沖木島南部の山岳を疾走する影が一つ。
均整の取れた四足歩行のシルエットが、闇夜の中にぼんやりと浮かび上がる。
その正体は一人の参加者。
否、一匹の獣である。
黄色毛と黒毛の縞模様。その中に紛れ込む光線のような独特の模様。
その口から覗かせる牙。四足から剥き出しになる鋭い爪。
狩猟の為に鍛え上げられた、天性の強靭なる肉体。
これは何だ。この獣は何者か。
―――――――――――虎だ。
その姿を見た人間は誰もがそう答えるだろう。否、そうとしか形容が出来ない。

虎は強靭な四肢で大地を蹴り、山の斜面を駆け下りていた。
彼は生まれながらの狩人だった。
獣としてこの世に生を受けた瞬間から、彼の生活は戦いと殺戮で彩られていた。
自然豊かな無人島で奔放に生き、鹿や猪などの獲物を狩り続けた。
やがて島の開発に乗り出した人間との縄張り争いに発展し、武装した人間との死闘に明け暮れた。
多くの仲間たちが散っていった。多くの自然が踏み躙られて行った。
人間は狡猾だ。そこいらの獣とは違う。
頭を使い、武器を使い、的確にこちらを追い詰めてくる。
この世のどんな野獣よりもずる賢く、おぞましい種族だ。

ならば、彼らに勝つ為にこちらも頭を使わねばならない。
狡猾な猿を殺すためには、奴らを出し抜ける程に狡猾にならねばならない。
故に虎は彼らを狩る為の策を練り続けた。

人間が仕掛けた罠の破壊。
複数の狩猟者の分断による各個撃破。
自然環境を利用した奇襲攻撃。
持てる手段をとにかく使った。
人間を殺す為に。
住処と仲間を蹂躙する猿を駆逐する為に!
卑劣な人間との戦いを重ね、虎は『知恵』を手に入れた。
強靭な肉体と野生のカンのみで狩りを続けていた獣は、この世で最も狡賢い種族との戦いの中で合理的な『狩りの手段』を体得していった。
皮肉にも、人間との戦いが虎をより強力な狩猟者へと育て上げたのだ。

そして彼が人間を憎み、蔑むようになったのも当然の帰結だった。
人間共は欲深い。自分達の繁栄の為ならば平気で自然を踏み躙る。
人間共は狡賢い。自分達を邪魔する獣達を徹底的に追い詰めていく。
人間共は愚かしい。自分達でこんな無意味な殺し合いをしてしまうのだから。
その愚かしい殺し合いに巻き込まれてしまったことは、彼自身にとっても不本意なことである。
人間同士の共食い以下の争いに何故自分が付き合ってやらねばならないのか、とさえ思った。
しかし参加させられてしまった以上最早取り返しは付かない。
憎き人間を殺戮して優勝し、ナオ=ヒューマをも殺す。
それが自分を下らない殺し合いに巻き込んだ人間共への鉄槌であり、自分の住処を穢した人間という種族に対する復讐だ。


愚かしい猿共よ。
獣の怒りを思い知るがいい。
この牙によって―――――――全てを血祭りに上げる。
虎(フレイス)は復讐の炎を滾らせながら、走り続ける。



『早速獲物を見つけたンゴwwwwwww
 ほんま負ける気せえへんわ、狩猟はワイの十八番やぞ(虎語)』



あっそうだ(唐突)
さっきまで虎ニキは山の斜面の上から会場を見渡していたんや。
そんで追いかけっこしてる二人の参加者を見つけたんやで。
決まっとるわ、人間だから狩るんやぞ。
やったれ虎ニキ!狩りの始まりやで!


◇◇◇◇



「あの、島津くん?」
「何すかポリさん」
「その、なんというか、ごめんね?」
「そっすか」
「そんな可愛い顔してるから、てっきり女の子かと……」
「…………」
「……やっぱり怒ってます?」
「いや別に」
「怒ってますよね……?」
「はぁ……」


H-5の草原の木陰に座り込む影が二つ。
さっきまで追いかけっこを繰り広げていた二人の参加者が、何とも言えぬ空気で会話していた。
女顔の男子高校生、島津 蒼太。そして婦人警官、阿良 愛である。
先ほどまで追いかけられていた蒼太は木の幹の側で胡座をかき、右足の上で頬杖を突きながら溜息を吐いている。
「正直言って、マジで殺されるかと思った」というのが彼の感想である。
追いかけていた張本人である愛が数十分ほど掛けてようやく冷静さを取り戻したことで何とか危機から脱した。
愛も初心さ故にひょんなことから暴走してしまったことを恥じらい、気まずそうな態度で蒼太の近くに座り込んでいる。
先程までの箍が外れた行動が狂化スキルの影響の片鱗であることなど、彼女には知る由もない。

「別にもういいっすよ……というか疲れたし、まず休ませて」
「すみません……」

疲れ切った表情で木に寄りかかる蒼太に愛はしゅんとした態度で謝る。
そんな彼女の姿を蒼太はちらりと横目で見つめる。

(ホントに天然というか、抜けてるっていうか……)

縮こまった愛の姿を見て、ぼんやりとそんなことを思う。
出会ってからまだ数十分程度の仲であるが、愛の人となりは何となく掴めてきた。
悪い人じゃあない。でも天然。どこか抜けている。
しかもうっかり「アソコ」を触ったくらいで取り乱すくらいには初心。
警察官だし腕っ節は立つのだろうが、ある意味で微妙に頼りない。

「あっ、今『この人本当に大丈夫かな』って思いませんでした?」
「知らないですよ」
「顔にちょっぴり出てますよ、でも安心してください!
 さっきの不手際の分まで島津くんの身は守らせて頂きますから!
 なので『大丈夫』です!私を頼っちゃってください!」
(うざいなこの人……)

そして若干空気が読めないというか、遠慮がない。
蒼太はそんな愛の言動に軽く頭を抱え、やれやれと言った表情を浮かべた。


「というか別に守らなくていいですよ。僕はポリさんにとって足手纏いになると思うんで、一人で隠れてますから」
「そういう訳には行きません!」

そう言いながら愛はグイッと蒼太の方へ身を乗り出すように近づく。
急に接近してきた愛に辟易して顔を逸らしたのも直後のことである。

「私は警官です!警官にとって最大の職務は市民の命を保護することです!
 君が足手纏いであるとか、役に立つとか、そういうのは勘定に入れたりしません。
 何故なら一般人を守るのが警官の勤めだからです!打算で人を助けるつもりなんて私にはありません!」

高らかな宣言。
真っ直ぐな眼差しと共に伝えられる確かな思い。
愛の警官としての矜持に、蒼太は少しばかり怯む。
同時に、どこかくすぐったいような感覚に襲われる。

(……やっぱり苦手だな、この人……)

