次は頭のおかしくない人を書く






―私はまだ生きているのだろうか?

楊蘭の問いかけに答えるように、彼女の肩には徐々に
抉るような痛みの脈動が戻ってきた。
この耐えがたい痛みこそ、彼女の生がこの世に繋ぎ留められたことを示していた。

なぜ…?

考えようとすればするほどはっきりしてくる痛みの輪郭に刺されながら、
楊蘭は必死に記憶を辿って今自分が置かれた状況を推測しようとした。


あのとき。
小田切進、佐伯航一郎と共に学校前の夜道を歩いていたら、
急に後ろから襲われ、林の奥へと連れ込まれた。
抵抗虚しく、見知らぬ裸の熟女にわけもわからぬまま矢を刺され、
そのとき誰かがそこへ走ってきた。
熟女がその「誰か」に気を取られた隙をついて、無我夢中で逃げた。
―逃げるごとに。
意識は次第に朦朧とし、痛みも次第に鈍くなっていった。
深くは考えなかったが、
こんな真っ暗な雑木林に人なんているはずもない、とどこかで悟っていた。
もう死ぬんだな、と思った。
なぜだか笑みがこぼれた。


もういいかな。肩の痛みも、もう殆ど無くなったわ。
あたし、ゴミみたいね。




それからどのくらい経ったのかわからない。
楊蘭が静かに目を開けると、
暗がりの中に、彼女を覗き込む人影がそびえていた。


「気が付いたんだね。ええと…七瀬くん」


人影は青年の優しい声色で語りかけた。
この人もあたしを殺しに来たのかしら、
そう思っていた楊蘭は、思いがけず自身の緊張がほぐれるのを感じた。

「七瀬…?あなたも美雪を知ってるの?」

楊蘭の問いかけに、青年はピクリと動いた。

「えっ?」


「…私、楊蘭っていうの。香港でモデルをしていて。
 私にそっくりな子が代役でショーに出てくれることになって、
 それで初めて美雪のことを知ったわ。」

「なん…それじゃ君は、七瀬くんでも無いのか」

青年の驚愕の表情を声からありありと聞き取り、楊蘭は後ろめたさに苛まれた。
美雪という少女は、彼女を誘拐し、軟禁した楊蘭に対してすら優しかった。
きっとこの青年も、美雪との大切な思い出を抱えているに違いない。
楊蘭は自分の傷口に布がきつく巻かれ止血が施されているのに気が付いたが、
この青年が優しい美雪と取り違えて助けた女は、3人もの人物を殺害した犯罪者なのだ。

「…ごめんなさい。
 あなたは私を美雪だと思って助けてくれたのね」

楊蘭は傷口に巻かれた布を見ながら消え入りそうな声で言うと、
青年は彼女を元気づけるように明るい声を出した。

「いいんだよ。僕は君が誰であれ、見捨てられなかっただけなんだ。
 …ところで、その傷はどうしたんだい?」

「…私もよくわからないの。佐伯くんと小田切先生と一緒に歩いていたら、
 後ろから裸のおばさんに襲われて…そのまま矢を…」

下手したら母親が火だるまになったときよりもトラウマになるかもしれない。
思い出すだけでも逃げ出したくなるような体験に、楊蘭は言葉を詰まらせた。
しかし、青年が食いついたのは意外なところだった。

「小田切先生…?まさか、小田切進?」

「えっ? ええ、そう言ってたと思うわ。不動高校の先生だって」


暗闇でほとんど見えなかったが、楊蘭は青年が明らかに青ざめるのを感じた。
青年は少し低い声でそうか、とだけ言い、
それからなにか考え込んでしまったらしく、
風の音、どこかから地鳴りのように聞こえるざわめき、木々の葉擦れ、
その中で彼の呼吸の音だけが楊蘭の耳をくすぐっていた。







