【希望崎学園】SSその1

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【希望崎学園】STAGE 試合SSその1


Opening 1『俺の勝手』

「ママは私を産んだわけじゃなくて、私を造ったの。人造生命体(ホムンクルス)っていうやつ」

 カレンの無感情な声を、グレイタウルは呆然と聞いた。

「……なんだそりゃ」
「ええと、ママの細胞を高速培養して、魔導成形して、圧縮情報呪文を詰め込んで教育を」
「造り方を聞いてるわけじゃねえよバカ!」

 怒鳴られてもカレンはきょとんとしている。
 それがまたグレイタウルを苛立たせた。

「道理で、母親が空から降ってくるにしちゃ反応が薄いと思ったぜ。何がママだ。娘どころかお前、あのクソ魔女の劣化コピーじゃねえか!」

 無謀な相手に挑み大敗した母親の最期の始末を、娘が付ける。
 そういう物語なのだと思っていた。
 ならば、賭けに負けた以上力を貸すのもやぶさかでは無い。
 グレイタウルはそう思っていた。

 その前提が崩れたのだ。

「一人でてめえの尻拭いしてるようなモンだろうが。付き合わされる方の身にもなりやがれ」
「おお、お黙りなさい馬鹿狼!」

 カレンの帽子に一つ目が開き、甘やかしの悪魔フェリテが激しい声を上げる。

「何という暴言でしょう。何も知らずに勝手なことを!」
「何も知らずに? 当たり前だろうが、黙ってやがったんだからよ! てめえら信用できねえんだよ!」

 ランタンに姿を変えている道しるべの悪魔シアランが、不安げにキシキシと軋む音を出す。
 同時に、カレンの周囲の風景がぼやけ始めた。

「みんな落ち着いて。もう転送が終わる。話はまた後」

 探索者の準備が整おうが整うまいが、迷宮は待ってくれないものだ。
 気持ちはバラバラのまま、カレンと、契約する悪魔達は次の戦場へと転移した。

Opening 2『LEGACY』

 私立希望崎学園。
 東京湾に浮かぶ巨大な人工島に建てられたこの学校は、次第に全国から手の付けられない魔人生徒を呼び集め、生徒会と番長グループに分かれて激しい衝突を繰り返した。

 誰が呼んだか、戦闘破壊学園ダンゲロス。
 それがこの危険地帯につけられた異名である。

 もっとも、今この場に存在する魔人はわずか二人。
 何らかの力で無関係な人物を排除しているのか、それともここが本来の希望崎学園を模した別の空間なのか、判断する術は誰にもない。


「がっこうだー!!」

 魔人の一人、場違いに明るく健やかな柏木エリの歓声が教室内に響き渡った。

「きりーつ! れい! ちゃくせき!」
「……よく知ってるな」

 灰色のトレンチコートを羽織ったスーツの男、島津徹矢は感心する。
 任侠の世界にどっぷり浸かった島津にしてみれば、高校の教室などもはや遠い異世界のようなもの。非現実感で頭がくらくらする。
 はしゃぐエリの声は一種の救いだ。

「根性おじちゃん、出席をとってください!」
「そんなことまで知ってんのか」

 真似事とはいえ、教壇に立って出席を取る自分など想像したこともない。
 島津は柄にもなく緊張しながら声を出した。

「あー……柏木」

 それはエリの本当の苗字ではない。柏木というのは、あくまでエリが世話になっていた柏木園の園長の姓だ。
 他に呼びようもなく、そう呼ぶしかなかった。

「はーい!」

 元気な返事が返ってくる。
 エリは聡明な子だ。
 あるいはこの茶番も、再び戦いに臨む島津の緊張を少しでも和ませようという無意識の産物なのかもしれなかった。

「にょろにょろさーん、次の時間当てられそうだから宿題見せてー」
「どこで覚えてくるんだ、そういうの……というか、宿題は自分でやるもんだ」

 ヘビのぬいぐるみを動かし、学生にありがちな言動を真似て遊ぶエリに、島津は目を細めた。
 エリがこんな風に普通に学校に通い、友達と笑いあい、まっとうに生きる。
 そういう未来を用意してやりたい、とは思っている。

 ただ、正直に言えば不安は尽きない。
 願いを叶えて再び生を得たとしても、その先はどうするか。
 ヤクザ以外の稼業などやっていける気もしないが、今さら元の組には戻れまい。

 他の組でも受け入れてもらえるかどうか。
 島津が信じるもの――すなわち仁義は、世間から失われていく一方に思える。
 もはや義理と人情を重んじる任侠など絶滅危惧種なのだ。

「あいきゃんすぴーく、いんぐりっしゅー」
「きゅきゅきゅー」

 にょろにょろさんと戯れるエリの声に、島津は我に返る。
 とにかく今は目の前の一戦を乗り越える事だ。
 それなくしては全てが皮算用にすぎない。

(……しかし、学校とはな)

