「だから、これはそう甘い話ではない。先の老人はおそらく本気だ。分かるか?」
「あっはっはー、分かった分かったって! さっきのおじさんが言ってた事はホントーで、今は本当に殺し合いの最中ってことだね!
 りょーかいだよ! 劉鳳の兄ちゃん!」

 それはオフィス街の一角での出来事だった。
 劉鳳は困り果てていた。
 原因は目の前の少女。
 ロストグラウンドにすら名を響かせている765プロ所属のアイドル・双海真美。
 彼女の名はアイドルに疎い劉鳳であっても知っていた。
 彼女達が所属するアイドルグループは、ロストグラウンドにも慰安ライブを開催しに来ていた。
 無償のライブでありながら全力で踊り、唄う彼女達の姿は、ロストグラウンドの人々ならず本土のテレビすら賑わせていた。
 水守がライブを観に行きたがっていたのも記憶に新しい。
 しかしながら……今はここまで厄介な存在は他になかった。

「本当に分かっているのか? 君の仲間も呼ばれているのだろう?」
「うん。亜美にはるるん、千早さんに兄ちゃんもいるよ! 豪華メンバーだね!」

 劉鳳の言葉に頷いてはいるものの、本当に理解できているとは思えなかった。
 満面の笑顔に明るい口調。iPhon●を操作する真美を見ると、まるで楽しんでいるように見える。
 そう、彼女は現状を理解していなかった。テレビ番組の企画か何かのように考えているようであった。

「それにしても兄ちゃんを参加させるなんてセンスあるね。ぷぷ……良いリアクションするからねえ、兄ちゃんは。
 うーん、真美たちも負けてらんないよ!」

 頭が痛くなってくる。
 様々な悪人を見てきた劉鳳には分かる。
 先程の老人の言葉に、おそらく嘘や偽りはない。
 本気で人々を戦わせ、殺し合わせようとしている。
 だからこそ、双海真美には現状を把握して貰わねば不味いのだ。
 仲間が、姉妹が、参加させられている殺し合い。
 下手をすれば本当に取り返しのつかない事態へとなってしまう。

(くっ……どう説明すれば俺の言葉を信じるのだ……)

 彼の知人である由詑かなみや桐生水守なら、上手に諭す事ができるのだろう。
 劉鳳は言葉よりも行動で己を示すことを良しとしてきた男だ。
 その生き様は彼の好敵手たるカズマほどではないが、あまりに不器用すぎた。
 少なくとも双海真美のような平穏の中で成長してきた少女を説得するだけの言葉は持ち得ていなかった。

(仕方ない……。ならば、彼女を含む全てを守り、全ての毒虫を潰すだけだ!)

 そして、彼は彼なりの答えを見出す。
 双海真美も双海亜美も、天海春香や如月千早、彼女のプロデューサー……いや、それだけではない。
 この戦いの場にいる全ての弱者を守り、全ての悪を断罪する。
 常人ならば荒唐無稽と感じる思考だが、彼にはそれを成すだけの力があった。
 アルター能力。
 そう、劉鳳はアルター使いなのだ。しかも、おそらく世界でもトップクラスの。
 彼の精神を反映して出現する絶影、枷を外した真なる絶影、そして絶影と己とを融合させた最終形態。
 その力たるや剣の一振りで地面を割り、一飛びで大気圏外へと到達する。
 まさに最強の力。彼とまともに戦える者など、それこそ好敵手たるカズマくらいのものだ。

「行こう、双海。まずは双海の仲間たちと合流しよう」
「おk、おkー。劉鳳の兄ちゃん気合い入ってるねえ」
「危険人物が現れた際は俺の後ろに隠れるんだ。そうすれば、俺が全力でお前を守る」
「了解ー! 頼りにしてるよ! ……と、あのさ。その……外に行く前に少しだけ時間いい?」

 決意を新たに進みでようとする劉鳳に、真美は顔を少し赤くする。
 どこか恥じらった様子で周囲をきょろきょろと見やると、小さい声で劉鳳に語り掛けてきた。

「い、今ってカメラ回ってないよね?」
「だから、現状は……」
「分かってるって。ドッキリじゃないって言うんでしょ。そ、そうじゃなくてさ……」

 どうにも要領を得ない。
 さっきまでの溌剌とした様子から一転、もじもじと言葉を探している様子だった。

「えっと……お、お花! お花摘みにいってくるね!」
「花? 何故今、花を摘みにいくんだ? そんな暇は―――」
「そ、そうじゃないって! これは例えというか何というか……」
「? 何が言いたい?」
「あー、もう! 劉鳳の兄ちゃん、デリカシーなさすぎ! とにかくちょっと待ってて!」

