大宇宙の時代一覧とは、大宇宙連合会議やそれに加盟する国家に関連する歴史または時代のことである。


概要

 大宇宙連合会議加盟国には、大宇宙連合会議に直接関連する中央の歴史とそうでない自国の歴史がある。本稿で解説するのは前者である。
 中央の歴史では大宇宙連合会議が発足する前のシンテーア暦15世紀から始まる惑星ラヴェルトの宇宙進出時代からとしている。

時代

惑星ラヴェルトの宇宙進出時代

 時期:1400年頃 - 1525年
 惑星ラヴェルトの諸国家が宇宙進出を果たし、ボルガード連合と接触。
 ボルガード=ラヴェルト諸国戦争を経てラヴェルト連合(ラヴェルト諸国家)がボルガード連合を併合し、宇宙進出間もなくして星間国家になるまでに拡大した。

エルミア帝国時代

 時期:1525年 - 1555年
 ラヴェルト連合内部では第一共和政エルミアが主導権を握り、周辺諸国はその影響力からほぼ求心力を失っていた。
 間もなくしてラヴェルト連合はエルミア帝国と改称され、ラヴェルト連合は事実上エルミア人貴族階級に独占され、集権制度が確立された。
 エルミアのラヴェルト連合各国は反対運動起こしたが、すぐに鎮圧された。しかし、エルミア帝国が成立してから崩壊するまでの間、各民族による反乱・武力蜂起が頻発していた。

大革命時代

 時期:1555年 - 1623年
 エルミア革命及びグロスクロイツ共産主義革命が起こる。エルミア軍人階級の革命指導者リリーカ・サルト・ファルラー、エルミア貴族階級の革命指導者ペルメ・デウ・ストロークタ、リーエス人の革命指導者クウィドビッド・ネブスティルッシュ、及びドルムント人の革命指導者エドガー・フィッツジェラルド、グロスクロイツ共産主義革命の革命指導者セント・カディーン・イェッジガワート、タプナパキ解放戦線の指導者バシャ・トゥシャ・ヌポラら指導者が各地で団結し、エルミア帝国を滅ぼした。
 またこの時、マーカス連邦ニッテン総統らによる革命支援工作も行われていた。
 ドルムント共和国、グロスクロイツ社会主義共和国、リーエス連邦、ベリオン共和国、エルミア共和国(第二共和政エルミア)が成立する。なお、タプナパキ国も独立するが2年で独立取り消しとなる。これらの国家は相互連帯を高める目的のために国際組織「革命連合」を結成した。しかし、ベリオン共和国とリーエス連邦との間に生じた領土問題から連合内部での不和が拡大し、ベリオン=リーエス戦争勃発。その結果、リーエス連邦は大幅に領土をベリオン側に譲渡することとなり、リーエス連邦は無期限国交断絶政策を実行。事実上の鎖国を行うこととなった。
 この一連の出来事は国際社会に大きな衝撃を与えることとなり、「ゲルデン宙域諸国の安全と平和を願う」ドルムント共和国と「ゲルデン宙域及びレーウス宙域の勢力均衡化を願う」ジエール帝国連邦によってシンテーア暦1623年に大宇宙連合会議が設立されることとなった。

シ=ギーラム事変

詳細はシ=ギーラム事変を参照
 シ=ギーラム事変は1618年3月9日に発生したニーネン=シャプチ領惑星シ=ギーラムで発生したニーネン=シャプチとジエール帝国連邦間のファーストコンタクト時の武力衝突、領土画定問題である。両軍の艦隊による発砲はあったものの、最終的にはケルスト合意の形成によって停戦と惑星シ=ギーラムのニーネン=シャプチによる領有を認めるという形で終結した。

ゲフレイバール事件

詳細はゲフレイバール事件を参照
 ゲフレイバール事件は1629年にロフィルナ領エールミトナ星系第8惑星ゲフレイバールで起こったニーネン=シャプチロフィルナ連邦共同体間のファーストコンタクト時の武力衝突である。