内心、そんなことを思った。
蒼太には『親しい者』がいなかった。
友人なんて者はいないし、恩人と言えるほど綺麗な関係にある大人だっていない。
周囲は喧嘩屋の不良として悪名高い蒼太を露骨に敬遠するし、蒼太にわざわざ付き合おうとする大人は警察くらいのものだ。
自分の身を案じてくれる両親なんてものもいない。物心ついた頃には既に親戚の家で育てられていた。
その親戚でさえ喧嘩に明け暮れる蒼太を疎み、結果として半ば勘当のような形で追い出された。
蒼太の周りには彼を認めてくれる者なんていないし、彼の身を案じてくれる者だっていない。
唯一の例外があるとすれば、勘当された自分に付き添ってくれた姉だけだ。
蒼太を心配してくれる人間は、実の姉だけだ。

「なので安心してください。君が何であれ、私は君を守りますから!」

だからだろうか。
阿良愛には、どこか苦手意識を感じていた。
彼女が警察官だということもあるが、それ以上に彼女の性格にむず痒さを覚えていた。
真っ直ぐな眼差し。自分の身を本気で案じて投げかける言葉。
そこに打算や哀れみなど感じられない。
今まで自分を補導してきた警察官達が向けてきた『呆れ』の感情も無い。
あからさまに素の、天然の善意。
この状況で何の疑心暗鬼も無く、本気で自分を守ろうとしている。
他人からその身を案じられた経験に乏しい蒼太にとって、愛の態度はどこか慣れないものだった。



「そしてッ!!最終的にはこの殺し合いを打破し!!『圧制者』を叩き潰します!!!」



――――続けて吐き出された言葉に、蒼太は再び唖然とする。


蒼太には阿良愛が解らなかった。
数十分前、彼女と出会った時もそうだった。

『それでも!私はこの集団拉致と殺人を犯した『圧制者』の傲慢と強者の驕りを叩き潰してみせますよ!!』

愛が天真爛漫で正義感の強い真っ直ぐな警官であるということは理解出来る。
それは解るのに、何かがおかしい。
時折人が変わったように『圧制者』とやらへの怒りを露わにする。
しかもその時の愛の目は決まっておかしい。
なんらかの狂気に取り憑かれてるかのような、そんな目を見せるのだ。

(犯人に対しては豹変するタイプなのか……?
 いや、でも、何か違う気がするというか……何か……おかしい……)

蒼太は内心で疑問を抱く。
何か引っかかるような感覚がする。
阿良愛という人間のキャラクターからどこか掛け離れているような、そんな違和感がする。
そんなことを考えていた最中、愛が先ほどまでの純真な表情へと戻る。

「ま、とにかく島津くんは私が保護しますので!」
「いや、だから別にいいって」
「遠慮しなくて大丈夫です!君はまだ若いんですから、大人にじゃんじゃん頼っちゃって下さい!」
(あんたも十分若いだろ)

心の中でツッコミを入れつつ、蒼太は考える。
とにかく、彼は阿良愛という人間に危うさを感じていた。
まず「根っからの善人」という時点で何処かで下手を打ちかねない。
その上明らかにイっちゃってる目で主催者にケンカを売ろうとしている。
先ほどの追いかけっこのように、時にはしょうもないことで感情的になって暴走することもある。
不安な要素しかない愛に付き合う気は更々無かった。
尤も愛も引く気はないらしく、そのことが蒼太を悩ませていた。

(どうやってこのポリさんから離れるか……)

言い訳が通用しないのはここまでの会話でだいたい解った。
それっぽい理屈で離れようとしても意固地になってくるのも解った。
ならば全速力で彼女から逃げるか……否、多分無理だ。
この人ならどこまでも追いかけて来かねない。
蒼太の中で選択肢が潰されていき、次第に「潔く諦める」という回答が浮かび上がってくる。
いっそ諦めて暫くは愛と行動を共にするか。
その道中で別の参加者と友好関係を結んだ際、その人に着いていくなり何なりするか。
正直それくらいしか手立てがなさそうだと蒼太は思いつつある。
というか、最早それくらいしか選択肢がない。
はぁ、と蒼太はため息をついた。

(まあ、いいか。暫くはこのポリさんと)

思考していた直後のこと。
何の脈絡もなく、突然に愛が蒼太を押し倒した。
余りにも唐突な出来事に蒼太は思考が追いつかず。
彼の小柄な身体は、包容力のある女体になすすべもなく覆い被された。

は?と思わず声を漏らす蒼太。
いきなり何してんだこの人は、というか何するんだこの人は、そんなことを思いつつ。
女性との経験を持ったことがない蒼太からすれば、女性に押し倒されるなど未知の体験であり。
僅かに顔を紅潮させながら、声を上げる。


「ちょ、いきなり、何を――――――――」


その瞬間、蒼太の表情が変わった。
べちゃりと彼の顔に温かい液体が零れ落ちた。
それが何なのか、すぐに理解した。
血だ。
愛の首筋から滴る、赤い血だ。


(何が、起きて)


蒼太は愕然とする。
唐突な惨劇に、ただ唖然とする。
そして彼は、『それ』に気づいた。
自身に覆い被さる愛の首筋に喰らい付く、一頭の『虎』の存在に気づいたのだ。


◇◇◇◇



山沿いの道を、一人の少女が駆け抜ける。
忙しなく何かを追跡し続ける。
少女は音も無く、気配も無く、激しくも静寂に満ちた走法を繰り出す。
それは彼女自身の能力と『異能力』の相乗効果による賜物。
忍者としての隠密技能。暗殺者の英霊としての気配遮断能力。
今の彼女には、その二つが上乗せされていた。
その姿を見た者は『くノ一』を連想するだろう。
隠密任務を生業とする忍びの女。
女でありながら影に生き、影に死ぬ、修羅の者。
尤も、彼女は未だ修羅には程遠い少女に過ぎないのだが。

ワイシャツにベスト、スカートとその姿は一般的な女子学生となんら変わりはない。
しかし顔にかけたメガネには彼女の嗜好を表す『手裏剣』の模様が刻まれており。
その右腕には『布』が巻かれ、異能の象徴である『呪腕』が覆い隠されていた。
少女の名は『成沢 弥生』。
忍者に憧れる女子高生であり、山の翁の異能を獲得した参加者だ。

自身の右腕を見て『異能』について把握した弥生は、気配遮断スキルを利用して隠密行動を開始した。
古今東西の英雄が登場するFateに関しては多少齧っている。
尤も彼女が好む英雄である忍者が殆どいないので、余りのめり込んではいないのだ。
最初に呪腕を目にした時には多少驚いたものの、すぐに適応した。
弥生はアニメで見た忍者に憧れ、高校に進学した今でも忍者になることを夢見て本気で修行している。
言うなれば、どこかズレた少女なのだ。
それゆえに自身の異形の右腕に関しても『そういう異能なのだから』とすぐに割り切れた。
普段は右腕が使えなくなるため、少々不便なのが面倒だとも思っていたが。

(まさか『虎』がいるなんて……!)

