【SASUKE】SSその1

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【SASUKE】STAGE 試合SSその1


[職業、呪術師]

 TBSアナウンサーがチャレンジャーの職業を告げる。彼女の番だ。
 呪術師を生業とする出場者は、彼女の他にはいない。

[古呪術の家系に生まれ、都内商社勤務から転職しました。現在は呪術師の経歴を生かし独立、呪術用具専門店『五色屋』チーフであります。禅谷回那25歳――っ!!]

 始まりを告げる電子音のカウントを聞きながら、回那は軽く屈伸を行った。
 準備運動のためではない。自らの肉体が万全であることの確認。

 水上に設えられた、広大かつ巧妙なるアスレチック。
 だが、それはただのアスレチックではない。その攻略能わず落水することは、アスリートとしての“死”を意味する――

[禅谷回那、ただいまスタートしました! まずはクワッドステップス! 斜めに配置された踏み板を一枚、二枚、身軽だ、身軽だ禅谷回那! 呪術師の25歳~~ッ!!」

 四枚の踏み板をジグザグに飛び移る、クワッドステップス。
 そしてその先に待ち受けるローラーの坂、ローリングヒル。
 ただの力自慢や、生半可な芸能人はここで脱落するすることになる。

(……当然だ)

 女性の身で、軽々とそれを攻略しながら、回那の心に感慨はない。
 見据えるのは次なるエリア……タイファイターのみ。

(私は……私は、このためだけに生きてきた)




 名もなきアスリートのオリンピック、SASUKE。
 聳え立つ鋼鉄の魔城へと挑む100人のアスリート達が目指すものは、ただ一つ。
 SASUKE完全制覇という夢。

 ついに、天空の扉が開く……!



S A S U K E
NINJA WARRIOR



「健康的な食事、健康的な睡眠――っていうじゃないですか」

 VTR。『五色屋』で働く回那の姿が挿入される。
 袴のようなロングスカートにブラウス姿の回那が、自らの哲学を語る。

「健康的な性交とはあまり言われませんよね。『かつて』はそれが真実でしたが……今は時代が変わってるじゃないですか。やっぱり……今を生きる人間にとっての三大欲求って、違うんだなと」

 朝起きたら召使いの準備した健康な朝食を摂ること。
 一日30分の昼寝をすること。
 夜寝る前に1時間の運動をすること。

 それが禅谷回那が自らの人生に課した三つのルール。

「――“SASUKE”ですね」

 1時間の運動。
 毎日弛むことなく継続するその三つのルールこそ、彼女の思う三大欲求の体現に他ならない。

「私にとっての三大欲求は、食事、睡眠、SASUKE完全制覇なので」

 巨大な『SASUKE完全制覇』のテロップが、画面下に表示される。

 彼女が見据えるのは、決して1st STAGE突破や、FINAL STAGE進出などではない。
 それを他の参加者達に、何よりも自分自身に示している。彼女は『本気』だ。

 あの伝説のSASUKEオールスターズと同じように――



[さあタイファイターを突破、現れましたフィッシュボーン! 今大会でも何人ものアスリート達が、回転するポールに巻き込まれ斬ったぁぁぁ――っ!! 抜刀いたしました禅谷回那25歳、無銘の赤刀、呪術師特有のおぞましく血に穢れた一振りは、大木を切断するほどの業物であります、ポールを一本、二本、切断していく、これは今までに見たことのない、見たことのない攻略だぁぁぁ――っ!!]

 そう。禅谷回那は誰よりも『本気』だ。
 故に、このような刀剣や呪物の類をも使う。

 『SASUKEステージ内に刀剣類を持ち込んではならない』などというルールは存在しない。
 大会運営の裏をかく知略。なんたる社会戦であろうか。

[さあ、しかし足を止めていていいのか禅谷回那! SASUKEに挑む者は総勢100人! すでに新たなるアスリートが雪崩込んでいるぞ! 全36回連続出場、山本進悟43歳、今タイファイターを突破し、背後から禅谷に襲いかかるぞ! フィッシュボーンを切断する禅谷、禅谷斬ったぁぁ――ッ!! これぞヒューマンボーン!! 山本進悟43歳、禅谷に斬られここでリタイアだァァ――ッ!!]