 本来魔人ひしめく希望崎学園とはいえ、学校と言う場が戦場に選ばれたことが島津に一つの懸念を与えている。

 武田信玄は稀有な存在だった。
 根本的に、生き物としての格が違った。
 そんな印象を受けたからこそ、子供の外観を持っていても全力で戦えた。

 だが、もしも次の相手が、願いを叶えるために勇気を振り絞って、必死に挑みかかってくる子供だったりしたら――それを叩き伏せられるだろうか。

(子供と戦わせるのは勘弁してくれ)

 島津は願う。願うとは、誰に?
 苦笑せずにはいられなかった。
 神にしろ悪魔にしろ、こんな時ばかり都合よく発せられた願いに応える義理はないだろう。

「エリ。そろそろ行こうや」
「はぁーい」

 教室を出て、その扉を注意深く後ろ手に閉めたところで島津は気が付いた。
 エリもまた、遠く渡り廊下の先に人影を見出し、にょろにょろさんを強く握りしめている。

(……やってくれるぜ)

 思わず神の采配に文句の一つも言いたくなる。
 あろうことか、現れた対戦相手はエリと同じ金髪の、少女だったのだから。

 かくして、私立希望崎学園、本校舎三階――東西渡り廊下。
 二人の魔人と、魔人に与する者達は邂逅した。

Round 1『SUKIKATTE』

 屋内では、採石場での戦いのように上空からの奇襲は難しい。
 カレンはシアランの炎を頼りに注意深く索敵を行っていたが、運悪く渡り廊下の先に居る相手に見つかってしまった形だった。

「アア? なんで向こうは二人居やがる」
「幻覚かも。もしくは、どっちかは能力で作ってるのかもしれない」
「ケッ。俺だって一人で戦えるならそうすんのによォ」

 カレンの分析にも聞く耳持たず、グレイタウルは不満げな声を上げる。

 一歩、また一歩と、会敵した両者は歩いて近づいた。
 それは互いに遠距離からの攻撃手段を持っていないことを示している。
 お互いの声が十分に届く間合いまで接近すると、先手を取ってエリが叫んだ。

「こんにちは!!  柏木エリ!! です!!」

 エリは聡明な子だ。
 得体の知れない相手であっても臆さずに挨拶ができる。
 むしろ、絵本で見るような魔女の格好をした女の子を相手に、普段よりちょっとテンションが上がっていた。

「カレンです」

 カレンがぺこりと頭を下げると、かぶっている三角帽子がふわりと揺れる。
 テンションの上がりきったエリは、勢い余ってそのまま島津を紹介した。

「こっちは根性おじちゃんです!」
「根性おじちゃん……」
「し、島津だ!」

 島津は慌てて名乗った。戦う相手に延々と『根性おじちゃん』と認識され続けるのはキツい。
 それは島津のキャラではない。
 なんとなく紹介の量にアンバランスさを感じたのか、カレンは手に持った箒を紹介した。

「こっちの箒は、皆殺しの悪魔グレイタウルさん」
「や……やめろ! この姿で俺の名を広めんな!」

 言い争う箒と持ち主の声を聴き、島津は察した。

(悪魔ってのはよく分からんが……なるほど、向こうも一人じゃねえわけか。なら、やりようはあるな)

 島津はエリを庇うように一歩前に進み出る。

「エリ!」
「ヘイ!」

 エリは聡明な子だ。
 一声かけられただけで、島津がこの場面で何を要求しているか察したのである。
 にょろにょろさんの口に手を突っ込み、わさわさと胴体をまさぐって取り出したものを手渡す。
 島津の愛刀、白鞘に収められた長ドスだ。

 そしてエリは、島津だけを戦わせはしない。
 一緒に頑張ると約束したのだ。故に、エリは叫ぶ。

「学校の廊下、すごいつるつるですごいね!」

 エリの魔人能力『花まる金メダル』は、声援を送った対象がちょっと背伸びする(がんばる)ことができる。
 学校の廊下はワックスが塗られ滑りやすい……そんな床が、ちょっと背伸びする(がんばる)とどうなるか。
 それはもう、ハチャメチャに滑る。下手に動けば転倒間違いなしである。

「うっ……!」

 床のつるつる具合に気が付いたカレンは箒を下に着き、内股になってプルプル震えていた。
 まるでゲートボール大会終盤に体力を使い果たした老人のような姿勢!
 箒に乗って空を飛べば良い、と思うかもしれない。
 甘い! そんな一瞬の気の緩みすら許されないほど逼迫した状況なのだ!

 対戦相手にとってはまさに千載一遇の好機。
 島津は何をしているのか!?

「くっ……くうっ!」

 島津もまた、ガニ股の状態で一歩も動けずにいた!
 額にはじっとりと汗がにじんでいる。
 すごいつるつるの床は誰に対しても平等に牙を剥くのだ!

