生徒会応援SS




椎名千織のプロローグSS


「お兄ちゃん…、本当にいいの?」
心配そうに声を出す凪に対し、和浩は覚悟を決めていた。
「当たり前だ。凪は今まで俺に隠れて多くのものを一人で背負ってきたと思う。けれど、一人で背負うにはあまりにも大きなものだったんじゃないのかな?
俺はそんな凪の様子に今まで気づけなかった事が情けないと思っているんだ」
「お兄ちゃん…ありがとう。けど、絶対に死なないで。もし死んだら、私、世界を滅ぼしてしまうかもしれないから…」
「ああ、俺は絶対に死なない。もし死んだとしても、幽霊になって戻ってやるよ」
和浩の覚悟に凪も心を決め、彼に力を与えようと口づけをする。
「ん……ん……」
「ん……ん………これは!?」
凪の唇が和浩の口に触れた途端、和浩は体の中に変化が起こるのを感じた。それはまるで、高級なエナジードリンクを飲んだ後のような…。
「お兄ちゃん…どう?」
「何だか…体から元気が沸いているような気がする」


「うーん、キスで力を与えるっていうのはちょっと兄妹間で行き過ぎかなぁ?」
希望崎学園の文芸部、癖毛で若干髪がはねた眼鏡の少女は一人スマホをいじりつつ悩んでいた。
「手を当てるっていう方法も考えたけど、それだと味気無いしなぁ…、かと言って他に方法があるかなぁ」
独り言を呟きながら、文芸部員の少女、椎名千織は自身の書く小説「最強妹と護衛勇者」の内容を考えていた。
「はぁ、文章を書くのは好きなんだけど、いざ詰まって何も思い浮かばないと大変なんだよね。そうだ!気分転換に和浩くんと話をしよう」
そう言うと千織は、持っていたスマホを天井に掲げ、こう唱えた。
「…我が呼び掛けに従うならば現れよ、忠義の狂戦士、四條畷和浩!!」
すると、千織に向き合うような位置に光の柱が立ち、その中から一人のショートカットの男が姿を表した。
光が消えると、男は戸惑うように千織に尋ねた。
「…また呼び出したのか」
「ごめんね和浩くん。つい文章に詰まってしまって話したくなったんだ」
「まぁ構わない。作者様がご機嫌であれば、俺達の物語も進んでくれるからな」
これこそが、千織の魔人としての能力、創造者(ザ・クリエイター)だ。千織が書いた文章を掲げる事によって、その作品の登場人物を実体化させることができるというものだ。なお、千織がノリにノッていると思わず口上を唱えるが、別に口上が無くとも能力は発動する。
この能力の事をよく知らない不良魔人が千織に絡んだ事があったが、実体化した登場人物にボコボコにされたため、一部界隈では「マスター・シーナ」と恐れられているものの、本人はその事をよく知らないでいる。
ちなみに希望崎学園では授業中でなければスマホの使用は禁止ではないため、千織は校内ではスマホを使い文章を書いており、千織が能力を使う際はスマホを上に掲げる事が多い。
千織はこの能力を使い、自身の「最強妹と護衛勇者」から四條畷和浩を呼び出したのだ。
「で、今日はどんな事を話すんだ?」
「うーん、妹とキスってどんな感じなの?」
「ちょ、ちょっと待て、いきなりその話をするのか!?作者様!」
「そりゃそうでしょ。力を与える場面でキスをしていいのか悩んでいるんだから」
千織のいきなりの発言にうろたえる和浩だったが、しばらくすると諦めたような表情になった。
「ま、いいんじゃないですかね。別に俺は凪とはそういう関係ではないからな。あくまでキスは力を与えるという意味合いだし!あくまで…!」
「ふーん。じゃあやっぱりある程度は意識してたんだ」
「うるさいな!俺と凪は小さい頃から一緒だったんだ!今さら意識するなんて…!」
「ま、そこのところは私の匙加減なんだけどね」
「くっ、こんな人をからかうのが好きな俺達の神様だというのか…!」
和浩が作者の態度に項垂れていると、部室の入り口から音がした。
「お疲れ様です。今日は椎名先輩一人ですか?いや、もう一人いましたね」
「おーお疲れ様、江古田くん。石神井先輩は今日は塾で、大泉くんは風紀委員の仕事が忙しいって言ってた。後は分からないかな?」
部室に入ってきたのは1年生の江古田博文だ。江古田は千織と一緒でライトノベルが好きなことから、文芸部の中でも仲の良い後輩だ。千織のライトノベルの話も最後まで聞いてくれる(毎回うんざりはしているが)。
「しかしまた自分の書いた小説の登場人物と会話ですか?」
「えー、ネタが思い浮かばないし寂しかったし…」
「まぁ、僕は特に言うことはありませんが、聞いたことがありませんよ。自分の考えたキャラに小説のネタを聞く作者なんて」
「別にいいじゃない。それが私の魔人能力なんだから」
と、千織と江古田が会話していると、和浩は咳払いをした。
「あの、俺、帰ってもいいか?」
「…ごめんね、和浩くん」