そして、弥生が追跡していたのは『虎』だった。
隠密行動を続けていた彼女は、遠目から山の斜面に立つ虎の存在を確認したのだ。
一定以上の距離が離れていたこと、気配遮断スキルによって身を潜めていたこと、虎が主に見渡していた東側とは逆の西側の物陰に身を隠していたこと。
それゆえに弥生は虎に存在を感付かれなかった。
この暗闇で虎の姿を視認できたのも、忍者の修行によって暗闇に目を慣らしていたからだ。
虎が斜面を下りて東側へと向かっていった直後、彼女は迷わず虎の追跡を開始した。

弥生の行動方針。
それはこの殺し合いに巻き込まれた弱者の保護。
そして殺し合いを打破する方法の模索だ。

彼女は幼い頃に弱きを救い、強きを挫くアニメの忍者に強い憧れを抱いた。
それは彼女の中の忍者観にも強い影響を与えた。
弥生にとって忍者はヒーローである。影に生きる者でありながら、時に人を救う存在でもあるのだ。
故に弥生は己の中の夢をひた向きに守り、貫き続ける。
この殺し合いにおいても『正義の忍者』として振る舞い、ナオ=ヒューマに抗うことを決意したのだ。
恐怖がないわけではない―――――だが、やらねばならないのだ。
忍者は己を殺す。恐怖や不安を断ち切り、任務を果たすのだ。

(そう、今のわたしは忍者。冷徹に戦い、弱者を守る影の者!
 悪しき者に天誅を下すのも忍びの役目!)

弥生が虎を追跡しているのは、虎を脅威だと認識したからだ。
人間ですらない動物までこの殺し合いに巻き込まれていることには驚いたし、ナオ=ヒューマの見境のなさに頭を抱えそうになった。
虎といえば猛獣だ。理性を持つ人間とは異なり、本能によって周囲へ積極的に危害を加える可能性が高い。
その動向を追跡し、警戒を払う。弱者に危害を加えようとするならば止める。
それが弥生の現在の行動方針だ。
忍者の修行を大真面目に続けてきた弥生にとって、隠密行動は大の得意。
ましてや気配遮断スキルの効果まで上乗せされているのだから、身を潜めることにおいては他の参加者の追従を許さない。
そう、普通ならば。


「―――――君!!そこの君っ!!」


山沿いを走る弥生の耳に声が届く。
それは明らかに彼女を呼び止める声であり、弥生は一瞬呆気に取られる。

(……あれ?気配遮断って、見られたら効果無いんだっけ?
 というか開幕早々見つかるって忍者失格……いやいやいや!まだ挽回できる!きっと!)

弥生は間違いなく気配遮断スキルを機能させていた。
にもかかわらず、声の主は弥生の存在を認識して声を掛けてきたのだ。

(とにかく、今はひとまず声の主と接触!ファイトだ弥生!)

疑問を抱きつつも弥生はザザッと土の上を滑るように足を止める。
直後に、近くの草陰から人影が姿を現した。

「君も殺し合いの参加者だよね!?」
「はい!あ、それと大丈夫です!わたしは殺し合いには乗っていません!」
「そうか、よかった……!俺も殺し合いなんて御免だよ」

弥生の前に現れたのは、Tシャツにジーパンといったカジュアルな服装の青年だった。
暗闇で少々姿が見えづらいが、恐らく大学生くらいの年頃だろうかと弥生は判断する。
端正な顔立ちの青年は爽やかに笑みを浮かべながら、弥生へと歩み寄る。

「俺は藤崎 直哉。君は?」
「成沢 弥生、忍者を目指す16歳です!宜しくお願いします!」

両手をビシッと組んで忍者ポーズを取りながら挨拶をする弥生に、直哉は少しだけ呆気に取られる。
忍者?と頭の中に疑問符を浮かべるが、当の弥生は純真な表情でこちらを見据えている。
どうやら今の挨拶、大真面目に言っていたらしい。
天然の変人なのかなと直哉はやや失礼なことを思う。

対する弥生は挨拶の後、じっと直哉を見つめていた。
殺し合いに乗っていないというこの青年を観察していた。
忍びは影に生きる者。
闇夜に潜み、悪を欺く者だ。
敵もまたこちらを欺き、陥れてくる可能性がある。
故に僅かとはいえ直哉を警戒していた。
見てくれは……普通の青年。
特に武器らしきものを隠している様子はない。
いや、異能力が戦闘向けのものだったら武器を持つ必要がないだろう。
もしかすれば隙をついて攻撃を仕掛けてくる可能性もあるかも。
しかし、こうして態々声をかけてきて姿を現したのだ。
案外本当に乗っていないのかも――――と思考を繰り広げていた最中。
無言が続いたことに痺れを切らした直哉が問いかけてきた。

「えっと、弥生ちゃん……でいいかな。君、さっき走っていたよね?
 まるで何かを追いかけているみたいだったけど……何かあったのかい?」
「あっ、そうだった!わたしは『虎』を追いかけていたんです!!」
「は?虎?」
「そう、虎です!首輪をつけていたので、恐らくあの虎も参加者でしょうね。
 地図で言うと……たぶんH-3だったかな。そこの山の斜面から虎が降りていたのを見たんです。
 私はその虎を追いかけ、危険があれば止める為に追いかけていたんです!」

弥生が伝えた情報に直哉は目を丸くする。
参加者に虎がいた。
そう、虎である。猛獣である。
その事実を聞き、直哉は頭を抱える。
同時にさも当たり前のように『虎を追いかけていた』と答える目の前の少女に呆れた様子を見せる。
冷静に考えて無謀だろう。
幾ら異能力があるからって、虎を追いかけようとする人間がいるか。
直哉は呆れながら問いかけを続ける。

「虎を止めるって……大丈夫なの?普通に考えて強いじゃん虎、異能力とか関係ないじゃん」
「大丈夫です。忍者の修行を積んだ身ですよ、わたし!それにわたしにも異能力はありますから!」

自信満々に言ってのける弥生に、直哉はぽかんとした表情を浮かべる。
彼女は本気で虎を止める気満々なのだ。
自分の忍術とやらで大真面目に戦う気なのだ。
真剣にボケている善人。忍者を自己に投影して酔っている厨二病。
直哉は目の前の弥生を見て、そんなことを思った。
正直言って、適当なところで早死にしそうな気さえしてくる。

