【ストリート】SSその1

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【ストリート】STAGE 試合SSその1


0 魔人覚醒が張本の場合



「――お義父さん! 彼女を……無粍亜(ナイミリア)を私にください!」

 床に手をつき、男は切実に訴えた。
 対する、お義父さんと呼ばれた壮年の男は、腕を組んだまま憮然とした表情を浮かべている。

「駄目だ。娘はキミにはやれんよ、負切洲くん」
「何故ですか! 私に何か問題があるというのですか!?」
「いいや。キミが全裸で股間にウシガエルを貼りつけた変態だからじゃない」

 首を振り、壮年の男は言葉を続ける。

「それは、無粍亜が――――」

 男の言葉を、あの日の負切洲はうまく呑み込めなかった。
 ただ、頭の中をひとつの疑問が埋め尽くしていた。

 何故わかってくれないのだ。
 お義父さんが挙げる問題など些末なもののはず。
 そこに『愛』があれば、どんなことだって乗り越えていけるんだ。

 そうだ。
 『愛』を訴えよう。

 自分たちの間にある愛を納得してもらえれば。
 絶対に認めてもらえるはずだ。
 お義父さんだけでなく、それ以外の、すべての――どんな人間であれ、必ず。

「では……お義父さん。お聞きください」

 目の前の男の雰囲気が変わったことを、壮年の男は感じ取った。
 あるいは彼が感じ取ったのは、この世界の『ルール』に、新たなものが加わったことだったのかもしれない。

「私と無粍亜の間にある、『愛』を」

 男の股間のウシガエルが、怪しく目を光らせた。






1 事案発生





 陰気な場所ね、とパルフェは一笑した。

 壁一面に描かれたグラフィティ・アートは育ちの悪さの表明でしかなく。
 うち捨てられたスプレー缶やバスケットボール、その他のガラクタからも、何らの知性も感じない。

 『ストリート』と呼ばれるその場所は、現代日本におけるどん底の一つには違いなかった。

「……こんなとこ、少しだって居たくないからさ」

 地面に転がったバスケットボールに足を置き、ぐにぐにと踏みしめる。
 しばらくそうしていたかと思えば、その場でくるりと反転。
 踏んづけたバスケットボールを、思い切り蹴りだした。

「ぶっ飛びなさい!!」

 バスケットボールは真っすぐに、おそるべき威圧感を伴って飛んだ。
 廃材の詰まったコンテナにぶつかったかと思えば爆砕――だが、バスケットボールの勢いは些かも衰えぬ。

 牝垣パルフェの魔人能力『Never Dirty』は、踏みつけた相手に命令を遵守させる能力だ。
 ぐにぐにと濃厚調教されたバスケットボールは今や、大筒から放たれた砲弾にも等しい忠実さで『ぶっ飛びなさい』という命令をこなそうとしていた。

 吹き飛ばしたコンテナの先にあった影に当たらんとした次の瞬間。
 バスケットボールはスパッと両断され、ストリートに転がる廃品の列に戻されていた。

「おやおや。これは少々、足癖の悪いお嬢さんのようだ」

 コンテナからもうもうと立ち上る土煙にぼんやりとしたシルエットが浮かび上がり、パルフェは目をすがめた。
 最初から、そこに誰かがいる気配は感じていた。
 初弾で倒せていれば楽な話だったが、少しは骨のある輩らしい。

(ま、寿命がちょっとくらい伸びただけよ)

 パルフェの余裕は崩れない。
 平生通りの冷ややかな表情のまま、ゆっくりと近づく足音を聞いている。

(どうせこいつも、大したことないザコに決まって……)

 そして、人影が姿を現した。

 黒と灰に満ちたストリートに降り立った天使が如き、一面の輝く白き肌。
 その股間に鎮座する、知性と博愛の精神をこの上なく表現するウシガエル。
 両の手には、先刻バスケットボールを切り裂いたと思しき2本のナイフがあった。