和浩の実体化を解いた千織は、ちょっと申し訳なさそうな顔をしていた。
「これは和浩くんに悪いことをしちゃったかな?」
「椎名先輩の魔人能力でもですか?」
「魔人能力って言ったって見た目人だからねぇ…」
そんなしゅんとしている千織の様子を見て、江古田はこう言った。
「でも、椎名先輩はこういう能力の使い方の方が好きなんですよね」
「まぁね、できればうちの子を戦いには出したくないしね」
「だからこそ、椎名先輩には好感を持てるんですよ。僕は不安だったんです。非魔人なのに希望崎学園に入ってしまって、一体どんなひどい目に遭うんだろうと思っていました。確かにそういう生徒もいない訳ではありません。それでも僕の周りにいる大多数の生徒は平和的に過ごしていて、そこに魔人非魔人の区別はありませんでした。文芸部の皆さんも僕のことを受け入れてくれて本当に感謝しています」
「どうしたの!いきなりしんみりとする言葉を言ってきて!逆に戸惑うよ!」
「気にしないでください。平和っていいなぁって思っただけです」
江古田の顔はほころんでいた。

千織に感謝を伝えて満足した江古田は、話題を変えた。
「そう言えば山乃端さんが殺されたらしいんですよ。僕は山乃端さんの事をよく知らないのですが、いくら魔人学園とは言え物騒な話ですね」
山乃端さん…その名前を聞いた途端、千織の顔は引き吊った。
「山乃端さん…?」
「そうですよ。山乃端一人さんですよ。とは言っても僕はそれ以上のことは知らないですよ」
山乃端一人が殺害された。その意味を、千織は知っていた。
「…ごめんね江古田くん。私、急用を思い出した。今日の部活は自由でいいよ」
「え?何かまずい事を言いましたか?」
「ううん、江古田くんは悪くないよ。これは私の事情。鍵を渡しておくから帰る時は閉めてね」
「は、はい、分かりました。お疲れ様です」
何の事だか状況が掴めない江古田に鍵を渡し、千織は足早と文芸部の部室を去った。

部室を出てしばらくして、悲しそうな声で千織はこう呟いた。
「…ごめんね、和浩くん。ちょっと頑張ってもらわないといけないかも…」



アゲルさんのSS


「ニホンの揚げ物、低レベルデース!」

いつものように部活動に勤しんでいた唐理都アゲルの耳に、にわかには信じられないような言葉が飛び込んできた。
アゲルが卵を溶くのを止めそちらを見やると、そこにはチャイナドレスを着た、いかにも中国生まれのような風貌をした少女が腕を組んで立っていた。

「おい、今、なんて……!」

挑発を繰り返す闖入者に対して、普段は温厚なアゲルも流石に怒気を滲ませる。日本が誇る最高の文化であり、己がアイデンティティである揚げ物を馬鹿にされたのだから当然だ。

