SSハダカンボ王国

影の王

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ソフィアでの過密スケジュールを終えたヌギはその日最後の「仕事」である歓迎晩餐会に出席した。
そこはその日会った政府首脳たちを始めとするソフィア政財界の大物たちがずらりと居並ぶパーティであった。
まるで国の中枢がそこにすべて集ったかのようなその会は各界の「大物」によるスピーチばかりでやはり若年の青年王には退屈なものでしかなかった。
特に彼にとって苦痛だったのは彼自身のスピーチを求められた時だ。船中でさんざん練習はしたものの、やはりたどたどしさは拭えず、スピーチが終わった頃にはかなり疲弊した表情で、しかもそろそろ退散したいと思っても彼は会の主役なのでその後さらに彼には休む暇がないのであった。
宴も酣という感じになったころ、ようやく退散できそうな雰囲気になり脱出しようとした時、酒を飲んで上機嫌の首相がやってきて酒は進んでいますかと近寄ってきた。
「実は陛下にお目通り願いたいと言う者がおりまして」
と首相の横に一人の髭の男が立っていたのだが、身長190センチもあろうかという長身はにこやかな笑みをたたえながら身長159センチの若い王を見下ろして握手を求めた。
「ピエール・デュカスと申します。お会いできて光栄です陛下。」
恭しく礼をとり、一通り挨拶と社交辞令を交わす。
「この男本来ならばこの場に出ることもできぬ一介の議員なのですが、私の友人でしてね、ぜひ陛下にお会いしたいので取り次いでほしいとせがんできましたのでこの場に同席させました。ははは!」
豪快に口を大きく笑うその様子はもう会では十分見飽きたのでさっさと退散したいと思ったヌギはその横を通って会場を後にしようとした。
「マカロワは元気にやっておりますか?」
その言葉を発したのは自らの家臣でもなく、その場であったばかりの長身の男、デュカスであった。
なぜマカロワの名を…しかしその名前が出ることに違和感しか感じなかったヌギはデュカスの横顔を見上げた。
こちらを見ることなく、ますます上機嫌に顔を真赤にしながら酒を飲み干す首相をにこやかに見守っている。
ヌギは「後ほど」とだけ返答し早々に退散した。いや、逃げたという方が正しいだろう。まさしく不気味なだけのその男と同席するだけでも自分の恐怖心が煽られるだけだと思ったからだろう。
しかし一言だけの返答は同時にその不気味さが何を意味しているのか気にかかったところがあったからだ。

ホテルに帰ったヌギは自室から家臣たちを追い払い、また、いつもは寝室では一糸まとわぬ姿でくつろぐはずなのだが、その日は「来客」に備え上着を脱いだだけでその人物を待っていた。
自国は午前1時を回ったところ、ホテルのベルが鳴る。取次の人間が来客を伝えるとこの場に呼ぶようにとだけ伝えた。
深夜に現れたピエール・デュカスは部屋に入るなり恭しく一礼するとワインを差し出した。
「これは我が国の伝統の贈り物の習慣でして、別にやましいことはありませんのでぜひお収めください。」
カラシュ産の21年ものだそうだ。ちょうど自分が生まれた年にかこつけて持ってきたのだとすれば相当意地が悪そうだ、と内心思ったが丁重に礼を述べてワイングラスに注いだ。
「して、なにか御用かな?」
ワインの香りを味わいつつ、しかし警戒心を解かない王を目の前にしてにこやかな笑みで佇んでいる男は勧められたワインを注いだグラスを傾けながらようやく口を開いた。
「陛下は、良い畑をお持ちだそうで」
畑、と聞いて思い当たるところはあった。大麻畑である。しかも同胞のマカロワにまかせて、あがりを分前として貢納を受けているあの広大な大麻畑である。
「卿がなぜそのことを知っているのだ?」
「私の友人がその畑で働いておりまして、とても良い仕事だと…」
たしかに良い仕事だ。それはそれを命じた本人もよく知っていた。だが実に後ろめたいものでもある。だからこそ「密約」で許した節がある。
それを国外に知られることは実にまずいことなのだと、ヌギはよく知っていた。しかし目の前にいるこの男は知っている。
近年同胞が商売を手広くやっているという噂は以前から聞いていたがまさか政界にまで浸透していたとは…と驚きつつもそれを感づかれないように冷静さを保ってワインを味わっていた。しかしワインの味はすでに感じなかった。
「何か望むものでもあるのか?」
と単刀直入に切り込んだ。さっさと終わらせたいとおもって焦っていたのだろう。
「いえ、友人が息災かを確かめたかっただけで…しかしその友人が申しておりましたなあ。最近税負担が重いと。私も友人としてなんとかしてあげたいのですがなんとも…そこでお願いに参った次第で。それとは別件ですがとても良い畑、ぜひ一度見てみたいですな。私『友人に記者』がおりますので、世界中に知ってもらいたいとも思っておりまして…」
これはもはや脅迫だ。麻薬生産地からの莫大な税収は王国の貴重な収入源だ。その税率を下げろと要求してきたのだ。そしてそれがかなわないならばハダカンボ王国が麻薬生産地であると全世界に暴露するということだ。

