斑目貘は、会場の外周上を目指して歩いていた。
 会場と設定されている空間は、南の海岸線を除き地図を見る限り陸続きとなっている。
 爆薬入りの首輪で活動を制限されている訳でもないのだ。
 何もなければそのまま歩いて脱出は可能な筈だ。

(ま、そんな上手くいく訳はないだろうけどね)

 そんな事は老人も承知の上だろう。
 何らかの対策は施している筈。
 その対策のレベルによって老人の本気度合いも見えてくれると言える。
 中央にそびえる鉄塔に背を向けるように進んでいく。
 街灯はともっておらず、懐中電灯をつける事もないが、満月により外は思いのほか明るく行進に問題はなかった。
 誰とも遭遇することはなかったが、銃声とおぼしき炸裂音は数回あった。
 その度に身体をびくりと震わせつつ、彼なりの早足で進んでいく。
 今、斑目貘の手元には拳銃がある。
 それはとても強力なものではあるが、生憎と斑目貘は拳銃の扱いに長けている訳ではない。
 加えて腕っ節の方も空きり。
 最初の場にて全方位に対して大言壮語を吐いたものの、そんなものはブラフでしかない。
 普段ならば強力な『力』が側にいるが、今は離ればなれとなってしまっている。
 今、もし殺人に乗る参加者と出会えば、彼は高確率で死亡するだろう。
 それを自覚しているからこそ慎重に彼は道を行く。
 そうして運良く誰とも出会うことなくたどり着いた。
 会場の外周。
 そこはオフィス街と森林との境となっていた。
 唐突にオフィス街が途切れ、森林が始まっている。
 その不自然な地形に、貘はこの地点が外周だと予想する。
 近くのビルに入り、エレベーターを使って屋上へ。
 その外周部を観察する。

(見張りはいない、か)

 見張りなし。
 監視塔のようなものが建っている訳でもない。
 まるで何もない。
 通ろうと思えば、通れてしまいそうだった。

(物は試し……行ってみようか)

 再度ビルを下り、外周へ。
 ビルの蔭から念入りに周囲を観察し、見張りの有無を再度確認する。
 やはり人の気配はなし。
 貘はゆっくりとした動作で境界へ進んでいく。

(何かしらのペナルティは確実にある筈……だが、どれほどのものが設定されているか)

 そして、遂に境界を越える。
 一歩、二歩、三歩と進んでいく貘。
 まだ異変は、ない。
 心臓が早鐘をうつのが分かる。
 あの老人が脱出という行為を重大なペナルティと設定しているのなら、生死に関わる程の何かを仕掛けている筈だ。
 足が震え、じっとりと冷や汗が吹き出す。
 呼吸が、荒くなっていく。

(生か、死か)

 狭間に、貘は立っていた。
 その中で、笑う。
 笑わずには、いられない。
 やはりこの瞬間が、たまらない。





 ―――ピーンポーンパーンポーン♪





 そして、鳴った。
 会場全体から、音が、鳴り響いた。


『久し振りだね、諸君。私だ、マモーだ。……ああ、そう言えば名乗るのはお初かな?』


 会場の各所に設置されたスピーカーから、建物内のPC・テレビ、参加者に配布された●Phone……ありとあらゆるモニターから、声が響く。
 マモー。
 あの老人の声が、再び人々の耳に届いた。
 貘も足を止め、後方を振り返った。
 マモ―の声が会場を揺らす。


『今、会場から脱出を試みたものがいる。安易に考え、行動する。……嘆かわしい事だ』


 にやり、と貘が笑った。
 マモ―の声に、言葉に。
 嘘喰いが、笑う。



『これは天罰だ。愚かなる人間への、鉄槌である』



 厳かに、マモーが告げる。
 自らが神であるかのように、尊大に、告げた。



(―――熱っ)



 同時に、それは来た。
 赤く染まる視界。
 凄まじいまでの熱気と暴風が、貘の全身を叩く。
 浮遊感が彼の身体を支配し―――意識が暗く染まった。







『今回は慈悲として、殺しはしなかった。だが、次からは容赦しない。
 会場の外に出て10秒が経過した時、天罰を下そう』

 イーサン・ハントは住宅街を抜けた森林の中で、その光景を見ていた。
 空から赤色の光が降り注ぎ、森林を焼くその光景。
 直ぐさま木々を登り四方の空を見ると、東側……自分たちが向かおうとするオフィス街の方に、同様の光を観察できた。


