「問おう――――」
現代における『聖杯戦争譚』という名の騎士物語は、騎士が己の仕えるべき主を見定める所から始まる。
これがサーヴァントとマスターの契約が結ばれる、彼らの聖杯戦争の狼煙である。
英霊の座から呼び出されたサーヴァントは、魔術式から現界して、マスターの姿を初めて前にする。
このサーヴァントも長い眠りから覚めたように目を開けると、――初めに、この問いかけを突き付けた。
「――――貴方が私のマスターか」
顎髭を蓄え、毅然とした表情が、鋼鉄の鎧の中から微かに覗いた。
その眼差しは、『遠坂凛』を見つめていた。
凛も、その視線に返すように、即座にその男の外観を捉えた。
年齢は中年ほどであるように見える――彼のもっともサーヴァントたる姿がこの頃であるらしい。
戦士として脂の乗った頃合いが、この少々老け込んだ時代だったのだろうか。
そのサーヴァントの面持ちに、遠坂凛は、かつて自身がイメージしていた中世騎士の姿を思い出した。
――時刻は確かに、二時だった。
これは、意図して聖杯戦争に参戦したかつてと違って全くの偶然によるものだが、凛の魔力が最も高まるのはこの時刻なので、丁度良い頃合いだ。
作為的に自分の魔力が高まる時間を狙った時よりも、全くの偶然の時の方がコンディションが良いというのも奇妙な話だが、結果オーライという所だろう。
「……ええ。私は遠坂凛――貴方を呼んだのは私よ」
その為、今度こそ、『セイバー』を引いていてもおかしくはない筈――かに思われたが、サーヴァントはその手に長い槍を構えていた。
そこから察するに、彼は『セイバー』ではなく、『ランサー』のクラスであろうか。
念の為に、しっかりと彼に訊いて再確認もしておく。
「そう言うあなたは、ランサー――でいいのかしら……?」
そう凛が問うと――彼は、深く頷いた。
「――うむ、その通り。
我がクラスはランサーである。
その証は、この長く鋭い名槍で充分であろう」
ああ、やはり、その英霊に与えられたクラスは、槍使いの『ランサー』であるらしい。
と、なると――どうやら三大騎士クラスのうちの一つを手元に預かる形になったようだ。
本来ならセイバー、次点でアーチャーが好ましい所だったが、比較的使いやすいサーヴァントを引いたのでこれ以上の贅沢も言えまい。
……だいたい、こんな事前準備もろくにない予定外の聖杯戦争なのだ。
触媒らしきものもまったく準備していない現状、どんな貧乏くじを引いてもおかしくない状態である。
比較的マシな物が引けただけありがたく思っておこう。
いずれにせよ、今回は本格的に聖杯を得ようと言う心意気はない。
「で、私の方は何を以て、貴方のマスターだと証明すれば良いのかしら」
過去の聖杯戦争の反省から、凛は自身がマスターたる証拠と矜持をしっかり提示しようとした。
どこかの誰かは、始めに凛のマスターとしての価値を問うた覚えがある。
令呪という形式上の主従関係だけでは納得してくれないのが、この偏屈なサーヴァント連中だ。
だから、こいつも同じじゃないだろうな、と呆れ半分に凛は訊いてみたのだ。
……が。
「……いや結構。
右手の令呪に、ドゥルシネーアの次に美しいその美貌、仕えるべき相手としての条件は充分に整っている!」
何やらその「どこかの誰か」とは違い、凛がマスターだとあっさり納得してくれるらしい。
尤も、なんだかその理由が珍妙で、褒められているのにあまり嬉しくないように感じるところでもある。
ドゥルシネーアという名前をどこかで聞いた事があるような、ないような……このサーヴァントの正体を知る手がかりであるのは間違いなさそうだ。
「あー、そう……。えっと……」
……さて、自らが召喚したサーヴァントの正体は、何なのだろう。
いきなりだが、凛にはこれが気になった。
つまるところ、このサーヴァントの真名は何で、如何なる逸話を持っているのかという点だ。
ランサーの口調は毅然としているものの、何だか、よく見ていると異様な胡散臭さが醸し出されている。
顔だけは少々厳ついが、反面で鎧に包まれている体は華奢でどこか頼りない。
これまた過去に見た事があるランサーのように、長い槍を軽々扱うような柔軟性もこの外観からは感じられなかった。
本当にこの体に、サーヴァントらしい剛腕が詰め込まれているのだろうか?
