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 範馬勇次郎は激情を胸に秘めながら、会場を進んでいた。
 腑抜けた男との戦いとも呼べぬ戦い。
 高揚していた心に冷や水をぶっかけられたようであった。
 最初の場。
 多種多様な人物。勇次郎をして強者の雰囲気を匂わせる猛者共の集い。
 まるで最高の宴が始まる予感を覚えた。
 未知なる極上な料理がフルコースで揃えられたようだった。
 初めに出てきたのは、日の本一の兵と称される真田幸村。
 遭遇時の印象は、かの宮本武蔵と対峙した時と遜色なく、まさに肩書通りといったもの。
 だが、いざ闘争となればどうだ。
 気のこもらぬ腑抜けた槍と、心の迷走により鈍り切った挙動。
 日の本一の兵が聞いて呆れる。
 料理に唾を吐きかけられたようであった。

「ケチが、ついちまったな」

 期待値が大きい程、失望もまた大きく。
 地上最強の男は落胆の表情のままに、歩く。
 その様子でありながら、胸に蜷局を巻く感情のせいでまるで周囲の空間が歪んですら見える。
 触らぬ神に祟りなし。
 今の勇次郎であれば、常人……いや、並のグラップラーであっても、確実に避けて通るであろう。


「そこの君、少し待ちたまえ」


 しかしながら、この殺し合いの場には常人の範疇では捉えられぬ者が複数いる。
 例えば、今まさに勇次郎に声を掛けた男のような狂人が。
 片手では数え切れぬ程に、いる。
 小柄な男であった。
 白のスーツにたるんだ腹。
 卑しい笑みが顔には張り付いていた。まるで歓迎でもするように両手を広げて、勇次郎を見る。
 勇次郎の視線がほんの一瞬だけ男に向く。
 だが、それきり。
 勇次郎は男の横を通り過ぎ、一瞬たりとも振り返ろうとせずに進んでいく。
 静寂。
 男は両手を広げた状態のまま、固まっていた。
 勇次郎は、一目見て理解する。
 眼前の男はただの豚であった。
 戦いになどなりやしない。
 一言で言えば、興味が湧かなかった。
 勇次郎の目的はただ一つ、極上なる闘争だ。
 雑魚に時間を使っている暇はない。



 ―――パァン!


 その瞬間であった。
 歩き去ろうとする勇次郎の足元に、何かが穿たれた。


「人の話を聞くものだよ、小僧」


 弾丸。後方では男が拳銃を構えて立っていた。
 銃口からは細く煙が上っている。
 立ち止る勇次郎。
 鬼はゆっくりとした動作で振り返った。


「俺に拳銃を向けた意味を理解しているのか?」
「知らんよ。貴様がどこの誰で何者かなど一縷の興味もないからな」

 男は悪びれる様子も、臆する様子もない。
 勇次郎の突き刺すような視線を、悠々と受けている。

「そうか―――」

 そして、男の姿が場から消えた。
 一跳びで距離を詰めた勇次郎が前蹴りを放ったのだ。
 男は反応すら出来ず、拳銃を構えた状態のまま闇の中へと吹っ飛んでいった。

「ならば、覚えておけ。これが範馬勇次郎だ」

 反骨は許容しよう。だが、力の伴わぬ反骨は何ものも残さない。
 つまらぬ相手であった。
 勇次郎は、それきり興味をなくしたように背を向けて歩き出す。

「待て」

 言葉が、響いた。
 肩口から後ろを除く。
 そこには男が、立っていた。
 口から下、その白のスーツまでを浅黒い鮮血で濡らして。
 今だ口から多量の液体を吐きだしながら、それでも立っていた。


「……機械、か」


 へこんだ腹部から、人のものたりえない無機物が覗いている。
 配線のような何かと、金属の棒状の何か。
 人間であれば存在しない筈の何か達が、そこに在る。


「失礼な。私はれっきとした人間だよ」


 勇次郎は何も返さなかった。
 ただ男の身体を、男の瞳を見詰めるだけだ。


「君の様子から察するに、君は戦いを求めている。違うか?
 残念ながら私は戦いを与える事はできない。だが―――」


 立ち止る勇次郎に、再び男は両手を広げた。


「―――戦争を与えることは、できる」


 そして、告げた。
 にやりと、口を狂気の三日月に歪ませ。
 地上最強の生物に、正面から告げる。


「アーカードという男を探せ。赤色の外套、赤色の帽子、赤色の瞳、肌を透き通るように白い。
 それは不死なるものだ。夜をいくもの、命を統べるもの、命を弄ぶもの……」


 それは点と点を繋ぐ言葉。
 地上最強の生物と、地上最強の不死者とを繋ぐ、魔の言葉。


「アーカードは、吸血鬼だ」


 範馬勇次郎の表情が、歓喜に歪んだ。
 悪鬼の如く形相で男の言葉を噛み締める。
 その極上の言葉を、甘美なる言葉を、咀嚼する。


「礼を言うぜ」


 礼を残し、音もなく消える。
 鬼が、駆けだしていた。
 闘争の鬼が、不死なる鬼を求めて、駆ける。
 落胆の感情は、気付けばどこかへ消え去っていた。





「全く酷いことをするものだ」


 残された男は壊れた腹部をスーツで覆い、一人ごちた。
 更に一度大きく吐血をした後で、どうにもぎくしゃくとした動作で歩きだす。
 命にも届きうる傷を負い、その瞳は尚も爛々と輝いていた。

「良い、人間だ……」

 振り返り、勇次郎が立っていた場を愛おしげに見つめながら、少佐と呼ばれる男は言葉を零した―――。