 切断された男の骸が血と水の混じり合った飛沫をあげた。
 紙一重の攻防には違いなかった。これがSASUKE最多出場……紛れもない伝説の一角たる山本進悟。
 回那は一度背後を見た。
 彼女の後に続く無数の参加者が、怒涛の如く群れをなしクワッドステップスを跳び渡り、ローリングヒルを越える。両手両足をX字に伸ばしたタイファイターの軍勢は、まるで帝国軍の如し。

 彼らの姿は夢を追う亡者の姿か。あるいは人の業そのものであるのか。
 自分こそがこのSASUKEを攻略する、突破者たろうとしている。

(……191人もの探索者が、この迷宮に足を踏み入れた。彼らも、私と同じ)

 たった四度だけ勝利すればその願いが叶う。
 1st STAGEからFINAL STAGEまでの全4ステージ。そして、何よりも強い願い。この大空洞に足を踏み入れる前からその正体は
分かっていた。分かっていたからこそ、回那がこの地に訪れたと言ってもいい。
 四度の勝利。191人が挑んだというのに、何故この世界は平穏そのものなのか。
 回那には、その答えも分かっている。

(あまりにも『足りない』からだ。人の領域を超え、鋼鉄の魔城に挑む者達……)

 近年、SASUKEへの応募は3000通以上を数えるという。
 その3000人の中から、選りすぐられた100人だけが挑戦者として残る。

 秋山和彦。長野誠。漆原裕治。そして森本祐介。
 名もなきアスリートのオリンピック、SASUKE――歴代の完全制覇者は、僅か4名に過ぎない。
 このダンジョンが、完全制覇者の一人……“最強の漁師”長野の名を冠したこの県に出現したことも、よもや偶然ではあり得まい。

[さあ切断されたフィッシュボーンを悠々と抜ける禅谷、その先には難関ドラゴングライダーが待ち受けております、今大会、突破者はおりません。出場者を食らい尽くした、まさに無慈悲なる竜王! 呪術師禅谷、逆に竜を食らい尽せるのか~~ッ!?]
「……待っていたよ。ドラゴングライダー」
「ゴォルッ、ルッ……ルルァッ……」

 回那は、が見据えるのは、トランポリンの先……鋼鉄のレールに鎮座する竜。ドラゴングライダー。
 呪術師である彼女は、その本質を見ている。
 黒光りする鱗は名もなきアスリートの血に濡れている。白濁した瞳が大地を見下ろし、口の端からは、ドラゴンブレスの残熱であろう――年末には似つかわしくない陽炎すら立ち上っている。

「ゴォォグルオォォォァァ……」

 ――決して、禅谷が狂気の幻覚を見ているわけではない。
 SASUKEに挑むアスリートであるなら誰でも、彼女と同様の真実を見ることができるはずだ。

 SASUKEは魔城。20年以上の時を経て続く、呪いの術式に他ならぬ。
 そして呪術師とは、まさしく魔に相対する者。
 回那は再び刀を抜き放った。

(顎の下。逆鱗の隙間から頭蓋に刀身を通す。炎のブレスを吐く系統なら、火行の呪術付与の効果は薄いけれど――物理的に脳を破壊すれば、十分)

 ドラゴングライダー。トランポリンで跳躍し、一撃にしてドラゴンを屠る必要がある。
 失敗すれば、爪で引き裂かれるか、あるいは落水を待つことなく炎のブレスによって灰燼と化すか。
 何十人というアスリートがそのように散っていったことだけは確かだった。

 低く構え、トランポリンへの踏み切りの姿勢を取る。

(護刀術式――)
「――こっうさく♪」

 回那の横を、風の如く横切る影があった。

「だいすき!!」
「グルオオオボァ――――ッ!!??」

 邪悪なる竜は、鋼鉄のレール上に鎮座したままガクガクと痙攣した。
 顎下の逆鱗、その隙間から貫通したZENKE電動式ハンディドライバドリルが間脳を貫通し、中脳及び小脳をかき回しているためだ。

「でーきたっ」

 涼やかな声とともに、少女は対岸へと降り立っている。
 手にしているのは、どんぐりだろうか――小さな木の実に貫通穴を開け、どんぐり独楽を作成すると同時に、1st STAGE最悪のドラゴンを屠殺していたとでもいうのか。仮に、そうだとすれば、なんという。

[なんという工作員だぁぁ――っ!! ここで追い上げてきました萩原セラフ、16歳工作員! 今大会初のドラゴングライダー突破ぁぁ~~ッ!!]