しかし、現実にサーヴァントとして彼はここにいるのだ。
何というか、本当の強者というよりも、どこか強者としての威厳を取り繕っている、別の人間であるかのような……。
……いやいや、それは気のせいだと思いたい。
凛がそれを悟れないだけで、彼は真の強者なのだと。
しかし、見れば見るほどに、以前の聖杯戦争で会ったサーヴァントたちとは――何かが違う。
(気のせいかしら……なんだか、この態度以外は英霊然としていないっていうか……なんか、変人?)
まあ、技量はまだ不明瞭であると言わざるを得ないが、やはりなんだか疑わしい。
始めはアーサー王的な何かが呼ばれたのだろうと思ったものの、以前の聖杯戦争で見かけた英霊特有の超然とした感じがあまり見られなかった。
勿論、今回は意図して召喚した訳ではないので、真名周りが全く絞れず、マスターとしても少々困惑しているところである。
再び聖杯戦争に参じる事になってしまった自分の、背中を預けなければならない相棒が、やはりそれなりの誉れ高き強者である事を疑いたくはない。
しかし、どうしても気になる。
たとえば――
「…………ねえ、まず一つ訊いていい?
ランサー……。なんか、その鎧、ボロくない……?」
――こうして改めて見ると、鎧と言い、槍と言い、あまり光沢がなかった。
というか、ところどころ錆びていて、かつてセイバーが纏っていた鎧のような、重たいオーラはまるで感じないのである。
言ってみれば、なんだか全てが安っぽい。
有名企業の作った街で見かける炭酸飲料パッケージと、田舎の自動販売機で見かける炭酸飲料パッケージとがまるで違うように、それは誰が目にしても一瞬でランクの違いを感じさせる本質的なセンスの差があった。
だが、それも飲むまではまだ味の差はわからない。
凛はまだ、もう少し信じた。
これだけの魔力を持つマスターが呼んだのだから、もっとサーヴァントとして使いようのある英霊が来てくれてもおかしくはないはずだ。
――すると、ランサーは答えた。
「フッ……良い所に目を付けたな、マスターよ!」
「……はい?」
「この鎧も私が歴戦の勇者たる証である!
多くの敵と戦い、多くの不正を正してきたのだ。
ゆえに、こうして鎧は傷み、槍は錆びていったのである。
しかし、それでも折れぬ魂――これが我が最大の誇りにして武具なり!!!!!」
「いや、魂だけで戦われても困るんですけど……」
「――はっはっはっ! そう心配するな、我がマスターよ!
我は騎士! 怪物を屠り、人を助け、正義を貫いてきた英雄よ!
そう――これが噂の、これが噂の……理想を目指す、さすらいの挑戦者!」
「――」
「何を隠そう、この清き魂で戦ってきた信頼と実績の持ち主――」
と、ランサーが前口上を置き始めると、どこからかドラムロールのような音が鳴り始めた。
もしかすると、これは凛の頭の中だけで聞こえているのかもしれない。
ジャカジャカジャカジャカ……と音がし始めたような空気。
何か少し溜めた後で、ランサーは決めポーズを取りながら、したり顔で名乗った。
「――そう、ラ・マンチャのドン……! ――――キホーーーーーーーーテとは私の事である!!!!!」
…………それを訊いて、少しだけ、凛が唖然として時間が止まった。
ドン……キホーーーーーーーーテ。
ドン・キホーーーーーーーーテ。
ドン・キホーテ。
そうだ、この名前ならば聞いた事がある。
「ドン・キホーテェェェェェェェェェェェェ!?」
ドン・キホーテ。
それは、どこかの国の創作上に出てくる、「騎士道物語に憧れて騎士のふりをするおっさん」の事である。凛も、なんとなくあらすじくらいは知っている。
最近は、どちらかというとその創作よりか、なんでも揃うお店のイメージが強いが、凛の知ったところでは「お店」は英霊になれない筈だ。
しかし、彼も創作上の人物だ。英霊たる資格があるのか否か、凛からしてもグレーゾーンである。
「小説の人物じゃないの!? 英霊ってそんなのアリ!?