連合会議時代

 時期:1623年 - 1641年
 大宇宙連合会議が設立されると、世界情勢は安定した。大宇宙銀河の星間国家が次々と大宇宙連合会議に加盟し、相互国交を樹立し、最初期の国際ネットワークが成立した。
 各国は技術革新と軍拡を急いでいた。特に著しかったのは建艦競争であり、大革命時代では宙域戦闘となれば宇宙艦載機による航空打撃群による飽和攻撃が決定打だったのに対して、大艦多砲主義による船舶の大型化が目立った。

ゴルギアの時代

 時期:1641年 - 1660年
 シンテーア暦1641年、旧ボルガード連合領土にてゴルギア国が成立。しかし、大宇宙連合会議国家承認委員会はゴルギア国の成立を認めず、反社会的勢力とした。ゴルギアはこの対応に対して激怒、「情け容赦のない報復行動」を宣言した。
 国際テロ組織としてのゴルギアは大宇宙各国でテロ行為を繰り返し、莫大な経済的損失のみならず深刻な社会不安を大宇宙銀河全体に与えた。
 この事態を重く見た大宇宙連合会議はヴェオンレイオネンデンクト支部にゴルギア対策本部を設立。それだけに留まらず、各国の直接介入の結果ゲルデン条約機構軍並びにレーウス条約機構軍を結成し、各国軍事力を以てゴルギアを掃討した。
 すぐ近くに潜伏しているかもしれない殺人者の恐怖に解放された各国は目覚しい経済復興を遂げ、好景気の時代に突入することとなる。

経済戦争時代

 時期:1660年 - 1693年
 ゴルギアのテロ活動の衰退を決定づけたコンクーナ掃討戦からすぐに、ツーンカとヴァルエルクで好景気が訪れる。国際的に好況となった。両国の好景気はたちまちバブル化し、大宇宙銀河全体の経済規模の飛躍的進歩が見られた。
 しかし、1679年のダーケフオス危機でバブルが崩壊。レーウス連合加盟国を中心に食糧危機問題が発生した。翌1680年にはその食糧の取り合いを巡ってレーウス経済戦争という貿易上の対立が芽生える。発端はヴァルエルク共和国が軍事力を背景にサーヴァリア王国連邦を食糧品を低価格で輸出させるよう仕向けたことに始まる。
 これに対し、ジエールとエルトリア王国が公然と非難。ジエールがヴァルエルク及びサーヴァリア両国の国債、企業の株式を大量に売却すると発表。これに対しヴァルエルクはレーウス連合の集団的安全保障の根幹を揺るがしかねないとジエールを非難した。これに関して、エルトリアは中立を保った。
 ジエールがリュイン安誘導の大規模な為替介入を始めると、ヴァルエルクがジエール製品に対する関税引き上げを表明。ヴァルエルクとサーヴァリアが連携しジエールのレーウス連合追放を警告した。

ジエール・サーヴァリア戦争

詳細はジエール・サーヴァリア戦争を参照
 ジエール領ヒューヴルの領有権をサーヴァリアが主張したことによってさらに国際情勢は緊張を増し、シンテーア暦1683年にサーヴァリア王国連邦はジエール帝国連邦に宣戦布告した。これが大宇宙連合会議が設立されてから初めての星系間国家による対外戦争である。
 結果は戦争中にジエール領内エルナー・ゲリテーン星で蔓延したカジャラベール・ウイルスによって各国終戦を余儀なくされ、痛み分けに終わった。この戦争で失った経済的損失は大きかった。