「エリ! ちょっと、ちょっとアレだ、いったん止めよう! 床をつるつるにすると話が進まねえ!」
「がってん!」

 エリは聡明な子だ。
 聡明な子だけど、まあ、こういう事もあるよね。 
 床のつるつるが解除され、カレンと島津は足の屈伸運動に勤しんだ。

 島津は思わずうめいた。
 絶妙にしまらない、ゆるい空気が流れている。
 直ちにこの場をシリアスな空間に引き戻さねばならない。それが島津の役割だ。

 島津は長ドスを腰だめに構え、突進した。
 狙いはあくまでカレンの武器。武器を破壊して、降参を促す。
 それならば子供相手でも何とかやれる。

 しかし、長ドスの刃は箒とかち合い、甲高い音を立てた。

「なるほど。喋る箒は、やっぱりただの箒じゃあねえわけだ」

 島津は膂力に任せて刃を押し込もうとするが、カレンは箒に捻りを加えてその勢いを流す。
 上体の崩れた島津を箒の穂が薙ぐが、これは空を切った。
 そのまま刃と牙のぶつかり合う音が二度、三度と響く。

「おじちゃん、負けないでー! ボディボディ! オフサイド!」

 エリが跳ねるたびに、にょろにょろさんがビタンビタンと床に叩きつけられる。
 多分ルールが分かっていない……!
 しかしそれでも、エリがほぼ無意識に発している『花まる金メダル』の力は、島津の動きを加速する。
 応援してくれる限り、島津はちょっと背伸びできる。
 全力からちょっと背伸びできるということは、常に限界を超えられるということなのだ。

 その証拠に、カレンは受けに回る回数が増え、次第に押され始めた。

「ああ、クソッ! おいガキ! もっと速く振りやがれ!」
「これが限界。グレイタウルさん、勝手に動かないで」
「テメェの動きがすっトロいからだ!」

 先の戦いで得たはずの経験値はどこへやら、カレンとグレイタウルは息の合わないちぐはぐな動きを繰り返していた。
 当然、それは致命的な隙を生む。

「おらあ!」

 受け止められた長ドスに力を込めながら、島津はあえて素拳で箒を打った。
 拳の肉が抉れ、白骨が露出する。
 だが、しかし。

「がはッ!?」

 折れた牙がバラバラと床に落ちた。ダメージが大きいのはグレイタウルの方だ。
 根性をキメた侠気の拳は、鋭利な凶器に勝る。

「ク……ソ、が! 腐ってやがる。こいつ、屍人(ゾンビ)かよ!」
「おじちゃんは腐ってないよ! 新鮮ですよー!」

 グレイタウルが毒づくのを聞き逃さずに、エリが猛抗議する。

「ああ、そうだな。まあ、魂までは腐っちゃいねえつもりだ」
「うるせえ、クソッ! おいガキ! 何か策を出しやがれ!」

 叱責を受けたその瞬間、カレンは渡り廊下の窓ガラスを破って外へと飛び出していた。

「――は?」

 箒にまたがり、手短な詠唱と共に魔女は飛行を開始する。
 対戦相手に背を向けて。

「おい、おいお前! 何やってんだ! 逃げんのかよォ!?」

 グレイタウルの怒号が遠ざかっていくのを見送り、島津はエリと顔を見合わせる。

「おトイレかな?」
「それは無いと思うが……とにかく、追うぞ」

 緊張した状態が長引けば、エリが消耗する。
 島津としては短期決戦を望んでいるのだ。

「あ、待っておじちゃん」

 エリがにょろにょろさんの中に手を突っ込んで、うんせ、うんせと何やら取り出した。
 ゆるいネコのイラストが描かれた絆創膏である。

「ばい菌が入ったら大変!」
「……」

 島津の眉が八の字になるが、エリには敵わない。
 観念して、任侠に生きる男はネコと肉球マークが描かれた絆創膏を拳に貼り付けた。
 ファンシー!

Round 2『ONCE AGAIN』

 本校舎の渡り廊下から遠く離れ、カレンは半ば箒から振り落とされるようにして地面に降りた。
 SSダンジョンでの戦いは戦闘領域を離脱すれば敗北扱いとなるが、希望崎学園の校舎は本校舎、旧校舎、芸術校舎と、いくつにも分かれている。
 その全てが戦場の内だ。敷地は広大である。

「どういうつもりだテメエ! 」

 怒りに満ちたグレイタウルの声を受けて、カレンはぽつりと呟いた。

「あの子の願いがわかった」
「ハ?」
「エリちゃんは、あのゾンビの……島津さんを、生き返らせたいんだと思う」

 確かに、そうだったとしてもおかしくはない。
 だが、それが何だというのか。

「ああ。そうかもな。だから何だよ?」

 グレイタウルは思ったままを口にした。

「私が勝ったら、エリちゃんの願いは叶わない」
「だ・か・ら! 今更何言ってんだよテメェはァ!?」

 ダンジョンで願いを叶えるためには、約四戦を勝ち抜く必要がある。
 カレンが負かした相手は願いを叶える権利を失う。

 そんな事は当然承知のはずだ。
 一戦を終え、二戦目に挑んでいる今になって言い始めるのは不可解だった。
 依然としてカレンに表情はなく、言い知れない違和感が募る。

(何なんだよ、こいつは。何を考えてんだ?)

 思わず黙り込んだグレイタウルの前で、カレンの帽子に一つ眼が浮かぶ。

「おお、おお……可哀そうなカレン」

 敵にその存在を伏せておくため、フェリテはなるべく口を開かない。
 それでも、この場は自分が出て語るべきだと判断したのだろう。

「もう誰も、死なないと思っていたのでしょう。運命とは何と意地の悪いもの」
「何?」
「このダンジョンなら――大丈夫だと思った。協力してくれる悪魔も、道具として持ち込めば元に戻る。負けた人も生き返る。だから、誰も死なないと思ったのに」

(何だ、これは? 俺は、何を間違えてる?)