「おやおや、聞こえませんでしたかァ~?ではもう一度言ってあげマース。ニホンの揚げ物、低レベルデース!」

「貴様……ッ!」

怒りに任せて立ち上がったのはアゲルではなかった。お料理研究会の部員にしてアゲルの心の友、”揚王(ようおう)”の異名を持つ、厚皮スナックだ。

「よせ、スナック。女、さてはお前、WFO(世界揚げ物協会)の協会員だな?」

厚皮が怒りを見せたことで、かえってアゲルの興奮は揚げて数十分経った天ぷらのように冷めたようだ。

「ふふふ、だと言ったらどうしマスか?」

「名を名乗れ。日本の揚げ物を侮辱したことは許せない。お前をお料理対決で完膚なきまでに叩きのめす」

「……『ラーユ』。言っておくけどこれはコードネーム。私はカッツォのようにヘルシーではないわよ?」

ラーユと名乗った女はおちょくるような口調を止め、目を細めた。
水に油を垂らしたかのような緊張が、調理室に走る。

「明日、同じ時間、同じ場所でだ。お題はそっちが決めてくれて構わない」

アゲルはそう言って、再び黙々と卵を溶き始めるのだった。

――翌日、同時刻。

希望崎学園の調理室には生徒や教師、部外者までもが大勢詰めかけていた。
あのお料理研究会期待の新星、”地獄の窯”唐理都アゲルがWFOからの二度目の挑戦を受けたというのだから当然だ。

チャイナ服に身を包んだラーユは、アゲルを見て不敵な笑みを浮かべた。

「揚げすぎたエビフライのように尻尾を巻いて逃げなかったことは評価に値しマース! ですが、悲しいことに知恵が足りませんネ~~」

「……」

「WFOに逆らったこと、貴方の父、『唐理都オイル』のように悔いて死になサーイ」

アゲルは言葉を返さない。これは勝利を確信した故の余裕か、それとも……。

「時間になりましたので、お料理対決を始めたいと思います。お題は『揚げ餃子』です。
 なお、調理はそれぞれ別室で行われ、試食は先に出来た方からとなります」

チーンとタイマーの鐘が鳴り、アゲルとラーユの両者はそれぞれの部屋へと移動していった。

三十分後。
先に部屋から出てきたのはラーユだった。やや遅れてアゲルがそれに続く。

ラーユの調理した揚げ餃子は消し炭のようにどす黒い色をしていた。
油の温度調節を間違えて焦がしたのか? いや、そうではない。もし読者諸兄が辺りに漂う匂いを嗅ぐことが出来たなら一瞬で理解するだろう。
そう、これは『石油』の香りだ!

「ふふ、私の揚げ餃子は石油で揚げてあるわ。高級感とコクを感じさせる、最高級油田から採れた石油のトロ味をどうぞご賞味あれ……」

審査員たちはラーユの揚げ餃子を口にすることもなく、機械的に最高点である百点をクリップボードに書いていく。
なぜ審査員たちは食べずに採点ができるのか。それは、このお料理対決の審査員は全員WFOから派遣された、いわばサクラだからである。

(『石油揚げ餃子』は私の最も得意とする料理の一つ……。その上審査員は全員こちら側の人間なのだから負ける訳がない!)

ラーユは心の中で勝利を確信し、ほくそ笑んだ。

「次は俺の揚げ餃子だな」

「勝てると思って? もう勝負はついたようなものよ?」

「ふん、やってみなきゃ分からん。さ、審査員たち。俺の揚げ餃子はこれだ。食ってくれ」

アゲルが出したのは、どこにでもあるような、色も形も至って普通の揚げ餃子だ。

「『やってみなきゃ分かんない』!? ちゃんちゃらおかしいデース!
 さあ、審査員の皆さん、ちゃっちゃと食べてこの『二度揚げ野郎(はいぼくしゃ)』を人間天ぷらの刑に処してくだサーイ!」

――しかし。
箸をつけようとした審査員たちの手が止まる。
しばらくすると審査員全員の手が震え始め、中には涙を零すものさえいた。

「なっ、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! そんなに食欲をそそるというの!? このどこにでありそうな揚げ餃子が!?」