 国家安全保安局、工作員。
 萩原セラフ16歳。彼女には決して『やめられない』ことがあった。

「――SASUKEですね」

 自宅の庭。歩きながら振り返る少女のVTRが挿入される。
 透き通った、薄い色のビー玉のような片目であった。

「ええ。全エリアを自作してます。こういうのが好きなので……」
「ナルナル~ッ」

 ローリングヒル。そり立つ壁。サーモンラダー。そしてウルトラクレイジークリフハンガー。
 萩原セラフの自宅の庭には、全てが存在する。

 何故、工作という道を極めたのか。
 萩原セラフはその先に何を見ていたのか。その答えがここにあった。
 日本最高の工作員である彼女にとって、SASUKEエリアの自作は日常の一部とすらいえた。

「ええ。家族の理解を得るのは少し大変でした……でも、やっぱりこればかりは、夢ですね。SASUKE完全制覇」

 巨大な『SASUKE完全制覇』のテロップが、画面下に表示される。

 自宅にSASUKEのセットを自作するという、ミスターSASUKE山田勝己をも思わせるその執念。
 そして、戦闘以前よりその魔人能力を駆使して全ての準備を整え、家族をも説得せしめる、恐るべき知略と社会戦。
 彼女もまた、魔城へと挑む『本気』のSASUKEアスリートだというのか――



 眼前で繰り広げられた一瞬の惨殺劇からすぐさま意識を切り替え、回那はトランポリンを跳躍。竜の死骸に手をかけ、滑るように対岸へと渡る。一足先に進んだ萩原セラフの後を追う形だ。

(自宅にSASUKEエリアを作るほどの執念。明らかに危険だ。呪いに蝕まれすぎている……)

 現代でそれを知らぬ呪術師は存在しない。
 SASUKEはこの日本においてもっとも強大な願いであると同時に、呪いでもある。
 呪術の世界では、その願いこそが呪いに他ならないのだから。

[さあ後続のアスリート、脱落、脱落、一人タイファイター! あっ脱落! ご存知の通り回転するフィッシュボーンからは殺人槍トラップが飛び出します! ドラゴングライダーも、ドラゴンが殺されても油断なりません! 死骸の瘴気に触れれば常人はお陀仏間違いなしだぁ~~~ッ!!]

 ――それも、“ミスターSASUKE”山田勝己や“松田水道経営”松田大介の如き、SASUKEエリアの自作という術式にまで手を染めている。人の形を留めているだけで、その内面は完全に呪霊、呪怪の域であると言っていい。

 1st STAGEに残されたエリアはそり立つ壁。大多数の出場者が最初に斜面の様子を見た上で挑戦するエリアである。
 ならば、様子を見るその時間で斬る。

「……萩原セラフ!」

 だが、そり立つ壁へと辿り着いた回那が目撃した光景は、予想とは全く異なる有様であった。
 チャレンジャーを阻む魔城の城壁。
 禅谷回那自身も幾度も練習を重ね、突破のイメージを積み上げてきたその強敵は――中腹から爆破され、無残な残骸と化していた。



「ええ。自分でエリアを作って……実際に試して、攻略したんですけど」

 1st STAGEをクリアしたセラフは、TBSアナウンサーのインタビューにそう答える。
 選ばれし100人の中、最初の突破者。
 少女特有の身軽さと工作員としての身体能力を併せ持つ、紛れもないSASUKEアスリートである。

「結論としては、やっぱりセムテックスかなって」

 ――SASUKEを作ることが出来るからこそ、SASUKEを壊す練習が可能だった。
 そり立つ壁そのものを爆破して突破する一瞬の手際は、日本最高の工作員、萩原セラフの日々の練習の成果に他ならない。

「まだ1st STAGEなんですけど、やっぱり嬉しいですね。でも気を抜かずに頑張りたいです。最後まで……完全制覇、したいんで」

 少女が見据える光景は……遠く、1st STAGEを睥睨する真の鋼鉄魔城。
 人々の願い。天を貫くFINAL STAGEである。

 それを遠くから見つめる禅谷回那。
 心中でセラフへの警戒を新たにする。

(……『SASUKEステージ内にプラスチック爆弾を持ち込んではならない』などというルールは存在しない……つまり萩原セラフも私と『同じ』、本気で……手段を選ばずにSASUKEに全てを賭けているということ)

 呪術師である回那には、その危険性が分かる。
 セラフには見るからに呪術の気配はない。すなわち呪いを御する側ではなく、蝕まれる側の人間ということだ。
 そうした者をFINAL STAGEへと近づけることは、あまりにも危険だ。

 完全制覇という『願い』を叶えた時、世界をさらなる呪詛に汚染しかねない。

「……悪いけれど、2nd STAGEで……君を斬るしかなさそうだ。萩原セラフ」



 2nd STAGE。100人もの参加者の内80人近くが脱落、その大半が死亡。
 精鋭中の精鋭たるアスリートだけが歩を進めることのできる、さらなる地獄。

 唯一、水中エリアの存在するSTAGEでもある。
 回那はそれに備え、スポーティーな黒の競泳水着に身を包んでいる。
 色彩に基づく彼女の呪術において、黒は特別な意味を持つ。この大空洞に挑むまで、誰にもその意味を告げたことはない。