なんと狡猾な男だ。一片の暴力をも用いず、一国の王にこれほど大胆で強引な要求をできる者などいようか。
じっと目を閉じて、悔しそうな表情を浮かべつつ、目の前のほくそ笑む長身の男をにらみながらやっとのことで声を絞り出した。
「貴国後速やかに調査する」

ピエール・デュカス、その狡猾な男はホテルを後にするために待たせてある車に乗り込んだ。一度も振り返ることなく。しかしその口元は成し遂げた満足感でたっぷりと笑みをたたえていた。

「全部あの男の手のひらの上だったということか!!」
一方で「敗北した」王はグラスを叩きつけて顔を真赤にして声を荒げた。

街の灯はすでにどこにもなかった。

傲岸不遜の王女

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ヌギのソフィアでの滞在ももう3日にもなる頃だった。そろそろ貴族や政治家の相手も疲れた、しかし戦地巡りはそれなりに有意義だったなと浸りながら、明日の出国までホテルでくつろいでいた。どこかにでかけてみるかなとしっかり着込んでいたところである。
「姫様、なりません!」
「いいじゃない、ちょっとだけ!」
ホテルの従業員ではない声が廊下に鳴り響いた。
貴族の痴話喧嘩でもやってるのかなと廊下に出た瞬間であった。
「あいた!」
鈍い音と同時に何かにぶつかった感じがした。
ふと床を見やるとうら若い、というより幼さをのこした少女が床にへたりこんでいたのだ。
「あ、ごめんね、大丈夫?」
フルヌゥドを出立する前の数ヶ月でマスターしたアトリオン語は母語話者ほどではないがその上達ぶりはすでに多くのスラングをも使いこなすなど世界の学習者を驚愕させるほどのものだった。
さて、「ぶつかられた」少女の方はというと苦痛の表情からみるみる紅潮し怒りの表情に変えた。
「痛いわね!気をつけなさいよ!」
怒りのボルテージは最高潮のようだ、ここは変に言い返したりせず謝罪しておこう、としてひたすら平謝りをするというよくわからない状況になってしまった。
「あなたお付きの人かしら?ハダカンボ11世陛下がいらっしゃるって聞いたんだけど取り次いでもらえる?」
お前は何を言っているんだ、と言いたい気持ちを喉元で抑えながら、はてその前にお前はいったい誰なんだという気持ちしかなかった。まあそれは置いといて、自分に用があるとは、さてはニュースで読んで興味を持った子かな?と思案し、ふうと一息ついて返答した。
「何の用?ちょっと忙しいんだけど…」
別に忙しいわけではなかったがめんどくさそうな子がきたなあとばかりに軽くあしらうつもりで、相手が誤解しているのも知らずに本当に軽い気持ちで放った一言がさらに火に油を注ぐ形になるとは思わなかった。
「あなた何?その口の聞き方!従者の分際で礼儀を知らないのね!まあそんなことよりクラーラ・ソフィア・フェンタジネットが来たって取り次ぎなさい!」
ソフィア・フェンタジネット、それは言わずとしれたこの国の王家の家名でありもちろんヌギも知っていた。なるほどまた王族か、まためんどくさそうだ、それよりこの眼の前の顔を真赤にした怒りの炎をしずめなければならない。
「はあ、それは失礼いたしました…というか私がそのハダカンボ11世ですが…」
と冷静に返したところそのトマトのように真っ赤な顔は、みるみる青ざめ青りんごのように真っ青になった。