「ふん。ラーユ、お前は大切なことを見落としていたようだな」

「なっ、何を見落としていたというの!?」

「よく見てみろ。この揚げ餃子はな、『餃子(ギョーザ)』じゃなくて『餃子(チャオズ)』なんだよ」

「チャオズ……? はっ!」

「そう、ヘタに食えばこのチャオズがお前の石油揚げ餃子に引火してドカンって訳だ」

「食べられないからってドローに持ち込めるとでも!? 私の採点を見たでしょ!?
 食べなくたって採点はできるのよ!」

「いいや、俺はハナからドローなんて狙ってない。『この機会』を窺っていただけだ」

「さよなら天さん……」

チャオズが自爆し、調理室は爆熱に包まれた。

「ふう、これでWFOに一矢報いることができたぜ。やっぱり日本の大切な文化である天ぷらを馬鹿にするのは許せねえよな」

とっさに錬成した天ぷらの衣によって自身の身を守ったアゲルは平然と立ち上がり、今日初めて微笑んだ。
だがその目は爛々と輝き、まさに天ぷら狂(フライ・ハイ)の本領発揮と言ったところである。

「ラーユ、お前はなかなか強敵だったぜ。だけど、天ぷらを揚げる時には引火しそうなものがないか確かめるのが大切だということを忘れてはいけないな」

そう言うと、アゲルは何事もなかったかのように天ぷらを揚げ始めたのであった。



椎名千織SS『夢小説 一一×椎名千織』


「そう言えば最近希望崎学園にリューゲという魔王が来ましたよね。彼女は何でしょうね。確かに角や翼が生えていますが、それを言ってしまうと零〇さんなんかはアンドロイドらしいですし…、あれ、希望崎学園に入る前はこんな事があったら自分が信じられなくなる位驚いていたのに…」
放課後の文芸部室、希望崎学園の非常識に慣れつつある江古田は千織にその違和感を話していた。
「まぁまぁ、希望崎学園はそういうところだから。気にしないで」
「そう言われても…本当に魔王だったらどうするんですか。世界が滅びますよ。何とかして帰ってもらう方法は無いのでしょうかねぇ」
悩む江古田に、少しでも敵陣営の情報が欲しい千織はこう聞いた。
「ところでさ、リューゲや零〇さんについて何か聞いていない?」
「零〇さんは同じクラスなので少し分かるのですが、確か紫ノ宮重工が製造したアンドロイドらしいですね」
「紫ノ宮重工かー、さすがに胡椒をかけると不具合で止まるとか、電気に弱いとかそんな事は無いよね」
「そんな事があったら零〇さんはよく不具合を起こしていますよ。…あ、でも時々熱暴走があるような…」
「本当に!?」
思わぬ弱点を見つけちょっと喜ぶ千織。ハルマゲドン当日には胡椒を持っていこうかな?と心の中で少し思っていた。

「リューゲについては3年のクラスに居着いた程度しか分からないですね…。いや、確か一(はじめ)先輩を探していると石神井先輩から聞いたことがありますね」
「一先輩!?」
一先輩と聞き、少し驚く千織。
「椎名先輩は一先輩に何か思い当たる事はあるのですか?」
「うん、まぁちょっとね。一度だけ校内で出会った事があって…」
ちょっと恥ずかしい気持ちになりながら、千織は一一と遭遇した時の話をした。


それは千織が希望崎学園に入学したばかりの時だった。
「やばっ!もうこんな時間!?」
1年生の時から学級委員に選ばれたのだが、ついつい『女子ばかりの学校に男子一人が入学し、その男子がやたらとモテる』という内容のライトノベルに夢中になり、危うく委員会に遅れそうになったのだ。
早足で委員会の行われる部屋へと向かう千織、すると、
「うわっ!」
曲がり角から出てきた一人の生徒とぶつかってしまったのだ。
その場に倒れてしまった二人の生徒。しかし、ぶつかり方が悪かったのか、千織はぶつかった生徒に馬乗りされる形となった。
「ご!ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「…大丈夫です。こちらこそ急いでごめんなさい…」
すぐさま立ち上がるぶつかった生徒。そちらの方が焦って謝り、千織はその恥ずかしさに顔が赤くなっていた。