 何かが違っている。
 語られている内容と、グレイタウルがカレンに抱いている印象がかみ合わない。

「お前……」

 ようやく、グレイタウルは飲み込めた。
 カレンの行動原理はシンプルだった。

「誰にも任せねえで、自分でやることに拘ってんのは……誰も犠牲にしないように、だったのか?」
「それでも、ママを遠隔視した人は、呪い殺されちゃった。私が見てって頼んだから。私は失敗した」

 グレイタウルはようやく違和感の正体を悟った。
 人造生命体であるカレンに、おそらく『悲しむ』という挙動が教育(インストール)されていない。
 本来ならば成長と共に身に着くはずの、その動作、表情が欠落しているのだ。

 そう見えないからわからないだけだった。
 カレンはずっと悲しんでいたのだ。
 母の運命が決まった時。自分と関わった者が死んだ時。
 普通の少女が悲しむように、胸を痛めていたのだ。

 怒髪天を突く勢いで箒の穂先が逆立ち、バリバリと音を立てて裂けた。

「あの、クソ魔女が……中途半端なモン、造りやがって……!」

 理由のはっきりしない怒りがこみ上げ、グレイタウルの中に渦巻いていた。

「バカがよ! 何で最初からそれを言わねえんだよ!?」
「おやめなさい、馬鹿狼。最初から正直にすべてを話したら、あなたはカレンのことを信じたのですか? そうではないでしょう!」

 そう言われると返す言葉がない。 
 最初からカレンが大魔女ヴェナリスのコピーだと知っていれば、何を企んでいるのかと警戒するばかりだっただろう。

 現に、この戦いが始まった時のグレイタウルはカレンの事が全く信じられなくなっていた。
 敵前逃亡するほど追い詰められている姿を目にして、カレンの言葉にようやく信憑性が湧いているのだ。

「クソ……結局、どうすんだ。諦めんのか」
「……諦めない。五秒待って」

 カレンは深呼吸をした。
 原門りんごの願いを断ったことについても、命を奪わなかったから許されるわけではない。
 ならば同じように、柏木エリの願いをも断たなければならない。
 それが結果として、島津の命を取り戻す道を断つことであっても。

 たとえば、島津を宇宙最強のヤクザとして生き返らせる、というような願いにしてもらって、勝ちを譲ってもいいだろうか。
 確実に四戦を勝ち抜いてくれる保証がない。
 それに、彼らのその後の生活まで、全てを変える決断をさせなくてはならない。

 九つの薬草の魔法で、島津の命を救えるだろうか?
 無理だろう。万能の薬も、失われた命までは取り戻せない。

 この先、DANGEROUS――命の保証なし。
 カレンは罪を背負う覚悟をキメた。

「シアランに、探してほしいものがある」

 ランタンはカタカタ鳴って了解の意を示した。

「フェリテは、私の指示した時以外に能力を使わないで。私がどんな傷を負っても」
「おお、おお、カレン……誓いましょうとも」

 帽子に開いた一つ眼が、一度大きく瞬きした。

「それから、グレイタウルさん」
「……オウ」

 三つ編みの先端を握りしめ、小さな魔女は狼に一つ頼みごとをする。

「保険を作っておきたいから、ちょっと爪を貸してくれる?」


 エリと島津は敷地内を走り回り、芸術校舎の屋上にようやくカレンの姿を発見した。

 非常用階段を伝って屋上まで上がり、エリを引っ張り上げて、島津は息を呑んだ。
 先ほどまでとはカレンの顔つきが違う。
 理由は不明だが、少女の顔が戦士の顔へと変貌している。

 戦意を喪失し逃亡したのならば、降参を促して終わらせるつもりだった。
 それは甘い考えだった。

「こいつは、さっきよりよっぽど根性キメなきゃならねえな……」
「根性おじちゃんは、いっつも根性ですね!」
「俺はそれしか知らねえ。だが、結局いつだって根性は必要になるもんだ」

 カレンは箒を構え、島津は長ドスを構える。
 再び斬り合いが始まった。

(やっぱりな。さっきとは何もかも違う)

 カレンの打ち込みが重く、鋭くなっている。
 意思を持って動く武器との連携も段違いだ。

 気を抜けば一瞬で殺られる。
 島津が再び拳を箒に打ち込もうとした、その時だった。

 カレンは、自分の身体をあえて島津の攻撃の軌道上へ投げ出した。
 必殺の拳がカレンの頭蓋を叩き割り、予想外の動作と感触に島津は動きを止めた。
 カレンが悪魔フェリテによって三度まで攻撃を無効化できる事など、一回のヤクザである島津が知る由もない。
 故に、それは絶好の好機。

「残り二回です。今!」
「言われるまでもねえ!」

 綺麗に振りぬかれた箒の一閃は、正中線に沿って島津の肉体を縦に両断した。

「うわー! おじちゃーん! おじちゃんがー!」

 島津へ駆け寄るエリの姿を、グレイタウルとフェリテは陰鬱な目で見た。
 その表情が絶望に歪むのを予感したからだ。
 カレンもまた、表情を変えないままに罪の痛みに耐える覚悟をした。
 用意した仕込みは使わずじまいとなったが、これで決着だ。

 と、思ったら甘いぞ!