遠野英治は愛と正義に燃えた青年だった。
そんな遠野を試すかのように、彼の愛の前には幾多の障壁が立ちはだかっていた。
そもそも、愛した人物が実の妹だったという段階で
並の人間ならば神を呪い、愛を諦めところだろう。
しかし、遠野英治は他のすべての価値観をおいてもその愛を貫こうとする直向きな男だった。



孤児だった遠野英治と妹の螢子は、やがて別々の家に引き取られることになった。
それぞれが家族を持つとなれば否応無しにしがらみも増えるだろう。
螢子と離れたくない、ずっと二人寄り添って同じ景色を見ていたい、という思いが
遠野英治の中に強く渦巻いていた。
しかし、妹の幸せを切に願った結果、彼は自分の感情如何よりも螢子に人並みの生活をさせてやることを取った。
別れの朝、遠野英治は自分の感情をぐっと抑え、
螢子に向けて笑って見せた。
痛ましいまでの献身的な愛は、遠野英治の礎となり
彼の行動原理を形造っていた。



「私は大丈夫。だって、エーくんの彼女なんだもん」

久しぶりに出会った螢子は気丈に笑ったが、彼女の指は傷だらけだった。
世の中は思うようにはいかないものだ。
だとしても。
どんな障壁に阻まれようとも、
遠野英治は自身のすべてを犠牲にして螢子を守ろうと決めていた。

巨大グループの跡取りとして養子に取られた遠野英治を妬む者は多かったが、
彼が孤児だということを嗅ぎつけ、跡取りとしての彼の適性を問う者が現れるたび、
遠野が考えるのは小泉家に引き取られた螢子のことだった。

誰よりも幸せになってほしいと願う螢子がもしこんな恥辱に晒されていたら、と考えるだけで、
正義感が彼の心に火をつけた。
世の中にはびこる有象無象の価値観など、耳を傾けるに値しないものだと一蹴りし、
彼はただ螢子を少しでも引き上げてやろうと、自らの道をひた走った。



そんな遠野にとって、オリエンタル号の乗船チケットは
日ごろ虐げられているであろう螢子に本来の笑顔を取り戻してやれる
またとない機会だった。
だが、愛する螢子の喜ぶ姿を間近に見たい、という彼の無欲な願いすらも
養父母の冷たい反対によって打ち砕かれてしまった。
説明しても、懇願しても、養父母は首を縦に振らなかった。

遠野英治は養父母の理解の無さに愕然とした。

自分はただ一つこの世で信じられるもの、
ただ純粋な愛にのみ生きているというのに、
なぜそれをこんなに否定され、妨害されるのだろうか。

―俺が跡継ぎだからか。
俺の気持ちなんかどうでもいいのか。
そうだ、言うなれば、跡継ぎなんて本当はロボットの方が良いのだ。
ただ人間でなければ表に顔向けできないという理由だけでここに置かれた駒なんだ、俺は。

だが、養父母は一つ間違えている。
人間はロボットと違って、何の正義も信念も無しに生きることはできない。
どんな心無い中傷を受けようとも、どんな過酷な要求を背負おうとも、
俺が迷わずに生きて行けるのは、
この世で唯一の真実がそこにあるからなのだ。

――螢子。


遠野はぶつけようのない悔しさに涙を流した。
なぜ自分が跡継ぎとして課せられる要求に耐え、
生徒会長として、完璧な息子として、努力し続けられているのか、
そんなことすら奴らは考えようとしないのか。

私利私欲にまみれた浅はかな考えから、ささやかな純情をすら踏みにじる連中、
遠野が愛に支えられ重ねてきたこれまでの努力を見ようともせずに
なにもかもを自分の都合の価値観のもとに捻じ伏せようとする連中の
なんと醜く汚いことか!