ぶつかった生徒は桃色の髪をした小柄な女子にように思えたが、ズボンをはいていたからおそらく男子なのだろうと千織は思った。
と言うことは私、男子に馬乗りにされた…!と思うとますます恥ずかしくなり、その場を走り去ろうとした。
「すみません!本、落としていますよ!」
ぶつかってきた生徒は千織の落とした本を届けようとしていた。しかし、ブックカバーは外れ、女の子の書かれた表紙が顕になっていた。
「あ…あ…、ど、どうしよう…」
と、ますます顔を赤らめる千織。すると、ぶつかった生徒は、
「あ、あの…、僕もそれ読んでますから、気にしないでください」
と、千織の事を慰めていた。しかし千織は、
「す、すみません!」
と本を受け取り、足早にその場を去っていった。その後、後ろの方から、
「はーじーめー君!また別の女の子に変なことをしたでしょ!」
「違うよ!これは事故なんだ!」
と聞こえてきた事から、ぶつかった生徒の名前は"はじめ君"と言うことを考えていた。


「と言うことが一先輩とあったんだ」
「あー、やっぱり一先輩はそうですよね。なんというか男からしてみれば羨ましいというか、男の敵ですね」
ちょっと一のことを江古田は羨んでいた。
「それで、まさか一先輩の事を椎名先輩は気になっているのですか?」
「そんな事は無いから!一先輩とはその時だけだから!!」
「でもその発言、ハーレムもののラノベのヒロインのそれにそっくりなんですよね」
「やめてって江古田くん!」
千織の焦る姿にちょっとからかう江古田。

これでは千織に悪いと思った江古田は、話題を戻した。
「まぁ椎名先輩が一先輩と出会った事があることはこれくらいにして、リューゲは一先輩の事を探しているみたいですね。そこで一つ思い付いた事があるのですが…」
「どうしたの江古田くん」
何かひらめいた様子の江古田。
「椎名先輩の能力は実在人物の小説を書いても実体化できるんですよね」
「まぁね。生モノは好きじゃないから普段はやらないんだけど」
「椎名先輩は一先輩の事はしっかり覚えていますよね」
「勿論!あんな事は忘れもしないよ!」
「だったら椎名先輩の能力で一先輩を実体化させる事ができるんじゃないですか?これをリューゲに会わせると何か分かるかもしれませんね」
「!!」
思わぬ案に、千織はビクッとする位驚いていた。

この案に取り組もうと、早速千織は小説を書き始めた。
「ええと実体化させるための小説だから適当に…」


昼下がりの公園で、千織は一と手を繋いで歩いていた。
そこに、ソフトクリームと書かれたのぼりが目に入った。どうやら公園の売店で売っているようだ。
「そうだ!ソフトクリームを買ってくるよ」
「あ、ありがとうございます…」
緊張ぎみの千織に、一は優しく声を掛けた。

売店から戻ってくると、一は2本のソフトクリームを持っていた。
「ごめん!好きな味を聞き忘れたからバニラとチョコの両方を買ってきた。どっちがいい?」
「バニラが…いいですね」
一の手からバニラのソフトクリームを受け取ろうとする千織、しかしその時、後ろから子供が走ってきて、一にぶつかってしまった。
一はよろけてしまい、ソフトクリームは千織の口に盛大についてしまった。
「………」
ソフトクリームだらけになった千織に一は慌てて謝った。
「ご!ごめんなさい!」


「って私を主人公にしてどうする!しかもソフトクリームを口にぶつけるって!古典的すぎる!」
いきなり声を荒げた千織に、江古田は驚いた。
「どうしたんですか?椎名先輩?」
「い、いや、何でもないよ」

しばらくすると、千織は一の小説を書き終えた。
「書き終わりましたか?」
「ま、まぁね」
「随分と顔が赤いですが大丈夫ですか?」
「大丈夫だから!」
とは言うものの、千織はかなり恥ずかしそうな表情をしていた。

「じゃあ一先輩を呼び出しますか」
と千織が言うと、スマホを天井に掲げた。すると、光の柱が現れ、その中から一が現れた。
「おおっ、これが一先輩か…、本当に男なのか?」
江古田は一を間近に見たのが初めてのようで、少し驚いていた。
「えっ!ここは何処!?」
「貴方が一先輩ですね、ちょっと頼みがあってここに呼びました」
「僕に出来ることならいいんだけど…何かな?」
「3年生のリューゲという魔王に会ってもらって、その様子を伝えてきて欲しいです」
魔王と伝えられて戸惑う一。
「ま、魔王!?大丈夫かなぁ?まぁ、会ってくるだけならいいけど」
「お願いします」
そう言われ、一は文芸部室を出ようとするが、運悪く椅子の脚に足を引っかけ、
「うわっ!」
と、千織に向かって倒れてしまった。初めて会った時の様に一に馬乗りにされる千織。
「ちょ、ちょっと…」
「ごめんなさい!」
恥ずかしくなった千織は、能力で実体化させた一をすぐに消した。
唖然とする江古田。
「…大丈夫ですか?」
「大丈夫だから…」
「…とりあえず、一先輩は実体化させない方がいいですね」
「…そうだね」