 劉鳳を残して走り去る真美。
 その後を追おうとするが、彼女が入っていった場所をみて、劉鳳も動きを止めた。
 トイレ。
 彼女もお年頃であり、尚且つアイドルなのだ。
 色々気にして言葉を選んでいたのだが……相手が悪かった。
 鈍感さで言えば筋金入りの劉鳳だ。その遠まわしな言い方に気付ける訳がなかった。
 とはいえ、トイレに入っていった所を見て、流石の劉鳳もばつの悪そうな顔を浮かべた。
 己の鈍感さを恨みながら、トイレの側で見張りをする事にした。
 一分、二分、と時間が経過する。
 周囲は静寂。まるで殺し合いが起きているなど嘘のようであった。
 腕を組み、周囲に警戒を飛ばしながら待っている劉鳳。
 更に時間が経過していく。

(……遅いな……)

 真美がトイレに入って、10分ほどは経過していた。
 確かに女性のトイレは長い印象だが、ここまでとは思えなかった。

「双海、大丈夫か?」

 外から声をかけるが、返事はない。
 ドクンと、鼓動が早まるのが分かった。

「どうした!? 入るぞ!」

 焦った様子でトイレへと入っていく劉鳳。
 確認を取っている暇などなかった。
 嫌な予感が脳裏にこびりつく。
 物音はしなかったが、アルター能力や何らかの異能を使用すれば、自分に気取られる事なく真美に危害を及ぼす事は可能だろう。
 劉鳳は己の思慮の浅さを後悔しながら、トイレの中を見た。
 そこには―――、

「……劉鳳の兄ちゃん」

 真美が立っていた。
 怪我を負った様子もなく、先程までと変わらぬ姿で立ち尽くしている。

「双海、無事か!」
「大丈夫だよ、真美はね」

 近付いてみても、やはり真美の様子に変わりはなかった。
 傷もなければ、争いが起きた様子もない。
 若干服装が乱れていることが気になるといえば、気になるが……。

「……双海?」

 いや、もう一つ、大きく変わっている所があった。
 見た目上のものではなく、その雰囲気がまるで違っている。
 先程までは天真爛漫を絵に描いたような彼女だったが、今は表情も暗く、目は泣いた後のように赤く腫れていた。
 やはりなにかがあったのだ、と劉鳳は警戒を強めた。

「ねえ、劉鳳の兄ちゃん。さっき言ってた事って本当?」

 重い口調での問い掛け。
 やはり先程までとはまるで違う。
 誰かが何かをしたのか? と考える劉鳳だが、周囲に人の気配は感じられなかった。

「……殺し合いの事か」
「うん」
「俺は本当だと思っている」
「……そっか」

 劉鳳の答えに、真美は押し黙る。
 俯き、その表情は伺えない。
 訝しげに真美を見詰める劉鳳であるが、唐突な変化の理由は読み取れなかった。

「双海、何かがあったのか? それなら教えて欲しい。俺が力になろう」

 問いに、真美は肩をびくりと震わせた。
 ただ面はあげない。表情は見えず、真美が何を思ったのか推し量る事はできなかった。
 また静かに時間が経過する。
 劉鳳も無理に問いたださず、真美の様子を見るしか出来なかった。

「……くっくっくっ……」

 真美の両肩が揺れていた。
 それと同時に俯いた顔から声が漏れる。

「双海……?」

 劉鳳が心配げに声を掛けたその時だった。
 唐突に真美が顔をあげた。

「あっはっはっはっは!! 引っかかったね、劉鳳の兄ちゃん!!」

 表情は笑顔だった。
 まるで太陽のような満面な明るい笑顔。
 同時に劉鳳を見ながら、大声で笑いだした。

「いやー、ごめんごめん。少しからかおうとちょっと真に受けた様子を見せたら、面白いくらい本気で反応してくれるんだもん。
 こっちもいたずら心に火がついちゃってさ。少しからかいすぎちゃったよ!!」
「い、いたずら!?」
「良いリアクションだったよ、劉鳳の兄ちゃん。いやあ、持ってますなあ~」
「ふざけていたというのか、この状況で!」
「だから、ごめんって言ってるじゃんか~」
「俺がどれだけ心配をしたと……!」

 いたずら。
 トイレから中々出てこなかった事も、あの深刻な雰囲気も、全部演技だと真美は言う。
 身体から力が抜けるのを劉鳳は感じた。
 確かにドラマやら何やら出ているだけあって、その演技力はピカイチだと言えるだろう。
 無駄に警戒していた自分が馬鹿であった。

「ホントにゴメンネ。まさかそんな真剣に心配してくれていたなんて思わなくて……」

 やり過ぎたと思ったのか、真美は申し訳なさうに頭を下げた。
 確かに余りに趣味の悪いイタズラであったが、劉鳳はそう気にしてはいなかった。
 彼女が無事であるなら、それで良かった。