「ごきげんよう、お嬢さん。私の名は張本負切洲――ラブマゲドンを制せし、」
「へ」

 悠々たる自己紹介の言葉は、しかし。



「変態だーーーーーッッ!?!?!?」



 ストリートに轟いた絶叫に掻き消された――。






2 路上の夢



「待ってくれ、お嬢さん! 話を聞いてくれっ!」
「うっさい、バカ! 寄んな変態!!」

 追いかけっこは続いていた。

 逃げるは少女・牝垣パルフェ。
 追うは変態・張本負切洲。

「なんなのアレ!? さすがにあんなの、頭オカシイでしょ!?」

 パルフェは優れた容貌の持ち主であり、それゆえにそこそこ知られた読モであった。
 さまざまな人間から好奇の視線を浴び続け、それを歯牙にもかけず生きてきた。

 変質者と呼ばれる類の人間に絡まれたことも、一度や二度ではない。
 成人男性の全裸にだって、ぶっちゃけ慣れたもんである。

 それにしたって――だ。

「……ウッ」

 ちらりと振り返った視界に映るのは。
 全身に汗としたキラキラを纏い、走るたびに股間のウシガエルの足がブラブラと揺れる。
 ダンジョンの入り口で遭遇した名もなきシスコン太郎などとは比べ物にもならない、マジモンの変態だった。

「ありえないでしょーーーーがっ!!」

 キレながら、さらに走る。走る。走る!
 マラソン大会でも上位に入る子ども体力に飽かせて、たまに落ちてるものを蹴っ飛ばして反撃しつつ、ひたすらに逃げ続けていた。

(――ああ。ありえないぞ、これは……!)

 同じ言葉を、負切洲も思っていた。

 彼の能力『ガエルを持つ私に逆らうのか!』は、奇しくもパルフェと同じ操作系の能力だった。
 愛を説き、それに納得してしまった人間に命令を下す、弁舌をトリガーとしたタイプ。
 足蹴にするタイプのパルフェとの差が、彼に能力を使うチャンスを逸させていた。

「お嬢さん! 話せばわかるはずだ! まずは、そう、名前を――」
「名前聞かれた! 通報! 絶対に豚箱にブチ込んでやるからっ!!」

 聞く耳を持ってくれない! 一体何故なのか!?

 飛んできた鉄パイプをナイフで両断しながら、負切洲は焦っていた。
 このままでは、どちらかの体力が先に尽きるのを待つばかり。
 体術自体はそれなりの水準にありつつも、負切洲は26歳無職の男。絶賛伸び盛りの少女と比べ、体力で勝っていると断言はできなかった。

「何か打開策は――、はっ!」

 視界の端に映った物体に、負切洲は飛びついた。
 うまくいけば、少女の足を止めさせるだけでなく自身の能力にも嵌められる。
 一石二鳥の逆転の策。もはや、これに賭けるしかない!

「お嬢さん! 何をそんなにも恐れ、逃げているのか!」

 ぴく、とパルフェの小さな耳が動いた。
 ゆっくりと歩みが止まる。刺さった、と負切洲は確信した。

「……誰が、何を恐れるって?」

 パルフェが振り返る。汗ばんだ額に、うっすらと前髪が張り付いている。
 聞き捨てならなかったのは、負切洲の言葉が図星を突いていたからだ。
 これまでの10数年の人生でも出会ったことのない変態に、悔しいが恐怖している。そのことが、自分でも許せなかった。

「フッ、落ち着きたまえ。キミは年端も行かぬ少女で、私は精悍なる男性。恐れるのも無理はない」
「そこじゃないっつの! ってか、別に恐れてない……」
「故に! 直接の戦闘では私に有利すぎる! 対等なる決闘を演じるには――」

 パルフェの抗議を遮りながら、負切洲は路上の隅からソレを持ち上げた。
 手にあったのは、路上にうち捨てられていた古びたラジカセ。
 何なの?と疑問符を浮かべたパルフェに構わずスイッチを入れれば、雑音を紛れさせながらも、たしかにズクズクと重低音が吐き出される。

「年齢差も、性差も関係ない! 言葉と言葉、愛と愛をぶつけ合う、ストリートに相応しい戦い――MCバトルと洒落こもうじゃないか!」

 鳴りだすビートは、ZEEBRAの名曲『Street Dreams』。
 夢を抱いて路上へと迷い込んだ二人には似合いの曲だった。

「……フン。愛とか、そんなんはどーでもいいけど」

 キッと眉を吊り上げ、とうとうパルフェは完全に足を止めた。
 そうさせたのは、生意気盛りである彼女の負けず嫌いな性格ゆえか。
 あるいは、伝説的楽曲とストリートに渦巻く闘争の気風が合わさり生まれた、異様な高揚感によるものか。

 いずれにせよこの場には、「のるなパルフェ! 戻れ!」と叫んでくれるイゾウさんはいない
 まあ結局いても戻らんのだが、ともかくとして!
 視線をバチッとぶつけ合う、2人のMCの姿!!