 エリは聡明な子だ。
 だから、自分が為すべき事を本能で知る。
 二つに分かれてしまった島津の身体を、どうすべきかを知る!

「おじちゃんが、へ~ん! しん! とぉおー!」

 島津の胴ににょろにょろさんが巻き付き、零れ落ちかけた内臓ごとキュッと締め上げた!

「おおおおおお……ッ!?」

 島津は胸を張り、ちょっと背伸びして(がんばって)吼えた。
 祝え! 花まる金メダルが結びつけ、深く根性がキマッた新たな魔人。
 にょろ島津、生誕の瞬間である!

「時はきた! みゅーじっく、すたーと!」

 エリは吹き口を咥え、鍵盤ハーモニカを吹き鳴らす!
 ロックンロールの始まりだ!

「きゅきゅー!」「行くぜ……!」

 にょろ島津は掛け声とともに地を蹴り、一瞬でカレンへと肉薄した!

「ウ、ウワー!? 何だこいつら! 来んなァアアア!」

 さすがのグレイタウルも怯んでいる。
 カレンは無表情だが、これはヘビのぬいぐるみと真っ二つにしたゾンビが合体した時の表情が教育(インストール)されていないからだ。
 それは当たり前じゃないか……?
 そんな表情がインストールされてる奴、この世に居るか?

 そして次々と繰り出されるにょろ島津のパンチ! キック! ジャンプ&ターン!

「ぐ、ぐああ! なんだコイツらァ!」
「さっきまでと、動きが……違う……!」

 重傷を負ったにも関わらず、島津のパワーとスピードは明らかに先ほどより跳ね上がっている。
 何故なのか!?

 その理由は第一に、縦に二分割されたことで島津の右脳と左脳が独立し、完全なる並列動作が可能となっているためである。
 つまり今の島津は情報の処理能力が通常の二倍!

 そうはならんやろ――と思うかもしれない。
 だが、あなたは経験したことがあるのだろうか?
 ゾンビヤクザになった上で頭を半分に割られた経験がおありなのか?
 無いのならば、目の前の現実を否定するのはやめていただこう!

 第二に、エリが吹き鳴らしている鍵盤ハーモニカだ。
 トランス状態となったエリの演奏テクニックは神業の領域。
 指さばきはあまりに高速であり、かえってスロー(Slowhand)に見えるほどだ。
 吹き鳴らされるのは熱い情熱と激励のメロディー。
 島津の全身に高効率のバフを叩きこむ!

 なお、エリが演奏している曲『にょろにょろさんっていいな』には歌詞が存在する。
 しかし、口で吹く鍵盤ハーモニカを演奏中のエリは歌う事ができない。
 ならば誰が歌うのか……?

 無論、画面の前のあなた達だ!


『♪にょろにょろさんっていいな』
さくし・うた 柏木エリ

いいな いいな にょろにょろさん
にょろにょろさんってい・い・な
いいな いいな にょろにょろさん
にょろにょろさんってい・い・な

体長くてにょろにょろ とても長くてにょろにょろ
かわいいね すてきだね 意外にソフトなてざわり

夢 希望 三おく円 何でも入るよ その体
神のみわざか あくまのしわざか
それとも~

N・Y・ORO N・Y・ORO

何がいいのか聞かれると こんな感じに落ち着くけれど
いいな いいな にょろにょろさん
にょろにょろさんってい・い・な

あんまり長くほめ続けると トーンダウンはまぬがれないよ
いいな いいな にょろにょろさん
にょろにょろさんってい・い・な

にょろにょろさんってい・い・な

「ロック・ユー!」



 みんなが歌う専用BGMをバックに襲い掛かってくるやつに勝てるわけないだろ!

 島津(右)の拳が唸りを上げて振り下ろされる。
 グレイタウルは咄嗟にしなり、それを弾いた。
 間髪入れず島津(左)の拳が地面すれすれから飛び上がるように襲い掛かる。
 グレイタウルは無理やり身体を捻り、それを捕らえた。

「ぐっ、ううッ!」

 さらに島津(右・左)の拳がまとめて叩き込まれ、ついにグレイタウルはへし折れた。

「がああッ!」
「グレイタウルさん……!」

 グレイタウルは無残にも穂と柄に分かたれ、地に転がる。
 柄にひっかけていたランタンのシアランもまた、地に落ちてがしゃりと音を立てた。
 契約の効果で道具に変わっているため、グレイタウルが即座に死ぬことはない。
 しかし、体を真っ二つに引き裂かれる痛みまで消えてくれるわけではない。

(痛ッてえええええ! 嘘だろ!? あのゾンビはこんな痛みに耐えてんのか? それともゾンビに痛みはねえのか? があああああ! 痛てェ! 痛てェー!)