(願いが叶うという噂自体が嘘。手に入るのは精々100万円くらい。自分が望む夢を見るだけ。平行世界に飛ばされる――)

 そうした予想こそが妥当ではあっただろう。けれど回那は信じなかった。
 その中に待ち受けているものが、SASUKEであると確信していたから。

(――SASUKEは本物の呪術だ)

 日本最大の魔城を攻略、封魔することは、この国に生きる呪術師にとっての永遠の願いだった。

(SASUKEはそれ自体が、SASUKE完全制覇という人類普遍の願いを叶える呪物。完全制覇のTBSからの賞金は、精々100万円どころの話ではない……200万円も手に入る。夢や並行世界ではない、全国放送という現実の世界で)

 幾度も、その封印が試みられてきた。
 企画の本体である番組『筋肉番付』が終了。SASUKE自体も視聴率低迷とセット保管の都合上、打ち切りを囁かれたこともある。

 ……だが、人の願いと呪いが、それを生かした。
 毎年2000通~3000通にも登る応募数。内から選ばれた100人。
 歴代制覇者4人を除いて、全36回の大会中、その全てが絶望と怨嗟の海へと沈んでいった。
 累計90000にも及ぶ人間の、怨念の集合体だ。誰も止めることはできない。

(それが本物だからこそ、蠱毒が成立する)

 TBSは……このあまりにも有名な術式を、今なお公然と放映し続けている。
 近年それが年末特番――除夜の鐘による呪詛払いの直前、一年の淀みがもっとも高まる時間帯に放映されていることにも、おぞましいまでの悪意を感じずにはいれらない。

 人に与える願いが本物であるからこそ……もたらす呪いはそれ以上の真実であるのだ。
 断ち切らなければならない。この呪いが全てを飲み込むよりも早く、誰かが。

[さあゼッケン3番、商店チーフ呪術師、2nd STAGEトップバッターは禅谷回那25歳]

 最初のエリアはリングスライダー。
 張り渡されたワイヤーに掛かったリングを使い、腕力だけで前に進まなければならない。
 回那は、この時点で決着をつけると決めていた。

[スタートと同時に、リングに……手をかけた! さすがの身体能力、越えていきます、ストッパーを越え……ああ~~っ! 刀!! ワイヤーを!! 切断しましたぁぁーっ!!]

 このSASUKEに帯刀で挑んだのは、全てはこのリングスライダー攻略のため。
 ワイヤーを切断してしまえば、どれほどの身体能力があろうが先に進むことのできるアスリートはいない。
 完全制覇の栄光は、禅谷回那のみに輝く……あまりにも恐るべき知略であった。

[ああーっとしかし! ビニールひも! ビニールひもが張られています! これは!?]

 続くサーモンラダーを攻略しながら、回那はそちらを見た。
 半ば想像していながら、やはり恐るべき光景を。

「こっうさく だいすきー♪ みんなであ・そ・ぼ♪」
「セラフ、今日は何を作るナル?」
「リングスライダーよ」

 回那は歯を食いしばった。腕力とバランス感覚を要求されるサーモンラダーのみが原因ではない。

(私のミスだ……! 予想してしかるべきだった! 工作員は……その場でSASUKEエリアを作り出すこともできるのか!)

 セラフが築き上げたビニールひも製のリングスライダーに続いて、さらなるSASUKE亡者達が回那へと追いすがる。“第37金比羅丸”高須清輝28歳。“アスリート俳優”森渉36歳。“加圧トレーニングジム経営”竹田敏宏43歳。
 萩原セラフのみではない。いずれ劣らぬ怪物。

[上り四段、下り四段、さあ行けるか!? サーモンラダー着地……着地いたしました禅谷回那! スパイダーウォーク登っていく登っていく! スパイダードロップ! さあ待ち受けておりますバックストリーム、アスリートを阻む激流はまさしくクラーケンといっても過言ではないでしょう、禅谷回那24歳、逆流の触手が! その肉体を狙っているぞ! クラーケンが狙っている、飛び込んでクラーケン触手ああ――っクラーケンの脳天を妖刀が貫通――っ!!]