「結果は同じよ! コテンパンにしてやるから!」
「いいだろう! 先攻は私が行こう!」

 負切洲は股間のウシガエルを剥ぎ取り口元へ!
 ラジカセはあったが、廃品の中にマイクは見つからなかったからだ。
 苦肉の策ではあったものの、カエルの持つ『合唱』の特性がなんかこうイイ感じに発揮されているのか――声がハウリングする! イケる!!

「私がNo.1 SSLoveドリーム! 不可能を可能にした日本人!」

 1バース目からサンプリング! リスペクト溢れる滑り出しだ!
 自身をラブニカ・アイエルの化身と嘯く彼にとって、自分が日本人かどうかは少々デリケートな問題ではあろうが、ともかく良し!
 そもそもSSLoveには参加すらできていないのでNo.1もクソもないが、こういうのはノリが大事! 分かったな!!!

「剥き出しの身で、語ろう(・・・)()』。争いから目を覚まそうか(・・・・・)!」

 自己のプレゼンテーションと共に、話題を『愛』に照準する。
 MCバトルにおいて有利なのは後攻と言われているが、先攻には「話題を選択できる」というメリットが存在する。
 それを活かし、自分の得意なジャンルに縛ってくるとは――この男、バトル巧者!

「愛は世界に平和をもたらす! それ伝えるのが私の使命!
 MCマッケー、akaラブニカ・アイエル! キミの『愛』を、聞かせておくれ!」

 負切洲あらためMCマッケーの1ターン目が終わる。メッセージに重きを置いたラップであった。
 ここで相手からの『愛』に対するアンサーを引き出し、それを論破することで能力の条件を満たす――
 あまりにも巧みな戦略だった。

 MCマッケーが投げ渡したカエルを、パルフェは律儀にキャッチする。
 ぐにょりとした触感に一瞬眉をひそめるも、バトル用に調整されたビートはスクラッチ音を響かせる。
 後攻1ターン目が始まる――パルフェが小さな口を開く!

「あっそ? 悪いけど興味ない(・・・・)!」

 ――話題に乗らない!
 パルフェがMCマッケーの能力を看破していたわけではない。
 偶然にも、相手の言葉を否定しマウントを取りたがるメスガキとしての習性が功を奏していた。

「あたしは望みを通したい(・・・・)
 実現するとき超期待(・・・)
 こいつがあんたの掃除代(・・・)!!」

 そのうえで、(ライム)を踏んでくる!
 韻踏みはMCバトルにおける攻めの常套手段だが、ラップ経験などないだろうパルフェが自然体で行えている。
 4バース目では、その辺に落ちてたどっかの国のボロボロの硬貨を蹴り飛ばしてくる始末。
 まさしく、『踏みつけのクソガキ』パルフェらしいバトルスタイルだった。

 そして迎える後半のバース。
 刹那――パルフェは闘争心に満ちた表情を、フッと嘲笑的にゆがめた。

「ていうか、何? 負切洲?
 自分から『敗者』を名乗ってるやつが勝てると思ってんの~~~!?」

 おそるべきDIS!!

 MCバトルの軸は大きく2つ。『自分をILL(スゴイ)と思わせる』か、『相手をWACK(ザコ)と思わせる』かだ。
 リスペクトの表明や韻踏みは前者での攻め方。そして、後者での攻め方がDISである!

 これにはMCマッケーもグッとたじろぐしかない。
 攻め時と見るや、パルフェはカエルを強く握り込む!