……っていうか、百歩譲って実在してたとしても、自分をヒーローだと思い込んでいたただの妄想癖のおじさんじゃない!!」
「はっはっはっ! マスター、大事な事を忘れてはならないのである。
私は、『英霊の座』から来た英霊。つまり、私は英雄として認められた一人の騎士である。
まあ、英雄と呼ばれるほど大それた事をした覚えはないが――いやはや、はっはっはっ!」
「いやはやはっはっはっじゃないわよ!
アンタ多分、本当に大した事してないわよっ!?」
「うむ! 確かにその通りである。
今日までの私は大した活躍などしていないかもしれない。
――だが、我が伝説は常に未来に綴られる物なり!
私にとって、過去の伝説などは、小さな物語。
真の英雄とは、これから未来の伝説を作っていくものなのである!! はっはっはっはっはっ!!」
びっくりするほど話が通じない。
底抜けにポジティブで、凛の言葉が一切入って来ないかのような物言いである。
本人は大満足で、高笑いをしている。困惑している凛の表情が視えないのだろうか。
「撤回撤回撤回! やり直しやり直しやり直し!
認めないわ! こんな聖杯戦争――」
堪え切れずに、凛が叫んだ「認められない」という言葉は――
「はーーーーーっはっはっはっはっはっはっ!!!!!
この私が応じたからには、いかなるマスターももう安心だ!!!!!
はっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!!」
――全て、ランサーの笑い声にかき消されていった。
ある意味、誰にも負けない(というか負けたと本人が思わない)ような最強の騎士であり――、詠唱の狂化の一説を加えればよかったと思えるくらい最狂のヒトであり――、まともなマスターにとって最凶なサーヴァント。
それが、このランサー――ドン・キホーテなのである。
【CLASS】
ランサー
【真名】
アロンソ・キハーノ(ドン・キホーテ)@『ドン・キホーテ』
【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運EX 宝具EX
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
対魔力:E
魔術の無効化は出来ない。
ダメージ数値を多少削減する。
【保有スキル】
騎乗:D
乗り物を乗りこなす能力。
一般人でも乗りこなせるような動物や乗り物に限り騎乗できる。
精神汚染:D
精神が錯乱しているため、他の精神干渉系魔術をシャットアウトできる。
ドン・キホーテの場合は、意思疎通が出来なくなる場面は限られており、「騎士」としてのスイッチが入ってしまった時のみである。
その時、極度の妄想に取りつかれて、自分を物語の主人公であるかのように思い込み、実力不相応な戦いを挑もうとしてしまう。
また、他の精神汚染と異なり、残虐行為に対してはむしろ強い抵抗心や怒りを燃やす、「騎士」への憧れによる精神汚染。
栄光の騎士:A+
騎士道を歩む挑戦者の強固な意志。
あらゆる猛攻を受け、あらゆる理不尽に出会い、あらゆる精神攻撃を受けても決して折れない心を持つ。
人の話を聞かない、現状を理解しない、重度の妄想癖とも呼ぶ。
また、このスキルのお陰で耐久値の限界を超える攻撃を受けても幸運値の判定がかかって、何故か高い確率での生存が可能となる。
【宝具】
『騎士の道を疾駆せよ、誉れ高き我が愛馬!(ロシナンテ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1~2人
ただのくだびれたロバ。
ランサーはこのロバを召喚する事で、長距離を歩いていても疲れにくくなる。
旅の相棒の一つであり、共に長き日々を歩み続けた相棒。
もう一つの宝具の上では、その能力もただのロバではなく、真の名馬へと変わる。
『理想の中の騎士伝説(ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)』
ランク:EX 種別:結界宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:∞