なお、この時、運悪く埴井葦菜が文芸部室の前を通り、一が千織を馬乗りにしている様子を目撃し、一に対し詰問する事になるのだが、それはまた別の話。



椎名千織SS『江古田博文との約束』


(最近の椎名先輩は様子がおかしい)
文芸部1年の江古田博文は心配していた。山乃端一人が殺された事を伝えて以来、千織は文芸部に参加しているものの、何処か落ち着かない様子で、表情も硬くなっていた。
そのことを千織に聞いても、
「大丈夫だから!」
と言うだけだ。
(一体希望崎学園で何があるのだろう?もしかしたら山乃端さんが関係があるのだろうか?)

江古田は意を決して山乃端一人の事を調べることにした。しかし、山乃端一人について聞いても返ってくる言葉は、「あまり深く突っ込まない方がいい」ばかりだった。
だが、思い当たる事が江古田にはあった。
『ダンゲロス・ハルマゲドン』――生徒会と番長グループの二手に別れて命懸けで戦うこと。

(そう言えば椎名先輩は生徒会に所属していた。椎名先輩が動揺していたと言うことは、もしかしたらハルマゲドンか、それ相応の事件が希望崎学園で起こる前兆なのかもしれない)
そこで、山乃端一人とハルマゲドンを組み合わせて聞いたところ、慌てて「お前、命が惜しくないのか!」と言う者がほとんどだった。
(間違いない…、山乃端さんとハルマゲドンは繋がっている!)

確信をした江古田は、文芸部に来た千織に質問することにした。
「おー今日は早いね江古田くん。なに?真剣な顔をして?」
「椎名先輩、一つ聞きたいことがあります。山乃端さんが殺されたと知った時に動揺したのは、ダンゲロス・ハルマゲドンに関係のある事だからじゃないですか?」
その時、明らかに千織の表情が変わった。
「な、何?そんな訳ないじゃん。大体ハルマゲドンはここ最近無かったんだよ?」
「思い違いならいいんです。変なことを聞いて申し訳ありません。ただ、もしハルマゲドンに関係があるのなら、僕は椎名先輩が死んでしまうのではないかと心配です。お願いです!ハルマゲドンから手を引いてください!」
すると、千織は呆れたような表情となった。
「…参ったなぁ、ハルマゲドンの一般生徒への発表はまだなんだけどなぁ。可愛い後輩にこう言われちゃうと言うしかないじゃないか」
「と言うことはまさか…」
「そう、近くハルマゲドンは発生する。そして、私はこれに参戦する」
その答えを聞き、江古田はショックを受けていた。
「そんな…!どうにかならなかったのですか!?」
「どうも何も、山乃端さんが殺された時点でどうにもならなかったよ。彼女はハルマゲドンのキーだったからね」
「参戦しないという選択肢は…?」
「それも難しいね」
「それじゃあ椎名先輩はもう…」
「ちょっと江古田くん!勝手に殺さないで欲しいよ!私そう簡単に死ぬつもりは無いよ!」
千織は怒っていたが、江古田はそんな千織の様子を見て、「ああ、椎名先輩はハルマゲドンの前でも元気なんだなぁ」と思い、ショックから立ち直っていた。
「ですよね。マスター・シーナがそう簡単に死ぬわけ無いですよね」
「何その呼び方!?もしかして私のこと?」
「先輩は知らなかったんですか?マスター・シーナの異名」
「知らないよそんな名前!」

「…しかし江古田くん、よくそれだけの情報でハルマゲドンと山乃端さんを結びつけたねぇ」
千織は江古田の調査力に驚いていた。
「まぁ、気になることは調べてしまう癖があるので…」
「でも今度からはこんな無茶はしないでね。希望崎学園には触れてはいけない秘密だってあるんだから」
「それだけ椎名先輩の事が心配だったんですよ」
「江古田くん、そう言われると照れるよ…」
千織はちょっと恥ずかしそうにしていた。