弥生という少女が性格に難があることは理解した。
しかし、それを差し引いても中々の美少女だと直哉は思う。
綺麗な黒髪のポニーテールに、あどけなさを残した顔立ち。
スタイルも悪くないし、間違いなく可愛らしい部類に入る少女である。
目の前に立つ弥生の出で立ちをまじまじと見つめながら考える。
まるでじっくりと品定めをするように、直哉は彼女の体を眺めている。
そんな直哉の態度に、弥生は少しばかり不安を覚えつつも問いかける。

「あの、藤崎さん?どうしました?」
「ごめんね、弥生ちゃん」
「えっ?」

その直後。
ストンと弥生がその場に尻餅をつく。
そして、弥生が顔を上げる。
眼前の直哉を見上げる。
―――あれ、大きい。
呆気に取られたように、弥生は直哉を見つめる。
明らかに直哉が『巨大化』している。
せいぜい自分よりも一回りほど背が高い程度だった直哉が、明らかに大きくなっている。
何とか立ち上がろうとした弥生の視線は、直哉の太腿から下半身ほどの高さしか無かったのだから。
弥生の頭に数多の疑問が浮かび上がる中、直哉は乱暴に彼女の体を引っ張った。
そして草陰へと無理矢理連れ込み、押し倒す。

「ちょっと乱暴させて」
「は?ふぇ?」
「君、可愛いね」
「え、あの」
「でも小さくなった君はもっと可愛いよ」
「え、え、え……?」

困惑する弥生。
何を言っているのか訳が解らない。
何が言いたいのか理解できない。
だが、自分の状況は少しずつ理解し始めていた。
直哉が大きくなっているのではない。
自分が小さくなっているのだ。
自分の身体が、子供のように幼くなっているのだ。
そして直哉の足元から伸びる影は、まるで『守護霊』か何かのような姿を形成していた。
すぐさま彼女は『異能力』のことを思い出した。
もしかして、これが、これこそが直哉の異能力。
でも、どうして。
殺し合いに乗っていなかったはずなのに、何で。



「……さて、まあ歳はこれくらいでいいかな。
 下手に若返らせすぎて赤ん坊になっちゃったら可哀想だし。
 弥生ちゃんホントごめんね。色々ワケわかんないと思ってるだろうけどさ」


そんなことを呟きつつ、直哉の『守護霊』が姿を消す。
軽薄な笑みを浮かべる彼の姿に、弥生はぞくりと背筋に寒気が走る。
本能的な恐怖を胸の内から覚えたのだ。

子供の頃に見た忍者の活躍に影響され、今でも夢を見続けている弥生は本質的には純粋だ。
任務の際には冷徹に振る舞えるだとか、冷静沈着で切れ者の忍者だとか、彼女は自分をそう思っているかもしれない。
しかし、そんな筈がない。
身体能力を鍛えるだけで都合よく忍者としての精神的な素養に目覚める訳がない。
彼女は夢に恋する天真爛漫な少女に過ぎないのだ。
故に彼女は人間の本物の悪意を見抜けないし、注意深く観察したつもりでこうしてまんまと騙されることになる。
弥生は上手く警戒したつもりで、その実根本的な部分を見落としていたのだ。
そして、弥生の疑問を遮るように、直哉は堂々と宣言した。




「君のおかげで死ぬ前に幼女を無理矢理犯したい夢が叶うッ!!!!!!」




藤崎直哉。
彼は生粋のロリータ・コンプレックスであった。





(よっしゃああああああああ!!!『セト神』じゃん俺の異能力!!!!
 俺の人生始まったああああああああああ!!!!!)



弥生と出会う少し前のこと。
藤崎直哉は幸せの絶頂に立っていた。
何故なら彼が与えられた異能力は『セト神』だったのだから。
本体の影と一体化し、影に触れた者を若返らせるスタンド能力だ。
ジョジョの奇妙な冒険を読んだことのある直哉はすぐさまその能力の有用性を理解した。
本来の使い手であるアレッシーは成人であるポルナレフを幼い子供にまで若返らせていた。
正直に言って、『最高』以外の感想が出てこなかった。


藤崎直哉はロリータ・コンプレックスである。
無論、周囲にはその本性を隠している。
というか、バレたら社会的に終わるのだから当然である。
数年前に女装した少年をナンパしたあの日から、彼の性癖は狂ってしまった。
あの一件にショックを受け、絶望し、直哉はそれ以来14歳未満の少女にしか興奮できなくなってしまったのだ。
どうしてこうなったとか、何で幼女趣味に目覚めたんだとか、本人もよく分かっていない。
ただ目覚めてしまったものは仕方ないし、それを否定するつもりもない。
故に直哉は数々の幼女に手を出すようになった。
盗撮の技術を鍛えるために大学では写真部に所属したし、時には小学生と援助交際をすることさえあった。
そんな彼が『生物を若返らせる能力』を得たのだ。喜ばない筈がない。
いかれたワオキツネザルのようにはしゃいでいた直哉だったが、はしゃぎ疲れたのでふぅと一息つく。

どうやら自分は殺し合いに巻き込まれてしまったのだと、直哉は理解する。
正直言って、最初のルール説明の時はあまり真面目に話を聞いていなかった。
夢か何かだろうと思って話半分にしか聞いていなかったのだから。
かろうじて殺し合いやら異能力やらの話は耳に挟んだが、この会場に転送されるまではずっと夢だと思っていた。
尤も、そんな幻想はすでに打ち砕かれているが。

そこで直哉はひとまず自分の異能力と支給品を確認することにした。
出てきた異能力はスタンド『セト神』。
直哉、大喜び。

その瞬間から直哉の行動方針は確定する。
セト神を使って女性を幼女化し、無理矢理ヤる。


(一度は夢見た幼女の陵辱をやってみたいッッ!!!)


