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 歌が聞こえる。
 世界が終わる歌だ。
 冴えない、一生売れる見込みはなかったであろうストリート・ミュージシャンが粗雑な音色を吐き散らしている。
 足元に置かれていた空の桃缶には、たくさんの小銭が積もっていた。

 空は灰色。
 光の射さない永遠の曇天。
 もう二度と、人が太陽を見ることはない。
 星と最期の時を共にすることができたなら、地球が消えた最期の一瞬、その輝きを拝むことができるだろうか。

 時計の針が、たったいま零時を指した。
 大通りのネオンが表示したカウントが、3になる。
 あと3日。
 あと72時間の後に、地球が積み重ねてきた歴史はゼロに還る。

 終わった後はどうなるの?
 幼子の問いに、答えられる親はいない。
 誰も知らないからだ。
 天国や地獄といったものが――人生の後日談とでもいうべきものが、本当に存在するのかどうか。
 臨死体験の最中に死後世界の一片を垣間見たという意見などを、まさかまっとうな根拠とする輩はいないだろう。

 それでも彼らは信じている。
 地球が終わり、何十億年という歴史に幕が下りた時、そこには幸福な永遠が待っていると。
 そう信じているからこそ、誰も恐れない。
 終末の先には永い安穏があり、この酩酊した平和をずっと謳歌できる。
 ならば、どうして恐れる必要があろうか。
 痛みもなく、ただ一瞬でかき消される終焉など。
 後に待つものを考えれば、あまりにも軽い。




 あと72時間です。
 アナウンサーが、四角い画面の向こうで告げた。

 これから始まる三日間は、地球の危篤状態だ。
 走馬灯のように日々を懐古し、誰もが終わりに思いを馳せながらも何もできない、無常なる終焉の前夜祭。
 ――されど、されど、されど。
 まだ、終わっていない。

 生き汚く足掻き、終焉を否とする者が。
 終焉を是とし、希望を踏み躙る者が。
 この時をずっと待っていた。
 これからが彼らにとっての本番。終わりを前にして、地球最後の戦争が始まる。

 小さくて、
 ちっぽけで、
 兵器も科学も関係のない、
 一周回って意地の張り合いにさえ等しい、ただの潰し合いだ。

 人間の精神は老いるにつれて、幼児期のそれに戻っていくという論がある。
 ならばこれもきっと、戦争という概念が一周し、より原始的に、直情的に戻っていった結果なのだろう。
 誰もが負けられないと思っている。誰もが、世界に終わってほしくないと思っている。
 終わりを受け入れた世界では異端と称される『希望』を胸に、あるはずのない未来を願って。
 その戦争は幕を開ける。たったひとつの奇跡を求めて、末期の祈りが物語を生むのだ。


「……行こう、キャスター」
「えっ? この時間からですか?」
「ちょっと、外の空気を吸いたいんだ」


 ジャケットを羽織り、暮らし慣れた家から外へ。
 空寒い外気の突き刺す夜空の下を、彼は一人、後に魔女となる少女英霊を連れて、歩く。


  ◆  ◆  ◆

   001:佐倉慈&セイバー

  ◆  ◆  ◆



 教師になろうとしたきっかけは、なんだったろうか――


 今となっては、思い出すことにさしたる意味もないのかもしれないが。
 それでも、佐倉慈にとって教師として過ごした時間は、かけがえのないものだった。
 深夜零時に、誰もいない学校の屋上で空を眺めている姿は端から見ればどう見ても不審者のそれである。
 しかし、だとしても咎める者はもういない。
 世界中が大らかになっているし、第一、この学校に寄り付く人はもう一週間以上もいないのだ。

 鍵の管理は、今や慈に一任されている。
 生徒のやって来ない学校に毎日通い続ける慈を教頭は不思議そうに見ていたが、許可はあっさりと下りた。
 とはいえ、仕事らしいものも終わる世界には何もない。
 毎日学校に来ては、意味のない書類を書き、気まぐれのように学校の中を歩き回るだけ。
 そんな日々でも、慈にとっては意味のある大事な時間だった。