 バックストリームを無慈悲に殺害した回那は、夥しい返り血を洗い流すように水流へと身を晒す。
 毎日1時間の運動で鍛え上げられた肉体は、大半のエリアを問題なく攻略可能だ。
 障害となる存在は、このようなエリア各所に存在する呪怪の類――そして彼女に追いすがる他のアスリートだ。

 魔人能力を発動する。

(……『光子1.5bit』)
[さあマットに滑り降りました禅谷回那、滑りやすくなっているが~~? リバースコンベアー、姿勢を低くして8m、行った行った! 越えていったぁぁ――っ!!]

 回那が一つの難関を抜けた頃、後方で絶叫が上がる。

[ああーっとこれはどうしたことだ森渉36歳、突如痙攣、生命活動を停止! バックストリームを越えてリバースコンベアーに挑む直前! これは無念のリタイアか~~っ!?]

 バックストリームの直後滑り降りるマットは、伝統的に鮮やかな『黄色』をしている。
 全身が濡れた状態でそこに飛び込めば、『光子1.5bit』が黄色に反応して発する電流の餌食となる。
 呪いを込める時間は極めて僅かであっても、この近距離とマットの質量、SASUKEという圧倒的な呪物を媒介とした呪いは、人一人を絶命せしめるには十分に過ぎる。

[高須清輝28歳! 竹田敏宏43歳! 次々と殺人マットで絶命! なんということだ~~ッ!!]
(……やはり、この程度のトラップには引っかからないか)

 40kgのウォールリフティング(二枚目)を持ち上げながら、禅谷は冷静に状況を判断している。
 実況される絶命者の中に、先行していたはずの萩原セラフ16歳の名がない。

 すなわち、意図的に他のアスリートに先行させたということになる……
 回那が仕掛けた殺人マットの犠牲として、その死体の上を渡り歩くために。

[禅谷回那、2nd STAGEクリア――っ! 続いて自宅にSASUKE、萩原セラフ、ウォールリフティングを持ち上げます! 一枚! 二枚! 50kg! 三……枚っ! 今ボタンを押しましたぁぁぁ――っ!!]

 果たして、回那がもっとも警戒する少女も2nd STAGEを攻略している。
 バックストリームの水滴に濡れた彼女は、白のビキニの上下であった。

「あなた」

 淡々とした声が、回那の背中に向けられる。
 非道を責める口調ではなかった。

「――『本気』の人なのね」
「そうとも。本気でなければ叶いはしないだろう? 呪いも、願いも」

 クラーケンの血に穢れた妖刀を鞘に収めながら、回那も答える。
 彼女の扱ってきた呪具の多くも、このようにして呪いを積み重ねた品々であったことだろう。

「それなら、負けはしないわ。私は」
「SASUKEのために全てを犠牲にしてきたから?」
「……!」

 そのような者は、いくらでも見てきた。
 日本最強の呪い、SASUKEの犠牲者達。
 そう、SASUKEのセットを自宅に自作し、練習に熱中したあまりボンベ配送業をリストラされたミスターSASUKE、山田勝己のような――

「あらゆる呪いは、等価交換でしか願いを叶えない。断言しよう。君が叶えた願いは、そのために捨ててきた何も取り戻すことはない」
「……それでも」

 自らの感情を殺すことのできる少女であることが分かる。
 SASUKE完全制覇という願いのために、どれだけの非道に手を染めてきたのか。
 彼女のような犠牲者こそを救うために……呪術師はSASUKEと戦うべきなのだ。

「3rd STAGEで会いましょう」
「そうさせてもらうよ」



(――嫌な予感がする)

 3rd STAGEを前にして、禅谷回那は地脈の流れを読んだ。
 熾烈な競争を経て、生存者は4人。

(平和すぎる)

 日本最強の呪術とはこの程度のものだったか?
 回那が討魔した存在も、精々がドラゴンやクラーケンである。
 ならばSASUKE最悪のエリアと名高い3rd STAGE、ウルトラクレイジークリフハンガーやバーティカルリミットに巣食う魔も、ケルベロスやゴルゴーンといった程度であろう。

「……その程度のはずがない」

 悲劇と狂気によって塗り固められた鋼鉄の魔城。
 その呪力総量を思えば、1st STAGEと2nd STAGEを経て4人もの生存者が残るはずがない。
 ならば、これは――

「そうか」

 先程からの揺れは、地震ではない。
 3rd STAGEそのものが動いている。ここまでの呪力が薄かったのではなく、濃縮されていたのだ。

「やはり、お前だったんだな。欲しかったよ」

 カードキーのカウントを、今は認識できる。
 禅谷回那がこの地に足を踏み入れる前……この場に立つ100人以前に足を踏み入れた、191人の探索者がいたはずだった。
 『光子1.5bit』の真黒の呪いは、彼らの勝利数を彼女に伝えてくれる。