直哉は心の底からそう思ったのである。
あのナオなんちゃらが言うからには、この殺し合いで起こったことは表沙汰にならないらしい。
まあこんな非人道的なゲームをやらかしてるんだから当然だろう。
つまり自分が幼女を陵辱しても表沙汰にはならない。犯罪にはならないのだ!
「絶対捕まるから」という理由で避けていた暴行が、ここでは許される!
ならばやるしかない!
直哉はそう決意したのだ。
幼女相手の援助交際を幾度となく繰り返している直哉にまともなモラルなど存在しない。
最早彼の欲望は援助交際だけでは収まりがつかない。
嫌がる幼女を無理矢理力で押さえつけ、蹂躙する――――やってみたかった。
ロリータ・コンプレックスである直哉にとって最大のロマンであった。
想像するだけで興奮が止まらない。

そうと決まれば早速行動開始である。
直哉は支給品である『首輪探知機』と『双眼鏡』を利用し、遠方から走ってくる参加者の存在を草陰から把握したのである。
どうやら若い女性のようだ。
双眼鏡についた暗視機能のおかげでそれを確認できた。

(よしきた)

相手が女性と見るやいなや、直哉は即座に次の行動を決める。
彼女に声をかけ、友好的な素振りを見せて油断を誘い―――セト神で幼女化。
欲望に素直なだけあって、欲望を前にした直哉の判断は早かった。



「―――――君!!そこの君っ!!」



◇◇◇◇




「あ、が、あ――――」
「阿良、さん」



己を庇う女性の名を、愕然と呼んだ。
蒼太の顔に、愛の血が降り掛かる。
生暖かい赤い液体の感触を気にしている余裕等、無かった。
愛は首筋を噛み付かれ、瞳孔を震わせる。
『虎が襲い掛かってきた』などという非現実的な光景以上に。
蒼太は、自分を庇った愛から目を離せなかった。



「がっ―――――――」



再び、愛の首筋から血が噴き出す。
虎がより強く牙を突き立て、傷口を切り開いたのだ。
ぐしゃり、ぐしゃりと肉に牙が突き刺さる音が響く。
阿良さん、と声を上げる蒼太。
されど、反応は返ってこない。
虎に首を食らい付かれ、愛は何も答えることが出来ない。
蒼太の中に、戦慄が走る。
『死』というものを、改めて実感する。

蒼太とて、血には慣れている。
殴り合いの喧嘩なんてのは日常茶飯事。
ヤクザに喧嘩を売ったことさえもある。
人を殺す寸前の暴力を振るったことだって、何度もあった。

だが。
それはいつだって、自分一人で売り買いした喧嘩だった。
蒼太が生きてきたのは、暴力の世界。
それはつまり、力でしか自分を主張することの出来ない血濡れは領域。
其処で生きている連中は、決まっている。
ごろつき共だ。
やり合う相手は社会からの逸れ者のみ。
不良やギャング、ヤクザと言ったお天道様の下で大手を振って歩けないような人間だけだった。
そんな同類同士での暴力なんてものは、呆れ返る程に繰り返した。
根っから闘争を好む訳でもないのに、気が付けば蒼太にとってその世界は奇妙な居場所と化していた。
そこに見ず知らずの他人を引きずり込んだことなんてない。
蒼太は己の喧嘩に、無関係の者を巻き込んだことは無かった。
自分を守るために誰かが傷付いたことだって、今まで一度も無かった。

故に、蒼太は愕然としたのだろう。
自分を守って重傷を負った愛の姿に。
自分の不手際で愛を傷付かせたという事実に。
自分はこうして、何も出来ずに尻餅を突いているという情けなさに――――――



「ッの、が、あああああああああああああああああああああああ!!!!!」



咆哮。
それは阿良愛の叫び。
そして轟音。
何かを投げ飛ばすような激しい音。
瞬間、虎の身体が宙を舞う。
投げ出された身体が吹き飛び、そのまま地面へと叩き付けられる。
吹き飛んだ勢いで虎は地面を転がるも、直後に立ち上がり再び戦闘態勢を取る。

蒼太は―――――ただただ、驚愕することしか出来ない。
目の前で起こった異常事態に、呆然とすることしか出来ない。


「だい、じょ、ぶ、しま、づ、く、ん――――?」
「阿良さ……いや、その、ポリさん……その傷」
「あー、これ、たぶん、わたしの、いのう」


首筋から血を吹き出しながら、愛は声をかけてきた。
強がるような弱々しい笑みを浮かべながら、蒼太の身を案じたのだ。
唖然とする蒼太。
言葉を失うに決まっている。

愛は首筋を噛まれたにもかかわらず、力づくで動いて見せたのだ。
そして、反撃。
自身の首に喰らい付く虎を無理やり引き剥がし。
腕力を振り絞り―――投げ飛ばしたのだ。
無謀。無鉄砲。否、普通に考えれば無理。
痛みと出血多量によってまともに動くことも出来ない筈。
そもそも虎を投げ飛ばすというのが無茶にも程がある。
なのに、彼女は動いて見せた。
一言で言って、おかしい。
『不死身の存在』でもなければ、まず有り得ない。



グジュル。グジュル。グジュル。グジュル。グジュル。



奇怪で不快な音が蒼太の耳に入る。
それが血肉の蠢く音だと気付いたのは数秒後。
愛の首筋の傷口から、肉塊のようなものが盛り上がっている。
それはまるで肉の絆創膏のように傷口を塞いでいく。
先ほどまでの負傷など何事もなかったかのように、愛は瞬く間に『自己再生』を果たしたのだ。
これが彼女の異能力の一片。
首を切られようと即座に微量の魔力で再生を果たし、傷つけば傷つくほどに強くなる狂戦士――――スパルタクスの能力。


「ッ、はあ―――――――」


愛はよろよろと立ち上がり、蒼太を守るように構えた。
先程までは『早死にしそうで不安しか感じない』と思っていた彼女の姿が、どこか大きく見えた。

そして、愛が振り返る。
蒼太を安心させるかのように、口元に微笑みを浮かべながら。
先程の負傷なんて、何事も無かったかのように。


「島津くん、逃げて下さい」
「でも、ポリさん」
「だいじょーぶ……ですよ。私、自衛隊いた頃、熊殺しとかよばれてたんですから――――」


瞬間。
愛の身体が大きく仰け反る。
蒼太と言葉を交わした一瞬の隙を突き、接近した虎が鋭い爪を振るったのだ。
防弾防刃ベストを纏っていたことで深手にはならなかったものの、そのパワーの前では愛とて怯む。


「早く!逃げてッ!!」


愛が叫んだ。
それは先程までとは異なり、鬼気迫る態度であり。
蒼太は一瞬迷った後、すぐに駆け出した。
この場から離れるために。
愛の足手纏いにならないために。
蒼太は立ち上がり、走る。



―――――虎が動いた。



愛へと右前足の爪を再び振るおうとした直後。
虎は爪を命中はさせず、そのまま大地へと前足を振り下ろし。
『異様な瞬発力』で、駆け抜けた。


愛の横を通り抜け、虎が目指す先。
それは走り出した蒼太の方であり―――!



「こんのおおおおおおおおおおおッ!!!!!
 お前の!!相手はッ!!!この私でしょうがァァーーーーーーッ!!!!!!!!!」



吠えるッ!!
愛は獣の如く吠えるッ!!!
自衛隊の訓練で鍛えた強靭な肉体で瞬時に駆け出し、虎へと体当たりを行うッ!!!!