「誠に申し訳ございません」
と口を開いたのは彼女を制止していたおつきの人であった。
とりあえず部屋に入ってもらって事情を聞いてみることにした。
彼女の方はと言うと放心状態で椅子に座っていた。
「ようはその、クラーラ殿下が私に会うためにここまで乗り込んできたと…」
「はい、公的な場にはまだ出られるご年齢ではありませんので、こうやって非公式に訪問したわけです。ほら、殿下ご挨拶なさってください」
はっ!とばかりに飛び上がってようやく意識が戻ってきた王女は目の前の「被害者」に対して頭を垂れた。
「クラーラ・ソフィア・フェンタジネットでございます。先程のご無礼、何卒お許しください。」
先ほどとは打って変わって礼儀正しいおしとやかな少女。先ほどとは別人格でも宿っているのか?と疑ってしまうほどだ。
「まあこんな安い服着ていれば従者と間違うのも無理はありませんよ、ははは…」
苦笑いするしかないほどこちらにも非がないわけではない。
「それで、殿下は私になにか御用があって参られたので?」
「はい、陛下は王位継承の折、そしてザルバチの侵攻にも陣頭で指揮を取られていたと聞き及びましてぜひその武勇譚を聞かせていただきたいのです!」
目をキラキラ輝かせながら力説するかのごとくしかし一片の純粋さも失わせなかった表情にはそれまでの王侯貴族や政治家とは違う反応に興味を覚えたヌギはゴホンと咳払いをしつつ自身の「戦歴」について、淡々と、いや、少し盛ったかもしれないが当時のことを思い出しながら語り尽くした。王女の方は身を乗り出して聞き入っていたのであった。
そして気がつけば日もくれそうな時間だった。

「本日はありがとうございました。」
とまた最初に挨拶をしたのはお付きの人間だった。
「陛下、本日はお目通り叶いましたこと、光栄にございました。」
王女の方は、恭しく、しかしよく洗練された淑女の一礼をして去っていった。
見送る王は、なんとまあ嵐のような少女だったなと一つ息を吐いたところで気がついた。
「しまった…出かけられなかった…!」
常勝の天才も何事にも無敗というわけではなかった。

皇帝と元老院(前編)

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「えっ、服いらないって?」
ホテルの自室で聞かされ驚いて聞き返した。

ヤード帝国の帝都リントヴルムポリスに着いたのは昨日のことだった。
駅でこの国の重鎮らしき人々が出迎えてくれた。とはいえ一国の王の歓迎にしてはささやかという規模ではあったが。
街に出てみれば、さすがに世界で一二を争う大国の都なだけはあり、何処へ行っても人混みだらけである。ソフィアもそうだったが、この自動車という鉄の箱に乗って移動するのはどうにもなれないのかそわそわしながら外の景色がくるくる変わるのを眺めていた。どうして鉄道は大丈夫なのか不思議でたまらない様子で執政ナラムはその様子を横目で見ていた。

宿泊施設たる大使館に着いたのは正午過ぎだった。
大使館で大使のジムノから挨拶を受け、そこでスケジュールを確認し、翌日はこの国の最高執行機関である元老院で演説し、その後は皇帝アレクシオス帝と会見するというものだった。