「あんたは変態(・・)! 逮捕よ絶対(・・)
 これっぽっちも効かないわ恋愛(・・)!」

 怒涛の韻踏みで締めくくる! カエルを投げ返す表情も、渾身のドヤ顔!
 これは勝負あったか――観客がいれば、そう断じていたかもしれない窮地。

 にもかかわらず、MCマッケーは嗤った。

「『効かない恋愛』? それは違うね」

 MCマッケーが打ち出した『愛』という話題を、最初はガン無視していた。それこそが彼女にとって最も賢い選択だった。
 だが、最後に「あ、『変態』と『恋愛』で踏めるじゃん」と思った瞬間に、話題に戻ってしまっていた。
 遅れ、パルフェもハッと気づく。詰めが甘かった――痛恨の失策である。

「目を背けるほど育つのが『愛』さ。
 キミにもいるだろ? 気になる相手。恥ずかしがらずに言ってごらんよ。
 クラスのイケメン? サッカーのヒーロー? もしや、おバカなお調子者クン?」

 開いた僅かな突破口にすがりつく!
 静かながらもたしかな口調で、パルフェの『愛』の形を探っていく。
 対するパルフェは緊張感のある表情を浮かべつつも、大きく動じることはない!

 残るバースは少ない。
 正解はなんだ――乾坤一擲の思いでMCマッケーは叫んだ。

「先生! じゃなけりゃ、『――――』!」

 MCマッケーが『それ』にたどり着いた、次の瞬間。
 ボッ、と音を立てるかのように、パルフェの顔が真っ赤に染まった。

「見つけたキミの、真っ赤なウソ!!」

 ギリギリでパンチラインを滑り込ませ、MCマッケーの2バース目が終わる。
 やり切った笑みで投げ渡すカエルを、パルフェはしどろもどろになりながらキャッチする。

 明らかに動揺が見て取れる!
 それで後攻2バース目、はたして戦えるのか――!?

「なっ……バ、バカ! 何言ってるのか、全然、わっかんないんだけど!?」

 クソザコじゃねーか!!

「ていうかそんな、しぇく、セクハラよ! バーカ! この変態! バカバカバーカ!!」

 呂律は回らず言葉も噛み噛み。
 内容もまた支離滅裂で、単なる罵倒を並べるだけ。
 それだけでなく、足元もダンダンと地団駄を踏む始末。キレ散らかすクソガキそのもの。

 完全に、一発敗北(クリティカルヒット)コースだった。

「通報するから! ってか訴えるから! 覚悟の準備をしなさい!!」

 そして――いつの間にか。
 パルフェの瞳が、グルグルと渦を巻いたように虚ろになっている。
 我々はこの眼差しを知っている。DLsiteとかでよく見ているこれは――。

「それからっ……」
「フ……フフ。ようやく、か。手こずらせてくれるじゃないか、お嬢さん」

 最後の言葉は聞きとれぬほどにか細く消え去り、バースも終わる。
 ついに稼働限界を迎えたラジカセが静かに息を引き取り、パルフェの動きも止まる。
 一転して静寂が訪れたストリートで――

「だが」

 MCマッケー改め、張本負切洲が髪をかき上げた。

「洗脳完了だ」






3 change!



 要請を受けてから、ダンジョンにたどり着くまで。
 あるいは張本負切洲が魔人として覚醒してから今に至るまで――

 彼の異様な風体を咎める者を、すべて言いくるめて生きてきた。
 言葉を操り、時に自分を良く見せ、時に相手の矛盾を突き。

 それはすなわち、MCバトルと共に生きてきたということである。
 (首から上の顔面は)一見高貴に映る彼に、何故そのような『路上』の資質があったのか。
 その過去は誰にも知ることは叶わないが――

「さて。戦いに勝つだけならば、洗脳された彼女を如何様にすることも容易いが」
「ハァ~~?」

 負切洲の言葉に、パルフェは心外だとでもばかりに声を上げる。

「誰が洗脳されてるって!? されるわけないじゃん! 洗脳なんかに負けないっつの!」

 捲し立てる少女の目は、やはりグルグルと渦を巻く虚ろな有り様。
 やはりどう見ても洗脳されていた。

「……『彼女』と同じくらいの歳、か」

 負切洲の脳裏に浮かぶのは、可憐な少女の姿。
 どんな困難もふたりなら超えていけると、将来を誓い合った相手だった。
 しかし、今は――。

「…………」

 負切洲はそっとパルフェに歩み寄り、握り締めていたウシガエルを取り上げ股間に再装着する。
 その様も、パルフェはグルグルの瞳でされるがままに見送っていた。

「問おう。キミたち『少女』にとって……」

 ビカリ、と股間のガエルの目が赤く光る。

「『――――』の存在は、そんなにも大きいものか?」

 張本負切洲の能力『ガエルを持つ私に逆らうのか!』――!
 恋愛論にて言いくるめた相手を洗脳し、1度の言いくるめにつき1回、どんな命令でも聞かせられる能力。
 能力トリガーである『論破』の判定は、先のMCバトルの勝敗で満たされている。