「……これも、意味なくなっちゃうなあ」

 屋上の菜園は枯れてこそいなかったが、見るからに元気をなくしている。
 世話をする人間がいなくなったこと以上に、やはり日光が射さないのが最大の原因だろう。
 ここで以前は、ひょんなことから仲良くなった生徒たちとよく世話をしていたものだ。
 今となっては、慈一人になってしまったが。

「慈は、寂しいのね」
「まあ……そうじゃないって言ったら、嘘になっちゃうかな」

 けれど、彼女の隣には少女がいた。
 高校生には見えない。
 よくて中学生、もしかすると小学生かもしれない背丈の、可愛らしい妖精のような少女。
 セイバーのサーヴァント、アリス。
 ふしぎの国と鏡の国に迷い込んで大冒険を繰り広げた、物語の中の英雄(ヒーロー)、その一人。

「でも、先生なんて職業はお別れと常に隣り合わせだから……
 ちょっとだけ早くそれがやってきたって考えれば、我慢はできるわ」
「変なの。どうして、我慢をする必要があるの?」

 アリスは唇を尖らせる。
 そんな所作も、とても愛らしい。

「寂しいなら、最初から寂しいって言えばよかったのに」
「そうね……そうかもしれない」

 星空は、見上げた先にはない。
 月も見えなくなって随分久しい。
 願い事を叶えてくれる流れ星なんてものも、もう見られない。
 それでも慈は、空を見ていた。

「セイバー、私ね」
「?」
「やっぱり、まだわからないの。決断できてない」
「しょうがないのね、慈は」
「ごめんね。
 ……でも、思うの。
 世界を続けさせたい、それって私のエゴじゃないかなって。
 私だけの都合で、未来を作っちゃってもいいのかなって」
「ふうん」

 慈の視線を追うようにして、アリスの眼差しが空へと向かう。

「じゃあ、それでもいいんじゃない? 好きなだけ悩んで、自分だけの答えを出せば」

 ひょっとすると佐倉慈は、世界を望まれる通りに終わらせる存在にもなり得るのかもしれない。
 はたまた逆に、世界を救って明日をもたらす存在にもなり得るのかもしれない。
 その力が、アリスにはある。二つの異国を踏破した冒険少女の剣は、英霊の武勇にさえ届く。
 彼女は――ヒーローなのだから。


  ◆  ◆  ◆

   002:柳沢誇太郎&アーチャー

  ◆  ◆  ◆


 案の定、最終暗殺計画は白紙に戻されたらしい。
 当然といえば当然の運びだ。
 奴の身体に仕込まれた時限爆弾には地球を終わらせるだけの力があるが、しかし、ある中学生たちが見つけ出した一パーセントという確率を上回ろうが下回ろうが、どちらにせよ地球は三日後に終わるのだ。
 ならば残された僅かな時間を浪費してまで、奴の存亡に目くじらを立てる必要はない。
 それが、上の結論だった。

「腑抜けが」

 くつくつと笑いながら電信柱へ自らの拳を打ち付けるは、天才科学者、柳沢誇太郎。
 彼の拳を浴びたコンクリートはびしりとひび割れ、青白いスパークを散らしている。
 粗暴な振る舞いではあったが、彼は別に怒っているというわけではなかった。
 ただ、予想していた以上の腑抜け具合に呆れ返っただけだ。
 腹を抱えて笑う代わりに、その衝動をぶつけてやったというだけのこと。

 日本中の兵力を結集させてまで決行しようとしていた作戦を反故にした挙句、そんな日和ったことを抜かすとは。
 さしもの柳沢も、これほどまでに連中が白痴に落ちているとは思わなかった。
 元から軽視していた連中ではあるが、こうなればいよいよ救えない。
 だが、柳沢にはもう、彼らの力は必要なかった。
 何故なら彼は、天から降り注ぐ光なんかよりもずっと相応しい手段で恩師を葬る術を知っているからだ。

 奴に下される死は、感動的なものであってはならない。
 奴が満足して終わるようなものであってはならない。
 奴が心底絶望し、怒りと無念の中で死んでいくようなものでなくてはならない。

 二代目の死神は、もう使い物にならないだろう。
 元々急拵えであったのに、半ばで様々な処置を解除したのだから、無事なはずがない。
 もしかするといらない同情心から、既に安楽死でもさせられているかもしれないな――と思う。