少し間を置き、江古田は千織にこう話した。
「椎名先輩、一つ約束して下さい。ハルマゲドン、絶対に死なないで下さい。もし死んだら先輩の小説、勝手に続きを書きますよ」
「えー、それは困ったなぁ、まだ『最強妹と護衛勇者』、最初の部分しか書いていないんだけどなぁ…。
分かった、いいよ。その代わり、ここには生きて戻ってくる。まだまだ和浩くんの話は私が書きたいからね」
「ありがとうございます!」
千織も江古田も、何かつっかえていたものが取れたような気持ちになり、表情が明るくなっていた。



椎名千織エピローグSS


ハルマゲドン当日の放課後、江古田と友人の秋津は帰りつつ話していた。
「まったく、今日はハルマゲドンかよ。一体生徒会や番長グループは何を争っているのかねぇ。大会前なのに部活動が出来ずに自宅待機させられる気持ちにもなってみろよ。そう思うだろ。江古田」
「うん…」
ハルマゲドンに参加する千織のことが心配で、虚ろな表情をしていた江古田は、秋津の話が入っていなかった。
「なんだ?表情が暗いな。まさかハルマゲドンに恋人が参戦しているなんてことは無いだろうな」
「…」
椎名先輩とはそういう関係じゃないと心には思いつつも、江古田はその質問にますます顔を曇らせた。
「…ま、まさか本当にそうなのか?江古田」
「…そうじゃない。けど、よく話をしている先輩がハルマゲドンに参戦している」
「…そうか、恋人では無いにしても、江古田にとって大事な人がハルマゲドンに参戦しているのか…。それは悪いことを言ってしまった、すまない…」
ちょっとした冗談のつもりで言った事が江古田を傷つけていたと思った秋津は口を閉ざしてしまい、以後二人は別れるまで一言も言葉を発さなかった。

秋津と別れた後、江古田は家の近くにある小さな神社にお参りした。
別に江古田は熱心に宗教を信仰している訳ではない。一般的な日本人と同じ位に神社やお寺に行く程度である。それでも江古田は、千織の無事を神社に祈りたくなっていた。
「神様、お願いです。椎名先輩の生徒会が勝って欲しいとまでは言いません。ただ、椎名先輩が生きて帰ってきてほしいです!」
そう神社の前で言うと、財布の中から十円玉を1枚、賽銭箱目掛けて投げ入れた。しかし、賽銭箱に弾かれ、十円玉は江古田の手の届かないところへと転がっていった。
「あっ…!十円玉が…」
江古田は自分の願いが神様に届いていないのかもしれないと思い、暗い気持ちで神社を去ることにした。

その頃、希望崎学園ではハルマゲドンが始まっていた――。


学校からハルマゲドンの終結が告げられたのは、翌日の朝のことだった。
どうやら番長グループが勝利したらしい。
(椎名先輩は負けたんだ…、そうなると、椎名先輩は…!)
その日はハルマゲドンの後処理のため授業は無かったが、いてもたってもいられず、江古田は希望崎学園に行くことにした。