グロスクロイツ・ベリオン戦争

詳細はグロスクロイツ・ベリオン戦争を参照
 ゲルデン宙圏は長らくベリオン、グロスクロイツなどといった一等国による領土紛争の火種があちこちに転がっている一触即発の危険な状況下にあった。ダクラーシュ問題が一段落ついたゴルギア時代の後でさえも彼ら一等国の領土的野心は衰えを見せなかった。1682年、ジエール・サーヴァリア戦争勃発前年であるこの年にジエール帝国連邦ベリオン共和国が同盟を締結すると、銀河中に緊張が走った。
 さらに国際緊張を高めていたのはベリオンの不断の領土拡張であった。ベリオン共和国は1679年のダーケフオス危機において経済に打撃を受け、1680年頃から景気回復を大義名分に掲げて不当な経済開発を行うなどして惑星ゾラックに介入した。
 これに反感を抱いたグロスクロイツ側は惑星ゾラックへと働きかけ、8月クーデターを成功させると、とうとうベリオンとグロスクロイツとの衝突は避けられない形となった。さらに追い打ちをかけるようにグロスクロイツ社会主義共和国連邦セント・カディーン・イェッジカワード書記長はベリオンに対し「14月禁輸」を発表。これが直接的な引き金となって戦争が始まった。
 緒戦はグロスクロイツ軍の戦力の大量投入でベリオン軍に対して優勢だったが、消耗が激しくなるにつれ、ベリオン軍の精強な軍隊に押し負ける形となった。最終的には、グロスクロイツ・ベリオン戦争はベリオン共和国の勝利として終わった。講和内容では、グロスクロイツ領2星系と、グロスクロイツが保有していた銀河路線「ゲルデン航宙公社」の経営権を移譲することとなった。なお、惑星ゾラックは大宇宙連合会議及びドルムント・ダクラーシュ民族評議会の介入により、手放さざるを得ない形となった。

星系間通信時代

 時期:1693年 - 1740年
詳細はディガイナのラジオ放送を参照
 星系間を結ぶ本格的な通信技術が発達し、大宇宙銀河における大宇宙連合会議加盟国の結びつきはより一層影響を及ぼし合うようになった。
 そのような通信技術の黎明期に、ツーンカ人と思われる人物により発信元不明の星系間ラジオ放送局が開設された。その放送局では匿名リスナーによる投稿が可能になっており、そこでは完全に身元が特定できないために多くのリスナーが身の回りの些細なことから大宇宙のパワーバランスを大きく揺るがしかねない重大機密まで様々なお便りが寄せられた。大宇宙連合総会でジエール帝国連邦代表が情報危機管理の観点からこのラジオ放送局が新しい大宇宙の時代における懸念であると注意喚起した上で、エミュンス語で「謎、アンノウン」を意味するdigainaという語を用いて「ディガイナのラジオ放送」と名付けた。以降、そのラジオ放送局はそう呼ばれるようになった。

ギゼヴトラ・ZHL条約

詳細はギゼヴトラ・ZHL条約を参照
 ジエール・サーヴァリア戦争の甚大な被害への教訓から反戦運動が高まりつつあった1690年代後半から1700年代にかけて、ZHL兵器についての規制が叫ばれるようになった。1710年、ヴァルエルクやドルムントなどの国家の主導の下、ついにそれはギゼヴトラ・ZHL条約として実を結ぶことになる。
 しかし、主権にとっては国益を守る「手軽な抑止力」として、これらの兵器は利用しやすいものであったがゆえに、調印を拒絶する国家や、交渉段階でZHL兵器の製造が発覚する国家などこれらの風潮に反する国家は強いバッシングを受けることとなった。

サーヴァリア革命

詳細はサーヴァリア革命を参照
 サーヴァリア王国連邦にとってジエール・サーヴァリア戦争によって被った傷跡は大きく、経済的損失のみならず人的資源の損失までもをもたらした。サーヴァリアは戦中から無産階級市民への不満は募りに募っていた。
 さらに拍車をかけるように戦後、復興景気の最中でありながらもサーヴァリア人無産階級の生活水準は向上することはなかったため、暴動やストライキがこの時期最高潮に達した。
 1710年に「サーヴァリア共産党」と名乗るがジェヴヨボ地方で決起したことをきっかけに「サーヴァリア人民共和国」として独立。この事件を皮切りに、サーヴァリア資本家連合「小康派」、「社会派同盟」などいくつかの武装組織が誕生し、主にレーウス諸国などの軍事介入が行われた。
 サーヴァリア革命では特に共に介入したジエール帝国連邦とグロスクロイツ社会主義共和国連邦の著しい関係悪化が起こった一連の出来事として国際的には知られている。結果的には、サーヴァリア王国連邦は解体されサーヴァリア企業連合が誕生した。

スモラク宙軍軍縮条約


アクース内戦

詳細はアクース内戦を参照

マーカス内戦

詳細はマーカス内戦を参照

サーヴァリア革命

詳細はサーヴァリア革命を参照

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関連項目