 みるみるうちに、グレイタウルの胸の内に灯った戦意が消えていく。
 あれほど猛り狂っていた炎が消えていく。
 皆殺しの悪魔に、”死不(しなず)の島津”ほどの根性はキマっていない。

 得物を失ったカレンは後ずさり、すぐに屋上のへりを背にして立ち止まった。
 もはや逃げ道はない。
 残り二度の無敵など、島津がその気になれば瞬きの間に使い果たすだろう。

「降参は、してくれねえんだろうな」

 長ドスを手にした島津がゆらりと動き、構える。
 エリが半狂乱で演奏に熱中しているのは幸いだった。
 島津はエリのために戦っているが、丸腰の少女を切り刻む姿など見せたくはない。

(クソ痛ェ……何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだ。ガキのお守りなんざ、ガラじゃねえんだ……)

 朦朧とした意識の中で、グレイタウルは自分に視線が向けられていることに気が付いた。
 絶体絶命の窮地にあって、カレンはただグレイタウルを見ていた。
 もはや作戦は瓦解している。それでも何かを信じ待っている、深いグリーンの瞳。

(あのガキ……!)

 態度がどうであれ、過程がどうであれ、今の自分はカレンが縋りついた希望の糸だ。
 グレイタウルに”死不の島津”ほどの根性はない。
 ただ、自負と、意地と、怒りはあった。

(俺を、誰だと思ってやがる。皆殺しの悪魔グレイタウルだ。ナメるんじゃねえ。このまま終わってたまるか!)

「グアオォオオオオオオオッ!!!」

 グレイタウルは雄たけびを上げた。
 空気がびりびりと震え、ほんの一瞬、柏木エリの演奏をもかき消した。
 にょろ島津も一瞬注意を奪われた。
 その一瞬で充分!

「風渡り、秘儀の枝、エーテルを掴め!」

 詠唱と共に、カレンは地を這うように低く飛ぶ。
 にょろ島津の脇を通り抜け、二つに折れたグレイタウルの穂の部分、そして床に落ちたシアランを手に取った。

 箒を持っていないカレンがどのようにして飛行を可能にしたのか?
 種は、カレンのブーツの中にあった。
 先刻切り落とした三つ編みの先端をボールペンに結わえて作った、小さな箒である。

 箒が有れば魔女は空を飛べる。それが急ごしらえの、即席の箒であっても。
 仮にグレイタウルを手放す羽目になっても機動力を失わないための、保険だった。
 髪を切って使うアイディアは、先の戦いにヒントを得たものだ。

 グレイタウルを右手に、シアランを左手に、カレンは高く空へと舞い上がった。


 青空に小さく浮かぶ黒衣の魔女を見上げ、島津は自問する。
 上空からの攻撃。エリを守りながら撃ち落とせるか。
 島津(右)はエリを守り、島津(左)は魔女を落とす。
 それでいい。相打ちになれば島津は引き裂かれるだろうが、そうなれば残ったエリの勝ちだ。

(違う。待て。そうじゃねえ)

 一度カレンを確かにとらえたはずの拳は、何のダメージも与えられなかった。
 あの時、帽子から聞こえた「あと二回です」という言葉。
 あれが能力の回数制限を意味しているのならば、相打ちになどならない。
 こちらの攻撃はあと二回無効化されるのだ。

「……エリ。頑張れ、って言ってくれるか」
「うん!」

 エリは聡明な子だ。
 島津がこんなことを頼むのがどういう意図なのか、理解している。
 エリは島津にしがみつき、両手で頬を掴んで叫んだ。

「頑張れ。頑張れおじちゃん! いっぱい大丈夫だよ! 絶対負けないよ!」

 ネコの絵が描かれた拳の絆創膏に触れ、島津はイメージする。
 この身が鉄の壁であれと、鋼の城であれと願う。
 あらゆる災厄からエリを守れる存在であれと、深く、深く心に刻み込む。

 真上から落下してくるカレンを前に、ビキビキと音を立てて島津の肉体が硬化する。
 『花まる金メダル』の効果は、対象の想いの強さに比例する。
 島津がエリを守ろうとする思いは何より強い。
 果たしてそれは、魔女と悪魔の力に勝るのか。

 カレンは激突した。
 その攻撃は最初からエリも島津も狙っていなかった。
 目指していた落下地点(・・・・)は、床。
 箒を振るいながら砲弾と化したカレンが激突することで、屋上の床が割れた。

「残り一回です……カレン!」

 フェリテのアナウンスと共に、全員がそのまま校舎の中へと落下する。
 島津が鼻をつく異臭の正体を察した時には、既に手遅れだった。

(ガス……!?)