「明日は一日中忙しくなるな。まったくこんなカチカチの服着なきゃいけないなんてイクファターナの国はめんどくせえな。」
自室でスーツを脱ぎ散らかしながら、ヌギはナラムにぼやいた。
「ああ、そのことだけど、明日の元老院演説と首脳会談は何も着なくていいってさ。」

ああはいそうかそうかと言いながらベッドに向かうヌギは急に振り返って聞き返した。
「え?服いらないって?」
「いらない。ヤード帝国側の要請で、民族衣装で来いってさ。つまり何も着る必要はないよ。」
というわけで翌日の日程は、国元同様生まれたままの姿でこなすことになった。

翌日になり、その日の正午から演説をするということなので軽く体を洗い、全身の体毛を隈なく剃り落とした。古来よりダハーカ人が儀式等厳粛な場に出る場合、陰毛から腋毛などを剃り身を清めるのが礼儀とされているからである。

元老院につき、控え室で一糸纏わぬ姿に、しかし王の象徴である黄金の首飾りアクラト・ナグナをその首に飾り颯爽と議場に足を運んだ。

さて、元老院本会議場にはその日議場を埋め尽くすほどの議員が集っていた。
元老院議員は、各地の領地を治める封建領主でもあり、普段は領地経営に忙しく、議場はいつもは閑散としているのだが、この日は違った。
タヴェリアの最果てから密林の蛮族の王が、しかも元老院でなにやら大演説しに来るというこれ以上ない娯楽を提供されると聞いては、普段退廃的な生活で退屈している貴族たちの好奇心を煽らないわけがない。
そういうわけでこの日の出席率はほぼ100パーセントなのであった。
議場に現れたヌギは議場の広さに戸惑いながらもグッと気を引き締めて力強く演壇に歩みだした。
静粛な議場からはクスクスと笑い声が聞こえたが、なんら恥じることなく胸を張りまっすぐ前を見据えて歩む姿に次第にその声も聞こえなくなった。
演壇からは多数の目がこちらに向けられているのが見える。
「文明国」に対する自国の誇りのためにここに立っている彼は少しの弱さも見せてはならない。だからこそその眼差しは力強くなければならなかった。
「本日はこの厳粛なる場にお招き預かりましたこと、まことに光栄至極であります。」
流暢なヤード語から始まったその挨拶に驚いた議員は少なくなかった。ヤード語はややザルバチ訛りだったが、発音や文法はほとんど完璧だったことも彼らの驚きを更に引き立たせた。
「イクファターナ各国をこれまで見てきましたがその中でも偉大な文明国たるこの国の発展は我が王国の今後の見本として十二分であるという思いを抱いております。さて、ここに来る道中、予は先の大戦の戦場跡を見学してきました。戦線の塹壕跡、砲弾の着弾でえぐれた地面、今も残る化学兵器や不発弾、現在も様々な痕跡を残し、その悲惨さを我々に語りかけてきます。戦争の傷跡は人の心にも深く残っています。かの大戦時、予は6歳という年齢でしたが、従軍した我が兄ヘアヌドから当時の戦線の様子を事細かに聞き及んでおります。かく言う我が国も、つい4年ほど前に大きな戦争を経験しましたから、戦争の悲劇は身をもって存じております。シンガのある偉人が言うには『戦争の90%までは、後世の人々があきれるような愚かな理由で起こった。残る10%は当時の人々でさえあきれるような、より愚かな理由で起こった。』とのことですが、戦争を起こす理由はいずれの場合においても正当化できるものはありません。そのことは高貴なる議員諸卿にはご理解いただいていることを強く確信しております。」

「以上を持ちまして挨拶とさせていただきたく思います。ご清聴ありがとうございます。」

5秒ほど静寂に包まれた後、パラパラと拍手が聞こえそれは次第に大きな喝采となった。万雷の拍手とはまさしくこのことだろう。それほどの反響を生んだのだった。

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最終更新:2019年04月21日 09:19