「【血。火。世界を。】」

 大地が引き裂かれる。SASUKE 3rd STAGEそのものがその『上半身』をもたげる。
 漆黒の翼が夜よりもなお暗く天を覆った。サイドワインダーという名の牙が、ウルトラクレイジークリフハンガーという名の爪が、名もなきアスリート達への殺意として現出した。
 その姿は、人の希望を喰らう地獄の具現。デーモンそのものである。

「【愛しき、人の子。我が全てをもたらそう――】」
「……『願いを刈り取る者』」

 禅谷回那は、その存在の勝利数を認識できる。

 ――191勝。

 『おるで。悪魔が』。
 ミスターSASUKEの言葉が、どこからともなく聞こえたようだった。



「やっぱり、こう……実際見ると違いますね」

 3rd STAGE出場者。“サスケ君”森本祐介27歳。
 史上最新のSASUKE完全制覇者。
 雷鳴と火炎を発し、都市を滅ぼしつつあるデーモンを前にインタビューに答える。

「でも、20kgの重り背負ってバーティカルリミットやってきたんで。がんばります!」

 その屈託のない笑顔は、些かも陰っていない。

「やるしかないんじゃないですか」

 同じく3rd STAGE出場者。“クライミングシューズメーカー取締役”川口朋宏37歳。

「この辺でまた(FINAL)行かないと、自分にとって……SASUKEがもう遠のいてしまうと思うんで」

 高校を中退し、荒んだ生活を送る中、SASUKEとの出会いが彼の人生を変えた。
 SASUKEがどれほど変わろうとも、『両親にSASUKEを通じて恩返しをしたい』という思いは変わらない。

「そうですね。デーモンっていうのはSASUKEでも初めてのエリアだと思うんで」

 3rd STAGE出場者。“日本最強の工作員”萩原セラフ16歳。

「どこまで通じるかですね。普段の練習が」
「【オオオオオオオオオオ――】」

 煮え立つ胃袋の中に東京タワーを収めたデーモンが今、4人の魔人を見下ろし咆哮する。
 アナウンサーの実況が再開する。

「【……信仰、せよ。汝の内の、畏れを】」
[さあ191人もの魔人の願いを食らったSASUKEは今、真性悪魔として活動を開始いたしました、3rd STAGE出場者4人のうち誰が動くか! 恐ろしい敵であります、その姿はまさに悪魔行ったぁぁ――っ!! 37歳川口――っ!!]

 最初に動いたのは川口朋宏。
 自らがプロデュースした株式会社PER-ADRA製クライミングシューズ『K-01シリーズ』でデーモンの肉体に取り付き、急所である頭部へと向かい、登攀を開始する!

[悪魔の体表の突起、わずか3cmであります! 指の第一関節だけで急所である頭部に到達しなければなりません。さらに腕からは胴体の突起に飛び移る必要がああああ――っ墜落――っ!! 川口3rd STAGE攻略ならず――っ!!]
「【おお……愛しい。愛しき者達――】」

 墜落した川口がバリバリと『願いを刈り取る者』に捕食されていく。

「すげえっすね」

 その様子を不安げに見つめるゴールデンボンバー、樽美酒研二。

「諦めんな! 諦めんなよ!」

 必死にエールを送るA・B・C-Z、塚田僚一。

[さあ続いてはサスケ君、森本祐介27歳、20kgの重りを背負ってバーティカルリミットを練習して参りました。3cm、悪魔の体表、僅か3cmのウルトラクレイジークリフハンガー、飛び移れるか、どうだっ……ああッ飛びました! しかし次の突起は上下、上下に動いております。悪魔の上下にああああああ――っここで脱落――っ!!!]
「【心臓を捧げよ――】」

 墜落した森本がバリバリと『願いを刈り取る者』に捕食されていく。

「すげえっすね」

 その様子を不安げに見つめるゴールデンボンバー、樽美酒研二。

「諦めんな! 諦めんなよ!」

 必死にエールを送るA・B・C-Z、塚田僚一。

[さあ今大会の本命、禅谷回那25歳であります。25歳ですが10代後半でも通用する外見、呪術も学校の勉強も優秀でしたがより優秀な呪術師が同世代にいたため都内の高校と大学を出てまいりました禅谷回那、行けるか、反動をつけて、跳んだーっ!! ウルトラクレイジークリフハンガーに潜むケルベロスを串刺しにしました! SASUKEに潜む魔を容赦なく殺害していくスタイル、これが禅谷回那の真骨頂かぁ――っ!!]