「気にするな。それよりも今は先を急ごう」
「りょーかい! よろしくお願いします、劉鳳隊長!」

 そんなこんなのゴタゴタを経て、二人はようやくトイレから出た。
 大分時間を無駄にしまくってしまったが、ともかく歩き出す。
 真美を守るように劉鳳が先に立ち、ビルの外へとでた。




「ねぇ、劉鳳の兄ちゃん」
「何だ、双海」
「本当にゴメンね」
「まだ気にしてるのか。心配するな、俺は何とも思っていない」
「ううん、謝らせて」




 満月の下で、二人の会話だけが聞こえる
 紆余曲折の末に彼等のバトルロワイアルが始まりを告げ―――、







「だって―――真美、本当に悪い子だから」







 ―――そして、終わりを迎えた。






 ドカンと、轟音が鳴り響く。



 それが劉鳳の聞いた最期の音であった。



【劉鳳@スクライド 死亡】
【残り35名】









「あはは……やっちゃった……」

 そして、残された一人が立ち尽くす。
 手には拳銃。銃口からは細い煙が空へ伸びている。
 足元には頭の前半分を無くした男の死体が一つ転がっていた。
 男の、死体。劉鳳の死体が、そこにある。
 拳銃を構え、後ろから撃ち抜く。
 やった事はただそれだけ。
 実行したのは双海真美。
 取り乱すこともなく、冷静な様子で真美は劉鳳の死体を見下ろしていた。



 双子の共有、という都市伝説がある。
 双子の片方が傷付いた時、もう片方も同じ箇所に同じ痛みを感じるというもの。
 真美が感じたのは、それに似たようなものだった。
 始まりは、トイレにいた時。
 唐突に、真美は感じとった。
 何があった訳でもない。
 ただ突然背中が痛み出し、心中が恐怖に支配された。
 痛みは強烈なものだった。
 身体を貫かれるような体験したことのないような痛みが、何度も何度も繰り返し、真美を襲う。
 声をあげることや、悲鳴をあげることすらできなかった。
 心の中を言い様の恐怖が支配し、瞳からは涙が止めどなく零れ落ちた。
 息も出来ずに倒れ伏した真美の脳裏に、声が響いた。
 声は、妹である亜美のものだ。
 周りには誰もいない。だけど声だけが頭の中で鳴り響く。
 助けて、助けて、と何度も何度も繰り返し、声が響く。
 頭がおかしくなりそうだった。訳が分からなかった。
 亜美を助けなくては、助けなくちゃいけない。
 そう思っても、何もする事はできない。
 身体中を襲う痛みに、ただ蹲るしか真美にはできない。
 痛みが止まったのは数分ほど時間が経ってからの事だった。
 唐突に、急激に、痛みが消える。
 周囲を見るが、やはり周りには何もいない。
 身体にも傷一つ付いてはいなかった。

 ただ一つだけ、真美は察知した。
 察知してしまった。
 妹―――亜美の死を。

 全て合点がいった。
 ドッキリかと思っていたこの現状。
 劉鳳は殺し合いが本当のことだと語っていた。
 仕掛け人の一人かと思って面白おかしく話を聞いていたが、違うのだ。
 彼の言っていた事は真実で、殺し合いは実際に起こっているのだ。
 そして、亜美は殺された。
 どこかの誰かにいたぶられ、苦しみの内に死んでいった。
 実際に目で確認した訳ではない。
 それでも、真美には断言できる。
 全てが本当だと、全てがあったことなのだと。
 亜美は彼女の半身なのだから。

 真美は最後に亜美の声を聞いた。
 助けを求めるそれとは違う、声。

『お願い、真美……はるるんを、千早さんを、兄ちゃんを……』

 それは皆を心配する声だった。
 最期の最期、自分が殺される瞬間にあって亜美が願った事は皆の無事だった。
 大切な仲間。
 天海春香、如月千早、そしてプロデューサー。
 亜美は託した。皆の事を頼むと、双子の姉に。

(亜美……)

 三人がどう行動するかは分からない。
 だが、三人がどう行動しようと真美の選択は決まっていた。
 仲間のために、他者を殺す。
 皆を救う事。それが、亜美の望みだったからだ。
 だから、撃った。
 自分を心配してくれ、助けようとしてくれた劉鳳を、後ろから撃ち殺した。


「…………見てて。見ててね、亜美。真美、やり遂げてみせるから……亜美の分まで皆を守るから……」


 劉鳳の死体を見下ろしながら、真美は誓う。
 やり遂げてみせると、己の中で決意する。


「そして、亜美の敵を……」


 ここに煌びやかなステージで唄い、皆に笑顔を届けるアイドル・双海真美はいなくなった。
 後に残ったのは、死した妹の願いを叶えようと死をばらまく少女が一人。
 狂気の輪が、広がっていく。

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最終更新:2016年03月07日 22:29