 しかし、最早あんな二番煎じの力など柳沢には無用だった。
 彼の傍らに霊体化して付き従う男、アーチャーの力があれば、聖杯へ辿り着くのはそう難儀ではない。
 神の雷霆、雷電公、人類神話の体現者――稲妻の天才。稀代のゼウス、ニコラ・テスラ。

「アーチャー」
「何だ、柳沢」
「勝算はあるな」
「ああ」

 淀みない答えに口元が緩む。
 口角が僅かに釣り上がり、
 心の奥から歪んだ高揚心が沸き起こってくるのがわかる。
 当初は、柳沢も首を傾げた。
 確かにニコラ・テスラは電気学の権威だが、神話の英霊と比して優るほどの力があるだろうか、と。

 しかし今は、彼の強さを微塵も疑っていない。
 ニコラ・テスラは強い。
 常時放出可能な雷霆だけでも相当なものだというのに、その最大火力で宝具解放を行ったならば、果たしてどうなるのか、柳沢にも分からない。

 彼を使って、柳沢誇太郎は聖杯を手に入れる。 
 他の全ての主従を焼き殺し、奇跡の力へ手をかける。
 そしてそれを用い、怨敵であり恩師でもある男のためだけの地獄を遂行するのだ。
 手足を寸刻みにする拷問の、何千倍という苦痛を浴びせた末に、あの汚れた魂を地獄の底へ叩き落とす。

 世界を救う?
 どの道未来を持たない身だ、そんなことに興味はない。
 ただ、刹那の快楽があればいい。
 地獄の一年間を耐え忍んだ苦労が報われればいい。
 それだけで柳沢は、世界の誰よりも幸福に人生を締めくくることができる。

「さあ、始めようか。我々の聖杯戦争を。
 一人の世界を終わらせるための、戦争を」


  ◆  ◆  ◆

   003:涼宮ハルヒ&ランサー

  ◆  ◆  ◆


 携帯電話。
 表示されたワンセグテレビが、カウントダウン放送を受信する。
 残り72時間。
 それが、この地球と人類に残された時間だった。

 あまりにも短い。
 日数に直して、たったの3日だ。
 少しぼうっとして過ごしていれば、あっという間に過ぎてしまうような時間でしかない。
 それが終われば、世界は終わってしまう。
 誰一人、何一つ残さずに、消しゴムをかけられたようにまっさらに消えてなくなってしまう。

 最近は見納めだからか、深夜に街を出歩いている人も比較的多い。
 子どもが深夜徘徊していても補導すらされないというのは、なかなかに異様な光景だった。
 ここに来る前にハルヒは、公園で小学生たちが草野球している光景を見た。
 前までなら瞠目必至だったろう絵面だったが、今はそんなことにいちいち注目する人間もいない。
 それに素行のことについては、こんな時間に無人の学校にいるという時点で、人のことは言えないだろう。

「それで?」

 問うのはランサー、ヘクトールだ。
 トロイア戦争の大英雄。 
 本来なら、一介の女子高生でしかないハルヒと出会うことは一生無かったろう存在。

「こんな時間に、マスターは一体何をしようってんだい?」
「別に、何かしようってわけじゃないわよ」

 ただ、過去への郷愁に浸りたいというだけ。
 中学校の頃、校庭にミステリーサークルを描いたことがある。
 あの頃から涼宮ハルヒは不思議を求めていて、
 けれどあの頃の涼宮ハルヒは、自分が大人になる前に世界が終わるなんて想像もしていなかった。

 世界の終わりなんていう単語は、自分には所詮遠いものだと心のどこかで高を括っていた。
 そう簡単に、少なくとも自分の生きている内は無縁のことだと思っていた。
 しかし終わりは突然に、拍子抜けするほどの気軽さでやって来た。
 やってきて、しまった。