されど、虎は瞬時に躱す。
刹那の間に振り返り、突進する愛へと向かって走り。
そのまますれ違いざまに爪で胴体を引き裂いたのだ。
コンマ数秒。愛の反射神経にも反応できない速度。


「ぐあっ!?」


愛の脇腹から血が噴き出す。
今度は前足に力を集中し、『正確に』ベストの防御を突破する一撃を叩き込んできたのだ。
直後に、当然の如く瞬時に傷口が塞がる。



「くっ、そ……!!」


愛は周囲を忙しなく見渡した。
虎は草原を跳ね回るように駆け抜けていた。
異様な瞬発力。残像すら見えるほどのスピード。
まるで愛を翻弄するように、彼女を中心とした草原の一帯を駆け回る。
蒼太の追跡が不可能と見たためか。
虎は、愛を『狩る』ことを選択したのだ。



(幾ら何でも、速すぎやしませんか……!?)



凄まじい疾さで動き回る虎に、愛は歯ぎしりをする。
愛とて自衛隊や警察で鍛錬を重ねてきた。
その身体能力、動体視力は並の人間をはるかに上回る。
ましてや、かつて強靭な熊をも退治したことがある愛だ。
その実力はそこいらの自衛官、警察官の比にならないレベルに到達している。

しかし、それでも尚この虎の動きは。
残像を『目』で追うのが、精一杯ッ――――!

スパルタクスという英霊は、基本的に剣と肉体で戦う。
その攻撃能力もまた、純粋な身体能力に依存する面が大きい。
故に、身体能力で捉えられぬ相手には分が悪い。
凄まじい高速移動能力を持つ敵の前では、『受身』の状態で構えることしか出来なくなるのだ。

身構える愛の耳に、幾度となく小気味良い音が響く。
それは残像を残しながら駆け回る虎が雑草を踏む音。



ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――――




(何処だ?)




ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――――




(何処から来る!?)




ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――――




(この虎は何処から攻めてくるッ!!?)




ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――――




(落ち着けッ!!落ち着きなさい、阿良愛ッ!!!)




ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――――




(攻撃の瞬間はいずれ来る!)




ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――――




(その時に一気に叩けばいいッ!!)




ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――――




(奴にだって隙は必ず、)




ザッ、ザッ、ザッ ヒュンッ ザッ、ザッ――――



「いッ」



顔面に、右目へと目掛けて何かが飛んできた。
それが小石だと気付いたのは一瞬の後。
愛は目の下へとぶつかった小石に対し、反射的に目を閉じてしまい。




瞬間。
虎が、跳躍したッ!!!




愛は驚愕した。
一瞬で飛びかかった虎が、愛を押し倒したのだ。
先ほど飛んできた小石は、虎が草原を駆け回りながら口に咥えて投げつけたものだったのだ。
まさか駆け回りながら小石を回収したというのか。
それとも予め小石を口の中に仕込んでいたのか。
答えは分からない。ただ確かなことは、一つ。
この虎は小石の投擲によって相手に隙を作り、その『一瞬』を恐るべき瞬発力によって突いてきたのだ!


「こ、な、くそォッ!!!!」


勢いよく愛の頭部に喰らいつく虎の顔面に鉄拳が叩き込まれる。
虎はその衝撃に耐え、愛の頭部に噛み付く。
グジュル、グジュル、グジュル、グジュル――――
されど愛の頭部に突き立てられた傷は、今も尚再生を続ける。
それでも尚、虎は噛み付く。
それでも尚、愛は殴る。
それでも尚、虎は噛み付く。
それでも尚、愛は殴る!殴る!殴る!
それでも尚、虎は噛み付く!
不死身の女の頭部を食いちぎらんと、顎の力を強める――――!



「退けえっ!!!!」



凄まじい勢いで、愛の左腕が動いた。
その手に握られているのはサバイバルナイフ!
懐に仕込んでいたナイフが、虎の頭部へと突き立てられたのだ!

咄嗟に躱そうとする虎。
しかし愛に噛みついていたのが仇となり。
虎は回避が遅れ、躱しきれず。
そして。
虎の頭部にナイフが食い込む。
虎は驚愕する。
虎は吠える。
虎は。
虎は。
虎は。
虎は――――傷を負っていないッ!!!



「え……!?」



愛もその目を丸くさせ、驚愕の表情を見せる。
透過している。
虎の頭部に突き刺さっているように思われたナイフは、虎を傷つけていなかった。
ナイフの刃は、虎の頭部をすり抜けていたのだ!


虎は咄嗟に愛から離れ、距離を取っていた。
虎もまた、先ほどの透過が想定外と言わんばかりに回避行動を行っていたのだ。
頭部の傷を再生させながら、愛は立ち上がる。
虎の不自然な動きを疑問に思いながら、その手にナイフを握りしめる。


(あのスピードに、透過……間違いなく、あの虎の異能力……!)



愛は虎と睨み合いになりながら思考する。
あの虎にも首輪が嵌められている。
どういう経緯で巻き込まれたのかは解らないが、虎もまた参加者であることは間違いない。
参加者であるならば、あの虎にも何かしらの異能力が支給されていることは明白だろう。
『異常な速さの高速移動』と『物質透過』。
それぞれ異なる二つの能力を奴は見せた。
あの虎に支給されたのは一体何の能力なのか。
奴の能力に弱点はあるのか。
自分の能力もまた、本当に単純な再生能力のみなのか。
愛は思考する。己について、敵について考える。
そして。



―――――――虎が、再び駆け出した。
―――――――愛は身構える。
―――――――戦いは未だ、始まったばかり。


◇◇◇◇


走る。
走る。
走る。
走る。
走る。
小柄な身体を必死に動かし、蒼太は走り続ける。

どこへと向かっているのかなど、彼にも解らない。
愛が自分に気を遣わぬように、兎に角あの場から離れることを優先した。
自分があの場に残り続ければ、きっと愛は自分を庇い続けるだろう。
幾ら再生の異能力があると言えど、限界も必ずある筈だ。
それに『腹話術』と拳銃しか持たない自分があの虎と戦った所で、きっと相手にはならないだろう。
自分が足手纏いになる訳にはいかない。
蒼太はそう思った。だからこそ愛の言葉に従い、逃げ出した。

だが。
いつの間にか、歯軋りをしていた。
悔しさがほんの僅かに込み上げてきた。

これでいい。
こうするべきだ。
自分が足を引っ張る必要などない。
そう言い聞かせた。
だが、やはり納得はできなかった。

結局蒼太は、阿良愛に守られてしまった。
彼女は長生きなんて出来ないだろうと思っていた。
どうせその善意が祟って早死にするのだろうと思っていた。
結果、その通りになった。
蒼太を守り、彼女は無謀な戦いを始めたのだ。