ランサーの固有結界。厳密には、彼の発動した結界が内包した『現実世界』を、ランサーの『妄想世界』へと改変する宝具。
この宝具が発動されている間は、周囲の景色と形のみが全て、ランサーの目に視えている世界へと変わっていく。
つまり、「ランサーの視界・脳内風景を共有する」形になり、空間に招かれた全ての存在は中世の騎士道物語を再現した空間に困惑を隠しきれなくなる。
また、この結界が発動されている内では、ランサーの能力もまた、ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャという妄想の中の騎士と同レベルになり、サーヴァントと拮抗しうるレベルにまでパラメーターを上昇させる事が可能。
ただし、ランサー及びその宝具・スキル・装備のみが現実と大きく異なるレベルに上昇するのに対し、敵のサーヴァントや周囲の物体は「形」だけを変えて「実力」「思考」などは一切変更されない。
この宝具による効果で敵のサーヴァントを一方的に屠れるレベルにまで自身の能力を上昇させる事も物理的には可能であるが、ランサーの美学の上でそれが行われない。
【weapon】
『騎士の道を疾駆せよ、誉れ高き我が愛馬!(ロシナンテ)』
『無銘・ボロい槍』
単なる古い槍。名槍と呼ぶにはあまりにも弱い。
また、ランサー自身は別に槍の名手でもない。
風車と戦った逸話が存在する。
『無銘・ボロい鎧』
単なる古い鎧。ろくに使えない。
【人物背景】
1605年、スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスが記した小説『ドン・キホーテ』の主人公――あるいは、彼のモデル、あるいは、彼の作者、あるいは、彼と似通った妄想に駆り立てられている人間。
小説内のドン・キホーテは、田舎の村に住んでいる郷土であるが、騎士道物語を読み過ぎた結果、現実と物語の区別がつかなくなり、騎士になりきって老馬ロシナンテと共に世の中の不正を正す旅に出る。
近所の農夫サンチョ・パンサを従士、百姓娘のドゥルシア・デル・トボーソを貴婦人、風車を悪い巨人などと思い込むような重度の妄想癖。
この妄想が暴走して周囲を大きく巻き込んでいくという意味では、ある意味カリスマ性の高い人物かもしれない。
普段は思慮深く、騎士(?)としても情に厚い性格でもあるので、意外と周囲に認められている。心だけは一応英雄で、悪い奴ではないが、狂人には違いない。
バーサーカー等の適正もあったが、今回はランサーで呼ばれた。
【特徴】
顔だけはワイルドで、顎髭がイカすそれなりにカッコいいおじさん。
しかし、その実、体は華奢で、鎧の下は凡人ばりの細い体をしている(固有結界内のみ少し筋肉質になる)。
憂い顔がよく似合うが、呼び出された彼は普段は陽気である。
【サーヴァントとしての願い】
騎士道の貫徹。
マスターに従うのみ(彼女の言う事を正しく認識して従ってくれるわけではない)。
【マスター】
遠坂凛@Fate/stay night
【マスターとしての願い】
やるからには勝ち残るつもりだが、最終目的は聖杯を入手する事ではない。
どちらかというと、この聖杯を見定める事が最終目標となる。
【weapon】
『宝石』
魔力を込めた宝石。
魔弾として戦闘に使用する事が出来るが、使う側も少々経済的に痛い。
【能力・技能】
五つの属性全てを兼ね備えた「五大元素使い(アベレージ・ワン)」と呼ばれる超一級の魔術師。
ガンドや宝石魔術を得意としており、八極拳の手ほどきを受けた事から近接戦闘もこなせる。
日常生活でも才色兼備、文武両道といった扱いを受けるが、肝心なところで凡ミスを犯す。
あと機械オンチ。
【人物背景】
魔術師。遠坂家の六代目当主。
容姿端麗、文武両道、才色兼備の優等生を演じているが、実際の性格は「あかいあくま」。
参戦時期は、第五次聖杯戦争の生還後。
今回は本意で聖杯戦争に巻き込まれたという訳ではないらしい。
【方針】
勝ち残り、聖杯を見定める。
ただし、聖杯戦争を行う意思のない相手まで無理に倒していくわけではない。
最終更新:2016年09月11日 22:36