「ねえ、ランサー。
 私ね、なんとなくわかる。
 聖杯戦争が、いよいよ始まるんだなって。
 世界の命運を分ける戦いが、もうすぐそこまで来てるのがわかるの」

 後戻りするなら、今しかない。
 今、聖杯戦争を諦めると一言言えば、涼宮ハルヒは平穏な日常の中にいられる。
 平穏な日常の中で、最期を迎えることができる。

「けど、やめるつもりはないわ。私は世界を救う――聖杯の力は、私が使う」

 人類の歴史が、だとか、そんな大層な理由じゃない。
 ハルヒ個人として、皆で過ごす日常を失いたくなかった。
 ただそれだけの理由が、彼女が聖杯戦争へ乗った理由。
 本人は知る由もないが、彼女はその特異な能力で、これまで何度も無意識下に世界を危機へ陥らせている。
 まるで台風のように激しく騒動を引き起こす彼女らしく、今回も、彼女は大騒動で世界を変えようとしていた。
 世界の救済という形で。
 涼宮ハルヒは、過去最大の大騒動を巻き起こす。

「おうよ。なら、付き合うのがオジサンの役目だ」

 ランサーが笑って応える。応えてくれる。 
 ハルヒも笑みをこぼした。勇気はある。怖くはない。
 少女の聖戦は、月下のグラウンドで始まった。


  ◆  ◆  ◆

   004:輿水幸子&ライダー

  ◆  ◆  ◆


「なんていうか、味気ない空だよな」

 魔法の箒に跨って、一人と一体は空を駆けていた。
 日付が変わりたてで、夜は最大級に深まっている。
 なのに空の星々はすっかり隠れており、それどころか、その夜天にはほんの1ミリメートルの隙間さえもない。
 分厚い灰色のヴェールで覆われていて、風情も何もあったものではない有様と化している。

 世界の終わりというには少しだけ、地味な絵だった。
 どこかの国が消える映像は、未だにニュース番組などでひっきりなしに流されている。
 それもまた、世界の終わりというには少しだけ、いやあまりにも、あっけない終焉だった。
 街が、山が、道路が、建物が、光の粒子になって片っ端から消えていく。かき消されていく。

 ただその光景は、今までに見たどんな映画とも違うリアルだった。
 きっとこの世に現存するあらゆるCG技術を駆使しても、あの消滅を再現するのは不可能に違いあるまい。
 それほどまでに、あれは現実離れした光景で――
 見るものに、否応なく世界の終わりを信じさせる説得力を孕んだ悪夢に他ならなかった。

「本当に、終わっちゃうんですねぇ」

 それは、もう誰にも変えられない。
 多分、止めることも不可能だ。
 いくら幸子が可愛くても、世界はそれで変わっちゃくれない。
 夜空に試しに決め顔をしてみる。
 ――ほうら、何も変わらない。

 百年後の未来ならばいざ知らず、少なくともこの現代には、消滅する地球から残った人類を逃がす手段も、
 逃げた後に人類が次の定住地とする場所も、残念ながらどこにも存在していないのだから。
 摩訶不思議なバリアで消滅を防ぐなんて真似が、まさかできるわけもない。

 世界の終末は突然やって来て、不可避の運命に「確定」された。
 変えられない、止められない。
 それをどうこうできるとすれば、ひとつ。

「それを終わらせないのが、マスターなんだろ?」

 奇跡の力に頼るしかない。

 零を一に変え。
 表を裏に変え。
 正しいことを間違ったことにする。
 そんな奇跡が、必要だ。
 目には目を、歯には歯を、理不尽には理不尽を。
 聖杯という理不尽の力で、輿水幸子は世界に「続き」を作る。

「やるからには勝ちますよ」
「はは、その意気だ」

 トップスピードが笑った。
 彼女には、後ろの幸子の顔は見えない。
 振り向けば見ることはできるが、そういうことはしなかった。

 ひとりと一体が、空を飛んでいる。

 誰かがそれを見たかもしれない。 
 もしくは、誰にも見られなかったかもしれない。
 それはわからない。
 でもこの時間だけは確かに、灰色の空は、彼女たちだけのものだった。


  ◆  ◆  ◆

   005:松野チョロ松&キャスター

  ◆  ◆  ◆


 松野チョロ松は帰途に着いていた。
 何をしてきたか。
 語るまでもなく、その手にあるものを見れば窺い知れる。
 数枚の一万円札だ。
 彼はこの時間までパチンコ屋で粘り、見事大勝ちを果たして来た。

