聖書の言語

聖書の言語は、ヘブライ語、アラム語、ギリシャ語の3つの言語で書かれている。
よく誤解されるが、聖書はラテン語で書かれたわけではない。ただし、外典にはラテン語で書かれたものも一部ある(後述)。
なお、イスラム教の正典クルアーンは、神(アッラー)がアラブ人に対し、アラビア語でもたらした「詠唱すべきもの(クルアーン)」とされている。

旧約聖書

旧約聖書は原則的にヘブライ語で記されている。しかし、ごくわずかの部分はアラム語である。

イスラエル民族はカナンの地(パレスチナ)に定着してからヘブライ語を使用したが、後にアラム語が使われるようになった。このアラム語はアッシリア、バビロニア、ペルシアで用いられていた。エズラ記のアラム語部分はペルシア王との間に交わされた手紙であるが民衆は理解できなかったことを示す記録が列王記18:26にある。

アラム語は次第にイスラエルに浸透するが、バビロニア捕囚はそれに大きな役割を果たしたと考えられる。ギリシア支配時代以降ヘブライ語は聖書その他の宗教文書に用いられ、一般にはアラム語が日常化していった。

文章として挿入された確実なアラム語

  • エレミヤ書10:11…この一節のみアラム語である。
  • ダニエル書2:4b–7:28…ダニエルとその仲間に関する5個の逸話がアラム語で書かれている。
  • エズラ書4:8–6:18&7:12–26…質問への返答書がアラム語で書かれている。

単語として挿入された確実なアラム語

  • 創世記31:47…יגר שהדותא (Jegar-Sahadutha[エガル・サハドタ], 証しの小山) ここではラバンの言葉として用いられている。

文章として挿入された不確実なアラム語

  • ヨブ記36:2a…この部分はアラム語の可能性があるという。

単語として挿入された不確実なアラム語

  • 創世記15:1…במחזה (ba-maħaze, 幻の中で) ヘブライ語では במראה (ba-mar’e) となることから、この単語はアラム語の可能性がある。
  • 民数記23:10…רבע (rôḇa‘, 群体[stock] または 四分の一) この単語はアラム語の「塵」を意味している可能性がある。
  • 詩編2:12…בר (bar) この単語はキリスト教ではアラム語の単語「息子」で訳される場合があり、נשקו-בר (nashəqū-bar)という言い回しでは「子に口づけせよ」となる。しかしユダヤ教ではヘブライ語の בר (純潔) と翻訳されることから、この部分では「純潔を抱擁せよ」となる。


旧約聖書第二正典

ヘレニズム文化の中心はエジプトのアレクサンドリアであったが、この地で翻訳された旧約聖書のギリシア語訳はコイネー・ギリシャ語であった。このギリシア語はヘレニズム時代に地中海世界で共通語となったコイネーと呼ばれるギリシア語で、古典ギリシア語とは異なるものである。ヘブライ語が読めなくなっていた各地のユダヤ人のためにヘブライ語からコイネーに訳されたのがセプトゥアギンタ(LXX,七十人訳)であり、新約聖書に引用されている旧約聖書はこの七十人訳によっている。

中でも旧約聖書外典は、七十人訳聖書には含まれているがマソラ本文には含まれていない書物である。そのうち、カトリックや正教会では正典として扱われるものを第二正典と呼ぶ。前述したようにギリシャ語で記されているが、オリジナルの言語は以下にように推定されている。

ヘブライ語原典が見つかっているもの


ヘブライ語から訳されたと推定されるもの


アラム語から訳されたと推定されるもの


ギリシャ語で書かれたと推定されるもの


なお、七十人訳には含まれておらず、いずれの宗派からも正典とはみなされていないが、ヴルガータに収録されるエズラ記(ラテン語)は、3-14章(第4エズラ記)がギリシャ語で書かれた後にラテン語に訳され、1-2章(第5エズラ記)および15-16章(第6エズラ記)は元々ラテン語で書かれたと考えられている。


新約聖書

新約聖書はギリシア語で記された。使徒たちによってキリスト教が伝えられていったのは、このコイネー・ギリシャ語の世界であったので、新約聖書はコイネー・ギリシア語で記されたのである。

しかし、イエス時代のパレスチナではアラム語が用いられていた。福音書記者はイエスの語られた言葉の中に、ごく少数ではあるがギリシャ語と並行して、イエスの言葉としてアラム語を保存している。また、パウロも書簡の一部でアラム語を用いている。

文章として挿入されたアラム語

Ταλιθὰ κούμ [κοῦμι]/Talitha kum [kumi]
(טליתא קומי or טלתא קומי)
〔タリタ・クム, 娘よ、起きなさい〕(マルコ5:41)

Ἐφφαθά/Ephphatha
(אתפתח or אפתח)
〔エッファタ, 開け〕(マルコ7:34)

Ἠλί, Ἠλί, λιμὰ σαβαχθανί/Eli, Eli, lema sabachthani
(אלי אלי למה סואחטאני)
〔エリ・エリ・レマ・サバクタニ, 神よ、神よ、なぜ私をお見捨てになったですか〕(マルコ15:34)(マタイ27:46)

Ἀββά[ς]/Abba
(אבא)
〔アッバ, 父よ〕(マルコ14:36、ローマ8:15、ガラテヤ4:6)

Ραββουνί/Rabbuni
(רבוני)
〔ラボニ, 先生〕(ヨハネ20:16)

Μαραναθά/Maranatha
(מרנא תא)
〔マラナ・タ, 我らの主よ、来たまえ〕(1コリント16:22)

単語として挿入されたアラム語

  • Κορβάν/Korban(קרבנא)〔コルバン, 神への供え物/神殿の収入〕(マルコ7:11、マタイ27:6)
  • Ὡσαννά/Hosanna(הושע נא)〔ホサナ, どうか救ってください〕(マルコ11:9、マタイ21:9&15、ヨハネ12:13)
  • Ρακά/Raca(ריקא or ריקה)〔ラカ, ばか〕 (マタイ5:22)
  • Μαμωνάς/Mammon(ממון)〔マンモン, 富〕(マタイ6:24)
  • Σίκερα/Sikera〔シケラ, 恐らくヤシの実から作られた酒の名前〕(ルカ1:15)

ギリシャ語だがアラム語を前提に考える用語

  • Ἰῶτα ἓν ἢ μία κεραία/one iota or one point〔イオタ、(ギリシャ文字のイオタ"ι"ではなく、ヘブライ文字のヨッド"י"を想定し)このような一点に過ぎない小さい文字や、あるいは一画までも〕(マタイ5:18)

アラム語の表現を残すもの

主の祈りは元々はアラム語だったと推測されており、アラム語による復元版も作られている。

最終更新:2020年10月04日 15:45