『決して逃げだそうとはしないことだ。生還したくば、殺し合うのだ。それが最も賢い選択だ』


 天上から地表へ、一直線に走る光線。
 まるで超常現象のような出来事。

(違う、あれはおそらく……)

 だが、イーサンは瞬時に思い直す。
 彼の記憶の中にあったからだ。
 とある暗殺組織を監視するために、世界各国の統率下に置かれた衛星兵器。
 映像記録上でしか見た事はないが、その光ととても良く似ていた。

(ルパン一味により暗殺組織ごと破壊させられたと聞いていたが……)

 衛星兵器が監視している以上、正面からの脱出は不可能に思える。
 その操作権を奪う、何らかの方法で破壊するなどの手段をとらなければならない。
 ルパン一味もハッキングにより操作権を剥奪し、自爆させるという手段を選択していた。

(もしくは常識外の力をぶつける、とかか)

 吸血鬼やアルター能力、またはそれらにすら分類されない奇天烈な能力。
 世界には異常なる能力が蔓延っている。
 これらの力なら、衛星兵器すら、もしくは正面突破も可能なのかもしれない。

(手段はある……)

 不可能を可能にし続けた男が、イーサン・ハントである。
 彼の辞書に諦めるという言葉は存在しなかった。

「な、何だったんですか、今の……」

 問いの主は髙坂穂乃果。
 胸の中で震える鹿目まどかを抱きしめながら、聞いてくる。
 彼女自身も、わずかに震えているように見えた。

「おそらく衛星兵器による砲撃だ。会場外に出ると攻撃されるようだ」
「衛星兵器……」

 聞き慣れない単語に、穂乃果の顔が青ざめる。
 その様子を見て取ったイーサンは安心させるように笑みを浮かべた。

「大した事はない。所詮兵器、コントロールを奪ってしまえばそれまでだ」
「そうなん、ですか……」

 穂乃果の顔色が優れることはないが、それでも膝を折ろうとはしなかった。
 強い子だと、内心イーサンは舌を巻く。
 勿論、言葉ほど簡単なことではない。
 参加者の中に凄腕のハッカーがいて、十全な設備があり、コントロールルームがこの会場内にあるという、奇跡の如く事象を悉くクリアしなければならない。
 ほぼ不可能。だが、望みが完全に絶たれた訳ではない。
 ひとつの可能性が否定されたなら、他の可能性を模索する。それだけであった。

「まずは砲撃のあった地点へ向かおう。どれほどの規模の攻撃か確認したいし、脱出を試みた参加者がいるらしい」
「参加者……まさか!」
「そう、君達の親友がいるかもしれない」

 穂乃果と、その胸中のまどかの表情も、明るく晴れた。
 親友がいるかもしれない、その言葉が二人に活気をもたらす。

「あ……で、でも、あの光に巻き込まれたんじゃ……」

 だが、その表情にも直ぐに影がはしった。
 まどかの懸念が、穂乃果にも伝わる。

「殺しはしない、とマモーは言っていた。無事なのは確かだろう」
「そ、そっかあ……」
「でも、怪我してたら!」

 尚も不安を口にするまどかに、イーサンは再び笑いかける。
 その頭に手を置き、胸を張って言った。

「大丈夫。どんな怪我を負っていたって、二人の親友は守り抜いてみせるさ」

 そう、告げた。
 安心したのか、二人の表情に笑顔が戻る。
 その様子に、イーサンもまた笑みを浮かべた。

「さぁ、行こう。辛いかもしれないが、オフィス街まではそう遠くない」
「はい、イーサンさん!」
「穂乃果も頑張るよ!!」

 夜間の行進を再開させ、三人が進む。
 それからまた数十分の時間をかけて、三人はオフィス街へと辿り着いた。
 イーサンは砲撃があった方角を思い出しながら、尚も進んでいく。
 場に近づくにつれ、物の焦げる臭いが強くなっていくのが分かる。

「……着いたな」

 そして、三人は到着する。
 オフィス街と森林との境目。森林の奥の奥の方では破壊の爪痕が刻まれている。

「イーサンさん、あそこ!」

 場を観察するイーサンの隣で穂乃果が何かを指さし、声をあげた。
 穂乃果の視線、指先をたどるように視界を動かすイーサン。
 その先にあったのは、泥にまみれて地面に倒れ付す男の姿であった。
 男からは遠く離れた地点が砲撃されたようだが、それでも男を吹き飛ばし、気絶せしめる威力があったのだろう。

(この男は……)

 殺し合いの最初の場にて、注目を集めていた男。
 その男が、気を失い、そこにいた―――。


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最終更新:2016年02月28日 21:04