さて、愛と正義に燃えた遠野英治は、
愛する螢子の無念を晴らし、より良い世の中を作るため、
総勢九名に対する無差別殺人を実行中だった。
悲恋湖に集めた倉田壮一、香山三郎、橘川茂、小林星二の四人を殺し、
次の殺人のタイミングを狙って盗聴を行う。
万事思惑通りに事は進んでいた。
茂みに身を潜ませ盗聴器に耳を澄ませていると、不意に意識が遠のき
気が付くと体育館だったわけだ。



殺人計画を実行に移すにあたり、彼の背中を後押しする最後の要因となったのが、
最近不動高校関係者により立て続けに起きた3件の連続殺人だった。
事件はどれもそれぞれに高い凶悪性を有するもので、
3件目、的場の事件の記事を一面に認めた朝、遠野は確信した。


この学校は呪われている。
ならば乗るしかない、このビッグウェーブに…!


螢子と一緒に撮った最後の写真。その中からいつも彼女は微笑みかけていた。
この笑顔を守るためならなんだってできる。
遠野はあの時の唇の感触を思い出しながら、写真の中の螢子に優しくキスをした。


俺は正義を失った今までの3人のように、失態を犯して死んだりはしない。
俺には螢子がいる。生き残って螢子を守る。
螢子が死なずに済んだ世界を、螢子が幸せになれる世界を作る。
ただそれだけのために、俺はこの人生を捧げるんだ。


遠野英治は正義に燃えていた。






そんなこんなで、尾ノ上の死体を発見した遠野は、
この近くに螢子がいたと知って狂喜した。
螢子が生きている!
それは遠野英治にとって何にも代えがたい希望だった。
迅速な捜索のためにジェイソンマスクを被った遠野は
人類の1.3倍の速さで森を駆けた。

「螢子!どこにいるんだ螢子!」

茂った森の草木は彼の叫びを吸ってあざ笑うように揺れた。
ジェイソンは夜の森を舞う――

ほどなくして。
何気なく見下ろした自分の足元に、
月明かりに照らされた螢子が倒れているのを発見した。


「螢子!!!!」


抱き起こすとそれは螢子ではないようだった。
外見は激似だが、なんとなく気配が違う。
おそらく七瀬美雪だろうと思った。
しかし、ひどい出血である。
他人とはいえ螢子の姿をした者を、遠野が見捨てられるはずもなかった。

「生き返ってくれ、七瀬くん…」

遠野はジェイソンマスクを外すと、自分の服の裾を破り、
女の傷を縛った。
早く螢子を探したい…でも、ここで彼女の死を見るのは
螢子の死をまた見せられるようで耐えられない…。

そんな心境でやきもきしていた遠野なので、
女が目を覚ましたときの安堵は一入のものだった。
彼女は驚いたことに、七瀬美雪でもないらしい。
この世には似た人間が3人ずついるというが、
まさにその3人を自分はコンプリートしてしまったわけである。
やはり螢子との並々ならぬ絆が引き寄せた運命なのだろうか。


「いいんだよ。僕は君が誰であれ、見捨てられなかっただけなんだ。
 …ところで、その傷はどうしたんだい?」

遠野は目の前にいる螢子の分身に優しく尋ねた。
すると、彼女から返ってきたのはとんでもない一言だった。

「…私もよくわからないの。佐伯くんと小田切先生と一緒に歩いていたら、
 後ろから裸のおばさんに襲われて…そのまま矢を…」

「小田切先生…?まさか、小田切進?」

「えっ?ええ、そう言ってたと思うわ。不動高校の先生だって」

「そうか…」


これはとんでもない事態だ、と遠野は思った。
確かに、一度は死んだはずの螢子が生き返っているとなれば、
そういうこともあり得なくはない話だった。
だが彼の知る限り、不動高校の小田切進というのは
学校では温和な教師の仮面をかぶりながら
つい最近、青森県の村を全滅に追い込んだ、恐ろしい人物だ。

それも、遠野の後輩の時田若葉をかどわかし、彼女をホテルに連れ込んだ挙句
彼女を利用するだけ利用して、用済みになると首を落として殺したという
血も涙も無い凶悪犯だった。
バトルロワイヤルなどと言われたら嬉々として殺人に勤しむに決まっている。