適当に別れようとさえ思っていた相手に守られ。
自分はそれを黙って見ていることしか出来ず。
剰え、こうして逃げることしか出来ない。
常に暴力で何事も切り開いてきた蒼太に取って、屈辱だった。
自分の力ではどうしようも出来ない事実に、苛立っていた。


――――助けを、求めるか。


脳裏に思考がよぎった。
あのまま愛を見捨てて逃げていいのか。
寧ろ誰か助けを呼び、愛のもとへと連れて行くべきではないか。
だが、どうやって。
それに見ず知らずの相手からの助けに応じる者がどれだけいるのか。
そもそも、愛は自分に逃げろと言っていた。
それを無視してでも助けを連れてくるべきなのか。
草原を越えて駆け抜ける蒼太の思考が渦巻く。

自分は、どうする。
どうするべきなのか。
迷い続ける蒼太の耳に、奇妙な音が入ってくる。

それは草影から聞こえたもの。
何かガサガサと音が聞こえる。
女の子が、何か大きな声を上げている。
足を止めた蒼太は、そちらへと視線を向けた。


◇◇◇◇





「いや、やだ、やめて――――!」



小さな女の子/弥生が、もがいていた。
卑劣漢/直哉に組み伏せられ、異形の右腕もろとも両腕を押さえつけられ、身動きは取れず。
それでも必死に、必死になって抵抗していた。
生まれて一度も味わったことのない下衆な欲望を向けられ、その目には涙を浮かべる。


「あぁ……弥生ちゃん!可愛い、可愛いね……ッ!」


されど、力で敵うはずがない。
何故ならば、今の弥生は子供なのだから。
直哉は強引に幼い弥生を組み伏せていた。
異能力『セト神』で彼女を小学生低学年程度の幼女へと若返らせたのだ。

必死にもがき、抵抗し、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる弥生に。
直哉は、興奮していた。
未知の快感に酔い痴れていた。
幼い子供を力尽くで蹂躙するという禁断の味に、蕩けていた。
故に彼の欲望は留まることは無い。
衣服の下で、彼の下腹部は怒張し続けている。
愛しき幼女を組み伏せた直哉は、左手で弥生の呪腕を押さえつつ。
そのまま、右腕を伸ばした。


「やだ、やだぁ………!」


だぼだぼになった衣服に手がかけられる。
今の弥生の身体は幼い子供のものだ。
本来身に着けていた学生服は今の彼女には余りにも大きい。
紺色のベストも、ワイシャツも、スカートも、下着も。
程よいサイズだった衣服は、だぼだぼで。
成人男性が少し乱暴に力を入れれば、すぐにすっぽ抜くことが出来るだろう。
弥生は身体をよじって何とか逃げようとするも、片手で頭を無理矢理に押さえつけられる。


「大丈夫……怖いと思うけど、すぐに気持ちよくなるよ……!」


男の下衆な視線が、弥生を見下ろした。
怯える彼女の顔を、下品に見つめた。ひっ、と怯える声を上げた弥生。
その直後に、ぐいっとサイズの合わない上着が強引に引っ張られた。
幼い子供の白い腹部が隙間から覗く。
その先に見えたのは薄い乳房。
小さな桜色の乳首。
育ち切っていない未熟な果実が露になる。
しかし、それこそが彼にとって極上の美食。
幼女を喰らう男にとって、最高のセックスシンボル。


舌舐めずり。
薄ら笑い。
ギラギラとした視線が、素肌へと向けられる。
恐怖の余り、弥生の瞼が閉じられる。
耐え切れず、その瞳から涙が溢れ出る。


なんで。
どうして。
いや。
たすけて。
こわい。
やめて。
やめて。
いやだよ。
いや。
いや。
いや。


弥生の心は、半ば恐怖に支配されていた。
恥辱と絶望に沈みかけていた。
どうしてこんなことになったのか、解らなかった。
正義の忍者として戦う筈だったのに。
弱いものを助けようと思っていたのに。
なんでこんなことに。
このままこの人に乱暴されてしまうのか。
好き勝手に蹂躙されて。
色んな酷いことをされて。
男の欲望の捌け口になるのか。
いやだ。
怖い。
気持ち悪い。
背筋に走る悪寒に、彼女はただ目を瞑ることしか出来ない。
誰か、助けて。
そんな祈りを繰り返すことしか出来ない。
最早今の彼女は、ただの無力な少女だった。
ただ神に願うことしか出来ない。
そんな哀れで、情けない子供で―――――――





「『あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』」




―――――突然、直哉が叫んだ。
身体を仰け反らせ、まるで天に向かって吼えるように。
何の脈絡も無い行動に、弥生は呆気に取られる。
何が起こったのか、理解できなかった。
何故唐突に叫び出したのか、解らなかった。


次の瞬間。
直哉の身体が横薙ぎに吹き飛ばされた。
否、蹴り飛ばされたのだ。
直哉の背後から迫った小柄な少年が、彼を回し蹴りで勢いよく蹴り飛ばしたのである。



「―――――胸くそ悪い」



現れた少年。
島津 蒼太は、そう吐き捨てる。
俯せで倒れて呻き声を上げる直哉を軽蔑の眼差しで睨んでいた。

戦場から逃走していた彼は草陰で狼藉を働く直哉、組み伏せられる弥生の存在に気付いた。
蒼太は弥生を助けるべく、己の異能力『腹話術』によって直哉を吼えさせた。
腹話術の効果を受けた相手は『本体が思ったこと』を喋らされている最中に自意識を失う。
それを利用して直哉の動きを止め、その隙を突いて接近。
そして回し蹴りを叩き込み――――今に至る。

蒼太は暴力の世界に生きてきた人間だが、決して外道ではない。
冷徹であっても、愛を見捨てて一人で逃げたことに負い目を感じるだけの理性はある。
幼い少女が乱暴されている光景を目撃して、黙って素通りできる程冷酷でもない。
故に彼が弥生を助けたのは必然だった。

蒼太は狼藉を働かれていた少女へと目を向ける。
弥生は大きすぎる服で何とか素肌を隠しながら、蒼太へと視線を向ける。
その表情には未だ恐怖が混ざっている。

「ええと……君」
「え、あ、」
「早く逃げるぞ」

手短かにそう言って、蒼太は少女を抱え上げた。
子供になっているとは言え、小柄な少年が自分を軽々と抱えたことに弥生は少し驚く。
だが、感傷に浸っている時間はない。
蒼太は弥生を抱え、足早にその場から逃げ出した。

愛のことも心配だが――――今は目の前の出来事が優先だ。
とにかくこの女の子を無事な場所まで連れて行くべきだろう。
蒼太は心に蟠りを抱えつつも、走り続ける。



「あの野郎おおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!!」



そして、走り続ける蒼太の後方から咆哮が轟いた。


藤崎直哉は激怒した。
必ずあのチビガキを排除せねばならぬ。

折角のお楽しみを邪魔された直哉は怒り心頭だった。
今の彼は、長年の夢を叶える直前だったのだ。
例えるなら、野球少年がメジャーリーグへと進出するような。
例えるなら、科学者がノーベル賞受賞を志すような。
それと同じように、幼女に乱暴することは彼にとって目指すべき目標だった。
なのに。
なのに、なのにッ!!!!!