 半ば願かけのつもりで赴いたのだったが、まさかこれほど勝てるとは正直予想外だった。
 兄弟と一緒に来ていなくてよかったと、心からチョロ松はそう思う。
 ただ、あいつらはこと金が絡むと引くほど鋭い勘を発揮することが時たまある。
 自分が以前それに加担して、末弟から金を巻き上げたことは見事に棚に上げて――
 チョロ松は、この金をどうしようかと考えあぐねていた。
 そして、少し考えたところで、ああ、と納得して手を打った。

「もう、そんなことする必要もないのか」

 自他ともに認める悪魔の六つ子。
 彼らはこの終末に際して、すっかり牙を抜かれてしまっていた。
 あの、彼らが、だ。
 きっと今この金を持ち帰ったところで、それを隠していたところで、血を見るような事にはならないだろう。
 そのことが、無性に哀しく思える。

「キャスターちゃんもごめんね、いや、俺もまさかあそこまで長引くとは思わなくてさ」
「いえいえ。でも、すごくたくさん当たってましたね……」
「うん、自分でも正直引いた」

 願かけのつもりで臨んだ勝負なのだから、結果は喜ぶべきところなのだろうが、
 しかし英霊とはいえ、見た目がどう見ても小学生な幼女を連れてパチンコに勤しむ青年の絵面はちょっと酷い。
 霊体化しているからいいとかそういう問題ではないと思う。

「俺さ、聖杯を手に入れて、世界を救ったら、その後は今度こそ真面目に就職しようと思うんだ」

 ぼんやりと見上げた空は灰色だ。
 月も星もない。
 多分変わらず宇宙にはあるのだろうが、地球とは無縁のものに成り果ててしまっていた。

「母さんたちからも自立して、まともに生きるよ。
 多分兄さんたちは変わらず前のままだと思うけど、俺だけでもね」

 そのためにもまずは、やるべきことがある。
 縁起のいい結果が出たのだし、いよいよ腹を括らなければならない。

 明日からは――いや、もう今日か。
 次に朝日が登って、目が覚めた時からは、聖杯戦争だ。
 世界を救い、ひとりの女の子の願いを叶える戦いが始まる。

「キャスターちゃんは確か、直接戦闘は無理なんだっけ」
「そうですね……ほとんど駄目です。自分の魔法以外には、特にできることもありません」
「だったら、他の参加者に取り入るしかないかな」

 チョロ松は、のっこちゃんの魔法が何かは知っている。
 それを使えば、相手次第ではあるものの、心に取り入るのは可能だろう。
 上手くその点に付け込んで同盟相手を確保し、利用しつつ立ち回る。
 それが一番賢い戦略だと、チョロ松は考えた。
 のらりくらりと躱しながら、最後は漁夫の利のような形で聖杯を手に出来ればいい。


 松野チョロ松は今、間違いなく勢いづいていた。
 使命感と勇気に満ちた、一人のマスターとして大成していた。
 それが作られた自信、取り入られた結果であるなどとは露も知らずに。
 彼は、戦う。


  ◆  ◆  ◆

   006:岩本健史&アサシン

  ◆  ◆  ◆


 煙草を吸う。
 不健康な煙が肺に流れ込んでくる。
 最初は心地悪いと思っていたこの風味が、心地よく思え始めたのはいつだったか。
 何年も前だったような気もするし、つい最近のことのような気もする。
 医者という立場からすると褒められたものではないのだろうが、生憎今は医者ではない。
 ただの人殺しだ。

「頭がおかしいよな、こいつら」

 カーナビ付属の機能だからか、テレビの画質は悪い。
 だが、映像が読み取れないほどではなかった。
 画面にはアナウンサーたちが、世界の残り時間が72時間を切ったと伝えている。
 あと三日! のテロップは、まるで大きな行事を前にしたような浮かれ具合すら感じさせる。
 実際、大きな行事であることは間違いないのだが……

「あと三日で死ぬんだぞ。
 それなのに、まるで喜ばしいことみてえに残り時間をカウントしてやがる。
 狂ってるとしか思えねえ」

 ケケケと、元医者の人殺しは笑った。
 後部座席には、ガムテープで動きを封じた哀れな魔術師が気絶させられている。
 元は聖杯戦争に臨むつもりでこの街を訪れたのだが、見たところ、戦いの中でサーヴァントを失ったらしかった。