「っ……」

 洗脳下にあるパルフェの口がハクハクと動き、それから小さな動きで手招きした。

「……先ほどの反応からして、彼女に『――――』に対する強い想いがあるのは明らか。やはり問い質さねばならん」

 独り言ちながら、負切洲はパルフェの口元にそっと耳を寄せる。
 彼にとってダンジョン踏破と同等に、あるいはそれ以上に大事な、ある『正解』への道。

(――待て)

 それが、彼の目を曇らせた一因だった。

(『イエス・ユア・ハイネス!』――我が能力に操られているならば、その言葉を)
「……誰が」

 渦を巻いた瞳のまま、パルフェの足が動いた。

「教えるかってのッ!!」

 小さな足を振り上げての上段回し蹴り。
 こめかみを撃ち抜く軌道で放たれた攻撃を、負切洲はギリギリで身を躱す。
 蹴り足が額を掠り、血が流れだす。視界は損ねるがダメージは軽微だ。

「いや――それ以上に。何故、私の命令に従わない!」

 負切洲は狼狽する。
 たしかに言い負かした。故に、能力自体は効いているはずだ。
 ならば何故抗える?

「今まで、誰一人としてガエルの威光にひれ伏さぬものはいなかった……!」

 通行人も、警官も。
 結婚を認めなかった、彼女の父も。親友でもあった、彼女の兄も。
 そして、誤解を解こうと言葉を尽くした末に、『彼女』自身も――。

「私はっ……真にラブニカとなるのだ! そうすれば、皆、認めてくれるはずだ!」

 負切洲が吠え、手をかざす。彼が夢想した英雄の姿をなぞるように。

「お嬢さん! キミの答えを、どうか聞かせてくれ!」
「ぜーったい言わない!」

 飛ぶ蹴撃! 躱す負切洲!

「そう言わずに! ホントはちょっとくらい話聞いてほしいとか思ってるだろう!?」
「くどいっ! 仮にそうでもあんただけには言わない!」

 廃材シュート! ナイフ切断マッケー!

「ええいままよ! この際なんで能力が効かないのか教えてくれ!!」
「いくらなんでも言うわけないでしょ! 本末転倒っていうのよそういうの! 知ってるんだから、このバカ!!」
「どうすればいいんだ~~~っ!!」

 攻めに転じたパルフェに対し、頭を抱えて後退しつづける負切洲。
 洗脳下に置き絶対有利を敷いたはずなのに、それが機能していない動揺が大きいのだろう。
 困惑に支配された頭を必死に動かし、活路を見出す。

(おおおお落ち着いて整理しよう! 私の能力は効いている! 効果がないのはなぜか――)

 あまりにも変態な風体で誤解しがちだが、負切洲は知略に長けた男だ。
 相手を言いくるめる頭の回転の速さ、ウィークポイントを見逃さぬ洞察力。
 それらを総動員すれば、きっとなんでか分かるはず! がんばれ!!

(無効化能力者であれば、あんな風にお目目グルグルしないはず。
 というか彼女は、おそらく強化型の能力者だ。最初のバスケットボールを強化して蹴りだしたのもそうだし。
 ならば精神力や抵抗力を強化して能力に耐えている?
 いや、やはりありえない。操作能力は『絶対』の力だ。耐えようとして耐えられるものではない)

 チラと後ろを振り返る。
 憤怒の形相で追いかけてくるパルフェは、やはりお目目グルグル。洗脳状態のはずだ。

(そうだ。操作能力は絶対。彼女は洗脳にかかっている。
 解かれていないのは、『1回の洗脳で1個の命令』が実現していないから。すべて命令は届いたうえで、無視されているんだ。
 ありえるのは――別の操作能力で上書きしている?)

