魔導書
[解説]
『基本的に』と書いた理由は後述するとして、まずは魔法の手引書とはどういったものかについて説明をする。
今は『例外』もある、とだけ書いておく。
今は『例外』もある、とだけ書いておく。
まずは基礎編として魔法がどういったものか、どのように使うのか、発動させる為のイメージはどうすれば良いのか、などの基礎的なものを簡潔に纏めたもの、本当に初心者向けの手引書としか言いようの無いものだ。
それゆえに魔導書を持った者を見れば、魔法について修行中の青二才、というイメージを持たれやすい。
事実、手引書に頼っているのだから仕方ない事ではあるだろう。
だが、研鑽を積む事自体は誰しも行う事であるので、別段悪い事では無い。
だが、研鑽を積む事自体は誰しも行う事であるので、別段悪い事では無い。
『例外』としての魔導書
さて、上記した『例外』について記しておこう。
この場合の魔導書は、特別に作られたアーティファクトとして扱われる。
この場合の魔導書は、特別に作られたアーティファクトとして扱われる。
あれらは非常に強力な代物で、今現在の魔導工学では新たに創り出すことはおろか、再現さえ困難だ。
ごく簡単なものでさえ複製することが非常に難しく、出来ても精々が劣化コピー止まりという代物だ。
そう言った意味で、アーティファクトがいかに狂気に触れた産物であるかが窺い知れる。
ごく簡単なものでさえ複製することが非常に難しく、出来ても精々が劣化コピー止まりという代物だ。
そう言った意味で、アーティファクトがいかに狂気に触れた産物であるかが窺い知れる。
それはさておき、そのアーティファクトに含まれる魔導書とは一体どういった代物なのか?
これらはそれ自体は割と現存している物も多く、滅多な事ではお目に掛かれず、購入するには相当な高額になるとは言え、入手出来る機会があるのだ。
失われた神代魔法は各国で研究や復元が行われているのだが、未だに多くは成果が上がっていないのが現状である。
それらは確かに実在する。
それゆえに、探究者は血眼になって探し続けるのである。
それゆえに、探究者は血眼になって探し続けるのである。