 聖杯戦争に参戦したからには、彼も終末麻薬にあてられていない数少ない人間だったのだろう。
 だが、彼はサーヴァントを失った。
 見苦しく足掻いている内に、目を付けられてはいけない男に目を付けられた。
 そうして今に至る。
 魔術師なんて存在を相手にしたことは流石になかった岩本だが、やはり基本はそこら辺のゴロツキを相手にするのと変わらなかった。
 首を締め上げ、ちょっとそれを強めてやれば意識が落ちる。
 あとは適当に縛って、車に放り込めば、終わりだ。

「魂食いだ、零崎」
「あいよ」

 助手席から後部座席へ身体を乗り出し、零崎の鬼子は手持ちのナイフでぐさりとその心臓を突き刺す。
 ううっと小さく呻いて、魔術師の呼吸は止まり、その魂は零崎の体内へ吸収された。
 零崎人識というサーヴァントは、英霊としてはお世辞にも強くない。
 だから日頃からこうやって、魔力を充足させておく必要があった。
 無論この行いは秘匿の原則に反するものだし、ルーラーなどに見つかればえらい目を見ることになろう。

 だが、別に大きな騒ぎを起こしてはいない。
 酩酊状態にある狂った街では、人が一人二人消えても、別に大騒ぎにはならない。
 警察も麻痺しているのだから、足がつくわけもない。
 魂食いを積極的に行う方針の岩本にとっては、実にありがたい環境だった。

「しかし、ルーラーって奴に目ぇ付けられたらどうすんだ?
 討伐令とか出せるらしいし、最悪令呪で俺に命令できたりもすんだろ、そいつ?」
「確かに、そうなっては面倒だな。だが、零崎」

 車の窓から、外へ紫煙を吐き出す。

「俺はこの聖杯戦争に、ルーラーは存在しないと思っている」
「へえ?」
「聖杯戦争ってのについては色々調べてみたが、普通は監督役ってのが居るんだろ。
 だが、今回の聖杯戦争にはそれがいない。まるで聖杯戦争というプログラムが勝手に実行されているみたいに、この聖杯戦争ではそういう連中が顔を見せてないんだ。
 まあ用心するに越したことはないだろうが、そんな可能性もあると思ってるよ」

 もしくは。
 灰皿で煙草を揉み消し、残りの紫煙を吐く。
 その顔は少しだけ、訝しむような色を帯びていた。

「もしくは、そいつに聖杯戦争を調停しようっていう気がないかだな」
「……かはは。そりゃあ面倒だな。積極的に出張って来られるより面倒なんじゃねえの?」
「仮説の一つだけどな。もしそうなら、お前の言う通り非常に面倒だよ。
 なんてったって、普通の戦い以外にルーラーの思惑についても考えなきゃならねえからな」

 殺人鬼たちは語らう。
 平穏な街の影で、暗躍する。
 真の平穏というささやかな願いを胸に――修羅道に入った医者は、地獄すらも踏破する。


  ◆  ◆  ◆

   007:小桜茉莉&バーサーカー

  ◆  ◆  ◆


 皆と会えなくなって、どれだけの時間が経ったろうか。
 どれだけの、なんていうと大袈裟だ。
 精々、長くても一週間とちょっとがいいところだろう。

 それに、会えなくなって、というのも語弊がある。
 別に彼ら、彼女らがどこかへ行ってしまったわけではない。
 会おうと思えば、いつでも会える。
 むしろどこかに行ってしまったのは、他ならぬ小桜茉莉――「マリー」の方だった。

 ずいぶんご無沙汰していたように思える、自分の家。
 森の中にあるそこは、かつて母と二人で暮らしていた思い出の場所だ。
 昔のマリーにとっては、この家の中だけが世界の全てだった。
 そういう意味ではマリーは既に一度、世界の終わりを経験していると言えるのかもしれない。
 もっともその終わりは、新しい世界の始まりでもあったのだが。

 そして今、彼女の前には本物の世界の終わりが立ち塞がっている。
 世界が端から消えていくという原因不明の現象を見た時、マリーはあまりの恐怖に泣き出してしまった。
 なのに他の人々は驚くほど平然としていて、タイムリミットが迫ってきた今でさえ殆どの人は恐怖していない。
 マリーは、怖い。死にたいなんてとても思えないし、皆との日常がどうにかなってしまうと考えると大声で叫び出したくなる。

