらくガブリエルと名乗った天使によって、まずマフメットゥス、ついで彼の後継者たちを介して虚偽に満ちたコーランを編集した。さらに彼は、このために適切な助言者として異端キリスト教徒と邪悪なユダヤ人をマフメットゥスに結びつけた。彼ら
は、ネストリオス派のセルギウスとヤコブ派のバヘイラ、ユダヤ人フィニエス、そして後にアブダラと呼ばれる、名をサロンというアブディアだった。これらはアラブ人たちの下で信頼されている歴史が語ることである。さらに、コーランには、律法と福音書、預言者アブラハム、モーセ、特に処女マリアの子イエス・キリストを賞賛する多くの証言が含まれているように見えるにもかかわらず、真のまた救いの目的に矛盾することもすべて伴っているので、…むしろ欺くために、これらの賞賛が挿入されたと思われる。

外部リンク


坂本健一訳(大正時代)


三田了一訳(日本ムスリム協会発行)

最終更新:2018年01月27日 15:25