「許さねえ……俺はキレたぞ……!!」


あのチビに、邪魔をされたのだ。
しかも『男の娘』っぽい可愛らしい顔したガキにッ!
数年前、女と間違えて女装少年をナンパしてしまった直哉にとって男の娘は嫌悪の対象だった。
別に男の娘でなくとも、女っぽい顔をした少年が嫌いだった。
美しく可憐な幼女の紛い物めいたアレが許せなかった。
ただでさえ嫌いだと言うのに、剰えそいつにお楽しみを邪魔されたのだ。
キレぬはずが無い。
怒らぬはずが無い!


「殺す……ブッ殺すッ!!!」


人間の三大欲求の一つは性欲とされる。
欲深い人間がそれを妨害された場合、どうなるかは想像に難くない。
キレるに決まっているッ!!
直哉の足下から影が伸びる。
己の異能力である『セト神』が出現する。
最早今の彼の心は殺意と怒りに満ちていた。
どんな手を使ってでも、どんな卑劣なことをしてでも、あのガキは仕留める。
そして愛しき弥生を取り戻す!
支給品である小鎌を握り締めた直哉は、走り出した。
目指す先は無論―――――――蒼太らが逃げた方角!



【一日目・2時00分/H-5 草原】
【阿良 愛@スパルタクスの宝具とスキル/Fate】
[状態]:魔力蓄積(小)、体力消耗(小)、疲労(中)
[装備]: 防弾防刃ベスト、サバイバルナイフ
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:圧制者を潰す。
1:虎を倒す。最悪、島津蒼太が逃げきるまで時間を稼ぐ。
2:一般人を保護する。
3:圧制を許さない
※『今の所』狂化スキルの効果は微弱です。しかし圧制者が目の前に現れればその限りではありません。
※宝具によって驚異的な再生能力を得ていますが、『頭部および心臓の大規模な破壊』『首輪爆破』には再生が働かず死亡します。
※ダメージと共に魔力が少しずつ蓄積していきます。最大値まで蓄積されると魔力の制御が出来なくなり、暴走状態に陥ります。

【フレイス@ピカピカの実/ワンピース】
[状態]:頭部にダメージ(中)、疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3(自力での確認不可)
[思考・行動]
基本方針:人間達を皆殺しにし、ナオ=ヒューマも殺して島に帰るンゴ
1:この人間(愛)をぶち殺したるわ。ついでに一緒にいたチビ(蒼太)も後で殺すで
2:人の巣(集落)がある東側に向かうで
3:優勝後にヒューマを殺すために、何か対策も考えとく
4:イノーって何なんやろなあ?
[備考]
※南の山山頂から見たことで会場の地形や建物の位置を大雑把に把握しました。
※自身の能力(イノー)についてはまだ完全に把握できていません。
またピカピカの実による攻撃透過などの詳しい能力制限に関しては後の書き手にお任せします。
※支給品の入っているディパックを自分で確認することができません。
 食料のみ開始地点に配置されていました。
 支給食料(新鮮な雉の死骸)×3はH-3のどこかに埋めてあります。


【一日目・2時00分/H-4 草原】
【島津 蒼太@『腹話術』/ 魔王JUVENILE REMIX】
[状態]:疲労(中)、顔に返り血
[装備]:FNブローニング・ハイパワー
[道具]:支給品一式、タバコ、ライター、不明支給品×2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:姉のもとへ帰る
1:弥生を連れてどこかへ逃げる。
2:阿良のために助けを呼ぶ?
※ドッキリではないかと少し思っています。
※腹話術の制約、効果は把握済みですがリスクについては把握していません。

【成沢 弥生@呪腕のハサンの能力と技術/Fate/stay night】
[状態]:恐怖(大)、混乱、幼女化(8歳程度)
[装備]:『妄想心音』、クナイ複数本
[道具]:支給品一式、不明支給品×2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:正義の忍者として戦う?
1:だれ……?
2:こわい。
※右腕が呪腕化しています。普段は布で覆われています。
※気配遮断スキルは機能しますが、オリジナルよりある程度劣化しています。

【藤崎直哉@セト神/ジョジョの奇妙な冒険 Part3 スターダストクルセイダース】
[状態]:興奮、苛つき
[装備]:小型の鎌
[道具]:支給品一式、首輪探知機、双眼鏡
[思考・行動]
基本方針:幼女に乱暴したい。今は弥生ちゃんが標的。
1:蒼太を追って殺す。
2:殺し合い?そんなの後回しだ馬鹿!
※セト神による若返りの効果が解除される条件は以下の通りです。いずれか一つでも満たせば解除されます。
  • 直哉が能力を維持できなくなる程の大きなダメージや物理的衝撃を受ける
  • 直哉が気絶する
  • 直哉から1エリア分以上離れる
また、原作とは異なり幼児化によって記憶が当時の状態に戻ることも無いようです。
支給された異能力を除く本人の技能や能力等は原作通り若返った年齢の状態に依存します。

【暗視機能付き双眼鏡】
遠くのものを見ることができる。
暗視機能も付いているため、暗闇でも一定の視界を確保できる。

【首輪探知機】
周囲に存在する首輪の位置を表示する携帯端末。
端末を中心とした1エリア分の距離に存在する首輪を探知する。
死体の首輪、取り外された首輪も破損していなければ探知に引っ掛かる。
参加者の首輪を直接探知するため、『気配遮断スキル』など隠密系の能力の影響を受けない。
ただし周囲の地形や位置の高低差などは表示しない。


夜、二人、山頂にて 時系列順 絶望のU/夢見る少女じゃいられない
夜、二人、山頂にて 投下順 絶望のU/夢見る少女じゃいられない

その始まりは喜劇 島津 蒼太 セトの花嫁
その始まりは喜劇 阿良 愛
風吹けば フレイス
GAME START 成沢 弥生 セトの花嫁
GAME START 藤崎 直哉 セトの花嫁

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