 そんな時、彼女の前に現れたのは、一体の化け物だった。
 その名前は、バーサーカー。
 人間とは思えない姿をした彼は、終わる世界でただ一人、マリーの味方であってくれる人物だ。

 バーサーカーは強い。
 他のサーヴァントなど、歯牙にもかけない。
 マリーは彼と一緒に、聖杯を手に入れることに決めた。
 大好きな皆のもとへ寄り付かなくなったのは、そのためだ。
 彼らを巻き込むようなことだけは絶対にしたくないし、許せない。
 だから涙を呑んで距離を取り――それどころか、自分の姿を徹底的に彼らの目から隠して。

 彼らの力を借りずに、この聖杯戦争に臨むことにした。

 独りぼっちは寂しい。
 でも、マリーは独りではなかった。
 彼は言葉を発しないが、それでも側にいてくれる。

 マリーの味方でいてくれる。
 それだけで、彼女にとっては十分だった。

 バーサーカーは今、霊体化して英気を養っている。
 自分も布団にくるまって、身体を休めていた。
 彼を実体化させ戦わせたなら、マリーの身体には大きな負担がかかる。
 彼を気兼ねなく戦わせるためにも、休息はしっかり取らなければならない。
 魔力切れで自滅して敗退なんて、笑い話にもならないのだから。

 小桜茉莉という少女は勝負事に貪欲ではない、大人しい性格の持ち主だ。
 その彼女も、今回ばかりは誰にも勝負を譲れない。
 何としてでも聖杯を手に入れなければならないと、強くそう思っている。
 自分のために、皆のために、――そして、バーサーカーのために。

 起こさなければならない奇跡が無数にある。
 たとえ同じ願いを持った人間がいても、マリーはバーサーカーのために、彼らを敵に回すだろう。

「……頑張ろうね、バーサーカー……」

 彼女は、知らない。
 自分が友人だと思っている狂戦士が、彼女のことなど路傍の石程度にすら認識していないということを。

 その心を占めるのはある存在に対する憎悪の念だけであり――その献身は、一方通行でしかないということを。


  ◆  ◆  ◆

   008:藤沼悟&キャスター

  ◆  ◆  ◆


 深夜の街を歩く。
 春は近付いているが、まだ肌寒い。
 人通りが奇妙に多いのは、やはり終末期特有のものだろうか。
 世界の終わりが告知されてから、世界は、人は、大きく変わってしまった。 
 それがいいことなのか悪いことなのかは、多分判断の別れるところだ。

 人間は、誰しもが幸福に死ねるとは限らない。
 何も悪いことをしていなくたって、業病に苛まれて地獄の苦痛の中で死ぬ人間がいる。
 刃物を持った精神異常者に追い回された挙句、死ぬ寸前まで恐怖を与えられて逝く人間がいる。
 自分が死んだということすら自覚できずに、一瞬で死んでしまう人間がいる。
 日頃の行いや思想に関わらず、悲惨な末路を遂げる人間は確実に存在するのだ。
 そういう運命にある人間にとっては、この終末は紛れもなく最大級の幸福に違いあるまい。

 酩酊状態の中とはいえ、恐怖なく、苦しむことなく、納得した上でこの世から消え去る。
 世界が滅ぶのだから、妻子や親を残して逝くことへの心配もない。
 死後の世界があるかどうかは定かではないが、それでも、酩酊しながら夢見て逝けるのは確実だ。

 人の死に際として、これほどまでに恵まれたものもないだろう。
 だから正直なところを言えば、彼らの気持ちも分からないでもない。
 幸せに生きて幸せに死にたいなんてのは、人類の共通認識だ。
 この時を逃せば、きっと永遠にそんな機会は訪れまい。
 そうして世界の何割かの人間は、前述したような不幸な死を遂げ、この世を去ることになるのだ。