 エリ達と再会する前にカレンがシアランを使って探したのは、家庭科室の位置。
 ガスの元栓は全て開き、部屋の中に可燃性の気体を充満させている。
 そして今、カレンが飛び込んだことにより――ランタンの炎が引火する。

 カレンの表情に余裕はなかった。
 仕掛けが成功したなどという高揚はなかった。

 ガス爆発の衝撃は二度発生する。
 まず、爆風によって生じる強大な空気圧が人体を容易に破壊する。
 そして、爆心地に発生した真空状態に空気が戻ろうとすることで起こる爆風もまた、同程度の衝撃をもたらす。

 フェリテの力を使うことで、カレンは一度目の衝撃を無効化できる。
 しかし、二度目の衝撃は無効化できない。
 故に命の保証はない。これは一種の賭けであった。

「ごめんね。みんな」

 カレンは改めて、こんな無茶へ巻き込んでしまう仲間たちに詫びた。
 音と、熱と、光が弾けた。

Round 3『I REP』

「おい! 目ぇ開けろ! 聞こえるか! おい! しっかりしろ! カレン!」

 初めてグレイタウルに名前を呼ばれた。
 鼓膜が片方破れているのか、その声が妙に遠く、聞こえにくい。
 視界も半分赤黒く染まっていた。

 何より、呼吸一つ、指先一つ動かすだけで、信じられないほどの痛みが全身を貫く。
 一瞬でも気を抜けばそのまま意識が闇に飲まれそうだ。

 ぐらぐらと揺れながらカレンは身を起こす。激痛に耐えて立ち上がる。
 吐き気がするのは何か所か骨が折れているのだろう。
 それでも、自分を呼ぶ声に向かってのろのろと歩み始める。
 その眼前に、人影が立ちはだかった。

 カレンはそこに信じられないものを見た。
 島津の頭は半分欠け、右肩、脇腹、右足も半ば吹き飛んでいる。
 あちこち焼け焦げ、ヘビのぬいぐるみも、トレンチコートもスーツもずたぼろになっている。
 だというのに。

 島津は、エリを庇うように抱きしめたまま立っていた。
 エリにはかすり傷一つついていなかった。
 目を閉じて、ただ静かに意識を失っている。
 まるで島津が、エリの分まですべての痛みを一人で引き受けたようだった。

 あり得ないこと。不可能なこと。
 島津は己の信念によってそれを実現したのだ。

 再び前に歩き始めたカレンの足に、床に転がった長ドスが触れた。
 カレンはそれを拾い上げる。
 島津はエリを床に横たえ、骨がむき出しになった足で歩み、グレイタウルを拾い上げる。

「何だてめえ! 触んなボケ!」

 グレイタウルは喚き声をあげて島津の手に噛みつこうとしたが、牙が届かない。
 得物が入れ替わったまま両者は歩み寄った。
 そうして互いに斬りかかれる距離に達した時、カレンは長ドスの柄を島津に向けて差し出していた。

 おそらく、そのまま斬りかかった方がカレンは有利だっただろう。
 グレイタウルの爪は本人の意思に応じて出し入れできる。島津が振るっても、ただの箒にしかならないのだ。
 それでも、こうするべきだとカレンは感じていた。
 目の前の男から、命以外のものを奪うことはしたくなかった。
 島津の口角がわずかに上がった。

 島津は無言で差し出された長ドスを受け取り、カレンもまた、無言で島津から差し出された箒の穂を受け取る。

 一瞬の間をおいて、何の合図もなく、二人は同時に斬りかかった。

 カレンの胸、島津の頭部、両方から血飛沫が上がる。
 島津の斬撃の方がわずかに深い。
 斬られながらも懐に入ったカレンは、手にした箒に振り回されるように回転していた。
 二、三、四、五。続けざまの斬撃が島津を切り刻む。

 島津の肉体は、たとえばらばらの肉片になろうとも生前と同じように動く。
 いくら斬られようとも問題ない。
 だが、初撃によって両目を失っていた。
 剣を振るうべき相手がどこに居るのかつかめない。
 長ドスが再び地に落ち、胴、腰、足が地に落ちた。

 荒い息を吐くカレンの体からは血液とともに力が抜け、全細胞がこれ以上の稼働を放棄したがっている。

(まだ、終わってない)

 この迷宮におけるカレンの対戦相手は、あくまで島津徹矢ではなく柏木エリだ。
 エリは意識を失っているが、戦闘不能とは見なされていないらしい。
 目を覚ましたところで降参などするはずもない。
 戦闘領域から追いやるのも、今のカレンには不可能だ。

 故に、殺さなければならない。

 近づくと、エリは安らかに、眠るように呼吸をしている。
 カレンの背後からは島津が必死に床を這う音が複数聞こえていた。
 体をバラバラに引き裂かれてなお、島津はエリを守ろうとしている。

 カレンは震えていた。
 島津の執念に震えていた。
 こうまでして守られているものを――かけがえのない尊いものを、今から自分が手にかけなくてはならないという事実に震えていた。

「……悪魔の仕業だ」

 グレイタウルはぽつりと呟く。

「お前じゃねえ。これからやることは、お前が下僕にした、悪魔の仕業だ」
「ううん」

 その甘言をカレンは拒んだ。
 カレンの傷は深く、意識もおそらくあと数秒ともたない。決断の時だ。

「私がやることは、私の罪だよ」

 人も、悪魔も、それ以外も、何も変わらない。
 夢を果たすために迷宮を訪れ、大切なもののために命を賭ける。
 けれど、勝ち残るのは一方だけだ。それは残酷な絶対のルール。
 だから。