その異常な男が、彼女の話ではこの近くにいるらしい。
彼女が裸婦に襲われたのだって、小田切の差し金かもしれない。
螢子にそっくりの彼女が襲われて、螢子が襲われないはずがあるだろうか?
いや、ない。



このままでは、近くにいるはずの螢子が危ない。


遠野は自分のなかに渦巻きだす焦燥を必死に抑えながら、
楊蘭に尋ねた。

「…ねえ、君って、不動高校の方から来たんだよね…?」

楊蘭はこくんと頷いた。

「じゃあ、あっち、で合ってるかな…?」

楊蘭は少し記憶をたどるように迷ったようだったが、
すぐにこくんと頷いた。

「ありがとう。じゃあ、元気でね。」

楊蘭ににこりと笑って一瞥すると、
遠野は振り返って再びジェイソンのマスクをつけた。

殺す…!


熱い血潮の脈動にクラクラする。
自分の感覚器官を抑えることもできないまま、どちらが上か下かもよくわからないままに
彼は再び駆け出した。



この世の中で螢子に害を為す者すべて!

俺たちの幸せに口出しする虫けら共すべて!

殺しつくして!

何もかもが理想的に!!

一抹の不安すらなく!!

完璧に平和な世の中を作る!

そのために俺は、すべてを捧げる!!




遠野英治は正義に燃えていた。




【一日目/黎明/不動山市郊外の雑木林@異人館村殺人事件】


【楊蘭@香港九龍財宝殺人事件】
[状態]負傷(左肩を矢が貫通した程度)(半分くらい治癒)
[装備]2種類の液体が入った袋@電脳山荘殺人事件
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺し合いから脱出する。
0:亡命してた幼少期と比べたら三日間なんてそんなに気負うことでもない。
1:殺されそうになったら殺し返すかもしれない。
[備考]
※参戦時期は、犯行後ファッションショーに出てから刑務所に入れられるまでです。
※日本は香港とあまり変わらないくらい治安が悪いかもしれないと考えを改めました。




【遠野英治@悲恋湖伝説殺人事件】
[状態]健康、返り血、ジェイソンに変身(これをつけると罪悪感が消失する)、ジェイソンモード
[装備]ジェイソンマスク@悲恋湖伝説、果物ナイフ@狐火流し殺人事件、ド根性バット(ミラクルミステリーパワーステッキ最終形態)@美少女探偵金田一フミ3、光太郎が拾った(貰った?)サッカーボール@狐火流し殺人事件
[所持品]基本支給品一式×2、<乱歩>の洗剤+ブラシ@電脳山荘殺人事件、
[思考・行動]
基本:螢子は生きているかもしれない、だが三日待って九条をころす。
0:螢子を探す。優先して探す。
1:螢子は生きているかもしれない、だがSKはころす。オリエンタル号に関連する人間も螢子以外はころしたい。
2:螢子は生きているかもしれない、だが脱出する奴はころす(脱出→escape→エスケープ→SKプである為)。
3:螢子は生きているかもしれない、だが鷹守と若王子はころす。オリエンタル号と竜王丸の関係者全員ころす。
4:螢子に危害を加える可能性のある参加者は全員殺す。凶悪犯は優先的に殺す。

[備考]
※参戦時期は、小林を殺害した後。
※SKが嫌いです。オリエンタル号に載っていたSKは勿論、載ってないSKも嫌いです。
 とりあえず色々殺します。何かと難癖をつけて螢子以外はどんどん殺します。
※ジェイソンマスクを被っている間は、ジェイソンに変身。
 そうなると、何百人殺しても心を痛めないようです(TVアニメのファンブックより)。
※ジェイソンモードになると身体能力や回復能力、危険察知能力、その他もろもろがほんの少し上がります。




025:おねショタ 時系列 027:理由など無くても死ぬときには死ぬ
025:おねショタ 投下順 027:理由など無くても死ぬときには死ぬ
016:六角村 楊蘭
021:霧と雲が混ざりあって…… 遠野英治 033:ジェイソンの仮面

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最終更新:2017年06月15日 13:51