 そこまで至り、ハッと気づく。

(――『ぶっ飛びなさい』? ただの発声だと思っていたが、あれは『命令』だった?
 彼女もまた操作能力者で、自分自身に能力を行使した?
 いつだ? そんなタイミングもアクションもなかったはずだ。
 足癖の悪さが素なだけじゃなければ、キックがトリガーのはず――)

 次いで脳裏をよぎるのは、パルフェが醜態を曝していた後攻2ターン目のラスト。
 パルフェはキレたクソガキそのもののように地団駄を踏んでいた。
 その足は、よくよく思い返してみれば地面ではなく、自分の足を踏んでいなかったか?

(聞こえなかった最後の言葉は、悪態ではなく自分への命令!
 自分の身体に置きつつある変調を、同じ操作系能力者として察知したのか!
 おそらく、『敵の行動に逆らえ』とでも命令したのだろう――!)

 そういうことである!!

 牝垣パルフェの魔人能力『Never Dirty』は、踏みつけた相手に命令を遵守させる能力だ。
 その踏みつけが濃ければ濃いほど、命令を聞かせる『強度』も増す。

 パンプスの下、足の甲が赤く腫れるほどの怒りに任せた地団駄。
 消え入った『あんたの言うこと全部逆らってやるから!』の言葉も、無理のない行動どころか、むしろパルフェ自身のクソガキ体質に噛み合った命令だ。
 負切洲の洗脳をプールした状態で反撃が可能な、最悪の天邪鬼の降臨だった。

 弱点があるとすれば。

「フ。驚かされたが――種が割れればこちらのものだ」

 負切洲はくるりと振り返り、パルフェに向き合う。
 息を吸い込み、ナイフを投げ捨て、勝機を確信して指をビシッと突きつけ、高らかに宣言した。

「そんなに拒否するということは、キミの想いは所詮その程度だったわけだ!」

 ――逆張り!

「ならばもはや聞く価値なし! キミの真実の想いなど、一生胸に秘めておくがいいさ!」

 そう、裏の裏は表。
 相手がすべての行動を逆らうというなら、初めから逆を言えばいい。

「ハァ? バカにすんじゃないわよ! たしかに、すっごい小さい時だったけど――」

 言葉はパルフェの意志では止まらない。
 自分の能力の洗脳下にある彼女は、与えられた命令通りに、負切洲の命令の逆を行く。



「あの時は本当に、『パパと結婚する』って言ったんだから!!」







3.5 魔人覚醒がパルフェの場合




 牝垣家は普通の家庭だった。

 金持ちでも貧乏でもなく、東京の端っこの方にファミリーマンションの一室を借りて住まう。
 父と、母と、一人娘のパルフェ。
 母親に似て美しく生まれた娘を特に父は溺愛し、目に入れても痛くないとばかりに甘やかし――

「パパ! あたし、この洋服ほしいんだけど!」
「ええ~? まったく、仕方ないなぁ」
「やったぁ! パパだいすき! あたし、おっきくなったらパパと結婚する~!」
「ハハハ、本当かー? パパ嬉しいなあ」

 パルフェもまた、父に懐いていた。
 幼かった時分から『こう言えば喜んでくれる』と打算的な思考を持ちつつも、優しくしてくれる父に好意を抱いていたのは間違いなかった。

「ちょっとパルフェ? パパはママと結婚してるんだから、あげないからねー?
 パパもパパで、そんなに甘やかさないで。お財布ペラペラになっちゃうわよ」
「ううーん、そう言われると確かになあ」

 苦言をこぼす母に、困ったように笑う父。
 不利を悟ったパルフェは、その時ピン!と思いついた。

「じゃあ、あたしパパのマッサージするわ! そしたらパパ、いっぱいお仕事がんばれるよね!」

 そう言って、パルフェは父にカーペット上に寝転ぶようにせがんだ。
 背中を向けて身体を横たえた父の上に、パルフェはスリッパを脱いで登る。
 腰を念入りに踏みながら、再度望みを口にする。

「えいっ、えいっ! どう、パパ? 気持ちいい?」
「ああ……そうだなあ……」
「ねっ、ねっ。これで買ってくれるよね? パパも可愛いあたし、見たいもんね?」
「ああ……そうだなぁ、マッサージしてくれてるからなぁ」
「もう、パパったら。本当にパルフェに甘いんだから」
「やった! ふふ!」