江古田が文芸部の部室に着いた時、既に2人の部員がいた。
「ちーちゃんが、ちーちゃんが…グスッ」
「部長…落ち着きましょう…」
「そんなこと言ったって…、大泉くんだって泣いてるじゃないのよ…」
3年の部長、石神井凛々子と、2年の大泉心平だ。2人とも、千織とよく話をしていた部員だ。
しかし、2人共、涙を流していた。石神井に至っては、泣きすぎて目が赤くなっていた。
「石神井先輩…これは…」
「江古田くんも来たんだ…、まぁ、江古田くんは1年生ではちーちゃんと一番話していたもんね…」
ちーちゃん、千織の事をこうあだ名で呼ぶほど、石神井は千織とは親しかった。とは言っても部室では、互いの書く文章について激しく口論を繰り広げており、それを大泉が仲裁に入るというのが文芸部のお約束となっていた。
その石神井が涙を流していると言うことは…、江古田は悪い事態を想像しながら石神井に聞いた。
「と言うことは、椎名先輩は…」
「死んだよ…ちーちゃんは昨日のハルマゲドンで死んだ…」
椎名千織が死んだ。そのことを何度も想像しつつも、今こう言われると、江古田に強い悲しみが襲い掛かってきた。
「嘘だ…椎名先輩が…」
「私だって信じたくはないよ…、でもハルマゲドンに居たっていう五和ちゃんが言っていたのよ…、ちーちゃんは死んだって…」
「五和さん?」
「ああ…私の友達。最近リューゲっていう魔王の姿で登校していたから相当無理しているんだろうなぁって思っていたけど、ハルマゲドンが終わって私に『もう限界!』って泣きついてきたから色々聞いたの…、そしたらちーちゃんが…」
リューゲって石神井先輩の友人で一般の生徒だったんだ…。と知り、そのことについては安心した江古田だった。
しかし、椎名先輩はもう戻ってこない…。
江古田の目にも涙が流れ落ちた。
それを見て石神井と大泉も、悲しい表情が戻っていた。

しばらく3人で泣いた後、一番先に落ち着いた大泉は口を開いた。
「部長…そう言えば部室に椎名のものらしきUSBメモリがありましたよね」
「ああ…あったね。『江古田くんへ 千織』って書いてあったね」
椎名先輩が僕にUSBメモリを…!?江古田は何か思い当たることが無いかを考えたが、あまり思いつかなかった。

江古田は石神井からUSBメモリを受け取り、部活の備品のノートパソコンを使い、USBメモリの中身を見ることにした。
「一体何のファイルが入っているんだろう…?」
そこにはいくつかファイルが入っていた。題名は"最強妹と護衛勇者 本文"だったり、"キャラの設定"、"今後の展開"といったテキストファイルが多かった。
そのファイルを一つずつ見ていたが、どれも千織の書いていた小説『最強妹と護衛勇者』に関するものばかりだった。
「こ…これは…!」
中身に驚いていた江古田の様子を見て、大泉が話しかけてきた。
「江古田、これは部長や俺が見ても大丈夫なものなのか?」
「大丈夫だと思います」
大泉もパソコンをのぞき込んだ。
「ほう、椎名が書いていたという小説の設定を残していたのか。しかし何故江古田に?」
「おそらくですが、以前僕は椎名先輩に「死んだら小説の続きを書く」って言って、それに対して椎名先輩が「いいよ」って言ったんですよ。その時は僕も椎名先輩に生きて戻ってきて欲しい口実の為に言ったつもりだったのですが、まさか、自分の死を見越してこんなものを残していたなんて…」
「椎名は律儀だったからなぁ…」
そこに、ようやく泣き止んだ石神井もパソコンの前にやってきた。
「ちーちゃんが小説の設定を残していたんだって?」
「はい、書きかけていた小説の本文や設定をかなりの分量ですね」
「ちーちゃん…、それじゃまるで最初から死ぬつもりみたいじゃない…ハルマゲドン前日でも「まぁ、死ぬつもりはありませんから」って言っていたのに…」
石神井は最初から死ぬことを想定していた千織のことを少し憤っていた。

その後は千織の生前の話を3人でしばらく話し、その日の文芸部の活動はお開きとなった。
受け取ったUSBメモリを握りしめつつ、江古田は独り言を呟いていた。
「はぁ…続きを書こうとは思うけど、もう実体化した和浩とは会えないんだろうなぁ…それが普通の事なんだろうけど」
江古田は千織の能力の事を思い出していた。
「…我が呼び掛けに従うならば現れよ、忠義の狂戦士、四條畷和浩!!
…なんて言っても出てくるわけないか。僕は魔人じゃないもんな…」


「おいおい、暗い表情をしているなぁ、新しい作者様は。ま、ありがとうな。これでまた、俺達は生きられる」
「…えっ…何で和浩くんがここに…?」
「それは作者様が俺達の存在を強く願ったからさ。ほら、こっちの世界では魔人覚醒っていうヤツじゃないのか?」
「僕が…魔人に…?」

江古田博文 プロローグSS 終

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最終更新:2019年05月29日 09:33