 毎日1時間の運動で培った身体能力。呪術師としての退魔の力。
 禅谷は自らの持ち得る武器で、強大極まるデーモンに立ち向かわんとしている。

「全部、あの人の推測どおりだった」
「【我。熱を欲する】」
「SASUKEの全ては、あちら側の存在を喚び出すための、悪魔召喚の儀式……!」

 悪魔崇拝の儀式とされるサバトの手法には諸説が存在する。
 だが、その多くに共通した手順もある――肉体を用いた饗宴を行うこと。生贄を不浄な水へと沈め、それを聖体の代わりとすること。

 願いと呪いを集めた肉体の儀式……絶望を示すそのステージに必ず水が張られている理由はそれだ。

[バーティカルリミット! 一睨みで人間を石化するゴルゴーンを始末し、進んでいくぞ禅谷回那! 悪魔の二本のツノに張り渡されたパイプに……飛び移ったぁ――っ! さあ体力が残っているか! 体重移動だけで、額の急所を破壊できるか禅谷回那25歳~~~ッ!!]
「だから、私が……あなたができなかったことを、今度こそ私が」

 ――『黒』は特別な色だった。

 優秀な周囲に打ちのめされ……一族を離れて都内へと出た彼女に、もう一度呪術師としての使命を、SASUKEから人を救うことの誇りを思い出させてくれた、恩人の色であるから。

「【潰えよ】」
「私が、完全制覇しますから!!! ――山田さん!!」

 SASUKEオールスターズ、“ミスターSASUKE”山田勝己。
 自らの全てをSASUKE完全制覇へと捧げ、しかしついに成し遂げること叶わなかった呪術師。
 その山田がSASUKE新世代のために結成した呪術師チームの名を、『黒虎』という。

 朝起きたら召使いの準備した健康な朝食を摂ること。
 一日30分の昼寝をすること。
 夜寝る前に1時間の運動をすること。

 それが、禅谷回那が自らの人生に課した3つのルールだ。

 そして、彼女がそれを捨てるのは、己の夢と願いのためだけと決めていた。
 師と仰いだ山田勝己から受け継いだ夢。
 SASUKE完全制覇によってその呪いを断ち切るまで、彼女は決してルールを捨てたことはない。一度たりとも。

「【到来せよ】」
「……あああああああああっ!!!」

 回那はその全力を振り絞って、デーモンの額の急所――赤いボタンのようなそれを、妖刀で刺し貫いた。
 それと同時、頭部周辺で爆光が立て続けに光った。

 日の沈んだ夜空に、赤い黄昏が沈む。
 世界を滅ぼす巨怪が崩れ落ちていく――



 そして、SASUKE FINAL STAGE。
 炎上し、滅び去った都市の只中に聳え立つFINAL STAGEは、バベルの塔か、生命の樹か。
 ただ二人生き残ったアスリートが対峙していた。

「……最後の爆発は君か」
「ええ。私、色々なエリアを自作したんだけど」

 萩原セラフは、アイスの木製スプーンを曲げて作った竹とんぼを取り出した。
 デーモンがもたらした炎の上昇気流に乗って舞い上がる、無動力のドローンであった。

「結論としては、やっぱりセムテックスかなって」

 3rd STAGE。『願いを刈り取る者』を殺害した決定打がどちらであったのかは分からない。
 だが回那には、SASUKEを真に攻略している者は自分であるという誇りがあった。
 回那は、その場に妖刀を捨てた。

「別に、君のやり方に文句を言うつもりはない。私だって同じようなものだったからね。……だけど、最後ばかりはフェアだ。そのセムテックスでFINAL STAGEを攻略できるかな」
「いいわ。ここにあるもので、やってみましょう」

 天空に聳え立つ鋼鉄の魔城。
 『願いを刈り取る者』が絶命した今、それは単なる願望器にすぎない。

[さあ、ついに2人が到達しましたFINAL STAGE、これを攻略した者がこのSSダンジョンの勝者! 人類全ての夢、SASUKE完全制覇が目の前だ――っ!]

 SASUKE完全制覇という望みを叶える、天へと至る門。
 多くの亡者達がこの蜘蛛の糸から落ち、堕天していった。

(負けるはずがない)

 電子音のカウントが始まりを告げる。
 『黒虎』の養成所で幾度も聞いた、SASUKEの始まりを告げる音。

(私の全ては、SASUKEのためにある――!)