(私は今、あなたを殺す。――でも、その先の未来は守ってみせる)

 カレンは手にした箒の穂を振るい、エリの身体を切り裂いた。
 何の痛みも苦しみも感じることのないように、一瞬で終わらせた。

 瓦礫が散乱する床に、ぽつりと赤い雫が落ちる。
 それはカレンの潰れた右目から滴った血の雫だった。

【STAGE:希望崎学園】
勝者……冬知らずの魔女、カレン

Ending 1『GO ON』

「……負けちまったか」

 目を覚ました島津は、自分が洞窟の内部ではなく入り口に戻されている事に気が付いていた。
 すぐ傍にはエリが居て、にょろにょろさんをぎゅっと握っていて。
 島津が戦いで負った傷は何一つ残っていない。
 ズタボロになったはずの衣服まで元に戻っている。

 しかし同時に、自分の身体に生命が無いということも島津は実感した。
 願いを叶えることができなかった以上、それも今まで通りだ。

「すまねえな。エリ」

 そう言い終わるか終わらないかのうちに、エリは島津に飛びついて胸に顔を埋め、肩を震わせ始めた。

「……泣くなよ」

 これが一番応える。
 体を真っ二つにされようが、切り刻まれようが、島津は平気だ。
 そんなものは所詮知覚だ。根性で耐えられる。
 だが、自分のものでない痛みはそうはいかない。
 エリの痛みは殊更に耐えがたい。

「だって、言ったのに。おじちゃん、また約束忘れちゃうんだもん……」

 俯いてそう言うエリの声に、島津は胸が締め付けられるような気持になる。

『もう、一人で動かなくなっちゃだめだよ』
『私の為に動かなくなるのは、やめてください』

 エリは言った。
 島津はその言葉を聞き、約束をしながら、本当は聞く気などなかった。

(馬鹿だな。俺は)

 エリは聡明な子だ。
 島津の約束が口先ばかりのものだと知っていて、何度もそれを破らせて、平気なはずもない。 

(約束ってのは、守らなきゃならねえもんだよな)

 それは、宿題を自分でやらなければならないのと同じくらい当然のことだ。
 今更になってそんなことを学び直した。
 エリから教えられることはたくさんある。
 もしかしたら、島津がエリに教えてやれることと同じか、それ以上に。

 島津は、自分が戦った魔女の事を思った。
 あの時、長ドスを返したカレンという少女の中に、島津は仁義を感じた。
 失われていくばかりだと思っていたそれは、広く世界に目を向けてみれば意外にあちこちに転がっているのかもしれない。
 エリが生きていく世界がそういう世界であるならば、島津は嬉しい。

「……行くか」
「どこに?」

 トレンチコートの襟を立て、島津は薄く微笑む。
 この身体がいつまでもつのかは知らない。
 永遠にエリを守り続けることはできないだろう、と思う。
 そもそも大人は子供より先に死ぬものだ。

 だが、まだ終わりじゃない。

「根性キメて、次の手を探しにだよ」

 エリは涙をぬぐった。
 にょろにょろさんを高々と掲げ、元気よく返事をした。

「行くー!」
「きゅっきゅっきゅー」

 柏木エリと、にょろにょろさんと、死不の島津は立ち上がる。
 敗北は、所詮強靭な意思に勝てない。
 たとえ折れても根性キメて、何度だって立ち上がればいい。

 花まるの未来を掴むために、二人と一匹の戦いは続くのだ。


Ending 2『YELL』

 戦いを終えたカレンは、押し黙ったまま次のフロアへの転送を待っていた。

「おい、カレン。次で三戦目だ。やる気なくしてんじゃねえぞ」

 洞窟の中ではどの程度時間が経っているのかわからない。
 空間的に様々な場所と接続されているこのダンジョンと外では、時間の流れさえ異なっていてもおかしくはない。

 だが、少なくともまだ世界は滅んでいない。
 だからまだ終わりではない。

「大丈夫だよ。ありがとう、グレイタウルさん」
「待てコラ。何がありがとうなんだ」

 礼を言われたグレイタウルが居心地悪そうに聞き返すと、カレンは目をぱちくりさせて首を傾げた。

「だって今の、心配して言ってくれたんでしょ?」
「ハッ! お前はどうしても俺をお人よしにしたいんだな! 『皆殺しの悪魔』を信じて、どんな結果になっても知らねえぞ!」

 カレンはもう一度首を傾げ、口を開く。

「でもグレイタウルさんの『皆殺しの悪魔』っていう二つ名は、ただの自称だって、ママが……」
「あっのクソ魔女が……余計な情報ばっか教育しやがって……!」

 身もだえするグレイタウルを見て、カレンはくすりと笑う。

「クソ、もうその話はいい。そうだ、お前結局歳いくつなんだよ!」

 無理やり話題を変えようとすると、カレンが指を四本立てたのでグレイタウルはぎょっとした。

「ま……まさかお前、四歳……!?」
「ううん」

 冬知らずの魔女カレンは、なんでもない事のように涼しい顔で答えた。

「四ヶ月だよ」

【大魔女ヴェナリス 地球到着まであと三日】

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