 ぎゅっと拳を握り破顔したパルフェは思った――否。『認識』した。

 この世界は、すべて自分の思い通りになる。
 抱いた願いはすべて聞き入れられる。

 たとえ、その前に壁が立ちはだかろうとも。
 こうして踏みつけられて、逆らえるモノはいないのだ――と。







4 約束




「…………」

 自分の発言内容を、一拍遅れて自覚し。
 今度こそ、パルフェの顔はボンッと音を立てて真っ赤になった。

「ち、違う! 違うわ今のは!」

 目をグルグルとさせたまま、手をブンブンと振って否定の言葉を連ねる。

「いやたしかに言ったけど! でもあれはもっとガキの頃で、今はそんなこと全然ないから!
 最近はもう、『昔はパパと結婚するって言ってくれたのになあ』ってしつこく言ってくるから、ホントうざくって!
 去年からお風呂も一緒に入ってないのよ!? それなのに、そんな……バカじゃない!?
 あーヤダヤダ! パパが好きとかホンット、ガキ! あたしみたいなレディには似合わないってーーのっ!!」

 言えば言うほど墓穴を掘っていくクソザコぶり。
 そんなキャンキャンと喧しい声を聴きながら、負切洲は突きつけた指もそのままに、ツゥと一筋の涙を流した。

「そうか……そうだったのか」

 負切洲の脳裏に、あの日の光景がよみがえる。

 愛を説き、彼女のお義父さんに結婚を『許してもらえた』。
 そのことを報告した親友にして彼女の兄は怒り、初めての本気の口論になった。
 その親友にも最終的に『許してもらえた』ことを愛しの無粍亜に伝えた時、彼女だけは、無垢なる祝福をくれると思っていたのに――

 豪邸のような家には今も、大切だったはずの者たちが目をグルグルにして残されている。
 きっと、自分の愛が足りなかった。より大きな愛を得れば、真の理解を得られるはず。
 そう――あの、ラブマゲドンを制した、伝説のラブニカ・アイエルになれれば。

「私は、間違っていた。間違え続けていたのか」

 陶然として語る負切洲を、少し落ち着いたパルフェが怪訝そうに見ている。
 自分に抗い続けた、小さな悪魔。
 その姿に眩しさをおぼえ、負切洲は眇めた。

「私は……愛は、たったひとつだと。男女の『恋愛』。それだけが真実(LOVE)だとばかり、思っていた」

 指の先が震える。
 その愛の形は、幼き負切洲には与えられていなかったもので。

「『家族愛』。キミが気づかせてくれたんだ……私に欠けていたものを」

 ダンジョンを出たら、義父にも親友にも謝ろう。
 そして、もう一度。これからゆっくりと、家族になっていこう。
 憑き物が落ちたような晴れやかな表情を浮かべ、負切洲はパルフェに笑いかけた。

「ありがとう、お嬢さん。キミがお父さんと結婚できることを、私も祈っているよ」
「ッ……だから!」
「ほら、この通り股間のガエルもキミのことを祝福して――」
「違うっつーーーーーの!!!」

 ズゴーーーン!!!!と破壊的な音を響かせ、パルフェの前蹴りが負切洲の股間を撃ち抜いた。
 巻き添えになったガエル様はぶぎゅっと潰れ、その向こう側にあった一輪の希望のはな(フリージア)をも粉砕。
 負切洲の口から痛みとも快感ともつかぬ声が漏れた。

「……ふ、フフ。お嬢、さん」

 どこか遠くに視線を投げながら、負切洲は最後の言葉を口にする。
 フラフラと進み、その身体がゆっくりと前に傾げていく。
 しかし、ずっと変わらず伸ばしていた人差し指が、進むべき道を示していた。

「止まるんじゃねぇぞ……!!」
「それは、別のキャラでしょうが!!!」

 ストリートに突っ伏した頭をトドメとばかりに踏み潰し。
 ひとつの伝説が、ここに幕を下ろした。





敗者:張本負切洲
ラブニカ・アイエルの呪縛から解放。
ダンジョンを出た後、改めて暴動院(ぼーどうぃん)家に結婚を申し込みに行く。



勝者:牝垣パルフェ
ダンジョンの次のステージへ。
ダンジョンを出たら、もう自分の服とパパのパンツを一緒に洗濯するのをやめるようママに言いに行くつもり。

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