 スパイダークライム8m。登攀者の体液を啜るべく待ち受けていたアラクーネを殺害。
 サーモンラダー15段。人肉が大好物のビッグシャケを殺害。

「こっうさく だいすき♪」
「……?」

 下方から歌が聞こえる。この期に及んで魔人能力に頼ろうというのか。
 だが回那は、既に綱登りに手をかけている。自分より下に位置する萩原セラフが妨害できるはずがない。

 それとも、サーモンラダーの地点からこの綱登り10mぶんを一気に飛行できる工作機材が……この世にあるとでもいうのか。

「セラフ、今日は何を作るナル?」
「……今日は」

 今日は、何を。

「金属加工をするわ」

 ……恐ろしい轟音が下方から響いた。
 10mの綱を巻き取って、巨大な何かがエレベーターの如く一瞬で上昇した。
 へし折れた刀が……回那が地上に置いていったはずの妖刀が空を舞うのが見えた。

「ウワァァァ――ッ!! 事故ナル!! 労働災害ナル~~ッ!!?」

 悲痛な絶叫が響く。
 FINAL STAGEのボタンが押される音が、それに続いた。



「CNC旋盤よ。ヤマザキマザックQTN-300」

 片腕を深刻に負傷した萩原セラフは、やはり無表情のままだった。 
 あらゆる感情を表さないのは、本当にそういったものがないからなのかもしれない。

「工作機材の扱いなら私は誰よりも精通しているわ。誤作動を起こして……ロープを巻き込ませる方法だって。そうやって上がったの」
「ナルナル~~ッ」

 ともあれ、セラフから真相を聞いた回那の感想は一つだった。

「ずっる!」
「ええ。そうかもしれないわね」
「……君みたいなアスリートは見たことがなかったよ。『黒虎』でも」
「ええ。今までみたいなアスリートじゃ、SASUKEに勝てないって分かってたから」

 肉体を鍛え、障害を乗り越え、完全制覇のために生活をも賭ける。
 それでもなお届かないと知った時、彼女のようなものがいずれ現れていたのかもしれない。
 刀剣類を使ってはならないというルールはない。セムテックスを使ってはならないというルールも。

 SASUKEには彼女が思う以上の、無限の可能性があった。

「あなたこそ、手段を選ばない『本気の』人だと思っていたけど、意外とそうでもないのね」
「……そうかな」
「私と違って、プライドがあったわ」
「……」

 それは、あのFINAL STAGEに臨んだ時、誰よりも回那自身が分かっていたことだ。
 本当に自分だけがSASUKE完全制覇を願っていたなら――セラフに先んじて綱に取り付いたその時、セラフの綱を切断してしまえば良かっただけなのだから。
 けれど彼女は、自ら刀を捨てた。それは誇りのためだった。

「そうだ」

 噛みしめるように呟く。

「私は、SASUKEという呪いを祓うために全てを賭けてきた。刀も、魔人能力も使って手段を選ばないはずだった……だけど、君の言うとおりだよ。やっぱり私は、SASUKEが好きだ」

 たとえ、負けても。
 それは回那だけではない。これまでSASUKEという鋼鉄の魔城に挑んで散っていった、名もなきアスリートの一人ひとりが、そうであるはずだった。

「最後の最後で、SASUKEを汚したくなかった」

 本当は、自らの肉体のみで挑めればよかった。魔人でもなく、ただ一人の人間として。
 それは今や、決して叶わぬ夢だ。

「……完全制覇したかったんだ」

 191人もの魔人が、SASUKEに挑んだのだという。
 その誰も帰還していないと、全員が知らずに挑んだわけではなかったはずだ。
 常に、アスリートたちは願いを刈り取られて、死んでいくだけの定めだった。

 けれどTBSの年末特番には、魔人が応募することはできないのだ。
 彼らは人間以上の身体能力と力を得てしまった、魔人だから。

「なあ、セラフ。いつも……1時間のトレーニングをするんだ」
「……ええ」
「いつも、そればかりを願っていた。人を救うなんて、呪術師の使命なんて……私の本当の願いに比べたら、ちっぽけだった」
「ええ」

 彼女には、感情がないように見える。
 きっとそうなのだろう。そうでなければ、SASUKEをあんな方法で攻略などしなかった。

「セラフ。……お願いしていいかな」
「SASUKE完全制覇以外なら、聞くわ。賞金の200万円もあるし」

 ――SASUKEがしたい。

 山田勝己から受け継いだ願いを果たしたとしても……きっと彼女は毎日1時間のトレーニングを欠かすことはないだろう。
 それが彼女の夢だったのだと気づいたから。

「SASUKEの……SASUKEのセットを……私の庭に作ってもらえないかな」
「ええ。きっとそうすると思うわ」

 セラフは微笑んだ。

「――私は日本最高の工作員だもの」

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