「言ってなかったけどさ、俺、実は能力みたいなものがあったんだよ」
「マスターに、ですか?」
「短い時間だけ、過去に戻れるんだ。俺は再上映<リバイバル>って呼んでた」
「呼んでた、ということは……」
「……ああ。過去形だよ。今は、どういうわけかめっきり使えない。
 まるで――世界が、これ以上のやり直しを拒んでるみたいだ」


 青年の名前は、藤沼悟といった。
 年齢は二十九歳。
 独身で職業は売れない漫画家。
 どこにでもいるような冴えない人間だ。
 人と違うところがあるとすれば、昔とある誘拐事件に巻き込まれかけたことと――先述の力位のものだった。

「多分、世界が終わるのはもう避けられないんだと思う。聖杯の力以外では」

 安穏とした酔いの中で死ぬのは、確かに幸福に違いない。
 しかし悟は、その幸福を享受しなかった。
 甘ったるいほどの多幸感に包まれて暮らしている人間を見ると、どうしても違和感が拭えないのだ。
 少なくとも彼は、この終わりを正しいものとは思えなかった。

「だから……俺は聖杯戦争をやるよ。聖杯の力でなら、きっと世界をどうにかできるはずだからさ」

 藤沼悟という人間はこれまで、何度もその力で過去をやり直してきた。
 言っても、何年、何十年というタイムリープをした覚えはない。
 あくまで数分程度の時間遡行をすることで、重大な事件を防いできた。
 その程度の人間だ。だから正直、自分が聖杯戦争でどれだけ生き延びられるかという点には自信がない。

「お供いたしますよ、マスター。共に世界を救いましょう」
「……そのマスターっての、やめてくれないかな……悟でいいよ」
「そ、それは失礼しました。では……改めまして。よろしくお願いしますね、悟さん」

 メディア。
 その名前には、覚えがある。
 歴史に名高き裏切りの魔女――しかし、目の前の彼女はどうにもその逸話と一致しない。
 それもその筈だ。
 「この」彼女は、後に裏切りの魔女となる女の少女時代。
 華々しい時を過ごしていた、心優しい可憐な少女(リリィ)。

 彼らは、向かう。
 聖杯へと。
 奇跡へと、辿り着かんとする。

 自分達が、いるはずのない、二騎目のキャスターというイレギュラーであることなど露知らぬまま。
 また一つ、未来を望む願いが生まれた。
 最後のやり直しに、全てを懸けて。


  ◆  ◆  ◆


 そして――――――――茫漠と広がる世界があった。


 現実ならぬ、どこかの憧憬。
 されどこれは、確かに現実と繋がっている。
 夢であり、現である。
 夕焼けと比してなお朱く、赫い、緋色の原野。


 ――その最果てから、それは覗いている。


 じっと、鋭い眼を光らせて。
 緋色の巨体を意識の空に横たえて、
 自分から皿に乗ってくれる餌を待ち構えている。


 これは一人の男が残した爪痕。
 災害だけを呼び、因果律に弾かれているから舞台に上がれなかった男の残骸。
 これこそは、間違いなく、この聖杯戦争における最大の厄災であった。
 祈るがいい、知らぬことを。
 深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いている。
 それと同じだ。



 ――緋色の原野を覗く時、緋色のパンドラもまた、此方を覗いているのだ。




  ◆  ◆  ◆


 そして、裁定の権限を持ったそのサーヴァントは――
 今も、街の深層で嗤っている――


  ◆  ◆  ◆






01:佐倉慈@がっこうぐらし!&セイバー(アリス)@グリムノーツ

02:柳沢誇太郎@暗殺教室&アーチャー(ニコラ・テスラ)@Fate/Grand Order

03:涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱&ランサー(ヘクトール)@Fate/Grand Order

04:輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ&ライダー(トップスピード)@魔法少女育成計画

05:松野チョロ松@おそ松さん&キャスター(のっこちゃん)@魔法少女育成計画restart

06:岩本健史@絶望の世界&アサシン(零崎人識)@人間シリーズ

07:小桜茉莉@メカクシティアクターズ&バーサーカー(死神<二代目>)@暗殺教室

08:藤沼悟@僕だけがいない街&キャスター(メディア<リリィ>)@Fate/Grand Order

08:西東天@戯言シリーズ&パンドラ(SCP-444-jp-■■■■[アクセス不許可])@SCP Foundation-JP

10:ルーラー(???)@???